おひとよし

 もう随分前のある日の夜中の事である。
僕は電話のベルの音に起こされてしまった。
眠たい目をこすりながら時計を見ると午前3時であった。
「こんな時間に一体誰だよー。」と思いながら受話器を取った。
「あのぉ、○○ですけど。覚えてますか?」
どこかで聞いた名前だなと過去の記憶を検索した結果、
1年ほど前に2度ほど会ったことがある女性であることを思い出した。
「はぁ、覚えてますけど、こんな時間に何でしょうか?」と尋ねた。
「本当に迷惑かけてすいませんが、あの〜、いまホテルにいるんです。」
「はぁ?」
「それで3人でホテルに入ったんですけど1人帰っちゃって・・・。お金がなくて困ってるんです。」
ホテルに3人ときいて頭の中で「3P」という言葉が浮かんできた。
「はぁ、それで。」
「ホテルの人に払えなかったら警察に突き出すって言われちゃって・・・。」
やや涙声である。
「近くに友達も知り合いもいなくて・・・・。
  ふと思い出して手帳見たらOさんの電話番号見つけたんで・・・。」
そういえば電話番号を教えていたことを思い出した。
「はぁ。」
「一万円貸してくれないでしょうか?」
「はあ?」
何で僕がそんな親しくもない人に一万円も貸さなきゃいけないのと思ったが
「他に頼る人、いないんです。お願いします。絶対返しますから・・・。」
もう半分泣いている状況である。
さすがに少し可哀相になってきた。
しかし僕にはその女性に対して一万円を貸す義理も何もないのだ。
「そんなこたぁ知らねえやい。勝手にしやがれ!」と言えば済むのだろうが、
どうも女の涙ってのにからっきし弱いのである。
「わかった。じゃあ、朝になったらお金持って行くから場所教えて。」
と言ってしまった。
電話を切ったあとも何だがきつねにつままれたような気持ちがしたが
とりあえず目覚しをセットし直しベッドに入った。
朝になり指定されたホテルへ向かった。
途中「ホテルについたら悪い連中がいて拉致されるんじゃないか?」
とも考えたが「まさか、そんなこたぁねえだろう。」と思い直した。
ホテルの前まで来てさすがに少し躊躇した。
だってラブホテルに入っていくのをもし誰かに見られたら
本当の事話したって誰も信じてはくれないだろうなと思ったからである。
意を決してホテルの入り口に車を止めフロントへ。
おばさんに知人の名前を告げ一万円を支払った。
しばらくしてエレベータから知人の女性と見知らぬ男性が降りてきた。
2人は僕に「本当にありがとうございました。」と礼を言った。
これで僕の役目も終わった、と思ったのもつかの間、
知人が「お金が全然ないんで家まで送って下さい。」と言うではないか。
一瞬「えぇ〜」と思ったが、
「ここまで来たら乗りかかった船だ。最後まで面倒みようじゃねえか。」と思い了承した。
すると男性までが「僕もお願いします。」と言いやがった。
一刻も早くホテルから離れたかったので「わかった。乗って。」
と2人を後部座席に乗せ車を発進させた。
「で、家、どこだっけ?」と聞くと女性は「鏡町の有佐の近く」と答えた。
その答えを聞いて彼女の家がホテルから50キロほど離れていたことを思い出した。
しかし、もう了承したのだから仕方ない。
じゃあ彼氏のほうは何処なのかと思い尋ねると「植木です。」との返事。
「この2人まるで逆方向じゃないか。こりゃとんでもないことになったぞ。」と思いつつも
「じゃあ、どっちから先に送ろうか?」と聞くと彼氏が「彼女からでいいです。」というので
女性の家へ向かって車を走らせた。
後部座席に2人を乗せて走ってると自分がタクシードライバーになったような気がした。
運転しながら「こいつら、昨夜はエッチしたんだろうな。」とか考えながら一時間ほどかかって
女性の家へ到着し女性を降ろした。
「絶対にお金は返しますから。」と言われたが心の中では「返ってこないだろうな。」と考えていた。
それから方向転換し男性の家へと向かった。
2人で何も話さないのは息苦しかったし、昨夜のいきさつを詳しく知りたかったので、
「何があったの?」と尋ねてみた。
この男性と女性は以前からの知り合いで、男性が近々上京するんで最後に飲みに行ったという。
そこで別のおじさんと意気投合し、3人でホテルへ行ったらしいのだが、
お金を払うことになっていたおじさんが、途中で怒って帰ってしまったというのである。
わかったようなわからない話しである。
そんな話しをしているうちに男性の家に到着し男性を降ろした。
その際に「東京行ったら頑張れよ。」と激励して別れた。
それから「情けは人の為ならず」という言葉を、
頭の中で何度も繰り返しながら家へと戻った。

その後の話しだが、結局女性からは何の連絡もない。
また男性のほうだが、最近この男性が僕の知り合いの小学生時代の
同級生だった事実が発覚した。
彼によればこの男性はなぜか熊本にいて、
友達らに「おごってくれよ。」という生活を送っているという。

僕っておひとよしなんだろうか?
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