卒業

 高校を卒業した後、3年間ほど工場で働いていたことがあった。
毎日が単純作業の繰り返しで、作業服を油まみれにしながら働いていた。
交替勤務だったので夜勤もいやというほど経験した。
彼女もいなかったし、金もなかった。
当然、車は持っていなかったし、バイクはおろか、自転車さえも持っていなかった。
わずかばかりの給料の殆どは食費とレコード代に消えていた。
そんな頃、初めて尾崎豊を聴いた。
「回帰線」というアルバムだった。
「同じ歳で、こんな歌を歌うやつが日本にいやがった。」というのが最初の感想だった。
毎日、何度も何度も繰り返しこのアルバムを聴いた。
夕暮れの誰もいない寮の屋上に上って、暗い空を見上げながら「卒業」を口ずさんだ。
「俺はいつになったら卒業できるんだろう」と思いながら、
川崎の街の灯りをぼんやりと眺めていた。
「17歳の地図」を買ったのはすぐ後だった。
回帰線と同じか、それ以上にこのアルバムが好きになった。
「壊れた扉から」が出たのは20歳になる直前だった。
たしか尾崎豊の20歳の誕生日が発売日だったと思う。
このアルバムもすべての曲が素晴らしかった。
その頃の僕は10代最後の憂鬱とも呼べる状態で、真剣に死ぬことばかりを考えていた。
「このまま生きていても、何もいいことなんかないんじやないだろうか?
 醜いおとなにはなりたくない」
と、本気で考えていた。
けれど死ぬ勇気さえなかった。
死ななくてよかったと思ったのは、その半年後(彼女ができた時)だった。
それから尾崎豊は放浪の旅へと出てしまった。
僕も工場を辞めて転職した。
そして僕は尾崎豊を聴かなくなった。
再び聴くようになったのは彼が死んでからのことだ。
そのニュースを聴いたとき正直言って「やられた!」と思った。
それは僕が憧れていたロック・スターの死にざまだったからである。

最近カラオケでよく尾崎豊の曲を歌うようになった。
けれど寮の屋上で口ずさんでいたころとは、感情の入りかたがまるで違うことに
喜んでいいのか悲しむべきなのか判らない僕がいる。
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