バレンタイン・デー

 一年の中できらいな日を3日選ぶとしたら、
バレンタイン・デーとクリスマスと誕生日というのが数年前までの僕だった。
なぜそれぞれの日がきらいだったのかというと彼女がいなかったからだ。
その中でも特にきらいだったのがバレンタイン・デーであった。
会社を休みたいと思ったことも何回かあったほどだ。
若かった頃、ほんとうに女性にもてなかった。
もてないというより全く縁がなかった。
なんせ2年以上、一言も口を聞かなかったくらいだから半端ではない。
(自慢できることじゃないけどね)
それでも僕は恋をしていたので(もちろん片想い)、
僕の好きな子からチョコレートをもらえたらいいなと考えていた。
もちろんもらえる訳はないのだが。
そんなある年のバレンタイン・デーのことだった。
当時、僕は工場で働いていた。
交替勤務であったが偶然その日は早番であった。
昼休みに食事を済ませて職場へ戻った僕は、
いつものように部屋の片隅で窓の外をぼんやりと眺めていた。
すると部屋の反対側のほうで女の子の騒ぐ声が聞えてきた。
部屋といっても端から端まで30メートル以上もあるかなり広い部屋であったし、
大きな機械や棚のために彼女らの位置から僕は死角になっていた。
僕は彼女らの存在がすごく気になったが、知らないふりをして窓の外を眺め続けた。
しかし時々横目で彼女らの行動を観察していた。
彼女らは自分らの職場の各自の小物入れがある付近で騒いでいた。
さてはお目当ての人の所にチョコレートを入れてるんだなと思った。
しばらくして彼女らは部屋を出ていった。
当然、部屋の中は僕ひとりになった。
僕はだれもこっちを見ていないことを確認し急いで小物入れのところへ行った。
もしかしたらという期待に胸を膨らませて小物入れを開いた。
そこには何もなかった。
途端に自分が恥ずかしく、そして情けなくなった。
冷静に考えれば、これまで話しもしたことがない僕にチョコレートをくれる
なんてことがあるわけがない。
それを期待して小物入れを開けた僕の行動はなんてみっともないんだろうと思った。
すぐさまそこを離れて元の場所へ戻った。
窓の外の枯れた木を眺めながら笑った。
そして心の中で泣いた。
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