5分間のドライブ

 子供の頃、親や学校の先生から「知らない人の車に乗ったらダメ」とよく言われたものだ。
聞き分けのいい真面目な子供だった僕はきちんと言いつけを守り「知らない人の車に乗る」ことはなく無事に育った。
大人になり自分で車を運転するようになったが、「知らない人を車に乗せたらダメ」とは誰も言わないので・・・
というわけではないが、「知らない人を車に乗せたこと」がある。
夕方、仕事先で一日の仕事を終えた僕は、その会社の駐車場から国道へ出るところで、
一時停止をし、右折のタイミングをはかっていた。
すると「コンコン」と誰かが窓をノックした。見ると見知らぬ中年の男性が立っていたので、
窓を下げて「何ですか?」とたずねた。
中年男性は「すんまっせんが、すぐ、そこだけん、乗せてってもらえんね?」と笑顔で言った。
僕は「知ってる人だったっけ?」と頭の中で考えて見たのだが、どうも記憶にない。
再び、中年男性の顔を見上げる。
この中年男性は期待に胸膨らませたような笑顔を見せた。
まあ、悪い人には見えないし、こちらも男だし、まあ、大丈夫だろうと思い、乗せてあげることにした。
彼を助手席に乗せて、車を発進し、「どこまでですか?」と訪ねると「こん先ばぁ、まっすぐ行って。すぐ、そこだけん。」
と彼は答えた。
「すんまっせんなー。歩いてかえろと思たつばってん、きつなったけんですなー。」
おいおい、そんな理由で乗せて欲しかったのか・・・。
「そこん会社の人ですか?」「いや、違いますけど。取引先なんで。」
「そこん会社は、給与がたいぎゃあ、よかてですねぇ。」
へぇ、そうなんだ。そういうことを知ってるってことは、この近所の人なのか?
「うちの娘も、そこじゃなかばってんが、就職が決まってですなあ。」「はぁ、そりゃ、よかったですね。」
「ありがとうございます。」「いえいえ。」
ふーん、娘さんがいるんだ。カワイイのかな・・・なんて考えていると、
「あ、こん先で、よかです。」「あぁ、そうですか?」
「はい。どうも。ありがとございました。」「はい。それじゃあ。」
僕は車を止め、彼を降ろした。
彼は深々と頭を下げて、田んぼの真中の道を歩きだした。
この間、5分くらいだったろうか?
多分、彼は、僕の仕事先の先にあるパチンコ屋の帰りだったようである。
タクシーかなんかで帰るつもりが、全部、すってしまったんだろう。
それで、テクテク歩いて帰るつもりだったのが、ちょうどいいタイミングでそちら方向にウィンカーをつけた車が
止まっているのを見て、乗せてってもらおうと思ったに違いない。
その時は「あぁ、いい事したなー。」と思ったが、後で、あの人が悪い人だったら、どうなっていたんだろうと一応は考えた。
まあ、しかし、結果的にいいおっさんだったわけで、僕の人を見る目もなかなか捨てたもんじゃないなと思った。
もしかしたら、あのおっさんは神様が変装して僕を試しに来たんだったりして・・・
なんてことはあるはずないなー。
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