○同日 19時20分 新豊島区繁華街 パブ「ジャンヌ」
相変わらずミサト達以外の客がいない店内で、ミサトとミサコが並んでカウ
ンターに座っている。店の奥にある2メートル四方のステージの上では、巧み
にこぶしを回して演歌を熱唱しているリツコの姿があった。そのリツコの姿を
カウンターの中から見ているカレンが、微笑みながら軽やかに手拍子している。
「で、どうしたの〜? 元気ないみたいだけど……」
店に来てから元気がないミサコにミサトが聞いた。
「そ、そうですか……? でも、リツコも結構荒れてると思うんですけど……」
そう言ってミサコがちらっとリツコの方を見たのでミサトもそっちの方を見
ると、リツコは完全に自分の世界に入ってしまっていた。
「あぁ……あれね……。オトコにフられた腹いせよ、腹いせ」
「それ……朝、リツコから聞きましたけど、そんなに気にしてるんですか?
朝はそうでもないと思ったんですけど……」
「リツコって、意外と根に持つタイプなのよね〜。分かるでしょ?」
「えっ? まあ……」
「しっかし、碇司令を誘ったのはともかくとして、長門クンを誘ったっていう
のは意外だったけどねえ……」
「えっ?!」
ミサコは驚いたように、ミサトの顔を見た。
「リツコが長門君を誘ったんですか……?」
「そっ……意外でしょう? 私もびっくりしちゃた……。てっきり、碇司令一
本だとばかり思ってたけどね……」
‥ リツコが長門君を……? ‥
ミサコは、既に5曲目に突入したリツコを横目で見た。
「年下って、そんなに魅力的かなあ……。ミサコ、どう思う?」
「え、えっ……? さ、さあ……」
ミサコは目をそらせながら、グラスのバーボンを一気に飲み干した。
「おお〜っ……(パチパチ)……結構いけるわね」
ミサトは拍手してからミサコのグラスにバーボンを注いだ。
「ところでさあ……」
ミサコはグラスに口をつけたまま、ミサトの方を見た。
「何ですか?」
「今日、デートだったんだってね」
口に含んだバーボンをプッと吹き出すミサコ、ゴホゴホとむせる。それを見
ながらニヤニヤとしているミサト。
「な、何です? いきなり……」
「リツコから聞いたんだもんね〜。やけに気合い入ってた、って」
「そ、それは……」
「ねえ、相手は誰? 私の知ってる人?」
「……えっ、そ、それはですね……」
ミサコは気まずくなってミサトから目をそらした。
「あっ、その顔は、知ってる奴だな。誰だっ、教えなさ〜い」
右腕でヘッドロックをするミサト。
「……やめて下さいよ〜〜ミサトさん……」
「ねえ……カレンも知りたいでしょう?」
カウンターで洗い物をしていたカレンにミサトは尋ねた。ミサコは期待のま
なざしでカレンを見つめたが、
「そうね……興味あるわね」
と、最期の望みも絶ちきられてしまったのだった。
「あ〜ん……カレンさんまで〜」
カレンはクスッと笑って、3人の様子を楽しそうに見つめた……。
片方だけ蒼い、その透き通るような瞳で……。
○同日 20時45分 新品川区 綾波レイのマンション
玄関先に立てかけられた薄むらさき色の傘。
傘の先からコンクリートの土間の上へと水滴が滴り落ちている。
部屋の薄いブルーのカーペットの上にちょこんと腰を下ろしている部屋着姿
のレイは読んでいた本から視線を上げて、ベッドの上に視線を送った……。ベ
ッドの上には、タクミからもらったぬいぐるみが丁寧に並べられている。
その中のひとつである手のひら大のペンギンを見て、レイはクスッとやさし
げに微笑んだ。
‥ 明日、傘返しに行かなきゃ……。名前も聞かないといけないし…… ‥
レイは堅く誓って再び本に視線を戻す。
窓の外は、まだ雨が降っていた……。
○同日 21時40分 新豊島区郊外 葛城ミサトのマンション
二人で協力して作った(といっても、ほとんどシンジの手によるものである
が)夕食を食べ終えて、お茶をしているシンジとアスカの姿があった。
「そろそろ帰るよ。ミサトさんも帰ってこなさそうだし、雨も少しは弱くなっ
たみたいだから……」
「そ、そう……? 泊まっていけばいいじゃない? 布団もあるし……」
少し照れくさそうにアスカが言う。
「えっ……で、でもやっぱり……その……いろいろとマズイし……」
突如、アスカの顔色が変わる。
「何がマズイのよ!」
「えっ……? だ、だから、夜遅くまでふたりっきりでいたりすると……」
「何なのよ……!」
腰に手を当てて、アスカはシンジをにらんだ。
「誰かに見られたら、困るだろ……。一緒に住んでた以前ならともかく、今は
別々に住んでいるんだし……」
その言葉にアスカはようやく我に返ったのか、いつもの少しえらそうなけれ
ども憎めない口調で言った。
「そ、そうね……変な噂が立ったら、迷惑だわ……」
「だから……帰るよ。ミサトさんとペンペンに会えなかったのは残念だけど」
「分かったわ……。それにしても、どこ行っちゃったのかしら」
アスカは立ち上がって、テーブルの上のカップを片付け始めた。
「そうだ……傘貸してくれるかな?」
シンジはアスカに乾かしてもらったシャツを着ながら、アスカに尋ねる。
「う、うん……どれでも持っていって構わないわよ。半分くらいウチのじゃな
いけどね」
「えっ……? どうして?」
椅子から立ち上がりながらシンジが尋ねる。
「ミサトが酔っぱらってくるたびに、人の傘まで持って帰っちゃうのよ」
シンジは愉快そうに笑った。アスカもそれを見て楽しそうに笑う。
「ミサトさんらしいや。……それじゃ、ミサトさんによろしく」
「あっ、シンジ……!」
玄関を出て行こうとするシンジを呼び止めるアスカ。
「何……?」
「あのさ……突き飛ばしたトコ……痛かったでしょ……ごめん……。あと……
今日、付き合ってくれて嬉しかった……。それじゃ……」
アスカはそれだけ言うと、照れ隠しのためかシンジに背を向けて、リビング
へと戻る仕草を見せた。その背を見て、シンジは思わず微笑む。
「うん……。じゃ……また……」
シンジは扉を出て、エレベータへと向かった。
その途中、アスカの言葉を頭の中で繰り返すシンジ。
何だか嬉しくなって、シンジは無意識のうちにスキップしていた……。
○同日 21時30分 新豊島区 公園通り ライブハウス「アップルヘイム」
ライブが終わり、控え室で疲れ切った身体を癒している青葉とサトシ。そこ
へ、サトシに呼ばれたマヤが部屋に入ってきたため、サトシは気をきかせて部
屋を出ようと腰を上げた。
「そんじゃマヤちゃん、打ち上げでまた会えることを楽しみにしてるよ」
ウインクして消えるサトシ。このお兄さんの妙な色気に、マヤは思わず呆気
にとられる。
「あいつ、相変わらずのおせっかいやきだな……。まあ、座ったら?」
青葉に促されて、マヤはおずおずと青葉の向かいの椅子に腰掛けた。
「どうだった?」
「その……言葉で言い表せないくらい……良かった。あんなにたくさんの人を
熱狂させることが出来るなんて、凄いと思った」
青葉はそれを聞いて微笑む。
「ストレスのはけ口なんだよな……俺にとっても、客にとっても……。俺は歌
うことで嫌なことを忘れられるし、来ている連中は踊って、叫ぶことで嫌な
現実をほんの少しの間だけ忘れられる……。長い人生の中では、2時間なん
てほんの一瞬だけど、その瞬間はみんな輝いていられるんだ。……だから、
俺は歌ってる……そのわずかな輝きを保つために……」
「カッコよかったよ……青葉君もサトシさんも、他のみんなも」
「そっか……みんな喜ぶよ」
青葉は笑みを浮かべた後、真面目な顔をして言う。
「でさ、マコトと別れたばっかでなんだけど、俺と付き合ってくれないか?」
「えっ……?」
「付き合うっていってもさ……時々こうやってライブ見に来てくれたりしてく
れるだけでいいんだ……。だから、俺と付き合って欲しい……」
「……私……まだ、日向クンの事……好きだよ……。それでもいいの……?」
「構わない。あいつのそばにいた君を俺は好きになったんだからな……。戻り
たくなったら、いつでもあいつの所に戻ればいい……。だから、それまで…
…俺のそばにいてくれないか……?」
マヤはうつむいたまま青葉の言葉を聞いていたが、やがて決心したようにゆ
っくりと顔を上げた。
「……いいよ……。でも、“時々”見に来るだけでいいのかな? 青葉君」
マヤはわざと悪戯っぽい口調で言った。
「えっ……? そ、その……。出来れば……いつも来てくれると嬉しい……か
な……」
少し照れくさそうに言う青葉を見て、マヤは微笑む。
「うん、分かった。これからは、いつも、見にきてあげる」
次の瞬間、パッと青葉の顔が明るくなった。
それと同時に部屋のノックされるドア。扉の向こうからサトシの声。
「お〜い、シゲル。告白は終わったかあ〜。そろそろ後片づけ手伝わんと、あ
いつらに怒られるぜ!」
「分かってる。今、行くよ」
青葉は椅子から勢い良く立ち上がった。
「10時半から打ち上げ、やるんだ。良かったら、来ないか? あいつらも喜
ぶからさ?」
それを聞いてマヤは悪戯っぽい目をして微笑む。
「一番嬉しいのは、青葉君でしょ?」
「うっ……それは……」
クスクスと笑うマヤ。
「もちろん、行くわよ。サトシさんにもお世話になったし……だから、早く後
片づけに行ってらっしゃい」
「ああ……悪いけど、少し待っててくれ」
青葉が飛ぶような勢いで部屋を出ていく。
マヤは青葉が出ていった扉を、微笑みながらいつまでも見つめていた……。
○同日 22時10分 新豊島区繁華街 パブ「ジャンヌ」
雨の音が微かに響く『ジャンヌ』の店の中に、なぜかタクミの姿がある。
思えば小1時間前、ミサトにけしかけられたリツコが、酔っぱらった勢いで
タクミに電話を掛けて呼び出したのだった。運悪くタクシーを拾えなかったタ
クミは、傘も意味をなさないこの大雨の中、歩いてジャンヌにやって来た。
だというのに当のリツコは、既につぶれて眠っている始末……。
タクミは回れ右して帰ろうかとも思ったが、酔ったミサトに呼び止められ、
こうしてカウンターでグラスを傾けているのだった。
「でもさあ……リツコの誘いを断るなんて、度胸あるわよねえ……」
ミサトは右隣に座るタクミをジト目で見る。ミサトの目をまともに見ていら
れなくて、タクミは視線を外した。
「そ、そうですか……?」
まだ、タクミの髪はしっとりと濡れている。
「だってさあ、リツコって結構、執念深いのよお……。覚悟しといた方がいい
かもしれないわね」
「はあ……?」
「それはそうと……先約の相手って誰なの? もしかして、彼女とか?」
タクミの右隣に座っているミサコが、このミサトの質問に動揺したが、ミサ
トはそれに気付く様子もなかった。
「えっ……? 彼女なんていないですよ。男ですよ……前の職場の友達」
ミサコはなぜかホッとしている自分に気付いて、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「な〜んだ……つまんないの。でも、長門君って、女の子の誘いよりも男の子
からの誘いを優先しちゃうんだ……男らしいわねえ……。まさか、女の人に
興味がないだけだったりして」
悪戯っぽい目をして、タクミに尋ねるミサト。
「あのですねえ……」
ミサコは思わず笑ってしまった。その瞬間、スッと目の前のグラスにタクミ
の手が伸びたかと思うと、タクミはミサコの空のグラスにボトルのバーボンを
注ぎ、ミサコの前に差し出した。
「あ、ありがとう……。あ、あの……」
「何ですか?」
いつもと変わらない笑みを返すタクミに、ミサコは言葉が出ない。
「ちょっとぉ〜、何ふたりで仲良くしてんのよ〜。リツコに言いつけるわよ〜」
ミサトの言葉に、タクミはミサトの方に向き直る。
「どうして、赤木博士の名前が出て来るんですか」
「だって……ねえ……?」
カレンに同意を求めるミサト。カレンは優しく微笑んでいる。
「ねえ、じゃないです!」
タクミが意地になったようにふたりに向かうのを見ながら、ミサコはグラス
に口をつけ柔らかく微笑んだ。
それから30分程経っただろうか、タクミが酔っぱらったミサトの相手をし
っぱなしになってしまい、少しつまらなくなったのか、ミサコはカウンターか
ら離れて、リツコの眠るソファーの一角へと移った。
ずっと心配そうにミサコの様子を見守っていたカレンが、バーボンのグラス
を持って近づく。
「どうしたの……? 元気ないけど……」
ミサコの隣に腰を下ろしたカレンはミサコに優しく微笑みかけた。黒く艶の
あるストレートの髪が揺れている。
「良かったら、話してくれないかな……? 少しは楽になると思うけど……?」
グラスの中の氷を弄ぶように、カラカラとグラスを振っていたミサコは、静
かに話し始める。
「……やっぱり、自分が他の誰かの代わりにされていると知ったら、傷つきま
すか……?」
カウンターでミサトに遊ばれているタクミの背中を、横目で盗み見ながらミ
サコは聞いてみた。
「……そうね……お互いの相手に対する気持ちによるんじゃないかしら……」
カレンの答えにミサコは戸惑った。
「えっ……?」
「何とも思っていない人に、誰かの代わりにされていたとしても、怒らないん
じゃないのかな? 少しでもその人が気になるから、怒ったり、すねたりす
るのよね……。それよりもね、大事なのは代わりにしてしまった方の気持ち
じゃないのかしら……。真剣な想いなら、いつか必ず、伝わると思うわ……」
カレンは喉の渇きを癒すようにバーボンを一口飲むと、遠い目をしてクスッ
と思い出し笑いを浮かべた。
「私もあるなぁ……昔、好きだった人の面影を追い掛けてしまうこと……。相
手には悪いとは思ったりするけど、私はその人を好きになっちゃったんだも
の、仕方ないわよね……」
カレンはそう言って、ミサコに優しく微笑んだ。
「ミサコちゃんは、真剣にその人のことを考えてあげた?」
「……たぶん……」
少し考えてから、ミサコは首を小さく縦に振った。
「なら、大丈夫よ。心配いらないわ……。ほら、笑って。私と乾杯しましょう」
ミサコは笑みを浮かべて、カレンとグラスを合わせた。
グラスの中の氷が心地よい音を響かせて、くるりと回った……。
それから数十分ほど経った後、ミサト達は店を後にしようとしていた。いつ
もよりもかなり早い帰りである。なぜなら、これから「ジャンヌ」は貸し切り
らしいというので、ミサトの家で飲み直すことにしたのだ。
「悪いわね、ミサトちゃん」
本当に申し訳なさそうにカレンが言う。
「いいのいいの……どうせこれから、私んちで飲むんだから、じゃ、私タクシ
ー拾いに行くから、リツコお願いね」
ミサトはタクミとミサコに向かってそう言うと傘をさして表へ走って行った。
タクミはリツコを背負うと、店の入り口で傘を二つさして待つミサコに歩み
寄った。
「じゃあ……また来てね……待ってるから」
「はい」
タクミはそう短く答えると、雨が振り落ちる空をうらめしそうに見上げた。
「それとミサコちゃん……」
カレンがミサコを手招きして呼び寄せて、耳元に囁く。
「頑張ってね……応援してるから……」
「えっ……?」
カレンはニッコリと微笑んで手を振った。
‥ かなわないなあ……この人には…… ‥
ミサコは思わず苦笑いする。
表に出た二人。
ミサコが、タクミとリツコの上に傘をさし、数百メートル離れた表通りまで
並んで歩いている。
「う〜ん……碇司令……」
黙ったまま歩く二人に突然のリツコの寝言。
タクミの表情を伺うミサコだが、一見その表情に変化はない。それどころか
笑っているようにすら見える。
「赤木博士って、本当に碇司令が好きなんですね」
タクミは微笑みながらそう言った。
「そうね……」
タクミは、ふとミサコの顔を来て、申し訳なさそうな顔になる。
「……昼間は……すみませんでした……少し気が立ってて……」
申し訳なさそうなタクミ。
「ううん……いいの……。ずっと思わせぶりなことばかり言ってた私も悪かっ
たと思って、反省してるわ……。ごめんなさい……」
「……いえ……」
二人、かける言葉が見つからず、ゆっくりと歩いている。
雨の勢いは強く、傘と傘のすき間からも雨が降り注いでくる。
「あの後ね……ずっとあなたに謝りたくて、探してたの……。でも、見つから
なくて、どうしようもなくて……。仕方なく、帰ろうと思って地下鉄のホー
ムに行ったら、ミサトさんに捕まっちゃって……」
クスッと笑うミサコ。
‥ ずっと俺を探していた……? ‥
タクミは驚いたようにミサコを見ていたが、やがて、ミサコにつられたよう
にやさしく微笑んだ。それを見て、安心したミサコは独り言のように呟く。
「私ね……あなたに妬き餅を妬いて欲しくて、わざとあんなことをしたの……」
「ヤキモチ……?」
ミサコ、黙ってうなづく。
「……私ね……あなたのこと……好きになったみたい……。最初は、日向君に
似てると思ったせいもあったけど、この人となら、ずっと一緒にいたいな…
…って……そう思うようになったの……。だから、あなたに妬いて欲しくて、
あんな事言ったりしたんだと思う……」
ミサコはおずおずとした様子でタクミの顔を覗き込んだ。
「私のこと……どう思う? 」
‥ どう思うって、いきなり聞かれたって…… ‥
タクミは戸惑いの色を隠せないまま、視線を路面に落としたままで答えた。
「……好きとか嫌いとか……そういう目で松前さんを見たこと……ないんです
……。だから……」
表情を一瞬にして曇らせたミサコはゆっくりと視線をそらした。
「そう……? 分かったわ……。……ごめんね……いろいろ迷惑掛けて……」
「いえ……」
それから会話もないまま、うたりはミサトの元へたどり着いた。
「こら〜っ! 遅いぞ! 私を待たせるとはいい度胸してるじゃない? 」
「仕方ないじゃないですか……赤木博士を背負ってるんですから」
タクミの横顔を寂しそうに見つめるミサコ。
そのタクミの背中でリツコは静かな寝息を立てている……。
○同日 22時50分 新豊島区郊外 葛城ミサトのマンション
ミサトがリツコを背負ったタクミとミサコを連れて、部屋へと帰ってきた。
「アスカ〜っ! ただいま〜。お客さん連れてきたわよ」
「お帰り〜っ。遅かったじゃない……あっ……!?」
テレビを見て笑っていたアスカはご機嫌に玄関に飛び出してきたが、タクミ
を見て息を飲んだ。
「こんばんは……アスカ君」
「こんばんは」
挨拶するタクミとミサコ。しかし、アスカは、タクミからぷいと顔をそらす。
思わず苦笑いするタクミ。
「さあ、上がって上がって……リツコはリビングのソファーの上にでも寝かせ
るといいわ。アスカ、案内してあげてくれる?」
「分かったわよ!」
アスカは、リツコを背負ったタクミを連れて、リビングへと向かった。
一方、台所の上の料理に気がついたミサトは、南瓜の煮付けに、アサリの酢
の物、焼き茄子といった手の込んだ料理の数々に目を丸くした。
「アスカ〜、これ全部あんたが作ったの?」
アスカがリビングから顔を出す。
「シンジが作ったのよ。ミサトに食べさせてあげようって……。1時間ほど前
まで、ここでミサトを待ってたけど、遅いから帰っちゃったわよ」
「シンちゃんが来てたの? アスカ、私がいないからって、二人で変な事して
ないでしょうねえ……」
ジト目でアスカを見るミサト。
「そ、そんなことするワケないでしょ!」
顔を少し赤くして動揺するアスカ。
「へえ……シンちゃんの手料理かあ……懐かしいなあ……」
「お鍋の中にお味噌汁もあるわよ……。ミサトがうるさいから、少し多めに作
ってもらったわ」
「わ〜い、シンちゃんのお味噌汁だ〜っ! ねえ、ミサコも飲む」
「え、ええ……。頂こうかしら……」
かなり嬉しそうなミサトは、ルンルン気分でコンロに火を点けた。
それからしばらく経ったリビングではシンジの料理をつつきながら、酒を飲
んでいるミサト達の姿があった。タクミは、女同士の話に居場所がなくなった
のか、台所に顔を出した。腕捲りをして、何やら酒の肴を作っているらしいア
スカの姿が目に入る。しばらく柱にもたれて、その様子に見入っていたタクミ
だったが、アスカは少し怪訝な表情で振り返った。
「な、何よ! 何か用?」
アスカの様子にクスッと笑うタクミ。
「なかなかサマになってるな、と思って」
「だ、だから、なんだって言うのよ!」
「いや……なんか忙しそうだから、手伝おうかなと思ってね。向こうに居場所
がなくってさ」
タクミは、ミサトとリツコの声が響くリビングを指さす。菜箸を片手に、腰
に手を当てて考え込むアスカ。
「……そうね……その缶詰のフタ、開けてくれる?」
机の上の缶詰を指さすアスカ。
「はいはい」
嬉しそうに缶詰のフタを開けにかかるタクミ。
「楽しかったかい? 今日は?」
「……そうね、まあまあかしら?」
ニコッと微笑むタクミ。
「それは良かった。シンジ君も待ったかいがあったってもんだ」
アスカは鍋を覗きながら何か考え込んでいる様子だったが、意を決したよう
にタクミに話しかけた。
「……ねえ、シンジ、かなり前から待ってたんじゃないの?」
少し聞きづらそうに尋ねるアスカ。
「んっ……? 僕が見たのは10時過ぎからだったなあ……。それがどうかし
たのかい?」
「えっ……? な、何でもないわよ! ほらっ、それ終わったら、冷蔵庫から
卵を出してかき混ぜるっ!」
「分かりましたよ、先生」
クスッと笑いながら、冷蔵庫を開けるタクミ。ふと横目でアスカを見ると、
彼女はまな板の前でトントンと野菜を切り刻んでいた。
「……ところで、長門さんは今日、誰と待ち合わせしてたの?」
「あれっ……? 僕のことが気になるのかい? 嬉しいなあ……」
タクミの言い回しにパッと頬を赤くするアスカ。
「か、勘違いしないでよね! シンジが気にしてたから聞いただけよ!」
「へえ……シンジ君がねえ……。……残念だけど、内緒……」
「ケチ!」
タクミが大きな声で笑うのを聞きながら、アスカは頬を膨らませて再びまな
板に向かった。タクミは楽しそうに微笑みながら卵をかき混ぜ始めていたが、
しばらくして、床の上に無造作に置かれた箱がガタガタと動いているのに気が
ついた。
「アスカ君、これ何が入ってるの? 何か動いてるけど……」
アスカは床の上の箱に目をやった。
「しまったあぁぁぁ! 料理に夢中ですっかり、忘れてたわ!」
慌てて、宅急便の箱を開けるアスカ。シンジとの料理に夢中ですっかりアス
カに忘れられていたペンペンがシャーベットになりかけ状態で箱に収まってい
る。
「ごめ〜ん、ペンペン!」
「く、く……く、くえっ…………」(『死にそうだ……』と言ってるらしい)
アスカはペンペンを取り出し、流しに置くと上からやかんのお湯をかけた。
「くうぇ〜っ!!!」(『熱い〜っ!』と叫んでるらしい)
ペンペン復活。(笑)
アスカは、タオルでペンペンの身体を拭き、膝の上に抱いた。
「ごめんね〜ペンペン。もとはと言えば、クール宅急便なんかで送りつけたミ
サトが悪いんですからね……恨むんならミサトを恨んでね」
「くわっ?」(『本当か?』と言っているらしい)
「へえ……今日、綾波君が言ってた、葛城さんのペンギンって、そいつかあ…
…。確かに似てるなあ……あのぬいぐるみに」
「えっ……? ファーストに会ったの?」
‥ しまった…… ‥
タクミは動揺した。目をそらせようと思ったが、アスカがじっと自分を見て
いるのに気付いて、それすら出来なかった。
「ああ……ちょっとね……。でも、朝の待ち合わせの相手は違うよ。それにし
ても愛嬌のある顔してるなあ……こいつ」
「くうぇえ〜?」(『お前は誰だ?』と言っているらしい)
タクミはごまかすようにペンペンの頭を撫でた。
アスカはタクミの言葉が気になって、頭を離れない。
ペンペンは『誰だろう?』といった様な顔でじーっとタクミを見上げていた。
1時過ぎ。
ずっとタクミに絡みっぱなしだったリツコが再び眠りについたのを見計らっ
てミサトと話をしていたタクミが腰を上げた。
「……じゃ、僕そろそろ失礼します……」
「えっ? 泊まって行けばいいのに……どうせ朝まで寝られないだろうけど」
「でも、一応、男ですし(笑)加持さんや碇司令に変な誤解されたくないです
から、帰ります」
悪戯っぽく言って、タクミはソファーに掛けてあったジャケットに袖を通し
た。ミサトはその言葉にほんのりと頬を赤く染める。
「じゃ、どうもごちそうさま……アスカ君、料理、おいしかったよ……」
リツコの肩に毛布を掛けていたアスカに声を掛けると、彼女は照れくさそう
に顔を背けた。
「えっ……あっ、あったりまえでしょ!」
それを見て、タクミはクスッと笑う。
「じゃ、おやすみなさい」
笑顔でそう言って、タクミは部屋の扉から出ていった。そのタクミをじっと
見ていたミサコが、慌てて立ち上がる。
「ミサトさん、私も帰ります」
「えっ、遠慮しないで泊まっていけばいいのに」
「悪いですから……。じゃ、おやすみなさい……。アスカも、またね」
「う、うん……」
ミサコはジャケットを持ったまま、飛び出していってしまった。あまりの切
替の早さに呆気にとられて見ていたアスカとミサトは顔を見合わせた。
「何かあったの? あの人」
「今日はおかしいのよねえ……なんかさ……」
ミサトがそう答えると同時に、じゅうたんの上につぶれていたリツコが身体
を起こした。
「うう……ん……。あれ、長門君は……?」
「えっ? 帰ったけど……」
「帰ったあ〜? 逃げたわね……。許さない……絶対に許さないわ……」
リッちゃん、完全に目がイッている。
「はいはい……飲んで飲んで……。アスカ、もう一本ボトル持ってきて!」
「は〜い!」
アスカが跳ねるように台所へと駆け出す。
この夜、葛城家から明かりが消えることはなかった……。
そして、翌日はミサトが近所の住人が平謝りする羽目になったという……。
それはともかく、ミサコが急いでマンションの入り口に降りると、玄関先で
タクミが壁にもたれて立っていた。ミサコの姿を見つけたタクミは、少し驚い
たような表情を一瞬見せた後、軽く微笑みながらこう言った。
「あれっ……松前さんも帰るんですか?」
「えっ……。ええ……」
「本部に帰るんですよね……? さっき、タクシーを呼んだので、よろしけれ
ば乗って行きませんか? 新豊島駅なら帰り道ですから」
「え、ええ……お願いするわ」
最初からそのつもりのミサコである。
入り口のガラス窓越しに外を眺めるタクミ。
ミサコはそんなタクミの横顔をじっと見ていた。ふたりが言葉を交わす事も
なくそうして待っていると、一台のタクシーがマンションの前に横付けされた。
タクミに促されるままに、後部座席に乗り込むミサコ。それに続いて、タク
ミもミサコの隣に乗り込む。
走り出したタクシーの中で、再び二人の間を走る沈黙……。その沈黙を破っ
て、ミサコが口を開いた。
「……蒸し返すみたいで悪いけど……。……昼間、どうして、怒ったのかな?」
突然の質問にドキッとするタクミだが、何も答えない。
「誰かの代わりにされていると知って、怒るってことは、その人に特別な感情
を持ってるからじゃないか、ってある人が言ったの……。長門君……さっき
は、何とも思ってないって言ったけど、日向君に遠慮してるだけじゃないの
……? もしそうだとしたら……」
「……違いますよ。……ただ、だれかに似てるって言われるのが嫌いなだけです」
外を眺めたまま、タクミは静かに答えた。その表情はミサコからは死角にな
っていて見えない。
「そう……。ごめんなさい……」
ミサコは寂しそうな顔で、タクミと反対側の窓の外を見た。窓の外の雨は、
弱くなる気配すらない。
それから、一言も言葉を交わさないまま、タクシーは駅に着いた。タクミは、
外に出て傘をさすと、その傘の下にミサコを手招きした。ミサコは、その傘の
下で自分の傘を開くと、急ぐようにタクミから離れた。
「タクシー代は……?」
「要らないですよ……僕が誘ったんだし、大した額じゃないから」
「でも……」
「気にしないで下さい。……それじゃ……」
タクミは素早くタクシーに乗り込む。
「……あっ……おやすみなさい……」
ミサコが言い終わるか、終わらないかのうちにバンと音を立てて扉が閉まる。
ミサコはタクシーが見えなくなるまでずっと見送ると、肩を落として駅の改
札へと歩き始めた。
切符を買い、ゆっくりと改札を抜けて、誰もいないホームで地下鉄を待つ。
‥ ……馬鹿だな……私…… ‥
ふと寂しげに笑うミサコ。
と同時に、ホームに上がってくる階段の方から、誰かが駆け上がってくる靴
音が聞こえる。
‥ ふっ……まさかね…… ‥
苦笑いして階段の方を見るミサコ。
しかし、上がってきたのは他でもない、全身をびっしょりと雨で濡らしたタ
クミであった。
「……長門君……」
ミサコの姿を見つけたタクミは、雨で濡れた身体を気にする素振りもなくミ
サコに近づいてくる。
「……ど、どうしたの……?」
「サイドミラー越しに……松前さんがずっとこっちを見ているのが分かったか
ら……。それをずっと見てたら、このままじゃ……ダメだな、って思って…
…」
ミサコはバッグからハンカチを取り出すと、そっとタクミの顔を拭った。
「……傘もささずに……追い掛けてきてくれたの……? 優しいのね……。で
も、その優しさが誤解のもとなのよね……」
そう言ってミサコは寂しそうに笑った。
「誤解ってワケでもないですよ……。……僕も、松前さんが少し気になってい
たから……。それが“好き”って事かっていうと、分からないけれど……」
‥ じゃ……どうして追いかけてきたのよ…… ‥
ミサコはうつむいた。
「……日向さんから僕に逃げてるだけじゃないかな、って感じたから……わざ
と辛くあたったりしたんです……」
‥ えっ? ‥
ミサコは一瞬タクミの顔を見てから、顔を背けた。
「……いい勘してるわ……。そう、私は日向君から逃げようとしてた。伊吹さ
んに対する後ろめたさっていうのかな、そういうのがあって、二人から離れ
ようとしてた……。日向君の気持ちも考えずに……」
タクミ、何も言わずにミサコの顔を見つめている。
「そんな時、あなたに会って……この人なら、日向君を忘れさせてくれるかも
しれない、って……そう思ったの……。それは、本当よ……」
タクミ、少し照れくさそうにうつむく。
「でも、ただ寂しさを紛らわそうとしてただけかもしれないわね。だって、あ
なたと一緒にいるとどうしても彼を思い出してしまうもの……。だから、あ
なたに日向君の代わりだって思われても仕方ないわ……。ごめんなさい……」
ミサコは申し訳なさそうにタクミの瞳を見つめた。その目はじんわりと潤ん
でいるように見えた。
「……僕と同じなんですね……」
「えっ……?」
罵倒されても仕方がないと思っていたミサコは、タクミの意外な答えに驚い
た。
「寂しさを紛らわそうとしてるってこと……。ほら、僕って自分で言うのもな
んですけど、人なつっこいでしょう?」
「え、ええ……そうね……」
「これも、寂しいのを紛らわすためなんですよね……。だから、誰にでも話し
かけるし、どんな誘いにもついていく……」
苦笑いするタクミを見て、ミサコはクスッと微笑んだ。
「それに、あなたは優しいわ……。自分を振り回していた女を、この大雨の中、
追い掛けて来てくれたんだもの……」
潤んだ目で自分を見上げたミサコの視線がタクミには照れくさい。
「でも、あなたって誰にも優しいから、知らないうちに、たくさんの人を傷つ
けてしまうかもしれない……。だから、気をつけた方がいいわ……。それに
女の子って、男の子に比べて独占欲の強い生き物だから、自分だけに優しい
男の子じゃなきゃ、嫌なものなのよ……私も含めて、ね……」
「えっ……?」
ミサコは優しく微笑んだ。そして、タクミの目を見つめる。
「……寂しくなったとき、今日みたいに私と遊んでくれない……? あなたと
いると元気になれそうな気がするから……。これからは思わせぶりなことは
絶対に言わないわ……約束する。だから……」
‥ この人、可愛いところあるんだな…… ‥
タクミはなぜか嬉しくなってしまった。だからだろうか、微笑みながらこう
返した。
「いいですよ。僕で良ければ」
ミサコは嬉しそうな顔でタクミの顔を見た。それを待っていたかのように、
風を巻き起こして、地下鉄がホームに入ってくる。
ミサコは、名残惜しそうに地下鉄へと乗り込んだ。
「風邪、ひかないようにね。おやすみなさい……」
「はい……おやすみなさい……」
ゆっくりと扉が閉じる。タクミは、地下鉄の影が見えなくなるまで、ずっと
ホームに立っていた……。
その頃、ミサコもまた、タクミの姿が見えなくなるまで、窓の外を見つめて
いたのだが、お互いにそれを知る術はない……。
まだ、ふたりの間には、まだ距離がありすぎた……。
○翌々日の月曜日 8時10分 NERV総本部1階 地下鉄ターミナル
地上から500メートル地下にある地下鉄のホームから、ネルフ本部の建物
に向かう通路を歩いている日向。後ろから駆け寄ってくる足音がして、ポンと
背中を叩かれた。
「日向君っ!」
ビックリして振り返る日向に、マヤが満面の笑顔で微笑む。
「どうしたの? お化けでも出たみたいな顔しちゃって……。私、そんなに変
かなあ……?」
ぺたぺたと自分の顔を触るマヤ。
「い、いや……なんかいつもと感じが違うから……」
「そう……? そうかなあ……?」
首を傾げるマヤ。
日向は、クスッと笑って再び歩き始める。その隣を楽しそうに歩くマヤ。
「私ね……青葉君と付き合うことにしたんだ……。青葉君……私が日向クンを
好きなままでもいい、って言ってくれて……」
日向、一瞬ハッとするが、マヤの方を見て微笑む。
「そうですか……。あいつも喜んでるでしょう?」
「うん……。あんなに青葉君が私のことを見てくれていたなんて、全然分から
なかった……。恋すると他のものに盲目になるって、本当なんだね……」
「あいつは、ずっと伊吹さん一途でしたから……」
ふたり、なんとなく気まずくなって黙ってしまう。
「……それはともかく、日向君はどうなの?」
日向の顔を覗き込むようにして尋ねるマヤ。
「どう、って?」
「……えっ……だから、その……松前さんと……」
「……何にもないですよ……」
苦笑いする日向。
「これから……どうするの?」
不安そうに尋ねるマヤ。
「さあ……? 分からないです……あの人次第じゃないですか?」
淡々と答える日向を、マヤは不思議そうに見つめるだけだった。
一方、日向達の数十メートル後方では、車を置きっぱなしの為に地下鉄で出
勤してきたミサトが同じ電車に乗っていたらしいリツコと話をしながら、本部
へ向かっている。
「あんた、まだお酒残ってるんじゃないでしょうね?」
「少し残ってるかもしれないわね……」
そう言ってこめかみを押さえるリツコ。
「土曜日、自分が何をしたか覚えてる? 」
「ジャンヌで飲んでたのは覚えてるけど、どうやってミサトの家に行ったかは
不覚ながら覚えてないのよねえ……。ミサト知らない?」
こめかみを指で押さえるミサト。
「やっぱりねえ……。あんた、また長門君に運んでもらったのよ……私の家ま
で……」
「えっ……? 長門君来てたの?」
「来てたの?って、リツコが呼んだんでしょうが!」
「私が?」
「そうよ! 可哀想に、あの大雨の中、ずぶ濡れでやってきたわよ。リツコは
酔い潰れて寝てたけど……」
「……お、覚えてないわ……」
顔が青ざめるリッちゃん……。
「で、私の家で延々と2時間、絡みっぱなしだったし……。なんか恨みでもあ
るの……長門君に?」
「えっ……? 別にそういうワケじゃ……」
リツコはポッと頬を赤く染めた。
「今度、ゆっくりと聞かせてもらうわよ」
そう言ったミサトは前方を歩いていたマヤ達に気付いた。
「あら? おはよう、マヤ、日向君」
後ろから声をかけられて、振り向くマヤと日向。
「おはようございます、葛城さん、赤木先輩」
「おはようございます」
「おはよう」
日向とマヤの隣に、並んで歩くミサトとリツコ。
「珍しいですね、葛城さんが電車で出勤なんて」
「へっへ〜、車ここに置いてきちゃってね」
舌を出して答えるミサト。
「そういえば、マヤ、コンサートどうだった? 日向君と行ったんでしょ?」
ぎくうっとする日向。けれどもマヤはあくまで冷静に答えた。
「……それがですね……行ってないんです。いずれ分かることだから、言っち
ゃいますけど、コンサートに行く前に日向君と別れちゃって……」
日向が気まずそうに目をそらす。
「え〜〜っ? 別れたぁ〜〜?」
声を揃えて驚くふたり。
「はい」
対称的に、あっさり答えるマヤ。
「はい、って、また、どうして?」
ミサト、マヤと日向の顔を交互に見る。
「ちょっとありまして……」
「あ、でも誤解しないで下さいね。私、日向君を嫌いになったわけじゃないで
すから」
「だったらどうして?」
「あ、私、購買で買い物したいので、先に行きますね」
マヤは巧くはぐらかすと、走って行ってしまった。おかげで、日向はミサト
とリツコの鋭い視線を一斉に浴びことになってしまった。背筋に冷たいものが
走るのを感じる日向。
「日向く〜ん。どういうことか、説明してもらいましょうか?」
怖い目で日向に迫るミサト。
「だから、なんでもありません、って」
「なんでもないわけないでしょ? どうして、マヤがあんなに明るいのよ!」
「知りませんよ!」
「日向君……私達に何か隠してない? 事と次第によっちゃあ、承知しないわよ」
「隠してません、って! 勘弁して下さいよ〜」
日向、たまらず走って逃げだす。それを追い掛けるミサトとリツコ。
こうして、ネルフ総本部の騒々しい1週間が始まった……。
(つづく)