思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2016年第3期
9月29日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory フィーナ誕生日記念 「朝寝坊」 9月23日 千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜鴇田宗仁〜 千の刃濤” 9月22日 千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜宮国朱璃〜 桃花染の皇姫” 9月21日 千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜鴇田奏海〜 真実からの道” 9月20日 千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜椎葉古杜音〜 真実への道” 9月19日 千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜稲生滸〜 手段と目的と”” 9月18日 千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜エルザ・ヴァレンタイン〜 目的と手段” 8月29日 大図書館の羊飼い SSS”8月29日” 8月27日 千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS”控えめ” 8月20日 千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS”夢の学院生活” 8月3日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「長い一日」 7月12日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「あなたのために」 7月7日 千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS”七夕に願いを”
9月23日 ・千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜鴇田宗仁〜 千の刃濤” 「今日は美よしには行けそうに無いな」  配達の車を運転しながら、残ってる配達先を思い浮かべる。  今夜は遅くなりそうだった。  配達を終え部屋に戻ると、滸からの差し入れが用意されていた。 「ありがたい」  机の前に正座し、滸とこの料理を作ってくれた美よしの更科さんに感謝の意を込めて  目を閉じる。 「では、頂きます」  汗を流し、布団を敷く。  もう夜も深い、明日の為には寝る時間だった。 「明日の為に、か……」  俺はいったい、何をしてるのだろうな。  朝早く勅神殿の道場で鍛錬をして。  昼間は学生をして。  午後からは花屋の仕事をして。 「どこから見ても、もう立派な皇国の苦学生だな」  戦前までは武人としての地位があり、毎日刀の鍛錬に明け暮れていた。  武人としての俸給も戴いていたはずだ。  しかし、俺には記憶が無い。  あの戦争で傷を負った影響で、戦争以前の記憶を失っているのだ。 「……」  滸のおかげで日常生活を送る分には何も問題無いほど回復をした。  刀は、身体が覚えていてくれた。  だが、失った物は大きく、それは取り戻せてはいない。 「俺は本当にあの戦争の時、戦っていたのだろうか?」  記憶が無いので確かめようが無い。  もしかすると戦いが怖くて逃げ回っていたのかもしれない、そう思うときがある。  武人である俺が戦いを逃げたとは思えない、だが、戦っていたかというとそれも  わからないし、信じられない。 「張り子、か……」  槇が言うのも頷ける話だ。  俺が張り子の武人でなくなることが出来るとしたら、主と出会うときだろう。  敗戦後に即位された皇姫、翡翠帝とは一度もお目通りしたことは無い。  そして皇姫は宰相の操り人形となっている。  その皇姫、翡翠帝をお救いするのが今の俺たちの、生き残った武人の目的だ。  テレビで見る翡翠帝、そのお姿をお目にしたとき、背筋を伸ばして臣下としての態度を  とる事は出来る。  だが、本当に皇姫を目の前にしたとき、俺は皇姫に対して忠義を尽くせるだろうか?  張り子の武人である俺の、主になって頂けるのだろうか? 「……考えが悪い方に向かうのは疲れてる証拠だな」  俺は無理矢理に眠ることにした。  そのとき、桃花染の香りがした、気がした。 「……気のせいだろう」  花屋の二階の部屋だ、花の香りがするのは不自然では無い。  だが、桃の花はまだ入荷していない。  今年は遅咲きで、まだ咲いていないからだ。  だが、俺は確かに桃花染の香りを感じたのだ。 「あのときの残り香、だろうか?」  それは配達の途中、一休みするために皇帝稜に寄ったときの事だ。  俺はことあるごとにこの皇帝稜に寄る。何故かはわからないが、ここに居ると心が落ち着くからだ。  先代までの皇姫様がお眠りになる墓標に向かう階段を上るとき、一人の女性とすれ違った。  それだけなら良くあることだが、すれ違いざまに感じた香りに俺は立ち止まった。  その香りは、桃の香り。  思わず振り向いたのだが、すでに女性の姿は無かった。  女性が歩くのが速いのか、それとも俺が振り向くのが遅かったのかはわからない。  だけど、妙に気になった。  すれ違いざまに桃の香りがするだけなら、街でもよくあることだ。  皇国民は桃の花が好きな人が多い、香水などで使う女性も多いからだ。  なのに、今日すれ違った女性だけは、どんな香水の香りとも違う、桃の香りだった。 「いくら気になっても、再び会える訳では無い」  それに会って俺はどうするというのだ? 「今は眠ろう、明日の……いや、明日からの為に」  呪装刀奪還作戦の日も近い、こんな俺でも役に立てる事はあるのだ。  皇姫をお救いし、そして皇姫を主としてお迎えする、その日のために今は耐えるんだ。  俺は、それ以上考える乃止めて、眠りにつく事にした。
9月22日 ・千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜宮国朱璃〜 桃花染の皇姫”  皇帝稜から宿へと帰ってきた私は、そのまま部屋に戻る。 「いよいよ、明日……」  安宿の部屋で私は、手に持った呪装刀の鯉口を切る。  まるで誰も斬ったことの無いように見える刃。  でもそれは、すでに一人の命を吸っている。 「里中……」  私を守り育ててくれた里中の事を思い出してしまい……考えるのを止めた。  刀を元に戻す。  天京に戻ってきて6日、里中の用意してくれた情報網を探っていた。  いくつか用意してあった伝達手段はほとんどがつぶされており、断片的に生き残っている  情報を集め、やっとの思いで小此木のスケジュールを手に入れた。  それが明日の夜、公務の後に帝宮に帰るまでの道のりだけだ。  私はそこで、小此木を襲撃し……討つ! 「……そのためには寝なくちゃ」  万全の体制で小此木を討つ為には、今は寝る事が重要だ。 「この寝心地の悪い布団で寝るのも、今夜が最期ね」  布団に潜るけど、眠気は全然襲ってこなかった。  気持ちが高ぶっているのだろう。 「……」  明かりの消えた暗い部屋の天井を見つめる。  思い返すのはこの3年間。  あのとき、小此木の裏切りにより敗戦したあの日から始まった3年間。  伊瀬野に下って里中の指導の下、ひたすら刀を学んだ。  枕元に置いてある呪装刀は、里中が手配し、用意してくれた物。  武人でも無い私が呪装刀を操れる理由はわからない。  けど、操れるならそれを利用するまで。それだけ敵討ちが成功する確率があがる。 「……」  明日、すべてが終わる。  小此木を成敗して、そして私も…… 「大御神に赦しを請わなくてはいけない」  それは、敵討ちが終わると同時に、皇族の歴史も終わると言うことだ。 「そうでもない、か……あの偽物さんが皇族の歴史をつないでくれるのかしらね」  血がつながっていない皇家の歴史を紡いで行けるのかどうかはわからない。  いえ、それは絶対に無理だ。  今も帝宮にある、三種の神器は正統な皇家の血筋を引く者にしか扱えないのだから。 「……そういえば、私が皇姫になったらなんていう名前を名乗る事になったんだろう?」  そんなことを思う自分がおかしくなって笑ってしまう。  だって、すべてが明日終わるのだから……  すべては明日。  この3年間の終わりの日。  そして、きっと始まりの日でもある。 「何が始まるのか、私には見届けることは出来ないのだけどもね」  眠るために目を閉じた。  そのとき浮かんできた光景は、3年前のあの日の、あの武人の顔だった。 「私を守ってくれた、武人……」  名前を聞き損ねてしまったそのことが、今となっては唯一の後悔。  肌身離さず持っていた、血に染まった手拭い。 「お礼くらいは言いたかった、かな……」  まぶたが重くなってきた。眠気がやっと来たようだ。 「お母様、まもなくお母様の元へと、参ります……」  すべてが終わり、そして始まるのは、明日……
9月21日 ・千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜鴇田奏海〜 真実からの道” 「皇姫様、そろそろ湯浴みのお時間です」 「もうそんな時間なのですね……すぐに参ります」  皇姫としての公務でいろんな書類に目を通していた私は、女官の言葉で我に返った。 「今日はここまでですね」  見ていた書類を片付ける。  皇姫としての公務、でもこの公務は国の運営には一切関わっていない。  正確に言えば宰相がすべてをこなし、私はその確認をするだけ。  実際には確認ではなく、事後承諾なのですけどね、と心の中でつぶやいた。  私は皇姫としての生活を3年近く続けている。  本当はただの武人の娘である私は、あの戦争の時、宰相の小此木に保護された。  ……保護では無く確保だったのでしょうね、代役を立てるための。  姫を騙るなんて重罪以外の何物でも無い。  でも、敗戦後の皇国を一時でも立て直すためには旗印が必要だったのは確か。  だから私は…… 「ううん、これも嘘」 「どうかされましたか?」 「いいえ、なんでもありません。ここまでで良いです」 「はい、わかりました。お上がりの時にお呼びください」  浴室で待機してた女官を退出させた私は、皇姫としての正装を脱ぐ。 「……露出が多すぎて恥ずかしいのですけど、これを着るしかないんですよね」  正装に関しては諦めた私は、すべてを脱ぎ去り浴室へと入った。  女官が身体を洗ってくれた時期もあったが、今は一人で入るようにしている。  もともとは皇姫でもない武人の娘、誰かに身体を洗ってもらうなんて恥ずかしすぎる。 「それに、私が私で居られる時間ですもの」  翡翠帝という服を脱ぎ捨て何も着ていない私は、ただの鴇田奏海になれるから。 「ふぅ」  お湯に浸かると今日の疲れが溶けて出ていく気がする。 「お義兄様、奏海は……」  皇帝の役割を引き受けた本当の理由、それは私のただの我が儘。  皇姫を引き受ける事と引き替えに私が望んだ事、それは行方不明になったお義兄様の捜索。  お義兄様はとてもお強い、たとえ戦に負けたとしてもきっとどこかできっと生きていらっしゃる。  今の皇国の状況を、お義兄様ならきっと憂いてるはず。 「それでも私は、お義兄様にお会いしたいです」  一目見るだけでもいい、お義兄様が無事な事がわかれば、私はそれだけで幸せなのです。 「それに、お義兄様でも私の正体はわからないかもしれません」  皇姫となったとき、私は髪型を変え、髪の色も染めた。  髪を切る前と今ではまるで別人のようになった。 「3年で私も成長しています……」  思わずうつむいてしたを見てしまいます。  そこに見えるのは慎ましい…… 「いえ、ここも成長しています、本人が言うのだから間違いありません!」  …… 「そろそろ上がらないと、日記を書く時間が無くなってしまいますね」  成長の話はとりあえず置いておくことにします。  新たに用意されてる翡翠帝としての正装。  寝るまでのわずかな間でも、私は皇姫として振る舞わねばならない、そのための衣装。  それはもはや呪いなのかもしれない。 「……ふぅ」  女官に声をかけ、風呂から上がったことを伝える。  そして私は寝所へと向かう。  浴室での私は、ただの”鴇田奏海”の時間。  そしてこれからの日記を書く時間は、翡翠帝という役を演じているお義兄様の妹”鴇田奏海”の時間。 「奏海の思い、いつかお義兄様に届くといいな」
9月20日 ・千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜椎葉古杜音〜 真実への道” 「私に務まるのでしょうか……」  駅のホームで汽車を待つ時間、私は今一度手紙を見てみる。  差出人は天京の帝宮。  内容は。 「私の、斎巫女への就任要請……」  未だに信じられません。  私のような未熟者が斎巫女を命じられるなんて。  確かに、呪力は他の皇學舎のみんなよりは高いけど、まだまだ未熟者で。  術だけなら他の巫女の方が上手に出来ると思う。 「何を言っているのです? せっかく皇姫様よりの拝命ですよ?  誠心誠意お仕えなさい」  皇學舎の先生方はそう仰られて、私はこうして天京へと向かう汽車を待っている。 「天京……」  皇国の首都で呪壁に守られた街……それも三年前までの話。  今でも首都であることは変わらないけど、呪壁は破壊され、帝宮の側には共和国の総督府が  置かれてるという。  以前に行った天京とは違う天京に私は今から赴く。  不安が無い訳じゃ無い、というか不安だらけ。  斎巫女のお役目をちゃんと果たせるだろうか?  私みたいな未熟者を、勅神殿のみんなは受け入れてくれるだろうか? 「御先代様がいらっしゃってくれれば……」  そう口に出してしまう。 「……私が言っては良い事ではありませんね」  3年前の戦争の時、御先代様は呪壁の防御の為にお務めに出ていらしゃって。  だけど、呪壁は破壊され、御先代様を含め当時の巫女達はすべて戦死なさっている。  呪壁の崩壊に巻き込まれたという話だけど、その呪壁の調査が行われていないので  真相はわかっていない。 「私もあのとき、お務めに出ていれば……」  御先代様のご厚意で、天京でのお務めの訓練に呼ばれてた私だったけど、風邪をこじらせて  しまい、伊瀬野で療養することになった。  そのときに戦争がはじまり、そしてすぐに戦争は終結した。  皇国の敗戦、という形で。 「私が居たところで手助け所か、足手まといだったとは思うけど、それでも……」  あのとき、お世話になった御先代様と一緒に居られなかったことを、ずっと悔いている。  もうすぐ汽車の時間。  伊瀬野を離れて天京へと向かう。 「そういえば……挨拶出来なかったな」  皇學舎の近くに住んでいらっしゃった貴人、朱璃様。  つい最近、同居されてるお婆さまが亡くなったばかりで、今が一番大切な時期なのに。 「お休みがとれたら一度伊瀬野に戻らないと……あ」  ホームに汽車が入って来た。 「……」  天京に行けばわかるだろうか?  私が斎巫女を拝命した理由も。  御先代様の最期の事も。 「……そういえば、御先代様が仰られていましたっけ」  なんでも良くお世話になり、助けられた武人が居たという話を。 「もしかして、その武人様にお会い出来れば、御先代様の事も何かわかるのでは?」  すぐに会えるかわからない、生きているかもわからないけど。 「天京に行くのだから、きっと何かがわかるはず!」  ホームに停まった汽車に私は乗り込む。 「御先代様がお世話になったという武人様、確かお名前は……」
9月19日 ・千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜稲生滸〜 手段と目的と” 「お疲れ様でした♪」  可愛く挨拶をして、私は控え室に入り、鍵を閉める。  持ってきた私物の鞄をあけ、中にある小刀の呪装刀を手に取り、その力を借りて周りの気配を  探ってみる。 「……うん、よし♪」  変な気配が無いのを確認してから、私はウィッグを外し、着ていた衣装を脱ぎ捨て下着姿になる。  メイク台の前で化粧を落とし、髪をいつものように纏める。  そして衣装をハンガーに掛けて、私服に着替える。  こうして菜摘から稲生滸に戻る。 「………」 「………」 「………うぅ、恥ずかしい」  滸に戻った瞬間、菜摘として行動したすべてが恥ずかしくのしかかってくる。  いくら奉刀会の為とはいえ、私にはアイドルは恥ずかしすぎる。 「それに、最近衣装の布の量が減ってきてる気がする」  振り返りハンガーに掛かってる菜摘の衣装。  最初は肩くらいしか出てなかった気がするんだけど、今は胸元とかお腹とかの部分の布が  全く無くなってきた気がする。 「紫乃ったら……今度抗議しないと」  菜摘をプロデュースしてるのは来嶌財閥、つまり紫乃だ。  実りの良いバイトを紹介してくれた事は感謝しているけど、最近は度を超えてる気がする。 「っと、それよりも本部に行かないと」  もう一度メイク台の鏡を見て、自分を確認する。  そこに写るのは今人気のアイドル歌手「菜摘」ではなく、稲生家の武人「稲生滸」である。 「……よし」  私物を鞄に詰め、外に誰も居ないのを確認してから控え室を後にする。  普通の出演者が出入りするスタッフ用の通路と逆に歩き、表玄関へと向かう。  そこでスタッフ用の入館証を見せてから、私はテレビ局を後にする。  周りの気配を探りながら、夜烏町の方へと歩いて行く。 「ふぅ、今日も大丈夫だったかな」  この前の雑誌にも載っていた「菜摘の謎」という記事。  存在してるのに存在していないアイドル歌手という記事だった。  それは、テレビ局やそのた収録現場にはちゃんと居るのに、そこに至るまでの足取りが  全くつかめないという記事だった。  プロデュースしてる来嶌財閥の力という結果になってはいるが、正解はこの通り。  私のままで収録に向かい、収録先でしか菜摘にしかなっていないからだ。 「まだ時間には早いかな」  宗仁の様子を見に花屋に行くのもいいかな。  あ、でもこの時間は配達中かな?  そう思って結局は自宅に帰ることにした。 「……私は何をしているのだろうな」  奉刀会の会長代行として振る舞ってはいるが、いつも槇とのいざこざが起きる。  決起を促す強硬派を抑え、呪装刀の奪還任務を行い、犠牲になった武人達の思いに報いるために  アイドル活動をして…… 「そう、そこがおかしい……」  そう言葉で抵抗しても、今や菜摘としての収入は奉刀会には無くてはならない物になっている。 「早く逆賊小此木を倒し、皇姫をお救いしなければならない」  そう口に出して、はっとなる。 「私が焦ってどうするのよ、馬鹿」  今はまだ我慢の時、まだ呪装刀の数がそろっていないし、帝宮の警備の配置もわかっていない。  今の段階で蜂起しても、奉刀会はつぶされるだけだ。 「今は雌伏の時……」  その雌伏の時はいつまで続くのだろう……
9月18日 ・千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS ”前日譚〜エルザ・ヴァレンタイン〜 目的と手段” 「ふぅ」  机の上にペンを置いて、サイドテーブルにあった紅茶を口に運ぶ。 「……ぬるい」  いれてもらったときは適温だったはずの紅茶はもうぬるくなっていた。  それだけの時間がたった証拠だ。 「はぁ……上手く行かないものね」  学院での生徒会長としての活動。  帰宅してからの、軍の上級大佐としての活動。  日々多忙で、こうして休む時間もまともにとれない日もある。  でも、それは私の望むところでもあった。  共和国の思想でもある、民主主義を学院から根付かせる、そして何れは皇国も  ちゃんとした民主主義の国にして……  そこまで考えて、考えを止めた。 「まだ無理、よね」  問題が多すぎる。  この国で暮らす、いえ、入り込んだと言うべきね、共和国人は自分たちが戦争に  勝った国の人間で、皇国人より上の立場だとわかってる上で暴挙を働いている。  そして皇国はそれを受け入れている。  私は配下には無為な奪略行為を行わないよう指示は出しているけど、他の部署は  そうではない、部隊長が率先して行っているくらいだ。  父はそれを咎めない。それが当たり前だと思っているかのように。  そして今でも活動を続けている武人の存在。  武人の居る戦場では、共和国の兵士が何十人居ようと、勝てる気がしない。  それだけ出鱈目な兵士なのだ、八月八日に奉刀会を検挙し逮捕したにもかかわらず  今でも武人との武力衝突は多い。  そのたびに武人も減ってはいるが、それ以上に軍の兵士も減っていく。  最後の問題に今の皇国の皇帝にも問題はある。 「完全に小此木の傀儡よね、あの子」  それを悪いとは言い切れない、皇帝である皇姫の存在は皇国民を安心させている。  きっと皇姫が居なければこの国は今も泥沼の戦場になっているだろう。 「……将来的にはみんな平民になってもらわないとね」  そのためには皇姫も武人も平民になってくれないと、掲げる民主主義が実現出来ない。 「民主主義、か……」  ふと思ってしまう、民主主義って何なのだろう、と。  すでに戦争という手段が国を支えてる共和国が、戦争が無いと成り立たない共和国が  民主主義を広めるという理由に戦争を維持してる。  今や民主主義は、戦争を正当化するための言葉になってる。  何れ大陸すべてを共和国が制覇するだろう、その後共和国はどうなるのだろうか?  父みたいに、占領した国から富を奪うだけの侵略者に落ちてしまうのだろうか? 「そうならないためにも、せめて私がこの国で真の民主主義を実現させないといけない」  そのためなら侵略者の名を受け止めよう、そう思う。 「んーっ!」  伸びをする、もう遅い時間だ。  そろろそ眠ることにしよう、明日も学院はあるのだから。 「こういうとき部屋にも温泉があると良いのにな」  常にわき出し続けるお湯にいつでも入れる、私がこの皇国に来て気に入った数少ない  風習だった。 「今度の休みはいつ取れるかしらね……」  そのときは温泉巡りを出来るといいな、そう思いながら私はベットに入る事にした。
8月29日 ・大図書館の羊飼い SSS”8月29日” 「なぁ、佳奈。今夜の飯どうしようか?」  図書部の依頼も終えての帰り道、俺は佳奈に訪ねる。 「今から何か作るのも大変だし、どっかで食べてから帰るか?」 「はいはーいっ! それなら焼き肉がいいでーす!!」 「そうか、わかった」 「あれ?」  俺の返事に佳奈が変な声をあげる。 「普通は予算的に反対しませんか?」 「反対して欲しかったのか?」 「いえいえいえいえいえ、決してそんなわけはありませんよ? でも用意しておいた  説得材料を使えなかったのが残念です」 「説得材料?」  焼き肉を食べに行く説得材料? 今までのパターンから考えると……。 「なぁ、佳奈」 「なんですか? すごく嫌な予感しかしませんけど」 「肉を食べて肉がつくところはな、お腹なんだぞ?」 「言うと思いましたよっ、こんちくしょー!! それにその慈しむような目線が余計に  腹が立ちますよ!?」 「説得材料って違うのか?」 「ちーがーいーまーすっ!」  そう言って佳奈は怒りながらも話を続けた。 「今日は8月29日なんです」 「それで?」 「今日は焼き肉の日なんです!」 「……そんな日あったか?」 「あるんですよ、それが!」 「でもまぁ、それってあれだろ、なんとかの協会が加盟店の売り上げを上げるために適当に  語呂合わせしてでっちあげた記念日のたぐいだろ?」 「京太郎さん、冷静に分析しないでくださいよぉ」 「それにな、今日は他の記念日でもあるんだぞ?」 「へ?」 「法律がらみなら、文化財保護法施行記念日だろ? 始めてケーブルカーが走った日だから  ケーブルカーの日でもあるし、記録なら宝塚歌劇で「ベルサイユのばら」が初上演したから  ベルばらの日でもあるぞ? まぁ、他には秋田県の記念日でもあるな」 「なんでそんなに詳しいんですか……」 「いや、本で読んだことがあるだけだぞ」 「そこまで知っていて、なんで焼き肉の日を知らないんですか?」 「読んだ本にそのことが書いてなかったんだろうな」  まぁ、毎月29日が肉の日だって事は知っていたし、8月の8を焼くと無理矢理読めば  そんな日になることくらいは想像はついてたけどな。 「それじゃぁ家に帰るか」 「え? 京太郎さん、焼き肉は?」 「安心しろ、佳奈。一度帰るだけだ。このまま行けば匂いが制服に付いちゃうぞ?」 「それじゃぁ?」 「食べ放題で良ければ行くか?」 「はい! 京太郎さん早く行きましょう! 私おなかぺこぺこなんです!!」  そう言うと俺の手を取って走り出す佳奈。 「おい、危ないって。焼き肉は逃げないぞ?」 「逃げますよ!」 「どんな焼き肉だよ、それは……」 「良いから早く着替えに帰りましょう、京太郎さん!」
8月27日 ・千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS”控えめ” 「小吉、でした」  学院の帰りにお義兄様と一緒に訪れた神社で私はおみくじをひいてみました。 「悪く無いじゃないか」 「えぇ、そうですね、おみくじにも書いてありますけど、何事も控えめが一番です」  そう、控えめが一番です。  私は何も高望みしません、こうしてお義兄様と一緒に過ごせるのなら…… 「そういえば、奏海は昔から俺の後ろを歩いてたっけな」 「そう、でしたか?」  思わず聞き返してしまうけど、そのことは私自身が良く覚えている。 「あぁ、いつも半歩下がって俺の後を着いてきてたな、まさに天京撫子だな」 「もぅ、お義兄様ったらそれは言い過ぎですよ、私が撫子なんて……」 「そうだな、奏海は撫子の花より水仙の花の方が似合うな」 「お義兄様……」 「でも」 「?」 「いつも控えめだったせいもあるんだろうな、成長も控えめになってしまったな」 「なっ!?」  私は思わず胸を両手で抱きしめます。 「ま、まだ、成長途中です、これから大きくなりますから!」 「……奏海?」 「牛乳もちゃんと飲んでますし、もう少ししたらきっとお義兄様好みのサイズまで大きくなりますから!」 「あの、だな、奏海」 「なんでしょう?」 「もしかして俺の言い方が悪かったのかもしれないがな」 「はい」 「成長って、身長の事だからな」 「……」 「……」 「お義兄様のえっち!」 「やっぱり俺のせいか?」 「はい、お義兄様はいぢわるです」 「そ、そうか……済まない」 「いえ、許しません。私を辱めた責任を取ってもらいます」 「あぁ、わかった」 「……え?」 「俺は武人として、翡翠帝を永遠に守る、そして義兄として奏海を永遠に守る」 「守ってくださるだけ……ですか?」 「あぁ、翡翠帝は守るが……奏海は……」  私はその言葉に……  ・  ・  ・ 「……はぁ」  気づくと私室のベットの上でした。 「夢……」  やっぱり叶わない事は夢になってしまうのでしょうか?  先日学院でお会いしたお兄様は先の戦争で記憶を失ってしまってました。  私の事を全く覚えて居てくれませんでした、とても悲しかったのですが、今の私の立場を考えれば  これで良かったのかもしれません。  それに、私はお義兄様が元気に生きてくだされば、それだけで満足ですから。 「……でも」  視線を下に向けると、そこには夜着に包まれた控えめな私の胸が見えます。 「夢の中でまで……」  この春に斎巫女となった、椎葉古杜音さん。  学院に通うときに手配と手続きをしてくれた共和国のエルザさん。  お義兄様の隣にいた幼なじみの稲生滸さん。  そして、見たことも無い美しい桃花染の髪の女性。 「……みんな大きかったです」  記憶を失ったお義兄様を誑かさなければ良いのですが…… 「はぁ……どうにかしてお義兄様を私だけのもの出来ないでしょうか」  答えが出ない問題に、侍女が起こしに来るまでずっと考えてしまいました。
8月20日 ・千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS”夢の学院生活” 「今日は奏海の誕生日だったな」 「お義兄様、覚えていてくださったんですね!」 「当たり前だろう、俺の大事な義妹の誕生日なんだから」  お義兄様のその言葉に私は天にも昇る気持ちになってしまう、だけども。 「こ、こほん、駄目ですよ、武人鴇田宗仁。ここは学院内なのですからね?」 「はっ、仰せのままに、翡翠帝」  そう、私とお義兄様が通ってる学院ではお義兄様は私直属の護衛の武人という立場で、  私はお義兄様の義妹の「鴇田奏海」ではなく、「翡翠帝」なのだから。 「でも、ありがとうございます、お義兄様」 「ここでは奏海ではなく翡翠帝なのだろう?」 「もぅ、周りには誰も居ないのですから良いじゃないですか」 「さっきと言ってることが違うぞ?」 「お義兄様のいぢわる」 「いや、そういう意味では無くてな」  いつも冷静に行動されてるお義兄様の慌てる様子がおかしくて、笑ってしまった。 「なら、聞いておこう。誕生日プレゼントは欲しいものはあるか?」  普通ならご自身で考えて贈るのがプレゼントだと思うけど、良くも悪くも朴念仁なお義兄様は  こういうふうに直接、聞いてくることがある。 「内緒にして驚かそうとは思わないのですか?」 「確実な方を俺は選ぶ」  本当、お義兄様はそう言う人なんですよね。 「それに、な……俺は、奏海の喜んでくれるものが贈りたい。だから聞く事にしたのだ」  そのお義兄様のまっすぐな言葉、私はそれだけで満ち足りる。 「ではお義兄様……いつものあれを……奏海にくれませんか?」 「ちょっとまて、ここは学院内だぞ? それに今は翡翠帝ではないのか?」 「もう放課後ですし今は誰も居ないのですよ? こういう時間くらい、帝ではなく  お義兄様の義妹でいてもいいじゃないですか」 「確かに……だが」 「私が欲しいものを、頂けるのではないのですか?」 「まったく、俺の義妹は……」 「私が、何なのですか?」 「我が儘だが、可愛いと思っただけだ」  お義兄様の言葉に私は我慢出来なくなって、お義兄様に抱きついた。 「奏海?」 「もぅ、お義兄様がいけないんですよ? 私をその気にさせてしまうのですから」 「最初は奏海の方から誘ってこなかったか?」 「……知りません」  そっぽを向く私の頬に、お義兄様が手を当ててくださいます。 「悪かった、奏海。どうすれば許してくれるのだろうか?」 「……答えはお義兄様が一番ご存じですよね?」 「そうだったな、奏海……」 「お義兄様……」  ・  ・  ・ 「帝、そろそろ就寝のお時間です」 「……わかりました、ありがとう」 「では御寝所の方へお越しください」  側つきの女官が去って行きます。  私もすぐに寝所へ行かねば行けません。 「はぁ……私は何を考えているのでしょう?」  お義兄様とそんな関係に…… 「はっ、いけない。あまりゆっくりしてるとまた宰相に怒られてしまいます」  寝る前の私だけの、奏海としての時間。  いつもつけてる日記ですけど。 「……流石に今日の内容はお義兄様にお伝え出来ませんね」  書きかけの文章に目を落とす。  それは、学院へ通う事になった報告だった。 「お義兄様との学院生活……叶ったらどんなに幸せなことでしょう」  でも、それはもう叶わない事。  私は皇国の翡翠帝、お義兄様は先の戦争から行方不明。  もし、会えたとしてもお義兄様の義妹としては生きられない。  それでも…… 「同年代の方が通う学院に行けば、もしかして手がかりを得ることが出来るかもしれない」  宰相に学院に通えと言われたときは何故、としか思えなかったけど、これはきっとチャンス  なのかもしれない。 「お義兄様……いつか無事に再会出来ることを奏海は信じております」
8月3日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「長い一日」  真夜中の、もうすぐ日付が変わる時間。  お兄ちゃんの部屋の前まで来て、躊躇してしまう。 「……」  こんな遅い時間にお兄ちゃんの部屋を訪ねるなんて、やっぱり迷惑だよね。  うん、自分の部屋に戻って寝よう、そう思ったとき。 「麻衣」 「え?」  扉の向こう、お兄ちゃんの部屋の中から私を呼ぶ声が聞こえた。 「そこに居るんだろう? 入っておいで」 「……うん」  お兄ちゃんに促されて、私は部屋へと入る。 「お兄ちゃん、どうして私が居るって解ったの?」 「そりゃ、俺は麻衣の彼氏だからな」 「っ!」  その言葉に私はドキっとして、顔を真っ赤にしてしまう。 「麻衣」  お兄ちゃんは私をそっと抱きしめてくれて、そして。 「お兄ちゃん……んっ」 「誕生日おめでとう、麻衣」  日付が変わった瞬間に、優しい口づけをしてくれた。  お兄ちゃんのベットの中で一緒に横になる。 「……お兄ちゃん?」 「眠れないの?」 「ううん、そういう訳じゃ無いけど……」  今はお兄ちゃんに抱きしめられてる訳じゃ無いけど、ベットからお兄ちゃんの匂いがするから  全身で抱きしめられてる気がする。  それだけで幸せで、でも、もっとそれ以上が欲しくなってしまう。 「今は駄目だよ、麻衣」 「え?」  私は思ってることがお兄ちゃんに伝わってしまったことに驚いた。  だって……お兄ちゃんにして欲しい、なんて察せられてしまったなんて、もの凄くえっちな  女の子だって思われて、恥ずかしい。  縮こまってしまった私の手をお兄ちゃんの手が包み込んでくれた。 「あ」 「夏休みだからといっても、今日は平日だからな。いつも通りに過ごさないと」 「……うん」  お兄ちゃんと同じベットにいて、お兄ちゃんとえっちな事が出来ないのはすごく残念。  だけど、つないでくれる手が、すごく安心させてくれる。  さっきまで感じてたお兄ちゃんの匂いが、今は心を落ち着かせてくれる。 「……なぁ、麻衣。誕生日プレゼントは夜が明けたら渡すつもりでいたんだけどさ、もう一つ  追加しようと思ってるんだ」 「え?」  誕生日プレゼントの追加? 「今日は麻衣の誕生日だけど、平日だろう? だからちゃんといつも通りに過ごそう」  それは私とお兄ちゃんとの約束。  色々と迷惑をかけてしまったお姉ちゃんや菜月ちゃん、家族のみんなにはこれ以上迷惑を  かけない事。 「それが出来たらさ、週末に麻衣のしたいことを一緒にしよう」 「わたしのしたいこと……デートでもいいの?」  一瞬、一日中お兄ちゃんとえっちしたい、って思っちゃったけど、流石にそれを口にするのは  止めることが出来た。 「デートだけで良いのか?」 「……お兄ちゃんのえっち」 「あぁ、俺はエッチだよ、麻衣にだけだけどな」 「そう言う言い方はずるいよ、でも……いいの?」 「麻衣が望むなら……いや、違うな。俺も麻衣とエッチなこといっぱいしたい」  その言葉に身体の奥がキュンとしてしまう。 「……約束だからね?」  私はつないだ手を離して、ベットから起き上がる。 「麻衣?」 「いつも通り過ごすんだから、部屋に戻るね。お休みなさい、お兄ちゃん」 「あ、あぁ……お休み、麻衣」 「……ふぅ」  部屋に戻って、その場にへたり込む。 「お兄ちゃん……本当にずるいよ?」  さっきの一言を思い出す。 「俺も麻衣とエッチな事いっぱいしたい」 「っ!」  思い出しただけで、身体が熱くなる。 「あのままお兄ちゃんと一緒に居たら、我慢出来なくなっちゃうよ……」  今日は普段通りに過ごさないと、週末甘えられなくなっちゃう。  だからこうして部屋に戻ってきたのだけど。 「……シャワー浴びてこなくちゃ」  下着を取り替えないといけない状況に、自分自身呆れてしまう。 「……お風呂場なら、声を上げても大丈夫、だよね」  すべては週末の為に、そう自分に言い聞かせて、私は着替えを持って部屋を出た。  今年の私の誕生日は、長い一日になりそうな気がした。

7月7日 ・千の刃濤、桃花染の皇姫 SSS”七夕に願いを” 「皇国には七夕っていう季節の催し物があるんだよ」  そう紫乃に聞いたことがある。お風呂以外の皇国の文化は嫌い……好みではないので  そのときはそうね、と聞き流してたけど。 「実際に見るとすごいわね」  紫乃の頼みで、学院でも七夕の飾りだけという条件で行う事になって、私はそれを許可した。  紫乃はどこからか用意した笹を食堂に置くと、主に皇国人が短冊に願いを書いた短冊を  吊し始めた。  願いの短冊だけではなく、紙で作った飾り物もあり皇国の伝統的な物を感じる。  その光景は、思った以上に華やかで艶やかで、でも落ち着いた雰囲気にだった。 「せっかくだしエルザも願い事を書いてみないかい?」 「願い……」  紫乃が差し出したペンと短冊を受け取り、私は考える。  私の願い、それはこの国に差別をなくし平等な世界を作りたいということ。  それがいかに難しいかを理解している。  戦争の勝者である共和国人の意識改革も行わなくてはいけないし、皇国人にも同じ事を  しなくてはいけない。 「……ふぅ」  ふと、考えが難しい方向に流れていったので、いったん思考を止める。  これは皇国の伝統的な催し物、それはちょっとした遊びみたいな物。  そこに真剣に願いを書く必要も無い、そう思う。  それに、平等な世界を作るという願いは、誰かに願う物では無く、自分で叶える物。  だからこそ、この短冊に書くことでは無いだろう。 「そんなに難しく考える事はないだろう、エルザ」 「そうは言っても、私にはこういう催し物で願う事など……」 「あ、うきゃっ!」  そのとき私の背後で奇妙な悲鳴が上がったかと思った時はすでに遅し。 「あ、あわわわ、すみませんすみません!」  そこに転んでいる椎葉さん。  持っていたのであろう、紅茶は私の脚にかかっていた。 「また貴女なのね……」 「すぐにおふきします!」 「いいわよ、ってちょっと何処触ってるのよ! くすぐったいからやめてっ」 「古杜音、まずは落ち着きなさい」  近くにいたらしい、宮国さんの言葉に、椎葉さんは私の脚をハンカチで撫でるのを止めた。 「はぁ……もう少し落ち着いて行動した方が良いわよ?」 「申し訳ありませんでした」 「気にしないで、着替えはあるから。そういうわけだから紫乃、また後で」  私はその場を去る。  更衣室についたとき、ふと閃いた。 「……そうね、自分で叶えられない願い。遊びの催し物にはちょうどいいわね」  濡れたストッキングを履き替えながら、私は短冊に書く事を決めた、それは。 「椎葉さんのドジを改善して」 「ちょっ、何ですかこの短冊の願いは!?」  七夕の当日、この短冊を目にした本人はそう叫んでいた。 「……切実だな」 「えぇ、切実ね」 「二人もひどいですっ!」  いつも一緒に居る鴇田くんと宮国さんは諦めた目をしていた。  そう、貴方達も苦労してるのね……。
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