思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2014年第4期 12月31日 大図書館の羊飼い SSS”私の彼氏さん” 12月24日 sincerely yours short story「可愛い?サンタさん」 12月23日 sincerely yours short story「御守り」 12月22日 FORTUNE ARTERIAL SSS”冬至の湯” 12月17日 FORTUNE ARTERIAL SSS”男の子・女の子” 12月13日 春季限定ポコ・ア・ポコ!SSS”シスコンは文化” 12月11日 乙女が奏でる恋のアリアSSS”兄様? 姉様?” 12月9日 中の人などいない! SSS”けん” 12月7日 天色*アイルノーツ SSS”選挙デート” 12月6日 大図書館の羊飼い SSS”演説” 11月26日 処女はお姉さまの恋してる 2人のエルダー SSS”責任?の所在” 11月20日 処女はお姉さまの恋してる 2人のエルダー SSS”白銀の撫子” 11月19日 処女はお姉さまの恋してる 2人のエルダー SSS”気分転換” 11月18日 処女はお姉さまの恋してる 2人のエルダー SSS”エルダーの威光の届く距離” 11月17日 処女はお姉さまの恋してる 2人のエルダー SSS”当たり前” 11月12日 夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle sideshortstory「風邪の理由」 10月31日 sincerely yours short story「先手必勝」 10月15日 夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle SSS”冷え込んだ夜には” 10月13日 大図書館の羊飼い sideshortstory 約束の証〜多岐川葵〜 10月13日 sincerely yours short story「体操着の日」 10月5日 FORTUNE ARTERIAL SSS”雨の日の朝”
12月31日 ・大図書館の羊飼い SSS”私の彼氏さん” 「ただいま〜、つ〜か〜れ〜た〜」  部屋に入るなり凪はベットにダイブした。 「そのまま寝るなって、パンツ見えてるぞ」 「やん、京太郎のえっち」 「そういう風に堂々と見せられてもありがたみは無いよな」 「そう言いながら私のパンツから視線が離れないのはどうしてかしらね?」 「……そりゃ、凪だからさ」 「もう、京太郎はえっちなんだから」 「解ったからまずは着替えろって」 「え、私、京太郎の前で着替えさせられるの?」 「良いからバスルームで着替えてこいって」 「は〜い」  大晦日の今日も図書部のメンバーと集まって仕事をして、その後白崎特製の年越しそばを  みんなで食べて、サプライズの凪の誕生会も開いてもらって、いつものように過ごした。 「もう1年も終わりだな」 「そうね、今年も色々あったわね」 「確かに色々あったけど、楽しかったな」 「そうね」  肯定する凪の笑顔、それがなんだかとても嬉しい。  あのときまで羊飼い見習いだった凪は追い詰められていた。  そんな凪が普通の生活を楽しいと思ってくれて、笑顔まで見せてくれる。 「どうしたのよ、京太郎。変な顔しちゃって」 「変な顔してたか?」 「えぇ、なんかこー、生暖かい目線っていうやつ?」 「いったいどういう目線だよ、それって」  まぁ、性格は相変わらずだけど。 「京太郎、今年も色々とありがとね」 「突然どうしたんだよ?」 「もぅ、感謝の言葉くらい素直に受け取りなさいよ!」 「ごめんごめん、でも俺は特に何かした記憶はないけど」 「今年も私をちゃんと導いてくれたから」  小太刀凪が羊飼い見習いから、普通の人に戻ったあと、凪はこう言ったっけ。  私を導いてくれる羊飼いは、京太郎だった、と。 「……そんなことはないさ、俺は誰かを導けるようなやつじゃない、羊飼いにはなれなかったんだし」 「そんなことないわよ!」 「まぁ、落ち着けよ凪」 「でも」 「俺はさ、凪を導くことなんで出来ないよ、ただ一緒に歩いて行きたいと思ってるだけだから」 「……京太郎」 「……」 「気障」 「俺もそう思ったんだからさ、そう言わないでくれよ」 「でも、格好良かったぞ、私の彼氏さん♪」  そう言って笑う凪の顔が眩しくて見れなかった。 「どうしたのかなぁ? 照れてるのかなぁ?」 「からかうなって」 「だって、照れてる京太郎って可愛いんだもん」 「そんなこと言うと反撃するぞ?」 「出来るの?」 「そうだな、反撃する前に風呂にでも入るか、もちろん一緒にだ」 「え?」 「嫌か?」 「……京太郎、その言い方ずるい」 「あぁ、知ってて言ってるからだ、だって照れる凪が可愛いから」 「うー、なら一緒に入る! そしてお風呂で反撃する」 「どんな反撃をされるか楽しみにしてる」 「絶対参ったって言わせるからね?」  凪のことが隙になった段階で、俺はもう凪には敵わない。  そのことは言わないでおこう。  俺の可愛い彼女さんの、お風呂での反撃を楽しみにしながら、二人でバスルームへと入った。
12月24日 ・sincerely yours short story「可愛い?サンタさん」 「タイトルに?が入っていることが納得しないんだけど」 「シンシア?」 「あ、ううん、なんでもないわ。それじゃぁ始めましょうか。メリークリスマス!」 「「メリークリスマス!」」  クリスマスの今日、我が家では家族でパーティーを開いていた。  リビングのテーブルにはクリスマスチキンを始め、いろんな料理が並んでいる。  シャンパンも用意されている、小さいけど立派なクリスマスパーティー。  なのだけど……   「どうしたの、達哉?」 「あー、いや、その……」  今更かもしれないけど、シンシアの格好が際どくて目に毒だったりする。 「ふふっ、もしかして惚れ直した?」 「……」 「た、達哉、そこで無言だと私も恥ずかしいんだけど」 「恥ずかしいならそんな格好しなければいいじゃない」 「えー、だってリリアちゃん去年このコスプレして可愛いっていわれて喜んでたじゃない。  うらやましかったんだもん」 「う゛……よ、喜んでたわけじゃないよ! っていうかコスプレって言ったよね?」 「あ、そんなこと言ったかしら?」 「朝霧家の伝統って前から言ってたけど、やっぱりお母さんの趣味なだけじゃない!」 「もちろんそうよ♪」 「開き直った!?」 「まぁ、リリアもシンシアもそのくらいにしておけよ、せっかくのパーティーなんだからさ」 「達哉がそう言うなら」 「お父さんがそう言うなら」 「むむ」 「むーっ」  今年も賑やかなクリスマスになりそうだな。 「そういえば、リリアは今年は着なくて良いのか?」 「お父さん、もしかして期待してたとか?」 「そりゃ、可愛い娘の姿は見たいに決まってる」 「……そ、そう?」 「何照れてるのよ、リリアちゃん?」 「て、照れてなんか無いよ!」 「まぁ、そういうことにしておくわ。達哉、ごめんね。今年は私が可愛いサンタさんの番だから」 「順番あったのか……」 「それに、この衣装手直ししちゃったの、だからリリアちゃんには合わないのよ」  そう言うとシンシアはリリアの方に顔を向ける、少しばかり視線が下がり気味だ。  それの意味することは…… 「それならブラする余裕あるから大丈夫だよ?」 「ライン出ちゃうじゃない?」 「大丈夫、肩紐の無いタイプのブラがあるから」  リリアとシンシアの会話に入っていけず、俺はシャンパンを煽った。 「んふふ、それじゃぁリリアちゃんにはこの後とっておきの衣装を作ってあげるわね」 「お母さん? 別に私はコスプレしたいわけじゃないんだけど……」 「大丈夫よ、恥ずかしいのは最初だけだから♪」 「それ、絶対大丈夫じゃ無いでしょ?」 「そう? 達哉に可愛いって言ってもらえるわよ?」 「え?」 「年末は忙しくておそろいの衣装出来なかったけど、お正月には間に合わせられるかしらね?」 「ほどほどにしておいてくれよな、シンシア」   「それは、達哉次第かしら、ね♪」
12月23日 ・sincerely yours short story「御守り」 「お母さん」 「なに?」 「これ、渡すの忘れてたの。お土産だよ、お母さん」    わたしはホテルの売店で見かけたお土産を見せた。 「お土産って、この前の旅行の時の?」 「うん、お母さんにぴったしのお土産があったから買っておいたの」  旅行はお父さんとお母さんと3人で行ったから、買ってすぐに渡しても良かったんだけど  機会を逃しちゃったんだよね。 「……」 「お母さん?」 「ありがとー、リリアちゃん大好き!」 「ちょっと、お母さん!?」  涙を流しながら抱きついてくるお母さん。  お母さんに抱きつかれるのは嫌じゃないんだけど……その圧倒的な脂肪の塊を  押し付けられるのは精神的に辛かったりする。 「ねぇねぇ、お土産見て良い?」 「あ、うん……」  こんなに喜ばれるとちょっとだけ罪悪感が湧いてくるんだけど、ま、いっか。 「はい、御守りだよ」   「あら、可愛い御守り……」  ナスの形の御守り、その意味が書かれている台紙に気づいたみたい。 「リリアちゃん、酷いっ! 私まだぼけてないよ!?」 「えっとね、お母さん。ぼけてるとかそういうんじゃなくって、将来的にぼけないように  なる御守りだから」 「あ、そーゆーことね、それじゃぁ私には必要無いわよ。だってぼける心配なんてないもの」 「「え?」」  ここまでやりとりを見守っていたお父さんとわたしの疑問の声がはもる。 「ちょ、リリアちゃん!? 達哉まで酷いっ!!」 「あ、ごめんごめん。そう言う意味じゃなくってさ、シンシアは歳によるぼけは絶対  無いと思ってるからその辺は大丈夫だよ」 「達哉、それって歳じゃないぼけはあるって言ってるような物じゃないの?」 「お母さん、やっぱり大丈夫だよ、それが解ってるなら歳によるぼけは無いから」 「あったりまえじゃないの……ってそれじゃぁ私は何にぼけるのよ!?」 「「……」」 「え、二人とも無言、なぜ!?」 「自覚症状無いのって問題よね……」 「リリア、それは言い過ぎだよ」 「お父さん……」  それもそうだよね、母親に向かってそういうのはやっぱり言い過ぎだよね。 「せめてシンシアは天然だって言ってあげないと」  ……なにげにお父さんの方が酷かった。 「達哉、それフォローになってないよぉ」 「そうか? そんなところも可愛いと思うけど」 「え? そ、そう? 達哉がそう言ってくれるなら天然でもいいかなぁ♪」 「……」  両手を頬にあててくねくねしてるお母さんと、それを優しく見守るお父さん。    お父さんの分もこの御守り、買っておいた方が良かったかなぁ、そう思った。
12月22日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”冬至の湯” 「冬至の日のお風呂に柚子を入れると暖まるんですよ、支倉先輩」  そう言って柚子を部屋まで持ってきてくれた白ちゃん。 「ならせっかくだし一緒に入ろうか?」 「え?」 「イヤかな?」 「……嫌じゃ、ないです」 「ふぅ、確かに暖まるなぁ」 「そ、そうですね……」  湯船を見ると、柚子が浮かんでいる。  視線を戻すと、目の前に白ちゃんの頭が見える。 「でも……なんだか暖かいというより熱くなった気がします」 「そう、だな」  そのままのぞき込むように視線を落とす、湯船のお湯の所に柚子が浮かんでいて、そして  そこにはなだらかな斜面が見える。  その頂上には、可愛いものが見え隠れする。 「え、えっと、柚子湯は昔からの伝統で、風邪の予防にもなるんです」 「それは聞いたことあるかな」 「は、はい、そして血行も良くなります。だから冷え性や神経痛や腰痛にも良いそうです」 「へぇ……白ちゃんは物知りだね」 「いえ、わたしも隣に住んでいたお婆さまから由来を教わっただけですから」 「お婆さまって、例の山の?」 「あ……」  あの時の事を思い出したのか、白ちゃんはうつむいて黙ってしまった。  そのせいで見えた白ちゃんのうなじはとても赤くなっていた。 「のぼせないうちに上がろうか?」 「は、はい……支倉先輩、お先にどうぞ」  恥ずかしいのか、白ちゃんはお風呂から出ようとしない。 「でも、白ちゃんが先に出てくれないと俺は出れないよ?」 「……」  お風呂に入るとき、白ちゃんは恥ずかしいからといって俺に先に湯船に入っているように  お願いしてきた。  そして白ちゃんが入る時、俺は目を瞑らされていた。  目を開けたとき、白ちゃんは俺の胸に背中を預けるようにしていたので、白ちゃんが  立ち上がってくれないと俺は出ることが出来ない。 「あの、支倉先輩、目を閉じて居てくれますか?」 「どうしてもそうしないと駄目?」 「え、だって……恥ずかしいです」 「でも、綺麗な白ちゃんの身体、見たいな」 「……」 「駄目なら目を閉じてるよ」 「……」 「白ちゃん?」 「……支倉先輩になら、良いです」 「ありがとう、白ちゃん」  俺はお礼を言うと、そっと白ちゃんの身体を後ろから抱きしめる。 「あ」 「お湯でのぼせちゃうからあがろうか」 「はい、え、きゃっ!」  俺は白ちゃんの腕と足の下に手を入れ、そのまま抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこの形だ。 「は、支倉先輩?」 「タオルはベットに置いてあるから」 「で、でも」 「明日は祝日だし、朝はゆっくり出来るね」  俺のその言葉の意味する事を白ちゃんはすぐに解ってくれた。 「はい……支倉先輩、よろしくお願いします」
12月17日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”男の子・女の子” 「いいか、瑛里華。扉を開けるぞ?」 「いいわ、孝平。やって!」  俺はまるでどこかの洞窟の奥深くにあるような扉を開ける覚悟で、監督生室の扉を開けた。  その瞬間、強い北風が室内に吹き込んでくる。 「……」  すぐに扉を閉めた。 「想像以上ね、これは。白を今日呼ばなくて正解だったわ」 「そうだな」  季節外れの、いや、今の季節に合っているのか?  今日は午後から強い雨と強い風が珠津島を襲っていた。  台風では無いけど、台風レベルの暴風雨だった。  それでもこなさないと行けない業務はある、だから俺と瑛里華は放課後雨が落ち着いた時期を  見計らって監督生棟に移動し業務をこなした。  念のため、白ちゃんには寮に帰るように言っておいた。 「この風じゃ白は吹き飛ばされたわね」 「冗談でも無いところが笑えないな、白ちゃんじゃなくても俺たちでも危険だな、これは」  一度2階に戻って,窓から外を見る。  雨はそんなに強くないのだが風がものすごく強い。 「どうする?」 「一応監督生棟には1,2日程度泊まれる設備はあるのだけど……帰ってシャワー浴びたいわね」 「そうだな、風呂で暖まりたいな」  今日は普段のこの時期にしては冷え込んでいる。  シャワーもそうだが暖かい湯につかりたい気分だ。 「濡れるの覚悟で帰るか」 「それしかないわよね、はぁ……」  改めてドアを開けて外にでる、今はたまたまだろうか? 風が少しだけ収まっている。 「良いわよ、行きましょう孝平」  戸締まりをしてから俺たちは階段を下った。  突然強い風にバランスを崩す。 「きゃっ!」 「瑛里華?」 「大丈夫よ,驚いただけだから」 「……瑛里華」  俺は黙って瑛里華の手を取る。 「孝平……」 「瑛里華の手、冷えちゃってるな」 「そう言う孝平の手も冷たいわよ? でも、暖かいわ」 「そ、そうか」  俺たちは濡れながらなんとか新敷地まで降りてきた。  ここまで来ると風は高台にある本敷地より治まってきたので会話する余裕が出来てきた。 「なぁ、瑛里華。寒くないか?」 「もちろん寒いわよ」 「あ、そうじゃなくってさ、スカートだと寒くないかな、と思ってさ。こういうときはズボン、は  制服じゃだめだからジャージとか穿いた方が暖かくないか?」 「そうね、スカートの下にジャージを穿くのは別に校則違反では無いわね、でも誰もそうしないと  思うわよ?」 「それだと冷えちゃうだろう?」 「だって、女の子ですから」 「だからスカートだってのは解るけど、それで身体壊しちゃ元も子もないと思うんだけど」 「女の子だからよ?」 「だから」  そう言う俺を見て瑛里華は笑う。 「孝平は男の子ですものね」 「当たり前だろう?」 「そうよね、くすっ」  瑛里華に笑われる意味が解らなかった。  そんな話をしながら寮に戻った。 「お疲れ、瑛里華」 「お疲れ様、孝平」  そう言いながら瑛里華はそのまま俺の部屋までついてきた。 「瑛里華?」 「濡れたコートで女子フロアの床を汚したくないのよ」 「それを言うなら男子フロアが2人分濡れたわけだが」 「掃除がんばればいいじゃない?」 「……で、本音は」 「冷えた身体を温めたいなぁ、って思って……ってそれ以上言わせないでよ,孝平のえっち!」 「と言うことはエッチな事を姫はご所望ですね?」 「っ!こ、孝平のばかっ!」  そう言う瑛里華を抱きしめる。 「あっ」 「本当に冷えちゃったな,まずはシャワーを浴びないとな」  俺はそのままバスルームに瑛里華を連れて行った。
12月13日 ・春季限定ポコ・ア・ポコ!SSS”シスコンは文化” 「ふぅ、今日も疲れたなぁ」  いつものようにバイトをして寮に帰ってきたのはもう夜も遅い時間だった。  部屋に入って電気を点ける。 「うるさかったけど、それも今日までだな」  国政選挙が行われてる期間、候補者は街頭演説などで自分をアピールする。  バイト先が駅に近いこともあり、入れ替わり立ち替わり候補者が近くで演説している。  正直いってうるさい。  選挙権があればちゃんと聞くかもしれないが、今の俺には選挙権はまだ無い。  参加出来ない選挙の演説なんて、騒音と変わらない。 「明日は休みだしゆっくり寝れるな」 「そうそう、明日は休みだからゆっくりしようね、お兄ちゃん」 「あぁ……」  俺はベットの上のかけぶとんの中から藍を取り出す。 「ふぇ?」 「帰れ」 「えええぇぇぇ!? 今帰ると寮長さんに怒られる〜!!」 「解ってるならこんな遅い時間に忍び込むな」 「だってぇ、疲れて帰ってくるお兄ちゃんのために……」 「俺のために?」 「ふとんを暖めておきました♪」 「ならもう役目は終わったんだから部屋へ戻れ」 「だ〜か〜ら〜、お〜こ〜ら〜れ〜る〜!!」  首根っこを捕まれて藍はバタバタともがいている。  これ以上騒がれると俺の方まで怒られてしまうだろう。 「解った、今夜だけだからな」 「やたーっ! お兄ちゃん大好き♪」 「そういえば、明日は選挙だね」 「別に関係ない、選挙権は無いんだから投票出来ないんだしな」 「お兄ちゃんは誰かに入れたいの?」 「……」  そう言われると解らない。選挙権が無いという理由で自分の住んでいる場所から  どの政党の誰が立候補しているなんて、全く気にしていなかった。  尤も興味があっても投票出来ないのだからどうしようもないのだが。 「そうだな、暮らしやすい世界にしてくれる人に入れたいな」 「だったら、簡単だよお兄ちゃん」 「ん?」 「私に入れればいいんだよ♪」 「……は?」  藍に投票する? どういう意味だ? 「私が次の生徒会長に立候補するね、そうすればお兄ちゃんも私に入れられるでしょう?」 「どうしてそうなる?」 「んー、お兄ちゃんに入れて欲しいからかな?」  いや、それだけの理由で生徒会長に立候補したら問題があるのではないだろうか? 「藍は生徒会長になったらどうするんだ?」 「んとね、奨学制度で入学した人を簡単に止めさせないようにするの」 「藍……」  藍は藍なりに考えてるんだな。俺の妹は立派になったんだ、と思った。 「でねでね、シスコンは文化だってことを認めさせるの」 「……」  藍はやっぱり藍だった。 「でもさ、生徒会長になると忙しくなるぞ? 第一音楽部と一緒にやっていけるのか?」 「んー、どうなんだろう?」 「それに時間が無くなると俺と一緒に居る時間が減るな」 「生徒会長を辞職したいと思います!」  立候補するまえに辞職ですか…… 「でもそうなるとお兄ちゃんに入れてもらえなくなっちゃうね」 「まぁ、それもそうだな」 「でもでも、藍なら挿入れてもらえるね」 「……いま”いれる”という所のニュアンスがおかしくなかったか?」  そう、文字で表せば一文字ではなく二文字くらいの意味に聞こえた気がするんだけど。 「大丈夫だよ、お兄ちゃん。シスコンは文化だから!、それに私はブラコンだもん♪」 「俺がシスコンなら、藍だけじゃなくって遥にも……」 「実妹はシスコンじゃありません! 義妹こそシスコンの文化なのです!」 「……」 「そんなに欲求不満なら、私を食べちゃってもいいんだよ? お・に・い・ちゃ・ん♪」  藍はやっぱり藍だった。
12月11日 ・乙女が奏でる恋のアリアSSS”兄様? 姉様?” 「こうして姉様と一緒にお買い物出来るなんて夢みたいです!」 「夢じゃ無いよ、ことりちゃん」  僕にとってあるはずの無かった2度目の深皇祭。  去年の深皇祭での最優秀騎士〜ブリランテ〜になった夕陽ちゃんの、願いを  叶えてもらう権利によって、再び歌姫として招かれた。  もちろん、歌姫である以上女装しなくてはいけない、去年ばれなかったからといって  今年も大丈夫という保証は無い、けど。 「姉様、ふふふっ」  こうして僕の、今は女装してるから私、の腕を抱いて歩くことりちゃんの笑顔が  見れるのだから、招待を受けないという考えは浮かばなかった。 「あれ?」  遠くから風に乗って良く通る声が聞こえてきた。  それは歌では無く、演説だった。 「姉様?」 「あ、うん、選挙の時期だったんだなぁって思っただけよ」  日本から離れて暮らしていると意外に日本のことは解らなかったりする。 「そういえば選挙をするってテレビで言ってました」 「私たちにはまだ関係無いことですものね」 「はい」  選挙権を持たない私たちでは投票は出来ないから関係無いのだけど、だからといって  政治に無関係で居られる歳でもなくなってきていると思う。  選挙権を得たら、ちゃんと考えて投票しないとね。  そう思ってたら目の前を選挙カーが通り過ぎていった。 「結構スピーカーの音大きかったね」 「ことりにはうるさい声にしか聞こえませんでした」 「そうだね」 「あ、でもこの演説も姉様の声ならみんな耳を傾けちゃうかもしれないですね」 「えっと、それはどうなんだろう?」  歌うわけじゃ無いからそうならないと思うけど 「ことりなら姉様の声、聞こえたら絶対に聞き逃しません!」 「あ、ありがとう」 「きっと優秀なウグイス嬢になれると思います!」 「……」  確かに今の格好ならウグイス嬢になれるんだろうなぁ……でも僕は男なんだけどね。  そのことをことりちゃんに説明したら 「ご、ごめんなさい! 姉様は兄様でしたよね」 「あは、あはは……」  自業自得とはいえ……あれから1年、成長してるはずなのに今でも女装して女子学園に  留学していても全く違和感無く受け入れられてるあたり自分でもどうかと思う。 「姉様?」 「ううん、なんでもないよ、ほら、お買い物行きましょう」 「はい!」 「ごめんね、ことりちゃん。こんな格好でしか一緒できなくて」 「そんなことありません! 姉様はことりの姉様だから、とても嬉しいです!」  塚原いづみとして留学している以上、男の格好で在校生と一緒に出歩くわけには  いかないため、私服も女性の物を着用している。 「あ、でも……」 「ことりちゃん?」 「呼び方は変えた方が良いかも」 「呼び方?」 「はい、今は姉様ですけど本当は兄様です。でもことりが間違えちゃうと他の人に  正体がばれちゃうかもしれません」  確かに、学園内で私の事を兄様って呼べば違和感を感じる人も居るだろう。 「それでですね、ことり一生懸命調べました!」 「調べたって、何を?」 「姉様の呼び方です」  なんだろう、直感とでもいうのかな……嫌な予感しかしない。 「調べたら昔の作品で似たような状況があったそうです」 「そ、そう? それでなんて呼ぶの、かな?」 「オネニーサマです!」 「……は?」 「だから、オネニーサマです。お姉様とお兄様をあわせた造語だそうです」  あわせた造語という意味は解る、で、私は今後こう呼ばれるの? 「いやいやいやいや、それはいろんな意味でまずいでしょう!」 「どうしてですか?」 「ほら、大人の事情ってのもあるけど、何よりそのイントネーションが……」 「いんとねーしょん?」  ことりちゃんは解っていないのだろうか? それとも気づいていないだけだろうか? 「……ねぇ、ことりちゃん。はっきり言うよ」 「は、はい!」 「あのね……」  私はことりちゃんの耳元に口を寄せてから、小さな声で話す。 「……自分で……ことを、なんて言うか……」  その声にことりちゃんは顔を真っ赤にした。 「ねねねね、姉様のえっち!」 「はぁ、解ったらその言葉は使っちゃだめだからね」 「えぅ……も、もう、やだぁ。ことり、また失敗しちゃいました」  涙目で落ち込むことりちゃんの頭を撫でる。 「でも、私の為に考えてくれたんでしょう? それは嬉しいよ」 「姉様……」 「私としてはことりちゃんに笑って姉様って呼ばれるのが一番嬉しいかな。私を姉様って  呼ぶのはことりちゃんだけの特権だしね」 「ことりだけの、特権……はい、わかりました、姉様!」  そう言って笑うことりちゃんの笑顔は綺麗だった。
12月9日 ・中の人などいない! SSS”けん” 「最近ここでも演説する政治家増えたわよね」 「そうだな」  いつものように喫茶店でバイトをする俺と優香。店の外から聞こえてくるのは選挙の演説。 「関係ない人からみるとただの騒音よね」 「そう言うなよ、政治家だって色々と頑張ってる・・・のか?」 「さぁ?」 「どっちにしろ、俺たちには選挙権ないもんな、まだどうしようも無いし」 「……」 「優香?」 「晃太郎、変なこと考えないでよ!」 「変なこと?」 「そうよ、俺には選挙権がなくて票を入れられないけど、聖剣ならある、これなら優香に  入れることが出来る。  いや、そんなの私に入れないで!  何を言ってるんだ、期待してるのは優香の方じゃないか。ほら。  あ、だめ! エクスカリバーは駄目なの。  そうは言っても身体は正直じゃないか?  駄目、駄目なのに感じちゃう! 悔しい! みたいな事よ!!」 「……」  俺の彼女は駄目な彼女だった。駄彼女とでも言うべきだろうか? 「冬の本はこの路線に決まりね!」 「ま、まぁ、ほどほどにな」 「うん、がんばる! ってか、晃太郎も頑張りなさいよ?」 「え、俺?」 「そうよ、アシは何人居たって足りないんだからね?」 「解ったよ、手伝いでも優香と一緒に居られる時間が増えるならなんでもするさ」 「……」 「優香?」 「な、なんでもないわよ!」  そう言って赤い顔を背ける優香だった。
12月7日 ・天色*アイルノーツ SSS”選挙デート” 「おかえりセンセ、手紙届いてるよ」 「ありがとう、真咲」  宿に帰ってきたボクを出迎えてくれた真咲は手紙を手渡してくれた。 「これは……そうか、もう選挙の時期だったっけ」 「ん? どうしたの、センセ?」 「いや、何でも無いよ。オーウェンさん、すぐに降りてくるので夕食お願いします」 「あいよ!」  ボクは手紙を持って一度部屋へと戻った。 「センセ、ちょっといい?」 「良いよ、どうぞ」  夜遅く、店が閉まった後に真咲はボクの部屋へとやってきた。 「さっきの手紙の事聞いて良い?」 「良いよ、これは選挙入場券だよ」 「うんうん、センキョだよね。この前センセの授業で言ってたから覚えてたの」 「そういえばそうだったね」  授業の中で選挙の話を最近したからその単語を覚えていたのだろう。 「ねぇねぇ、センセ。センキョってリッコーホすれば誰でも合格できるんでしょ?」 「もちろん、票が入ればだけどね」 「そっかー、日本では試験ないんだね〜」  ライゼルグは議会制で、議員になるためには試験を受けなくてはいけない。  そのため、議会のメンバーは皆、ちゃんとした知識を持ち都市国家ライゼルグを運営している。 「そう考えると日本の選挙は知識無くても当選するときは当選しちゃうんだよな」  政治に詳しくない人でも人気があれば当選してしまうこのシステムは、もしかすると良くないの  かもしれない。 「その辺はよくわかんないんだけど……センセは投票に行くの?」  そう、ボクはライゼルグに仕事で来ている事になってるので戸籍は日本にある。  従って投票権があるからこそ、こうして選挙入場券が送られてきた訳なのだが…… 「行けたら行くよ、日本の政治が良くなることはライゼルグの為にもなるからね」  都市国家ライゼルグがゴンドラでつながっている国は日本、だから日本の政治の影響は  計り知れない事となる。だからこそ、投票も真剣に考えないといけない。  尤も、仕事の都合で投票日に日本に行けるかどうかはまだ解らないし、期日前投票の為に平日に  学園を離れることは出来ない、でも今週の仕事の様子だと日曜1日くらい休んでも大丈夫とは思う。 「そっか、日本に行くんだ……」  そういう真咲の目は、なぜかキラキラしていた。 「真咲?」 「センセ、お土産買ってきてね、ドーナツがいいなぁ」  以前日本に行ったとき、真咲曰く「本場のドーナツ」をとても気に入った。  日持ちするのでお土産で買い込んだけど、それでもすぐに無くなってしまったっけ。 「遊びに行くんじゃ無いからな、お土産は考えてない」 「えー!」  真咲の耳としっぽが元気なくしおれていく。 「でもさ、真咲。遊びに行くのならお土産を考える必要はあると思うんだ」 「わふ?」  真咲はボクの言ってる意味が解らないみたい。当たり前か、まだ何も言ってないんだから。 「真咲、今度の日曜日に日本に行くけど、一緒にデートしないか?」 「わふっ! いいの、センセ−! 私、センキョ出来ないよ?」 「選挙の投票はすぐに終わるよ、その後一緒に日本でデートしよう」 「やったー、デート!」  たれていた耳としっぽが元気よく跳ね上がった真咲は、勢いよくボクに抱きついてきた。 「わふ、センセ大好き♪」
12月6日 ・大図書館の羊飼い SSS”演説” 「・・・・・・」  窓の外から聞こえる大声に、意識が覚醒していく。  休みの日だし、早起きする必要は無いのでもう少しこの暖かみに包まれていたい。 「うっさいです」  耳元から聞こえる愛しい人の声、だがその声の主は機嫌が悪そうだった。  窓の外からはまだ大きな声が聞こえてくる。 「うっさいです!」  起き上がる気配と同時に、俺の腕の中から暖かさが失われていく。 「うっさいですっ!」  ばっと起き上がったせいか、毛布の中に部屋の中の冷たい空気が流れ込む、その寒さに  意識が一気に覚醒する。  気づくと、凪はベランダに向かおうとしているところだった。 「ちょっと待て、凪」  慌てて凪の身体を押さえ込む。 「京太郎、止めないで。せっかくの朝のまどろみの幸せをアレが妨害したんだから、  文句の一つも言わないと気が済まない!」 「その気持ちは解るけど、駄目だ」 「どうしてよ?」 「その格好でベランダの扉を開けると、間違いなく風邪をひく」  半身を起こしている凪は、そのすばらしい双丘をあらわにしている。  つまり、何も着ていないのだ。 「……京太郎のえっち」 「今更だろう」 「それもそうだね〜」 「とりあえずシャワーでも浴びようか」 「一緒に?」 「あぁ、俺はエッチだからな」 「もぅ、本当にえっちなんだから」  2人でシャワーを浴びて部屋に戻ってきたときには外からの声は聞こえなくなっていた。 「そういえば、選挙始まったとかニュースで言ってたよな」  その選挙演説だろう、朝早くから大変だな。 「誰が演説してたか解らないけど、ばっかじゃないの?」 「凪、事実だからって言い切るのはかわいそうだろ?」 「ふふっ、京太郎も言うじゃない」 「事実だしな」 「そうよね〜、いくら登場人物が18歳以上だからって言っても、選挙権は20歳以上  なんだから、学園都市で選挙活動する意味なんて無いのにね」  なんか、今意味が分からない言葉が出てきた気がするが、少なくとも20歳以上でなければ  選挙権が無いのは事実だ。 「でもさ、俺たちが住んでるこの辺は一般の人や教職員の家族も住んでるし、演説する必要は  ない訳じゃ無いんだろうな」  一応鳴海市の投票所は汐見学園の中の施設を使うことになっている。 「ま、いっか。昔ならともかく今の私には興味ない事だから」 「昔?」 「うん、羊飼いの仕事の中にたまーに政治家を導く仕事があったのよ。私はたまに、だけど  何人かの羊飼いは結構注意してたわ」 「注意?」  普通なら注目する事なのに注意? 「そうそう、愚痴言ってたわ。放っておくと国が駄目になるからそうならないように導いたって」 「……」 「よりよい未来に導く羊飼いが、悪い決断をしないよう導くのは本末転倒だってさ」  今の政治家ってそこまで駄目なのか…… 「だから、羊飼い達はこの汐見学園に注目してるのよ」 「注意じゃなくて注目なんだな」 「そうよ、ここの学園生は自立性高いし、将来国の為、いえ、それ以上人の為になる人材の卵が  たくさん通ってるのよ。今の政治家を導くより卵を育てた方がよりよい未来になるのが解ってたから」 「……なんか、羊飼いも大変なんだな」 「そうね、もう私には関係ないけど」 「……そうだな」  俺たちはもう羊飼いでは無いのだから。 「で、今日はどうする? 京太郎」 「凪のバイトは?」 「無いわ」 「なら勉強でもする……急ぐ必要も今は無いか」  凪の学力はすでに学年平均を上回るレベルになっている、もうその辺は慌てる必要はない。 「よし、どこかにデートにでも行くか?」 「うん!」  デートで出かけた先にも候補者が居て演説をしていた。 「うっさいです」  雰囲気を壊す演説に凪の機嫌が悪くなり、それをなだめるのが大変なデートになった……
11月26日 ・処女はお姉さまの恋してる 2人のエルダー SSS”責任?の所在” 「やっと、落ち着いたみたいで良かったです……」  寮に戻ってきた千早はリビングの椅子に座って、そう言うと緊張の糸が切れたように  脱力していた。 「千早にしては迂闊だったわね、紅茶で良いかしら?」 「香織理さん……ありがとうございます」  そう言うと千早にしては珍しく、机にうつぶせになるように倒れ込んだ。  普段、何処で誰の目があるか解らない千早は、寮の中でさえ姿勢を崩すことは無いのに  それだけ疲れ切ってるんだろうな。  尤も、今ここに居るのがあたしと香織理さんだけだから、っていうのもあるかもしれないけど。 「まぁ、良かったじゃない。やっと噂も落ち着いたんだしさ」  あたしは後ろから千早の肩をもむように、手を置く。 「薫子さん……」  顔だけ振り返った千早は涙目だった。  それがものすごく可愛くて、思わず自分の顔が赤くなるのが解ったのだけど。 「それ、本気で言ってます?」 「え? 本気ってどういう意味?」  いきなりの千早からの言葉の意味が分解からなかった。 「あのですね、私のこの騒動、基本的に薫子さんのせいなんですよ?」 「え……えーーっ!?」  千早の噂の騒動があたしのせい? 「なんでそうなるの?」 「思い出しても見てください、最初のナンパの時の事を」  えっと……  ・  ・  ・ 「ねぇ、千早、あれってナンパだよね?」  千早と買い物に来た駅前で、女の人が男数人に囲まれている。  声は良く聞こえないけど、女の人の態度から嫌がってるのがわかる。 「助けに行かなくちゃ!」 「ちょっと待ってください、薫子さん」 「なに、千早は止めるの?」 「いえ、止めるも何も闇雲に行くだけだと騒ぎを大きくします、それは相手の女性に  とって望む物ではありません」 「でも」 「では、薫子さんはどうやって助けるつもりですか?」 「もちろん……」 「いきなり男性の手をとって”止めなよ”と言うのではないでしょうね?」 「……」  図星だった。 「それだと、最悪薫子さんまで被害が及びますよ?」 「でも、困ってる女の人を放っておけないよ!」 「それも解ってますよ、もぅ」  そう言って千早は優しく笑う、その笑顔にあたしの怒気は一瞬にして払われてしまった。  これこそ、姫君の笑顔の力なんだろうなぁ、と思った。 「やっぱり、薫子さんは騎士の君なのですね」 「え?」  あたしが騎士の君と言われるのは解るけど、どうして今言うんだろう? 「それでは私が先に参ります、何かあったときのフォローをお願いしますね」  そう言うと千早はその女性の方へと歩いて行った……  ・  ・  ・ 「何も考えず突貫しようとした薫子さんをフォローしただけですよ?」 「そう、言われると……そんな気がしないでも……」 「フェンシング部の時もそうでしたよね」  確かにあのときは身体を動かしたかった気持ちは最初からあった。  対外練習試合の練習相手として暫くフェンシング部に通ってたあたしだったけど、部員ではない  あたしは試合に出れない。  その、溜まった熱をぶつける相手が欲しくて千早を無理矢理試合見学に誘ったんだっけ。 「で、でもさ、あの練習試合を相手校が見てるとは思ってなかったし」 「それは不可抗力の部類に入るでしょう、でも結果からすれば誘った原因が薫子さんにあるのです」  千早にそう言われると、そんな気がしてきてしまう。 「華道部の件は私の自業自得です、でもあのとき訪れてた相手校で噂が流れたのは最初のナンパの  件の時ですから、原因は薫子さんにある訳です」 「そう、なっちゃうのかな? やっぱり……ごめんね、千早。苦労かけさせちゃって」  私が頭をさげて謝った、顔を上げた時、なぜか千早は驚きの表情だった。 「……こちらこそごめんなさい、薫子さんは悪く無いんです」 「え? でも今千早が言ったとおりだよ?」 「それでも悪くないんです、本当はすべて私が私の意思で行った行動の結果なのです。  それなのに愚痴を言い人のせいにしてしまうなんて……駄目ですね、私」 「そうでもないんじゃない?」 「え?」 「誰だって愚痴の一つや二つ言いたいときだってあるよ、そうやって口に出せばすっきりする事  だってある。今の千早はたまたまそういう時だったんだよ」 「薫子さん……」  千早の目が潤んでるのが解る、それがとても可愛いっていうか美しく見える。 「ありがとうございます、薫子さん。私、薫子さんに聞いてもらえて良かったです」 「え? そ、そうかな? こんなあたしでも役立てるならそれはそれで……」 「本当にありがとうございます」  そう言って微笑む千早は、可愛いでも綺麗でもなく、輝いていた。 「綺麗にまとまってるところ悪いんだけど、紅茶冷めちゃうわよ?」 「ひゃぁっ、香織理さんいつからそこにいたの?」 「何言ってるのよ、薫子。最初からいたじゃないの、全くエルダー様は私に紅茶を煎れさせて  おいて二人だけの世界に浸っちゃって……」 「申し訳ありません、香織理さん」 「まぁ、良いわ。私から見れば五十歩百歩ね」 「香織理さん、どういう意味?」 「原因は最初から決まってるのよ、千早も薫子もエルダーである以上、何をしても話題に  なるし、何もして無くても噂にはなるのよ」 「……あ」 「そういうこと、二人ともこの先も面白い話、期待してるわよ」  そう言うと香織理さんはリビングから出て行った。 「なんで、気づかなかったんでしょうね」 「そうだね−」 「エルダーで居るのは当たり前になってたからこそ、その原因に気づかなかったんでしょうね」 「そうだねぇ」 「……」 「……」 「「はぁ」」  二人で疲れたため息をついた。
11月20日 ・処女はお姉さまの恋してる 2人のエルダー SSS”白銀の撫子” 「じゃぁ、お願いね」  授業が終わった後、すぐに寮へと戻ってきた私は、優雨と薫子さんに差し入れの  羊羹を持っていってもらうよう頼んだ。 「ちはや、ありがとう」 「桂花さんも喜ぶよ、それじゃぁ行ってくるね!」  二人を見送った後、私も出かける準備をする。 「もしかすると、私は華道部の為に羊羹を作ったのかもしれないわね」  材料に小豆があったのも理由だけど、クッキーだと華道部には向かないし、雅楽乃は  そんなに食べないだろう。 「雪ちゃんならたくさん食べそうだけど、ふふっ」  なんだかんだ文句言いながらも美味しいって言って食べる雪ちゃんを想像して、笑いが  こみ上げてくる。 「……」  って、これじゃ僕は本当に面倒見の良いお姉さまじゃないか!?  僕はただ気分転換でお菓子を作っただけで……あぁ、そのお菓子作りが気分転換になる  辺り僕はもう駄目な所まで来てるのだろうか。 「……今回は作ったお菓子を無駄にしない為ですからね」  そう言い訳をすることで精神の均衡を保つ事にした。  尤も、ちゃんとした製法で作られた羊羹ならかなり長い間保存が効くので、お裾分け  しなくても寮ですべて消費できるのだけど…… 「失礼します」 「あ、お姉さま?」  修身室へと入ると、雪ちゃんが驚きの声をあげる。  その意味はすぐに理解できた。 「あら、来客中でしたのね、大変失礼致しました」  修身室の中には華道部の生徒以外に、見知らぬ制服を着た女生徒達がいた。  その女生徒達は雅楽乃達と一緒に華を生けていた。 「お姉さま、せっかく来て頂いたのに申し訳ありません」 「雅楽乃が謝る必要は無いわ、私が約束せず勝手に来ただけですもの」 「いえ、お姉さまは約束の必要などありませんわ」  そう言われても、さすがに他校のお客様をお招きしているときに乱入するわけには。  ……他校? 「お客様がいらっしゃってるとは知らず、失礼致しました」  雅楽乃達のお客様に頭を下げる。 「い、いえ、とんでもございません」  なぜだか解らないけど、なんだか恐縮させてしまったみたいで本当に申し訳ないと思う。 「雅楽乃、奥に寄らせてもらうわね」 「はい、何のお構いも出来ず申し訳ありません」 「いえ、私が勝手に来ただけですから」 「ですからお姉さまなら」 「ちょっと御前、話がループしてるって」 「あ」  雪ちゃんにたしなめられて顔を赤くする雅楽乃。 「ふふっ、それじゃぁちょっと失礼するわね」  お客様に軽く会釈をして、私は奥のフロアへと移動することにした。  修身室の奥にあるのは、水場などの施設。  華道にしろ茶道にしろ水は必要なのでそう言う小部屋が用意されている。  そこにある冷蔵庫に持ってきた羊羹をしまっておけば良い。  そう考えていた私は、このとき大事なキーワードが頭から抜け落ちていた。  そう、「他校」という言葉が。 another view ... 「あ、あの、今のお方は?」 「私のお姉さまです」 「哘部長?」  今までの凜とした、あの聖應の御前がこんな顔をするなんて…… 「私たちのエルダーのお姉さまですわ」 「白銀の姫君の二つ名をお持ちですの」  他の部員の方々が誇らしげに語ってくれる。 「あの方が、姫君?」 「お姉さまをご存じなのですか?」 「いえ、私は直接存じませんけど、生徒会長が……」  私は哘部長にお話をしました。 another view end 「なんだか出るに出られないわね」  またお客様の前を素通りするのも申し訳ない気がするし、どうしようかしら?  そう思って周りを見回してみる。 「あら、これなら使えるかしら?」  そのまま素通りするよりは良いかもしれないわね。  先ほどちょっと見ただけですけど、生け花はだいたい終わってるようでしたし  タイミング的にはちょうど良いかも。  私は準備に取りかかった。 「みなさん、そろそろ休憩になさってはいかがでしょうか?」 「お姉さまっ!?」  急須とポットを持って私は戻ってきた。 「お姉さま、そんなことは私が」 「良いのよ、雅楽乃。本当はお茶を点てるべきなのでしょうけど、人数が多いので  普通のお茶で申し訳ありません」 「い、いえ……」  ポットから急須にお湯を注ぎ、抽出時間をおく。  用意しておいた湯飲みに、均等に注いで分ける。 「どうぞ」 「あ、ありがとうございます」  お茶と一緒に羊羹も出す。 「千早お姉さま、お菓子は今無かったはずでは?」 「これね、私が昨日作った物なの。お裾分けに持ってきたのですけどちょうどよかった  かしら?」  そう言いながらみんなの分のお茶を入れて羊羹と一緒に配る。 「美味しい……」 「さすが白銀の姫君、お菓子作りまで完璧にこなされるなんて」 「私、エルダーのお姉さまの手作りお菓子を食べれたなんて、クラスのみんなに自慢  しちゃいそうですわ」 「こら、自慢するようなことじゃないでしょう?」 「きゃん!」  私の注意に嬉しそうな顔をする、というか怒られて嬉しそうな顔をされると私としても  どうすれば良いのか解らなくなってしまうんだけどね。 「撫子……」 「どうかなされました?」  ずっと様子をみるように静かにしてたお客様方の誰かが、そう口にしたのが聞こえた。 「生徒会長の仰るとおりでしたわ!」 「私、お会いできて良かったです」 「えっと?」  突然うちの生徒と同じように騒ぎ出した。いったい何が? 「千早お姉さま、先日駅前でナンパされた女性をお助けになったそうですよね?」 「え、えぇ……」 「その女性は、こちらの皆様の学園の生徒会長だそうです」 「……え?」  雅楽乃の言葉がすぐに理解出来なかった。 「さすがお姉さまです! お姉さまの素敵なお話を新たな面から知ることが出来て  雅楽乃は感動しております!」 「ちょっと、雅楽乃?」 「それに、お姉さまお手製の和菓子まで頂けて……なんてすばらしい日なのでしょう!」 「ゆ、雪ちゃん」  私は困って雪ちゃんに助けを求めようとした。 「こうなったときのうたちゃんはどうしようも無いの、ご存じですよね? 千早お姉さま」 「あ、あはは……」 「おはようございます、みなさん」 「おはようございます、白銀の撫子」 「……はい?」  こよりさんの挨拶は間違いなく私にしたもの、ですよね? 「何、? 千早の二つ名は白銀の姫君じゃなかったっけ?」  聞き慣れない呼び名に薫子さんが聞き返す。 「それがね、他校の間ではそう呼ばれてるらしいのよ、聖應の白銀の撫子って」 「ど、どうして?」 「でも、千早さんはやっぱり白銀の姫君の方が似合うわよね」 「そうですとも、撫子と名付けた方々には是非騎士の君を見て頂きたいですわ。  そうすれば姫君の方が似合うって理解出来ると思いますの」  口々に白銀の姫君は騎士の君と一緒が一番似合うだの、撫子は間違ってないだの  クラスのみんなが、そして学園中がその話題で盛り上がっていった。 「千早……」  薫子さんが私の肩にそっと手を置く。 「……もう、どうにでもしてください」
11月19日 ・処女はお姉さまの恋してる 2人のエルダー SSS”気分転換”  最近目立ってる気がする。  私としては学園を無事卒業することを第一に、なるべく平穏に過ごしたいのだけど。 「ふぅ、それは私の立場としてはもう無理な事なのかもしれませんね」  何の因果か、エルダーに選出されてしまったから、目立たない方が無理な事。  それでも、何も起きないことに越したことは無いのだけど…… 「先日はナンパされてる女の人を助けただけなのに……」  薫子さんが考えなしに突貫しようとしたので、助け船を出しただけのはず。 「その後は、フェンシングの練習試合をしただけなのに」  フェンシング部の試合を見て身体が疼いた薫子さんに請われる形で試合をしただけのはず。  それなのに、聖應どころか他校にまでエルダーの話で持ちきりになってしまったようだ。 「聖應以外っていうのが問題なのよね……」  私は順調にいけば聖應を卒業後はちゃんとした大学に行くつもりである。  そのとき、聖應の生徒以外に「妃宮千早」の存在を知られているかどうかはかなり重大な  問題となる。 「社会復帰したとき、御門千早がエルダーの千早と同一人物と思われる要因になりかねない」  将来のことを考えると、これ以上他の学園にエルダーとしての私を知られない方が安全の  はず、だから。 「暫くおとなしくしていることにしましょう」  そう結論づけた私は読みさしの小説でも読もうかと戸棚に向かう事にした。  ……の、だけど。 「千早……今、自分でなんて言った?」  よりにもよって社会復帰? 確かに女装してる僕が男に戻って大学に行く事はそうなのかも  しれないのだけども。 「社会復帰……ハハっ、僕は本当に男に戻れるんだろうか」  膝の力が抜ける、僕はそのままその場に蹲った。 「……もう、先のことは先に考える事にしよう」  なんだか涙が出てきそうだった。 「うー」  落ち込んでしまった、こういうときは気分転換するのが良いかしらね。 「久しぶりにお菓子でも作ろうかしら」  ここ最近キッチンに立っていないから、お菓子作りは良い気分転換になるだろう。 「せっかくだからお世話になってる華道部と園芸部のみんなの分も作ろうかしら」  この前お世話になったフェンシング部の分も作った方が良いかしらね。  そうなると大量に、簡単に作れる物が良いわね、キッチンの冷蔵庫に使える材料は  あるかしら? 「んー……小豆が結構あるわね。これだと餡子を作れるけど、そうなると洋菓子では  難しいわね。いっそのこと和菓子にしてみましょう」  手の込んだ和菓子作りには時間が足りないので、簡単に羊羹にすることにした。  その夜、寮のみんなが喜んで食べてくれるのをみて、とても嬉しかった、のですが。 「……気分転換がお菓子作りって、まるで女の子みたいじゃないか」  気分転換にはなったけど、ジェンダー的にはどうかと僕は思った……
11月18日 ・処女はお姉さまの恋してる 2人のエルダー SSS”エルダーの威光の届く距離” 「ねぇ、千早。この後暇かな?」 「この後ですか?」  私はこの後の予定を確認してみる。 「今日は……華道部はお休みの日ですし、特に用事は無かったと思います」 「ならさ、ちょっと応援に行かない?」 「応援? 誰のですか?」 「可愛い妹達の応援」 「なるほど」  薫子さんがいつもお世話になってるフェンシング部が対外の練習試合を行う  とのことで、応援しに行く事になってる話を聞かせてくれた。 「せっかくだしさ、エルダー二人そろって応援の方が華があるじゃない?」 「私は華にはなりませんよ」 「何を言ってらっしゃる、エルダーのお姉さま?」 「……」  なんだか薫子さんの様子が微妙におかしい。  何が何でも応援に私を連れて行きたいという意図が見え隠れする気がする。  でも、私が行かなくちゃいけない理由なんて…… 「エルダー、だからでしょうか」 「ん?」 「いえ、なんでもありません。それでは応援に参りましょうか」 「うん!」  特に断る理由も無いし、以前フェンシング部には迷惑をかけたこともある身と  しては、応援くらいならしてもいいかな、とこのときの私は思った。  聖應女学院にはフェンシング専用の競技場は無いので、体育館に競技場を用意して  部活は行われている。  その競技場、ビストで行われていた練習試合は先ほどすべて終了した。 「残念だったね、桂花さん」 「せっかくエルダーのお姉さま方が応援に来てくれたのに、良い所見せられなくて残念だったよ」 「そんなことは無いと思いますよ、桂花さんの試合は良かったです」 「貴女ほどの腕前の持ち主にそう言ってもらえると嬉しいな、白銀の姫君」  そう言って謙遜する桂花さんだったけど、相手校の部長との戦いは白熱した物だった。  その試合に競り勝ったものの、他の部員が負けてしまったため、結果練習試合は負けとなって  しまっていた。 「あの、部長」 「ん?」 「その、白銀の姫君はフェンシングを嗜みになられるのでしょうか?」 「あぁ、私も一度しか見たこと無いけど、薫子さんと良い勝負だったよ」 「本当ですかっ!?」 「騎士の君とお並びになるほどの腕前……」 「さすがはエルダーのお姉さま、文武両道なのですね」  なんだか周りの雰囲気が、嫌な方向に流れ始めてる気がする。  ここは早く撤退した方が良いな。 「ねぇ、千早。まだ時間ある?」 「……」  ベストすぎるタイミングで薫子さんに呼び止められた。 「なんとなく……嫌な予感しかしないのですけど、時間という点ならまだ大丈夫です」 「そう? それじゃぁあたしと一勝負しない?」  その一言にフェンシング部の部員が黄色い歓声をあげる。 「なんだかさ、みんなの試合見てたら思いっきり身体を動かしたくなっちゃったんだ」 「……」 「それにさ、この前は引き分けだったでしょう? あたしも負けっぱなしは嫌だし、ね」 「ね、じゃないでしょう? 解りました」 「いいの?」 「良いも何も、断れる雰囲気じゃないですからね」 「やった、ありがとう千早」 「まったく、もう」  あのタイミングで試合を申し込むなんて、出来が良すぎますよ薫子さん。  それを狙ってやってないのが、本当にすごいなと感心してしまいます。  防具を身にまとい、エペ(剣)を手に取る。 「いい? せっかくだからよく見ておきなさい。見るのも練習になるんだからね」 「はい!」  桂花さんが部員に檄を飛ばしていた。 「それじゃぁ準備はいい? 時間があまりないからあのときと同じ、3回やりあって  有効打の多い方が勝ちね」 「オッケー!」 「はい、了解致しました」 「それでは、アン・ガルド!(構えて)」  あのときと同じようにエペ(剣)を構える。  さて、薫子さんはどうでるのかな? 乗り気で無かったフェンシングの試合。  だけど、こうしてエペ(剣)を構える薫子さんと対峙すると、その覇気というのだろうか  薫子さんの気合いに応じなくてはいけない、応じられる自分でいたくなる。 「エト・ブ・プレ(用意は良いか?)」  沈黙で了承の意を表す。 「アレ!(始め!)」  その言葉と同時に薫子さんがものすごい勢いで突進してきた。 another view ... 「あら?」  練習試合を終え、シャワーを浴びてから着替えた私たちは、まだビストに聖應の部員が  残ってるのを見かけた。 「どうしたのかしら?」 「負けたんですから、その反省会ではないでしょうか?」  部員の一人が口にする。 「……違うようね、この音は、誰かが戦ってるのね」  聞こえてくるエペ同士の甲高い音。ただ、その音のタイミングがものすごく早く鋭い。  今の聖應でこんな戦いを出来るのは部長の三屋さんだけ、なら誰と戦っているのだろう? 「せっかくですし、挨拶がてら私たちも見ていきましょう」  軽い好奇心で私達部員は再びビストがる場所へと戻っていった。  近づいてみると、試合の審判をしてるのが部長の三屋さんであることに気がついた。  そしてビストの上の二人の戦いに、私たちは言葉を失ったのであった。 another view end  くっ、解っていたけどやっぱり強い!  薫子さんのエペを自分のエペで弾く、かわす、受け流す。  すべてが鋭い攻撃で、少しでも集中力を失うとあっという間に一撃入れられる。  あのときよりも強くなってる! 私は聖應に来てあのとき以来、フェンシングをしていない。  そのハンデは思った以上に大きかった。 「っ!」  足の踏ん張りがきかずバランスを崩した。 「もらった!」 「まだですっ!」  交差するエペ、その剣先は…… 「アルト!(止め!) 有効打、妃宮」  バランスを崩したのを利用しての攻撃は薫子さんの胸に有効打を与えていた。 「千早、やるわね」 「はぁはぁ……薫子さんこそ腕が上がってますね」 「当たり前よ、あのときのあたしとは違うんだからね」 「ちょっと三屋さん!」 「え?」  試合の合間に他校の制服を着た女性が桂花さんに話しかけてきた、というか問い詰めてきた。 「誰なのですの? このお二人は。それよりもなんで練習試合にこのお二人が参加されて  いないんですか? 私たちを侮辱してるのですの?」 「いや、そういう訳ではないのだけど」 「ならどういう訳ですの?」 「ごめんなさい」  私はマスクを取り一言謝った。 「え……」 「私たちは部外者なのです、フェンシングは嗜んでいるだけで部には所属していないのです」 「……」  あれ? 相手部員のみんなが黙ってしまった。 「ふぅ」  私がマスクを取ったのをみて、薫子さんのマスクを取る。 「千早が謝ることはないよ、あたしの我が儘で競技場を貸してもらっただけなんだからさ。  謝るならあたしの方だよね」 「い、いえ……お二人が謝られる事はありません……部、部外者なら仕方がありませんわ」 「そう言って頂けると幸いです」 「よぉし、千早。勝負の続きと行こうじゃないか」 「もぅ、薫子さんったら……」  呆れながらも私はマスクをかぶる。 「桂花さん、お願いね」 「全く、さすがエルダーね。動じないんだから……アン・ガルド……エト・ブ・プレ……アレ!」  桂花さんの声に、2本目の試合が始まった。 another view ...  今も目の前で高速度の応酬が続いている、攻守は素早く入れ替わり、時にはエペ同士が  力強くぶつかり合う音がするかとおもったら、滑るような鋭い音もする。 「いったい何者、なの?」  自然に口から出た言葉に、聖應の部員が教えてくれた。 「エルダーシスターのお二人ですわ」 「白銀の姫君に、騎士の君です」 「白銀の、姫君……騎士の、君……」  どちらが姫君でどちらか騎士かすぐに解る容姿だった。  姫君と騎士の戦いは、ものすごく苛烈だけど、二人でダンスを踊ってるようにも見えた。  私は……この戦いに夢中になっていた。 another view end 「聞きました? 他校でエルダーのお二人のファンクラブが出来たそうですよ!」 「……え?」 「……はい?」  翌日、教室に入るなりこよりさんから驚愕の事実が伝えられた。 「こ、こよりさん? それってどういうことなの?」 「薫子さんと千早さん、昨日ものすごい試合を見せたんですって?」 「えーと、すごかったのかな、千早?」 「薫子さんの剣裁きはすごかったですよ?」 「それを見てた人たちがファンクラブを作ったそうですよ、さすが我が校のエルダーです」 「……」 「ねぇ、千早」 「薫子さん、何も言わないでください、私だってもう嫌な予感しかしないんですから」  その予感通り、何処に行ってもこの話題にさらされ続け。  なんとか1日を過ごし、疲れ果てて寮へと戻ってきた。 「まったく、貴女たちは。他校までエルダーの威光を届かせなくても良いのよ?」  香織理さんの言葉に、反論する余力は……無かった。
11月17日 ・処女はお姉さまの恋してる 2人のエルダー SSS”当たり前” another view ... 「結構です」 「それはお誘いがOKっていう意味だよな」 「違いますっ!」  家への車を呼んで駅前で待っていたほんのわずかな時間、私は見知らぬ男性のグループに  声をかけられていた。いわゆるナンパというものなのでしょう。 「ですから私は待ち合わせをしているだけですからあなた方のお誘いには応えられません!」 「そっかぁ、それじゃぁその待ち合わせのお友達とも一緒しようよ」 「結構です!」  もう、しつこい! あまり大事にはしたくなかったのですけど、警察を呼ぼうかしら。  そう思ったときだった。 「ごめんなさい、待たせてしまって」 「え?」  振り向いた私は言葉を失った。  柔らかな日差しに輝く銀色の髪、深い菫色の瞳。 「それでは参りましょうか」  その唇から紡がれる声は、どこまでも響く透明な音色。  その声に私も、ナンパしてきた男性のグループも声を発することが出来なかった。 another view end 「ごめんなさい、待たせてしまって」  明らかに男にナンパされ困ってる女性に私は声をかける。 「え?」  私の声に驚く彼女、それはそうだ。見ず知らずの人から声をかけられれば驚くに  決まっている。 「それでは参りましょうか」  放心してる彼女の手を取り、その場から移動を始める。 「ちょ、ちょっとまってお嬢さん」  いち早く現状を理解した男が声をかけてくる。 「何かしら?」 「せっかくだから一緒にお茶でもいかがですか?」  先ほどと声のかけ方が違う、萎縮してる……のなら良いのだけど、たぶん私の  姿を見てそう反応を変えたのだろう。  ……それだけ僕が淑女に見える、という訳なんだよな。  落ち込みそうになる意識をなんとかとどめる。 「私たちはこれから用事があるのです、お誘いはお断り致します」 「そんなこと言わずにさ」  無視して歩き出す私たちに手を向ける男。 「そこまでにしておきなよ」  その手をつかむ、もう一つの手は薫子さんだった。 「私たちは用事があるって言ったよね? その邪魔をする気?」 「え、えっと……」  薫子さんの目が細くなる、その勢いに押されてるのだろうか、男の声が小さくなる。 「そろそろ周りを見た方がよろしいですよ?」 「なに?」  私が忠告する、ただのナンパだった時は誰も見て見ぬふりだったが、ここまで強引に  なってくるとさすがに注目を浴びてきていた。 「待ち合わせの間の時間、彼女のお相手をして頂いたことにはお礼を申し上げます。  でもそれ以上の事になるのでしたら、私もそれ相応の対応を取らせて頂きます」 「あ、いや、その……ちっ」  それ相応の対応、に力を入れた私の言葉の真意を読み取ったのが、男は駅前のグループの  元へと戻っていった。  そしてそのグループはそのまま駅の中へと逃げるように消えていった。 「ふぅ、大変失礼を致しました。大丈夫でしたか?」 「え?」  女性の手を離しながら私はそう訪ねる。 「あ、あの、助けて頂いてありがとうございました」 「いえ、それよりも待ち合わせは大丈夫でしょうか?」 「え、あ」 「たぶん、あれじゃないかな?」  薫子さんが指さす方、駅前のロータリーに黒塗りの車が止まっていた。 「は、はい、あの車がそうです」 「そうですか、それではお気をつけてくださいね」 「そうだね、もう大丈夫だとは思うけど気をつけてね」 「あ、あの、本当にありがとうございました。その、差し支え無ければお名前を」 「いえ、たいしたことをしたわけではありませんので。それではごきげんよう」 「え? あ、はい、ごきげんよう」 「それでは行きましょう、薫子さん」 「うん、千早」 another view ... 「どうかなされましたか、お嬢様」 「いえ……」  なんて素敵な女性なのでしょう。白銀の髪の方はまるで姫君のような……  それに後から来られた方はその姫君を守る騎士のように高潔な女性でした。 「そういえば」  あの方々、最後の挨拶。 「まるでどこかの貴族の令嬢みたい……」  ごきげんよう、なんて挨拶を使う私と同年代の女性。  そして別れ際にお二人のお話から聞こえてきたお名前。  カオルコさんにチハヤさん。 「もしかして……」  あの挨拶をする生徒を、学園を私は知っている、確か…… 「お嬢様?」 「なんでもないわ、それじゃぁ帰りましょう」  私は迎えの車に乗り込んだ。 another view end 「しっかし千早も変わるもんだよね、最初はナンパされた側だったのに」 「うっ、それは言わないでくださいよ」  その日の夜のティータイム。話題は昼間買い物に行った時のナンパの話だった。 「でもさ、千早から助けに行くとは思わなかったよ」 「何を言ってるんですか、薫子さん。僕が止めなかったら薫子さんの方が先に  突貫してたじゃないですか」 「人を牛か馬のように言わないでよ」 「でも、それは薫子お姉さまらしいと思います」 「ちょっと、史ちゃん? それフォローになってないから」 「失礼いたしました」  そのときはそんな笑い話ですんだ出来事だった。  その翌日。登校した私と薫子さんはすぐに学園長室に呼ばれていた。 「千早、また何かしたの?」 「またって何ですか? それよりも薫子さんが何かされたのではないのですか?」 「私は何もしてないよ?」 「まぁ、行ってみれば解ることでしょう」  そこで聞かされた話は先日のナンパの話だった。  なんでも私たちが助けた女性が、とあるお嬢様校の理事の娘さんだったようで、  娘を助けた私たちを是非招待してお礼がしたいという申し出だった。  もちろん、私たちは丁重にお断りすることにした。 「はぁ、なんだか話がすごいことになってたねぇ」 「そうですね、でもこの件はこれで終わりでしょう」 「そうだね、街中で偶然会うだなんてそんなの無いだろうし」  私たちは笑いながら教室に戻ると 「白銀の姫君に騎士の君、街でナンパされた女性を助けたんですって?」 「え……なんで、もう?」 「さすがは白銀の姫君に騎士の君ですわ」 「あぁ、私も助けられたいですわ」 「……薫子さん、なんだか私、嫌な予感するのですけど」 「奇遇だね、千早。私も嫌な予感しかしないよ」 「ですよね」 「なんで当たり前の事をしただけなのにこんなに騒がれるんだろうね」 「それは薫子さんの人柄のせい、じゃないのでしょうか?」 「それを言うなら千早だって」 「私は薫子さんの暴走を止めただけですよ?」 「う、それを言われると言い返せない……」 「それよりも今日1日どう過ごせば良いのでしょうね?」  廊下にも人が集まってきているのがわかる。 「毎度のこととはいえ……はぁ」  その日1日、いつも以上に注目され、二人の行くところすべてで黄色い声が  絶えることは無かった。
11月12日 ・夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle sideshortstory「風邪の理由」 「はい……それでは失礼致します」  俺は電話口で軽くお辞儀をしてから受話器を置いた。 「ふぅ」 「本当に大丈夫?」 「心配しないでいいよ、姉さん。俺はそんなに酷く無いから」 「本当?」 「俺は念のためだって言っただろう? それより姉さん時間は?」 「え、あ!」  時計を見て慌てる姉さん。 「なるべく早く帰ってくるからね」 「気をつけて、姉さん。いってらっしゃい」  仕事へ向かう姉さんを見送った俺は、キッチンに行く。そして冷蔵庫で冷やした氷枕を  持って、2階へと上がった。 「麻衣、だいじょうぶか?」 「あ、お兄ちゃん……ごほっ」 「無理にしゃべらないで良いよ、麻衣」  俺の言葉に頷く麻衣。 「やっぱりぬるくなってるな。麻衣、首の下に手を入れるよ」  そっと麻衣を抱きかかえるように、首を軽くあげる、そのすきに氷枕を取り替える。 「んっ」 「冷たすぎるかい?」 「大丈夫、気持ちいいから」 「そうか」  俺は麻衣の額に張ってある吸熱シートを確認する。 「これも取り替えるか」  麻衣の返事を待ってから額からシートをはがし、新しいシートを貼る。 「痛かったらはがして良いからな」 「うん、ありがとうお兄ちゃん」 「お礼は良いから、ゆっくり休んで」 「うん……あのね、お兄ちゃん」  麻衣が何かを言いかけるその前に、俺は麻衣の手を握る。 「……ありがとう、お兄ちゃん」  暫くすると寝息が聞こえてきた。  急な冷え込みのせいだろう、俺も麻衣も風邪を引いてしまった。  俺はそんなに酷く無いしマスクをすれば学園にも行けるくらいだったが、麻衣は高熱が出て  寝込んでしまった。  姉さんは仕事もあるし、俺も軽いとはいえ風邪なので学園を休むことにし、麻衣を看病する  ことにしたのだ。 「そういえば、小さい頃もこうだったな」  幼い頃、麻衣が風邪を引いたときも、こうして俺が手を握ると安心して眠ったっけ。  眠ったのを確認して手を離そうとしても、なぜか麻衣の手をふりほどけなかった事を今でも  覚えている。幼い頃の麻衣の握力があったはずは無く…… 「手を離そうとするとちょっとだけ、力が入るんだよな」  まるで離さないでって言ってるように。  試しに麻衣の手を離そうとする、そうするとすぐに麻衣の手に力が入るのがわかる。 「昔も今も甘えん坊さんだな」  さて、どうするかな。俺も軽いとはいえ風邪気味だし、マスクをして少し休むとするか。 「……ん?」  うとうとしてた俺は麻衣の動きで目が覚めた。 「あ、ごめん。起こしちゃった?」 「別に寝てた訳じゃ無いから、かまわないさ。それより調子はどう?」 「ん……あんまり変わらない、ごほっ」  咳き込む麻衣の背中を優しくさする。 「ありがとう、もう大丈夫だよ」 「少し汗かいてるな」 「え? もしかして臭う?」 「違うって、背中が少し濡れてるからさ。それに風邪の時は汗をかいた方が早く治るだろう?」 「そう、だけど……」 「今お湯とタオル持ってくるからちょっと待ってて」  俺は部屋から出て準備のために階下へと降りた。 「お待たせ」  少し大きい洗面器に熱すぎない程度のお湯を入れて持ってきた。  タオルは麻衣の部屋にある物を使えばいいだろう。  サイドテーブルをベット脇に置き、そこに洗面器を置く。 「タオル取るぞ」 「うん、上から2番目の引き出しに入ってるから」 「あぁ」  言われたとおりの収納の引き出しからタオルを取り、麻衣に手渡す。 「それじゃぁ部屋から出てるから終わったら呼んでくれ」 「お兄ちゃんが拭いてくれないの?」 「え?」 「身体動かすのまだ辛いの、お兄ちゃん」  顔を赤くして上目遣いでお願いしてくる麻衣。  ……顔が赤いのは熱のせいだよな、きっと。 「麻衣がいいなら手伝うけど」 「うん、迷惑かけてごめんね」 「迷惑じゃないさ、それじゃぁ準備するまで部屋の外に」 「部屋の中でいいよ、外の空気は寒いし」  俺が寒い所で待つのが駄目なのか、それとも出入りするときの空気が寒いのか  それは解らないけど…… 「でも、後ろ向いててね」  後ろでかすかな衣擦れの音。  見えないが故に、想像してしまうその光景。  ……駄目だ、今の麻衣は病人なんだ。優しくしないと! 「……お兄ちゃん、お願いします」 「あ、あぁ……」  ベットの方に振り向いた俺は、息を飲んだ。  こちらに背中を向けてベットの上に座ってる麻衣、手は胸の所で組んでいるようだ。  その真っ白い背中に頭がくらくらする。 「お兄ちゃん?」 「あ、あぁ……それじゃぁ背中を拭くな」  俺は洗面器のお湯にタオルを浸し、絞る。 「熱かったり痛かったりしたらすぐに言うんだぞ?」 「うん」  俺はそっと麻衣の方にタオルを当てる。 「んっ」 「ごめん!」 「あ、違うの。ちょっとくすぐったかっただけだから」 「そ、そうか。それじゃぁ背中を拭くな」 「お願いします」 「あ……」 「んッ……」 「んぁ……」 「……麻衣」 「な、なに? お兄ちゃん」 「……いや、なんでもない」  俺は背中を拭くだけ、背中を拭くだけ、背中を拭くだけ。 「ひゃんっ、そ、そこはくすぐったいよ」  背中を拭く、だけ…… 「あ、後は自分で出来るよな?」 「う、うん、ありがとうお兄ちゃん」 「俺、ちょっとキッチンへいって昼飯のお粥を作ってくるから」  麻衣の返事を待たずに部屋を出た。  廊下の空気が顔に当たるのが気持ちいい、それだけ俺の顔も熱を持ってる証拠だろう。  いろんな意味で頭を冷やした方が良いだろうな、俺も。 another view 麻衣 「はい、それでは失礼致します」  私は電話口で軽くお辞儀をしてから受話器を置いた。 「本当に大丈夫なの?」 「うん、私はもう大丈夫だよお姉ちゃん」 「本当?」 「治りかけが大事だから今日も休むだけだよ、それよりもお姉ちゃん時間だよ?」 「え? あ!」  時計を見て慌てるお姉ちゃん。 「今日もなるべく早く帰ってくるからね」 「気をつけてね、いってらっしゃい、お姉ちゃん」  仕事へ向かうお姉ちゃんを見送った私は、氷枕を取りにキッチンへと向かった。 another view end 「お兄ちゃん、大丈夫?」 「麻衣か、ごほっ」  昨日の昼間、お粥を作って麻衣に食べさせた後、頭を冷やそうとリビングに居たとき、  うとうとして眠ってしまった俺は見事に風邪を悪化させてしまった。 「お兄ちゃん、大丈夫っ!」 「大丈夫だよ、それよりもせっかく治った麻衣に風邪がうつるから、あんまり俺の所に  来ない方がいい」 「何言ってるの、お兄ちゃん!」  俺の言葉を遮る麻衣。 「昨日私の看病疲れでリビングで寝ちゃったんでしょう?」 「……」  別な意味で頭を冷やしたかっただけなんだけど、事実そうだから言い訳出来ない。 「だから、今日は1日私がお兄ちゃんを看病するね」 「でも」 「駄目?」  顔を赤くして上目遣いで聞いてくる麻衣。 「……麻衣自身のこと優先だからな?」 「うん! ありがとう、お兄ちゃん」  とりあえずは麻衣の治りかけの風邪がぶり返さないように注意しよう、俺はそう決意を改めた。
10月31日 ・sincerely yours short story「先手必勝」 「ただいまー」  玄関で靴を脱いでわたしはそのまま部屋へと向かう。 「お母さん留守みたいだし、チャンスチャンス♪」  カテリナの制服を脱いでハンガーに掛けてから私服に着替える。 「よし!」  わたしはキッチンへと向かった。  ・  ・  ・ 「「ただいま」」  玄関の方からお父さんとお母さんの声がした。 「あ、お帰りなさい。一緒だったんだ」 「あぁ、そこで会ったんだ」 「ちょっとしたぷちデート楽しかったね、達哉」 「お父さん、お母さんまた無茶な要求しなかった?」 「ちょっとリリアちゃん酷い、私ばっかり悪い人にして!!」 「心当たりあるでしょう?」 「んー」  お母さんは手をあごにあてた、あのポーズは考え事をするときのお母さんの癖なんだけど。 「ない」 「……お母さん、今ちゃんと考えた?」 「考えたわよ? 時間が止まるくらいの高速の思考だったんだからね?」 「シンシア、それシャレにならないからやめような」 「はぁい、怒られちゃった♪」  謝りながらも嬉しそうなお母さん。  ……いつまで経っても新婚っていうか、お母さんが子供なだけなんだよね。 「リリアちゃん、今不穏な考えしなかった?」 「別に不穏じゃないよ? 正直な感想を思っただけだけど、ちゃんと言った方が良い?」 「あーん、リリアちゃんがいぢめる〜」  そう言ってお父さんに抱きつくお母さん。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど。  胸の奥が痛んだ気がした。 「お、今日はリリアが作ってくれたのか」 「うん、お父さんやお母さんほどじゃないけどね」  専業主婦だったお母さんが料理が上手いのはわかるんだけど、お父さんも結構料理が上手なんだよね。  左門お祖父ちゃんに教わったとかでイタリア料理も出来るし、和食はお母さんより上手かも  しれない。両親ともに料理上手だと娘としてはプレッシャーがすごかったりする。 「そんなこと無いわよ、リリアちゃん最近めきめき腕が上がってるわよ?」 「そうだな、俺を追い越すのはすぐだな」 「もぅ、お父さんったら買いかぶりすぎだよ」 「あれ? 私はスルー?」 「それよりもご飯にしよ!」 「今日はデザートもあるんだよ?」 「わーい、デザートデザート♪」 「お、それは楽しみだな」 「……お父さんもお母さんも期待しててね」  お母さんの喜び方がほんと、お母さんっていうよりわたしより年下の妹みたいに感じる。  確かに年齢の割には、というか異常に若く見えるお母さんだけど、たまにわたしより  年下に見えるときがある。  娘的に、それはちょっと……と思うんだけど、違和感無いんだよね。 「はっ」 「どうした?」 「ううん、なんでもない」  こんな所で自己嫌悪してたら駄目だめ、早く作戦を実行しないと! 「はい、デザートと今日は紅茶にしてみました」 「美味しそうなクッキーだな」 「まずはお母さん、どうぞ」 「え? 私が先で良いの?」 「うん」 「リリアちゃんがデレた! お母さん嬉しい!」 「……」  思わず突っ込みを入れたいけど、今は我慢我慢。 「ん、美味しいっ!」 「お父さんもどうぞ」 「ありがとう……美味いな、これはカボチャのクッキーだね」 「うん♪」  お父さんは味の感想をちゃんと言ってくれる、お母さんは……感激したままクッキーを  食べている。いつもと違って普通の、とっても良い笑顔だ。  その笑顔を見ると、ちょっと罪悪感が湧いてくるけど。  ここで負けたら後で酷い目に遭うのはわたしなんだから…… 「ごちそうさまでした」 「美味しかったぁ、満足満足」 「お粗末様でした、それじゃぁ洗い物しちゃうね」 「リリア、それくらいは俺がやるよ」 「お父さん?」 「美味しいクッキーのお礼に、な」  そう言うとわたしの返事を聞かずにお父さんはキッチンへと向かっていってしまった。 「ふふっ、達哉ったら優しいわね」 「……」 「その優しさにリリアちゃんはお熱かしら?」 「え? ち、ちがっ!」 「ちが、の続きは何かしらね?」 「……」 「ふふっ、美味しいご飯に美味しいおやつ、ごちそうさまでした。それじゃぁ今夜のお楽しみの  時間にね」  そう言うとお母さんがソファから立ち上がる。そしてどこからともなく黒いマントを取り出して  羽織った。 「トリックオア……」 「お母さん」 「いやん、リリアちゃん台詞ちゃんと最後まで言わせてよ」 「ハロウインって、お菓子をくれないと悪戯しちゃうんだよね?」 「えぇ、そうよ」 「お母さんはもう、わたしからお菓子をもらったよね?」 「え?」  お母さんの顔が驚きの表情になる。 「……しまったぁ!」  そしてその場で膝を折り、手を床につけた。 「うぅ、せっかく可愛いコスプ……可愛い衣装をリリアちゃんに着てもらおうと思ったのに」 「今コスプレっていわなかった?」 「き、気のせいよ?」 「まぁいいわ、どっちにしろ今夜のわたしはお母さんに悪戯されないんだからね」 「うぅ、リリアちゃんがぁ、あんなに純真にまっすぐに育ったリリアちゃんがぁ……」  そ、そこまで言う? でも、今のうつむいたままのお母さんの姿をみると罪悪感が湧いて 「リリアちゃんがデレたのに、もうツン期に戻っちゃったぁ」 「……」  湧いてきた罪悪感が一気に治まった。 「でも残念だな」 「え?」  後ろからお父さんの声がした。 「せっかく可愛いリリアが見れると思ったのにな」 「っ!」  可愛いって……お父さんったらまたそんな言葉を…… 「そうね、黒いマントに黒い帽子、そしてその下はなぜかスーツっぽい制服姿なんて結構良いかも  しれないわね」 「シンシア、それってどういう格好だよ?」 「ん? オーガストの伝統だったはずだけど」 「朝霧家の伝統じゃなくて?」 「うん、八月の伝統よ?」 「そうか」 「お父さん納得しちゃうのっ!?」 「まぁまぁ、それじゃぁハロウインパーティー始めましょう」 「え?」 「リリアみたいに手作りじゃないけどな」  キッチンから戻ってきたお父さんはケーキを持ってきた。 「これでリリアに悪戯されることも無いな」 「わたし、お父さんに悪戯なんてしないよ? お母さんなら別だけど」 「リリアちゃんなにげに酷いっ!」 「でもクッキー食べた後だからケーキはきついかな?」 「だいじょーぶ、デザートは別腹なのよ?」 「お母さん、さっきのクッキーもデザートだから別腹に収納されたんじゃないの?」 「う」 「今夜はシンシアの負けか?」 「そうね、美味しい手作りクッキーのプレゼントに私が勝てる訳ないわね、ありがとう、リリアちゃん」 「お、お母さんったら……そ、それよりもケーキ食べよう?」 「恥ずかしがってるリリアちゃん萌え」 「ははっ」 「お父さんまでっ!」  ささやかなハロウインパーティーは暖かい笑い声に包まれた。
10月15日 ・夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle SSS”冷え込んだ夜には” 「お兄ちゃん、今夜はすごく冷え込むんだって、だからお散歩に行くときちゃんと  着込んでいってね」 「あぁ、わかった」  秋も深まってきた今日、満弦ヶ崎では日中は雨だった。  夜になって雨は上がっているけど、気温は上がらずコートを着ても良いくらい  冷え込んでいた。 「もうすぐ冬だな」  麻衣の言うとおりにジャンバーを着て外に出る。  俺が出てきたことにイタリアンズが反応し、しっぽを振って待っている。 「よし、行くか」  いつものように物見が丘公園まで散歩をして帰ってきた俺は用意してあった風呂に入った。 「……そろそろ暖房も考えた方がいいかもな」  風呂上がりだから寒くは感じないが、室内の温度が低いのはわかる。 「湯冷めする前に部屋に戻るか」 「ん?」  部屋に戻るとベットが膨らんでいた。 「……麻衣?」 「お帰り、お兄ちゃん」  掛け布団から顔だけだした麻衣。 「一応聞くけど、何をしてるんだ?」 「んとね、お兄ちゃん。今夜は冷え込むんだって」 「それはさっき聞いたよ」 「でね、夏用の掛け布団じゃ寒いかなぁって思ったの」  確かに冷え込んだ夜は今使ってる夏用の掛け布団だけじゃ寒いだろう。 「冬用の布団は……まだちょっと暑いか」 「うん、それもあるけど、お布団干してないでしょう?」 「そういえばそうだな」  冷えると分かっていれば布団を出す準備をしただろう、けど今日は雨だから布団を干すことは  出来なかった。 「やっぱり一度干してから使いたいから」 「それもそうだな、で?」 「寒いなら一緒に寝れば暖かいかなぁって思って……」 「……」  麻衣はたまにこうして甘えてくることがある。甘えてくれることは嬉しいのだけど  その方法が突拍子も無いこともあれば、無防備過ぎることもある。  そのことにどれだけ俺が苦労、いや、我慢しなくちゃいけないのか麻衣は解っていない。 「駄目?」  上目遣いで聞いてくる麻衣。  意識してないだろうけど、俺にとって麻衣のこの行動は必殺技だと思う。 「はぁ……一緒に寝るか」 「うん! ありがとう、お兄ちゃん」 「で、どうしてこうなった?」   「何が?」 「いや、どうして麻衣は何も着てないんだ?」 「……お兄ちゃんのえっち」 「俺が悪いのか?」 「くすっ」  俺の慌てように麻衣が笑いだす。 「お兄ちゃん、私寝るときはいつもこうだよ?」 「嘘つくな」 「ばれちゃった、てへ」 「で、どうして?」 「えっとね、暖まるには素肌の方がいいかなぁ、って思ったの」  別に雪山で遭難したわけじゃないんだけどな…… 「それにね、お兄ちゃんにも暖かくなって欲しいから」 「ったく、今夜だけだからな?」 「ありがとう、お兄ちゃん……もう一つお願いしてもいい、かな?」 「何だ?」 「手を握ってもらっても……あ」  言葉が終わる前に麻衣の小さな手を包み込むように握る。 「ありがとう、お兄ちゃん……」  麻衣は俺の手を自分の頬に持ってきて、そっと頬ずりずる。 「暖かい……」 「麻衣?」 「……」  麻衣は静かな寝息を立てていた。 「……確かに暖かいけどさ」  俺は今晩眠れるのだろうか? 答えが解っているけど、考えられずには居られなかった。
10月13日 ・大図書館の羊飼い-Dreaming Sheep- sideshortstory 約束の証〜多岐川葵〜  ・  ・  ・ 「ただいま」  ただいまという挨拶を使って、私は京太郎さんの部屋へと一緒に戻ってきた。 「疲れただろう? 少し休もうか?」 「いえ、大丈夫です。それよりも買った物を冷蔵庫に入れないといけませんから」 「それくらい俺がするから」 「良いんですよ、私がしたいからするんですから」  私の誕生日の今日、京太郎さんはデートに誘ってくれました。  今年はタイミング良く連休だったのですが、台風の接近が予想されてたので鳴海市から  離れることは出来なかったけど、二人っきりで生徒会の業務のことも忘れて楽しい時間を  過ごしました。 「本当は夕食をレストランで食べて、乾杯とかしたかったんだけどな」 「学生なんですから、学生らしいデートで私は充分ですよ? それよりも明日のことが心配です」 「明日のことより今日の葵の誕生日の方が重要だよ」 「京太郎さん……」  私の事をこんなに思ってくれてる、そのことがものすごく嬉しいです、でも。 「それで明日、食べ物も無しで1日過ごせるんですか?」 「コンビニくらいなら」 「京太郎さん?」 「……降参」 「ならスーパーによって帰りましょう」  そう、京太郎さんの部屋の冷蔵庫に食料と呼べる物がほとんど入っていないのです。  今朝出かける前に念のために調べてきて正解でした。  ものすごくしっかりしてる京太郎さんも、食事に関しては驚くほどいい加減です。  私がしっかりしないと、ものすごく不安です。  そうしてスーパーで今夜の食材と明日1日分をしっかり買い込んで、デートは終わりを告げました。 「まったく、台風直撃の日に外出しようとするなんて、危険過ぎます」 「でもさ、コンビニも売り上げが無いと死活問題に……」 「京太郎さん?」 「……ごめんなさい」  まったく、京太郎さんを心配する身になってくださいよ、もぅ。 「ごちそうさま、相変わらず葵の料理は美味いな」 「ありがとうございます、でもまだまだです」 「でも悪いな、せっかくの葵の誕生日の日まで夕飯作らせちゃって」 「本当に悪いと思ってます?」 「あぁ、俺が葵にご馳走するべきだと思う、けど、葵はそうは思ってないんだよな?」 「くすっ、分かってるなら悪いなんて思わないでください。記念の日に私の手料理を食べて  くれることの方が嬉しいんですから」 「ありがとう」 「……いえ、どういたしまして」  自分の顔が赤くなるのが分かります、なんだか恥ずかしいので食器をかたづける事にして一度  京太郎さんの前から離れることにしました。  その後「これだけは譲れない」と京太郎さんが買ってくれたバースデーケーキを一緒に頂いて。 「……雨、酷くなってきたな」 「そう、ですね……」  二人っきりの時間になりました。 「今日は……」  京太郎さんの言葉が止まります。  私は生徒会長、京太郎さんは図書部副部長、二人とも立場ある役職を持っています。  だからつきあい始めた当時に”節度あるお付き合い”をすることにしました。  でも……初めては生徒会室でしちゃいましたし、それ以降も…… 「……葵!」 「は、はいっ!」  私の思考を遮る京太郎さんの声に私はうわずった声で返事してしまいました。 「今日は泊まっていかないか?」 「でも」 「分かってる、無理強いはしないけど、この雨じゃ葵の身体が心配だ」 「京太郎さん……」 「……違うな、それは建前か」 「え?」 「まだ葵の誕生日の日は終わってないから、一緒にいたい」 「……京太郎さん、ずるいです。そう言われたら断れる訳ないじゃないですか」 「なら」 「はい、今晩お世話になります」  ・  ・  ・  朝、いつものように早く目を覚ました私は、同じベットで寝ている京太郎さんの寝顔を  眺めながら昨日の夜のやりとりを思い出してました。  あの後、京太郎さんは宣言通りに私に無理強いはせず、ただ一緒に寝てくれる事にして  くれたのですけど…… 「京太郎さんはずるいです」  寝る前に緊張した京太郎さんが渡してくれた小箱。  その中に入っていたのは銀の指輪。 「約束の証……ふふっ」  結婚指輪でもなく、婚約指輪でもなく、京太郎さんの「約束の証」である銀の指輪。  それを薬指にはめてくれました。  あまりに嬉しくて、感激してしまって、京太郎さんに抱きついてお礼を言ったのですが…… 「その、さ。葵に抱きつかれればさ、そう、なっちゃうんだ……」 「もう、京太郎さんったらえっちです、でも……私も嬉しいから」  生徒会長であるときの私と、図書部副部長であるときの京太郎さんとは節度あるお付き合いが  必要です。  でも……  肩書きが必要ない時には、節度も必要無い、ですよね? 「いつ見ても可愛い寝顔」  京太郎さんは人気があります。  図書部のあの、白崎さんでさえ京太郎さんに頼っていることが多いですし、たまに手伝いに  来てくれる生徒会でも、下級生に頼られっぱなしです。  学園内でも成績上位者である京太郎さんは注目の的で、私はすごく心配で、はらはらします。  嫉妬しそうになることも度々あります。でも。 「寝顔を見れるのは私だけ、ふふっ」  彼女である私だけの特権ですし、こうして幸せな朝を一緒に迎えることが出来るのも  世界で私だけです。 「これくらいの優越感は持ってもいいですよね、京太郎さん」  カーテンが閉まってるので見えないけどすごい雨音がします。  台風は今一番酷い時間なのでしょう。 「これでは誕生日が終わっても私は部屋へは帰れませんね、どうしましょう?」  眠ってる京太郎さんに問いかけます。  もちろん答えてはくれません、けど。 「今日も楽しい1日になりそうです」  出かけることは出来ないけど、京太郎さんがずっとそばにいてくれる。 「くすっ」  左手の薬指にはめてある銀の指輪を見ながら。  京太郎さんを独り占めできる私の誕生日2日目が始まったばかりだった。
10月13日 ・sincerely yours short story「体操着の日」 「と、いうわけで大掃除をしたいと思います」   「いきなりどういうわけ!?」  台風が直撃し、大雨の祝日の朝。  なぜか体操服を着せられた私はお母さんにリビングに呼ばれていた。 「リリアちゃん。それはね、今日が体育の日だからよ」 「そういえば今日の祝日は体育の日だけど……なんで大掃除なの?」 「外を見てご覧なさい」  庭に通じるガラス戸の外、強い雨が打ち付けてきているように見える。 「雨強いね、台風直撃コースだもんね」  時折ものすごく強い風、突風も吹いているようだけどわたしは何の心配もしていない。  我が家はこの時代には無い最新のテクノロジーで守られてる、この程度の台風では被害は  起きっこない。 「せっかくの体育の日に運動しないなんてもったいないじゃない。だから代わりに大掃除を  しようかなぁ、って思ったの」 「……で、本音は?」   「ちょっと増えちゃったから運動しようかなぁって」 「……そんなことだろうと思った」 「てへ」 「……」  お母さんは歳の割にはものすごく若く見える。わたしと並んで買い物に行くと十中八九  親子ではなく姉妹に見られるくらい若い。  だから、「てへ」って言われても娘的にはむっとするけど、それが似合うのが悔しかったりもする。 「ん、でも太ったようには見えないけど?」  お母さんの姿を見る、いつの時代の物かわからないけどわたしと同じ体操着姿のお母さん。  あの上着に隠れたお腹辺りに少し肉がついたのだろうか? 「実はね、少しサイズが上がっちゃったのよ……胸の」 「……わたし部屋に帰る」 「あ、ちょっと待って!」 「なんでお母さんの胸が大きくなったから運動しなくちゃいけないのよ!!」 「仕方が無いわねぇ、実力行使♪」 「え、きゃっ!」  わたしは突然その場にぺたんと座り込む。   「ちょ、お母さん? 重力制御しないでよ!」 「ちゃんとお話聞いてくれる?」 「わかったから、早くシステム切って!」 「約束よ」  そう言うとお母さんはシステムをオフにする。  わたしのカウンターシステム、また強化しないといけないな。 「もう……話だけは聞いてあげる」 「それよりもリリアちゃん……パンツはみ出てる」 「え、嘘っ!?」    慌ててお尻を確かめる、確かに少しはみ出てる。 「もぅ!」  わたしは慌てて直す。 「間違いなく今さっき座り込んだせいよね?」 「そうかしら? 急に立ったからじゃないかしら?」  そう言ってにこにこするお母さん。 「はぁ……それで、結局理由は何なのよ?」 「理由? もちろん決まってるじゃない」  お母さんのものすごく良い笑顔にわたしは悪い予感しかしない。 「だって、可愛いリリアちゃんが見たかっただけだもん」 「……部屋に戻ってもいい?」  呆れた私は部屋に戻ることにした。 「うん、もう良いわよ♪」  あれ? やけにあっさりしてる。 「だって、可愛いリリアちゃんの姿堪能したもの、あとで達哉にも見せてあげないとね♪」 「え? お父さんに? っていつ撮影したの!?」 「いつ? って最初からに決まってるじゃない♪」 「お母さん! それ今すぐに消して!!」 「リリア、そんなに騒ぐと……あ、手遅れだった」 「え?」 「何騒いでるんだ?」  昨日の夜遅くまで仕事をして、まだ起きて来ていなかったお父さんがリビングに降りてきた。 「やほ、おはよう達哉」 「あ、あぁ、おはようシンシア、リリア」 「あ、おはようお父さん」 「……」 「……」  パジャマ姿のお父さんと体操着姿のわたしとお母さん。  そして訪れる沈黙の時間。 「……シンシア、なにか朝ご飯ないか?」 「朝食の用意はすぐに出来るわ、ちょっと待っててね。あ、その前に顔を洗ってきてね」 「あぁ」 「え、スルーっ!?」  まるでいつものようなやりとりにわたしはそう突っ込んだ。 「あ、それも問題よね」  お母さんがわたしのつっこみにさっきと同じようなとても良い笑顔になる。 「ねぇ、達哉。今のリリアの格好はどう? ちなみに今日は体操着の日よ」 「お母さん! 今日は体育の日であって体操着の日じゃないよ!?」 「くすっ、リリアちゃん可愛いわね、逃げる前にちゃんとツッコミいれてくれるんですもの」 「あっ」 「ほら、達哉。感想は♪」 「……可愛くて良いと思うんじゃないか?」 「っ!!」  お父さんの言葉にわたしの顔が真っ赤になるのがわかる。   「もう、お父さんのえっち!」  わたしは自分の部屋へ逃げ帰るしか無かった…… Another View ... 「娘のブルマ姿が可愛いなんて、達哉は相変わらず娘殺しよね〜」 「そういう風に仕向けたのは誰だよ」 「もちろん、わ・た・し」  はぁ、シンシアのリリアいぢめは相変わらずだよな。 「それよりも私の姿はどう?」 「……どうコメントしてもエッチになるだろう?」  体操着姿にエプロン、正面から見るとエプロンの裾に隠れてない太ももからしたが  素肌なので何も着ていないように見える。 「いやん、達哉のえっち♪」 「だから俺は何も感想言ってないだろう?」 「達哉の視線、足に感じたけど気のせいかしら?」 「……」  思わず顔を背ける。 「ねぇ、達哉。朝ご飯にする? それとも私にする?」 「まずは朝ご飯だな、それから風呂にする」 「その後は?」 「……夜になってからならな」 「うん♪」
10月5日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”雨の日の朝” 「ん……」  ゆっくりと私は目を覚ます。ちょっとだけ身体がだるい。  カーテンが掛かってるから窓の外は見えないけど、大雨が降っているのは音でわかった。 「やっぱり駄目かな」  台風が接近してるから日曜日は酷い雨になるって予報で言ってたから諦めてたけど、それでも  孝平くんと一緒にお出かけしたかったな。 「……ふふっ」  その孝平くんは私の隣で眠っている、まだ起きる様子はなかった。 「可愛い寝顔……ちゅ」  そっと触れるだけのキスをしてから、孝平くんを起こさないようにそっとベットから出た。 「寒い……当たり前だよね」  布団から出た私は何も着ていない、寒いのは当たり前だ。けど、まだ身体は熱を持ってるみたいだった。 「孝平くん、シャワー借りるね」 「ふぅ、暖かい」  シャワーを浴びて身体を温めると同時に、汚れを落とす。 「孝平くんがつけてくれたのは汚れじゃないから落としたくないんだけどな」  それでも、私の中から出た汚れは落としたいし、孝平くんにはいつも綺麗な身体を見て欲しいから。 「あ、そうだ。お湯張っておいた方が良いかも」  この後起きてくる孝平くんのためにお湯を張っておくことにした。 「えっと……」  修智館学院を卒業してから、孝平くんが大学に通うために借りている部屋。  その一角に私の為の収納ボックスが置かれている。  そこには部屋着と簡単な外出着、タオルや洗面具に下着も置いてある。  実家に戻った私は、たまに孝平くんの部屋に泊まりに来ることがある、そのときのために孝平くんが  収納を用意してくれた。  ……下着を置いておくのはものすごく恥ずかしいんだけどね。  その下着を取り出して身につける。  そして…… 「うん、頑張らなくっちゃ!」 「ん……」 「孝平くん起きた?」 「あ、あぁ、おはよう陽菜」 「おはよう、もうちょっとしたら朝ご飯できるから待っててね、それとも先にお風呂入る?」 「……朝ご飯まで待つ」 「うん、すぐに準備するから顔を洗ってきてね」 「あぁ……って陽菜!?」  孝平くんが驚く声。 「なんて格好を……」 「……私だって恥ずかしいんだよ? でも孝平くんがみたいって言ってくれたから」  私は下着を着けた後、そのままエプロンをしただけの格好でいる。  孝平くんが以前、見てみたいっていってた、裸エプロン。  さすがに恥ずかしすぎるから下着は着けているけど、それくらいは許してくれるよね? 「孝平、くん?」 「悪い、陽菜。火を止めてくれるか?」 「あ、うん」  孝平くんの声が固い。もしかすると、やっぱり下着は着けちゃいけなかったのかな?  そう思いながら火を止めると 「陽菜!」 「え、孝平くん……んっ」  良いなり抱き寄せられて、朝から熱いキスを…… 「孝平……くん?」 「陽菜、ありがとうな。俺なんかのためにわざわざ寒い中そんな格好をしてくれて」 「私は大丈夫だよ、孝平くんが喜んでくれるのならこれくらい、あ」  抱きしめられてる私のお腹の所に、固くて熱い物が当たってるのがわかった。 「嘘? 昨日の夜あんなにしたのに?」 「ごめん、陽菜の格好がとっても可愛くて魅力的でさ……我慢出来ないよ」 「でも、朝ご飯が」 「あぁ、食べて良いか? 陽菜を」  まっすぐに熱い視線を私に向けてくれる孝平くん。  今、私はものすごく強く求められてるんだ、それがわかる。 「いい、よ。孝平くん、私を食べて」  ・  ・  ・  ユニットバスで二人一緒にお湯につかる。 「なんだか俺が陽菜に食べられた気がするな」 「そんなこと無いと思うよ?」 「そうか? 陽菜の腰使い、昨日の夜よりすごくなかったか?」 「……だって、孝平くんに求められてると思ったら止まらなくなっちゃったんだもん」 「そ、それは悪い……のか?」 「そうだよ、孝平くんが私の事こんなにえっちにしたんだよ?」 「いや、それは陽菜がもともと……」 「孝平くん?」 「……はい、俺の責任です」  私はこんなにえっちな女の子じゃなかったはずだもん、こうなったのは……  ううん、こう変えさせてくれたのは孝平くんのおかげだよ? 「だから一生責任とるよ、陽菜」  そう言ってくれた孝平くんは私を後ろから抱きしめてくれた。 「孝平くん……愛してる」 「俺もだよ、陽菜」
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