思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2014年第1期
3月30日 大図書館の羊飼いsideshortstory「約束の証〜白崎つぐみ〜」 3月28日 大図書館の羊飼い -Dreaming Sheep- SSS”つぐみ、恋愛の行方” 3月27日 大図書館の羊飼い -Dreaming Sheep- SSS”玉藻、旧家の行方” 3月26日 大図書館の羊飼い -Dreaming Sheep- SSS”千莉、歌姫の行方” 3月25日 大図書館の羊飼い -Dreaming Sheep- SSS”佳奈、才能の行方” 3月24日 大図書館の羊飼い -Dreaming Sheep- SSS”凪、真実の行方” 3月18日 FORTUNE ARTERIAL SSS”春一番” 3月14日 sincerely yours your diary short story「遅刻のホワイトデー」 3月10日 Photo Short Story,Lilia”暖かい手” 2月14日 sincerely yours your diary short story「雪の日のバレンタイン」 2月3日 sincerely yours your diary short story「朝霧家の伝統〜節分編〜」 1月31日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”サプライズ・サプライズ” 1月24日 大図書館の羊飼いsideshortstory 約束の証〜御園千莉〜 1月15日 大図書館の羊飼いSSS”私だけの特典” 1月12日 大図書館の羊飼いSSS”絶対におかしいです” 1月11日 sincerely yours your diary short story「朝霧家の伝統」 1月5日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「伝統」
3月30日 ・大図書館の羊飼いsideshortstory 約束の証〜白崎つぐみ〜 「ん……あ」  目が覚めて、目の前には京太郎くんの寝顔があった。 「ふふっ」  格好良い京太郎くんも寝顔はとても可愛い。起きるまでずっと眺めていようかな。 「……?」  ふと、下半身に違和感を感じた。 「あ……」  昨日の夜は疲れてそのまま寝ちゃったんだ。  そのことに気づくと、身体の汚れが気になる。ううん、京太郎くんがくれたものは  気にならないけど、自分の汗と…… 「……」  京太郎くんが起きる前に綺麗にしよう、私はそっとベットから起き上がった。  バスルームに入って、シャワーを浴びようとノズルを手に取ったとき、それが目に入る。 「……ふふっ」  私の左手の薬指にはまっている銀の指輪。  そっと右手で左手を包み、胸に当て、目を閉じる。  昨日の夜の事が鮮明に思い出す事が出来た。  誕生日の夕方、生徒会のみんなでささやかな誕生会を開いてくれた。  その帰り、みんなが気を利かせてくれて私と京太郎くんの二人だけにしてくれた。 「あの、さ……白崎の部屋に行っても、いいか?」 「うん、大歓迎だよ」 「ありがと」  なんだか京太郎くんの様子がおかしい気がするけど、もしかして大事な話でもあるのかな?  もしかして……? 「はい、お茶をどうぞ」 「あ、ありがとう……熱っ」  私が出したお茶を飲もうとした京太郎くんが悲鳴をあげる。 「だいじょうぶ!?」 「あ、あぁ、これくらい大丈夫」  なんだかぎこちない京太郎くん。 「ねぇ、京太郎くん。何か大事な話があるんじゃないかな?」 「え?」 「だって、少し前から京太郎くんの様子がおかしいんだもの」 「そ、そうか……ばれてたか」  頬をかく京太郎くん。 「ねぇ、もしかして……別れ話?」 「……は?」 「だって、言いづらい大事なお話なんだよね?」  部屋に戻る前から漠然と感じていた不安、それは忙しい生徒会長の私とでは時間がなかなか  あわないから、別れるという話じゃないかって考えてしまった。  京太郎くんならそんなこと言わないのわかってるけど、少しでもそう思ってしまった時から  どうしてもこの考えが頭から離れてくれなかった。 「……ごめん、つぐみ」 「え……」  本当に別れ話? 視界が涙で滲んでいく。  その視界いっぱいに京太郎くんの顔が近づいてきて…… 「あ、ん……」  優しい口づけをしてくれた。 「そんなこと考えさせちゃうなんて彼氏失格だよな」 「そんなことないよ! だって、私が勝手に考えて思い込んじゃっただけだもの!」 「それをさせた段階で駄目なんだよ、俺もふがいないな」 「違う、悪いのは京太郎くんじゃないよ、忙しい私だもん!」 「いや、俺が」 「ううん、私が」 「あー、もう、こうなったら!」 「ん……」  私の口は強引にふさがれた。 「つぐみ、俺はつぐみに寂しい思いをさせたかもしれない、けどもう大丈夫だ。  これを……受け取ってもらえるか?」  そう言って渡してきたのは小さな小箱だった。  テレビとかで見たことがある、小さなアクセサリが入るような小箱。 「京太郎くん……開けて、いい?」 「あぁ」  期待に震える手で小箱を開ける、そこに納められてたのは期待通りのもの。 「もらってくれるか?」 「……うん、うん!」  視界が滲む、さっきと違う涙が、とまらない。  京太郎くんが優しく涙をぬぐってくれる。 「つぐみ、手を出して」  私は左手を出す、その手を取った京太郎くんはそっと薬指にはめてくれた。 「この指輪は約束の証、俺はつぐみとずっと一緒にいるっていう約束だ」 「うん、うん! 私も京太郎くんとずっと一緒にいる、約束する」 「あぁ」 「京太郎くん」 「つぐみ」 「えへ、えへへへ」  昨日のやりとりを思い出して、顔が緩む。 「あ、でもその後……」 「ねぇ、京太郎くん。もう一つ、約束の証が欲しいな」 「え?」 「私の中に、京太郎くんの……だめ、かな?」 「それは……まだ、早いんじゃないか? 学生のうちに出産は色々と問題が多いだろうし」 「あ……そ、そうだよね」 「ごめんな、つぐみ」 「ううん、そこまでちゃんと考えてくれてて嬉しい。でも、ね」 「?」 「今日は安全な日だから……大丈夫だから」 「ちょっと、はしたなかったかな……」  でも、気持ちがどんどんどんどんあふれてきて、治まらなかったんだもん。  そして…… 「……だめだめ、思い出すとまた欲しくなっちゃう。早くシャワー浴びないと」  そっと薬指から指輪を外す。  そのとき部屋に続く扉が開いた。 「え?」 「つぐみ、やっぱりここにいたのか」 「きょ、京太郎くん!?」 「目が覚めたらいないから驚いたよ」 「あ、あの……京太郎くん?」  私も何も着て寝なかったように、京太郎くんも何も着ていないまま寝てしまったのだから  今も何も身につけてない訳で。 「そ、その、京太郎くん。なんでそんなに……」 「そりゃ、つぐみの格好を見れば、その、な……」  シャワーを浴びる前の私は何も着ていない、そのことに気づいたとき太ももにつーっと  何かがたれていくのがわかった。 「きゃっ、みないで」  その場に座り身体を隠す。 「ごめん」  京太郎くんの謝る声は、遠ざからずに近づいてくる。 「朝からそんなつぐみの姿みたらさ、我慢出来なくなった」  京太郎くんの切なさそうな声に、私のおなかの中が疼く。  ついさっき、昨日の夜の事を思い出したせいもあるのか、私が京太郎くんを欲しがってる。 「京太郎くん……」 「一緒にシャワー浴びていいか?」 「……シャワーだけ?」 「それ以上も」 「京太郎くんのえっち」 「……否定しない、でもつぐみが嫌なら我慢する」 「ううん、我慢なんてしなくていいよ? 私も……えっちだから」
3月28日 ・大図書館の羊飼い -Dreaming Sheep- SSS”つぐみ、恋愛の行方” 「葵ちゃんもそろそろ上がってください」 「いえ、まだ大丈夫です。何より会長より先に帰れません」 「でも葵ちゃんの時間がなくなっちゃうよ?」 「大丈夫です」  生徒会室、今日はお仕事が少ないからみんなには帰ってもらったのに葵ちゃんは  私の手伝いをするって言って帰ってくれない。 「もぅ、奥の手を使っちゃおうかなぁ」 「会長?」 「……ねぇ、葵ちゃん。まだ私の手伝いをしてくれるんだよね?」 「はい、そうですけど?」 「それじゃぁね、この案件なんだけど……望月さんに意見を聞きたいの」  私は前もって用意してあった書類を葵ちゃんに渡す。 「望月前会長に?」 「うん、あんまり頼っちゃいけないのわかってるんだけどね、私はまだまだ未熟だから」 「そんなことは無いと思います、けど……」 「ううん、わかってるからいいの、だから望月さんに意見を聞いてきてくれる?」 「わかりました」 「それじゃぁ今からお願いね」 「え? 今からですか?」 「うん、まだ遅い時間じゃないからお伺いしても大丈夫でしょ?」 「……」 「でね、聞いてきた意見は明日教えてくれれば良いから、望月さんのところでゆっくり  してから直接帰っていいからお願いね、葵ちゃん」 「でも、生徒会の仕事が」 「これも生徒会の仕事です、それに今日は後片付けだけで終われるから葵ちゃんが心配  するようなことは何も無いと思うよ?」 「はぁ……そういうことでしたら望月前会長のところに行って参ります」 「お願いね、葵ちゃん」  葵ちゃんは荷物をまとめると書類を持って生徒会室から出て行った。 「筧くんのアイデア、用意しておいて良かった」 「多岐川さん、働き過ぎだな」 「うん、私もそう思うよ。でもなかなか休んでくれないの。私がまだ未熟だから」 「それだけじゃ無いとは思うけどな……よし、一つ手段を用意しておこう。  白崎、こういうのはどうだ?」  葵ちゃんを動かすには望月さんの力を借りるのが一番、だから私たちが望月さんに  何か相談したいことがある場合、その書類を作って葵ちゃんにもっていってもらう  事にした、このことは望月さんも了承済み。 「少し葵にも余裕が欲しかったの、気にかけてくれてありがとう、白崎さん」 「ふぅ」  誰もいなくなった生徒会室。  図書部の部室より広くて、なんだか寒々としてる気がする。 「そういえば図書部の時はいつも必ず誰か一緒にいたよね」  最後まで残って仕事してる玉藻ちゃんとか…… 「筧くん」  私の彼氏の筧くんは、いつも一緒にいてくれた。  今日は図書部の依頼のために生徒会室には顔を出していない。 「同じクラスなのに、顔をあわせない日があるなんて、変だよね」  同じクラスっていっても、クラスの生徒数が他の学園と違っているし、選択授業の  取り方によって全く会えない日もある。 「……それは覚悟したことだもん、がんばらなくっちゃ!」  生徒みんながよりよい学園生活を送れるように、私はがんばるって決めたんだから。 「さて、と。後片付けしちゃわないとね」  この仕事の後片付けをしてから帰ろう。  でも……  私という生徒がよりよい学園生活を送るためにはどうすればいいんだろう? 「なぁ、白崎。白崎がよく言う、生徒みんながよりよい学園生活を送る、ってあるだろう?」 「うん」 「その生徒の中に白崎はちゃんと含まれてるんだよな?」 「え? あ、当たり前だよ。私だって汐見学園の生徒なんだから」 「なら良いんだ、俺の考えすぎだったみたいだ」 「そう? でも心配してくれてありがとう、筧くん」 「ふぅ」  筧くんとの会話を思い出す。  生徒会長である前に汐見学園の生徒、だから私もよりよい学園生活を送らないと私の  していることがただの自己満足になってしまう。  そのことを筧くんから教えてもらったことを思い出す。 「でも、生徒会の仕事って図書部より忙しいよね」  図書部の時も多忙だったけど、今はそれ以上に多忙だ。  役員のみんなにもがんばってもらってるけど、自分で出来る時はなるべく自分だけで  仕事をして、役員のみんなには休んでもらえるようにした。 「そのせいで私が忙しくなるのはかまわないんだけど……筧くんと過ごす時間が減るのは  やっぱり寂しいな」  せっかく恋人同士になったのに…… 「筧くん……」 「呼んだか?」 「え? かかか、筧くん!?」 「白崎、やっぱりまだいたんだな、っていうかその驚きは何なんだよ」 「え、だっているはずの無い筧くんが目の前にいるんだもの、驚くに決まってるじゃない」 「そうか? ちゃんとノックして入ってきたぞ? それより差し入れだ」  コンビニの袋を差し出す筧くん。  中に入ってるのはきっとおにぎりとミネラルウォーターだ。 「あ、ありがと」 「俺も一休みするか」  そう言うとソファに座っておにぎりを食べ出す筧くん。 「白崎、まだ帰れないんだろう? 少し食べておけよ」 「あ、うん……」  言われるがままにおにぎりを食べる。 「……美味しい」 「そっか? コンビニのだぞ? 俺は白崎の手作りの方が美味いと思うけどな」 「ありがとう」  私の料理を褒められて、嬉しくなってお礼を伝えた。 「例を言われるほどのものじゃないさ、コンビニで買ってきただけなんだからさ」  お礼の意味が違うんだけど……説明すると恥ずかしくなりそうなのでやめておいた。 「さてと、後片付けして帰るぞ、白崎」 「うん、そうだね」 「で、どの書類をかたづければいいんだ?」 「え?」 「どうせ白崎のことだからな、訳は聞かないから早くかたづけちゃおうぜ」 「……うん、ありがとう」  広い生徒会室に筧くんと二人っきり。  恋人同士の甘い時間を過ごしてるわけではなく、生徒会の仕事を二人でかたづけてるだけ。  でも、さっきとは全然違う。 「……うん、さっきよりはよりよい学園生活だよね」 「白崎?」 「なんでもないよ、それよりも早く終わらせて帰ろう」 「そうだな、早く終わらせないと白崎の時間なくなっちゃうもんな」 「違うよ、筧くん。私と筧くんの時間が、だよ」 「……そうだな、二人の時間のためにがんばるか」 「うん!」  生徒会室で二人でお仕事。  甘い時間じゃないけど、私にとって素敵な時間。  いっそのこと、デートで出かけられないのなら生徒会室で……鍵もかかるし。 「って、私何を考えてるの!?」 「どうした?」 「なななな、なんでもないからね、筧くん!!」 「はぁ……」  今は二人で過ごすこの時間を楽しもう、それが私にとってのよりよい学園生活に  なるのだから。
3月27日 ・大図書館の羊飼い -Dreaming Sheep- SSS”玉藻、旧家の行方” 「ふぅ」  頭から熱めのシャワーを浴びる。  火照った身体には水を浴びる方が良いのかもしれないが、真夏ならまだしも  春先の今では、風邪をひいてしまうだろう。  それに、汚れを落とすにはやはり熱い湯に限る。 「よしっ」  シャワーを止めてシャンプーを手に取り、髪を洗っていく。  長い髪を丁寧に櫛で梳くように、何度も何度も繰り返す。  長い髪は洗うのがすごく大変だし手入れも手間がかかる、けど。 「京太郎が気に入ってくれてるからな、念入りにしなくては」  洗い終わった髪をタオルでまとめてから身体も念入りに磨く。  身体のすべてを洗い終わった頃には湯船にお湯がたまっていた。  お湯の熱さを確認しながら、そっと湯船につかる。 「ふぅ〜」  ちょっと年寄りっぽい声が漏れた気がするが、気にしないでおこう。 「やっぱりお風呂は良いなぁ」  こうしてお湯につかって温まる、外国ではシャワーだけで済ます国が多いという  話だが、私はやっぱり日本人なんだなぁ、と実感する。 「……」  ぴちゃん、と天井から水滴が落ちてきた音がした。 「順調……だな」  今の私は何もかも順調だ、順調過ぎると言ってもいいくらいだ。  図書部での白崎とのすれ違いも京太郎のおかげで無事解決した。  その後の図書部も、部員との関係も良好だ。  勉強の方も京太郎の教えを受けた結果、一気に100番も順位が上がった。  これには私も驚いた。 「玉藻の努力の結果だよ」  京太郎はそう言ってくれたが、その京太郎はベスト10にはいっているのだから  なんとなく納得いかないところもあるのだが、以前の私から見ればものすごい  進歩だった。  趣味の絵も続けている、この前のコンクールで賞をもらったことで芸術科の先生から  転科の話を正式にもらった。  もともとそうするつもりだったので、私は受ける気でいる。 「そして、京太郎……」  こんな私を彼女として選んでくれて、愛してくれて。  時には導くように…… 「導くなんて、まるで羊飼いだな……私だけの羊飼い、なんてな」  恋いも勉強も放課後もすべてが順調だ。 「何れは京太郎とけ……結婚、して……」  子供を産んで幸せに過ごしていくんだろうな、そんな未来が見えるような気がした。 「でも……」  実際どうなんだろう?  京太郎と家庭を持つ未来なら確信をもって迎えられると思う。  その、家庭の場所はどこなんだろうか?  桜庭の家は、今現在も「藩主」だ。  地元の名士で元県知事の「当主」がいて、その周りに「臣下」の家系を持つ人たちが  住んでいる。 「時代錯誤だな、馬鹿げている」  汐見学園に来て、私はそのことに改めて気づかされた。  そして、桜庭の勢力圏の外に出れば私は桜庭の姫ではなく、ただの力の無い一人の  女であることも…… 「ふぅ」  ため息をつく。  最近実家へは帰っていないし連絡もしていないが、おそらく藩主の手のものに私の  行動は逐次報告されてるだろう。  汐見学園は巨大だ、これだけ生徒数がいれば関係者が潜り込んでも、そのことに  気づくことは出来ない。 「どこまで両親に知られているか、だな」  芸術科への転科、そして恋人の話。 「……うん、悩んでいてもしょうがないな、京太郎を連れて実家に一度戻るしかないな」  下手をすると親と喧嘩になるかもしれない。  最悪勘当されるかもしれない。  なのに…… 「勘当も悪くないって思える」  学生が親から勘当されれば行くあてなど無く、路頭に迷うだろう。  でも私には京太郎がいる、京太郎と一緒に住めるかもしれない、そう思ってしまう。 「だめだ、それは将来の話だ。今はちゃんと両親と話をしなくては」  昔の私なら両親に逆らうと思うだけで心がつぶれていただろう。  でも、今の私は大丈夫。 「京太郎がいてくれるのだから」  さて、お風呂からあがるか、そろそろ京太郎も起きてくるかもしれないしな。  湯船から立ち上がった瞬間。 「玉藻、ここにいたのか」 「きょきょきょ」 「ウグイスか?」 「違うっ! なんで京太郎が風呂に入ってくるのだ!?」  脱衣所の扉を開けたのは京太郎だった。 「目が覚めて玉藻がいなかったから、音が聞こえた方に来たまでだ」 「だだ、だからって私が入ってるときに入ってくるやつがあるか!  それに……その」  私はそらした目線をそっとそこにあわせる。 「さっきあんなにしたのに、なんでそんなに大きくなってる?」 「少し休んだからな、それに玉藻の裸みたらこうなる」 「え」  そういえば私は湯船から立ち上がっていて、もちろんバスタオルを巻いてなどいない。 「そ、そういうときは見ないのがマナーだろう?」 「他の女の子ならそうするさ、でも玉藻の身体は見ていて飽きないから」 「飽きる飽きないの問題じゃない!、とりあえず出て行け!」 「せっかくだから一緒に入ろうぜ」 「私は上がるところだ!」  こんな馬鹿なやりとりがものすごく楽しい。  言い合いをしながら、私は思う。  京太郎となら、実家との問題も簡単に解決できそう、そんな気がした。
3月26日 ・大図書館の羊飼い -Dreaming Sheep- SSS”千莉、歌姫の行方” 「千莉、どうした?」 「え?」 「なんだかぼーっとしてる」 「……京太郎さんのえっち」 「俺が悪いのか?」 「そうですよ、余韻に浸ってただけなんですから」 「そ、そうか……」  突然聞かれた問いに、なんとかごまかして答える。  上手く誤魔化せたかどうかはわからない。  だって京太郎さんはこういうときだけは鋭いんだから。  数日前の事。 「〜♪」 「すばらしいです、御園さん」 「ありがとうございます」  いつもの声楽課での個人レッスン、いつもと同じ講義。  でも最後にいつもと違う事が起きた。 「もう私の力では御園さんの実力を伸ばす事は出来ないかもしれませんね」 「え?」 「御園さん、私の恩師の元で学んでみる気はありませんか?」 「先生の、恩師ですか?」 「えぇ」 「その恩師は、どこの学校にいらっしゃるのですか?」  特別講師の恩師は、今は外国の学校にいるそうだ。  そして、その学校への留学を勧められた。  恩師への確認や学校側の手続き等があるし、何より私自身の考える時間も必要  ということですぐに留学という話にはならなかったけど、そう遅くない時に  私は答えを出さなくてはいけなくなった。  今、歌を歌うことが楽しい。  歌に表情がついて行くようになって、オペラに挑戦できるようにもなった。  もっともっと楽しく歌っていきたい、そのためなら留学した方が良いとも思う。  けど、留学したら汐見学園にはいられなくなる。  汐見学園での日々。  図書部のみんなとの活動、水結とまた友達になって、一緒に過ごす時間。  そして、そのすべてを私に与えてくれて、今私のそばにいてくれる京太郎さん。  それを手放さなくてはいけなくなるだろう。  図書部のみんなや水結、京太郎さんと別れて、私は楽しく歌えるだろうか?  また前の私に戻ってしまうのでないだろうか?  ううん、それは言い訳。本心はやっぱり、京太郎さんと別れたくない。  ずっとずっと一緒に過ごしたい。  京太郎さんにこのことを相談したらどう答えるんだろう?  行ってこい、と言われるのだろうか?  行かないで、と言われるのだろうか? 「……」 「ふぅ、千莉」 「京太郎さん?」 「俺じゃ頼りないかもしれないけどさ、相談くらいには乗れるからな?  だってさ、俺は千莉の彼氏、なんだからさ」 「……」  やっぱり上手く誤魔化せてなかったみたい。  私は京太郎さんの背中に手を回して、その胸元に顔を埋める。 「そのときが来たら相談しますね」 「あぁ、待ってる」  そう言うと京太郎さんも抱き返してくれた。  私はこの、京太郎さんの温もりを一時も手放したくない、そのことをはっきりと  実感することが出来…… 「……京太郎さん?」 「いや、その……さ……」  さっきあんなに出した後なのに、私のおなかに当たる京太郎さんのものは固くなっていた。 「そりゃ、やっぱり大好きな女の子だしさ」  そう言って困った顔をする京太郎さん。 「そんなに困った顔しないでください、私だって嫌じゃないですから」  困った顔の京太郎さんが可愛くて、そしてそんな顔をさせてるのが申し訳ない気がして。 「千莉?」 「私はまだ大丈夫ですよ、だから京太郎さん……」  私から唇を重ねる。  自分自身で考えなくちゃいけない事はたくさんある。  でも、今は、今だけは。  京太郎さんを私すべてで受け止めていたいから……
3月25日 ・大図書館の羊飼い -Dreaming Sheep- SSS”佳奈、才能の行方” 「ん、これは?」 「なんですか、筧さん……ってそれはだめですーっ!!」  筧さんが手に取ろうとしたのは私の大事なアイデアノートだった。 「ちょ、まて、佳奈。危ないから落ち着け!」 「それ見ないでくれたら落ち着きます!!」 「わかった、わかったから」  筧さんは手に取ったノートを元あった位置に戻した。  それを見た私はベットから飛び降りてそのノートを確保、これで秘密は守られたのであった。 「なぁ、佳奈。独り言が口に出てるぞ?」 「え? 私口に出してました?」 「あぁ、秘密は守られたのはわかった、けどさ……大事なところは守られてない、よな?」 「あ゛」  つい先ほどまで行われていた情事、その格好のままノートを抱きかかえてる私は…… 「見ないでくださーいっ!」 「それで、そのノートは何なんだ?」 「やっぱり気になります?」 「そりゃ、佳奈の事だから気になるけどさ、佳奈が嫌なら言わなくてもいいかとも思う」 「……筧さん、そういう言い方はずるいです」 「そうか?」 「はい、惚れた私に勝ち目が無いじゃないですか」 「それを言うなら俺も佳奈には勝てないけどな」 「ぐはっ」  筧さんにダメージを与えるつもりがカウンターを食らってしまった。  筧さんは本当に私が嫌がることはしてこない。  ……あれ? でもえっちのときは私が駄目っていってもしてくるってことは、私は  本当は嫌がってない事がばれてるってこと? 「あわわ、私ってものすごく恥ずかしい?」 「確かに、佳奈の百面相は見ている分には楽しいけど外ではしない方が良いぞ」 「そう思うなら止めてくださいよ−」  そう言いながら私はノートを差し出す。 「笑わないっていうなら見てもいいですよ」 「いいのか?」 「だって、筧さんは嫌なら見ないって言いながらものすごく残念そうな顔してるんですよ?  そんな顔されたら断りづらいじゃないですか」 「俺、そんな顔してたか?」 「今度写真でも撮りましょうか?」 「……やめておく、それより本当に見て良いのか?」 「ここまで来たら女は度胸です、ついでにアドバイスしてくれると嬉しいかもです」 「アドバイス? 読んでみればわかるか。それじゃぁ読ませてもらうよ」  筧さんは私のノートを読み始めた。  私はその筧さんの顔を眺める。 「……やっぱり筧さんだ」  本を読むと周りが目に入らないくらい、真剣に本に向かう筧さん。  私だっていろんな本を読むけど、ここまで真剣に集中してたかというと自信がない。  図書部に入った頃はあまり周りと関わろうとせず、本ばかり読んでいた筧さん。 「……」  筧さん、凜々しくて格好良いなぁ。  こんな格好良い人が私の彼氏だなんて……信じられないっていうと私を選んでくれた  筧さんに申し訳ないから言えない、けど……  なんだか幸せだなぁ。 「良いんじゃないか?」 「え?」 「どうした、佳奈?」 「あ、いえ、その何が良いのかなぁって」 「このノートの内容」 「本当ですかっ!?」 「あぁ、題材が気になるけどうまくプロットがまとめられてる、ここまでしっかりと  出来てるなら後は書くだけじゃないか?」 「やっぱり題材、わかっちゃいます?」 「当たり前だろう、これは俺たちの話をモデルにしてるだろう?」 「正解です」  筧さんに出会った頃から追っていた羊飼いの謎。  その謎の中育まれていく友情と恋愛、そして羊飼いの正体……は、わからなかったけど。  なんとなく、小説に出来たらいいなぁって思った私は簡単なプロットを作ってみた。 「登場人物や名称はフィクションとノンフィクションの間くらいに抑えておきますから  大丈夫ですよ?」 「……せめて登場人物くらいフィクションにしておけよ」 「はぁい」  その辺はちゃんと考えてある、忠実に書いちゃうと私の心の動きすべてを描かないといけない。  それはさすがに恥ずかしい。 「それで、これから書くのか?」 「どうしようかって思ってます、書き始めると結構時間取っちゃうし、そうなると図書部の活動にも  影響でそうですし」 「せっかくだから書いたらどうだ?」 「筧さん?」 「この前の演劇部のシナリオだってしっかり書けてたし、これはおもしろい作品になると俺は  思うんだ、だから書いてみると良いよ」 「でも、書いたって誰も読まないでしょうし」 「なら何かの賞に応募してみればどうだ? そういえば近いうちに新人賞の応募があったはず」 「……もう少し考えてもいい、ですか?」 「あぁ、佳奈自身の事だからな、よく考えて応募するなり、しないなりすればいい。どっちでも  俺は応援する」 「筧さん、応募しなくても応援するんですか?」 「あぁ、だって佳奈のすることだからな」 「……もぅ、筧さんったら」  朝のアプリオでのバイト。  昼の授業。  夕方の図書部の活動。  そして夜の執筆活動。  このときの私は、なんとかなると思っていた。  でも、私は失念していた。  いつも隣にいてくれる筧さん、それが当たり前になったからこそ、ただ隣にいてくれるのでは  なく、恋人として触れい過ごす時間が、減ってしまう事に……
3月24日 ・大図書館の羊飼い -Dreaming Sheep- SSS”凪、真実の行方”  最近の私は、ちょっと変だと思う。  京太郎と一緒に住むようになって、面倒で嫌だけどちゃんと勉強もしているし  一緒に住むのだから生活費も必要だから、アプリオでバイトも始めた。  ……上司の二人に苦労してるけど、それも問題ないと思う。 「どう考えても、充実してる生活よね」  なのに何かが変だと、私の中の私が告げている。 「……なんだろう、忘れてる事を忘れてるみたいな感じ?」  自分で言ってておかしいってことはわかるんだけど、それがしっくりくる感じもする。 「京太郎と一緒の時はそんな事思いもしないのに」  今京太郎は買い物に出かけて部屋にいない。  そう、私一人の時にいつもこの感覚を味わうのだ。 「……なんだか怖い」  自分が変わっていく、いや、強制的に変えられていく気がする。  それが京太郎からの調教なら別に問題ないんだけど…… 「いやいやいやいや、それは問題ありすぎでしょ!」  自分で自分にツッコミを入れる。 「でも最近の京太郎、エッチの時にちょっと変態ちっくなのよね」  この前のことを思い出し……そうになってやめる。  思い出すのが恥ずかしくなったからだ。 「そういえば京太郎が変態ちっくなのは最近からだったっけ?」  割と最初からそうだった気がする、初めて図書部で出会った時、胸を凝視されたのを  覚えてる。 「でもあのとき、まさか恋人になるだなんて夢にも思ってなかったなぁ、だって私は……」  あれ? 「私は……何?」  まただ、何かを忘れてる? 「私はどうして図書部に行ったの?」  自問自答してみる。 「図書部の面々がうるさくて、図書委員への苦情を伝えに行った、うん、覚えてる、けど」  本当にそれが目的だったのだろうか?  何かが違う気がするし、それが真実な気もする。 「私は……小太刀、凪。筧京太郎の恋人で……義理の妹?」 「どうしてそうなる?」 「おわっ!?」  いきなり声をかけられて女の子らしくない悲鳴をあげてしまった。 「ちょっと京太郎、帰ってたのならすぐに声をかけてよ」 「ただいまーってちゃんと言ったぞ? それなのに凪は返事もせずにぶつぶつ言ってるから  近づいたら不穏な言葉が聞こえたんだ」 「不穏って?」 「義理の妹、俺は別に妹が好きなわけじゃないんだって前にも言っただろう?」 「えー、義理の妹ってお兄ちゃんにはポイント高いんじゃない?」 「高くない、凪は、今は俺の恋人の位置で十分だ」 「ぐはっ!」  京太郎のその言葉に私はくらっと来た。  たまに不意打ち的に京太郎は私の心にぐっと来る言葉を言う。  このままでは私は負けてしまう、だから反撃する。 「今はって事は将来は?」 「……言わせるなよ」 「聞きたいな」 「……凪は俺の嫁にする」 「……」  今までの中で最強の破壊力を持った言葉に私は何も言えなくなってしまった。 「凪、恥ずかしくなるくらいだったら言わせるな」 「そういう京太郎も顔が真っ赤だよ?」 「凪、今のおまえの顔を鏡で見せてやろうか?」 「嫌」  そう言って二人で笑い合う。  そんな幸せな時間が、少し前の私なら信じられなかっただろうなぁ。  やめてよかった、私には人を導くなんて性に合わない。  こうして一緒に進んでいくパートナーがいてくれた方が、絶対に良いから。 「さて、飯作るぞ」 「あー、私も手伝う」 「それじゃぁ一緒に作るか」  京太郎とおそろいのエプロンをしてキッチンに向かう。 「今日は何にする?」 「そうだなぁ……」  このときの私は”忘れていた事を忘れてさせられていた”事を思い出していて、  その事実を”忘れていた”事を忘れさせられていた事に、気づいていなかった。
3月18日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”春一番” 「風は収まったみたいね、孝平」 「そう……みたいですね」  桐葉はベランダの扉を開けていた。  昼間、ものすごい強風が吹いていたのが嘘のように、静かな夜だった。 「今日の風は、春一番ね」 「わかるのか?」 「えぇ、正式に発表されてるかどうかはニュースを見ないとわからないけど、  条件には一致してるわ」 「春一番に条件なんてある……のですか?」 「孝平、以前二十四節気の話をしたの覚えてる?」 「あぁ、春分とか秋分もその中の一つなんだよな」 「その二十四節季で、立春から春分の間に吹く風で、前日より気温が上昇することが  春一番の風の条件よ、本当はもっと詳しい条件があるのだけど……」  そう言うと外を向いていた桐葉がこちらに振り返る。 「別に覚えていても役には立たないわ」 「そうかもな、ニュースで聞けばわかることだし」 「そうね……で、孝平の頭の中はいつも春なのかしらね?」  桐葉の言葉に俺は 「申し訳ありませんでした!」  正座させられていた俺は、頭を下げて謝ることしか出来なかった。  桐葉と監督生室からの帰り、強風に煽られた桐葉のスカートがまくれた。  黒いストッキングに包まれた、白い下着。  その下着に包まれた柔らかそうな臀部。  ここのところ業務が多忙で桐葉とそういうことが全く無かったのもあった、というのは  もはや言い訳。  気がついたら桐葉を抱きしめて、そのお尻を触ってしまった。 「孝平!?」 「ごめん、我慢出来ない……今は触れるだけにするから」 「ちょっと、ここは外よ?」 「この時間監督生室からの道に生徒はいないから大丈夫」 「ん……でもっ」 「なら、あの丘へ行こう」 「こ、孝平っ!」 「でも桐葉も……」 「孝平」  フリーズドライを思い起こさせる冷たい声で名前を呼ぶ桐葉の声に俺は 「……なんでもありません」 「まったく、孝平はケダモノね」 「言い返せません、でも一つだけ言ってもいいかな?」 「……」  無言でうなずく桐葉に、俺は正直に言う。 「桐葉が好きだから、止められなくなった、ごめんなさい」 「……」  桐葉は俺の言葉に背中を向けた。  一瞬だけ見えた顔が赤くなってるのがわかった。 「そういえば許されると思ってるの?」 「思ってない、けど桐葉だから我慢出来なくなった」 「……もし千堂さんのスカートがまくれたら?」 「目をそらす」  俺は即答した。 「というか、そうしないと殺される」 「東儀さんなら?」 「目をそらす、でないと東儀先輩に殺される」 「悠木さんなら?」 「目をそらす、陽菜の場合でもかなでさんの場合でもかなでさんに風紀シールを  一気に10枚張られるだろうし」 「……私の場合は?」 「目をそら……せないだろうな、だって桐葉だから」 「……孝平のえっち」 「言い返せません」 「……ふぅ、元はと言えば私の不注意ですものね、今日のところは許してあげるわ」  桐葉のお許しが出た事にほっとした。 「孝平」  桐葉は正座してる俺の目線まで高さを合わせて、最後にこういった。 「今度は、もっと可愛いのを穿いておくわね」
3月14日 ・sincerely yours your diary short story「遅刻のホワイトデー」 「ただいま」  遅くに帰ってきたお父さんは玄関まで迎えに来たわたし達に頭をさげた。 「ごめん」 「お父さん?」  それは優しい嘘の始まりだった。 「今日がホワイトデーだって事、忘れてお返しを何も用意してないんだ」  食事の席、本当に申し訳なさそうに頭を何度もさげて謝るお父さん。 「珍しいわね、達哉が忘れるなんて……そんなに仕事大変だった?」 「そういうわけじゃない、と思う」  歯切れの悪いお父さんの返事に、わたしは違和感を感じた。 「でも、仕事の忙しさで忘れて大事な家族の事を疎かにしたのは確かだよ、ごめん」 「ふぅ、もういいわよ達哉」 「そうだよ、お父さん。忙しかったら仕方が無いと思うし」  研究が忙しい時やおもしろいときは時間や他のことを忘れてしまうことがあるのは  わたしもお母さんも経験済み、だからその件でお父さんを責めることは出来ない。  でも、ホワイトデーのお返しは楽しだったから、ちょっと残念かな。  そう思ったけど……  やっぱりおかしい。わたしは何かどこかで勘違いしてる、そんな気がしてならない。 「それでさ、許してくれるなら埋め合わせをしたいんだけど……」 「何してくれるの?」  お母さんの返事にお父さんは 「今度の日曜、デートしよう」 「おっけー♪」 「え? なに? 何か大事なことの約束のようなきがするのにお母さんの返事軽くない?」 「軽いも何も最愛の人からのデートのお誘いを断る事なんてないもの、それに達哉。  まだちゃんと誘ってないでしょ?」 「誘う?お母さんを誘うのにちゃんとする必要あるの?」 「なにげに酷くない!? でもまぁ、いっか。この後の楽しみで帳消しにしてあげる」  そのときのお母さんの笑顔にものすごくいやな予感がした。 「そうだな……今度の日曜日にデートしよう、シンシア、リリア」 「……え、えぇぇぇぇぇっ!?」  デートに行くのはお父さんとお母さんじゃなくって、わたしも?  お父さんの誘いに思わず大きな声が出てしまった。 「ふふっ、リリア、慌てすぎよ。それに顔真っ赤、可愛い♪」  お母さんにそう言われてわたしは顔が赤くなってる事に気づかされた。 「お、お父さん、本気で言ってるの!?」 「もちろん、ただリリアが嫌なら断っても」 「嫌なわけ無い!」  お父さんの誘いが嫌な訳ない、それどころか嬉しいくらいだもん。 「そうか、ありがとう」  そう言うお父さんの顔をまっすぐ見ることが出来なかった。  のどが渇いて部屋から降りてきたわたしは、キッチンの先、脱衣所へと  向かっていくお母さんの姿を見た。 「お風呂まだだったのかな……?」  そう思いながらわたしは冷蔵庫から麦茶を取り出してコップへとそそぐ。 「達哉、入ってもいい?」 「ちょ、ちょっと待て!?」 「たまには背中を流してあげるから、良いでしょう?」 「いや、そういう問題じゃなくって」  お母さんの楽しそうな声とお父さんの慌てる声が聞こえてきた。 「……はぁ、いつまでも新婚気分のままなのよね〜」  確かにお父さんとお母さんが本当の夫婦になって住み始めたのは最近だから  新婚っていう言葉には間違いは無い。 「……部屋に戻ろう」 「それに、さっきの話。全部話してないでしょう?」  その言葉にわたしの動きが止まった。  わたしも感じていたお父さんの違和感、それにお母さんは完全に気づいている?  そう思ったら、わたしもその答えが知りたくなった。  気がついたら私は脱衣所の外から聞き耳を立てていた。 「ここならリリアも入ってこれないし、安心して白状して良いわよ?」 「……別に白状することは無いけど」 「そう? それじゃぁ今日の夜研究室であったこと、教えてくれる?」 「……」 「達哉?」 「ふぅ、シンシアには隠し事できないな。この分じゃリリアにも気づかれてるだろうな」 「当たり前じゃないの、私もリリアも達哉の事大好きなんだから」  大好き、という言葉に顔がほてってくるのがわかった。 「ホワイトデーのお返しを忘れただけなんだよ、本当に」 「そう? 達哉は何を忘れたのかしら?」 「何ってホワイトデーのお返しのお菓子を……」 「それは、誰への?」 「……はぁ、シンシアは意地悪だな、知っていて聞くんだもんな」  その後に聞こえてきた話にわたしは驚いた。  お父さんはちゃんとホワイトデーのお返しは用意していた。  けど、研究員の仲間が娘へのお返しを用意し忘れていたことに、気づいたそうだ。  そしてその研究員さんに用意しておいたお菓子を譲った。 「リリアに悲しい思いをさせるかもしれないのに、達哉はお人好しすぎるわよ?」 「あぁ、リリアには悪いと思ってる」 「けど、そんな達哉が私は好きよ、大好き、愛してる」  これ以上ここにいると大変なことを聞いてしまいそうなので、そっと離れることにした。 「……お父さんの馬鹿」  部屋に戻ってベットに寝転んで、私はさっきの話を思い出していた。 「わたしのためのお菓子を譲っちゃうなんて……馬鹿なんだから」  そう口に出しながらも、ほほが緩んでくるのがわかる、自然と笑顔になる。  お父さんの家族愛は、とても深い。  それは、研究仲間の家族のことまで心配するほど。  だから、いつも貧乏くじを引く。  でも。  そんなお父さんは。 「とっても格好良いよ」  それに、お母さんと一緒というのが気になるけど、今度の休みはお父さんとデートだ。  同級生からも人気が高いお父さんとのデート。 「……くすっ」  デートに免じてホワイトデーのお返しが遅刻したのは許してあげるね、お父さん。
3月10日 ・Photo Short Story,Lilia”暖かい手” 「っと!」  家族での旅行先、なれない雪道に俺は滑りそうになった。   「お父さんだいじょうぶ?」  前を歩くリリアが心配してくれた。 「大丈夫だよ……たぶん」 「もぅ、お父さんったら」   「転ばないように……手をつないであげる」  少し目線をそらしながらさしのべてきてくれたリリアの手。  寒い雪国の中で、とても暖かかった。 「リリアだけずるーい」  後ろからのシンシアの視線は冷たかった。
2月14日 ・sincerely yours your diary short story「雪の日のバレンタイン」 「リリア〜」 「なぁに? お母さん」  部屋で本を読んでいたとき、手元のホロウインドウが開いた。 「今ね達哉から電話あったの、今日は帰れそうにないって」 「え?」  仕事で帰ってこれない日が無かったわけじゃない。  そういう日もあることは知っているつもりだけど…… 「さすがにこの雪じゃ外は危険、だよね」  窓のカーテンを開けると、雪が降っていた。  その雪は静かに降っているのではなく、横から叩きつけるように舞っていた。  温暖な気候の満弦ヶ崎でも雪が降ることがあるのもしっているけど 「何も今日じゃなくたっていいと思うんだけどな……」  机の上に用意してある、お父さんへのバレンタインチョコ。  今日渡せないのなら明日でもいい、とも思うんだけど。 「やっぱり渡すなら今日渡したいな」  白くて綺麗な雪だけど、ものすごく寂しい色に見えた。 「……」  わたしはベットに仰向けに寝転んだ。  ・  ・  ・ 「去年は緊張したんだよね」  初めてお父さんにバレンタインチョコをあげた日のことを思い出す。 「思い返してみるとお父さんも結構緊張してたんだよね」  いつもより挙動不審だったと思う。  それもいい思い出になった。 「……ふぅ」  そのときドアがノックされた。 「入るわよ」 「お母さん。わたし、まだ返事してないよ?」 「うん、知ってるわ。リリアが本当に入ってほしくないときは鍵をかけてることもね」 「……はぁ、で何の用事?」 「お父さん、迎えに行く?」 「無茶なこと言わないの、この吹雪の中出かけるのは危険だよ?」  遭難するわけじゃないけど、積もったばかりの雪の上を歩くのは想像以上に体力を  消耗する。 「そうね〜、でも重力制御システムを使えば問題ないわよ?」 「あ」  そういえばそうだ、今の技術レベルで使える重力制御システムを使えば雪は何の  問題も無くなる。 「……って、駄目だって。持ち歩ける重力制御装置ってこの時代じゃまだ一般に普及  されてないんだから」 「ばれた? てへ」 「……」 「でもお母さん、安心したわ」 「?」 「ちゃんとリリアちゃんが、今の時代の子供でいてくれるから」 「……わたしだって科学者だもの」 「そうよね♪ さぁて、私はお風呂の準備しておこうかしら」  お母さんはうれしそうに部屋から出て行こうとする。 「お母さん、まだお風呂に入ってなかったの?」 「入ったわよ〜」 「じゃぁ……」  私の言葉はお母さんの言葉に遮られ…… 「ふふっ、私の旦那様はね、家族で過ごす時間を大事にする素敵な人なのよ?」  訂正、お母さんのノロケに遮られた。 「……」  わかってる、お父さんが家族を大事にしていて、家族と一緒にいることを一番に  考えてくれる人だって事くらい、わたしだって知っている。 「でもこの雪の中じゃ……」  カーテンを開けて外をみる、さっきより雪が酷くなっていた。  時間も遅いし、人が全く出歩いてない、静かな夜の街。 「……え?」  人が歩いてるのが見えた、まだ遠いけど、その人が誰かすぐにわかった。 「お父さん!?」  わたしは部屋から飛び出した。 「もう、お父さん無茶しすぎ!」  家の外まで飛び出して出迎えたお父さんにわたしは注意する。 「悪い、でも帰れないのは仕事の遅れじゃなくて雪のせいだったからさ。  研究室に泊まってても家に帰っても同じなら、やっぱり帰ろうかなって思ったんだ」 「だからってこの雪の中を歩いてくるなんて」 「はいはい、リリアもそこまでにしておきなさい。それとお帰りなさい、達哉」 「ただいま、シンシア、リリア」 「……お帰りなさい、お父さん」 「リリアも気持ちはわかるけど、ここじゃ寒いから中に入りましょう。それと達哉はすぐに  お風呂に入るように。着替えはもう用意してあるから」 「わかった、ありがとう」  一緒に家の中に入る、お父さんは言われたとおりにそのままお風呂へ直行となった。 「ふふっ」  お母さんの優しい笑顔に……じゃない、この笑顔はおもちゃを見つけたときの笑顔だった。 「達哉がお風呂から上がってきてから今日が終わるまで時間、どれくらいあるのかしらね?」 「っ!」 「今年のバレンタイン、楽しみ♪」 「だ、だいじょうぶだもん! 去年だってちゃんとチョコあげれたんだし、2度目だし!」 「そう? リリアちゃんの可愛い姿楽しみにしてるわね」 「う゛……」  お母さんの言葉に、急に緊張してきた。 「ふふっ♪ 私も準備しないとね」  そう言ってリビングに戻っていくお母さんを見てわたしも部屋へと戻る。  机の上にあるバレンタインチョコ、それをお父さんに渡すだけなんだから大丈夫! 「……だいじょうぶ、だよね?」  ものすごく緊張してきた、心臓がドキドキしてるのがわかる。 「お父さん……喜んでくれる、かな?」  開けたままのカーテンの外は今も雪が降っていた。  白くて綺麗な雪は、今も叩きつけるような雪。  だけど、寂しい色にはもう見えなかった。 「リリア、お父さん、お風呂から上がるわよ?」  手元のホロウインドウからお母さんの声が聞こえた。 「わ、わかってる!」  私は机の上のチョコを持って部屋から出た……
2月3日 ・sincerely yours your diary short story「朝霧家の伝統〜節分編〜」 「リリア、先にお風呂入っちゃいなさい」 「はぁい」  食後のリビングでの妻と娘のいつものやりとりを見ながらお茶を飲む。  幸せだなぁ。 「ねぇ、達哉」 「……今日は何を企んでる?」 「いやん、そんな熱い目で見つめないで」 「……それで今日は何をするつもりなんだ?」 「もぅ、達哉ったらいけずぅ」 「シンシア?」 「べーつーにー、今日は節分だから豆まきするだけよ」  少しすねてしまったシンシアだけど、すね方が子供っぽい。 「みんなそろってから始めましょうね♪」 「はぁ、あまりリリアをいじめるなよ?」 「ふふっ♪」  あー、シンシアすっごくいい顔してる。  その笑顔を見て今夜も荒れる予感がした。 「お母さんっ!! また私の着替えすり替えたでしょう?」    脱衣所から出てきたリリアは変わった和服を着ていた。  その姿を見て前回ほど危なくなくて俺はほっとした。 「リリア、似合ってるわよ♪」 「ありがと、それよりもなんでまた着替えをすり替えたのか説明してほしいんだけど」 「聞きたい?」 「三行でお願い」 「・今日は節分の日  ・だから鬼役が必要  ・その衣装をリリアに提供  ・可愛いからおっけー♪」 「4行になってるじゃないの」  口調が怒るのではなくあきれてた。 「というかなんでわたしが鬼役なの?」    そういって着ていた服を確認するように、その場でくるっと回転する。 「だって、豆をまく人は着替える必要ないでしょう? 鬼なら可愛いお洋服  着せてあげられるし」 「あー、そーゆーわけね……」 「本当は黄色の虎縞にしたかったんだけど、それだといろいろと問題あるでしょう?  だから桃色にしておきました」 「や、その問題ってわたしはわからないんだけど」 「いいの、おとなのじじょーってやつだから」 「はいはい」   「これってちょっと恥ずかしいかも」  リリアは前帯の裾を持ち上げる。 「ちょっと動くと見えちゃうじゃない」 「そうね、お父さんには見せられないわよね」 「当たり前じゃない、恥ずかし……あーーっ!?」    ここにきてやっと俺の存在に気がついたようだ。 「おおお、お父さんいつからそこに!?」 「いや、食後からずっとここにいさせられたけど」 「お父さんのえっち!」 「まて、どうしてそうなる?」 「ずっと見てたんでしょう?」 「まぁ、確かに見てた。可愛かったしな」 「っ!?」 「あらあら、お父さんの褒められて良かったわね、リリアちゃん♪」 「お、お母さんっ!!」 「それよりも豆まき始めましょう、ほーら、鬼役のリリアちゃんふぁいとっ!」  そう言うとシンシアは升を渡してきた、中には豆が入っている。  俺はその升を受け取って…… 「どうしたの、達哉?」 「いやさ、鬼がリリアなんだろう?」 「そうよ、だから遠慮なく豆を投げていいのよ?」 「こんなに可愛い鬼なら追い出さなくてもいいかなぁって思ったら豆を投げられなくなった」 「お、お父さんったら……褒めても何もでないんだからねっ!」 「いや、本心だし」 「そ、そうなの?」 「あぁ」 「……」 「……」 「あ。ありがとう、お父さん」   「なーにー、この雰囲気。でも私はちゃんと豆まきするからね、鬼はーそとっ!」  シンシアは豆をリリアに投げつけた。 「甘いわ!」  リリアは手を前に出した。 「え?」  シンシアが投げた豆はリリアの目の前で何かにはじかれた。 「重力制御システムの応用はお母さんの専売特許じゃないんだからね?」 「それはまさか、ディストーション……」 「お母さん、その名前は危険だからだめって言ったでしょう!」 「えー、いいじゃない」  すねるシンシア。 「すきあり!!」  そのタイミングでリリアも豆を巻き返す。 「甘いわ♪」  シンシアは身動き一つしないまま、目の前で豆をすべて真下に落とした。  まるでそこに空気の滝があるようなイメージだった。 「重力制御システムの応用は私の方がまだまだ先を行ってるんだから、そう簡単に  娘には負けないわよ?」 「シンシア、リリア」  俺は二人の戦い?に割って入る。 「とりあえずみんなで普通に豆まきしないか?」 「そうだよね、お母さんは放っておいていいから普通に豆まきしよ、お父さん」 「あー、私だけ仲間はずれなんてリリアちゃんのいぢわる!」 「自業自得でしょ?」  騒がしいまま朝霧家の豆まきは始まった。 「ところでさ、シンシア。これも朝霧家の伝統になるのか?」 「もちろんそうよ!」 「無駄に大きな胸を張って言うことなの、お母さん?」 「ごめんね、リリア」 「え、なに?」  急にまじめな口調になったシンシアにリリアは戸惑う。 「胸のサイズだけは遺伝させてあげられなくてごめんね」 「なっ!? お、お母さんっ!!」 「……その辺にしておけって、二人とも。年の数だけ豆を食べるぞ」 「はぁい♪」 「……」  最後に豆を年の数だけ食べるのだが…… 「お母さん、明らかに豆の数少なくない?」 「だって私は永遠の17歳だもの♪」 「明らかに無理ある……」  リリアが言いよどむ。 「うぅ、実の娘なのにお母さんが17歳っていって違和感、感じないって……ものすごく  複雑すぎる」 「ふふっ、リリアは正直者ね、偉い偉い♪」 「うぅ、なんだかものすごく負けた気がする」 「達哉はどう見える?」 「シンシアはシンシアだよ、いくつだって構わないさ」 「達哉……さすが私の旦那様、愛してるわ」 「……お父さん、お母さんを甘やかしすぎじゃないの?」  こうして節分の夜は楽しく過ぎていった。  今日は酷い荒れ方じゃなくて良かったと思いながら。 「いや、これで酷くないって思える段階で俺も染まってるのかなぁ、朝霧家の伝統に」
1月31日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”サプライズ・サプライズ” 「達哉、今日はありがとうございました」 「本当はちゃんとしたデートがしたかったんですけどね」 「達哉、今日はデートじゃなかったんですか?」 「そんなことはありません!」 「ならいいじゃないですか、短い時間でもこうしてデートをしてくれたのですから」  エステルさんの誕生日、俺はエステルさんをデートに誘った、までは良かったのだけど  今日は平日で俺は授業もあるしエステルさんも礼拝堂での仕事がある。  俺は授業を終えてすぐに礼拝堂へ向かい、エステルさんの手伝いをしてようやくできた  少しの時間を使ってのデートだった。 「もうすぐ礼拝堂に着いてしまいますね」 「えぇ」  バイトは前もってシフトから外しておいてもらってるので俺は時間の問題はない、けど  エステルさんはそうはいかない。  あまり長い間礼拝堂を空けておくわけにもいかないので、帰らないといけない。 「エステルさん、今度の休み、またデートしましょう!」 「達哉?」 「今日は誕生日のお祝いのデートでしたけど、今度は恋人としてデートに誘います!」 「……くすっ」 「エステルさん?」 「それじゃぁ今日の私は達哉の恋人じゃないんですか?」 「違います!!」  なんだか今日はエステルさんのツッコミが厳しい気がする。 「わかりました、ではまたデートしましょう」 「絶対です、約束しましたからね」 「もぅ、達哉ったら子供みたい」  ちょっとはしゃぎすぎたようだ。  そんな会話をしてたら礼拝堂に着いてしまった。 「……」 「……」  もうこれで会えなくなる訳じゃない、けどなぜか別れを言い出せなかった。  俺は…… 「あ」  そのとき携帯電話が鳴った。 「どうぞ」 「すみません」  エステルさんに一言謝ってから、俺は携帯を見た、麻衣からの着信だった。 「もしもし、お兄ちゃん」 「どうしたんだ、麻衣?」 「あのね、今日の晩ご飯だけどね、私たち外食にすることにしたの」 「え?」 「だからお兄ちゃんもどこかで食べてきてね」 「ちょっと、麻衣?」 「それじゃぁ、お義姉さんによろしくね」 「ちょ!?」  切られてしまった。 「達哉、どうしたのですか?」 「いや、えっと……実は」  俺はあったことをそのまま伝えた。 「では、せっかくですから食事をごちそうしますね」  俺の話を聞いたエステルさんが嬉しそうに提案してきた。 「え、でもせっかくのエステルさんの誕生日ですから……」  どこかお店に行きましょうか、と言おうとした俺の言葉をエステルさんは遮った。 「あまり長い間、礼拝堂を留守にはできません、それに私の誕生日だからこそ、私の  料理を食べてほしいのです」 「……わかりました、ごちそうになります」 「はい」 「えっと……どうしましょう?」  一度エステルさんの部屋へと案内された、そしてなぜか戸惑い始めるエステルさん。 「どうしたんですか?」 「あ、いえ、その……なんでもない訳ではないのですが……」  礼拝堂に来てから急にエステルさんの態度が変わった。 「もしかして迷惑でしたか?」 「それは絶対にありません!」 「は、はい……」  エステルさんの剣幕に俺は驚いてしまった。 「あ、あの、達哉。大変申し訳ないのですが礼拝堂の方で待っていてくださいませんか?」 「構いませんけど……」 「ごめんなさい、お願いします」  俺は訳がわからないまま礼拝堂の方へと移動した。 「っ」  礼拝堂に入った瞬間、冷たい空気に包まれた。 「しまったな」  礼拝堂の居住区はそれなりに暖かいが、礼拝堂は暖房設備が入ってない。 「こりゃ上着着てないと風邪ひくな」  俺は一度エステルさんの部屋へと戻ることにした。 「あれ?」  エステルさんの部屋の扉が少し開いていた。  部屋の扉を開けようとしたとき、中の様子が目に入った。 「本当にこれであってるのでしょうか?」  部屋の中にはエステルさんがいた、それは当たり前だけど、着ている服が違っていた。  エプロン姿だった。  エステルさんのエプロン姿、可愛いな。しかし、俺を礼拝堂へと追い出したのはきっと  この姿を見せたくなかったからだろう。どうしてなんだ? 「これが恋人に料理を作るときの正装だと、教えていただいたのですけど……  やっぱり恥ずかしいです。達哉にはとても見せられません」  そう言って体をもじもじさせるエステルさん。 「っ!?」  体の向きが変わった瞬間、俺の目に飛び込んできたのは肌色だった。  慌ててみると、エプロンに包まれてない腕や足は肌色が多い。  それどころかエプロンの裾からエステルさんの胸が少し見えている。 「誰!?」  エステルさんに気づかれたので俺は扉を開けた。 「た、達哉!? いつからそこに?」 「今さっきです、礼拝堂は寒いから上着を取りに来たのですけど」 「あ、その、これはですね、その、正装という話ですから、あ」  俺はそっとエステルさんを抱きしめた。 「寒いですよね、エステルさん」 「……達哉は暖かいです」 「俺のためにしてくれたんですよね、ありがとうございます。でもそれでエステルさんの  身体を壊してしまうのは、俺は嫌です」 「……はい、ありがとう、達哉」  これでそのまま話が終われば良い話で終わっただろう。 「……あの、達哉?」 「……」 「その、当たって……ます」 「……ごめんなさい、エステルさんの魅力に正直に反応してしまいました」 「達哉のえっち」 「そういうエステルさんもその格好はエッチですよ?」 「っ!?、だからこれは正装であって、その」 「だから、俺はエステルさんとエッチしたいです」 「……達哉」 「明日は土曜で俺は休みですから、今日は、誕生日が終わるまでずっと一緒にいましょうね、  エステルさん」 「……はい、達哉」
1月24日 ・大図書館の羊飼いsideshortstory 約束の証〜御園千莉〜 「ん……」  目が覚めて最初に目に入ってきたのは、知らない天井だった。 「……あれ?」 「おはよー、千莉。千莉ってこんなにねぼすけだったっけ?」 「あ、水結……おはよう」 「もぅ、千莉ったらまだ目が覚めてないでしょう? シャワー浴びてきたら?  その間に朝食の準備しておくから」 「……うん」  水結に促されるがままに私はバスルームへと向かった。 「……」  熱いシャワーを浴びはじめてやっと目が覚めてきた。  そして今の状況を把握した。 「そっか、水結の部屋に泊まったんだっけ」  昨日、1月23日は私の誕生日だった。  京太郎さんと出会って、彼女にしてもらえて最初の誕生日を一緒に過ごしたかった  けど、上手くいかなかった。  まずは平日であること、授業があるのでサボるわけにはいかない。  図書部の活動もあるし、間が悪いことにこの日に先生の特別レッスンも入って  しまったのだ。  ならば夜にすべてが終わってから日が変わるまで一緒に過ごそうと思ったのだけど  京太郎さんに断られてしまった。 「どうしてですか?」  思わず詰め寄る私に京太郎さんは苦笑いしながら話してくれた。 「……」 「それにさ、千莉。おあずけって訳じゃ無いけどさ、我慢すればするほど美味しく  いただけるものだろう?」 「意味はわかります……けど」 「だからさ、週末はずっと一緒にいよう」 「……え?」 「桜庭に頼んで週末は開けてもらってある、だからずっと一緒にいられるから」 「……それって」 「あぁ」 「週末まで我慢すると私は京太郎さんに美味しく食べられちゃうって事ですか?」 「おい」 「ふふっ、冗談……でもないんですけどね」 「千莉!?」 「ふふっ」  あの時の京太郎さんの驚く顔、面白かったなぁ。  でもその直後に逆に私が驚く顔を見せる事になるんなんて思わなかった。 「それでさ、千莉。ちょっと早いけどプレゼントを用意したんだけど……」  プレゼントの話をし始めた京太郎さんの挙動がおかしくなった。 「どうしたんですか?」 「……受け取ってもらえなかったらどうしようかとかさ、その」 「京太郎さんがくれるプレゼントを私が受け取らないと思うんですか?」 「思わない」  即答してくれた事が嬉しかった。 「でも、その……ええぃ、男は度胸だ!」  勢いづけた京太郎さんがポケットから取り出してくれたのは小さな小箱だった。 「え? これって……」 「そのさ、期待するなよ」  そう言って私に渡してくれた小箱。 「開けてもいいですか?」 「あぁ」  私はそっと開ける、その中には予想したものと予想しなかったものが入っていた。 「銀の……指輪」  小箱を見たとき予想して、そうだといいなぁって思ったもの、銀の指輪。 「それに……銀のチェーン?」 「あぁ、それはネックレスに出来るやつだ。本当は指にはめたいんだけど、まだ  いろいろと問題があるだろう?」 「問題、あるんですか?」 「いや、そこで不思議そうに聞くなよ……」  わかってます、まだ私たちは学生です。  それに、私は良くも悪くも注目を浴びてしまっています。 「今後の千莉の活動も考えてさ、ネックレスに出来るようにしたんだ。  でも、コレは俺の決意と約束の証」  そう言うと小箱から指輪を取り出し、チェーンを通す。 「もらってくれるか?」 「私が京太郎さんのプレゼントを受け取らないと思いますか?」 「思わない」  そう言いながら私の首にかけてくれました。 「本物は本番の時に、な」 「……はい!」 「でもびっくりしたよ、家に帰ってきたら千莉がいるんだもん。そして  誕生日をお祝いされに来た、なんて言うんだから」  シャワーを浴びた後の朝食の席で水結は笑っていた。 「どーせ愛しの彼に吹き込まれたんでしょう?」 「うん」 「……嫌み言ったのに肯定したよこの娘」 「間違ってないから」 「確かにそうだけど……筧さんに相談したの失敗だったかなぁ?」  先日は水結も仕事が入っていて忙しく、帰ってくるのがかなり遅い時間に  なってしまうことがわかっていた。  だから水結は京太郎さんに相談し、プレゼントを渡してもらおうと思ったの  だけど、京太郎さんは断ったそうだ。 「翌日でも良いから自分で渡した方が千莉も喜ぶから」 「なのにその翌日になる直前に千莉が家の前で待ってるなんて思っても無かった。  筧さんにしてやられた」 「ふふっ」 「せーんーりー」 「水結も楽しそうに笑ってる」 「そりゃ楽しいもの」 「うん、私も楽しいし嬉しい」 「……まったくこの娘は」  視線をそらす水結。きっと照れてるんだろうなぁ。 「これで今日が平日じゃなかったらもっと楽しいんだろうけどね」 「うん、でも今日が終わらないと明日が来ないから」 「千莉?」 「ううん、なんでもない。ご飯食べたら一緒に学園に行こうね、水結」 「当たり前でしょう? 出る家も一緒で行くところも一緒なんだから、一緒に  行かない理由なんて無いでしょう?」 「うん」  京太郎さんに彼女にしてもらえて最初の誕生日の夜は……  再び友達になれた水結と過ごす、誕生日の夜になった。  そして私の誕生日は終わったけど、プレゼントはまだ終わってない。  早く週末にならないかな。
1月15日 ・大図書館の羊飼いSSS?”私だけの特典” 「絶対におかしいです!」  図書部の部室の前まで来た時、中から大きな声が聞こえてきた。 「なんだか既視感を感じるんだが……」  つい先日もこんな台詞が聞こえてきた気がした。  そのときと違うのは、声の主。 「ふぅ、理由はわからないけど声が大きいとメロンがくるぞ」 「ちょっと筧、それどういう意味よ」  扉を開けて注意したが、すでに手遅れでメロンが部屋の中にいた。 「そうですよ筧さん、メロンなんてどこにもないですよ」 「そうね、私のは天然物だし」 「くはっ……これが胸囲の格差社会なのですね……」  小太刀と佳奈すけの小芝居を見終えてから部室の中を見回す。  部屋の中の雰囲気がおかしい。 「いったい……いや、なんでもない」  ここで何があったかなんて聞いたらきっとろくな事にならないと俺は瞬時に  悟ったので話題を振るのをかろうじて止めた。 「筧先輩、佳奈の時と対応、違うんですね」 「うっ」  御園にジト目でにらまれた。  どうやら今日のご機嫌斜めの部員は御園のようだ。 「はぁ……で、どうしたんだ?」 「筧先輩、これを見てください」  御園が見せてきたのはwebサイトを印刷したものだった。 「……店舗特典?」 「はい、私のだけないんです」 「御園がいない?」  俺は印刷されたページを見てみる。白崎と佳奈すけ、小太刀に嬉野さん。  桜庭に佳奈すけ、それとこれは……確か猫写真部の部長さんだったな。 「今回私だけ、描き下ろしが無いんです!」 「……は?」 「絶対におかしいです!」  えっと、要するに御園の描き下ろしが無い事がおかしいってことで、いいのか? 「千莉、でもほら、ここに映ってるじゃない」 「コレは描き下ろしじゃないですし、こっちは水結がメインです、っていうか佳奈は  出番多すぎる」 「え、っと、それはたぶん、品乳の時代が来たからだと思うよ?」 「それだと猫写真部の朔夜さんがいないとおかしい」 「う……」  御園の剣幕というか迫力に佳奈すけは下がっていった。 「白崎、この状況を……」  思わず白崎の胸を見て、説得の材料が何処にも無い事に俺は気づいた。 「やっぱりいいや」 「私頼られてない!?」 「筧、白崎をいじめるな」 「別にいじめてなんかいないぞ、というか桜庭ならどうにかできるのか?」 「やってみよう」  桜庭は御園の説得に入る。 「なぁ、御園。描き下ろしの特典に出演するということはだな、結構恥ずかしい  思いもすることになるんだぞ?」 「知っています、前回そうでしたから」 「そ、そうか……でも、恥ずかしい思いをしなくていいならしないでも良いと  思わないか?」 「それは……そうかもしれないです」 「そうだろう?」  なんとか話がまとまりそうな雰囲気になった。 「でも、私は筧先輩に見て欲しかったんです」  けど、御園の爆弾発言で収束するどころか爆発した。 「そ、そういうことならしかたが無いな。その思いわからないでも無いからな」 「桜庭……」  桜庭の説得、失敗。 「お姉さま、私たちは弥生シスターズとして筧さんに見てもらいましょうね」 「うん♪」  佳奈すけ、白崎は勝手に盛り上がってきていた。 「ばっかじゃないの?」 「姐さん、そのネタは抱き枕で終わってますよ?」 「別に、ネタじゃ無いわよ、まな板」 「姐さんって意外に持ちネタ少ないんですね」 「ごめんね〜、持ちネタ少なくて、でも胸は大きいけどね」 「それは関係無いです!」  そんなやりとりを俺は離れた場所でただ見守ってた訳じゃ無い。  少しずつ、少しずつ出口に移動してきたのだ。  もうここからなら見つかっても誰にも止められない、決行するなら今がチャンスだ。  その一歩を踏み出そうとしたその瞬間。 「ぉぅぃぇ〜」  デブ猫に進路を阻まれた。 「こら、邪魔するな!」 「筧先輩、何処に行くつもりですか?」 「はっ」  御園に見つかってしまった。 「筧先輩、もう特典の話は辞めますからお願いを聞いてくれませんか?」 「何をどうすればそういう展開になるのかわからないんだが……」 「私だけ描き下ろしが無いのなら……誰にも見られない場所で筧先輩だけに見て  もらえれば良いと思いませんか?」 「だから、どう思考すればそういう考え方になるんだよ?」 「それなら私にも同じ資格はあるわね」  突然部屋に入ってきたのは望月さんだった。 「そうですね、私も筧さんに見てもらえる訳ですよね?」 「芹沢まで……」 「わたしは皆さんのその姿を後ろからゆっくり記……見させてもらいますね」 「今さらっと危険な発言しませんでしたか?」 「はい? 何のことでしょうか?」  嬉野さんの笑顔が怖かった。 「筧先輩。まずはウオーミングアップに走りませんか?」 「だから、どこからどうなればそういう展開になるんだ?」 「がんばって私についてきてくださいね、その後に……私だけの特典を  見せてあげますね」
1月12日 ・大図書館の羊飼いSSS?”絶対におかしいです” 「絶対におかしいです!」 「ん?」  図書部の部室の前まで来たとき、中から大きな声が聞こえた。 「声が大きいぞ、静かにしないとまた小太刀が来るぞ?」 「もう来てるわよ」  扉を開けて注意をしたが、すでに手遅れで小太刀が部屋の中にいた。 「……?」  部屋の中の雰囲気がおかしい。 「いったい何があったんだ?」 「筧さん、聞いてください!!」 「わかったから声の大きさを落とせ」 「で、どうしたんだ?」 「これですよ、筧さん」  佳奈すけが見せてきたのは印刷されたと思われるプリントされたものだった。 「……フィギュア?」 「フィギュア化は構わないんです、でもこの説明を見てください!!」 「なになに……控えめの胸も誇張することなく残念再現されて」 「何ですか、この説明は!!」  俺は怒ってる佳奈すけを見て、そして少し視線を落としみる。 「……いや、何も間違えてないだろう?」 「ちょ、筧さんまで!?」 「白崎、この状況どうにかならないのか?」  なんだか展開がぐだぐだしてきたのでカリスマ部長に助けを求めることにした。 「……」 「白崎?」 「え、ひゃぁっ!」  白崎が驚きの声を上げる、どうやた佳奈すけがプリントした紙を見ていたようだ。 「何か気になることでもあったのか?」 「あ、筧くん、だめ」  白崎が慌ててプリントを俺の手から奪うが、その前に見えた文字が目に焼き付いていた。 「……パレオをつけた魅力的な水着姿を」 「恥ずかしいよぉ」 「いや、問題無い!」 「玉藻ちゃん?」 「うちの部長は何処に出しても恥ずかしくない、私が保証する!」 「で、桜庭はこのフィギュアは買うのか」 「当たり前だ、このすばらしい胸を買わない訳がないだろう!!」 「玉藻ちゃん……」 「そうです、お姉さまはまだ良いじゃないですか!」 「佳奈ちゃん……」 「佳奈」  今まで会話に加わってなかった御園が助け船をだしてきた。 「フィギュアが発表されただけ良いじゃないですか、私と桜庭先輩はまだなんですよ?」 「……」  助け船ではなかった。 「でも、知ってます? 真の主役は最後に登場だって言うことを」  そう言って笑う御園……なんか雰囲気が怖いんですけど。 「あ、そういえばこんな話聞いたことあるわ」  小太刀が突然語り出した。 「とある学園のメインヒロインが同じようにフィギュア化されたんだって、制服で全員、  水着で全員。  でね、一人だけ特別枠でフィギュア化されたのよ」 「すごいですね、その人がメインヒロインなんですか?」  佳奈すけの言葉に小太刀は微笑みながら話を続ける。 「それがねぇ、そのヒロインは人気投票でメインの中で最下位だったのよ」  その言葉に御園が鋭く息をのむ。 「そしてね、その子は賑やかし系なのよね〜まるでどこかのまな板と一緒よね」 「へ、へぇ……それでその後はどうなったんですか?」 「それで終わり」 「え?」 「最新作じゃないって騒いでたみたいだけど、作品展開が終わったからそれで終わり」 「……」 「つまり、最後に出たからって報われる訳じゃ無いのよね〜、それどころか打ち切りで  でない場合もあるんだし」 「だ、だいじょうぶだ御園、このメーカーはシリーズはちゃんと最後まで出すから大丈夫だ!」  桜庭の言葉はまるで自分自身へ言い聞かせてるようにも聞こえた。 「もし私まで出番回ってこなかったどうなるかわかってるんでしょうね、このメーカーさん♪」 「そうね、生徒会を敵に回したらどうなるか教えてあげようかしら」 「私は声が出る仕様で販売してほしいです」 「嬉野さんに望月さん、芹沢さんまで……」  突然現れた3人を見て、俺は収拾がつかなくなったことに気づいた。  こういうときはどこかで本を読むに限る、俺はそっと部屋から出ることにした。 「ねぇ、筧」 「げっ」  小太刀に見つかった。 「逃げる前に聞きたいんだけどさ、私のは一番最初に出るんだけど、もちろん買うわよね?」 「筧くん、私のも恥ずかしいけど……買ってくれるんだよね?」 「残念じゃない私のも、もちろんですよね?」  ここで買わないという選択肢は……無いんだろうな。 「筧、私のはまだ発表されてないけど、そのだな……」 「筧先輩、私の水着姿を褒めてくれましたよね、ということはもちろん、  そういうことですよね?」 「……」 「まずはメーカーにメールで脅……嘆願しましょう」 「今不穏な言葉が聞こえた気がするけど今日は聞かなかったことにするわ」 「私は事務所を通してみますね」 「筧くん!」 「筧!」 「筧さん!」 「筧先輩!」 「筧!」 「もう勘弁してくれ」
1月11日 ・sincerely yours your diary short story「朝霧家の伝統」 「いい、達哉はここに座ってて」 「ソファじゃ駄目なのか?」 「だーめ、ここに座っててね」  シンシアに勧められた席はいつもくつろぐリビングのソファではなく  ダイニングにある食事の時に使うテーブルにある椅子だった。  それもいつも座る席でもない。  シンシアが勧めるのだから何か意味があるのだろうけど…… 「シンシア、お手柔らかに頼むよ」 「あら、達哉は私をどういう目で見てるのかしら?」  俺はシンシアの目をじっと見つめる。 「……ぽっ」  シンシアの顔が真っ赤になった。 「そんな熱い視線で見つめられるなんて……」 「シンシアがそういう風にするときはたいてい何かをごまかす時なんだよな」 「なんのことかしらね?」  そう言いつつも思いっきり顔を背けてる。 「はぁ……」  まぁ、シンシアが何かを仕掛けてそれが悪い方向に転がることは滅多に無い。  せいぜい、リリアがその被害を受けるだけなのだけど、それが後々面倒なことに  なることが多いのも事実だった。 「お母さん!!」  リビングの外、吹き抜けになってる玄関の上の方からリリアの声が聞こえた。 「いい、達哉はここに座ってお茶を飲んでればいいんだからね?」  そう言うとシンシアはリビングの方へと向かう。 「……そう言うならお茶くらい用意しておいてくれても良いと思うんだけどな」  しかたが無く俺は冷蔵庫から麦茶を出してカップに注いだ。 「お母さん、これどういうことなの!?」  そう言いながらリビングに来たリリアは……  少し変わった巫女服っぽい和服を着ていた。 「どうもうこうも、今年の鏡開きの衣装よ? それよりも腰の結び目が曲がってるわよ」 「そうじゃなくって、どう考えても変でしょう!?」 「こんなに背中あいてるし……」 「あら、可愛くて良いじゃない。肌を出せるのは若いうちだけなのよ?」 「だからってなんで前もこんなに開いてるのよ!」  確かに普通の巫女服と比べて露出が高すぎる。もう少しで見えてしまいそうなくらい。 「なんだかんだ言いながら、ちゃんと着てくれるリリアちゃん、可愛い♪」 「そ、それはお母さんが作ってくれたお洋服だし、伝統行事には必要だし……」  伝統行事? そういえば俺の目の前に用意されてる鏡餅が、今日が何の日だか  教えてくれていた。 「こんな服装じゃ恥ずかしくてお父さんの前に出られないよ」 「くすっ、リリア」 「何よ」 「ダイニングにいるの、だーれだ?」 「え?」  そこでリリアは初めて俺の存在に気づいたようだ。 「お、お父さん!?」 「や、やぁ……」 「……」 「その、リリア。ちょっと派手だけど結構似合ってると思うぞ」 「……」 「リリア?」   「やだ、恥ずかしいから見ないで!! お父さんのえっち!!」  そう言うとリリアは部屋から逃げていった。 「……シンシア」 「やだ、達哉ったらそんな怖い声だして」 「あんまりリリアをからかわないでくれ」  その被害はたいてい俺にも関わってくる。 「それは無理ね」 「言い切った?」 「だってぇ、リリアちゃんの照れてる顔とか仕草とか可愛いんだもん♪」 「いや、可愛いのはわかるけどほどほどにしてくれよ」 「前向きに善処するわ」  まるで善処しないと言ってるような気がする。 「お父さん……」 「リリア?」  リビングの扉の所からリリアが顔だけ出している。 「着替えてきたか?」 「え?」  俺の問いにリリアは不思議そうな顔をする。 「恥ずかしいんだから仕方が無いだろう? それよりも部屋に入っておいで」 「……うん」  入ってきたリリアはさっきと同じ格好だった。   「あら? なんで着替えてこなかったのかしら?」  シンシアがにやにやしながらそう聞いてくる。 「……だって、お父さんが可愛いって言ってくれた、お母さんが作ってくれた服だから」 「っ!」  その言葉にシンシアは声にならない声をあげ、リリアを抱きしめた。 「もぅ、リリアったら可愛すぎ!! 抱きしめたくなっちゃう!!」 「もう抱きしめてるってば、お母さん離れて!」 「照れてるリリアちゃん可愛い!!」 「照れてないから!!」  母と娘のほほえましいスキンシップを見ながら、俺はお茶を飲んだ。 「お父さん、お茶飲んでないで助けて!!」 「ところでさ、さっきリリアが言ってた伝統ってなんだ?」 「え?」  俺の質問にリリアがきょとんとした声をあげた。 「朝霧家の伝統じゃないの?」 「何の話だ?」 「お母さんに聞いたんだけどね、朝霧家は年の行事にはその行事に関わる衣装をきて  執り行うって言う話を……」  リリアが口を紡ぐ。それと同時にリリアが思いついた結論と同じ事を俺も思った。 「確かに正月の時に巫女服を着たとか、それってマルグリット家の作法か何かと  思ってたんだけどさ……シンシア?」 「やぁね、コレは朝霧家の伝統よ?」 「俺は知らないぞ?」 「そりゃそうよ、今から500年後の朝霧家では伝統になってるんだから」 「お母さん、一応聞くけど、誰が最初にその伝統を始めたの?」 「もちろん、私とリリアよ♪」 「……」 「ほら、それよりも鏡開きしないとお汁粉食べれないわよ? 早く、ね♪」 「……リリア、とりあえず鏡餅を割ろうか」 「うん、お母さんに問い詰めるのは食後でも良いんだよね?」 「あぁ、俺が許可する」 「ちょ、達哉にリリア? 何怖い事いってるの!?」 「自業自得だろう……」  そうシンシアに言いながらも、俺は笑っていた。 「お父さん?」 「あ、いや、なんでもない。楽しい伝統だなって思っただけだから」 「お父さんまで!?」  リリアが恥ずかしがるような展開は毎回は困るけど、こういう楽しい行事になるのなら  伝統になっても良いんじゃ無いかな、と俺は思った。 「それじゃぁお餅割るね」  そう言ってリリアはとんかちを振り上げて 「せーのっ!」  鏡餅の上に振り下ろす。  固い音とともに鏡餅にひびが入り、少し餅が欠けた。 「うぅ……」  突然シンシアがハンカチを目元に当てて涙を拭く仕草をする。 「シンシア、どうしたんだ?」 「手を振り上げて下ろす動作をしても胸が全く揺れないリリアの将来を案じてしまって……」 「なっ!?」 「将来育つのかどうか心配なのよ、あー、でも今は品乳っていうジャンルもあるから  それはそれでいいのかな?」 「お母さんっ!」  リリアが顔を真っ赤にして怒る。そんなリリアには悪いけど、やっぱりこういう日常も  悪くないな、と改めて俺は思った。
1月5日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「伝統」 「こんばんは、達哉さん」 「カレンさん、こんな夜遅くにどうされたんですか?」  夜遅くに訪ねてきたのはカレンさんだった。 「もしかして姉さんが酔っ払った……いや、今日は仕事で帰れないって  言ってたっけ」 「さやかはそういうふうに思われてるのですね」 「あ……」  失言だった。 「カレンさん、内緒にしておいてくれませんか?」 「えぇ、わかりました」  カレンさんがいつもと違う微笑みを浮かべる。 「それでカレンさん、今夜はどうして家に? 知っての通りお姉ちゃんは  博物館ですけど」 「いえ、さやかにも関係ありますが今日は麻衣さんに用事があって参りました」 「え? 私に?」  いったい何の話だろう? 「玄関ではなんですから、中へどうぞ」 「はい、それでは失礼いたします」 「お茶をどうぞ」 「ありがとうございます」  お茶を飲んだカレンさんは今日来た用件を話し始めた。 「実はフィーナ様からお荷物をお預かりしています」 「フィーナから?」 「はい、その荷物を届けに参りました」  そういえばカレンさんは少し大きな紙袋を持ってたっけ。 「はい、麻衣さん」 「ありがとうございます」  麻衣は受け取った紙袋の中身が気になるようだけど、お客様がいる前で開けようとは  しなかった。 「それでは確かにお渡ししましたので、私はこれで失礼いたします」 「え? 用事ってこれだけですか?」 「はい、フィーナ様からのお荷物をご家族にお届けする、急を要する大事な用事ですから」  カレンさんはそう答えてくれた。 「ありがとうございます」  俺の礼にカレンさんは優しい微笑みを浮かべた。 「いえ、それでは失礼いたします」  カレンさんが帰った後リビングで紙袋の中身を取り出すことにした。 「あ、手紙が入ってるみたいだよ」 「麻衣が読んでみて」 「いいの?」 「今回は麻衣と姉さん宛らしいからな、読んでみて問題無ければ内容を教えてくれればいい」 「うん」  綺麗に封がされている封筒を開けて麻衣は手紙を読み始めた。 「あは、あはははは……」 「麻衣?」 「ねぇ、お兄ちゃん。前のお正月の時の事覚えてる?」 「前って?」 「ほら、フィーナさんが地球の伝統にならって、巫女さんになった時のお正月のこと」 「……」  思い出す、去年ではなく少し前の話だったと思うが、フィーナは正月に地球に来た時に  地球の伝統でもある、巫女装束を着たことがあった。  そのとき、刀を使った巫女舞を舞った。  その様子は一般にはニュースでしか公開されていない。が、月に変える前に家に寄った際  そのときの様子を撮影したVTRを見せてもらった事があった。 「そのとき私が格好良いって言ったの覚えてる?」 「そういえばそんなこと言ってたな、着て見て舞ってみたいっていう事も離してたっけ」 「うん、でも舞うのは無理かなって笑い話で終わったと思ったんだけど……」  そう言うと麻衣は紙袋の中の封を切る。 「フィーナさん、わざわざ仕立てて送ってくれたみたい」  そう言って取り出した洋服、いや、和服というべきだろう。  それは間違いなく巫女の着る装束だった。 「……確かに笑うしかないな、これは」  仕立てられた巫女服は赤いものが2着、男の宮司が着るタイプの薄い青のものが1着。 「わざわざ俺の分まであるのか」  フィーナはこういう所でも手を抜かないんだよなぁ。 「ねぇ、せっかくだから着て見ない? それでフィーナさんに写真を送ろうよ」 「それは良い案だな……って、俺も着替えるのか?」 「うん、せっかくお兄ちゃんの分もあるんだから、ね?」  上目遣いで見上げてくる麻衣のお願いに俺は断る術を持っていない。 「……わかった」 「ありがとう、じゃぁ着替えてくるね」 「宮司の衣装って意外に着づらいな……」  もとより着方を知ってる訳じゃ無いのでなんとなく着て見ることにした。 「……合わせ目は間違ってないと思うし、これでいいか」  俺は部屋から出てリビングへと向かった。 「あ、お兄ちゃん」 「おまたせ、麻衣……ってなんでスカート短いんだ?」 「よくわからないけど私のは短いタイプみたいだね」  巫女服にミニなんてあるのか? 「お兄ちゃんの宮司さん、すっごく似合ってて格好良いよ」 「そうか? 麻衣はお世辞が上手いな」 「本当だよ、お兄ちゃん」 「わかったわかった、でも俺は自分の格好より麻衣の方が可愛く似合ってていいと  思うぞ」 「え? あ、ありがと……」 「そうだ、お兄ちゃんの写真とってあげる」 「俺は別に良いよ」 「駄目だよお兄ちゃん。せっかくフィーナさんが送ってくれたんだから、ね?」 「そう言われると断れないな」 「はい、それじゃぁ写真撮るからね」 「俺は立ってるだけでいいのか?」 「うーん……そうだ!」  麻衣は机の上にカメラを置いて、そのままファインダーを覗く。 「……これでいいかな、それじゃぁ試してみるね」  そう言うとカメラのシャッターを押す。 「麻衣?」  いきなりシャッターを切られたけどカメラから撮影の音は聞こえない。 「お兄ちゃん!」  麻衣が小走りで俺に駆け寄って、そして腕に抱きついた。 「ま、麻衣!?」 「ほら、カメラを見て!」  その瞬間、シャッターを切る撮影の音が聞こえた。 「タイマーならそう言ってくれよ、心の準備が出来なかったじゃないか」 「その代わり、面白い写真撮れたよ、ほら」  撮影された写真は、麻衣が俺の腕に抱きついて笑っていて、俺は慌てた顔をしていた。 「取り直さないか?」 「いいよ、でもこの写真もフィーナさんに送るからね?」 「……勘弁してくれ」 「ふぅ、面白かったね」 「最初の1枚がなければ、な」  あの後タイマーを使って二人で撮ったりお互いで撮影してみたりした。  その途中に気が着いた事があった。 「お姉ちゃんの写真も撮らないとだめだよね?」 「そういえばそうだな、でも姉さんの暇な時間ってあるんだろうか?」 「お正月休みも終わっちゃったんだよね」  この週末を過ぎれば正月は終わりになる。  もっとも、博物館が正月休みであるからこそ展示物の整備等で姉さんはほとんど出勤  してたけど。 「ねぇ、お兄ちゃん」 「ん?」  麻衣はソファの上で足を組んでいる。  ミニスカートの中の、ニーソックスに包まれた綺麗な足が丸見えだった。 「……」  気のせいだろうか、ニーソックスの先にあるべきものが内容に見える。 「そういえばお兄ちゃん、今年はまだだったね」  麻衣は俺の正面に向き直って、同じように足を組む。  計算されたかのように、袴の中は見えない。  不意に、さっき腕に抱きつかれたときの感触を思い出した。その感触は柔らかいの  一言に尽きる、まるで布の下は何も無いかのような…… 「前にお兄ちゃん、言ってくれたよね。お兄ちゃんのは麻衣のためのモノだって」 「……あぁ」 「私も言ったよね、お兄ちゃんのモノだって」 「……」  まだ止められる段階にいる、けど止める必要なんて何処にあるんだろうか?  姉さんは仕事で帰ってこれない。  麻衣が可愛い格好で誘っている。 「お兄ちゃん……姫始め、しよ?」  俺は答えを言わず、そのまま麻衣を抱きしめキスをした……
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