思いつきSSログ保管庫
*このページに直接来られた方へ、TOPページはこちらです。

雑記掲載SS保管庫 2013年第2期 6月19日 FORTUNE ARTERIAL SSS”幻のウサギな議事録” 6月17日 sincerely yours your diary short story「幸せの願い」 6月16日 大図書館の羊飼い sideshortstory「約束の証」 6月12日 sincerely yours your diary short story「幸せのありか」 6月8日 FORTUNE ARTERIAL SSS”甘え、甘えられ” 5月27日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「寂しいうさぎさん」 5月25日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”週末の長い夜” 5月20日 大図書館の羊飼い sideshortstory「お礼のお礼」 5月14日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”ストレッチ” 5月12日 sincerely yours your diary short story「母の日の抵抗」 5月7日 大図書館の羊飼いSSS”かごめかごめ” 4月30日 大図書館の羊飼いSSS”仕事も恋も一直線” 4月27日 大図書館の羊飼いSSS”別れ話” 4月20日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”ケーキの罰” 4月7日 穢翼のユースティア SSS”雨” 4月7日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”雨” 4月7日 FORTUNE ARTERIAL SSS”雨” 4月7日 大図書館の羊飼い SSS”雨”
6月19日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”幻のウサギな議事録”  梅雨にはいってじめじめと蒸し暑いこの時期でも生徒会の業務はいつも通りに  行われる。 「それじゃぁ会議を始めましょう……」   「何の会議だったっけ?」 「要望目安箱だ」 「……って、なんで誰もツッコミ無しなのよ!!」 「あ、やっぱり瑛里華の姿がおかしいのは目の錯覚じゃなかったんだ」 「孝平!!」 「瑛里華、そうカリカリするな。せっかく涼しい格好なのに暑くなるだろう」 「兄さん、なんで私がこんな格好で議事を進行させないといけないのよ!」 「そりゃ、要望があったからだよ。堅っ苦しい学園行事の進行役にはバニーさんが  良いと思います、って。だから文化祭の時の衣装を俺がわざわざ探して来たわけさ」 「どうせその要望も兄さんが書いたんじゃないの?」 「残念ながら伊織の筆跡ではなかった」 「征一郎さんがそう言うのなら間違いないわね」 「……」  何か言いたそうな会長だったが、結局何も言わなかった。 「それよりも東儀先輩、会長の暴走を止めなくて良いんですか?」 「あぁ、本当に一般生徒からの要望なのだからな、試すことは悪くない」 「いいのかなぁ征、そんなこと言っても」 「……」 「お待たせしました」  そのときドアが開いた.  入ってきたのは白いバニースーツに身を包んだ白ちゃんだった。 「ブラボーっ! さすがは白ちゃん、その名の通りにしろうさぎが良く似合ってるよ!」 「ありがとうございます、伊織先輩」  そう言いながらもちらり、と東儀先輩の方を見る白ちゃん。 「ほら、征。ちゃんと感想言ってあげないとだめだぞ?」 「……その、白。似合ってると思う」 「ありがとうございます、兄様!」   「何かしらね、私被害者なのに蚊帳の外って感じよね」 「まぁまぁ、瑛里華も似合ってるから大丈夫だって」 「……一応ありがとうと言っておくわ。それよりも会議を始めるわよ!!」    それから会議は何事も無く進んでいった。  瑛里華と白ちゃんがバニースーツで居ることを除けば…… 「支倉先輩、お茶が入りました」 「あ、ありがとう」  バニースーツの白ちゃんが冷茶を入れてくれた、いつもと同じ仕草なのに格好が  違うだけでこうも印象が変わってくるもんだな。 「あの……もしかして、私の格好、変ですか?」 「いや、変じゃないよ、可愛過ぎるくらいだと思うよ」 「っ! あ、ありがとうございます!!」  そういうと白ちゃんは給湯室の方へと走って行ってしまった。 「おーおー、支倉君は天然ジゴロだねぇ、怖いお兄様が黙っていないよ?」 「そういう訳じゃ無いですって、可愛いのは間違ってないですからね、東儀先輩」 「う、うむ……」 「ほほぉ、征のコントロールもマスターしつつあるとは、さすが支倉君だね!」  いや、そういう訳じゃ無いと思うんですけど、と心の中で突っ込んでおく。 「そういえば、何か物足りないと思ってたんだけどさ」  会議の途中に会長が不穏な発言をし始めた。 「伊織、脱線するな」 「いやぁ、気になったら解決するまで集中できないだろう? というわけで  足りないことを考えた俺はすぐにその原因に気づいたのだよ」 「早いですね」  俺は呆れながら相づちをいれる。 「瑛里華、ちょっとこっち来てくれないか?」 「何よ、兄さん」  そう言いながらも瑛里華は会長のところへと行く。 「腰に手を当ててポーズをとってくれないか?」 「なんでそんなことする必要あるのよ?」 「足りないものを検証するためさ、ほら、早く!」 「もぅ……こう?」 「ここでこれを投入だ!!」  瑛里華が腰に手を当てた瞬間、会長は瑛里華の胸元に小さなイチゴのぬいぐるみを  置いた。 「え!?」  そのあまりの素早さに瑛里華はなすがままだった。  赤いバニーの瑛里華の胸元に赤いイチゴのぬいぐるみ。 「そうだよ、やっぱりバニーの胸元にはこういう小物を挟まないと!」 「……兄さん、お星様になる準備はよろしいかしら?」 「まてまてまてまて、まだ会議は終わってないだろう?、そうだろう、支倉君!」  必死にごまかそうとする会長に、俺はふと気になったことを聞くことにした。 「そういえば、バニースーツでの進行って女性に限りますよね」 「もちろんだよ、俺たちがレオタード着たら犯罪じゃないか」 「確かにそうですけど、うさぎの着ぐるみとかなら着れますよね」 「あ、それは可愛いと思います」  白ちゃんが賛同してくれた、でもやっぱり俺には似合わないと思う。 「全員うさぎさんで会議を進行するなんて……語尾はぴょんが良いと思います」 「あのね、白。それじゃぁ前の時と同じでしょ?」  以前行われた議事録ではバニーではなく水着だったっけ…… 「そうそう、可愛いうさぎさんは昔から女の子の特権なんだよ、なぁ、征」 「……」  肯定も否定もしなかったのは……理由を考えないでおこう。 「でも、バニーの件以外はみんな真面目に投書してくれてますね」 「そりゃそうよ、今回は会議にかける前に明らかにふざけた投書は捨ててるもの」 「じゃぁなんでバニーで議事進行して欲しいなんて投書、抜かなかったんだ?」 「……」    瑛里華は何か考え込んだようだ。 「あーーーーっ!! 兄さん!!」 「な、何かな?」 「兄さんの筆跡じゃなくても誰かに頼めば投書出来るわよね!!」 「あ」  今更ながら、今回の黒幕が発覚した瞬間だった。 「ちょ、ちょっとまて、俺が犯人だって証拠はないだろう? それに会議は  ちゃんと進行したのだし、なぁ、征?」 「兄様、ごめんなさい。私の胸では挟めません……うさぎさん失格です」 「ちょ、白ちゃんこのタイミングでさっきのネタ持ってくるか!?」 「伊織……」 「兄さん……」  東儀先輩と瑛里華に追い詰められていく会長。  俺はそっと椅子から立ち上がった、そして…… 「支倉君は俺の味方なんだね、頼もしいよ!」  そういう会長を追い越して、窓を全開にする。 「え?」 「瑛里華、良いぞ」 「ありがと、孝平♪」 「ちょ!?」 「お星様になれーーーーーーーーっ!!」 「あーーれーーーー!」  瑛里華のかけ声と会長の悲鳴が、監督生室の中に響き渡った。  「悪は滅びたわ」  すっきりとした顔をした瑛里華だった。 「あの程度で滅びれば苦労は無い」 「それもそうよね」 「……」  二人にとって会長の扱いってこんなものなんだよな。   「さぁ、孝平、白、征一郎さん。ふざけてない要望、まとめちゃいましょう!」  こうして要望目安箱に関する会議は会長の途中退場のまま無事終わった。  幸いにしてバニー姿以外の要望はちゃんとした要望だったので時間の無駄には  ならなかったのだが、瑛里華と白ちゃんは最後までバニー姿だった。 「たまには、こういう日があってもいいのよね、孝平」 「そうだな」 「じゃぁ、今度は孝平のウサギの着ぐるみの番ね」 「……夏は勘弁してくれ」 「そうね、真夏は兄さんに来てもらいましょう。征一郎さん、どう思う?」 「許可する」 「ありがと、それじゃぁ手配しておくわね」  後日ウサギの着ぐるみをきて学園内に現れて風船を配ってる会長を目撃した。  女生徒が集まって嬉しそうに風船をもらってるのを見て…… 「今日も平和だなぁ」  そう、思うことにした。
6月17日 ・sincerely yours your diary short story「幸せの願い」 「おや、朝霧教授。どうかされたんですか?」 「いや、なんでもないですよ」 「そうですか、では……」  手に持っていたカードを懐に大事にしまいながら、でも、またそれを取り出して  しまいそうになる。 「お父さんのお願いを叶える券、か……」  一枚しかないこのカード、父の日にリリアからもらったものだった。 「お父さん、父の日のプレゼント作ったの。もらって……くれる?」 「もちろんだよ、ありがとうリリア」  リリアから小さな包みをもらった。 「あら、本当にカード作ったのね〜」 「なによ、お母さんがけしかけたんじゃない。あ、お父さん!」 「ん?」 「最初に言っておくけど、嫌だったわけじゃないからね」 「あ、あぁ」 「そ、それじゃぁ使う前にちゃんと説明読んでおいてね!」  そう言うとリリアはリビングから逃げるように出て行った。 「あらあら、恥ずかしがっちゃって、可愛いわね〜、って達哉?」 「……ん?」 「何ぼーっとしてるの?」  シンシアからはぼーっとしてるようにみえたのか。 「なんかさ、感動してるんだよ。父親っていいなぁって」 「そうね……リリアは親思いの良い子よね。私たちの自慢の娘よね」  ガタッ!  そのとき玄関の方から大きな音がした。 「何か落ちたのかな?」 「そうね〜、そういう意味ではツンがデレたっていうのかしらね」 「??}  シンシアの言ってる意味がいまいちわからなかった。 「ねぇ、達哉のカード見せてよ」 「構わないけど、まず俺が見てからだ」 「いいわよ」  俺はリリアからもらった包みを丁寧に開けた。  そこにはカードが一枚だけ入っていた。 「あら、一枚だけなの?」 「そのようだな」 「私の時はたくさん入ってたんだけどね」 「……」  そう比べられるとちょっと残念になってくる。  けど、リリアが小さい頃に一生懸命母親の事を考えて作ってくれた券と  今のリリアが父親のために作ってくれた券では、たぶん意味が違うと思う。  リリアの年代の女の子が父親の言うことを何でも聞くだなんて、普通の家庭なら  あり得ないと思う、それなのにリリアはちゃんとカードをプレゼントしてくれた。 「それだけで満足さ」 「そう? 一枚で満足なんて達哉は欲が無いわね」 「まぁな」  俺はカードを改めて手に取ってみた。 「お父さんのお願いを叶える券」  そう、カードには書かれていた。  俺の願いか……一回だけリリアに叶えてもらうなら何を願うんだろうか? 「ねぇ、達哉。そのカードの裏に何か書いてあるようだけど」 「どれどれ?」  俺は裏側を見た。そこには細かい注意事項が書かれていた。 「……」 「リリアも考えてるわね、さすがにあれだけ痛い目に遭っただけのことはあるわね♪」  シンシアは苦笑いを浮かべていた。  俺はとりあえず注意事項を読むことにした。 ・叶えてあげるお願いは娘が出来る範囲に限ります。 「そりゃそうだよな」 「でもそれならカードを増やすこともできそうね」 「さすがにそれは考えてあるよ、ほら」 ・願いを増やす、カードを増やす事は出来ません。 「あらら」 「これってシンシアのせいじゃないのか?」 「何のことかしらね?」 ・えっちなことは叶いません。 「……」 「リリアもお年頃ですものね、達哉」 「俺って信用ないのかなぁ……」 「恥ずかしがってるだけよ、きっと」 ・お母さんのお願いを叶える券を使ったお母さんの無茶なお願いに対してのみ  カードを消費せず、その願いをキャンセル出来ます。 「……なんですとっ!?」  シンシアが驚きの声をあげる。 「私のカードに対してのカウンターカードになってる!?」 「……確かに、リリアは良く考えてるよな」  思わず大笑いしてしまった。 「笑い事じゃないわよ、これじゃぁ私の券が有効に使えないじゃない!」 「かもな」 「私、リリアに抗議してくる!」  そう言うとシンシアもリビングを出て行った。 「なんだか上手く利用された気しないでもないな」  でも、こういうプレゼントをもらったことがないから、とても嬉しかった。 「……願い、か」  リリアが叶えてくれる願い、俺はすぐに思いついて…… 「それは違うのかもしれないな」  だって、俺の願いはシンシアとリリアと幸せに暮らすこと、だから。 「このカードの本来の使い方をするしか無いな」  シンシアの券のカウンターカードとして使うことにしよう。  でも、いつか、近い将来か遠い未来かはわからないけど、リリアは女の子だ。  誰かのところに嫁ぐ時がくるだろう。  そのときにこのカードを使おう、幸せになって、という俺の願いのために。 --- ・sincerely yours your diary short story「幸せの願い」おまけ 「もう、リリアったらいぢわるなんだから」  ちょっとだけ拗ねて、でも嬉しそうにシンシアは愚痴る。 「いいじゃないか、シンシアが無茶なお願いしなければリリアは叶えて  くれるんだろう?」  それは、シンシアが幼いリリアから母の日にもらったプレゼントの  ”お願いを叶える券” 「それじゃぁリリアの可愛い姿がみれないじゃない」 「困らせて可愛いだなんて……」 「あら、達哉はリリアのそういう姿を可愛く思わないの?」 「意地悪い質問しないでくれよ」  確かにちょっと困ってるリリアは可愛いと思う、でもそれを口に出せば間違いなく  リリアが機嫌を損ねてしまうだろう。 「まぁ、俺がこのカードを使うような事態にならなければいいだけだろう」  俺が父の日にもらった”お父さんの願いを叶える券”は1枚しかないけど、  シンシアの”お願いを叶える券”での無茶なお願いを取り消すときだけ、  カードを消費せず使う事が出来るものだった。 「ねぇ、達哉」 「ん?」 「もし、私がリリアにお願いをしてもらうときに、リリアが達哉にそのカードを使う  ように頼んできたとしたら、どうする?」  考えてみる…… 「無茶な願いじゃなければ使う必要は無いだろう?」 「でも、そのときリリアがお願いしてきたら、達哉は断れる?」   「お父さん、お願い……」 「……」 「た〜つ〜や〜?」 「無理、かも」  リリアにお願いされて断る自信が全く無かった。 「はぁ、リリアったら本当に策士よね〜、誰に似たのかしら」  間違いなく母親であるシンシアだろう、とは口に出しては言わなかった。
6月16日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「約束の証」 「大雨だな」 「大雨ですね」  目が覚めたとき薄暗かったし、音がしたからすぐにわかったけど、それでも  カーテンを開けたらもしかしたら? って思った。  でも、現実ってこんなもんだよね…… 「あーあ、せっかく筧さんに予定をあけておいてって言われて期待してたのに」  そう、今日は筧さんに予定をあけておいてと頼まれた日だった。  頼まれた6月16日はの誕生日、嫌でも期待しちゃってたのだけど。 「大雨じゃお出かけ出来ないですね」 「そうでもないぞ?」 「筧さん?」 「ちょっと大雨は厳しいけど、予定通り出かけるぞ」 「え、こんな雨じゃムリですって」 「だいじょうぶだ、佳奈は水がしたっていい女になるだけだから」 「それなら筧さんは水がしたたるいい男になるんですか?」 「俺は大してかわらないさ」  そうかなぁ、筧さんならすごくいい男になると思うんだけど。  大雨の中でかけた先は図書館の図書部の部室だった。  そこで待っていたのは図書部のみんな。 「ハッピーバースデー!」  部室に入った瞬間鳴り響くクラッカーとみんなの声にちょっとうるっときたのは  ごまかせたかな? 「あんまり派手にすると怖い図書委員に文句言われるぞ?」 「大丈夫だよ筧くん、小太刀さんもほら」  確かに姐さんも部屋の中にいた。 「特別サービスでうるさいのは最初だけ許してあげる、でもそれ以降は静かにしてよね」 「検討する」 「検討じゃなくて実行しなさいよ!」  そんな高峰さんと姐さんとのやりとりから私の誕生会が始まった。 「まさかこんなサプライズがあったなんて」  雨上がりの帰り道、私は筧さんに感謝していた。 「ここだけの話だけどな、誕生日パーティーの発案者は御園なんだ」 「え、千莉がですか?」 「あぁ、でも俺に遠慮してたらしくて最後まで悩んでたみたいだな」  筧さんに遠慮って……もしかして千莉は私たち二人きりにしてくれるために? 「俺も二人っきりで祝いたかったのもあるけどさ、今の俺たちがあるのは図書部の  みんなのおかげだろう? だからみんなで祝うのが良いと思ったんだ」 「そうですね、私たちが結ばれたのも図書部のおかげですからね」  停留所でゴミ拾いしてる筧さんと出会ったときの事を思い出す。 「図書部なのにゴミ拾いだなんて、面白いことしてるなぁって思いましたよ」 「それもそうだな」  二人で笑いあう。 「なぁ、佳奈。まだ時間あるよな?」 「え、はい。今日1日はあけてありますので」 「それじゃぁちょっと早いけど夕飯食いに行くか」 「えっと、さっきまでお菓子食べてたんですけど筧さんは大丈夫なんですか?」 「あ、俺は食べる量調整してたから」  そう言いながら笑う筧さんに連れてこられた場所はアプリオだった。 「いらっしゃい、鈴木さん」 「嬉野さん? 今日シフト入ってましたっけ?」 「いえ、今日は私用です。だから……2名様、ご案内です♪」  そう言って案内されたのはアプリオの店内の奥の端、入り口から一番遠い席。 「では少々お待ちください」 「嬉野さん?」  注文を聞かずにバックヤードに行ってしまった嬉野さん。 「??」 「すぐにわかるさ」  筧さんはそういうと席を立った。 「筧さん?」 「気にするな、おれもこっち側だからさ」  こっち側という意味はすぐにわかった。  嬉野さんがアプリオのスタッフを連れて現れたメンバーに筧さんも加わる。 「それじゃぁ行きますよ、せーの!」 「ハッピーバースデー!」 「筧さん、酷いです」 「そうか? 楽しかったぞ?」 「はい、もちろん私も楽しかったし嬉しかったです……でも、恥ずかしかったです」  広いアプリオの奥の席とはいえ、フロアスタッフが集まれば嫌でも目立つ。  その上、みんなで歌うだなんて、私はそんな話聞いたこと無かった。 「そうですね、鈴木さんを驚かすために私が考えましたから」 「……嬉野さん、私を驚かすというより嬉野さんが楽しむためじゃないんですか?」 「さすがは鈴木さんです、私は良い部下を持ちました」 「……」  嬉野さんの乗せられた気はするけど、別に嫌じゃない、逆に嬉しかった。  でも……やっぱり恥ずかしかったな。  歌ってもらってるときアプリオ中の視線がこっちに向いてるの、わかったし。 「筧さん、ありがとうございます」 「どうした、佳奈?」 「いえ、とても楽しい1日をプレゼントしてもらった事へのお礼です」  今日1日のスケジュールを空けておいて、という事から誕生日パーティーが  あるんじゃないかなぁ、って予想はしていたけどそれ以上だった。 「それを言うならまだ今日は終わってない」 「筧さん?」 「もう後は何も予定は無いけどさ、家へ帰ろうか」 「ですね」  図書部のみんなに祝ってもらうパーティー。  アプリオのみんなに祝ってもらったパーティー。  どれも嬉しかったけど、やっぱり最後は筧さんと二人っきりのパーティーがいい、  と思うのは贅沢かな? 「ただいま」 「ただいまー」  二人で同じ部屋へと帰る。  出るときと何も変わってない筧さんの部屋で……私の帰る場所。 「……」 「筧さん?」  部屋へと戻ってきてから筧さんが挙動不審だった。 「……あー、もう、佳奈!」 「はいっ!」  真剣な声に私の返事がうわずった。 「これ、誕生日プレゼント!」  そう言って渡されたのは小さな小箱だた。 「え?」  手のひらにのるサイズの小箱、綺麗にリボンでラッピングしてある。  このサイズの小箱に、私は心当たりがある。  本当に、これがそうなのか自信は無い、けど…… 「あけても……いいですか?」 「……そう、だな。あけてみてから受け取るか考えてくれ」  その言い方に私の期待感が膨らむ。  震える手でがんばって包みを丁寧に開ける。 「あぁ……」  中から出てきた小箱は、想像通りのものだった。  そっと蓋を開ける。  そこには銀色のシンプルな……指輪が入っていた。 「筧さん、私で……私なんかで良いんですか?」 「あぁ、佳奈じゃなければだめだ」 「ありがとう、ございます……」  私は指輪をそっと抱きしめる。 「指輪、はめてもらってもいいですか?」 「あぁ、もちろん」  私はもらったばかりの指輪を筧さんに手渡す、そしてそっと左手を出す。 「俺たちは学生だから、まだ結婚は出来ないからさ……約束の証に」  筧さんは迷わず薬指にはめてくれた。 「これで私は筧さんのものになれたんですね」 「……俺のものじゃないよ、俺のパートナーだよ」 「はい! 筧さん、もう絶対離しませんからね!」  私は筧さんに抱きしめられて、そっと口をふさがれた……
6月12日 ・sincerely yours your diary short story「幸せのありか」 「結局何も出来なかったな……って、なんだか過去にも同じような事が  あったような気がする」 「何言ってるのよ、達哉。こうしてゆったりと過ごせる時間が何よりの  プレゼントよ」  シンシアの誕生日、プレゼントは事前にリリアと買いに行って二人で渡した。  山百合の花と一緒に。  そのときにシンシアは思い出を語ってくれた。 「この花はね、お母さんにとって大事な思い出の花なのよ」  あの時の話をリリアに語って聞かせるシンシアは、母親の顔だった。  夕食はおやっさんの取り計らいで左門で食べることになり、鷹見沢家のみんなで  シンシアの誕生日を祝ってくれた。  ケーキはリリアの手作りで、シンシアも喜んでいた。 「でも、なんだか祝い足りないんだよな」 「そう?」  リビングのソファで二人で座って、シンシアは何時ものように俺と腕を組んで  身体を預けてきている。腕に当たる柔らかい感触にドキドキしながらも、それでも  俺は、まだまだ祝い足りない気がしていた。 「もう、達哉ったら」 「シンシア?」 「私はね、達哉がこうして居てくれるだけで幸せなの」 「あ、あぁ……」  まっすぐに言われると結構照れるな。 「だからね、余計なことを考えないで、私だけを見て、私だけを感じて」 「……そう、だな」  俺はシンシアを抱き寄せる。 「足りない気持ちを伝えるにはこれが一番、かな」 「あ、ん……」  思いを込めてシンシアにキスをする。 「……ふぅ」 「……」  長い長いキスを終えた俺たちは。 「ははっ」 「ふふっ」  二人で笑い合っていた。 「ふぅ、良いお湯だった……って、まだ二人とも居たの?」  お風呂から上がってきたリリアがキッチンに向かいながら訪ねてきた。 「……相変わらずラブラブだよね」 「いいじゃないの、私の旦那様なんだから」 「そーだけどさ、年頃の娘がいるんだからね、時と場合も考えてね」 「むー」  リリアの一言にシンシアが機嫌を損ねたみたいだ。 「いいじゃないの、リリアはこの前の休みに達哉とデートしてきたんだから」 「ぶっ!」  その一言に、お風呂上がりの麦茶を飲んでいたリリアがむせた。 「で、でで、デートなんてしてないもん!」 「でも一緒にお買い物行ったんでしょ? 私のプレゼントを選んでくれたのは  嬉しいけど、休みの日の達哉を独占されちゃったんだからね」 「たまにはいいじゃない、お母さんにとっての旦那様でも、わたしにとっては  お父さんなんだから」 「うん、別に良いんだけどね」  あっさりシンシアは許したようだ。 「でもね、きっと優しい達哉の事だからリリアにも何か買ってあげたんでしょう?」 「っ!」  シンシアの予想は……おおむねっていうか、当たっていた。 「シンシアは何を買ってもらったのかなぁ?」 「……」 「誕生日でも無いのにいいなぁ」 「……」  シンシアの独り言っぽいつぶやきに、俺もリリアも何も言えなかった。 「うん、リリアをからかうのはこれくらいにしておこうかしら」 「……お母さんのいぢわる」 「でも、何か買ってもらったのは事実でしょ? 達哉の事だから私の分だけって  事は絶対無いはずだから」 「言いきるのか」 「うん、だって達哉ですもの」 「……と、とりあえずわたしはもう部屋に戻るね!  おやすみなさいお父さん、お母さん!」  リリアは逃げるように部屋へと行ってしまった。 「はぁ……」  なんだか一気に疲れてしまった。もう風呂に入って寝よう。 「ねぇ、達哉。今日も一緒にお風呂に入らない?」 「し、シンシア!?」 「せっかくの私の誕生日ですもの、もう少し達哉と一緒に居たいから……だめ?」  シンシアの上目遣いのお願いに、俺の断るという選択肢が無い。 「でもさ、そのさ……」 「何?」 「それだけで、すまないかもしれない、けど」 「うん、期待してるわ。達哉のプレゼント♪ ね、だから一緒に入りましょう。  お礼に身体を隅々まで洗ってあげる」  リリアに妹か弟が出来るのは時間の問題だった。
6月8日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”甘え、甘えられ” 「ふふ、孝平〜」  俺の腕に抱きついて身体を寄せてくる瑛里華。  大きな胸が俺の身体に当たっている、普段なら気が気でなくなるか、  その魅力に負けて襲っているかもしれない。  でも、今はそうはなっていない。 「んふふ〜」  すごく上機嫌でほほをすり寄せてくる瑛里華を、俺はそっと抱きしめて  髪をそっとなでてあげていた。  生徒会長になった瑛里華は副会長のとき以上に精力的に業務をこなしている。  普段から凜としていて、成績優秀品行方正、まさに完璧な生徒会長だ。  ただ、そのせいか、自分をさらけ出す場所や機会を今まで以上に無くして  しまったのだと思う。  教室でも食堂でも寮の共用スペースでも監督生室でも、瑛里華はどこに居ても  目立つし見られてしまう。  気が抜けないのは相当ストレスがたまるのだろう。  他の誰も居ない俺の部屋に居るときの瑛里華は、すごく甘えてくるようになった。 「孝平」 「ん?」 「だーいすき♪」 「俺もだよ、瑛里華」  顔を近づけると瑛里華も顔を近づけてくる、そしてそっと口づけをする。  いつもより軽く、触れるだけのキス。  そうしてまた瑛里華は俺の胸に顔を埋める。  昨日は瑛里華の誕生日、だけど平日なので授業はあるし生徒会業務もある。  少しだけ早めに終わりにして何時もの面々で簡単な誕生会を開いた。  けど、その場でも瑛里華は生徒会長だったと思う。  消灯前にちゃんとみんなを部屋に戻して自分も戻っていった。  その反動だろうか、週末の今日は生徒会の業務が終わってからずっと俺のそばから  離れなかった。 「なぁ、瑛里華。そんなに顔を埋められるとさ……その、くさくないか?」 「孝平の香りはとっても安心するわ」  いや、男の香りで安心されると言われても嬉しくはないけど、瑛里華がそれで  安心してくれるなら良い……のかな? 「でもさ、汗もかいてるしさ」 「なら一緒にお風呂入りましょ♪」 「え、瑛里華!?」 「一緒じゃ……いや?」 「……瑛里華さんがよろしければ俺は構いません」 「それじゃぁ決まりね、すぐに用意するわね」  さすがに大浴場は混浴はムリなので俺の自室で風呂に入ることになった。 「ん〜気持ちいいわね〜」  俺の足の間に陣取っている瑛里華は両腕を上に伸ばした。  瑛里華の背中しかみえてなかったおれは、腕を上げたことで、その腕から先の  胸のラインがまともにみえてしまう。  バスタオルをしているとは言え、その中身を直に視た事ある俺は、その形を  簡単に想像できる。  目をそらせば良いのだが、悲しいかな目をそらすことは出来なかった。 「どうしたの、孝平?」 「いや、なんでもない」 「そう? でも私のお尻の下では何でも無いって言ってないわよね?」  ……身体はしっかりと反応し、自己主張をしていた。 「大丈夫、今は我慢する」 「孝平?」 「今は瑛里華が俺に甘える時間だろう?」 「……うん、ありがとう、孝平」  俺はそっと瑛里華を後ろから抱きしめる。 「でもね、孝平」 「ん?」 「そこまで堅くなってるのが当たってるとね……甘えるのは難しいわ」 「……ゴメンナサイ」 「ううん、いいの、だってこうなるってわかっててお風呂に入ったんだもん」  そう言うと瑛里華は立ち上がって湯船からでた。 「瑛里華?」 「身体を拭いたらベットにいきましょう、孝平。今度は私が孝平を甘えさせて  あげるわ」  その誘いを断る理由はどこにもなかった。
5月27日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「寂しいうさぎさん」 「ふぅ……」  大学で提出するレポートをまとめていたらかなり遅い時間になってしまっていた。 「もうみんなお風呂には入ってるよな」  時計を確認する、この時間なら姉さんも麻衣も入ってないはずだ。 「一段落したし、風呂入るか」  着替えを持って部屋から出る、電気が消えている廊下は真っ暗……かと思ったが  違っていた。麻衣の部屋の扉の隙間から明かりが漏れていた。 「麻衣、またこんな遅くまで勉強してるのか」  今年受験となる麻衣はいつも遅くまで勉強している。  寝るのも大事な事だと注意したこともあったけど、そのとき麻衣は 「お兄ちゃんの受験の時にわたし、同じ注意したよ?」 「そう、だったっけ?」 「そのときお兄ちゃんなんて答えたか覚えてる?」 「……ごめんなさい」  言い負けた。 「でも、心配してくれてありがとう、お兄ちゃん」  そのときのことを思い出す、けどやっぱり心配なものは心配だ。  勉強を止めろとは言えないけど、様子だけは見ておくことにした。 「麻衣、まだ起きてるのか?」 「ひゃっ! お、お兄ちゃん!?」  小さな悲鳴と、ドスンという音がが聞こえた。 「麻衣、大丈夫か!」 「あ、うん、なんでもないよ、ちょっと驚いただけだから」 「大きな音したけど、大丈夫なのか?」 「だいじょうぶだよ、ちょっとベットから落ちただけだから」 「ベットから落ちて大丈夫な訳ないだろう? 入るぞ」  麻衣の返事を聞かずに俺は部屋の扉を開けた。 「え、や……」 「……麻衣、さん?」 「うぅ……見られちゃった」  床に座り込んでいた麻衣は、何故かバニーだった。 「え、えっとね、これに深い訳があるの」 「……」 「お兄ちゃん、聞いてる!?」 「あ、悪い、えっと、何だっけ?」  あまりの非日常の光景に俺は言葉を失っていた。  いつもの麻衣の部屋、いつもの麻衣、だけど格好がバニーガール。  本物を見た事があるわけじゃ無いけど、一般的に誰が見てもバニーガールと  言うだろう格好をしている。  水着みたいな格好は胸元が広くあいており、下の部分の角度がかなりきわどい。 「お兄ちゃん、何処見てるの?」 「麻衣を見てる」 「え?」 「あ」  考え事をしてたせいか、正直に答えてしまった。 「……お兄ちゃんのえっち」 「ようするに、仁さんが犯人か」 「犯人って……でも、確かにそうかもしれないね」  菜月が遠方の大学に通うために家を出た。  夜のフロアスタッフはパートに頼んでいるが、男性だったり昼の部のおばさん  だったりとまちまちだ。  そして実際問題、菜月目当てで来ていた客が居て、その客が来る回数が激減している  そうだ。 「よし、こうなったら新しい制服で客を増やすしかない!」  仁さんはそう言っていくつかの制服の案をだし、おやっさんに内緒でサンプルを  購入したそうだが、菜月が試着しに帰省してくれるわけがない。 「それで麻衣に頼んだのか」 「うん、女の子の意見を聞かせて欲しいんだって」  そう言いながら麻衣はウサギの耳のカチューシャをいじっている。 「だからってこれはないだろう……」 「うん、着ておいてなんだけど、わたしもそう思うな」 「というか、なんで着たんだ?」 「えっとね……笑わない?」 「笑われること言うのか?」 「もう、お兄ちゃんの意地悪!」 「悪い、でもせっかくだから聞かせてくれないか?」 「うん……あのね、お兄ちゃん」  俺はだまって麻衣の次の言葉を促す。 「着て……見たかったの」 「……そうか」 「あ、お兄ちゃん笑ってないけど呆れたでしょ?」 「約束通り笑ってはいないんだから良いだろう?」 「でも呆れてるでしょ?」 「呆れてないよ、だって麻衣、可愛いし」 「え?」  普段じゃ絶対みれない格好だし、似合ってる可愛いと思う。 「そ、そう……そ、それじゃぁお礼に今夜はお兄ちゃんだけのバニーさんに  なってあげるね」 「いや、そこまでしなくても良いと思うけど……というか、バニーさんに  なって何をするんだ?」 「……お酒のお酌?」 「いったい何の店だよ……」 「だって、わたしだって何すればいいかわからないんだもん」 「何もしないでいいんじゃないか、俺は麻衣が居てくれるだけで嬉しいし」 「……わたしも、お兄ちゃんと一緒に居られるだけで嬉しいよ、だからこそ  お兄ちゃんに何かしてあげたいの」  麻衣にして欲しい事……そのとき頭の中に浮かんだ事を俺は振り払う。 「えっちなご奉仕でも……いいんだよ?」  振り払った内容を麻衣は直球で取り戻してきた。 「ねぇ、お兄ちゃん。うさぎさんはね、寂しくなると死んじゃうんだって」  それは確か間違った知識だと、頭の片隅で思いだす。  だけどそんなことは関係ない、麻衣に寂しいと言わせたことの方が問題だ。 「……寂しくないように、一緒に居ようか」 「うん、お兄ちゃんありがとう、大好き!」  その後、店の経費を使って買われたバニーやそれ以外の衣装の事が  おやっさんにばれて、仁さんの給料から天引きされたことと、どこからともなく  飛来したしゃもじに成敗されたことは、後の祭りということで。
5月25日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”週末の長い夜” 「達哉!」  改札を出る前に俺は大きな声で呼ばれた。 「菜月!」  俺も手を振りながら、改札を抜けて菜月の元へとたどり着く。  獣医になるために大学に通ってる菜月は満弦ヶ崎を離れて暮らしている。  毎日電話はしているが、こうして会える日は限られている。  交通費もかかるのでそう何度も行き来出来ず、会えない日々が続いていたが今日は  特別な日。それは菜月の誕生日。  本当は誕生日の日に来たかったのだけど、平日ではお互いが身動きとれなかった。  だから誕生日の後の週末、俺はバイトを終えてからこうして菜月に会いに来た。 「達哉……」 「菜月、会いたかった」 「私もだよ、達哉」  お互い見つめ合って、そして……  ぐぅぅ、と大きな音が鳴った。 「……」 「……」  音の出所は俺の腹だった。 「台無しだな」 「そうだね、でも達哉らしくて安心しちゃった」 「安心って……納得いかないんだけど」 「そう? だって、達哉は私に会いに来るためにお父さんのご飯、食べてこなかった  のでしょう?」 「あぁ、おやっさんには悪いけど店を閉めてすぐ出てきた」 「うん、やっぱり達哉らしいよ」 「……褒められてる気がしない」 「だって褒めてないもの」 「……はは」 「ふふっ」  おかしくなってお互い笑い出す。 「お腹すかせてる達哉のために腕を振るわなくっちゃね」 「もう遅い時間だし、コンビニで買ったものでもいいけど」 「だーめ、こうなることを予想して仕込みまで終わってるの、だから早く帰りましょう」 「あ、あぁ……お世話になります」  菜月は俺の手を取って歩き出そうとする。俺は…… 「菜月、ただいま」  そう言ってそっと口づけをする。 「……おかえり、達哉」   「すぐに出来るから待っててね」  部屋に帰ってから菜月はすぐにバスルームへ着替えに行った。  出てきたときは見慣れた、けど最近全く見ていないウエイトレスの制服姿だった。 「この方が気合い入るからね」 「でもこの制服、店に置きっぱなしじゃなかったっけ?」 「この前こっそり持ってきちゃった」 「大丈夫なのか?」 「私以外に着る人居ないから大丈夫じゃ無い? もともと私の部屋のクローゼットに  しまっておいたものだし、お父さんも気づかないと思う……」 「菜月?」 「いや、なんとなく兄さんは気づいていそうな気がして……」 「妹の部屋に勝手に入っていくことはさすがの仁さんでも無いとは思うけど……」 「……」 「……」 「考えるの止めよう、菜月」 「そ、そうよね、さすがに馬鹿兄でもそこまでは……」  二人でため息をついた。  遅い時間の夕食ということで、軽めなものを菜月は作ってくれた。  以前のカーボンとはちがって今では食べれるものがちゃんと作れるようになった、  というレベルを超えて美味しいご飯が作れるようになっている。 「「ごちそうさまでした」」  二人そろって食べ終わる。 「後片付けは俺が」 「いいの、達哉はお茶を飲んで休んでて、ここまで来るのに大変だったでしょう?」  そう言うと菜月はテーブルから空いた食器をもってキッチンへと持って行って  しまった。 「……」  キッチンでの菜月の後ろ姿、機嫌が良い時の鼻歌が聞こえてくる。  洗い物をするたびに揺れる大きなお尻に、俺は…… 「洗い物、終わりって、え、え!?」  戻ってきた菜月を正面から抱く。 「菜月、メインディッシュを食べたい」  ボンッ、と菜月の顔が真っ赤になる。 「え、そ、それって……」 「駄目、かな?」 「……駄目なわけないよ、でも私、まだお風呂に入ってないから」 「菜月……」 「え、やん……あ……」  週末の長い夜は始まったばかりだった。
5月20日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「お礼のお礼」 「今日も大変だったな」 「いつものことだろう?」 「それもそうだな」  玉藻と二人で笑う。  絵の学科を専攻した玉藻は必修の科目も絵の学科も全力で取り組んでいる。  そして今でも図書部のスケジュールを管理している。  あまりの多忙さに見ている俺の方が心配になることもある、けど今の玉藻は  昔と違う、するべき事はちゃんとしている。  絵の勉強も必修科目の勉強も、図書部の活動も、そして休むときはちゃんと休む。 「なぁ、京太郎……その、お茶でも飲んでいかないか?」 「そうだな、彼女からの誘いだから受けないとな」 「恥ずかしい事言わないでくれ……でも嬉しいな」 「……」  玉藻の反応の方が見ていて恥ずかしいと思うが口に出さないでおく。 「はぁ、いつもながら良い味だなぁ」 「そうか?」 「やっぱり玉藻がいれてるからだろうな」 「ば、ばかな事を言うな!」 「そうか? 俺は本心で言ってるんだぞ? 大好きな彼女が俺のためにいれてくれる  コーヒーだからな」 「……京太郎はたまに不意打ちをする」 「そうか?」 「……自覚が無い分たちが悪いな」 「それは悪かったな」 「あ、いや、悪いわけじゃないぞ? 私としては嬉しいのだが、心の準備というものも  あるのだから」  そういってもじもじする玉藻は可愛かった。 「さて、今日のお誘いをしてくれたお礼をしなくっちゃな」 「別に礼をして欲しくて誘った訳じゃ無い」 「まぁまぁ、俺の気が済まないから、ほら、いつものようにこっちに座って」 「あぁ……」  俺の手の動きに合わせて玉藻の口から声がもれる。 「んっ……あふ」  俺は無心に玉藻の身体に触れていく。 「うはぁ……くんっ……」  時には強く、時には弱く。 「ん〜……いいっ」  …… 「ひぁ〜……気持ち、いいっ、駄目になっちゃいそう……」  いろんな意味で俺の方が限界になりそうだ。 「とりあえずこれくらいでいいか?」 「あぁ、ありがとう、京太郎」  俺は玉藻の肩をもんでいた腕を自分で軽くマッサージする。 「……この気持ちよさ、知ってしまうと癖になるな」  ……お約束とはいえ玉藻の言葉だけ聞くと完全にあっちのことを想像して  しまう、俺も保体脳になってしまったのかもしれないな・ 「なぁ、京太郎。マッサージのお礼をしようとおもうんだが、いいか?」 「別に礼をして欲しくてマッサージをしたわけじゃ無いんだけど」 「私の気が済まないからな」  さっきの俺の言葉をまねされた、そう言われると俺も無碍には断れない。 「あぁ、わかった」 「……で、どうしてこうなった?」  俺は玉藻の部屋にある風呂場の浴槽に入っていた。 「待たせたな」    風呂場に入ってきた玉藻は以前の時とは違ってバスタオル姿だった。 「……そんなにじろじろ見ないでくれ」 「あ、あぁ、すまん」 「それよりもこっちに来て椅子に座ってくれ、背中を流そう」 「……」 「京太郎?」 「済まないけど、ちょっと向こうを向いていてくれないか?」 「……わかった」 「痛くないか?」 「いや、気持ちいいよ」 「そうか、良かった」  一人で背中を洗う時、ここまで上手く力を入れることは出来ない。  こうして背中を流してもらうのはとても気持ちがいい。 「それでは前も洗おう」 「ちょっと待て、それは自分でも出来る!」 「そうはいっても私が京太郎を洗ってあげたいのだが……駄目なのか?」 「……じゃぁ、髪の毛を洗うの頼んでもいい、か?」   「あぁ、任せてくれ!」  その後、俺の状態がばれて、それだけですまなくなった……  ・  ・  ・   「はぁ……」  風呂上がり、玉藻は裸のまま、枕を抱いてベットの上に座っていた。 「またしちゃった……」 「いや、その……ごめん」 「謝らないでくれ、我慢できなくて……その、出てしまったのは私のせいだ」 「でも我慢出来ないようにしたのは俺だし……でも、可愛かったから」 「……彼氏に痴態をフォローされるなんて……死にたい」 「死ぬな、俺が良いって言ってるんだから良いんだから」 「ぅ……」 「それよりもいつまでもそんな格好でいると風邪ひくから、早く着替えた方が良い」  俺は紳士的に玉藻と反対の方を向く。 「……わかった」  後ろで衣擦れの音がする、振り返りたくなる衝動を抑える。 「もう、いいぞ」  振り返った先に居た玉藻は寝間着に着替えていた。   「京太郎?」 「あ、いや、その似合ってて、さ……」 「そ、そうか」    玉藻は恥ずかしがりながら、髪に手を入れて整える。 「京太郎、今夜は……その、泊まっていくか?」 「そうだな、さすがに疲れすぎて家に帰る気がしない」 「そうか、さすがにあれだけすれば……」  その、あれだけを玉藻が思い出したようだ。 「……その、今夜は一緒に寝るだけにするからさ」 「本当か?」 「あぁ、玉藻に負担をかけさせたくないし、一緒にねるだけでも俺は嬉しいから」 「そ、そうか……」  俺は玉藻をベットに誘う。緊張してるのか玉藻はベットの上で正座する。   「初めてな訳じゃ無いのになんで緊張するんだよ」 「そ、そんなこといってもだな、その、胸がドキドキして、その、な」 「ならばこうだ」 「え、きゃっ!」  俺は玉藻を抱きしめてそのままベットに横たわる。 「きょ、京太郎? 今夜はもうしないのではないのか?」 「あぁ、もう寝るだけだ、けど、これはしないとな」 「あ、ん……」  そっと口づけをする。 「おやすみ、玉藻」 「おやすみ、京太郎……」  背中をそっとなでてるとすぐに玉藻の寝息が聞こえてきた。 「……」  その寝息が子守歌となって、俺も眠りに落ちていった。  また明日の朝、新しい日の始まりに向けて……
5月14日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”ストレッチ” 「こんばんは、エステルさん……あれ?」  礼拝堂の中に入ってみたけど、エステルさんの姿は見当たらなかった。  いつもならまだ礼拝堂に居る時間だけど、今日はもう部屋に戻ってるの  だろうか?  俺は礼拝堂横にある居住区への扉へ向かった。  ここは以前鍵は無かったが、マナーの悪い人が勝手に入るようになってから  司祭達の安全を考えて、鍵がつけられていた。  もちろん、俺はスペアキーをもらっているので入ることが出来る。 「えっと……鍵はかかってるということは」  今はエステルさんのプライベートタイムということになる。 「注意しないとな……」  以前プライベートタイムの時に訪れたとき、お風呂上がりのエステルさんと  遭遇してしまい気まずかったときがあった。  別に裸でうろついてた訳ではなかったんだけど、エステルさんが恥ずかしがって  部屋から出てこなくなったっけ。  エステルさんの部屋に向かう前に、まずは扉の鍵をかける。  これで関係者以外居住区には入ってこれない。  俺は細心の注意を払いながら、エステルさんの私室へと向かった。 「エステルさん、こんばんは」  部屋の扉をノックしながら声をかける。 「達哉? あ、痛っ!」 「エステルさん?」 「だ、だいじょうぶです!」  いったい何をしてるんだろう? 「入っても大丈夫ですか?」 「どうぞ」  確認を取ってから俺は部屋の扉を開けた。 「こんばんは、エステルさ……」  そこに居たエステルさんの姿を見て絶句した。  なぜなら俺が想像できない格好で立っていたからだ。   「こんばんは、達哉。こんな時間にどうしたのですか?」 「……」 「達哉?」 「あ、えと、こんばんは」 「はい、こんばんは」  ……えっと、何故に体操服姿なんだろう?  俺のその疑問を感じ取ったのか、エステルさんが説明をしてくれた。 「ちょっとストレッチをしていたのです」 「ストレッチ、ですか?」 「はい、最近まとまった運動もしていませんし、事務仕事も忙しくて肩が凝るのです」  そう言うとエステルさんはストレッチを再開した。   「達哉も一緒にストレッチしてみますか?」 「いや、俺はいいです。肩凝ってないですし……」 「そうですか、ちょっと痛いですけど気持ちいいですよ?」  そう言うとベットの上に座って柔軟を始めた。    体操着姿のエステルさんが足を大きく開いて身体を倒している。  俺は思わず目をそらした。 「そういえば、達哉は何の用事で来られたのでしょうか?」 「あ、そうだった」  用事を忘れてた。 「麻衣からの差し入れを持ってきたんです、少し多めにつくってくれたみたいなので」  おやっさんも麻衣も姉さんもたまに料理を多めに作ってくれる。 「ありがとうございます、今度改めてお礼を言いに伺いますね」    そう言いながらエステルさんはのびをする。 「ふぅ」 「お疲れ様、エステルさん」 「ありがとう、達哉」  ストレッチの終わったエステルさんに俺は麻衣から渡されたタッパーを手渡す。 「今器にあけてしまいますね、すぐに洗いますのでちょっと待っててください」 「タッパーは後でも良いです……っ!」    後ろ姿のエステルさん、その体操着がストレッチで……食い込んでるためか……  下着が少し見えてしまっていた。  エステルさんの下着姿なら何度も見た事あるのに、こう、ちょっとだけっていうのが  妙に艶めかしい。 「達哉、どうしたのですか? ……あ」    俺の視線の刺さる場所に気づいたエステルさんは慌てておしりに手を当てる。 「見ました?」 「……はい」  嘘をついてもすぐばれるだろうから、正直に答えた。 「達哉のえっち」 「……ごめんなさい」   「でも、正直に答えてくれたので許してあげます」 「本当にすみませんでした」  俺は頭を下げる。 「くすっ」  エステルさんは楽しそうに笑うと、キッチンへと行くために部屋から出て行った。 「……はぁ」  天罰が落ちなかったことに俺は安堵のため息をついた。
5月12日 ・sincerely yours your diary short story「母の日の抵抗」 「結局何も出来なかったな」 「何言ってるのよ、達哉。サプライズあったじゃない」 「あれはサプライズでも何でもないと思うんだけどな」  母の日である今日、俺はシンシアに何かプレゼントをしようと考えたけど  何も思いつかなかった。  花屋から花束の宅配サービスは申し込んだ、最初驚いた顔をしたシンシアは  すぐに花束に負けない程の笑顔を俺に見せてくれた。 「本当は家事を俺が全部する予定だったんだけどな」  俺だって簡単な料理くらいは出来るし、掃除選択はいつもしていた。  せめてシンシアを1日ゆっくり休ませてあげよう、と思った俺の思惑は  娘のリリアの手によって……すべて奪われた。 「お父さん、今日1日家事はわたしが全部するから、お母さんの相手をお願いね」 「えっと……俺も家事をしようと思ってたんだけど」 「駄目、わたしが全部するの、だからお母さんをちゃんと抑えててね」 「抑えるって?」 「あ、ううん、なんでもないなんでもない」  何故か焦っているリリアだったけど、結局家事はすべてリリアに取られてしまった。 「くすっ、リリアもわかってるのね。母の日に達哉の時間を1日プレゼントして  くれるなんてね」  そういうシンシアは上機嫌だった。  夕食後のリビングのソファで、俺の隣でにこにこしながら座っている。 「何にもしないで良いなんて楽ね〜、こうして達哉に寄り添っていられるし」 「……」  俺と腕を組みながら寄り添うシンシア。  さっきから柔らかい膨らみが当たっていて、気が気では無い。 「達哉、どうしたの?」 「あ、いや……」 「当ててるのよ♪」 「……まだ何も言ってないんだけどな」 「くすっ」  まぁ、いいか。いつもよりシンシアが嬉しそうにしてくれているのだから。 「お茶のおかわり持ってきたよ」 「ありがと、リリア」  俺はお茶のおかわりを受け取る。 「ふふっ、もう少し可愛いリリアを見ていたいけど、そろそろかなぁ?」 「っ!」  シンシアの笑顔が、何故かリリアを強ばらせる。  リリアの目は俺に対して何かを訴えかけている、けどその意味がわからない。 「さぁて、ここに取り出したるものは♪」  そう言ってシンシアがポケットから何かのカードみたいなものを取り出した。 「あ゛……やっぱり」  それを見たリリアが肩を落とす。 「せっかく使うチャンスが無いように頑張ったのに……」 「シンシア、それはあの時の?」  それは新婚旅行の時にシンシアが持ち出したカードでリリアにとってジョーカーと  なるカード。 「そうよ、リリアが小さいときに私にプレゼントしてくれた  ”何でも言うことを聞く券”よ」 「幼い頃のわたしのばか、いったい何枚作ったのよ……」 「あ、いまでもリリアはまだ小さいんだっけ」 「お母さん!!」 「まぁ、それはおいといて。このカードもう残り少ないのよね〜」  その言葉にリリアが救いを見つけたような表情になった。  その顔を見た俺は、リリアがこのカードのためにずっとずっと苦労させられたのだ  ということを悟った。  我が娘ながら不憫というべきか、シンシアがしっかりしすぎていると言うべきか…… 「あ、そうだ。ねぇ、リリア。このカードを使ってのお願いなんだけど」 「新しくカードをプレゼントして欲しいってのは駄目だからね?」 「……リリアのいぢわる」  先読みされたシンシアが拗ねた。 「あ!」  と思ったらぽんと手と叩く。 「良い案思いついちゃった♪」 「わたしにはとっても嫌な予感しかしないんだけど……」 「だいじょーぶよ、私に直接関係ないお願い事だから」 「お母さんに関係無い? いったいどういうお願いなの?」 「それはね、父の日に達哉にもこのカードをプレゼントしてあげて欲しいの」 「え?」  父の日に”何でも言うことを聞く券”を俺に? 「達哉にもっと父親らしい経験してもらいたいからね、良い案でしょ?」  確かに小さい子供が母の日や父の日にそういう券を手作りしてもらうっていう  話は聞いたこともある。  けど、リリアはもう小さいっていえる年齢じゃない、年頃の女の子だ。  娘とは言え年頃の子からそういう券をもらうってのはいろいろとまずいんじゃないか? 「いいよ」 「リリア?」 「でも、今度はちゃんとした券にするからね。お父さんだけ有効で  お母さんの願いを叶えるみたいな願いは無効ってちゃんと書いておくから」 「……そこまで信用されてないだなんて、お母さん落ち込んじゃうなぁ」  そう言って目元を押さえるシンシア。  だけど、俺もリリアもそれが演技であることを知ってるだけにフォローする気は無い。 「じゃぁ、そういう訳で達哉、父の日が楽しみになったわね」  そう言いながらシンシアはカードをポケットにしまう。 「え? お母さん、そのカードなんでしまうの?」 「私は別にカードを使ってお願いしてないわよ?」 「それじゃぁ父の日のカードは?」 「それは、優しいリリアちゃんの判断にお任せするわね」 「……」 「……」  俺とリリアはそろって絶句していた。 「やられた」 「ふふっ、リリアってばまだまだ甘いわね」 「……リリア、カードは別に無理しなくていいよ」 「お父さん? カードいらないの?」 「俺はカードなんかもらわなくてもリリアの父親であることには変わらないしさ、  嫌々な贈り物を贈らされるリリアに悪いだろう?」 「そんなことない!」 「リリア……」 「……父の日は楽しみにしてて、お父さん」  顔を背けながら、でもちゃんとした声でリリアはそう言ってくれた。 「あぁ、楽しみにしてる」 「なんだか私が一番悪い人みたいな展開よね」  そう言いながらもまんざらじゃ無い顔をしてるシンシア。  なんだかんだ言ってもシンシアは家族のことを第一に考えてくれている。  今回もシンシアの考えたシナリオ通りになったのだろう。 「はぁ、お母さん、そろそろお風呂入って、その後お父さん入ってね。  わたしは最後にはいってお風呂掃除するから」 「えー、今日も一緒に入らないの?」 「入りません! っていうか今日”も”じゃない!」
5月7日 ・大図書館の羊飼い SSS”かごめかごめ” 「たぶんここで待ってれば会えるだろうな」  俺は放課後の遅い時間に音楽棟のエントランスに来ていた。  それは、俺が先日見た未来視が理由だった。  その未来視では何故か千莉が着物姿で盛大に転んで怪我をしていた。  何故着物なのか? それはこの際おいといて、転んで怪我をするのは見過ごせない。  その未来を変えるために俺は千莉と会わないといけない。  そして千莉は今日は特別レッスンに参加しているから、ここで待っていれば絶対  会えるはず。  本当なら特別レッスンの教室の前まで行きたいところだが、そこまで部外者が  入り込むわけにはいかない。 「願わくばその前に転ばないでくれれば良いんだけど……」  買ってきたミネラルウォーターを飲みながらエントランスの椅子に座って待つ。 「そういえば何で千莉は着物なんだろうな?」  そこまでは視えなかった。そう、思うとなんだか気になるな。 「きっと千莉の着物姿は綺麗だろうしな」 「え?」  俺の独り言に反応した声は、間違いなく千莉の声だった。  振り返るとそこにまさに俺が言ったとおりの姿、着物姿の千莉がたっていた。 「京太郎さん、なんで私が着物を着てるって知ってるんですか?」 「あ、いや……」  しまった、未来を視た事は言うわけには行かない。どうやってごまかすか? 「もしかして水結が知らせたんですか?」 「え、えっと……ノーコメントじゃ駄目、かな?」 「水結の事をかばうんですか?」 「あ、決して芹沢から聞いた訳じゃ無い。ただちょっと噂に聞いただけだよ。  今日の特別レッスンの内容を、な」 「……そういえば、いつもよりエントランスに人が多いですね」  言われて周りを見回すと、明らかに声楽科以外の生徒が多数居る。 「どこから情報って漏れるんでしょうね?」 「新聞部じゃないのか?」 「でしょうね……それよりも京太郎さん」 「ん?」 「まだ、ちゃんと感想聞いてませんよ?」  そう言って微笑む千莉の顔は、いたずらする子猫のような笑顔だった。 「あー、その、な……さっきのじゃ駄目、か?」 「さっきのは不意打ちでした、でもちゃんとした感想も聞きたいです」  目を輝かせながら、なおかつ上目遣いの千莉。 「……わかった」  改めて千莉の姿を見る。  いつものと違った服、いや、この場合は和服というか着物だな。  ショートカットの千莉の着物姿、そしてクールな表情。  ぱっと見で「人形」というイメージが浮かんでくる。  だが、俺はその表情の変化を知ってるからこそ、そうは思わない。  なら、どう思うんだ? 「あ、あの、京太郎……さん?」 「……」  俺の視線に顔を赤らめてもじもじする千莉。 「……語彙が単純で悪いけどさ、千莉」 「は、はい……」 「ものすごく綺麗で、ものすごく可愛い」 「っ!」  俺の感想に千莉は今まで以上に顔を真っ赤にさせた。  そしてたぶん、俺も真っ赤になってるだろう。 「と、とりあえず約束は果たしたので着替えに戻ります」 「約束?」  約束の意味を聞こうと思ったけど、それより早く千莉は踵を返す。  そのときの後ろ姿に既視感を感じる。 「千莉!」 「京太郎さん? え、きゃっ!」  俺の言葉に振り向こうとした千莉がバランスを崩す。  しまった! もしかして怪我をさせる原因が俺だったのか?  だけどまだ間に合う。  俺は千莉の腕をひいて抱きかかえながら体制を入れ替える。 「くっ!」 「京太郎……さん?」 「だいじょうぶか、千莉」 「私は大丈夫です、けど京太郎さんが」 「気にするな、ただの打ち身だ」 「でも」 「それよりも千莉が怪我しなくて良かったよ」 「……京太郎さん、馬鹿です」 「あぁ、そうだな」 「本当に馬鹿です」 「あんまり言うと凹むんだけど……」  まぁ、ここまで軽口をたたけるなら大丈夫だな。 「でも、大好きです」 「っ!」  千莉の不意打ちの言葉に俺は声を失った。 「ふふっ、京太郎さんの驚いた顔、可愛いです」 「せ、千莉!?」 「くすっ……あっ」  俺から逃げだそうとした千莉が立ち上がれずにバランスを崩す。  まだ俺の腕の中に居たのでそのまま抱き留める。 「千莉? もしかして怪我したのか?」 「……足をひねったみたいです」  しまった、転んだ段階でもう足を捻っていたのか…… 「ごめん」 「何で京太郎さんが謝るんですか?」 「俺が千莉を呼び止めたから」 「転ぶ前に京太郎さんが助けてくれました」 「でも」 「京太郎さん、悪いと思うなら最後まで面倒見てくれませんか?」 「あ、あぁ、それは良いけど」 「それじゃぁまず、部室まで私を運んでくれますか? いつまでも着物姿で  居るわけには行きませんから……それに」 「それに?」 「もう手遅れかもしれませんけど、ここはエントランスですから」 「……あ゛」  音楽棟のエントランス、そこで着物姿の歌姫を抱きかかえて転んでいる俺。 「……京太郎さん」 「たぶん、もう手遅れだと思う」 「ですね」 「なら、見せつけるか」 「え、きゃっ!?」  俺はそのまま千莉を抱き上げる、いわゆるお姫様抱っこだ。 「京太郎さん!?」 「足を怪我してるんだから我慢してくれ」 「で、でも!」 「しっかりつかまってろよ」  その後の事をちょっとだけ補足しておく。  千莉の言う約束とは、声楽科の特別レッスンの時の話だった。  この日の特別レッスンは日本の歌、動揺だった。そして役作りもかねて着物を  ちゃんと着て歌うレッスンだったそうだ。 「着付けってすごくきつく締めつけるんです、そういう状態で声を出すのって  大変でしたけど、良い経験にもなりました」  とは、千莉談。  そこまでは問題無いのだが、その着物姿が問題で。 「せっかくだから彼氏に見せてこなくちゃもったいないよ!」  と、声楽科のみんなに言いくるめられたそうだ。  ……声楽科の中で浮いていた千莉がいつの間にかいじられキャラになっている  事も驚きだけど、輪の中に溶け込んでいる事に俺は安心した。  ここで話が終われば良い話だな、でまとめられるんだろうけどな…… 「着物姿の歌姫を手籠めにした男子生徒現る!」  その日のうちにそういう見出しのwebニュースが掲載されたことは予想通りすぎて  思わず涙が出てきてしまった。
4月30日 ・大図書館の羊飼いSSS”仕事も恋も一直線” 「ん……?」  良い香りで目が覚めた。 「あ、おはようございます筧さん」 「芹沢?」 「はい、芹沢水結です。彼女の顔を忘れちゃいました?」  そう言ってウインクする芹沢は汐美学園の制服の上からエプロンをしていた。 「筧さん、まだ寝ぼけてます?」 「あ、あぁ……似合ってるなぁって思ってさ」 「っ! か、筧さん! 顔を洗ってきてさっぱりしてきてください!  もう朝ご飯の準備できますから」 「……」 「か・け・い・さ・ん?」 「あ、あぁ」  俺は言われるままに洗面所で顔を洗った。 「も、もぅ、筧さんったら心の準備してないときに言うんだから……」 「頂きます」 「どうぞ♪」  芹沢が用意してくれた朝食はトーストとスクランブルエッグにベーコンも焼いてある。 「スープは時間が無くてインスタントなんです、ごめんなさい」 「いや、それは構わないさ」  そう言いながらトーストをかじる。 「とことでさ、なんで朝からここにいるんだ?」 「……筧さん、その質問するの今更じゃありませんか?」  確かに朝食の準備を終えて一緒に食べてる時にする質問じゃないよな。 「そうだな、というか時間大丈夫なのか?」 「はい、大丈夫ですよ。そのために少し早起きしましたから」  今日の芹沢は午前中に収録の仕事、午後にオーディションがある。  だから今日は夜まで芹沢と会えない日になるはずだったのだが…… 「芹沢、こうして会いに来てくれるのは嬉しいけど、大事な日なんだからちゃんと  睡眠時間取らないと駄目だぞ?」  俺は少しだけたしなめるような感じで話したつもりだが、芹沢は反省してる  顔ではなく嬉しそうな顔をしていた。 「くすっ、私の事を心配して叱ってくれるのも嬉しいですけど、筧さんの素直な  気持ちがもっと嬉しいです」 「……」  いつもながら直球で来る芹沢の言葉に俺はたぶん顔を赤くしてると思う。  思わず顔をそらすが、それさえ芹沢には嬉しいのか、笑顔がどんどん  まぶしくなっていく。 「そ、それよりも体調は大丈夫なのか?」 「はい! 朝から筧さんに励ましてもらってますから元気120%です!」 「そ、そうか……じゃぁオーディションも大丈夫そうか?」 「それは受けてみないとわかりません。私よりすごい人もたくさん来ますから」  こういうところは現実的なんだよな、芹沢は。 「でも、落ちるつもりは無いんだろう?」 「もちろんです、最初から落ちるつもりなら、もう受ける前に落ちてます。  だから受かるつもり……いえ、受かってきます」 「そうか、なら安心だな」 「それに、落ちても大丈夫です、だって慰めてくれる格好良い彼氏がいますから」 「……」  本人を目の前にしてそれを言うか?  でも落ちても安心っていうのはちょっと気になるな。  俺がそのことを言おうと思った時、芹沢が話を続けてきた。 「安心してください、筧さん。落ちても大丈夫って言いましたけど私は落ちる気なんて  ありません」  そう、力強く宣言する芹沢は、すぐに俺から視線をそらして、こうつぶやいた。 「だって……受かったときの筧さんのご褒美の方が何倍も良いですから」 「……」 「オーディション、受かったらご褒美……して、くれます?」  そう言って上目遣いで訪ねてくる芹沢。 「ご褒美も何も、オーディションに受かって来るんだろ? 芹沢がそう言うのなら  もう決まったも同然じゃないか……、結果楽しみに待ってるからな」 「はい! ありがとうございます、筧さん!」  朝食の後片付けを二人でして、すぐに芹沢は出かける。  まずは収録の仕事、そしてオーディションだ。 「芹沢」 「……っ!?」  そっと額に口づけをする。 「……俺からの応援だ、続きは後でな」 「筧さん……格好つけすぎですよ?」 「おい」 「でも、惚れ直しました。続き、期待してます」  そう言って俺から一歩離れて、改めて俺に向き直る。 「芹沢水結、恋も仕事も一直線です!、行ってきます!」 「おう、行ってこい!」 「筧さん、愛してます!」 「っ!」  俺が言い返す前に芹沢は走って行ってしまった。 「……ったく、俺にも言わせろよな」  この日のオーディションは後日合格の通知が来て、その次の芹沢のオフの休みの日に  ご褒美をねだってくる芹沢と1日中一緒に過ごした、それは少しだけ後の話。
4月27日 ・大図書館の羊飼いSSS”別れ話” 「筧さん、どうしてなんですかっ!」  ベットで横たわる俺のそばで佳奈が叫ぶ。 「どうもこうもない……寮の部屋へ帰るんだ」 「だから、どうしてなんですか!? 私の帰る場所はここしかありません!」 「……駄目だ、俺の部屋にいることを許さない」 「どうしても……なんですか?」 「あぁ」 「終わり……なんですか?」 「……そうだな、この話はもう終わりにしよう」 「嫌です! 私は筧さんとずっと一緒にいるんです!!」 「わかってくれ、佳奈」 「わかりたくなんてありません!」  そのときインターフォンが鳴った。 「あ、筧さん。ちょっと待っててくださいね」  今までヒートアップしてたはずの佳奈のテンションが普通に戻る。  そして玄関に向かった。 「佳奈」 「あ、千莉? どうしてマスクしてるの? もしかして千莉も風邪?」 「違う、私はマスクをしてくるように筧センパイに言われたから」 「筧さんに?」 「すまないな、御園。そのまま佳奈を捕獲してくれ」 「え?」  佳奈は驚きの声を上げる、そして御園に捕獲された。 「どうして、千莉? 好きな人のそばにいちゃいけないの?」  佳奈が御園の目をまっすぐ見る、その視線に御園の心が揺れるのがわかる。 「佳奈、御園を困らせるな」 「筧さんは黙っててください、今は親友の千莉と話してるんですから」 「でもな、御園を呼んだのは俺だ。というわけで御園、佳奈を頼んだ」 「……」  御園の心が揺れてるのがわかる。  佳奈は御園を親友と呼んだからだろう。  ……なんていうか、それを狙った策士なのか、それとも天然なのか  佳奈の場合は判断しにくいところがあるな。 「なぁ、佳奈。これ以上御園を玄関に立たせておくのは忍びない」 「なら……」 「それにだ」  俺は佳奈の言葉を遮る。 「御園に俺の風邪がうつるとどうなる?」 「あ……」  そう、今更だけど俺は風邪を引いてしまった。  同棲してる佳奈に風邪がうつってしまうのが心配で、一時的に弥生寮の部屋へ  帰るように説得したのだが、佳奈は首を縦に振らなかった。  俺は最後の手段として御園を頼ることにした。 「佳奈、筧センパイの好意はちゃんと受けないとだめだよ?」 「でも」 「寂しいなら今日は私の部屋に招待するから」 「え、いいの?」 「あたりまえじゃない」 「筧さんに甘えられない寂しさを千莉で埋めても良いの?」 「佳奈、可愛い……ごほん、私が佳奈に筧センパイを忘れさせるくらい  甘えさせてあげる」 「おい!」  思わずツッコミをいれてしまった。  っていうか、御園の目が輝いてるぞ? だいじょうぶなのか? 「甘えるかどうかは別としてすまないが御園、佳奈を頼む」 「はい、それじゃぁ佳奈、行こう」 「……着替え取りに弥生寮によっていってもいい?」 「もちろんだよ、佳奈」 「あ、でも、その前に」  佳奈はベットの俺のところに戻ってきた。 「おかゆ、用意してありますから食べてくださいね」 「あぁ、悪いな」 「それと、寂しくなったら電話で呼んでくださいね」 「佳奈がいないと寂しいけど、風邪をうつすくらいなら一晩我慢する」 「もぅ、筧さんったら・・・私に甘えても良いんですよ?」 「風邪が治ったらいっぱい甘えることにするよ」 「期待してますからね、筧さん」
4月20日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”ケーキの罰” 「雨、か……」  窓から夜空を見上げる、絶え間なく雨が降っている。 「だいじょうぶかな、リース……」  昨日はリースの誕生日。  なんだかんだいって毎年リースはこの日家に帰ってきてくれる。  時間が不規則でいつだったかな、日付が変わる直前だったこともあったけど  毎年帰ってきてくれた。  だけど、今年は……帰ってこなかった。  別にリースが俺たちを見捨てたとかそんなことはみじんも思ってない。  リースにはリースのすべきことがある。 「頭ではわかってるんだけどなぁ」  それでもリースに会えると思っていろいろと準備をしてたけど…… 「ふぅ」  俺は窓を開ける、4月にしてはものすごく冷え込んでいる。  予報では冬の陽気と言ってたし、その上でこの雨だ。 「別にこの雨の下で仕事をしてるわけじゃないよな」  具体的にリースがどういう事をしているかは詳しくは知らない。  けど、心配なものは心配だ。 「はぁ」  そのままベットの上に仰向けに倒れ込む。  部屋の電気は消してあるので、暗い天井がみえる。 「……寒い」  窓を開けてたせいで部屋の気温が下がって寒くなってきた。  これは暖房が必要かもしれないな。  窓を閉めるためにベットから起き上がった、そのとき風が動いた。  この感覚は! 「リース!」  突然目の前にリースが現れた。 「タツヤ……」  突然現れること自体は珍しい事ではない、ロストテクノロジーの装備で  姿を消せるし空もある程度飛べる。  窓さえ開いていれば2階にある俺の部屋に直接来ることも可能だ。 「タツヤ……ゴメン」 「リース、何故謝るかはわからないけど、先に言うことがあるだろう?」 「ん……ただいま」 「おかえり、リース」 「タツヤ、ごめんなさい」 「だから、なんでリースが謝るんだ?」 「昨日、帰ってこれなかったから」  リースのその一言を聞いて、俺はリースも昨日を気にしてた事に気づいた。 「かまわないさ、リースにとってはずせない用事があったんだろう?」 「……うん、でもタツヤの気持ちを無駄にした」 「何も無駄になんてなってないさ」 「タツヤは嘘をつくのが下手、昨日はきっといろいろと準備してたはず」 「……リース、ごめんな」 「え?」  俺が突然謝ったことにリースが驚きの声をあげた。 「実はさ、リースのために買っておいたケーキ、賞味期限があってさ。  今朝食べちゃったんだ、ごめん」 「……タツヤ、馬鹿?」 「自覚はしてるさ」 「本当に……タツヤは馬鹿」  そう言いながらリースは静かに微笑んだ。 「くしゅん」 「リース? もしかして濡れてるのか?」  部屋の電気を消してたせいで、リースが雨に濡れているのに気づかなかった。  というか、そんな単純なことに気づかないなんて、リースに会えたことで  俺は浮かれすぎてたのか? 「だいじょうぶ」 「だいじょうぶじゃない、着替えも大事だが風呂だな、いくぞ」 「あ」  リースの返事を聞かないまま、俺はリースを連れて風呂場へ連れて行った。 「服は乾燥機で乾かすとして、とりあえず着替え持ってくるから風呂で温まってて」  今の朝霧家は少ないながらもリースの着替えを用意してある。  一緒に持ってくれば良かったが、リースを暖めるのが先だ。  着替えは後で取りに戻ればいいのだから。 「タツヤ」 「なにか……な!?」  振り向いた先にいたリースは一糸まとわぬ姿だった。   「タツヤ、ワタシのケーキを食べた罰」 「……」  罰って言うかご褒美にみえるのは気のせいだろうか? 「ワタシの髪を洗って」 「……それだけでいいの?」 「まずは髪、その後は一緒にお風呂、そして……」  こうして1日遅れで帰ってきたリースと過ごす夜が始まった。 「タツヤ、大好き」
4月7日 ・穢翼のユースティア SSS”雨” 「酷くなってきたな」 「そうだな」  窓から外を見るフィオネ。その窓に強く打ち付ける雨。 「なぁ、カイム。この雨で……少しは流されるのだろうか?」  フィオネの言う流されるものは、先ほどの抗争の事だろう。  黒羽根事件以来、牢獄で不触金鎖に雇われるという形で治安維持に  参加してるフィオネだが、根の部分は優しい女だと言うことを俺は  知っている。  だから、気休めにしかならない言葉は……言わない。 「少しは流されるだろうな、だがすべてが流れ消える訳じゃない」 「……そう、だな」  フィオネの表情は暗い。  暗殺者として育てられた俺ならいくらでも割り切れる事であっても、  貴族の剣士であったフィオネにはここにはつらい現実がありすぎる。  フィオネの苦悩も、この雨で流れていってくれれば良いのだが…… 「それも気休めだな」 「どうした、カイム?」 「あ、あぁ。雨が酷いな」 「それはさっきもいった事ではないか?」 「こんな日に家に居て風呂に入れるってのは幸せなんだろうな、って  思っただけだ」 「あ……」  俺の意図をくんだのか、顔を赤くするフィオネ。 「今日は疲れただろう? 背中を流してやろう」 「遠慮しておく」 「どうしてだ?」 「カイムが背後に回ると……背中を流すだけじゃすまなくなるだろう?」 「嫌か?」 「嫌じゃないから、困ってるんだ」 「そうか、なら風呂に行こう」 「カイム、話を聞いてたのか!?」 「嫌じゃ無ければいいじゃないか、そういう日があっても」  いつ終わるかわからない牢獄での人生。  不条理だけが真実の、この世界であっても。 「カイムのいってることは不条理だ」 「あぁ、そうだな。牢獄には不条理があふれてる。けど」 「そうだな、こういう不条理なら……」  俺はそっとフィオネの肩を抱いて、風呂場へと向かった。 --- ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”雨” 「酷い雨だね、お兄ちゃん」 「そうだな、イタリアンズを中にいれた方がいいかな」  今夜は台風ではないけど、台風並みの雨と風という予報が出ていた。  そのときリビングの電話が鳴る。 「お兄ちゃん、私が出るからイタリアンズをお願いね」 「了解」  俺は玄関から外に出る。 「わっ」  一歩出た瞬間に傘を開くまもなくびしょ濡れになった。 「すごいな」  傘をさすのを諦めてそのまま犬小屋へ向かう。 「おーい、大丈夫か?」 「わぉん!」  イタリアンズ達が元気に返事する、心配する必要は無いかもしれないが念のためだ。 「玄関に入るぞ」  リードを持つとしっぽを振り出すイタリアンズ。 「悪いな、今日の散歩は無しだ」 「くぅーん」  意味を理解したのか、悲しそうな声をあげる。  俺はそのままイタリアンズを玄関にいれる。 「わ、お兄ちゃん!?」  ずぶ濡れの俺を見て麻衣が驚いていた。 「悪い、傘を差す余裕が無かった」 「大丈夫……じゃないよね、すぐお風呂に入る?」 「あぁ、でもその前に」  俺はイタリアンズのリードを玄関の中につなぐ、そして麻衣が用意してくれた  犬用トイレを玄関の端に置いておく。 「これで大丈夫だな」 「そうだね、ってお兄ちゃんが大丈夫じゃないよ? ほら、早くこっちに来て」 「ちょっと待てって、このまま上がると床がぬれる」 「そんなことよりお兄ちゃんの方が大事なの! ほら、早く」 「ちょっと、引っ張るなって」   そのままバスルームまで連れて行かれた俺はそのまま風呂に押し込められた。 「着替え、持ってきてあげるからちゃんと温まっててね」  俺は言われたとおり、シャワーを浴びてから湯船につかることにした。 「もしかして一番風呂か?」  そうだとすると麻衣や姉さんに悪いことをしたかな。 「お兄ちゃん、今大丈夫?」 「あぁ」 「さっきの電話なんだけどね、お姉ちゃんからだったの」  遅い時間に姉さんからの電話、ということは 「今夜はかえってこれないのか?」 「うん、仕事は終わりそうだけど雨が酷いから泊まるって」 「そっか」  姉さんも大変だな。 「ねぇ、お兄ちゃん」 「ん?」 「背中、流してあげようか?」 「ま、麻衣!?」  麻衣は俺の返事を待たずに浴室へと入ってきた。いつの間にか服を脱いでいて  バスタオルを巻いている。 「私もさっき少しぬれちゃったから一緒にお風呂にはいちゃったほうが  いいかなぁって思ったんだけど……だめ、かな?」  麻衣の上目遣いのお願いに、俺は買ったためしがない。 「もちろん、お兄ちゃんが望むならそれ以上の事も……」 「俺は麻衣が望まないことはしないよ」 「……なら、私が望んだ事なら?」  俺は返事のかわりに麻衣を抱き寄せた。 --- ・FORTUNE ARTERIAL SSS”雨” 「思ったより酷くなったな」 「そうね、どうしようかしら……」  監督生室で業務をいつのものようにこなしていた俺たちは気づいたら酷い雨に  見舞われていた。 「今日は早めに帰ろうって話しておいた、よな?」  天気予報を見て夜は酷い雨になることがわかっていたから、俺はそう提案しておいた。 「だったらきりの良いところで切り上げれば良かったじゃない」  何度かきりの良い場所はあった、けど興が乗ったというのだろうか?  進められるところまで業務を進めておきたいと欲が出てしまった。 「瑛里華ももうちょっとって言ったよな?」 「孝平も言ったわよね?」 「……」 「……」 「どっちも悪い、か」 「そうね……」  二人で苦笑いする。 「白ちゃんを先に返しておいて正解だったわね」  明日のローレルリングの準備がある白ちゃんは先に帰ってもらっていた。 「そうだな、白ちゃんだとこの風で吹き飛ばされかねないもんな」 「いくらなでもそこまでは……」  そこで瑛里華の言葉が途切れた。 「ごめん、私も思っちゃった」 「白ちゃん軽いからな」 「なによ、どーせ私は白より重いですよーだ」 「……そうだな」  思わずいつも両手にかかるあの心地よい重みを想像して、そう答えてしまった。 「ちょっ! そこは否定してくれるところじゃないの!?」  しまったなぁ、と思いつつフォローの言葉を探す。 「そうだな。瑛里華は重くない」 「じゃぁ何が重いのよ」 「……」  言っていいものかどうか悩む、言葉に出したら明らかにセクハラだ。  だが瑛里華の性格からすれば、言わないと納得しないだろう。 「……あ」  俺がどう答えようか悩んでた、そのわずかな時間で瑛里華は意味を正確に  理解したようだ。  その証拠に顔を赤くして、両手で自分の胸を抱くように隠している。 「……孝平のえっち」 「……すまない、でもさ、他の人のは知らないけど俺は瑛里華のその重みが  とても心地よいと思ってる」 「は、恥ずかしい事いわないでよ!」 「重ね重ね申し訳ない」 「……」 「……」  監督生室内に無言の時間が流れる。 「あの、さ。瑛里華」 「な、なに?」 「結局さ、どうやって帰ろうか」 「あ」  話はそこに戻った、窓の外は酷い雨と風。 「しかたが無いわね、今日はここに泊まっていきましょう」  監督生室の1階には仮眠室がある、というか倉庫の一角に作られた。  人手不足の生徒会、帰れないだけならまだましで、眠れないほど忙しい時も  ある、そういうときの仮眠室……なんだけど。 「なぁ、瑛里華」 「な、なに?」 「もう夜も遅いし仕事もはかどったからさ、寝ようか?」 「っ!!」  明らかに動揺してるのがわかる。 「俺が言っても説得力ないかもしれないけどさ、瑛里華がいやがることは俺は  しないよ、俺はここのソファで寝るから」 「駄目よ!」  瑛里華がすぐに否定する。 「仮眠室でちゃんと寝ないと身体壊すわよ? だから、孝平がそう言って  くれるのなら……一緒に、寝ましょう」 「ありがとう、瑛里華」  俺たちは部屋の電気を消して階下に降りる。 「ねぇ、孝平は私の嫌がることはしないのよね?」 「あぁ」 「じゃぁ、ね……私がして欲しいことは?」 --- ・大図書館の羊飼いSSS”雨” 「酷い雨だね」 「そうだな」 「こんなに酷い雨だと私、おうちに帰れない〜」 「はいはい、わかったから次の課題だ」 「ちぇー、京太郎のいぢわる」 「そうか? 帰れないのなら泊まっていけばいいだけじゃないか」 「……え?」 「そこで素に戻るのか、凪は……」 「だって、彼氏に泊まっていけなんて言われたら……期待しちゃうじゃない」 「わかった、期待に応えることにしよう、今日は問題集もう1冊追加だ」 「ちょ、その期待違うから!」  帰る帰らないの話以前に、凪は俺の部屋にすんでいる。  外が大雨だろうが台風並みの風が吹こうが、そんな心配はいらない。  それよりも遅れてる凪の学力を平均値まで伸ばす事が重要だった。  そうでなければ落第してしまう、それは俺が凪と一緒に学園生活をすごす  時間が減ってしまう事を意味する。  だから、凪との時間のいくらかは、こうして勉強に充てているのだ。 「こんな雨じゃ洗濯物乾かないわね〜」 「乾燥機付きだから大丈夫だ」 「そうだけど、やっぱりちゃんと干したいじゃない」 「凪、そんなに洗濯したいのか?」 「うん、ちょっと心の洗濯もしたいかなぁって……だめ?」 「……」  上目遣いの凪の可愛さは恐ろしい、思わず頷きそうになってしまう。 「京太郎?」 「……休憩はちょっとだけだぞ、その後続けるからな」 「わぁい、ありがと♪ はぁ〜」  凪はすぐにベットに倒れ込んだ。 「しゃーわせー」 「俺はもしかして凪を甘やかしすぎてるんだろうか?」 「あら、京太郎だって私に甘えてるじゃない?」 「そうか?」 「うん、主に夜、いつも私が胸で受け止めてるじゃない?」 「……」  心当たりがありすぎて否定できなかった。 「私ね、京太郎が望むことならなんでもしてあげるんだから、ね?」 「じゃぁ勉強再開」 「えー!? 普通そうなる?」 「今夜は勉強する日だって昨日の夜決めただろう?」 「そうだけどー、こう、モチベーション? 続かないのよね〜」 「動機なら俺の方にはある、凪と同じ学年で過ごし同じ年に卒業したい」 「京太郎……」  今のままの学力では凪は間違いなく落第してしまう、それだけは避けたかった。 「あ、でもさ、別に卒業出来なくても良いような気がするんだけど」 「駄目だろ、ちゃんと卒業しないと」 「そう? だって私の就職先は決まってるじゃない、京太郎の……お嫁さん」  その一言の破壊力に思わずその場でうずくまりそうになる。 「駄目、かな?」 「駄目もなにも、それは決まってることだしな」 「わぁぉ……言いきられちゃった」  凪は突然胸を押さえる。 「ここ、打ち抜かれちゃったかも」 「……」  押さえられた胸が形を変えるのが服の上からでもわかる。 「ねぇ、私は京太郎のお嫁さんになるんだよね?」 「もちろんだ」 「うん……だから、ね?」 「そうだな、今夜、これから」 「うん」 「勉強だな」 「ちょ、なんでそーなるの!?」 「おまえな、俺だって学習能力あるんだよ、これじゃぁ昨日の夜と同じ展開だろ?」 「なら、明日は学園の勉強の日にして、今日はえっちの実習にしよ?」 「だから、同じ展開だって言ってるだろう?」 「うん、だから、同じ展開でいこ? 京太郎♪」  こうして学園の勉強の日はまた明日の夜にずれ込むことになった。
[ 元いたページへ ]