思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2013年第1期
3月31日 大図書館の羊飼い sideshortstory「プレゼントされた時間」 3月19日〜 大図書館の羊飼い sideshortstory 人気投票狂想曲 3月14日 sincerely yours your diary short story「初めてのホワイトデー」 2月19日 FORTUNE ARTERIAL SSS”看病の誕生日” 2月14日 sincerely yours your diary short story「初めてのバレンタイン」 2月11日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”愛情いっぱい” 2月4日 穢翼のユースティア SSS”愛願のユースティア〜節分〜” 1月31日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「輝きの朝」 1月23日 大図書館の羊飼いSSS”不意打ち” 1月22日 大図書館の羊飼いSSS”好きなことを自然に” 1月18日 大図書館の羊飼い SSS”湯当たりしただけ” 1月7日 sincerely yours your diary short story「お正月のお約束」
3月31日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「プレゼントされた時間」 「おはよう、筧くん。今大丈夫かな?」 「おはよう。起きてたから大丈夫だよ」  日曜の朝、白崎から電話がかかってくる前に桜庭からのメールが届いた着信音で  目が覚めていた。 「筧くんのところにも玉藻ちゃんからメール、来てるよね」 「あぁ」  メールの内容は、今日は図書部の活動を休みにする、という事だった。 「昨日の夜まで玉藻ちゃん、何も言ってなかったのにどうしたんだろう?  筧くんは何か聞いてない?」 「桜庭からは何も聞いてない」  新入生を花と笑顔で迎えようプロジェクトは佳境を迎えている。  大量のプランターにはたくさんの花が咲いていて、後は汐美学園中に設置する  だけという状態になっている。問題はいつ設置するかだった。  学園都市である汐美学園、その敷地のすぐ横にはたくさんの寮が存在する。  別に隠す訳じゃないけど、早めに設置してしまうと新入生が様子を見に来てしまう。  だからなるべく入学式の日に設置を終わらせるのがベストだ。  ただ、あれだけの数を一晩で設置するのは不可能に近い。  その点をどうするか、昨日の夜まで関係各所と話し合いを重ねている。  まだスケジュールが決まってない今日も図書部としての活動はあるはずなのだが。 「実はね、筧くんに電話するまえに佳奈ちゃんと千莉ちゃんにも電話してみたの。  メールは届いてるって言ってたよ」 「そういえば俺は別に誰にも確認してなかったな」  たぶん、このメールが俺の想像してる通りのものなら、佳奈すけも御園も  ”メールが届いていた”事や”メールの内容”に関しては俺たちと同じものだろう。  白崎の事だからそこまでは聞いてないと思う。 「筧くんはどう思う?」 「そうだな……、とりあえず白崎の部屋に行って良いか?」 「え?」  驚かれてしまった、まぁ話の展開的にはつながらないし驚くよな、普通。 「どどど、どうして私の部屋に?」 「別に白崎がこっちに来てくれてもいいんだけどさ」 「……ううん、筧くんが来てくれた方が時間的に助かるかな」 「今日もお世話になります」 「今日もお世話をいたします、なんてね」  弥生寮の白崎の部屋で朝ご飯を一緒に食べる。 「いつ食べても美味しいよな」 「ありがとう、筧くん」  簡単な朝食だが、白崎の手作りご飯を食べてしまうともうコンビニのおにぎりに  戻れなくなる、というか戻れなくなってしまってる。 「それで、メールの話だけど筧くんはどう思う?」 「俺の想像だけどさ、俺たちに気をつかってるんだと思う。白崎の誕生日の件で」  先日、白崎の誕生日の日も図書部は多忙で1日中身動きとれなかった、というか  あちこち動き回っていた。  それでも活動の終わりにする時間の最後に、買ってきたケーキとペットボトルで  簡単ではあったけど白崎の誕生日をお祝いした。 「そんなこと気にしないでいいのに、私はとても嬉しかったよ」  桜庭がサプライズで準備した簡単な誕生会、だけど白崎はうれし涙をながすほど  喜んでいた。 「だからだろうな」 「?」 「桜庭はちゃんと祝いたかったんだと思うよ、白崎の誕生日。だけど時間が無い。  しかたが無く簡単な誕生会になったんだけど、白崎の喜びようを見た桜庭なら  きっとこう思うだろうな」 「もっとちゃんとお祝いして白崎を喜ばせてあげたかったな」 「玉藻ちゃん……」 「これは想像だけどな、今日のお休みは桜庭や御園、佳奈すけ達からの誕生日  プレゼントだと思う」  たぶんこうしている今も図書部の部室には桜庭が一人でスケジュールの組み立てに  悪戦苦闘してるだろう。  御園も佳奈すけも手伝っているだろう。高峰も外を駆け回ってるだろう。  メールも別な意味で全員に発送されてるはずだ。  今日は休みにする、というメールと俺たち以外にはその真意のメールも。 「玉藻ちゃん……」 「ふぅ、ごちそうさま。美味しかったよ」 「あ、ありがとう、じゃなくてお粗末様でした。今お茶いれるね」  急須から注がれたお茶を一口飲む。 「それで、白崎はどうしたい?」 「え?」 「白崎の事だから答えはもう出ているんだろう?」 「……さすが筧くんだね」 「当たり前だろう? 俺は白崎の彼なんだからな」 「うん、ありがとう」  俺は近づいてきた白崎にそっと口づけをする。 「でも、ちょっとだけ、ちょっとだけくらいは、プレゼントの時間を  自由に使っても……いいよね?」 「もちろん、だって”プレゼントされた時間”を使うのはもらった人の自由だからな」 「うん、でもその前に洗い物……しちゃうね」  そう言うと白崎は顔を赤くしながら立ち上がる。 「エプロン着るから、ちょっと目をつぶっててね……」 「おはよう、みんな」  図書部の部室に入る、そこには予想通り桜庭が一人で仕事をしていた。 「な、白崎! それに筧まで。今日は休みだってメールしただろう!」 「じゃぁなんで玉藻ちゃんはここで仕事してるのかな?」 「え? あ、その……自主的休日出勤ってやつかな」 「じゃぁ私もそうしようかな」  そう言ってお茶を入れる用意をする白崎。 「おい、筧。おまえなら意図をわかってくれると思ったのだがな」 「メールの意味はすぐに想像できたよ」 「じゃぁなんでだ?」  俺が答える前に白崎がお茶を持って戻ってきた。 「玉藻ちゃん、お茶どうぞ」 「あ、ありがとう」 「でね、玉藻ちゃん。今日のお休みは玉藻ちゃん達の私へのプレゼントなんだよね?」 「あ、あぁ……」 「だったら、もらった時間は私が好きに使ってもいいんだよね?」 「白崎、もしかして……」 「うん、みんなからもらった時間、みんなと一緒に使いたいの。駄目、かな?」  白崎のお願いモード、これを拒否できる人はそうそういない。 「……わかった、一緒に仕事をしよう」 「ありがとう、玉藻ちゃん!」 「ただいまー、って白崎さん!?」 「あー、やっぱり」  仕事から戻ってきた佳奈すけは驚きの声をあげる、御園はまるでわかってましたって  いう顔をしていた。 「白崎先輩の事だから、こうなる気がしてたんです」 「そういうこと! だから今日もがんばろうね、みんな!!」
3月14日 ・sincerely yours your diary short story「初めてのホワイトデー」 「ただいま」 「あ、おかえりなさい」  今日は早めに切り上げて帰ってくるっていってたお父さんが帰ってきた。 「おかえり、達哉。ご飯にする、それともお風呂にする、それとも」 「おーかーあーさーん?」 「もぅ、リリアったらそんなに怖い顔しないの、ちょっとした冗談なんだから」 「お母さんの場合、冗談じゃないときの方が多いでしょ?」 「んー、そうかも、てへ」  軽い頭痛が起こる、いい年齢しててへ、とかないでしょう?  でも、それが妙に似合うから、余計に頭が痛くなってくる。  本当にお母さん、もう3 「リリア、それ以上考えちゃだめよ」 「・・・わたし、本当に頭痛くなってきた」  いつもながらだけどこういう話題の時のお母さんの直感は鋭すぎる。 「あの、リリア」 「なに、お父さん」 「その、な・・・えっと」  なんだかお父さんが挙動不審になってるみたい、どうしたんだろう? 「ふふっ」  それを見たお母さんが笑ってる。 「達哉、今の達哉って一月前のリリアと同じくらい変よ?」 「ちょっとお母さん、わたしが変ってどういうこと?」 「あら、詳しく言ってもいいの?」 「・・・」  こういうときのお母さんは本当に詳しく説明してくることがある。  その内容が恥ずかしいことだったら、たぶん耐えられないレベルで詳しく描写  してくるかもしれないので、遠慮しておくことにした。 「ほら、達哉も」 「あ、あぁ・・・リリア、これを受け取ってくれないか?」 「え?」  お父さんから渡されたのは小さな包みの入った袋だった。 「リリア、今日が何の日だか忘れたわけじゃないでしょう?」  もちろん知っている、今日はホワイトデー。  バレンタインの時にお父さんにチョコをあげたからお返しをもらえるかもしれないと  思ってたけど、きっと食後とか落ち着いてからって勝手に思ってた。 「その、さ、早く渡した方がいいかなぁって思ってさ、だからリリア」 「うん・・・ありがとう、お父さん」 「はぁ、よかった」  なんだか力が抜けたようなお父さん。 「達哉も娘にお返しするだけでそんなに緊張してるのよ」 「そうはいっても経験ないんだから仕方ないだろう?」 「・・・わたし、ちょっと部屋に戻ってるから」  振り返るときっとお母さんが笑ってる。  わたしは顔をそんなお母さんに見られるのが恥ずかしいから一気に階段を駆け上がった  バタン、と部屋の扉が閉まる音がする。  わたしは紙袋をもったままベットに仰向けに倒れ込んだ。  そしてそっとその袋を抱きかかえる。 「くすっ」  さっきまでのお父さんの様子を見てなんだかおかしくなってきた。  娘にお返しを渡すだけなのに、あれだけ緊張して、受け取ってもらえたら一気に力が  抜けたようになって。  その様子がなんだか可愛くって、面白くって・・・そして嬉しかった。 「・・・あれ?」  紙袋の中になんだか堅いものが入ってる感触がした。  中をのぞいてみると、お菓子が入ってると思う箱以外にもう一つ包みがあった。 「なんだろう?」  その包みを取り出して開けてみる。 「あ・・・」  それは髪飾りだった。  私の髪型は横に一つにまとめた形にすることが多い。  そのまとめたところにつけれるような、髪飾り。  装飾は少ないけど、綺麗な色で一目見て気に入った。 「つけて・・・みようかな」  まだ今日は髪をほどいてないので、そのままつけることができる。  わたしは姿見の鏡の前に行って、鏡を見ながら髪飾りをつけてみた。 「似合う・・・のかな?」  可愛い髪飾りだけど似合ってるかどうか不安だった。 「お父さんに・・・見てもらおう、かな」  わたしは部屋を出た。 「あ、リリア。夕食の支度できたわよ」  リビングではお母さんが夕食の準備を、お父さんはソファの方に座っていた。 「あの、お父さん」 「リリア・・・良かった」 「え?」  わたしが聞く前にお父さんはふぅ、と大きく息をはいた。 「似合うと思って買ってきたけど、よく似合っていて良かったよ」 「あ」  お父さんはすぐにわたしの変化に気づいてくれたんだ。  ちょっとしたことだけど嬉しかった。 「お父さん、ありがとう、大事にするね」  わたしはお父さんにちゃんとお礼を言った。  これで終われば綺麗だったんだろうけど、そこは我が家というか我が母というか。 「たーつーやー?」 「な、何かな、シンシア?」 「私にはお菓子だけでリリアにはアクセサリもあるのなんて不公平じゃないの?」 「えっと、その・・・」 「リリアだけなんてずるいずるいずるーい!!」  いきなり駄々をこね始めたお母さん・・・頭が痛くなってきた。 「そのさ、シンシアの分もって思ったんだけどさ」 「うんうん」 「今日は時間がなくて買いに行けなかったんだよ」 「リリアの分はあったじゃないの」 「リリアのは前から用意しておいたから」 「ずるいずるいずるーい! リリアだけずるいー!」 「・・・お母さん、その辺にしておかないとご飯食べれないよ?」 「いいわよねー、リリアは髪飾りもらったんだから」  お母さんはいじけモードに入ってしまったようだ。 「・・あ」  と、思ったらすぐに復活した。 「そうだ、ねぇ、達哉」 「・・・お手柔らかに頼みたいな」  お母さんが何かを言う前にお父さんはすでにあきらめてるようだった。 「うふふ、私がバレンタインでプレゼントしたチョコのこと、覚えてるよね?」 「もちろん・・・はっ、まさか?」 「そう、そのま・さ・か、よ♪」  何を意味するか、わたしも気づいてしまった。 「お母さん!」 「なに、リリア」 「ももも、もしかして、あれを?」 「あれ? あれって何のことかしらねぇ、お母さんわからないから教えてほしいな」 「お母さん!!」 「はいはい、ごめんなさいね、だけどリリア」 「なに?」 「ちゃんと部屋に戻ってからにするから安心してね」 「いちいち娘に報告しなくていいの!!」
2月19日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”看病の誕生日” 「はぁ・・・」  ぼーっとする頭でどうにかならないものかと考えてみる。  だが、何も良い案が思いつかなかった。  今日は白ちゃんの誕生日、平日だから授業もあるし生徒会もある。  だからこそ生徒会の業務を前倒しで進めて、今日の夜だけでも時間を  作ろうと頑張った。  その甲斐あって生徒会の仕事自体はなんとかめどが付き時間を作る  事に成功したのだが、無茶なスケジュールのせいか、風邪をひいて  しまった。そうして今、自室で寝ている。 「せっかく時間作れてもこれじゃぁ意味がないよな」  風邪くらい問題無いと思って午前中は授業を受けてたが、熱が高くなり  午後の授業は早退せざるを得ない状態になってしまった。 「・・・」  せっかく白ちゃんの誕生日を祝おうと色々考えてたけど、熱のせいか  考えが全くまとまらない。 「夜になることに風邪が良くなる・・・訳ないよなぁ」  薬を飲んではいるが、そうそうすぐに効く訳はない。  考えるのをやめて目を閉じた。 「・・・ごめん、白ちゃん」 「謝る必要なんて無いです、支倉先輩」 「でもさ、せっかく色々と頑張ったのに、風邪ひいちゃって」 「わたしは支倉先輩と一緒に居られればそれで幸せです」 「そうか・・・俺もだよ、白ちゃん・・・あれ?」  今俺は誰と会話してるんだ?  俺は閉じていた目を開けた。 「あれ・・・白ちゃん?」 「支倉先輩、だいじょうぶですか?」 「えっと・・・」  思考が追いついてこない、どうして今、白ちゃんがここにいるんだろうか? 「ゆっくり休んでください、支倉先輩」  白ちゃんが俺の手を握ってくれた。 「白ちゃん・・・」  俺の意識はそのまま落ちていった。  ・  ・  ・ 「・・・ん」  今何時だろう?  いや、それよりもなんで俺は寝ているんだ?  頭の中にもやがかかってるような感覚、どうもすっきりしない。  とりあえず起きあがろうとして。 「ん・・・」  俺以外の声が横から聞こえた。  その方向を見ると、白ちゃんが俺に寄り添うように眠っていた。  その姿を見て、何があったか思いだした。 「白ちゃん・・・」  あれから俺がどれくらいの間眠っていたのかははっきり覚えてない。  けど、その間ずっと白ちゃんが居てくれた。 「まったく、風邪がうつったらどうするんだよ」  きっと白ちゃんの事だから、風邪がうつることより俺の風邪が治る事の  方を心配していてくれたんだろうな。 「ありがとう、白ちゃん」  そっと頬にキスをする。 「ん・・・あ、はせくらせんぱい・・・」  白ちゃんを起こしてしまったようだ。 「おはよう、白ちゃん。今までずっとありがとう」 「え・・・あぁ!」  白ちゃんは急に顔を真っ赤にして俺の横から飛び退いた。 「白ちゃん?」 「ごめんなさい支倉先輩、ずっと看病するって言ったのに一緒になって  眠っちゃいました」 「いや、それは構わないんだけど・・・それよりも白ちゃん、時間は?」 「えっと・・・」  白ちゃんは持っていた携帯で時間を確認する、その時間は思ったより遅く  すでに消灯時間を過ぎていた。 「わわ、どうしましょう?」 「そうだな、とりあえず白ちゃんも薬を飲もうか」 「え? わたしは風邪をひいてませんけど」 「俺のがうつったかもしれないから、予防として飲んでおいてくれないか?」 「はい、わかりました」 「それから部屋に戻って・・・は、難しいか」 「はい・・・」  消灯時間が過ぎてる今、白ちゃんが部屋に戻るのは難しい。  誰にも見つからなければ問題はないのだが・・・ 「あ、でも看病していてこの時間になった・・・って言い訳もダメかもな」 「はい、申請を出してきていませんでした、ごめんなさい」 「いや、白ちゃんが謝る必要なんてないから、むしろ謝るのは俺の方だから。  ごめんな、せっかくの誕生日に何もしてあげられなくて」 「いえ、いいんです。わたしは支倉先輩と一緒に過ごせただけでも充分幸せです」 「白ちゃん・・・」  俺には出来すぎの彼女だな、そんな彼女の為に俺が出来ることは・・・ 「ねぇ、白ちゃん。今度の休みの日にデートしよう」 「え? デート、ですか?」 「あぁ、今日の埋め合わせもかねて、デートしよう」 「はい!」 「それと、白ちゃん。遅くなったけど誕生日おめでとう」 「ありがとうございます、支倉先輩!」
2月14日 ・sincerely yours your diary short story「初めてのバレンタイン」 another view シンシア・A・マルグリット 「・・・」   「・・・」  夕食後のリビングのソファ、普段なら家族団らんの時間なのに達哉もリリアも  言葉少なくただ時間だけが過ぎて行ってる。  ふふっ、二人とも緊張しちゃってるのね。  まったく、達哉もリリアも可愛いんだから。洗い物が終わったら私が一肌  脱いであげようかしら。  ・・・でもそれだけじゃぁ面白くないかな? another view end. 「達哉、お茶のお代わりいる?」 「あ、あぁ」  お父さんの湯飲みにお母さんがお茶を注ぐ。 「なんだか喉が乾いてさ、助かるよ」 「それはそうよね、そんなに緊張してれば喉も乾くわよね」 「ぶほっ!」  お茶を飲もうとしてたお父さんがむせる。 「それはリリアも同じよね〜」 「え、ななななんでわたしも同じなのかな?」 「・・・わかりやすいわね、リリア」 「・・・」  動揺を抑えるために無言で耐える。 「まったく、初々しいのは見ている方は楽しいけど当事者達は大変でしょ?  ちゃちゃっとあげちゃいなさいな、リリアの初めてを」 「ぶはっ!」  お茶を飲みかけていたお父さんがまたむせた。 「お母さん! 変な誤解させるような言い方しないでよ!」 「あら? 間違ってたかしら? それともリリアは何を誤解させたと  思ったのかしらね?」 「うぅ」  こういう時のお母さんは手強すぎる、出来れば逃げたい所だけどそうも行かない。   「よし、女は度胸!」 「度胸って漢字で書くと胸って文字がはいるのよね、リリア」 「・・・何が言いたいの、お母さん?」 「言って欲しい?」 「ごめん、今はやめて」  なんだか立ち直れなくなりそうだからお母さんを止める。 「・・ん、その、お父さん」 「な、なにかな?」 「その・・・今日はそう言う日だから・・・えっと」 「リリア、ふぁいと!」  お母さんの応援を背に私は隠し持ってた小箱をとりだした。   「バレンタインのチョコ・・・もらってくれる?」 「ありがとう、リリア。嬉しいよ」  お父さんは嬉しそうに、それとほっとしたような顔でチョコの箱を受け取って  くれた。 「開けていいかい?」 「え、いまここで?」 「あぁ、リリアから初めてもらったチョコだからな、すぐに食べたい」 「え・・・あ、うん・・・たいしたものじゃないけど」 「ありがとう、リリア」  お父さんはもらったばかりの玩具を開けるような笑顔でチョコの箱を開けた。   「そのね、お父さん。手作りだから味の方は自信がないんだけど・・あ」  私の説明が言い終わる前にお父さんはチョコを一つ手にとって食べた。 「美味しいよ、リリア」   「本当?」 「あぁ、甘くて美味しいよ、ありがとう」 「うん!」  お父さんに喜んでもらえた、美味しいって言ってくれてとても嬉しい。  研究のプログラムや機材を組むようには上手く行かなかったけど、  手作りでつくって良かったぁ。 「はい、それじゃぁ今度は私が達哉にチョコをあげる順番ね」 「シンシアもくれるのか?」 「当たり前じゃない、私だって達哉にチョコあげたいもの」  そう言うとお母さんも小箱をとりだした。  そしてお父さんにわた・・・さない? 「ふふっ」  自分の手で小箱のふたをあけた、そして中にあるチョコを自分で食べる。  もしかして・・・もしかして!? 「ん・・・」 「な、ななな、なに、してるのよ!!」  お母さんは口に含んだチョコをお父さんに渡した・・・口移しで。 「何ってチョコをプレゼントしただけよ?」 「プレゼントしただけって、なんで口移しの必要あるのよ!」 「それはね、達哉と私はらぶらぶだからよ!」  ドヤ顔でそう答えるお母さん。 「まったくリリアもまだまだ子供ねぇ、キスくらいで顔赤くしちゃって・・・  可愛いんだから」 「−−−−っ!」 「まったく、そんなにうらやましいんだったらリリアもしてみる?」 「出来る訳ないでしょ!!」  よりにもよって年頃の娘の前で両親がキスなんて、そしてそれを娘に勧める  母親だなんて・・・ 「・・・はぁ、もう部屋に戻るから後は二人でどうぞ」 「リリアの許可も出たことだし、達哉。もっとしましょ♪」 「節度のある行動、してよね!!」 「リリア」  リビングを出る私をお父さんが呼び止める。 「本当にありがとうな、チョコ、とっても嬉しかったよ」 「え? あ・・・うん」 「おやすみ、リリア」 「うん・・・お休みなさい、お父さん」  お母さんが何かを言いかけてたけど、それよりも先に私は部屋へと戻った。 「ふぅ・・・」  ベットに横になる。 「・・・ふふっ」  お母さんの妙なちょっかいはあったけど、お父さんにちゃんとチョコを  渡せたし、喜んでもらえた。 「よかったぁ・・・」  私も結構緊張してたのか、汗をかいてしまった。 「お風呂入ろうっと」  着替えをもって部屋を出た。 「はい、達哉、あーん」 「さすがにそれは恥ずかしいよ、シンシア」  ・・・ 「まだやってたのね・・・」  リビングで私が見た光景は明らかにお母さんにつきあわされて困ってる  お父さんの姿だった。
2月11日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle SSS”愛情いっぱい” 「ふぅ・・・」  知っているけど見慣れてはいない空間。  ここは、遠山家の風呂だ。  昨日の翠の誕生日の日、1日一緒に過ごしてそのまま泊まった。  翠の両親は誕生日をどうしても祝いたかったそうだが、今年の翠の誕生日は  連休の中日、演奏家としてははずせないコンサートになってしまったそうだ。  それでも連休最終日の今夜には帰ってくるそうだ。  誕生日の日に両親が帰ってこられないことに翠は残念がっていたけど、  結果からいえば一晩中・・・じゃなかった、一日中俺と一緒に過ごせる事になった。  そうして迎えた、連休最終日の朝、俺は遠山家の風呂に入って疲れをとっていた。 「そういえば、以前もこんな事あったっけ」 「そうだね、達哉」 「その時もこうして翠が乱入して・・・って翠!?」 「達哉気づくの遅っ!」  気づくとバスタオルを身体に巻いた翠が浴室に入ってきていた。 「いつのまに?」 「ちゃんと入るよ〜っていったじゃない」 「・・・聞いてなかった」 「そういえば返事は無かったかも、それよりも背中流してあげるから出て」 「ごしごしっ、っと」  声に出しながら翠は俺の背中を流してくれる。 「達哉、痛くない?」 「大丈夫、気持ち良いよ」 「よかった、達哉の背中を流すなんて久しぶりだからちょっと緊張しちゃった」  緊張したっていう割には翠はリラックスしてるように見える。 「・・・」 「翠?」 「・・・えい」 「え?」  無言になったかと思った翠がそのまま俺の背中に抱きついてきた。 「ちょ、ちょっと、翠さん?」 「暖かくて広い背中だね」 「そ、そうなの・・・かな?」  抱きついてきてるのでタオル越しとはいえ翠の胸が背中に押しつけられてくる。  その柔らかさを感じるだけで、血が集まってきそうになる。 「・・・あれ、達哉。もしかして感じちゃったとか?」 「女の子がそう言うこと言うんじゃありません」 「あのさぁ、達哉。今の達哉に説得力あると思う?」 「・・・ありません」  反応しきってる状態では何を言っても説得力なんてありゃしないだろう。 「もう、達哉のえっち。夜、あんなに激しく何度も出したのに、もうこんなに・・・」  後ろからのぞき込んでいた翠の声が途切れる。 「・・・ん、まだ時間はあるから、とりあえずお風呂はいろ」  背中の泡がシャワーで洗い流される。 「んふふ、えいっ!」 「え?」  シャワーを止めた後に翠は俺の腰に巻かれたタオルをはぎ取ってしまった。 「湯船にタオルをつけちゃいけないんだよ?」  そう言うと翠もタオルをはずした。 「・・・翠」 「達哉」  俺は翠を抱き寄せたまま、その場で口づけを交わした。  ・  ・  ・ 「さすがにもう無理〜、のぼせた〜」 「・・・」  風呂上がり、リビングには下着姿で倒れる二人の姿があった。  この間どれだけのことがあったのかは、誰にも言うことは無いし言うつもりは  ないけど・・・ 「我ながらよく出来たもんだ」  昨日の今日でここまで出来るのも、もう愛の力としか説明できないかもしれない  くらいの情事になった。 「達哉、朝ご飯食べれる?」 「軽い物ならなんとか・・・」 「じゃぁ、昨日のカレーにしよっか」 「カレーって軽かったっけ?」 「軽食のメニューにあるんだから軽いんじゃない?」  言われてみればそんな気がする。 「それじゃぁ翠特製のカレー、頼むかな」 「りょーかい、翠特製愛情いっぱいカレー、はいりまーすっ!」  そう言って起きあがった翠は下着姿の上からエプロンをつけた。 「・・・」 「達哉?」 「・・・」 「もぅ、達哉のえっち」  愛情いっぱいのカレーを食べる前にまだ翠に愛情を注げそうだった・・・
2月4日 ・穢翼のユースティア SSS”愛願のユースティア〜節分〜” 「どうした、ティア」  家へ戻るとティアが出迎えてくれるのはいつものことだが、少し元気が無い。 「はい、実は豆が買えませんでした」 「豆? 食べたくなったのか?」 「いえ、違うんです。今日は節分という儀式の日だそうです」 「節分?」  聞いたこと無い儀式の名前だった。 「実は・・・」  なんでもリシアが古文書を解読し、いろんな儀式を復権させているらしい。  王の仕事も忙しいだろうに、よくやる奴だな。 「それも民の為だそうですよ、カイムさん」  俺の感想にティアは少し怒ったようだった。  そんな昔の儀式に節分、というのがあるそうだ。  毎年この時期の季節の変わり目に邪が発生しやすい。  その日にその邪を追い払い福を呼び込むために、豆を撒くそうだ。 「ですので豆撒きをしようと思ったのですが・・・」 「肝心の豆が買えなかった訳か」 「はい」  ノーヴァス・アイテルが地上に降り、色々と変わった今の世界。  だが、すべてがすぐに良くなるわけではない。  穀物は新たな土地で育て初めても収穫まで時間はかかるし、先の大戦の  傷跡もまだ残ったままだ。  食料こそ王城の備蓄室から上層から下層、最下層地区まで満遍なく配布  されてるので飢えることは無いが、それでも嗜好品などは昔同様なかなか  手に入らないご時世だ。 「さすがに豆は、新たな土地に撒いて育てる為に使われてるだろうな」 「えぇ・・・」 「・・・で、ティア。その節分の儀式とやらをどうしてもしないといけないのか?」 「え? い、いえ、そんなことはないですけど・・・」 「我が家もそんなに余裕がある訳じゃないからな、豆なんて買えないだろう」  それ以前に豆が闇市などで売ってるかどうかもわからない。 「・・・でも、カイムさんへの邪をはらい福を呼び込む事ができません」 「俺か?」 「はい、今の私には力がありませんから何かあったときカイムさんを、え?」  俺はティアを抱きしめる。 「大丈夫だ、ティア。今の俺だって俺自身とティアくらい守ってやれる」 「カイムさん・・・」 「その邪とやらは、俺のナイフで撃退する」 「いえ、そう言うことじゃないと思うんですけど・・・」 「俺のナイフの腕、信用できないか?」 「とんでもない、リンゴの皮むきを見せてもらったことがありましたけど  とてもすばらしかったです」 「・・・」  何のたとえだよ・・・ 「あとは、福だけど・・・それはもういい」 「どうしてですか?」 「・・・」 「・・・カイムさん?」 「言わないとわからないか?」 「ごめんなさい、私は馬鹿だから・・・んっ!」  ティアの言葉をふさぐ。 「あのな、もうティアが居てくれるだろう? それだけだ!!」 「カイムさん、それって・・・」 「これ以上言わせるな!」 「・・・はい!」  俺が家に帰ってきたとき元気がなかったティアだったが、今はいつも以上に  上機嫌になった。 「・・・俺もティアも単純なんだな」 「何か言いました?」 「いや、なんでもない。今日の晩飯の支度頼むぞ」 「はい、任せてください!」
1月31日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「輝きの朝」 「ん・・・」  もう・・・朝?  ぼーっとした頭が、なんだかいつもより寝足りないと訴えている気がする。  でも身体は妙に充実しているというか、安心している。  身体は温かく、それでいて熱さの余韻を持っている感じが・・・ 「・・・あ」  目の前にある達哉の顔を見た瞬間、覚醒する。  一瞬恥ずかしさに叫びそうになる、けど叫び声はもちろんでることはなかった。 「確かに恥ずかしいですけど、達哉ですから、ね」  昨日の夜遅く、達哉からメールが届いた。  メールにはお話したいことがあるのですけど、大丈夫? と書かれていた。 「お話・・・何の話でしょう?」  達哉の事だからまた何か企んでいるのかもしれませんが、もし困っている事の  相談だといけませんので、こちらから電話してお話を聞くことにします。 「あ、エステルさん、こんばんは」  すぐに電話にでた達哉、まるで電話を待っていたような早さです。 「こんばんは、達哉。お話って何のお話でしょう?」 「はい、どうしてもエステルさんに会ってお話したいことがあるのですけど、  今からお会いしにいっても大丈夫でしょうか?」 「今からですか?」  部屋の時計を見る。  達哉がバイトを終え、イタリアンズの散歩が終わる頃の時間だ。 「私はまだ起きているので構いませんが・・・」 「じゃぁすぐに行きます!」 「あ、達哉?・・・もぅ」  電話が切れてしまった。なんだかちょっと寂しい。 「でも、こんな遅い時間にいったい何のお話なのでしょう?」  寒い夜、わざわざ礼拝堂まで来ると言うのだから大事なお話かもしれません。 「とりあえずお茶の準備だけはしておきましょう」  その時インターホンの鳴る音が聞こえた。 「あら?」  以前、月が一時的にブームになった際、この礼拝堂に昼夜を問わず人が訪れる事が  あり、その際夜中の不法侵入の事件が発生したことがあった。  その時から夜遅くは礼拝堂の入り口は施錠し、司祭の居住区画の入り口には  インターホンが設置されることになりました。  本当は昼夜問わず信者の為に門戸は開けておくのが好ましいのですが・・・ 「交代要員のいない礼拝堂でそれは危険すぎます。  それにエステルさんは女の子なのですからダメです!」  達哉の説得とモーリッツ様も二つ返事の許可で鍵とインターホンがつけられる  事になりました。 「エステルさん」 「達哉!? もう来たのですか?」 「はい」 「今開けます!」  ドアを開けると、甘い香りと視界一杯の花束が私を出迎えた。 「エステルさん、こんばんは。プレゼントです」 「これは、もしかして・・・」 「はい、エステルさんもご存じの浅黄水仙です」 「・・・もぅ、達哉の意地悪です」 「すみません、改めて、これはフリージアです」  浅黄水仙はフリージアの和名で、以前達哉が教えてくれたことです。 「まだちょっと早いけど、誕生日おめでとう、エステルさん」 「え・・・あ」  明日は私の誕生日、達哉は毎年色々と私を驚かせてくれる。  今年も楽しみに、そして覚悟をしていたのですけどまさか前日の夜から誕生日の  お祝いを受けるとは思ってませんでした。  部屋に招き入れてお茶を振る舞う。 「ありがとうございます」 「達哉、お話って」 「はい、エステルさんの誕生日を一番に祝いたかったんです」 「・・・あきれた」  と、同時に安堵する。変な話じゃなくて良かったと。 「でも私の誕生日はまだちょっとだけ先ですよ?」 「わかっています、でも朝になってしまうと一番じゃなくなっちゃう気がして」 「だから今の内に?」 「はい」  私も達哉に一番にお祝いの言葉をもらえるのはとても嬉しいです。でも・・・ 「エステルさんさえ良ければもう少し居てもいいでしょうか?」 「私は構いませんが、あまり遅くなると危険では?」 「その辺は何とかします」 「何とかって・・・」  でもきっと達哉は本当に何とかしてしまうんだろうな、と納得してしまった。  夜遅いのでお茶菓子は無しにしてお茶と会話だけ。  それでも楽しい時間はあっという間に過ぎていく。  その時突然達哉は話を打ち切った。 「達哉?」 「改めてエステルさん、誕生日おめでとうございます」 「あ」  壁に掛かってる時計を見ると日付が変わったばかりだった。 「ありがとうございます、達哉」  フライング気味だったつい数時間前とはちがって、誕生日の日にお祝いの言葉を  大好きな人から贈られる。  その事実のすばらしさとうれしさに、胸にこみ上げてくる物があった。 「名残惜しいけど、俺はそろそろ帰りますね」 「え?」  帰ってしまうんですか? とは聞けなかった。 「女の子の部屋にこんな遅い時間に居るだけでも大変な事ですからね。  って今更ですけどね」 「・・・本当に今更です」  誕生日の1日が始まってすぐに達哉にお祝いしてもらって。  でも、すぐに達哉と別れるだなんて・・・ 「今日は平日ですから午前中は来れないけど左門が休みだから午後すぐにまた  会いに来ます」 「・・・」 「それでは、エステルさん。おやすみなさい、また後で・・・」 「・・・」 「エステルさん・・・その」 「・・・はい」 「離してくれないと帰れないんですけど」 「・・・はい!?」  気づくと私は達哉の服の袖をつまんでいた。それもかなり強く。 「ご、ごめんなさい!」  すぐに謝罪の言葉がでてくるのだけど、私の手は達哉の服から離すことが  出来なかった。 「えっと、その、これは・・・」  自分で自分を制御できない、いつもはそんなこと無いのに。  今日は特別な日だから? 「エステルさん、その、俺、抑えがきかなくなっちゃいますけど・・・」 「・・・いいです」 「エステル・・・さん?」 「た、達哉がこんな気持ちにしたんですから、ちゃんと責任とって下さい!!」 「・・・わかりました、エステルさん」  そう言うと達哉は私を抱きしめてくれた。 「覚悟、してくださいね」  ・  ・  ・  翌朝、早朝礼拝の時間に達哉を起こし・・・ちょっと朝から色々と  あったりもしたけど、達哉は家に帰っていった。  今日という日常を過ごすために。 「ふふっ」  礼拝堂の中を歩く私を、ステンドグラス越に太陽の陽が注ぐ。  達哉との今夜の約束を思い出しながら、私は職務へと戻る。  今の私は静寂の月光の司祭、エステル・フリージア。  だけど、今夜、また私は戻る。  ただの一人の女の子で、達哉の彼女の、エステル・フリージアに。
1月23日 ・大図書館の羊飼いSSS”不意打ち” 「ん、御園は何をしてるんだ?」 「見てわかりませんか?」  依頼の無い図書部の午後、私は机に向かって作業をしていた。 「そうだな、クロスワードを作っているようにしか見えないな」 「わかってるなら聞かないでください」 「あー、悪かった。でもそうか、御園も作る方の楽しさに目覚めたのか」 「違います」  否定する、私はクロスワードを作るより解く方が好きだから。 「まぁ、がんばってくれ」  筧先輩はそれだけ言うといつもの椅子に座り、いつものように本を読み始めた。  静かな時間、時折筧先輩の読む本の頁が捲られる音と、私のペンが走る音のみ。  他の部員はまだ来る様子は無い。 「・・・」  クロスワードは解くより作る方が難しいことに気づいた。  以前の高峰先輩が持ってきた自作、じゃなかった。筧先輩作のクロスワードは  簡単だったけど、文字をいれる枠がたくさんあった。  ちゃんとした正方形で、しっかり組まれていたクロスワード、だから簡単に  作れると思ったけど 「手強い」 「・・・」 「いつもなら筧先輩が横からぼそっと答えを呟きます」 「・・・ん? 何かいったか、御園」 「いえ」  筧先輩はちょうど本を読み終わった所のようだ。  そうでなければこんなに素早く反応してくるわけがない。 「煮詰まってるようだな、御園」 「えぇ」 「なら一つだけアドバイスだ」 「アドバイス?」 「あぁ、別に枠の中をすべて埋める必要は無いんだ」 「え?」  すべてを埋める必要が無い?  今まで解いたクロスワードは正方形の枠の中すべてに文字が入る物ばかりだから  そうしないといけないと思ってた。 「初心者がクロスワードを作るのは難しいからな、どうしても埋まらない枠は  黒く塗りつぶしちゃえばいい」 「そんなのでもいいんですか?」 「じゃぁ逆に聞くけど、塗りつぶされた枠があるのは悪いのか?」 「・・・」  筧先輩はたまに真実を鋭く突いてくることがある。  確かに、クロスワードに黒く塗りつぶされてる枠があるのが悪い、なんていう  話は聞いたことがない。 「そういうことさ、問題と答えを当て間違って崩壊するよりはマシさ」 「・・・はい」 「んー、もうこんな時間か。他の面子は直接帰る時間だな」  白崎先輩達は依頼を受けて出かけている。この時間なら部室に戻らず直接  帰宅するだろう。 「御園、そろそろ部室閉めるか」 「そうですね」  私は鞄に作りかけのクロスワードをしまう。 「お疲れさまでした、筧先輩」 「あぁ、お疲れ。また明日な」 「はい」 「筧先輩」  翌日、私は何とかクロスワードを完成させた。 「出来たのか?」 「はい、ですので試しに解いて答えを言ってみてください」 「いいのか?」 「自分では出来ないので」 「そりゃそうだよな、作った本人なら答えも知ってるんだしな、よし」  筧先輩は椅子に座るとクロスワードを解き始めた。  私は正面の椅子に座ってその様子を観察してみる。 「・・・」  私ががんばって作ったクロスワードを簡単に解いていく。  さすがは筧先輩というべきでしょうか、知識量が半端じゃありません。  でも、私だってがんばりましたから。  順番に解いていくと、最終局面まで答えが全く出そろわないように問題を  組み立てたのですから。 「・・・なぁ、御園」 「はい」 「答え、言わないといけないのか?」 「解けなかったのなら言えないですよね」 「いや、解けなかったってんじゃないんだけどさ」 「おっぱいもみもみ」 「・・・」 「私は言いましたよ?」 「その件に関しては買い物につきあったことでチャラになったと思ったのだけどな」  以前高峰先輩が仕組んで筧先輩が作ったクロスワード。  その答えがこれだった。  これを言わせるために作ったクロスワード。  だから、私も筧先輩に恥ずかしい台詞を言わせたくなって、がんばって作ったのが  今回のクロスワード。 「・・・降参、答えを言うよ」 「はい」  筧先輩は恥ずかしそうな顔をして答えを言うのだろう、その顔を想像してた。  けど、筧先輩は私の想像を上回っていた。 「御園・・・言うぞ」  そう言ってまじめな顔になる。 「筧・・・先輩?」 「愛してる」  その言葉を聞いた瞬間、私はドキッとしてしまった。  それと同時に部室のドアが開く。 「おはよーございまえーーーーーっ!?」 「うるさいぞ、佳奈すけ。そんなところで叫ぶと小太刀が飛んでくるぞ」 「あ、すみません、じゃなくって!」  部屋に入って扉を閉める佳奈。 「筧先輩、千莉に告白ですかっ!!」 「・・・は?」 「だって今千莉に愛してるって」 「違う違う違う!! クロスワードの答えだって」  筧先輩はクロスワードを佳奈に見せる。 「またぁ、そう言ってごまかして。あれだけ真剣な声だったんですから  照れなくってもいいんですよ?」 「鈴木、話を聞け!! 御園もなんとか言ってくれ」 「・・・」 「御園?」 「すみません、筧先輩。私はそろそろ帰ります」 「え?」 「千莉、帰る前にちゃんと返事しないと」 「筧先輩、後は任せます。お疲れさまでした」 「ちょっと待て、御園!」  筧先輩の引き留める声を聞きながら私は部室を後にした。  ・  ・  ・ 「ふぅ」  身体が熱い、顔が火照ってるのがわかる。  こうして外の空気に触れても、落ち着く気配が無い。 「冗談、だったのに・・・」  筧先輩も冗談で流してくれると思ったのに・・・  あんなに真面目な顔で・・・ 「・・・あれ」  気づくと寮のエントランスまで帰ってきていた。  何処をどう歩いたか覚えてない。  オートロックの鍵を開け、寮の中に入り自室へと戻る。 「・・・はぁ」  制服の上着だけをかろうじて脱ぎ捨て、そのままベットに横になる。  まだ身体は熱く火照っている。 「明日、どんな顔をして会えば良いんだろう?」  今夜はいつものトレーニングにはいけそうになかった。
1月22日 ・大図書館の羊飼いSSS”好きなことを自然に” 「もうその話はいいだろう」 「別に悪いことじゃないんだから、いいんじゃない?」  特に依頼が無い今日は図書部の課外活動は行われていない。  なら図書部らしく本を読めばいい、という案は言うまでもなく筧の提案。  それもいいですね、とは佳奈すけ。  御園はすでに話に加わる気が無いのか、いつものクロスワードに没頭し始めている。  それだけならいつもの図書部なのだが、ちょっとした話題からまた私の少女漫画の  話に流れていってしまった。  どうにかしてその流れを止めたい所なのだが・・・ 「・・・筧、どうした? 挙動が不審だぞ」  話題を逸らそうと周りを見渡してみると、筧が何かを考えているようだった。 「あぁ、大したことじゃないんだけどな、ちょっと引っかかってる事があった」 「引っかかること?」 「筧君が引っかかるっていうくらいだからきっと大したことかもしれないよ!」 「私は筧のことだから大したことじゃないと思うぞ」  大したことじゃないと思うのは本心、でもそのおかげで私の話題からそれ始めた  事は大歓迎だった。 「まぁ、せっかくだ、聞くだけ聞いてみようじゃないか」 「・・・あれ、かな」  筧は何かを思いだしたようだ。 「さっき桜庭が話してた少女漫画の事だけど」 「話が戻った・・・筧、恨むぞ」 「恨まれる覚えはないぞ、それに話を促したのは桜庭じゃないか」 「それはそうだが・・・」  まさか筧が少女漫画の話に参加してくるとは思っていないじゃないか。 「以前同じタイトルの小説を読んだ記憶がある」 「なに!?」  同じタイトルというと、まさかあの少女漫画に原作があるのか!? 「いつどこでだ、筧!」 「桜庭、顔が近い!」 「あ・・・すまない」  少し興奮しすぎたようだ。  さっきまで話題になっていた少女漫画は連載の時には読めなかった漫画で、  単行本でしか読んだことのない漫画だ。そして私のお気に入りでもある。 「もしかしてまだ部屋にあるかもしれない・・・」 「よし、行こう!」 「え?」 「今日は図書部の活動は特にないからもう終わりにしよう、筧、行くぞ!」 「え、あ?」  私は筧の手をとって図書部の部室から出ていこうとする。 「桜庭さん、以外にアグレッシブですね〜」 「私、あんなに嬉しそうな玉藻ちゃん、初めてみたよ〜」  そんな言葉が聞こえてくる。  ・・・もしかして私、今とんでもないことをしてるんじゃないのだろうか?  同年代の男の手を引き、その男の子の部屋へと行こうとしている。 「・・・」 「桜庭?」 「ひゃぃっ!?」 「どうしたんだよ、行くなら行くぞ」  私に手をとられても動揺することもなく、今は私の前を歩く筧。  ・・・筧にとって私は女として見られてないのだろうか? 「はぁ」 「何のため息かは知らないが、部屋が散らかってるって言うなよ?」 「・・・覚悟を決めた」 「ん?」 「なんでもない、お邪魔する」  初めてきた筧の部屋は・・・ 「部室と同じだな」 「それは最高の誉め言葉だな、とりあえずその辺で待っててくれ。  お茶は・・・無いから冷蔵庫から飲み物勝手にとってくれ」 「あ、おかまいなく」  私は何処に座ろうか悩んで、結局ベットに腰掛けた。 「何処だったかなぁ・・・」 「なぁ、筧。少しは本の整理した方がいいんじゃないか?」 「前にも言ったが、読んだか読んでないかの区別が付けばいい」 「そうだったな」 「だから、読んだことのある本を探すのは楽なんだけどな・・・」  そうは言っても筧にとって読んでない本を探す方が数てきに楽なようなきがする。 「あ、これだな」 「おおっ!」  それは間違いなくお気に入りの少女漫画と同じタイトルの小説だった。 「筧、これ読んでいいか!」 「そのために来たんだろう? もって帰っても構わないぞ」 「すまない、そこまで我慢出来そうにないから読ませてもらうが、いいか?」 「おかまいは出来ないがそれでもいいか?」 「あぁ!」  私はお気に入りの少女漫画と同じタイトルの小説の1ページ目をめくった。  ・  ・  ・ 「ふぅ・・・」  確かにこれはあの少女漫画の原作だった。 「小説だとここまで違う物だったのだな・・・」  漫画でも描かれてる描写、それが小説ではもっと深く書かれていた。 「・・・ふぅ」  目を閉じる、1冊読み終えた満足感と余韻に浸る。  そして目を開くと、そこは知らない天井だった。 「・・・あれ?」  ここは何処だ?そう思った瞬間、今の自分の現状に気づく。 「わ、わっ!」  筧の部屋に来て小説を借りて、もって帰れば良い物をその場で読み始めて  しまったのだ。  気づけばベットに寝ころんで集中して読んでいた。  慌ててその場で起きあがって乱れたスカートを整える。  もしかして見られただろうか?  慌てて筧の方を見る。 「・・・」  そこには椅子に座って本を読む筧の姿があった。  いつも図書部の部室で見るような姿だったが、いつも以上に本に集中して  いるようだった。  同じ部屋に同年代の女の子がいるのにまるで無関心。  私ってやっぱり女としての魅力が無いのだろうか?  せめて白崎くらい可愛ければ・・・ 「はっ、私は何を考えてるんだ!」  その時ちょうど本を読み終えたのか、筧が反応を示した。 「・・・桜庭か、読み終わったのか?」 「あ、あぁ・・・すまなかった」 「何が?」 「ベットを占拠した上にこんな時間までお邪魔してしまった」 「あぁ、俺は気にしてないから気にするな」 「そ、そうか・・・では私は帰るとしよう」 「そこまで送っていくよ」 「面倒だろう?」 「まぁな、でも時間が時間だからな」  そう言って筧が見る壁掛け時計の時間を見て私は驚いた。 「もうこんな時間だって!?」 「それだけ集中してたんだろう? 悪いことじゃないさ」  そう言うと筧はコートを羽織った。 「なぁ、桜庭」 「なんだ?」 「あんまり自分の趣味について悪く考えない方がいいぞ?」  趣味・・・ 「少女漫画は別に悪くないと思う、俺は読まないが原作・・・原作だったってことは  今日知ったけど、そう言うのは俺も読むしな」 「そうだが・・・色々とあるだろう? 私の柄じゃないとか・・・」 「それはダメだな」 「ダメ?」 「あぁ、趣味に柄なんて関係ない、それはその趣味にたいして冒涜している」 「・・・そうか」  私は大好きな少女漫画を冒涜していたのか・・・ 「別に趣味を吹聴しろとは言わないさ、ただ自然に好きな漫画を読んでいれば  良いだけだとおもう」 「・・・そう、だな」  そんな話をしている内に路電の駅まで着いた。 「ここまでにしておくかな」 「遅い時間に女の子を一人にしてしまうのか?」 「遅い時間に女の子の家まで行く方が問題だろう?」 「・・・それもそうだな」 「俺は桜庭の寮の場所は知らないけど、路電の駅からならだいじょうぶだろう?」 「あぁ、暗い道は無い」 「それじゃぁ、お休み、桜庭」 「あぁ、世話になったな。おやすみ、筧」  去っていく筧の背中を見えなくなるまで見送る。  そうしていると路電が到着するので乗り込む。  遅い時間なので他に客は居ない。 「自然に好きな事を、か・・・」  私の好きな事、少女漫画。  私の好きな人、白崎。  そして・・・ 「・・・わ、私はいったい今何を考えた!?」  答えがでる前に考えが止められたことに安堵した。
1月18日 ・大図書館の羊飼い SSS”湯当たりしただけ” 「あれ?」  雪の降った寒い夜、お風呂に入って暖まって寝ようと思ってたんだけど。 「なんでお湯にならないのよ?」  ユニットバスに注がれる水はいつまでたってもお湯にならない。  ユニットバスの電源は・・・入っている。 「もしかして・・・故障?」  あり得ない話じゃない、というかそれしか考えられない。 「あちゃー、今から銭湯行くのはきついよね」  部屋に戻ってベランダから外を見る、さっきより雪が強くなってる気がする。 「うぅ・・・」  汗だけならキッチンの蛇口からでるお湯を使ってタオルで拭けばいい。  けど、やっぱりお湯に浸かりたい。 「・・・背に腹は代えられないか」 「やっほー、筧君起きてるかなー」 「起きてるの知っててやってるんだろう?」 「あ、わかった?」  インターホンと電話の2重攻撃にはさすがに筧は耐えられない。 「またテレビか? とりあえず俺は読書の続きをするから勝手に見てくれ」 「え、あ、今夜は違うの・・・あの、ね?」  今更ながらに私がしようとしている事の重大さに気づいた。  いくら隣人とはいえ、同世代の男の子の部屋に来てお風呂にいれて欲しいだなんて  さすがに恥ずかしい・・・かも。 「・・・」 「あのー、筧?」 「んー?」  あ、生返事。これはもう完全に本の世界に入ってるな。 「あのね、私の部屋のお風呂壊れたから借りてもいい?」 「あぁ」 「え?」 「・・・」 「あのー、普通女の子がお風呂を貸して欲しいとか言ったら色々と  慌てるもんじゃない?」 「んー」  あ、ダメだ、完全に向こうの世界に逝っちゃってる。 「っていうか、なんだか私、もしかして女として見られてないとか?」 「・・・」 「なんだか緊張してるのが馬鹿らしくなったわね、本当にお風呂借りるわね」 「んー」 「・・・はぁ」  同じマンションの部屋なのでユニットバスの形状は全く同じ。  だけど、やっぱり違う。 「男の子の部屋の、お風呂、なんだよねぇ・・・」  ここでたいていのぞかれる・・・は筧に限っては無いな。 「どっちかというと私が居ることを忘れていて風呂に乱入してくる方がありそうよね」  ・・・一瞬脇にバスタオルが置いてあるのを確認する。  もし本当に入ってきたらどうしよう?  ・  ・  ・ 「筧、お風呂あがったわよ〜」 「んー」 「・・・なんだか真剣にあんたの事心配になってきたわよ?」 「・・・」 「男の子の部屋にお風呂上がりの女の子がバスタオル姿でいるのよー?」  ちなみに筧をからかおうとスクール水着を用意してきて着ているから、  バスタオルがはらりと落ちても問題無いようにしてある。  私はベットの上に横になる。 「筧ー、あんたのベットの上にお風呂上がりの女の子がバスタオル姿で  横たわってるのよー?」 「・・・」  うわ、無反応だ。筧が異性に興味がないっていう噂が流れてたけど、あれって  本当なんだろうか?  あれだけ図書部の可愛い面々が居て手を出さないんだから・・・もしかして  マジ? 「んー」  そんなことを考えてるとなんだか眠くなってきた。  お風呂で暖まった身体に、温かい部屋に温かいベット。 「さすがにまずいわよね・・・でも筧なら襲わないだろうし・・・」  ちょっとくらいはいいかな・・・  ・  ・  ・ 「おい、小太刀」 「・・・わっ!? 誰か居る!?」 「ここは俺の部屋だ、っていうかなんて格好してるんだよ」  筧はこっちを見たかと思ったらすぐに視線を逸らす。  ・・・あ、そういえばバスタオル姿だったっけ。  それも眠ってしまってる間にバスタオルは完全にはだけていた。 「それは大丈夫、ちゃんと水着きてるからポロリは無いわよ」 「そう言う問題か? じゃなかった、なんで水着姿で俺のベットで寝てるんだ?」 「お風呂借りたじゃない」 「・・・え?」 「なに、覚えてないの?」 「小太刀が訪ねてきた時までは覚えてるけど、その後は特に・・・」 「ちゃんと全部許可とったから」 「まぁ、そうだろうなぁ・・・じゃないっ!」 「筧?」 「女の子がそんな格好でベットに居るもんじゃないだろう?」 「まぁ、確かに。でも筧は襲ってこないんでしょう?」 「当たり前だ、恋人でもないんだし襲うわけないだろう」 「なら、恋人だったら襲っちゃうの?」 「・・・どうだろうな、恋人が出来たことが無いからな」 「そっか」  恋人同士なら襲われたかもしれないんだ。  ・・・って私は何を思ってる?  思考を切り替えようとしたとき、鼻がむずっとした。そして 「くちゅんっ!」 「そんな格好で居たんだから、湯冷めだな」 「そうかも」 「ったく、確か小太刀の部屋の風呂は壊れてるんだよな」 「うん」 「だったらもう一度風呂に入っていけ」 「え? 覗きそこなったからもう一度入らせるの?」 「覗かないから! それより身体をちゃんと暖めてからすぐに部屋に戻って着替えて  布団入るんだぞ!」  そう言うと筧はコートを羽織る。 「何処行くの?」 「30分ほどコンビニに行って来る、その間に風呂を済ませておけよ」 「え、だって外は大雪だよ?」 「そのようだな」  そう言いながら筧は玄関のドアを開ける。 「だからって女の子が風呂に入ってるのに部屋に居るわけにはいかないだろう?」 「さっきは居たくせに」 「知らなかったんだからノーカウントだ、それじゃぁな、身体冷やすなよ」 「あ、筧・・・」  私が呼び止める前に筧は部屋から出ていった。  ・  ・  ・ 「・・・はぁ」  同じマンションの部屋なのでユニットバスの形状は全く同じ。  それも、さっき入ったばかりのお風呂。  だけど、やっぱり違う。 「筧の部屋の、お風呂、なんだよねぇ・・・」  今部屋主の筧は居ない、だから覗かれる心配は無い。  だけど、私はすぐ側にバスタオルを置いている。 「・・・はぁ」  さっきとは違う、胸の高鳴りは・・・ 「きっとのぼせただけよね」  私は湯船から立ち上がりバスタオルで身体のお湯を拭き取り手早く着替える。 「そう、のぼせただけよ」  その夜、のぼせた私はなかなか眠りにつくことが出来なかった。
1月7日 ・sincerely yours your diary short story「お正月のお約束」   「ただいまー」  お父さんとお母さんと一緒の初詣、思ったより神社に人がいっぱいきていて  お詣りをして帰ってくるだけで疲れちゃった。 「リリア、着物着替えて来ちゃいなさい」 「うん、わかった」 「脱衣所に着替えおいてあるから」 「ありがと、お母さん」  わたしは言われるとおりに脱衣所に行って着物の帯をほどいた。 「ふぅ」  一息つく、帯って結構きつくしめてるから結構苦しかったりする。 「さてっと、着替えは・・・え?」  お母さんが用意しておいた着替えは・・・   「ちょっと、お母さん、なんで着替えが巫女さんなの・・・ってお母さん!?」 「それはね、お正月のお約束だからよ」  そう言うお母さんも着物から巫女さんの服に着替えていた。  素早い・・・ 「っていうか、なんでお母さんのは裾が長くてわたしのは短いの?」 「リリア、大事なことだから良く聞いてね」 「え? う、うん」  お母さんが両手を肩に置いて真剣な顔をして話し出した。 「残念だけど、どんな手段をとってもね・・・私よりリリアの方が若いの」 「・・・は?」 「若い娘の方がミニは似合うのよ、だからリリアのはミニなの♪」 「・・・」  なんだかもう、つっこむ気力が無くなった。 「ほら、改めてご挨拶しましょう」 「ご挨拶って、誰に?」 「リリアの大好きなお父さんに」 「なっ!」  そういえばここはリビングで、ソファにはお父さんが座っていて、  お茶なんか飲んでる。 「ちょっとお父さんもお母さんの暴走止めてよ!」 「いいんじゃないか? 正月くらい」 「それじゃぁお母さんが暴走してるのお正月だけみたいじゃない!」 「ちょっとリリア、私はそんなに暴走してないわよ?」 「自覚がない!?」 「それにさ、二人とも可愛いし」 「え、可愛い・・・?」 「達哉、私も可愛いの?」 「あぁ、シンシアもリリアも可愛い」  お父さんったらそんな台詞を真面目な顔して・・・ 「ほら、リリア。照れてないで改めてご挨拶しましょ」 「う、うん・・・」   「あけましておめでとうございます、お父さん」   「ふふっ」 「あら、リリアったらご機嫌ね」 「そ、そんなことないわ、お母さんの策略でこんな格好させられてるんだもん」 「じゃぁなんで部屋に戻って着替えないのかしら?」 「う・・・」  それは、その・・・ 「それにね、お母さんの策略ってのは早すぎよ」  そう言われれば言い過ぎた気もする。 「そうかも、お母さんごめ・・・あれ?  早すぎ? 早すぎってお母さん言ったよね?」 「そう、お約束はこれからなんだから」  その瞬間、以前お母さんが仕込んだ浴衣のことを思いだした。  あのときは腰から下の布が簡単にはずれる仕組みになっていた。  今回はそんなことは無いはず、だってこのミニの袴にそんな仕掛けは無かったし  ちゃんと結んでるから簡単にはずれない。  それに、着る前に確認したけど今回は仕掛けがないのはわかっている。 「まだまだ甘いわね、リリア」  そう言うとお母さんは指をパチっと鳴らす。 「え!?」  その瞬間、わたしの腰にものすごい負荷がかかったとおもったら、袴が恐ろしい  勢いで下に滑り落ちた。 「ななな、なんで!? 何も仕掛けは無かったはずなのに!」 「なに、ちょっとした重力制御システムの応用よ」 「ちょっとしたって、お母さん何さらっとものすごい事してるのよ!」 「だからちょっとした応用よ、リリアの袴だけ加重させただけだし」 「それ、凄いことなんだって!」 「昔、っていっても今からみれば未来よね、この重力場を身体の前面に展開して  すべての攻撃をその場で地面に落とさせる防御兵装を作ったことがあるのよ。  ちなみに名前はグラビディテリ・・・」 「そんな危険な名前はいいから、早く加重を解除してよ!」 「えー、お約束なんだからちゃんと見てもらわないと」 「・・・え?」  そう言えばここはリビングで、ソファにはお父さんが・・・ 「きゃぁぁぁ、みないでっ!!」  わたしは思いっきり袴を蹴り上げた。    そして袴だけがお父さんの顔に向かって飛んでいく。 「うわっ!」  袴はお父さんの顔にあたり、そのままお父さん事ソファに押しつけた。 「加重した袴を蹴り上げるなんて、リリアも応用できてるじゃない」 「え、あ、お父さん!!」  加重されて重くなった袴に四苦八苦してるお父さんの元にわたしは向かった。 「お母さんも早く!」 「はいはい♪」  相変わらず才能の無駄遣いをするお母さんだった。  できればその無駄遣いにわたしを巻き込まないで欲しいと思うお正月だった。
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