思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2011年第1期
3月29日 FORTUNE ARTERIAL 楽屋裏狂想曲「予算争奪戦」 3月26日 穢翼のユースティア SSS”雨” 3月21日 冬のないカレンダーSSS”これって偽善だと思う?” 3月14日 穢翼のユースティア SSS”暖かい物” 3月10日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「ご褒美」 3月7日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle               sideshortstory「もう一つの誕生日プレゼント」 3月3日 IS<インフィニット・ストラトス> sideshortstory「女の子のお祭り」 2月25日 冬のないカレンダーSSS”一緒にしよ♪” 2月20日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「約束の証」 2月14日 ましろ色シンフォニー SSS”桜乃の気持ち” 2月17日 FORTUNE ARTERIAL SSS”想いの行方” 2月11日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle                    sideshortstory「Morning coffee」 2月5日 穢翼のユースティア SSS”闇の中でも” 2月3日 FORTUNE ARTERIAL SSS”鬼娘” 2月1日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle                    sideshortstory「彼とYシャツと私」 1月23日 FORTUNE ARTERIAL SSS”白い小悪魔と黒い堕天使” 1月18日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle????? SSS”乙女の嗜み” 1月16日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”青い空と白い雲と輝く海” 1月15日 穢翼のユースティア SSS”運命の価値” 1月13日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”看病” 1月3日 FORTUNE ARTERIAL SSS”艶姿” 1月1日 穢翼のユースティア SSS”お餅”
3月29日 ・FORTUNE ARTERIAL 楽屋裏狂想曲「予算争奪戦」 「毎年この時期になると大変なのよね」  瑛里華が資料を見ながら愚痴を言う。 「瑛里華、何を見てるんだ?」 「これよ、私はいらないから孝平にあげるわ」  そう言って渡された資料は、部活や委員会の予算配分計画だった。 「新年度になるとどの部活も委員会も予算の増額を求めてくるのよ」 「去年も大変でしたね、はいどうぞ」 「ありがとう」  白ちゃんがお茶を持ってきてくれたので、一口飲んでから資料に目を通す。  その資料を見る限り何も問題無いように思える。 「孝平、その資料は去年のを参考にして作られた物なのよ。それがどういう  意味かわかるわよね?」 「あぁ、嫌だけどわかったよ」  そう、これは去年の実績から出来た計画書。  今年はどの部も増額を希望してくる、その調整が上手くいった場合の計画書なのだ。 「なるようにしかならないだろうな、今から考えても仕方がないよ」 「そうだけど、やっぱり嫌になっちゃうのよね」  新年度は特に忙しい、それは去年の経験から俺も知っている。 「そういえば去年はどうやってまとめたんだ?」 「前回は兄さんが上手く立ち回ってくれたのよ、孝平をスカウトする前に決着は  ついていたし、征一郎さんが後はすべてまとめてくれたのよ」  元会長の千堂先輩がきっと上手く・・・いや、おもしろおかしくどうにか  してしまったのだろう、それを苦労しながら東儀先輩がまとまる。 「想像するのが楽なくらいの黄金パターンだな」 「そうね、今年は居ないのだから私たちだけで頑張りましょう」 「はい、一生懸命頑張ります」  白ちゃんが両手を前にだしてぐっと握りしめる。 「そうだな、やるしかないんだからがんばろう!」  3人しかいない・・・いや、たまに4人目がいる現状生徒会。  このメンバーならなんとでもなる、そう思えた。  しかし、早々甘くはなかった・・・ 「新入生が入る前なのに、新規入部者数がこんなに想定されてるのかよ・・・」  まだ勧誘すら始まってない段階で数十名の新入部員なんてありえないだろうに。 「こっちも凄いわよ、もう言う気にもなれないわ」 「そういえば、白ちゃんの所は予算どうなってるの?」 「ローレルリングは奉仕活動をするところです、今は予算の請求は無いです」 「それでやっていけるの?」 「はい、先輩方やシスター達が頑張ってくださいましたから」  こういう活動もある反面・・・ 「柔道部の畳張り替えって・・・柔道場なんてあったか?」 「水泳部のプール温水化希望とか無茶よ」 「美化委員さんが足りないユニフォームの申請をされてるようです」 「それは了解だ!!」  俺達の会議に乱入してきたのは元会長だった。 「どうしようかしらね、孝平」 「うーん・・・」 「って、華麗にスルーですかっ!?」 「あら、兄さんいらっしゃい。邪魔だから出ていってね」 「ちょ、瑛里華さん? 俺来たばかりだよ?」 「孝平、プールの改造は絶対無理よね」 「そりゃそうだよな、これは設備だし生徒会で出来る範囲を超えてるしな」 「それじゃぁこれは却下の方向で、あ、兄さん」 「なんだい?」 「美化委員の追加ユニフォームの予算は兄さんお願いね」 「俺は予算だけなんですか!?」 「そんなことはないですよね、伊織先輩。お茶が入りました」 「ありがとう、白ちゃん!! やっぱり生徒会には白ちゃんが必要だよ!!」 「あ、ありがとうございます」  伊織先輩が白ちゃんの手をとって握手している。 「はぁ・・・それで、何の用事?」 「面白そうなことがないかなぁって思って遊びに来たんだよ」  ぴしっ、という音が聞こえた気がした。  その音の出所は・・・探すまでもないだろう。 「というのは冗談で、引継し忘れた事を思いだしたんだよ」 「引継ですか?」 「そうだよ、支倉君。この時期各部の予算関連の仕事があるだろう?」 「えぇ、そうですが・・・」 「去年の話をしておこうと思ってね、来たんだよ」 「伊織先輩が引っかき回して東儀先輩が苦労した話しですか?」 「支倉君、言うようになったねぇ、さすが副会長!」 「だって事実じゃない」 「瑛里華、見ていないことを知ってるように伝えては駄目だぞ?」  そう言う伊織先輩の額に大きな汗があるように見えるのは気のせいだろうか? 「まぁ、それはさておき、去年の各部が予算増額を諦めさせた手法を教えて  あげようと思ってね」  そう言うと伊織先輩はお茶を飲みほす。 「実はね、各部の予算配分は俺に勝てたら検討するって話になってるんだよ」 「はい?」  瑛里華が驚きの声をあげる。 「各部と勝負してほとんどが俺の勝ちでさ、それで諦めさせたんだ」  にこにことした笑顔でそう語る伊織先輩。  仕方がないと思わせるように上手く誘導してから勝負したんだろうな。 「また無茶な事をしたのね・・・」 「それでさぁ、引継なんだけどね。支倉君」  伊織先輩は俺の肩に手を置く。 「来年も同じ方法でいいよ、って約束しちゃったから頑張ってね♪」 「・・・はい?」  伊織先輩の言ったことが理解できない・・・というか理解したくなかった。 「それじゃぁ、がんばれ若人達よ!」  そう言うと風のように去っていった。 「あ・・・」  瑛里華が下を向き肩を震わせている。 「あの、馬鹿兄っ!!!!」  瑛里華が爆発した。 「余計なことを残していって、何が若人達よ!!」 「とりあえず落ち着け、瑛里華」 「これが落ち着いてなんていられますか!!」 「そうは言っても仕方がないだろう、とりあえず落ち着けよ。白ちゃんが怖がってる」 「あ」  瑛里華の爆発で白ちゃんは俺の背後に隠れてしまっていた。 「落ち着いたか?」 「え、えぇ・・・白、ごめんなさいね」 「い、いえ、お気持ちはわかりますから」 「はぁ・・・どうりで予算申請書が強気な訳ね」  確かに俺もそう思っていた。 「まぁ、逆に言えばそれで片が付くなら楽かもしれないな」 「孝平、気休めは言わないで。私はもう吸血鬼じゃないのよ」 「それでもさ、瑛里華は元から運動神経よかったし吸血鬼のパワーを抑えていても  トップレベルだったじゃないか」 「あ、ありがと」  瑛里華は顔を赤らめながら、そう礼を言った。 「それに、今の生徒会だって強いんだぜ? 俺だって純粋な人じゃないんだし」  おどけながら俺はそう宣言する。  この件は瑛里華は今でも心苦しく思っている。  だからこそ俺はそう宣言する。 「白ちゃんだって頑張ってもらうからね」 「わ、私は何も・・・」 「大丈夫だから、よろしく頼むね、白ちゃん」 「は、はい! 私も頑張ります!」 「孝平・・・白も、一緒に頑張りましょう!」  3人で手を合わせる。  新年度の生徒会の船出はこうして始まった。
3月26日 ・穢翼のユースティアSSS”雨” 「すごい雨ね」  私は椅子に座ってるカイムに話しかける。 「その雨の中、わざわざ来ることもないだろう」  カイムは読んでいた本を閉じて机の上に置いた。 「いいじゃない、私が来たかったんだから」 「そうだな」  カイムは興味なさそうにそう言うと、腕を組んで眼を閉じた。  私は窓の外を見る。  酷い雨が降っていた。これだけ雨が酷いと出歩く人は居ないだろう。  家がある者は家にこもり、無い者は雨をしのげるスラムで息を潜めてる事だろう。 「これじゃぁメルトの所も暇してそうね」 「お前も暇そうだしな」 「あら、私は忙しいわよ? カイムと一緒に居なくちゃいけないのだから」 「・・・勝手にしろ」 「えぇ、いつものように勝手にするわ」  私は昼の食事を用意するためにキッチンへと向かった。 「カイム、用意出来たわよ」  メルトの所からもらってきたパンをとりわけ、残っていたスープを用意する。  雨が降っていて寒いのでスープは少し温めた。 「カイム?」  部屋に戻るとカイムは椅子に座って腕を組んだまま眠っていた。  私はそのカイムの寝顔を見つめる。 「ふふっ」  カイムの寝顔をこうして見れるのは私の特権、そう思うと嬉しくなる。  その反面、カイムは信頼してる相手にはとても無防備になることを思い出す。 「つまり、私は信頼されてるってことよね」  カイムは答えない。 「くすっ、起きないとキスしちゃうわよ?」  私の言葉に全く反応しないカイム。  これなら本当にキス出来そう、かな?  私はカイムの顔に近づく・・・けど、それ以上はしなかった。  カイムにキスされるのは構わないし大歓迎、だけど自分から不意をついて  キスするのは違う気がする。  だから、キスをするふりだけ。 「ふぅ」  私は窓に近づく。  外はまだ雨が降っている。  雨は全てを洗い流してくれる、誰が言った言葉だったかしらね。  確かに、空から降る雨はいろんな物を流していく。  けど、その流れ着く先が行き止まりだとしたら、流されてきた物はどう  なるのだろうか?  その答は考えるまでもない、だって牢獄がその行き止まりなのだから。  娼館街や牢獄でも不蝕金鎖が管理してるところは水捌けは良い。  関所のある広場もそうだけど、それ以外は逆に溜まり場となってしまう。  そこは、上層や下層から雨によって流されてきた物が溜まり、腐蝕していく。  それは感情だったり、人そのものだったり、人だったものだったり・・・ 「雨はいつやむのかしらね」  牢獄に降る雨も、私やカイムの心に降る雨も、いつあがるのだろうか? 「・・・」  カイムが目覚めた、それは自然と起きた訳ではないようだ。  誰かが来たのだろう、その気配に目覚めさせられたのだ。  扉がノックされた。 「カイム、ちょっといいか?」 「あぁ、開いてる」  入ってきたのはジークだった。 「よぉ、なんだ、エリスも来てたのか」 「当たり前じゃない、私はカイムの妻なのだから」 「いつそうなった?」 「最初からよ」 「わかったわかった、夫婦げんかは後にしてくれ」 「ジーク、笑えない冗談だな」 「そうね、笑えない冗談ね」 「お? エリスまで否定するのか?」 「えぇ、だってそれは冗談ではなく事実ですもの」 「それは失礼」 「ジーク、それで何のようだ?」 「カイムに頼みたい仕事がある」  二人が仕事の話を始めたので私はキッチンへと向かう。  この後カイムは雨の中仕事に出かけるのだろう。  なら、私は出来ることをするだけ。  私は冷めたシチューをもう一度暖めなおすことから始めた。
3月21日 ・冬のないカレンダー SSS”これって偽善だと思う?” 「〜♪」  台所の方ではおふくろが上機嫌で料理を作っている。  普段は部屋に居る俺だが、今日はリビングで小説を読んでいた。 「そろそろかな」 「ん? 祐介、何か言った?」 「そろそろだろうなって思っただけだよ」 「何がそろそろなの?」  返事はおふくろからではなく、リビングの入り口から返ってきた。 「雪奈達が来る頃だろうなって事さ」 「あら、ばれてたの? もぅ、朱音ちゃん黙っててっていったじゃない」 「私は何も言ってないわよ?」  俺は立ち上がり台所へ向かう、そこに用意されてる来客用の・・・いや、雪奈達  専用の湯飲みを見れば誰だってわかるだろう。  それに、今日の料理の食材量が明らかに多い。 「しまった、そこは盲点だったわね」 「いや、盲点も何も無いだろうに・・・」  俺は湯飲みにお茶を煎れてからリビングに戻る。 「ありがとう、祐介くん」 「ありがと」  雪奈とおばさんは煎れ立てのお茶を飲む。 「あ、でも祐介君。私のことはおばさんじゃなくてお義母さんって呼んでね」 「人の心を読まないでください」 「別に読んでなんて居ないわよ、ただのお約束ですもの」 「・・・」  お約束だけで俺の思考が読まれたらたまったものじゃないな。  まぁ、でもおふくろの親友なんだからそんなもんだろうな。 「というわけで、ようこそ苗穂邸へ、歓迎するわ」  夕食の席、机の中央の大皿には中華料理が並べられていた。 「さぁ、いただきましょう」  おふくろのその言葉にみんなで「いただきます」を言う。 「祐介くん、こっちの麻婆豆腐取り分けようか?」 「あぁ、サンキュー」 「春乃、そっちのとって」 「うん」  麻婆豆腐に青椒牛肉絲、回鍋肉などが盛られた大皿以外には箸休め用の  御新香に、白いご飯とみそ汁。それがあっという間に消えていった。 「はい、祐介くん」  食後にお茶を煎れてくれたのは雪奈だった。 「言ってくれれば俺が煎れたのに」 「いいんだよ、わたしが煎れたいっておもったんだもん」 「そっか、悪いな。せっかく遊びに来てるのに」 「あら、祐介それは違うわよ?」  俺と一緒にお茶を飲んでるおふくろが口を挟む。  ちなみにおばさんは後かたづけをしている。 「雪奈ちゃんはうちの子なんだから」 「だめよ、朱音ちゃん。祐介君がうちの子になるんだから」 「・・・で、本当のところはどうなんだ?」  いつものやりとりでは収集つかなくなるので先を促す。 「もぅ、祐介ったらせっかちさんなんだから」  そう言ってからお茶を飲むおふくろ。 「しばらく春乃も雪奈ちゃんも家で暮らすのよ」  本当か? と普通驚くところだけど俺は違った。  なぜならこう言うことはいつものことだからだ。 「それで、今度はどれくらい居るんだ?」 「とりあえず平日は一緒かしらね」 「とりあえず?」  俺はその言葉の意味する事に驚く。いつもなら2,3日、長くても  1週間程度だからだ。 「祐介、これはね、節電対策なのよ」  おふくろの説明はこうだった。  今、電力が足りていない。その為に出来ることをする。  一つの家全てが電気を節電すれば、節電効果は大きい。  だから、一緒に暮らす。そう言うことだそうだ。 「祐介、これって偽善だと思う?」  おふくろが俺の眼をまっすぐに見てそう訪ねる。 「いいんじゃないか? 偽善でも善だからな」  俺の言葉におふくろは満足そうな顔をした。 「それじゃぁ節電対策の為に一緒にお風呂入りましょう♪」 「却下」 「えー! 将来の義理の息子の背中を流してあげようと思ったのにぃ」 「おばさん、そう言うのは止めてください」 「そうよ春乃、それは私の楽しみなんだから」 「おふくろもやめろって」 「それじゃぁ私が背中を流してあげればいいんだね♪」 「風呂は一緒にはいりません!!」 「えー!!」  一悶着はあったものの、風呂に一緒に入る事は避けられた。  しかし、この後最大の問題が発生する。 「そろそろ寝ましょう」 「そうね」  節電対策って訳じゃないけど、俺達はずっとリビングで過ごしていた。  さすがにここで寝る訳にもいかないので部屋に戻ることになる。 「それじゃぁお休み」 「あら、祐介、何処に行くのかしら?」 「部屋に戻る」 「だめよ、今日からはこっちで一緒に寝ましょう」  そういっておふくろが指さす方向は、おふくろの部屋だった。 「なんで俺まで?」 「同じ部屋で眠れば人が多い分暖房いらずでしょう?」 「そりゃそうだろうけど、俺は寝るとき暖房使わないから大丈夫だろう。それに・・」  おばさんや雪奈が一緒の部屋で眠るのはちょっと気恥ずかしい。 「それもそっか。それじゃぁみんなで寝る部屋は日替わりで行きましょう♪」 「どうしてそうなる?」 「だって、その方が楽しいじゃない♪」  おふくろは良くも悪くもどんなときでも楽しもうとする。 「そりゃそうじゃない。嫌々節電するより楽しく節電した方が長続きするじゃない?」  確かに一理ある、けど俺だって年頃の男だ。いろいろとある。 「俺は自分の部屋で電気も暖房も使わずに一人で寝る、それが駄目なら廊下で寝る」 「まったく頑固ねぇ、誰に似たのかしら」  すくなくともおふくろじゃないと思う。 「仕方がないわね、春乃、雪奈ちゃん。今日は我慢しましょうね」 「今日”は”とかいうな」  こうして始まった奇妙な同居生活は初日から凄く疲れた。  とにかくもう寝よう、俺はベットに潜り込んだ。  ・・・なんだ?  暖房をつけないため朝は冷え込む、のだが妙に身体が暖かい。 「ん・・・」  それに、明らかに俺じゃない声が聞こえた。 「あ・・・祐介くん、おはよう」 「おはよう、じゃない! なんで俺の布団に潜り込んでるんだ?」 「んー、なんだか暖かそうだったから」  俺は無言のまま、雪奈の頭に手を置く、そして掴む。 「えぅ、なにするのよー」 「俺の布団に勝手に潜り込むな」 「えー、祐介くん良いって言ったじゃない」 「いつの話だ?」 「んとねー、小さい頃」  それを言われると俺も言い返せない。  雪奈の親父さんは出張が多いせいで雪奈は小さい頃寂しい想いをしている。  そのころからさみしさを紛らわすために俺の家におばさんと一緒によく泊まりに  来ていた。その時の約束だった。 「それより早く布団からでろ、おふくろ達に見つかったらいろいろとやばい・・・」  と、言いなながらたぶん手遅れだろうと俺は確信している。 「はぁ」  奇妙な同居生活2日目も疲れる出来事から始まった。
3月14日 ・穢翼のユースティア SSS”暖かい物” 「そういえばティアちゃんって誕生日はいつなの?」  ヴィノレタでの夕食の席で、私はメルトさんに突然訪ねられた。 「メルト、そんなの聞いてどうするんだ?」 「もちろん、その日が来たらお祝いするに決まってるじゃない」  誕生日・・・私が生まれた日。 「と、いうわけでティアちゃんの誕生日教えてくれないかな?」 「ティア、余計なことは言わないでいいぞ?」 「なによカイム、余計な訳ないじゃない、大事な日なのよ?」  カイムさんはメルトさんの反論にため息を付いてから何か反論しようとして 「俺には関係ないけどな」  そう言われました。確かにカイムさんに私の誕生日なんて関係ないかも  しれない、そうはわかってるけどちょっと悲しくなりました。 「まったく、カイムったら素直じゃないんだから。ね、ティアちゃん」 「・・・」 「ティアちゃん?」 「へ? あ、あの・・・何のお話でしたっけ?」 「ティアちゃんの誕生日のお話よ」 「でしたよね・・・」  カイムさんに関係ないって言われた私の誕生日の話。  私は、それ以上の悲しみ・・・ううん、諦めが頭の中を占めていました。 「それで、いつなの?」 「ごめんなさい、私いつ生まれたか知らないんです」  私の一言で場が一瞬にして暗くなった気がした。 「だろうな、上層とはいえ使役されてた召使いなんてそんなもんだ」 「もう、カイム。言い過ぎよ」 「いいんです、メルトさん。事実ですから」  物心着いたときからお屋敷で働いてた私が、産まれた時のことを覚えて  いるわけじゃないし、誰も知ってる人もいない。 「もしかするとご主人様は存じてたかもしれないですけど、今さら確認する術は  ありませんし、確認しようとも思っていません」 「・・・よし、きーめたっ」 「メルトさん?」 「今日、3月14日をティアちゃんの誕生日にしちゃいましょう!」 「え?」 「メルト、いい加減なことするなよ?」 「うーん、それじゃぁ本当の誕生日がわかるときまで今日は暫定誕生日という  事にすれば問題ないわよね、カイム?」 「・・・勝手にしろ」 「じゃぁ、今日はティアちゃんの暫定誕生日、おめでとう、ティアちゃん」 「はぁ・・・ありがとうございます」  なんだか訳がわからない内に今日が誕生日になってしまいました。 「でも、私は祝われるような女じゃないです。それに、誕生日っておめでたい日  なのでしょうか?」 「どうだかな。生まれてきた事を後悔できるだけめでたいかもしれないな」 「後悔できる?」 「あぁ、牢獄では後悔する暇もなく人生が終わるからな」 「カイム、お酒しばらく抜きにするわよ?」 「おい、俺がなにをしたっていうんだよ」 「自分の胸に聞きなさい、それよりもティアちゃん。一つ勘違いしてるわよ?」 「勘違い・・・ですか?」  メルトさんは私の目をまっすぐに見ながら、話を続けてくれました。 「人はね、誰かに望まれて生まれてくるの、でも誰に望まれたかはわからないのよ」  望まれる人は両親では? と思った私の答はすぐに間違いになった。 「だからね、人は生きる意味を、目的を探すの、それが人生っていうの」 「なんとなくわかります」  カイムさんが何かを言おうとして、それを止めたのがわかりました。  たぶん、口を挟んでメルトさんの機嫌を損ねてお酒が飲めなくなることが嫌  なのだと思います。 「だから、誕生日の今日まで貴方が生きていてくれたことに感謝する、それが  私の誕生日なのよ」 「どうしてそうなる?」  あ、カイムさんが結局口を挟んでしまいました。 「だって、ティアちゃんの運命の人って私かもしれないじゃない? 私に会うまで  生きていてくれたんですもの、嬉しいじゃない」  メルトさんのお話。  何かが違うような気がしますけど、間違ってないような気もします。 「だから、誕生日おめでとう、そしてありがとう、ティアちゃん」 「は、はい、ありがとうございます」 「これは私のおごりよ」  そういって出してくれたのはいつもの生姜茶でした。 「ありがとうございます」  お礼を言って受け取ったお茶を口に運ぶ。 「でも、運命の人って私じゃなくてカイムかもね」 「っ、熱っ!」  メルトさんの言葉に驚いて、私はお茶を吹き出しそうになりました。 「あんまりティアをからかうなよ」 「は〜い」 「ティア、メルトの話鵜呑みにしなくていいからな」 「はひ・・・」  舌を火傷したかもしれません、ちょっと痛いです。 「でも・・・誕生日は今日でもいいですよね?」 「なんで俺に聞く」 「だって、カイムさんは私のご主人様ですから」 「・・・勝手にしろ」 「はい、勝手にします」  牢獄では常日頃から、いろんな物が失われる街だとカイムさんは仰ってました。  お金、食べ物、そして人の命が当たり前のように消えゆく場所。  そんな牢獄に来て。  カイムさんからプレゼントされたアクセサリ、カイムさんの横という  私の居場所に続いて三つ目の大切な物を私は戴きました。  カイムさんから戴くたびに、からっぽだった私の中が暖かい物で埋まっていく  感じがします。 「ふふっ」  これからもっともっといっぱい暖かい物で埋まっていくといいな。
3月10日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「ご褒美」 「ん?」  生徒会の仕事を早めに終えた俺は部屋に戻る前に食堂へと寄った。 「なんだか人が多くないか?」  普段監督生室から帰ってくる時間が遅く、食堂が開いてない事も多い。  今日は普通の時間に帰ってこれたとはいえ、妙に生徒が多い気がする。 「席開いてると良いんだけどな」  俺は食券売り場の列に並ぶ。  その時、食堂内のざわめきが静まった。  みんながそれとなく見つめる先は厨房の方、そこから陽菜がでてきた。 「あ、孝平くん。お仕事もう終わったの?」   「陽菜?」  何故か厨房から出てきた陽菜はいつもと違う服を着ていた。   「今日は早いんだね」 「陽菜、なにしてるんだ?」 「あ、ごめんね。ちょっと手が離せないの。また後でね」  そう言うと陽菜は厨房の中へと戻っていった。  陽菜が厨房の中へと戻っていった後、食堂内のざわめきが戻ってくる。  俺は陽菜を追って厨房へと向かった。中に入らず入り口から陽菜を呼ぶ。 「陽菜」 「孝平くん? ごめんね、ちょっと手が」 「それは聞いた、なにやってるんだ?」 「実はね、食堂のおばさんのお孫さんが風邪をひいたんだって。その看病で今日は  お休みなの」 「それで陽菜が手伝ってるのか」 「うん、なんだか大変そうだったから」  確かにいつもより人手が多いような気がする。  その理由はもしかして陽菜にあるような気がしないでもない。 「・・・よし、俺も手伝おう」   「え? そんなの悪いよ。孝平くんは生徒会の仕事で疲れてるし」 「それを言うなら陽菜だって美化委員や寮長の仕事で大変だろう? お互い様だよ」 「でも・・・」  俺は陽菜の言葉を最後まで聞かずに一度バックヤードへと向かう。  そこで制服の上着を脱ぎエプロンを借りて付けてから厨房へと入る。 「よし、皿洗いするか」 「いいの?」 「困ったときはお互い様だ」 「うん・・・ありがとう、孝平くん」   「ふぅ・・・思った以上にハードだな」 「お疲れ様、孝平くん」  食堂の夜の部を手伝いきった俺達は鉄人に夕食をごちそうしてもらってから  部屋へと戻ってきた。 「いつもあんなに混んでるのか?」 「そうでもないと思うよ、今日は孝平くんがいたからじゃないかな?」 「なんでだ?」 「・・・孝平くん、わかってないんだね」 「俺が厨房にいたくらいで混む訳無いよ、それよりも陽菜が居たからだろう?」  そう、男子生徒が多く来ていたのは陽菜目当てだろう。  普段のプリム服姿の時でさえ人が集まってくる、そんな陽菜がこんな服を着て・・・ 「あ、思い出した。これって学園祭の時に着てた服か?」 「覚えててくれたんだ」 「ま、まぁな」 「ありがとう、孝平くん」  学園祭のクラスの出し物、それは喫茶店を模したフードコートだった。  その時の女子が着ていた制服が、この服だった。  白いブラウスに短いスカート、そして胸を強調するようにつけられたエプロン。  魅力的な胸を持つ陽菜の胸をさらに強調するデザイン。  あの時の刺激は相当のものだった。 「そういえば、なんでまだその格好をしてるんだ?」 「寮で着替えて食堂に行ったから、そのままなの」  確かに、寮に帰ってきてから陽菜はそのまま俺の部屋へと来ている、だから  まだ着替えられない訳か。 「それに、ね」   「手伝ってくれたお礼も・・・したいから」 「お礼だなんて、陽菜が頑張ってるんだから手伝うの当たり前だろう?  そんなに気にする必要なんてないさ」 「もぅ、孝平くん。そんなに誉めてもなにもでないよ?」   「別にいいさ、陽菜が居てくれるだけで充分だよ」 「孝平くん・・・ありがとう。私、孝平くんを好きになって良かった」  陽菜の発言は凄く恥ずかしかった。 「そんな孝平くんに、やっぱりお礼がしたいな」 「だ、だからお礼なんてされることなんてないんだって。逆に陽菜の方ががんばって  いるんだからさ、俺がお礼をしてあげたいくらいだよ」   「なら・・・頑張った私に孝平くんからお礼・・・ご褒美が欲しいな。だめ、かな?」 「それって・・・」  俺の言葉は最後まで発することは出来なかった。
3月7日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory                      「もう一つの誕生日プレゼント」 「・・・」  ・・・  ・・・  ・・・ 「・・・ふぁ」  もう朝なのかしら?  なんだかいつもより身体がだるいような気がする。  カーテンを閉めてあるから部屋の中は真っ暗だった。  まだ起きなくて良い時間なのかしら?  うん、そうよね。起きなくちゃ行けない時間だったら麻衣ちゃんか達哉くんが  起こしに来てくれるはずだもの。  それに、この暖かさから抜け出したくない、もっとこうしていたい。  私はその思いのまま、達哉くんの胸元に頬を押し当てて・・・ 「え?」  なんで達哉くんの身体がここにあるの?  回りを見回す、その時目に入った時計の時間は・・・ 「え、きゃっ!」  慌てた私はベットから落ちてしまった。 「いったーい・・・」  打ってしまったお尻を手でさする。 「そんなことよりももうこんな時間なんて! 遅刻だわ!」  私は立ち上がって着ているパジャマを脱ごうとして。 「ん・・・」  その時ベットから声が聞こえた。 「あ・・・姉さん、おはよ・・・」 「達哉くん、遅刻よ!」 「ね、姉さん?」 「ほら、早く服を着替えて博物館に行くわよ!」  達哉くんの方を揺すって目を覚まさせる。  その達哉くんは顔を背けている。  心なしか顔が赤い気がする。 「もしかして達哉くん身体の調子が悪いの?」 「いや・・・その、姉さん。とりあえず服を着てもらえる?」 「え?」  今日何度目かの、私の驚きの声。  達哉くんの言う所の意味がすぐに飲み込めた。  そう言えばさっき床に落ちたときさすったお尻は素肌だった気がする。 「−−−−−−−−−−っ!!!」 「姉さん、お茶煎れてきた・・・けど」 「・・・」  私はベットの上で毛布にくるまり座っていた。  さっきまでなにも着ていなかった私は今も裸のままだった。  起きたときに達哉くんに裸を見られて恥ずかしくなった私は、達哉くんを  ベットから追い出して毛布の中に潜り込んだ。  そんな私に達哉くんはお茶を煎れてきてくれただけ、なんだけど。 「むー」 「姉さん、そんなにむくれなくたって」 「だって、恥ずかしかったんだもん」 「その・・・ごめんなさい」 「・・・達哉くん、ごめんね。達哉くんが悪いわけじゃないのに」 「いいよ、それよりお茶」 「うん、ありがとう」  達哉くんからお茶を受け取り飲む。  濃いめのお茶が身体の中から暖めてくれる。 「それで、今日はどうしようか?」  達哉くんが窓の外を見る、大雨が降っている。 「せっかくの休みだけど、これじゃぁ出かけられないな」 「そうね」  月曜の今日、博物館は休館日だった。  休館日だからといって仕事が無い訳じゃない、それどころか溜まってる仕事が  沢山ある。けど、今日は私はお休みの日だ。  本当は昨日休ませたかったと、博物館のスタッフは言ってくれたけど、それは  私が断った。  一番混雑する日曜日、その日はトラブルも一番多い日でもある。  そんなとき責任者の私が休むわけにはいかなかった。 「せっかくみんなが休ませてくれたのに、残念だな」  そう、昨日の日曜日は私の誕生日。  だけど休むことを拒否した私は翌日の今日、お休みになった。  これは博物館のみんなからの誕生日プレゼントだそうだ。  それも、達哉くんの休みもあわせるという、もう一つのプレゼントも一緒に。 「私は残念じゃないわよ」 「姉さん?」  確かに天気が良ければどこかに出かけることも出来るかもしれない。  でも・・・ 「私は達哉くんと一緒に居られればどこでもいいの」  出かけても出かけなくても関係ない、隣に達哉くんが居てくれるのなら。 「・・・それじゃぁ今日はずっと一緒に居よう、姉さん」 「約束してくれる?」 「あぁ、約束する」 「ありがとう、達哉くん」  昨日の誕生日にプレゼントをくれた達哉くんからの、もう一つの誕生日  プレゼントだった。 「それじゃぁ達哉くん。一緒にお風呂はいろっか」 「え?」 「いつまでも裸のままじゃ風邪ひいちゃうでしょ? それに、昨日の汗も  流しておきたいし」  一緒のベットでお互い裸のままで目覚めた朝。  それは、昨夜の愛を証明してくれている。 「それとも、私と一緒に居てくれる約束は嘘だったのかなぁ?」 「・・・約束だから仕方がないな」  顔を真っ赤にしながらそう言ってくれる達哉くん。 「くすっ」 「姉さん?」 「なんでもないわ、さぁお風呂に行きましょう」  誕生日の翌日の誕生日プレゼントは、まだもらったばかり。  今日は1日何処にも行かず、達哉くんを独り占めにしちゃおうっと。
3月3日 ・IS<インフィニット・ストラトス> sideshortstory「女の子のお祭り」  チャイムの音と共に授業が終わった。 「ふぅ」  今日の授業は普通の学習課程だった、最初の頃はIS技術の授業よりは楽だと  思ってたけど、最近はISの方が楽に感じてきた。  それだけ俺もIS操縦者に慣れた、という事なんだろうな。 「・・・なに?」  視線を感じ振り返るとクラスメイトと目があう。 「ううん、なんでもないよ織斑君」  そう言われるとそれ以上聞きようは無い。  女性ばかりのクラスで男は俺一人、目立ってしまうことは仕方がないけど、今日は  なんだか別な意味で注目を浴びてる気がする。 「なぁ、箒。今日は何かあったっけ?」 「な、なにかがあるわけもなかろう?」 「そうだよな、誰かの誕生日って訳でも無いし・・・ま、いっか」 「一夏くーん♪」  その時ドアが開けられて、入ってきたのは楯無先輩。 「あ、俺今日は用事があって」  逃げようとした俺の背後に瞬時に回り込み抱きついてくる楯無先輩。  というか、羽交い締めにされた。 「というわけで一夏くんは生徒会が徴兵します」  徴兵? 一体なんなんだ? 「まぁ、がんばってこい」 「箒!?」  箒の言葉に俺は他の面々に救いを求める。 「がんばってね、一夏」 「一夏、任務は重大だ。責務を全うしてこい」 「一夏さん、楽しみにしておりますわ」 「え、え?」  シャル・ラウラ・セシリアも助けてはくれなかった。 「それじゃぁみんな、後でね〜」  俺は楯無先輩に連行された。 「で、これはなんですか?」 「着替えだよ?」 「それはわかるんですけど、この着物は一体?」 「着方がわからないの? ならおねーさんが着替えさせてあ・げ・る」  楯無先輩の手が動いたと思った瞬間、上着のボタンが外される。 「ちょっとまった!!」 「なに、一人で脱ぐのが恥ずかしいの?」 「当たり前です!!」 「もう、一夏くんったらえっち」 「はい?」 「わかったわ、恥ずかしいけどおねーさんも脱ぐわ。これでいいんでしょう?」 「一人で着替えられますから」 「そう? 残念。それじゃぁ早く着替えてね」  そう言うと楯無先輩は部屋からでていった。  俺はドアの鍵をかけて乱入されないようにしてから改めて着替えを見てみる。 「着物っていうか、まるで」 「お内裏様のようでしょう?」 「うわっ!」  いきなり背後から声をかけられて驚く。 「た、楯無先輩!」 「ごめんねー、一夏くんの反応が可愛くって入って来ちゃった、てへ♪」 「・・・はぁ」 「それよりも早く着替えてね」 「誰が邪魔してるんですか?」 「誰かしら?」  俺はもう一度ため息を付いてから、楯無先輩を部屋から追い出した。 「・・・まさにそのまんまだよな」  なんとか着替えてみたその格好は、雛飾りの一番上に飾られてる人形にそっくり  だった。 「この先の展開は読めてきたな」 「なら話は早い」 「それじゃぁ行きましょうか、楯無先輩」 「よろしくね、お内裏様♪」  いつの間にか作られていた特設会場、そこには撮影に必要なセットがすでに  組まれていた。  そしてそのセットの横に、看板がでていた。 「織斑一夏と雛祭り撮影会、参加自由、ただし先着順」と・・・ 「楯無先輩・・・」 「説明、いる?」 「いえ・・・」 「なら始めちゃおうか、結構人が集まってるからね〜」  俺は特設会場の外の扉を開けてみる。 「きゃーーーーっ!!」  黄色い悲鳴があがる。  なんかすごい列が出来てるんですけど・・・  俺がセットにあぐらをかいて座り、その横に女の子が座って2ショット写真を  撮る、そう言うイベントだった。 「だって今日は女の子の日ですもの、せっかく一夏くんがいるんだから学園での  楽しい想い出づくりも必要でしょ?」 「俺と写真撮って楽しいんでしょうかね?」 「ふふ」  楯無先輩はただ微笑むだけだった。  撮影は流れ作業であったために人数の割にはあまり時間がかからなかった。 「終わった・・・のか?」  特別室の外から人が入ってくる気配が無い。 「疲れた・・・」 「お疲れ、一夏くん。でもこれからが本番だよ?」  その楯無先輩の言葉に嫌な予感がする。 「一夏さん」 「セシリア、それにみんな・・・」  部屋に入ってきたのは今まで顔を出してこなかったセシリア達。  その5人が5人とも着物を着こなしている。 「・・・」 「あらあら、一夏くんったら見とれちゃって」 「た、楯無先輩!」 「一夏さんが私に見とれて・・・きゃっ」 「そ、そうか・・・私に見とれてるのか・・・」 「一夏、そんなに見つめないで、恥ずかしい」 「べ、別に一夏の為に着たんじゃないんだからね!」 「・・・」 「若いって良いわね〜、それじゃぁ誰から撮る」 「私!!」  声がはもる。 「・・・」  そして5人の視線が交差する。気のせいかその交差ポイントにものすごい  熱量が発生してる気がする。 「もう時間ないから順番決まらない場合は撮影は無しね」 「っ!!」 「わ、私は最後でも構いませんわ」 「私もだ」 「うん、僕も順番はいつでもいいよ、写真さえ撮れれば」 「そ、そうよね。順番なんてどうでもいいわよね」 「そ、そうだな」  そう言いつつもみんながけん制しあってるのがわかる。 「ほんと、見ていて面白いよね、一夏くん」 「俺は疲れるだけですけど」 「ふふっ」  楯無先輩の上品な笑い声をあげた。  すべての撮影が終わった俺は疲れた身体を引きずりながら自室に帰ってきた。 「お帰りなさい、ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」  扉を閉める。  そういえば以前にも同じようなことあったよなぁ・・・だとすると。  扉を開ける。 「お帰り、私にする? 私にする? それとも、わ・た・し?」 「ただいま帰りました、そして寝ます」 「え? すぐに私を食べちゃうの? 一夏くんのえっち」 「違います! 疲れたから寝ます」 「だーめ、まだ最後の仕事が残ってるんだから」  そういうと楯無先輩はデジタルカメラを取り出した。 「まだ私たちの写真撮ってないんだからね」  そういえは楯無先輩は進行とか管理とかでさっき写真を撮ってなかったっけ。 「まぁ、写真くらいなら良いですけど」 「うんうん、素直な一夏くんは素敵だぞ、っと」  そう言うと何故か制服を脱ごうとする。 「ちょっと、なにしてるんですか!?」 「ん? 着替えようと思ってるんだけど」 「ここで着替えないでください!」  最後の最後まで楯無先輩に振り回されっぱなしの雛祭りとなった。
2月25日 ・冬のないカレンダー SSS”一緒にしよ♪” 「うぅ・・・暑いよぉ」 「自業自得だ」 「うー、祐介君の意地悪〜」  学園からの帰り道、雪奈はひたすら暑がっていた。  まだ2月で寒い時期なのだが、今日の気温だけは5月並だという暑さだった。  朝のニュースを見て俺はコートを着ず制服だけででてきたのだが、雪奈は。 「寝坊したのが悪い」  俺が迎えに行ったときまだ寝ていた雪奈は慌てて着替えて家から出てきたとき  完全な防寒装備だった。  雪奈の寝坊で時間がなかったため、そのまま登校することになった。 「暑いしコートも邪魔だし・・・それに、マフラーまけないよぉ」  右手に鞄、左手にコートを持つ雪奈。 「うぅ、暑い〜」  その場に鞄を置いて、ネクタイをゆるめシャツの胸元を開けて風を送ろうとする。 「ん? どうしたの、祐介くん」 「なんでもない」  シャツのボタンを外したほんの少しの隙間に目が奪われたとは言えなかった。 「ほら、帰るぞ。帰れば涼しい格好にもなれるだろう?」 「そーするぅ」  鞄を持ち、コートを脇に抱えて歩き出そうとする。  その時、一陣の強い風が吹き抜けた。 「ふぇ?」  短いスカートは見事にまくれ、黒いストッキングに包まれた純白色が  目に飛び込んで来た。 「・・・」 「・・・見た?」 「見えた」  俺は正直に答えた。 「・・・興奮した?」 「暑そうだな」 「うー、おばさんに言いつける」 「ごめんなさい」 「わわ、折れるの早いよ?」  不可抗力とはいえ、見てしまったのだから俺の方が悪い。  だから謝っただけだ、けしておふくろが絡むといろいろと面倒になるから  ではない・・・と思う。 「ちゃんと謝ったから許してあげる、でも興奮してくれなかった事は許さないよ?」 「雪奈、お前は俺にどうしろというんだ? 襲われたいのか?」 「・・・祐介君が望むならいいよ」  そう言って顔を赤らめる雪奈に俺は手を伸ばし・・・ 「えぅ」  頭を鷲掴みにする。 「なんで? なんでこーなるの?」 「雪奈、おふくろの影響受けすぎだ」 「えぅ、なんでわかったの?」 「・・・はぁ、帰るぞ」 「あ、まってよー」  俺は一足先に家に向かって歩き出した。 「寒いな」  目覚めた俺は部屋の寒さに震えた。  エアコンのスイッチを入れてから、起き出す。  昨日の季節はずれの春は、きまぐれだったようで今は冬の寒さを取り戻している。  手早く着替え、洗面所で顔を洗ってから下へ降りる。 「あ、おはよー祐介くん♪」 「おはよう、未来の我が息子祐介君♪」 「・・・なんで朝から雪奈とおばさんがいるんですか」 「駄目よ、祐介君。私のことはお義母さんって呼ばないと」 「・・・おふくろ」 「もう、なんで私のせいにしようとするのかしらね?」 「そりゃ、いつものことを考えればそうだと思うだろう?」 「今朝はたまたまよ、本人達に聞いてみなさいな」  おふくろに促されて、俺は雪奈とおばさんに視線を向ける。 「やだ、祐介君ったら朝から、でも私は夫も娘も居る身なのよ!」 「・・・雪奈、なんで早くから来てるんだ?」 「私のことスルーされた!」  おばさんをとりあえず後回しにして・・・無視したいけどそうすると後が  厄介なので、後回しにして雪奈に問いかける。 「あのね、昨日の夜の天気予報で明日は寒いって聞いたの」 「そうだな」 「だからね、早起きして祐介くんを迎えに行こうって思ったの」  どこからどうつながったのかわからない展開だが、まぁいつものことなので  先を促す。 「だからね、祐介くん。一緒に学校へ行こ♪」 「まぁ、行くところは一緒だからな、構わないけど」 「うぅ・・・祐介君が私をスルーした」  雪奈の横でいじけてるおばさんをどうすべきか、考えると頭が痛かった。 「いってきまーす!」  一緒に俺の家を出る雪奈。 「さすがに寒いな」  昨日が暖かすぎ、いや、暑かったせいで今日の寒さは身に応える。 「と、いうわけで♪」  雪奈はその場でくるっとまわる。  さっきまで鞄以外なにも持ってなかったはずのその手に、今はマフラーだけが  握られていた。 「一緒にしよ♪」 「なるほど、これが真の目的だったのか」 「え? なんのことかな?」  慌てて目線を逸らす雪奈。 「正直に言えば許すけど」 「ごめんなさい、一緒にマフラーして登校したいからがんばって早起きしました」 「雪奈も折れるの早いよな」 「うん、だって祐介くんには絶対勝てないもん♪」 「勝てないのに嬉しそうだな」 「うん、だって許してくれたから一緒にマフラーしてくれるんでしょ?」 「・・・」 「駄目・・・なの?」  上目遣いでそう聞いてくる雪奈。  これが確信犯だったらいくらでも拒否できるのに、雪奈は素でこれをしてくる。 「・・・まぁ、今日は寒いからな」 「わぁ、ありがとう祐介くん! だから大好きだよ♪」  そう言って抱きついてくる雪奈を受け止める。 「今日は寒いはずなのに熱いわね、春乃」 「そうね、早起きして雪奈に付いてきて正解だったわ♪」 「・・・どうしたの、祐介くん?」 「いや、なんでもない」  背後から不穏なつぶやきが聞こえた気がするが、そう聞こえた気がした段階で  もう手遅れなのだろうなと思う。  俺がそうたそがれてる間に雪奈は慣れた手つきで俺の首にマフラーを巻くと同時に  腕を組んでくる。 「それじゃぁれっつごー♪」 「急に歩き出すな、危ないだろう!」 「だいじょーぶだよ、私と祐介くんは一心同体だもん」 「それじゃ余計に危険だろうが! 転ぶなら雪奈一人で転べ」 「なんで私が転ぶこと前提なのかな?」 「理由言って良いのか?」 「・・・言わないでいい、でも今日は大丈夫だよ、だって」  雪奈は組んでる腕に力を込める、コート越しでもわかる柔らかな感触が強くなる。 「だって、祐介くんがエスコートしてくれてるんだもん、だいじょうぶだよ」 「エスコートしてるっていうか、されてるっていうか」 「いいの、ほら、早く学校へ行こうよ」 「速く歩くと早く着くぞ?」 「わ、ゆっくり歩く!」  その雪奈の慌てように俺は吹き出しそうになる。  そんな、真冬なのに寒くない朝の一時だった。 「ねぇねぇ、今朝の夫婦漫才は熱かったねぇ」  教室についたとたん、クラスメイトの和葉にからかわれて別な意味で  寒くない朝になった・・・
2月20日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「約束の証」 「ん・・・」  肌寒さを感じて目が覚めます。  冬の朝は寒いから、いつもはお布団をしっかりかぶって眠ってるのですが  今朝は胸元まですーすーとした風が入ってきます。  まるでそこで誰かが呼吸をしてるみたいに。 「・・・え?」  まるでじゃなく、私の胸の所に顔がありました。 「え、え!?」 「ん・・・」  私の身じろぎに反応してか、起きそうになります。 「・・・」  でも、起きませんでした。 「はぁ・・・よかったです」  私の胸の所に抱きついて眠っているのは支倉先輩。  私は、その支倉先輩の頭を抱きかかえるように眠っていたみたいです。  いつもは肩までちゃんとお布団をかぶってるのですが、支倉先輩の頭があるので  私は上半身を布団からでた形で眠っていました。  それも、裸のままで・・・肌寒いわけです。  その時支倉先輩が身じろぎをしました。 「きゃんっ」  私の胸元に顔を押しつけてきます、外気に触れて敏感になってる突起がすれて  甘いしびれが広がります。 「支倉先輩・・・?」  それ以上動く気配はありません。  ほっとすると同時に物足りなさを感じてしまいます。  物足りなさ? 「うー」  私ったらいつからこんなえっちな女の子になってしまったのでしょう?  でも、支倉先輩はえっちな女の子は嫌いじゃないって言ってくださったから  嫌われちゃう事はない、ですよね?  私は支倉先輩の顔を見下ろします。  私の小さな胸に抱かれて安らかに眠る支倉先輩。 「なんだかとても可愛いです」  いつもとても凛々しく頼りがいのある支倉先輩が、こんな可愛い顔をしてるなんて  知ってるの、私だけですよね。  私だけが知ってる、支倉先輩の可愛いお顔。 「・・・くす」  とても得した気分です。 「ん・・・あれ」 「支倉先輩、おはようございます」 「あ、あぁ・・・おはよう、白ちゃん」  それからしばらくして支倉先輩は目を覚まされました。 「そっか、白ちゃんが・・・か」 「支倉先輩?」 「あ、いやさ、なんだかとても暖かい夢を見た気がするんだよ」 「夢、ですか?」 「あぁ。きっと白ちゃんが抱いていてくれたから見れたのかもな」 「私が・・・あ」  その時思い出しました、私は何も身につけていない事に。 「きゃっ、見ないでください」  慌てて胸を手で隠すけど、きっと遅かったと思います。 「ごめん」 「あ、いえ、その、違うんです! 見られて嫌じゃないんです!」  わ、私ったらなんて恥ずかしいことを言ってるのでしょうか? 「う、うん・・・」  支倉先輩もお顔を真っ赤にされています。 「わ、私シャワー浴びてきます!」  その場に居られなくなった私は、シャワールームに駆け込みました。  背後から支倉先輩の熱い視線を感じながら・・・ 「気持ち良いです」  熱いシャワーを浴びて身体も温まります。  本当はお湯に浸かりたいのですが、準備してなかったので今は我慢です。 「あ・・・」  流れるシャワーのお湯を目で追いかけたとき、私の小さな胸に痣があるのが  見えました。  これは昨夜、支倉先輩が愛してくださった痕。 「支倉先輩・・・」  昨夜の出来事を思い出します。  今年は土曜日となった私の誕生日、在学中は本家にとどまる事に決まった私は  誕生日の日は分家の皆様のお祝いをお受けする日でもあります。  兄さまの取り計らいもあって、盛大ではなくささやかな誕生会となりましたが  東儀家での誕生会に支倉先輩はいらっしゃることは出来ません。  私は、誰よりも支倉先輩にお祝いして戴きたかったのですが・・・ 「行っておいで、白ちゃん」 「支倉先輩?」 「白ちゃんをお祝いしたいって人の気持ちも受けてあげないとね。  俺はずっと待ってるから大丈夫だよ」  そう言われて私は土曜日、本家で過ごしました。 「行くのか?」 「はい、兄さま」  全てを終えた今はもう夜も遅く、一人で出歩くのは危険ですし、怖いです。  でも、寮で支倉先輩が待っていてくださってます。  帰らないという選択肢はありません。 「そうか、なら行くとしよう」 「兄さま?」 「こんな夜更けに白を一人で帰らせる訳にもいかないだろう」 「兄さま・・・ありがとうございます」  兄さまに送られて寮に戻った私は、部屋には戻らずそのまま支倉先輩の元へと  帰ってきました。  もう日が変わる時間にも関わらず起きて待っていてくださった支倉先輩。 「おかえり、誕生日おめでとう、白ちゃん」 「支倉先輩! ただいま帰りました!」  こうして一夜を共にしました。  その一夜を思い出すとお腹の奥が熱くなってきます。 「・・・駄目です、昨日の夜あんなにしていただいたのですから」  いくらえっちな女の子が好きと仰られても、そんなにはしたなくなりすぎては  駄目です、自分に言い聞かせながらシャワーを止めます。 「・・・あ」  その時気づきました、このシャワールームは支倉先輩の部屋のもの。  バスタオルを持ってきていませんでした。 「どうしよう・・・」  このままだと濡れたままお部屋に戻ることになってしまいます。  それどころは、何も身体を隠す物がありません。 「白ちゃん、ちょっといいかい?」 「ひゃいっ!?」  その時支倉先輩の声が聞こえて来て、とても驚きました。 「ドアの外にバスタオルを置いたから使ってね」 「は、はい! ありがとうございます!」  支倉先輩が離れるのを見越してから私はドアを開けて、すぐにタオルをとりました。  これで一安心です。 「お先に戴きました」  バスタオルを纏ってシャワールームをでました、先ほどと違って部屋が暖かいのは  支倉先輩が暖房をいれてくれたからです。 「それじゃぁ俺もシャワー浴びようかな」 「はい、お待ちしてますね」 「・・・」 「支倉先輩?」  動きを止めた支倉先輩。なんだかとても緊張されてるようです。 「あ、あのさ・・・白ちゃん」 「はい、なんでしょうか?」 「その、さ・・・これを!」  意を決したような表情で小箱を差し出す支倉先輩。  これって・・・  テレビのドラマで見たような小さな小箱、それを私はそっと手にとります。 「そのさ・・・まだ本物じゃないけどさ・・・俺の決意っていうか、その・・・」  支倉先輩が何かを仰ってますが、私は小箱に目が釘付けになってしまってます。 「開けていいですか?」 「あ、あぁ・・・もちろんだよ」  震える手でそっとその小箱を開けます。 「あ・・・」  そこに入っていたのは銀色に輝く指輪でした。  入っていた指輪の綺麗さと、その意味に私は・・・ 「白ちゃん」  支倉先輩がその指輪を手にとります、そして私の左手をとって・・・ 「誕生日おめでとう、そしてこれは俺が白ちゃんをずっと守っていくという証だよ」  そっと薬指に指輪を通してくれまし・・・ 「あ」 「え?」  確かに指輪は私の薬指にはまりました、ですがとても緩いです。  すぐに抜けて落ちてしまうくらいのサイズでした。 「・・・」 「・・・」 「・・・俺の馬鹿」  支倉先輩が落ち込みました。 「そ、そんなことありません!」 「ここまでして失敗だなんて・・・」  落ち込む支倉先輩、でもその姿を見て先ほどの可愛い支倉先輩を思い出しました。  私の前でだけ見せてくれる可愛い支倉先輩。 「だいじょうぶです、支倉先輩」 「白ちゃん?」 「この指輪は私を守ってくれるのですよね?、なら今はペンダントにします」  鎖を通せばペンダントにすることができます。  さすがに学生でまだ東儀家本家に居る今、薬指に指輪をはめるわけには行きません。  でも、ペンダントにしておけば目立たないのでずっと身につけていられます。 「ありがとう、白ちゃん」 「私こそ、ありがとうございます。とても嬉しいです」  私は指輪を両手で包み込み、そっと胸元にあてます。  本当に結ばれるその日まで、ずっと私の胸元で輝く銀色の指輪を想像しながら。 「白ちゃん、今日は時間ある?」 「はい」 「それじゃぁペンダントの鎖を買いに行こうか」 「はい!」
2月17日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”想いの行方” 「孝平くん、何かあったの?」  昼休みの食堂で陽菜の言葉の意味がすぐにわからなかった。 「何かって、何?」  意味が解らず聞き返す。 「うーん・・・その、なんていうか、孝平くんがいつもと違う気がするの」 「そうね、私もそう思うわ」  一緒のテーブルに着いてた紅瀬さんも陽菜に同意する。 「何かって言われてもなぁ・・・生徒会が忙しくて疲れてるくらいか?」 「あら、最近の生徒会はそんなに忙しくないわよ?」  俺の後ろからする会長の声。 「瑛里華、それに白ちゃん」 「こんにちは、支倉先輩」 「でもそれくらいしかないと思うけど・・・」 「・・・」  瑛里華の眼がすっと細くなる、それは真実を見抜こうとしているからかも  しれない。 「ふぅ、そう言うことにして置くわ」 「そういうこと」  俺は食べかけの焼きそばを口に運んだ。  ・  ・  ・ 「ふぅ」  生徒会の仕事を終え部屋に戻ってくる。昼間瑛里華に言われたとおり、今は  そんなに忙しくないから早めに帰ってこれる。  夕食を軽くとり、その後のお茶会も終わった、一人だけの時間。 「おかしいのは、これのせいだよな・・・きっと」  クローゼットの奥にしまってある紙袋。  その中身はチョコレートだった。 「まさか俺がこんなにもらうとはな」  紙袋の中から開封されてない包みを一つとって開ける。  開けた箱の中に入ってるチョコを食べる。 「美味いよな、本当に」  先日のバレンタイン、期待が無かったわけじゃない。  だけど、想像以上の数のチョコが俺にプレゼントされた。  それをこうして少しずつ食べているのだ。 「チョコは少し食べる分には好きなんだけどなぁ」  大量すぎるチョコをいっぺんには食べれない、だからといって捨てる事も出来ない。 「陽菜が気づいた事ってやっぱりこれのことなんだろうな、注意しないと駄目だな」 「なるほど、そう言うことなんだね。こーへーの男の意地なんだね」 「そう言うことです・・・って!?」  気づくとベランダにかなでさんが立っていた。 「帰ったんじゃないですか?」 「うん、お茶会は終わったから一度帰ったよ? でもね、また来てみたの」 「・・・はぁ」 「あれ? どうしてって聞かないの?」 「だってかなでさんですから」 「むー、それはどういう意味かな?」 「そのまんまの意味ですよ。それよりこのことは黙っていてくださいね」 「たぶん無理だと思うよ」 「そう言うことだよ、孝平くん」  かなでさんの後ろにいつの間にか陽菜が居た。 「いつのまに」 「今さっき降りてきたところだよ、それよりも孝平くん。どうして黙ってたの?」 「いや、その・・・」  チョコをもらいすぎて困ってます、だなんて誰にも相談出来るわけがない。  それに、かなでさんや陽菜からももらってるわけだし・・・ 「まぁまぁひなちゃん。その話は後回しにしようよ。」 「お姉ちゃん?」 「いいのいいの、こーへーだって男の子なんだもんね。」 「?」 「それよりもこーへー、このチョコ食べるんだよね?」 「はい、絶対食べます」 「私たちが一緒に食べたいって言ったらどうする?」  一瞬答に悩む、良かったらどうぞ、と言いたくなる。 「出来れば俺が全て食べたいと思ってます」 「そっか、でもそれは駄目だよ」 「どうしてですか?」 「こーへーが贈ってくれた人の気持ちを大切にしたいのはわかる、でもね  それでこーへーがお腹壊したらそれこそ贈ってくれた人の気持ちはどうなるの?」 「それは・・・」  答えられなかった。 「だからね、こーへー。鍋にしよ♪」  かなでさんは満面な笑みでそう口にした。 「はい?」  どうしてここで鍋がでてくるんだ? 「だから、鍋だよこーへー」 「あ、そういうことなんだね、お姉ちゃん」 「陽菜?」  陽菜には意味が通じたようだ。 「孝平くん、フォンデュのことだよ」 「あ」  フォンデュ、溶かしたチーズやチョコにパンや果物を付けて食べる料理。 「これならチョコを溶かすから大量に消費するし、みんなで鍋を囲めるね。  そして、みんなの思いを一つにするからこーへーも問題なし!」 「でも・・・」 「こーへー、こんな美味しい鍋を独り占めする気?」 「・・・俺の負けです、かなでさん。  明日のお茶会はチョコレートフォンデュにしましょう」 「よーし、約束だよ?」 「はい、陽菜も手伝ってもらっていいか?」 「もちろんだよ、孝平くん」
2月14日 ・ましろ色シンフォニーSSS”桜乃の気持ち” 「ごちそうさまでした」 「お粗末様でした」  いつもと変わらない桜乃との夕食の席。  だけど、ちょっとだけ違っている。 「なぁ、桜乃」 「ん?」 「何かしたいことあるんだろう?」 「わかっちゃう?」 「あぁ、わかるさ。だって、俺は桜乃のお兄ちゃんで、恋人だもの」 「・・・妹殺し発言」 「桜乃が死んじゃうのは嫌だから言うのは止めた方がいい?」 「・・・死なないようにするから、発言はおっけー」  相変わらずの桜乃だな。 「それよりも、俺はどうすればいい?」 「それじゃぁ、先にお風呂入って」 「洗い物は?」 「私がしておくから、お兄ちゃんは先にお風呂に入って」 「了解、それじゃぁ後は頼むね」 「任された」  俺は一度部屋へ着替えをとりに戻った。 「ふぅ」  風呂の湯に浸かって一息つく。 「先にお風呂か・・・まぁ、そう言うことだろうな」  今日はバレンタインデー、桜乃はきっとチョコを用意してくれていると思う。  その為の時間稼ぎかなと思う。 「・・・まぁ、そうじゃなかったこともあったっけ」  先にお風呂に勧めて、その後桜乃も入ってきた事が何度もあった。  でも、今日は月曜日だから大丈夫。  平日はちゃんと自分たちのすべきことをする事にしているのだから。 「桜乃、お風呂あがったぞ」  一応注意しながらキッチンをのぞく。 「ん、それじゃぁ入る。お兄ちゃん、覗く?」 「またの機会にしておくよ」 「またの機会、お待ちしてます」  冗談に冗談で返された俺は、とりあえず自室へと戻ることにした。 「お兄ちゃん、いい?」 「あぁ、開いてるよ」  夜の空いてる時間、桜乃は何をするでもなく俺の部屋で過ごすことが多い。  関係が変わった今でも、それは全く変わらなかった。 「失礼します」  桜乃がドアを開けて入ってくる。 「・・・桜乃?」    部屋に入ってきた桜乃は何故か各務台の制服を着ていた。  ついこの前まで着ていた制服なのだけど、今は通う学園が違うので桜乃の  制服姿を懐かしく思ってしまう。   「お兄ちゃん?」 「あ、あぁ・・・なんでもない」  見とれてたとは恥ずかしくて言えないよな。 「そ、それでどうしたんだ? そんな格好で」  俺の問いに桜乃は後ろ手で持っていた者を前にだす。   「今日はバレンタインデー、だからお兄ちゃんに親愛を込めてプレゼント」 「ありがとう、とても嬉しいよ」  もらえるとわかっていても、やっぱりもらうまではドキドキする。 「・・・ごめんなさい」   「桜乃?」 「本当は手作りにしたかった、愛情を込めたかった・・・けど、時間無かった」 「桜乃、気にしないでいいんだよ」   「お兄ちゃん?」 「家の仕事もあるし学園も忙しい、そんな中用意してくれたチョコレートなんだろ?  だったら買った物でも手作りでも関係ない、桜乃の気持ちは同じなんだから」 「お兄ちゃん・・・でも、手作りチョコは女の子のステータスだから」  そう言う物なんだろうか?  でもまぁ、桜乃がそう言うなら桜乃にとってそうなんだろう。 「ならさ、今度のデートはチョコの材料を買いに行こう」 「え?」 「それで、俺にチョコを作ってくれないか?」 「・・・うん! 作る、チョコレートを作ってお兄ちゃんにあげる!」 「期待してるよ、桜乃」 「期待された、がんばる」 「ところでさ、桜乃。なんで各務台の制服なんだ?」 「気分転換とマンネリ防止」 「マンネリ・・・?」   「今日のプレゼントはわたし、うふ」 「・・・」  いや、そうなんていうか、棒読みで言われてもどう反応していいか  わからないんですけど。 「私は駄目?」 「いや、そんなことないけどさ、今日は月曜だし」 「だいじょうぶ、お兄ちゃんが獣さんにならなければおっけー?」 「そこで疑問系にされてもね・・・」 「学園に着ていかないから汚されても大丈夫」 「桜乃さん?」 「ちゃんとお風呂にはいって身体を綺麗にしたし、パンツは勝負パンツにした」 「・・・」   「お兄ちゃん」 「あー、もうどうなっても知らないぞ!」 「どんどこい」  俺は桜乃を抱きしめる。 「お兄ちゃん、ん・・・」  チョコよりも甘い口づけだった。
2月11日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「Morning coffee」 「ん・・・」  もう朝なのかな?  目を開けてもまっくらで何も見えない、カーテンを開けないといけないかな。  今日はそんなに寒くない日なのかな、なんだかいつもより暖かい。 「・・・あ」  お布団の暖かさ以外の、包み込まれる暖かさの意味に気づく。 「達哉」  私は達哉に抱かれながら眠っていた事を思いだした。  そして脳裏に浮かんでくる昨夜の事。 「−−−−−っ!」  声なき声をあげる。  昨日の夜、達哉に何度も何度も愛してもらったことを思い出したからだ。  本当ならじたばたしたいところだけど、それを押しとどめられたのは達哉の為。  私はちょっと顔をあげる、その先には達哉の寝顔があった。 「くすっ、可愛い寝顔」  昨日の夜はあんなに激しく、沢山愛してくれた達哉。  男の人は何度も出すと凄く疲れるっていうから、きっと達哉はへとへとだろう。 「もうちょっと寝かせておいてあげたいな」  それに、私ももっと達哉の暖かさに抱かれていたいからね。 「達哉、大好き」  私は達哉に抱きつく、その時違和感に気づいてしまった。 「・・・もしかして」  私はそっと手を自分の秘部にあてる。 「あ・・・やっぱり」  手をあてた感触は、かなりべたついていた。ごわごわになってもいる。  昨日、したまま眠っちゃったからそのままなのだ。  達哉が出してくれたものもいっぱいだし、私も・・・その・・・でちゃったし。 「んーーーー」  お風呂にはいってすっきりしたい。  でも、達哉のこの暖かさが捨てがたい。 「むーーー」 「ん・・・翠?」 「あ、達哉。起こしちゃった? ごめん」 「ん、だいじょうぶだから」  達哉は眠そうな目を擦っている。やっぱり凄く疲れたから眠そうだった。 「おはよう、達哉」 「あぁ・・・おはよう、翠」 「あーあ、達哉が起きちゃった」 「まだ寝てたほうが良かったのか?」 「もっちろん、達哉の可愛い寝顔独り占めしてたんだから」  本当のことは恥ずかしくて言えないよね。 「それなら俺は翠の寝顔独り占めだな」 「え? いつ、どこで!?」 「そりゃ先に寝ちゃったんだから」 「うーーー、そういうのは見ちゃだめなの!」 「良いじゃないか、可愛いんだし」 「だーめ、恥ずかしいのっ!」  私の寝顔、達哉に見られてただなんて、本当に恥ずかしい。 「さて、そろそろ起きるか」  達哉が上半身を起こす。 「え、あ、ちょっと待って」  私の制止は間に合わず、達哉は上半身を起こしてしまった。 「きゃっ」  私は慌ててシーツを纏う。 「あ・・・ごめん」 「もぅ・・・達哉のえっち」  何も身につけていないから、達哉が起きると見られちゃう。  というか、見れれちゃったよね? 「・・・あ」  シーツをとったことで、今度は達哉が何も身につけていない状態になった。 「あ、朝から元気なんだね」 「そ、それは・・・朝だし。それに、今の翠を見てたらそうなるよ」 「え? わ、私のを見たから?」 「・・・」  達哉が顔を逸らす、その顔が真っ赤になってるのがとても可愛かった。 「いいよ、達哉。見ても」  私は毛布を身体から落とそうとして・・・ 「やっぱり駄目っ!」 「え?」  達哉が驚きの声をあげる。 「駄目駄目っ! 私お風呂にはいってないから駄目!」 「・・・わかった、俺は待ってるから先に風呂に入ろうか」  ちょっとがっかりしたような顔をする達哉に心が痛む。  いつだって達哉は私のことをちゃんと考えてくれて、私を優先してくれる。  私は・・・ 「ねぇ、達哉。一緒に入ろ」 「え?」 「だって、達哉もこのままじゃ風邪ひいちゃうし、ね。  あ、でも、身体洗うところは見ちゃだめだよ?」 「あ、あぁ・・・」 「それじゃぁいこう」  私はシーツを巻き付けたまま、達哉と一緒にお風呂場に向かった。  ・  ・  ・  暖房の効いたリビングのソファで達哉はぐったりとしている。  そりゃ、昨夜あれだけがんばって、朝からあれだけ・・・って思い出しちゃ駄目!  また顔が真っ赤になっちゃう。  それは今は駄目なの!  自分に言い聞かせながら、コーヒーメーカーからコーヒーをカップに移しいれる。 「はい、達哉」 「・・・ありがと」  達哉にカップを渡してから隣に座ってコーヒーを飲む。 「ふふっ」 「翠?」 「私ね、なんか嬉しくって。達哉とこうして一緒に居られることがね」 「ありがとうって言う所なのかな?」 「うん、どういたしまして」  達哉と一緒に朝のコーヒーを飲む、それだけなのに嬉しい、そして幸せ。 「俺も翠と一緒で嬉しい・・・だけどさ」  達哉は私の方を見る。 「なんで、そんな格好をしてるんだ?」 「だって、夜明けのコーヒーはこれが正装なんだよ?」  前にもらった達哉のシャツ、私は下着の上からそれだけを羽織っている。 「あのなぁ、いったいどこからそんな話を聞いたんだよ?」 「それは、乙女の秘密だよ」 「・・・」 「あ、呆れた?」 「いや・・・惚れ直した」 「え!?」  予想外の反応に私の思考が真っ白になる。 「ちょっとした仕返しだ」 「・・・何よそれ!」  仕返しされたことの意味が解らない、私は何もしてないのに! 「でも、惚れ直したのは本当だよ。新しい翠を見せてくれるたびに、俺は  惚れ直してるからな」 「え、えっと・・・、また仕返しなのかにゃ?」 「そこは本当だって言ってるだろう? 信じられないか?」 「・・・言葉だけじゃなく、態度でもわからせて欲しいなぁって、ん」  私の言葉は達哉の唇にふさがれた。  誕生日の次の日の朝はこうして始まった。  そして今日は祝日、1日は始まったばかりだった。
2月5日 ・穢翼のユースティア SSS”闇の中でも” 「いらっしゃい」  ヴィノレタの扉を開けると、いつものようにメルトの出迎えの声。  私はいつも座ってるカウンターの席に向かう。 「今日はエリス一人なの?」 「カイムは仕事中」 「そう、それじゃぁ私がエリスの相手をしてあげる」 「遠慮しておく」 「もぅ、つれないなぁ」  そう言いながらメルトはいつもの生姜茶を出す。 「あら?」  生姜茶は私のいつものだから出してくれるのはわかる。  けど、今日はそれ以外に食べ物もすぐに出してくれた。  鶏肉が入ったシチューに腸詰め、あまり固くなさそうなパン。 「頼んでないわよ?」 「今日は私のおごりよ」 「何か下心あるの?」 「エリスは疑い深いわねぇ、今日は私の善意よ」 「余計に怪しい」  牢獄に善意なんて存在しないのは誰でも知っていること。  だから余計に怪しかった。  その時表の扉が開く。  私は何も感じなかったから、カイムじゃないと確信したから振り向かなかった。  その男が入ってきた瞬間、場が沈黙に支配される。  それだけで誰が入ってきたかわかる。 「構わない、続けてくれ」 「いらっしゃい」 「よ、カイムはまだか?」 「まだよ」 「エリスはご機嫌斜めだな」 「誰のせい」 「俺か?」 「さぁ」 「相変わらずだな、メルト」 「はい、お待たせ」  ジークの前に置かれたのはお茶だった。 「なんで酒じゃないんだ?」 「酒杯はカイムが来てからよ」 「いいじゃないか、それくらい」 「お祝いはみんなでするべきじゃないかしら?」 「祝い? 今日何かあったの?」 「え?」  私の言葉にメルトが驚く。 「なぁメルト、お前の記憶ってガセじゃないのか?」 「そんな訳無いわ、私が口説こうと思ってるエリスの事だもの、間違いないわ」 「今、不穏な発言があったのはとりあえず聞き流しておくわ。それよりも  私のことって何?」 「何って、今日はエリスの誕生日でしょ?」 「誕生日・・・」  今日は・・・2月5日。そういえば私の誕生日って今日だったっけ。 「別に、誕生日なんて祝われても何も感慨無いわ。面倒なだけ」 「そんなこと言わないの、生まれてきたおめでたい日なのだから」 「めでたいか」 「ジーク、そう言うこと言わないの。せっかくのチャンスなんだから」 「メルト、下心見えてるわよ」 「あら、ばれちゃったわね、てへ」 「何がてへだよ、メルトの歳じゃ可愛くもなんともないな」 「ジーク?」 「悪い、つい本音がでた」 「もぅ。ジークにはサービス無しよ?」 「だから悪いって言ってるだろう?」  二人のやりとりを聞きながしながら、メルトの言葉を思い返す。  おめでたい日、か・・・  今のこの状況がめでたいかと言われれば、まぁ、確かに”おめでたい”わね。  リリウムに縛られて死ぬまで客引きをする訳でもなく、誰かに殺される訳でも  無く、闇の中とはいえ、生きてはいられるだけだから。    思いにふけってる私は、何かを感じた。  振り向いた先の扉が開く。 「あら、カイム。遅かったわね」 「あぁ」  カイムは私の隣に座る。 「遅かったな」 「少し手こずった」 「結果は・・・聞くまでもないな。よし、これでやっと飲めるな」 「禁酒でもしてたのか?」 「いや、メルトのしつけだ」  そう言ってにやりと笑うジーク。 「メルト、酒をくれ、もう良いだろう?」 「いいわよ、はい」  カイムとジークの前に酒杯が置かれる。  私はその酒杯をとろうとしたカイムの腕を掴む。 「っ、なんだよ」 「怪我、してるわね」  腕を掴んだときのカイムの変化はそれを物語っている。 「かすり傷だ」 「たとえかすり傷でも治療が先、ほら行くわよ」 「おい、エリス。俺は酒を飲みに来たんだ」 「だーめ、お酒は治療の後」 「って、そこを束むな!」  わざと怪我してる場所を掴んで引っ張る。 「お早いお帰りおまちしてまーす」 「カイム、尻に敷かれすぎだぞ?」  にやにやと笑うジークと、楽しそうに笑うメルトを後にして私は  家へと向かう。  母の胎内という闇から生まれてきた先も、闇だった。  その闇からもっと深い闇に落ちそうになった時に救いの手をさしのべてくれた。  その救いの手自体も闇で、救われた先も闇だった。  この世界、何処まで行っても闇しかないのかもしれない。  でも。 「どうした?」 「なんでもない」  闇の中にカイムと二人っきりなら、悪くはないかな。
2月3日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”鬼娘” 「孝平くん、おつかれさま」 「陽菜こそお疲れ様」  節分のイベントを終えた夜、俺の部屋で陽菜と二人だけのお疲れ会を開いた。 「はい」 「ありがとう」  陽菜からいれてもらった紅茶を受け取る。 「よいしょっと」  俺の向かいに座る陽菜。 「今回も思ったより好評だったな」 「うん、みんなが楽しんでくれて良かったよ」  節分のイベント、寮生みんなでの豆撒きは、前寮長のかなでさんのアイデアで  捲く豆を落花生にしている。  雰囲気は違うけど、巻いた豆の回収が安易で掃除も楽、また巻いた豆を食べる  ことができる等良いことだらけだった。 「でもさ、やっぱりなんか普通の豆じゃないと雰囲気がでないかもな」 「うん、私もそう思った」  くすりと笑う陽菜。 「だから、普通の豆を持ってきたの。孝平くん、豆撒きしよう」 「準備いいな」  陽菜から大豆の豆をもらう。 「でも、もう大声では豆撒き出来ないな」  すでに夜が遅い時間、さっきまでのイベント中ならまだしも、もう大声を出して  良い時間ではない。 「仕方がないから小声でしよっか」 「そうだな」  俺は窓を開けようと立ち上がる。 「あ、ちょっと待って」 「ん?」 「私ね、豆撒きの衣装を持ってきたの。着替えてくるからちょっとだけ待ってて  くれるかな?」 「あ、あぁ。構わないよ」 「ありがとう、孝平くん」  陽菜は紙袋をもってバスルームへと入っていった。 「豆撒きの衣装か・・・まさか虎縞ビキニとかじゃないだろうな」  何故かそう思ってしまう。 「おまたせ、孝平くん」   「孝平くん?」  でてきた陽菜を見て俺は声がでなかった。  俺の予想ははずれてはいなかったけど、予想以上だった。   「やっぱり、変なのかな?」 「いや、その似合ってると思うよ」 「本当? ありがとう、孝平くん」   「それじゃぁ豆撒きしよ」 「あぁ」  俺は豆を掴み、部屋の中に撒く。 「鬼は・・・」 「孝平くん、どうしたの?」   「いやさ、鬼は外にすると今の陽菜を追い出すような気がしてさ」  陽菜の格好はまさに鬼娘だ。そんな陽菜を部屋から追い出すような  事は言いたくない。  それに、俺の友人には鬼がいる。 「よし、福は内! 鬼も内だ!」 「くすっ、孝平くんって優しいね」   「それじゃぁ私も、福は内、鬼も内!」
2月1日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「彼とYシャツと私」 「ん・・・」  もう起きなくては行けない時間かしら。  今日はなんだか暖かい・・・ 「・・・え?」  寝ぼけながら開けた目に飛び込んできたのはいつもの部屋の風景ではなく  逞しく厚い胸板だった。 「あ・・・」  その胸板に私は顔を預けて眠っていた事を思いだした。 「暖かい訳ですね」  私はそっと暖かい胸板、達哉の胸の中に顔を埋める。  それだけで心が安らぐ。 「・・・」  足を動かしたとき、太股の付け根辺りに違和感を感じた。  そしてその違和感の意味にすぐに気づいた。  昨日の夜、達哉に愛してもらったまま眠ってしまったため、  後処理を全くしていない、  だから・・・ 「名残惜しいですけど達哉が起きる前に身支度を整えなくては行けません」  達哉に気づかれないよう、そっと起きあがる。   「くすっ、達哉ったらぐっすり眠ってる」  それはそうかもしれない、だって昨夜はあんなに激しかったのですから。   「ふぅ」  熱いシャワーを浴びて昨日の汚れを洗い流す。  これでまた綺麗な私を達哉に見てもらえる。 「って、私は何を考えてるのですか!?」  まだ私の頭は起きていないようだった。  シャワーとは違う蛇口から水をだし、顔を洗う。 「冷たいっ」  そっと部屋の扉を開ける。 「達哉・・・起きていないですよね?」  着替えのことを全く考えてなかった私は、脱衣所で着る服が無かった。  常備してあるバスタオルだけを身体に巻いてそっと部屋に戻ってきた。 「よかった、まだ起きていないようですね」  そっと部屋に入るとすぐにクローゼットの方へと向かい、下着を身につける。  その時、達哉が脱ぎ捨てたシャツが目に入る。 「・・・」  そのシャツを手にとる、そしてそっとシャツを抱きしめる。 「・・・これじゃぁまるで変態じゃないですか」  そう思いながらも、達哉のシャツは魅力的だった。  でも・・・これを着たら、達哉に抱きしめられてる感じがするの・・・かな 「ちょっとだけですよ?」  私は袖を通してみた。 「暖かい・・・」  シャツ1枚だけなのに、とても暖かい。  さっきまでの、達哉の胸の中で眠っていた時と同じ暖かさを感じる。 「っ、いけない。これは達哉のシャツなのだから私が着てしまったら達哉が  着る物がなくなってしまいます」 「そう言う問題なのですか?」 「え・・・?」    私の独り言にツッコミが入った。  この部屋にいるのは私以外には眠っている達哉だけ・・・ということは 「おはようございます、エステルさん」 「たたったた、達哉っ!」 「まずは落ち着いてください、ほら、深呼吸」  達哉に促されて深呼吸をする。 「改めておはようございます、エステルさん」 「おはようございます、達哉」 「それで、そのシャツ気に入ったのならあげましょうか?」 「きききき、きにいったわけじゃじゃありません! ただ、気になっただけでしゅ」  私は慌てて否定する。   「では、今度シャツを持ってきますね」 「だから、気になっただけで気にいった訳じゃありませんから!」  どうしてか、達哉には嘘がつけなかった。 「それよりも達哉、今日は平日ですよ」 「そうですね、俺は大学ありますし、エステルさんも仕事がありますね」  今日は平日、それでも泊まりに来てくれたのは昨日が私の誕生日だったから。  平日の誕生日は1日中一緒にいることが出来ない。  私と達哉はするべきことをする約束があるから、学業やバイト、仕事をさぼる  ことは絶対しないことにしている。  だから、達哉は夜になってから私の所に来てくれた。夜だけでもって言ってくれた  達哉は結局、朝までこうして一緒に居てくれた。  それはとても嬉しかったけど、朝が来てしまったら逢瀬の時間は終わりになる。 「エステルさん、今夜も逢いに来ますからそんな顔をしないで下さい」 「え?」  私はどんな顔をしてるのだろう・・・なんて考えるまでもない。  きっと私は寂しそうな顔をしているのだろう。  いけないいけない、年上である私がそんな顔をしては示しがつかない。 「エステルさん」  ベットから立ち上がった達哉が私を抱きしめる。 「それじゃぁ俺は帰りますね、俺のすべきことをするために」 「えぇ・・・」  達哉は着替え始める、といっても服を着るだけだ。 「あ・・・達哉、シャツを」 「いいですよ、帰るだけですから」  そう言って達哉はシャツを着ずパーカーを着始める。 「それでは寒さで風邪をひいてしまいます」 「大丈夫ですよ、ちゃんとダウンを着ますから」  達哉は来たときと同じ格好になった。 「それよりもエステルさんの方こそ風邪ひきますから、速く着替えてくださいね」 「え・・・きゃっ!」  そういえば私はシャツだけを着た姿だったことを思いだした。  達哉のシャツの着心地が良すぎて、まったく気にしていなかった。 「それじゃぁ俺は・・・」 「達哉、忘れ物ですよ?」 「忘れ物?」 「はい、忘れ物です」  今朝は抱きしめてもらっただけ、だから最後に私はそっと達哉に近づいて  背伸びをして、口づけをする。 「エステルさん・・・」   「おはようと、いってらっしゃいのキスですよ、達哉」
1月23日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”白い小悪魔と黒い堕天使” 「ねぇ、孝平。文化祭の衣装のサンプル届いたの」 「だから孝平くんに見て欲しいの」  夜、部屋に訪れてきたのは瑛里華と陽菜。今年の文化祭で着る衣装を見て欲しいとの  事だった。 「私たち着替えるから、ちょっとだけ談話室で待ってて、孝平」 「すぐに電話するからね」 「電話? 向かえに来れば良いだろう?」  俺の言葉に二人は顔を真っ赤にする。 「?」 「駄目よ、最初に孝平に見てもらうんだから」 「うん・・だから、呼んだら来てね」 「あ、あぁ」  二人に促されて、俺は談話室へと行くこととなった。  それからちょっとだけ時間がたってから、陽菜からの電話で俺は部屋に  戻ることになった。 「ただいま、思ったより遅かった・・・!?」 「おかえり、孝平」 「おまたせ、孝平くん」    そこにいた二人の姿に俺は言葉を失った。  いつも見慣れてる姿ではなく、これが文化祭で使う衣装なのだという  事だけは頭の片隅で冷静に理解してる。  だけど、これはすごすぎないか?   「どうかしら、孝平」 「ちょっと恥ずかしいんだけど・・・どう、かな?」  瑛里華は白をベースとした衣装で、腰に小さいエプロンを巻いている。  陽菜はエプロンはない、黒をベースとした衣装だった。  どちらも白と黒の先にうっすらと肌色が透けて見えている。  思わず下げた目線の先には、瑛里華の桃色のパンツと、陽菜の白いパンツが  目に入ってきた。   「孝平?」 「孝平くん?」 「あ。いや、その・・・」   「くすっ、言わなくても孝平の態度を見ればわかるわよ」 「うん、そうだね。お茶の用意するから孝平くん、中に入って」  振り返って先に部屋の奥へ行く二人。    その二人の、桃色と白色のお尻が揺れていた。 「はい、紅茶をどうぞ。今日はレモングラスにしてみたの。えりちゃんもどうぞ」 「ありがとう、陽菜ちゃん」 「・・・」 「孝平くん、お口に合わないかな?」 「いや、美味しいよ」 「よかった」    床の座布団ではなく、ベットに座ってる瑛里華と陽菜。  俺の目線の高さが、ちょうど二人の短い裾の高さになってしまっている。  目線を外すが、どうしても視界の中にちらちらと入ってくる桃色と白色に目を  奪われる。 「孝平くん、どうしたの?」   「あ、いや・・・なんでもない」  陽菜に注意されて、俺は目線を少し落とす。 「!?」  今さらながらに気づいた、下着が透けて見える衣装で陽菜の白いパンツは  見えていた、のに胸元に白い物が無い。 「どうしたのかしら?」    瑛里華がベットから立ち上がろうとする、その瑛里華の胸元にあるはずの  下着のラインが無い。 「くす」   「いいのよ、孝平」 「我慢しなくていいんだよ、孝平くん」 「もともとそのつもりだったんですもの」  そう言うと瑛里華は胸元に手を当てる。 「ちょっと恥ずかしいけど、えりちゃんが一緒だから」  陽菜も胸元に手を当てる。 「瑛里華・・・陽菜・・・」 「ね、孝平」 「孝平くん」  二人が近づいてくる、そして距離はゼロに・・・  ・  ・  ・ 「・・・あれ?」  気づくと俺は机にうつぶせになって眠っていたようだ。  変な体勢で眠ったせいで身体中が痛い。 「ったく、俺はなんて夢を見てるんだよ」  いくら夢とはいえ、あれは無いだろう?  文化祭の衣装だからって、あれは露出度が高すぎるから許可できるものじゃ  ない。ましてや会長と寮長だぞ? 「・・・はぁ」  こんな夢・・・いや、妄想を見てしまう事にむなしくなってきた。 「風呂にでも入るか」  固くなった身体をほぐすには大浴場の方が良いだろう。  その時、携帯が鳴った。 「もしもし」 「あ、孝平くん。ちょっと時間あるかな?」 「あぁ、空いてるけど・・・」 「よかったぁ、文化祭の衣装のサンプルが届いたの。孝平くんに見て欲しいの  だけど、今から孝平くんの部屋に行っていいかな?」 「え?」  文化祭の衣装?  その時、ドアがノックする音がした。 「孝平、ちょっといいかしら?」 「瑛里華?」 「あのね、今度の文化祭の衣装のサンプルが届いたの、孝平に最初に見て  欲しいから持って来ちゃった」  この展開は夢と同じ?  だとしたら問題ある。 「瑛里華・・・あのさ、俺ちょっと今寝起きなんだよ。それで風呂に行こうかと  思ってるんだ」 「そうなの?」 「あぁ」 「あ、えりちゃん」 「あら、陽菜ちゃん」 「陽菜?」 「孝平くん、ごめんね。早く見てもらいたいから来ちゃった」 「ごめん、俺これから風呂行くから」  とにかく正夢にならないようにしないと。 「それじゃぁ私は着替えて部屋で待ってるわ」 「えりちゃんがそうするなら、私もそうしようかな」 「孝平、帰ってきたらマッサージしてあげるからちゃんと温まってきなさいよ」 「私もしてあげるね、孝平くん」  もしかすると、いまもまだ夢の中なんだろうか? 「ふふっ、待ってるわね」 「くすっ、早く帰ってきてね」  二人の妖艶な微笑みに、逆らう術は無かった。
1月18日夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle????? SSS”乙女の嗜み”  今日も1日を終えての就寝の時間。  まだ仕事は残ってるけど、今日どうしてもしなくてはいけないものでもない。 「たまには早く休もうかしら」  私は着ていたナイトドレスを脱ぎ、かわりにシャツを羽織る。   「なんだかとても暖かいわ」  達哉からもらったお古のシャツ、それだけしか着ていない。ナイトドレスより  薄着なのに、とても暖かく感じる。 「達哉のだから、かしらね」  コンコン、とドアがノックされる。 「姫様、よろしいでしょうか?」 「ミア? どうぞ」 「失礼します」  部屋に入ってきたのはミア・・・? 「どうかされましたか?」  確かにメイド服を着て、スフィア王国付きの腕章もあるしどう見てもミア、よね?  なんだか少し背が縮んだような気がするし、大きな目が小さな○に見えるような 「私のことは読者さんは期待してないので気にしないでください」 「え、えぇ・・・」  なんだかミアに圧倒されてしまった。 「それより、何か用事があるのでしょう?」 「はい、新しいお召し物を手配用意致しました。 「新しい洋服?」 「はい、是非姫様に」   「これは?」  渡されたのは下着一式。青と白のストライプのもので可愛かった。 「今流行してるものなのです、これは乙女の嗜みでもあります」 「そ、そうなの?」 「はい、ですから姫様にも穿いて戴こうかと思いまして用意致しました」  なんだかミアが熱心に勧める、それもあるのかもしれないけど、可愛い下着には  興味があった。  いつもは素材やレースなど凝った物を付けているけど、こういう可愛いのは経験が  無い。 「それに、達哉さんもきっと喜んでくれますよ」 「達哉が?」 「はい、殿方は縞パンストライプの下着に当社比200%増しになるそうです」 「200%増し・・・」  意味がいまいち解らないけど、凄いことだけは伝わってくる。  それに、達哉が喜んでくれるなら・・・ 「そ、そうね、ミアがそこまで勧めるなら着てみようかしら」 「はい、でもその前にお願いがあります」 「なに?」 「一度あちら側を向いていただけますか?」  私はミアの言うとおりにする。   「はい、ごちそうさまでしたありがとうございました」 「・・・」 「それではお着替えを致しましょう」  何か釈然としないけど、私は着替えることにした。   「姫様、お待ち下さい」 「なに?」 「それは脱がないでもいいのです、むしろそのままの方が達哉さんも萌えます」 「そ、そう?」 「はい、絶対そうです、ですので下着だけお召し替えを」 「え、えぇ・・・」  ・  ・  ・   「どう、かしら?」 「姫様お似合いです!というか、着替えのシーンの写真が無いことに問題があると思います」  姿見の鏡の前に立ってみる、いつもと違う下着に着替えただけなのに  こうも印象が変わってくる事に自分でも驚いてしまう。  更に言えば今日に限って写真が拡大できないのに悪意を感じます」 「ミア?」 「はい、姫様。では最後にこちらをお召し下さい」  ミアが渡してくれたのはさっきまで私が着ていた達哉のシャツだった。 「ボタンをはめないでくださいね」 「え?」 「はめてしまいますと素敵な縞パンお召し物が見えなくなってしまいます。 「でも、それはさすがにはしたないのでは?」 「姫様、確かに見えなければ良い場合もあります。でも今回は見ていただく事が  前提なのです。それに姫様は以前同じようなお召し物をみなさんの前でご披露  されているではないですか?」 「え?」 「海での出来事です」 「あ」  確かに海で同じようにビキニを着て披露したことがあった。 「だから大丈夫です、その方が達哉さんも喜びます!」 「達哉が・・・」  喜んでくれるのならいいわよ・・・ね?   「それでは達哉さんのお部屋に参りましょう」 「そ、そうね」  私はミアに促されて部屋の扉を開けた。 「え?」 「あ・・・」  部屋の外で麻衣と鉢合わせになった。   「麻衣?」 「フィーナさん?」  麻衣は私と同じような格好だった。 「どうしたの、麻衣?」 「フィーナさんこそ?」 「わ、私はなんだかもう一度お風呂にはいりたくなったの」 「そ、そうなんだ、実は私もなんだ」 「なら麻衣、先に入る?」 「ううん、フィーナさんこそお先にどうぞ?」 「達哉さんのお部屋での予定がここで鉢合わせだなんて計算外でした」 「ミア?」 「良い案があります、今日の所はお二人で一緒にお風呂にはいるのが良いと思います」 「そ、そうね。麻衣、一緒に入りましょうか」 「え、えぇ。フィーナさんがよろしければ」  結局二人でお風呂にはいることになった私は麻衣と浴室へと向かうことになった。  達哉が好きという下着は、また今度の機会に付けることにしよう、そう想いながら。 「この話なら私の出番あるはずじゃない?」 「縞パン要員外の人は黙っていてください」  脱衣所に入る前に遠くから菜月とミアの声が聞こえた気がした。
1月16日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”青い空と白い雲と輝く海”   「綺麗・・・」  地球には何度上ってきても、飽きることのない風景がある。  それが、蒼い空に浮かぶ白い雲。  そして今日は、その空と雲を映す青い海もあった。  レセプションのちょっとした開いた時間。出かけるには短すぎてしまった  空白の時間に、私と達哉はホールのちょっとしたテラスに散歩に来ていた。  お忍びということで、私服に着替えてのちょっとしたデート。   「フィーナ、風が強いけど寒くないかい?」 「大丈夫よ」  公私ともに私のパートナーとしていつも側にいてくれる達哉が心配して  声をかけてくれる、その声に答えてからすぐに私はまた風景を眺める。    遠くに大きな吊り橋状の橋も見える、その先には町並みが広がっている。  見上げれば先ほどとは違う形を見せてくれる白い雲。 「綺麗だな」 「本当ね」  達哉の独り言に自然に相づちをうつ。 「いや、そうじゃなくて・・・」   「達哉?」  振り返って達哉の顔を見る。 「・・・いや、なんでもないさ」 「そう言う顔をしてないわよ、達哉。私たちの間に隠し事は無しよ?」 「わかったよ、後で必ず話すからさ、今はこの景色を楽しもう」  少し困った、照れくさそうな顔をしてる達哉は強引に話を切り上げた。 「えぇ、約束よ」 「フィーナ、もう時間だよ」  達哉が時計を見ながら私を呼ぶ。きっと達哉の事だから時間ぎりぎりまで  待っていてくれたと思う。 「えぇ」    私はホールに帰る前にもう一度だけ、振り返る。 「おまたせ、達哉」 「じゃぁ行こうか」 「えぇ、ありがとう、達哉」
1月15日 ・穢翼のユースティア SSS”運命の価値”  気が付くと俺は暗闇の中にいた。 「ここは何処だ?」  目を凝らして見ても何も見えない。  いや、微かに見える物がある。  瞬きを繰り返すうちに目が慣れてきたようだ。  今居る場所は牢獄のスラム街だった。  居場所がはっきりと分かると少しは安心できるが、俺は緊張の糸が切れないように  神経を張りつめる。  場所はわかった、ここからなら娼館街に帰るのも造作は無い。  だが、何故俺はここにいる?  ここに何をしに来た?  その辺の記憶がはっきりとしない。 「・・・くそっ!」  頭を振り思考をクリアにするが、ここに至るまでの記憶が全くない。 「いったいなんなんだ」 「それは、お前が一番良く知っている事だ」 「何っ!?」  突然前方より声がする、その方向に今まで居なかった人がいた。  黒いフードを身に纏い、ゴーグルで顔を隠している人物。  俺はその人物が現れたことよりも、ここまで接近させたことに驚愕した。  今でも精神の緊張は途切れていない、それは全方囲への警戒を怠っても居ない。  なのに、目の前に人がいる事に気づかなかった。 「誰だ!」 「それは、お前が一番良く知っている」  まるで押し問答のような答。 「・・・」  この声、聞いたことがある声だが誰の声だかおもいだせない。 「俺に何のようだ?」 「用があるのは俺ではない、お前の方だろう」  そう言うと、相手はナイフを抜く。  その瞬間、俺もナイフを抜く。 「俺がお前に、だと? そんなものはない!」 「お前が俺を呼んだのだ」  そう言うと相手は・・・いや、敵が襲いかかってくる。  ナイフの軌道を読み、かわす。  避けれない物のみ、ナイフで受ける。  がきっ! というナイフ同士がぶつかり合う音が響く。  俺は闘いながら違和感に気づく。  何故俺はここまで相手のナイフの軌道が読み切れる?  目で追った訳でもない、それなのに相手の次手が見える。  だが、見えたからといってこちらの手が抜ける訳じゃない。  相手の動きは時には鋭く、時には緩慢で一度たりとも同じ軌道を描かない。  それだけに、次手が見えても気を抜けば避けきれないだろう。 「くそっ!」  お互いに距離をとる。  俺は乱れた呼吸を整える、敵の呼吸は全く乱れてない。 「っ、カイム!」  路地から現れたのはエリスだった。 「馬鹿、来るなっ!」  俺の言葉にエリスは返事をしなかった、いや、出来なかった。  気づいたときにはエリスの胸にナイフが深々と突き刺さっていたからだ。 「き、貴様ぁっ!!」  俺は狂ったように敵に向かっていった・・・ 「はぁはぁ・・・」  気づくと俺は仰向けに倒れていた。  身体中に感覚はない、一体どれだけの傷を負ったのかさえわからない。  わかるのは、視界に映る黒いフードをかぶった敵だけだった。  俺の横にはエリスが横たわっている、すでに息はしていない。  もはやここまでだった。  エリスを殺され、俺もまもなく殺されるだろう。  もうこの相手に勝ち、生き残る術は無いだろう。  俺は顔を横に向けた。  これから襲ってくる死から目を背ける為ではなく、横たわる少女を見て  見たくなったからだ。 「それがその女の運命だ」 「お前が言うな!」  エリスはこうなるために生まれてきた訳じゃないはずだ! 「それこそ、お前が言えることではないだろう、カイム・アストレア」 「なん・・・だと!」  俺は相手を睨み付ける。 「その女はお前の物ではないのだろう?」 「エリスの人生はエリスの物だ!」 「その人生を曲げたのはお前だ」 「俺が殺したっていうのか!」 「あぁ、そうだ」  相手の男はそう断言した。 「お前が気まぐれで身請けした少女、お前が関わったからこうなった」 「違うっ! 俺は」 「その少女を救いたかったのか? 大崩落の時に出来なかった代わりにか?」 「違う!」 「確かにお前は一度はエリスを救ったのかもしれない。  だが、救った先も闇には変わらない。それにお前は気づかなかった。  いや、目をつぶったのだ」 「その先はエリスの人生だ、俺がどうこうする事じゃない!」 「彼女は身請けされなければ、誰かに見初められて上へと行けたかもしれない」 「そんなことわかるもんか!!」 「あぁ、わからないさ」  俺の言葉に相手の男はあっさりと頷いた。 「だがな、一つだけわかることがある。それは、お前は一つの人生を狂わせた」 「俺が、だと?」 「牢獄では命の価値は銅貨より低い。だが、運命の価値はどうなのだ?」  運命の価値、だと? 「カイム・アストレアはエリスを救った、だが救っただけで導かなかった。  その結果がこれだ」 「俺は・・・聖者ではない」 「そうだな、ただの偽善者だ。悪物よりたちが悪い」 「・・・」 「そうだろう? カイム・アストレア」 「うるさい、黙れ!!」  俺の身体が思った以上に軽く動く、それは相手の不意をつく。  ナイフは相手のフードを切り裂いた、そこにいたのは・・・ 「カイム!」 「っ!」  俺は上半身を起こす。 「カイム、だいじょうぶ? 凄く魘されていたわ」 「・・・エリス、無事なんだな?」 「何言ってるの、カイムこそ大丈夫なの?」 「・・・」  回りを見渡す、そこは見慣れた俺の部屋だった。 「夢・・・だったのか」 「悪夢を見たの?」 「あぁ・・・エリスが出てきたからな」 「そう」  悪夢といっておきながら、俺の夢に出てきたことにエリスは満足そうだった。 「・・・なぁ、エリス」 「なぁに、カイム」  俺はエリスの目をじっと見つめる、牢獄に居ながら曇り一つの無い済んだ眼。 「・・・いや、なんでもない」 「変なカイム・・・は、いつものことね」 「言ってろ」  いつもと同じようなやりとり。だが、これも俺が変えてしまった運命の結果  なんだろうか? 「カイム、朝食はどうする?」 「そうだな、メルトの所に行くか。エリスも行くだろう?」 「えぇ、もちろん。」 「すぐに準備する、待っててくれ」  牢獄では人の命の価値は銅貨より安い。  だが、その人の運命の価値はどうなのだろうか?  牢獄にいる人の、運命・・・か。  その運命の先に何かがあるのだろうか? 「・・・柄じゃないな」 「なに?」 「なんでもない」  運命も人の命と一緒で牢獄じゃ銅貨より価値なんて低い、そうに決まってるさ。 「エリス、今朝は俺のおごりだ」 「カイム? 頭でも打った?」 「・・・言ってろ」
1月13日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”看病” 「ん・・・」  ベットで眠ってた姉さんが目を覚ましたようだ。 「・・・あら? 達哉くん?」 「おはよう、姉さん。気分はどう?」 「気分? なんだか身体がだるいわ。昨日の晩ってそんなに激しかったかしら?」 「ね、姉さん!」  突然おかしな事を言い出す姉さんを制する。 「そうじゃなくて、熱の具合はどうかって聞いてるんだ」 「熱? そういえば頭が重いけど・・・ねぇ、達哉くん。今何時かしら?」 「もうすぐ11時かな」 「・・・大変、遅刻よ!!」  姉さんは起きようと身体を起こす。 「え?」  そしてそのまま時計の針が戻るように、ベットに倒れ込んだ。 「大丈夫だから話を聞いて、姉さん」 「そうだったのね、達哉くんにまで迷惑かけちゃってごめんなさいね」  今朝起きてこなかった姉さん。部屋まで起こしに来た俺の前で倒れ込んだこと。  熱が高く、そのままベットに寝かせたことを説明した。 「博物館の方には連絡は?」 「あぁ、ちゃんとしたよ。そしたらなんて言われたと思う?」 「?」 「風邪を完全に治すまで姉さんは休みなさいって言われたよ」 「あら」  それだけ博物館のスタッフも姉さんを心配してるんだなってわかる。 「それで、達哉くんは?」 「あぁ、風邪をうつされると困るから1日で治してこいって言われたよ。  扱いの差が酷いよな」 「ふふっ、そうね」  その様子を思い浮かべたのか、姉さんは笑った。  確かに扱いの差はあるけど、それでも今日1日だけ休みをくれたスタッフには  感謝しなくちゃいけないなと思ってる。 「だから、俺は今日1日で風邪を治す、姉さんはゆっくり休む。  そう言う日になった訳」 「そっかぁ、それじゃぁみんなの好意に甘えちゃおうかな」  そう言いながら起きあがろうとする姉さん。 「姉さん、寝て無くちゃ駄目だって」 「うん、それはわかってるんだけどね・・・その、ね。達哉くん。  女にはいろいろとあるの。わかるかな?」 「・・・ごめん、ちょっとだけ自分の部屋に戻ってる」 「ありがとう、でも呼んだらすぐに来てくれると嬉しいかな」 「わかった」  俺は一度部屋を出て自室に戻った。  すぐに姉さんに呼ばれて部屋に行く前に、キッチンに寄り道をする。 「あら、それは?」 「麻衣が大学に行く前に作ってくれたお粥。食べれる?」 「そうね、そう言われてみるとお腹すいちゃったかも」  俺は小さな土鍋が乗ったお盆を枕元まで運ぶ。 「達哉くん、食べさせてくれるのかな?」 「え?」 「きっとお粥は熱いわよね? ふーふーしてくれるのかな?」  それは確かに良くあるシチュエーションかもしれないけど、かなり恥ずかしい。 「だめ?」  上目遣いでお願いしてくる姉さん。 「・・・ふーふー」  土鍋から少しだけお粥をよそい冷ます。 「あーん」  姉さんは眼を閉じて口をあける、そのなかにそっとお粥のはいったレンゲを  滑り込ませる。 「ん・・・美味しい♪」  なんだか小鳥に餌を与えてるような感じだった。 「達哉くん、あーん♪」  なんだか俺の方の熱が上がってきそうだった。 「んー、美味しかった」 「それじゃぁ姉さん、少し眠った方が良いよ。薬もその方が効くだろうしね」 「そうね、お言葉に甘えようかしら」 「じゃぁ俺は土鍋をかたづけるね」 「あ・・・」  立ち上がろうとした俺は姉さんの声に、動作を止めた。 「と、思ったけどまだここにいるね。姉さんが眠るまでいるから安心してね」 「・・・うん、ありがとう達哉くん」  姉さんを寝かせて、俺はベットの横に座る。 「ねぇ、達哉くん。手を握ってもらってもいい?」  俺は返事の代わりに姉さんの手を握る。 「ありがとう、なんだか昔を思い出すわ」 「昔?」 「そう、達哉くんや麻衣ちゃんもこうしてあげると安心して寝てくれたのよ」 「あんまりよく覚えてないかも」 「達哉くんなんて私のベットに潜り込んで来てたのよ?」  覚えてないけど、たぶんそうだったんだろうな。 「今は別な意味で潜り込んできてくれるのよね」 「姉さん、そろそろ勘弁してくれない?」 「そうね、またの機会にしましょうね」 「ほんと、勘弁してください」 「どうしようかな? ふふっ」  姉さんは笑いながらふぁっと欠伸をした。 「薬が効いてきたのかな、眠くなってきちゃった」 「眠るまでずっといるから安心しておやすみ、姉さん」 「うん・・・お休みなさい、達哉くん」  それからすぐに姉さんは安らかな寝息をたて始めた。  俺はそれを確認してから立ち上がろうとして。 「手、つないだままだな」  姉さんの手が俺の手をしっかりと握っている。  俺はその手をほどこうとして・・・やめた。  姉さんは安心した顔で眠っている、その顔をゆがめたくなかったからだ。 「姉さん、今はゆっくり休んでね」 「・・・ん?」 「おはよう、達哉くん」 「俺は・・・」  眠ってたのか?  いつのまにか上半身を起こしてる姉さんに膝枕されていた。 「達哉くんの寝顔、可愛かったわよ」 「・・・勘弁して」 「ふふっ、ならお姉ちゃんのお願い聞いてくれる?」 「何?」 「私ね、汗かいちゃったからお風呂入りたいの。でもまだ身体がふらつくから  一緒にはいってくれないかな」 「・・・」 「もちろん、今日は汗を流すだけよ? それ以上は無しね」 「あ、あぁ。当たり前だよ」 「それじゃぁよろしく、達哉くん。お礼に背中を流してあげるね」
1月3日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”艶姿” 「つかれた〜」  寮の部屋に帰ってきた俺はそのままベットに倒れ込んだ。 「これなら生徒会の仕事の方が楽だったかもしれないな」  それは、年末のことだった。  俺が監督生室に行くと、会長と瑛里華が向き合って座っていた。 「おはようございます、何してるんですか?」 「孝平、黙ってて!」  瑛里華のいらついた声に気圧されながら、俺は机の上をみた。  そこにあったのはオセロだった。 「・・・会長、なに仕掛けたんですか?」 「何をしてるじゃなくて仕掛けたか、支倉君も言うようになったね〜」  そう言って笑う会長。 「なに、ちょっとした賭けだよ」 「賭けですか?」 「あぁ、俺が勝ったら一つ頼みたい仕事があるっていうだけさ」  たぶん、瑛里華は会長の話に乗せられたんだろうな。 「それでオセロですか・・・」  改めて盤面を見てみる。黒と白の数は均衡してるようにみえるが、会長の持つ  黒は角を3箇所も抑えてる。  それに、わざとおけるところにおいていない、そんな置き方をしていた。 「これならどう!」  瑛里華が白の石を置く、そして挟まれた黒の石をひっくりかえして白にする。 「ならこれでどうかな?」 「あっ!」  会長が黒の石を置いた、そうしたら今白になったばかりの石どころか、瑛里華の  一手まで黒になってしまった。 「勝負あったな、俺の勝ちだな」 「・・・会長、俺もその賭けに参加したいんですけどいいですか?」 「お? いいのかい、支倉君?」 「はい、条件は同じで。ただし俺が勝ったら瑛里華に頼む仕事は無しということで」 「孝平・・・」 「だいじょうぶさ、なんとかなるさ」  瑛里華にそう言いながら俺は瑛里華と席を替わった。 「勝負はどうする? オセロでも囲碁でも、チェスでもいいけど」 「なら、将棋で」 「おーけー、面白くなってきた」  純真な笑みを浮かべる会長だった。  そして結果から言えば俺の負けだった。  会長の頼んだ仕事は、東儀先輩の神社での手伝いだった。 「そんなの、最初から勝負を受けなく立って手伝うわよ」 「それじゃぁ面白くないだろう? それに、俺の追加要素を加えるためにも勝負が  必要だったのさ」 「追加要素・・・」  俺は嫌な予感がした、それは年始に白ちゃんのお願いという形で押し切られた、あの  赤い袴が脳裏をかすめる。 「瑛里華に巫女装束を着て手伝ってもらう、それだけさ」 「え? そんなんでいいの?」  なんだか拍子抜けしたような瑛里華。 「兄さんの事だからかなり無茶言うかなって思ったんだけどそれなら普通じゃない?」  普通・・・なのか? 「あ、それと支倉君は今度はちゃんと男性用のだから安心してね」 「はぁ・・・」  そうした経緯で手伝うことになった三が日、それが思った以上に大変だった。  元旦に瑛里華が巫女姿で神社に居るという噂が広まり、それを一目見ようと学院生が  大量に訪れたり、その整理誘導に俺がかり出されたりと忙しかった。  トントン、とドアがノックされた。 「ん・・・どうぞ」 「孝平、お疲れ」   「瑛里華?」  部屋に入ってきたのは瑛里華だった、それも一度神社で着替えたはずの  巫女装束だった。 「どうしたんだ? それにその格好は?」 「せっかくだからもう一度着てみようかなって思ったの、似合う?」  そう言えばあまりの忙しさに瑛里華の姿をこうしてじっくり見ていなかったことに  今さらながらに気づいた。 「あぁ、すごく似合うよ」 「ありがと、孝平」  神社に居たときは髪を後ろで結わいてた瑛里華、今はいつものようにストレートに  ながしている。  金色の髪と上半身の白衣、赤い緋袴。 「瑛里華には赤が似合うよな」 「もぅ、おだてたって何もでないわよ?」 「お世辞じゃないさ、素直な感想だよ」 「そ、そう? ありがとう」  顔を真っ赤にして照れる瑛里華、思わず抱きしめくなった。 「瑛里華」 「え、きゃん!」  我慢出来ずに抱きしめた。 「こ、孝平?」 「ごめん、あまりに可愛くて我慢出来なかった」 「孝平・・・」 「瑛里華、今さらだけど明けましておめでとう、今年もよろしくな」 「うん、明けましておめでとう、今年もよろし・・・んっ」  想いを込めて、瑛里華と唇を重ねた。 「やっぱり恥ずかしいわ」  俺はそう言う瑛里華をなだめながら、そっと白衣をはだけさせた。  白い布の中から、真っ白な肌が現れる。  そこには桃色の果実が桃色のブラに包まれていた。 「ねぇ、せめて電気を消して?」 「駄目、瑛里華の綺麗な肌をちゃんと見たいから」  俺はブラの上からそっと手を当てる。 「ん・・・あん」  ブラの上から中心を撫でると、瑛里華の口からは甘いため息が漏れ始める。 「孝平、駄目! 巫女装束が汚れちゃうから」  クリーニングに出せばいい、と思ったが特殊な衣装は受け付けてくれるかどうか  わからない、それにこれは東儀先輩に返す物。 「だから、ちょっとだけ待って」  瑛里華は後ろを向くと、するりと帯を外す。  赤い緋袴が足下におち、白装束を脱ぎ捨てる。  下着と足袋だけの瑛里華。 「瑛里華っ!」  俺は背後から抱きしめる。 「あん・・・孝平、いきなりそんなぁ・・はうんっ!」  俺達はそのままベットに倒れ込む。 「孝平・・・好きっ!」  ・  ・  ・  瑛里華の巫女装束は汚れはしなかったが皺になってしまい、東儀先輩に  謝ったのは後の祭りの話だった。

1月1日 ・穢翼のユースティア SSS”お餅” 「おはようございます、カイムさん」 「あぁ、おはよう」  部屋から出てきた俺をティアが出迎える。 「カイムさん、新年明けましておめでとうございます」 「・・・」 「駄目ですよ、カイムさん。ちゃんと挨拶しないと」 「あ、あぁ・・・おめでとう、ティア」 「はい」  俺の挨拶にティアは満足したようだ。 「そうか、年が変わってたのか・・・」  昨日は遅くまで仕事をしてたし、牢獄に日付の概念などない。  今を生きるのが精一杯なのだ。  俺は椅子に座る、その俺の視界に白い物体が目に入った。 「・・・なんだ、これは」 「鏡餅です」 「・・・餅?」 「カイムさん知らないんですか? お正月はこれを飾るんですよ?」 「それくらいは知っている、俺が言いたいのは何故ここに餅があるんだ?」 「買ってきたからです」  俺の問いに当たり前のように答える。 「ティア、一応聞くが、これにいくら払った?」 「掘り出し物だったから安かったです」  そう言ってからティアが話したこの餅に支払った銅貨の枚数は想像以上だった。 「なぁ、ティア。俺達はな、今日を生きるのが精一杯とは話したがな。  明日も生きなくちゃいけないんだ。だから無駄遣いはするな」 「無駄じゃないです、お餅は美味しいんですよ?」 「正月飾りの為じゃなく、食べたかっただけじゃないのか?」 「そそ、そんなことはないですよ?」  ティアの目が泳いでる。 「それにな・・・」  俺はナイフを取り出す、そして餅に当てる。  ナイフと餅の間でとても高い音が響く。 「黒パンより酷い物だな」  ナイフが通るとは思えない。 「お餅は火にくべてから食べると美味しいんですよ?」 「その火はいつおこせるんだろうな」  普通に調理するための薪だって貴重だ。よほどのことが無い限り家で火を  おこすことはない。  そのことに気づいたのか、ティアは肩を落とした。と、思ったら何かを思い  ついたらしい。その内容は簡単に想像できる。 「メルトさんのお店で焼いてもらいましょう」 「懸命だな」  メルトの店なら毎日の食事を作るのに火をおこす。その時に焼かせてもらえば  良いと考えるのが妥当だろう。 「だが、そうなるとメルトやジークに分け前が必要になるな」 「も、もちろんです!」  ティアがそのことを考えてなかったのが良くわかる反応だった。 「しかし、これは本当に必要なのか?」  ナイフでがちがちに固くなった白い物体をつつく。 「はい、絶対に必要です。今年は私たちの年なのですから」 「ティアの年? それはティアが言う持って生まれた運命でも見れるのか?」 「そう・・・かもしれませんし、違うかもしれません」 「どっちだ」 「わかりません」 「・・・はぁ、それじゃぁ行くぞ」 「何処に行かれるんですか?」 「この餅を焼くんだろう? メルトの所に頼みに行くぞ」 「は、はい!」  この後メルトのところで焼かれた餅は、この白い固い物体だけじゃなく。 「い・い・加・減・に・し・な・さ・い!」 「い・や・で・す!」 「カイム、モテモテね」 「もう勘弁して欲しいんだがな」  メルトの冷やかしを適当に流しながら火酒を喉に流し込んだ。
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