思いつきSSログ保管庫
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12月31日 FORTUNE ARTERIAL SSS”鏡の中” 12月23日 穢翼のユースティア SSS”アストレア” 12月22日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”ふれあう夜” 12月17日 FORTUNE ARTERIAL SSS”試合と勝負と” 12月14日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「混浴」 12月6日 FORTUNE ARTERIAL SSS”将棋” 12月5日 FORTUNE ARTERIAL SSS”私だけの角度” 11月29日 ましろ色シンフォニーSSS”雨の日曜日” 11月28日 ましろ色シンフォニーSSS”兎のお餅はやけごろ” 11月27日 冬のないカレンダーSSS”馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ” 11月26日 FORTUNE ARTERIAL SSS”いいにゃんこ” 11月23日 FORTUNE ARTERIAL SSS”王子様の願い” 11月21日 FORTUNE ARTERIAL SSS”お姫様の願い” 11月19日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”解禁” 11月17日 冬のないカレンダーSSS”それが雪奈だもんな” 11月16日 Canvas3 sideshortstory「短い帰郷の長い夜」 11月14日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「寝間着」 11月12日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”疑惑” 11月11日 FORTUNE ARTERIAL SSS”体育祭前夜” 11月6日 Canvas2 SSS”ハッピーハロウイン” 11月5日 FORTUNE ARTERIAL SSS”冷たい炎” 10月30日 FORTUNE ARTERIAL SSS”悪戯” 10月19日 夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if-        Extra Episode「運動の秋」 10月14日 Canvas SSS”最高の私” 10月4日 FORTUNE ARTERIAL SSS”朝のひととき”
12月31日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”鏡の中” 「ふぅ、さっぱりした」  遅くなっちゃったから大浴場へは行けなくなってしまった。  だから部屋のお風呂に入ることにした。  やっぱり大浴場の方が広くていいかな。でも、部屋のお風呂の場合自分の好みで  入浴剤を使えるから捨てがたい。 「部屋のお風呂がもっと広い方がいい、なんて思ったら贅沢かな?」  修智館学院の寮は設備が充実している、部屋に備え付けのユニットバスがあるなんて  最初は驚いたもの。 「それを当たり前に思ってるから、やっぱり贅沢かな」  部屋に戻る、暖房をいれてるのですぐに湯冷めはしないけど、パジャマに  着替えないと風邪をひいてしまうだろう。  それに、この後孝平くんと初詣に行く約束をしている。  こんなところで風邪をひくわけにはいかない。 「何、着ていこうかな?」  クローゼットを開けると、そこに姿見の鏡がある。    鏡の中に私が映る。  その鏡の中の私の顔は、笑っていない。  それは、きっと私の中にまだ残る、あの感情だからだろう。 「私は幸せになっちゃいけない」  そう思っていた。  幼い頃に病気で倒れ、怪我で記憶を失い、そしてお母さんを死なせてしまった。  その想いに囚われてる私が、鏡の中に映っている。  以前の私なら、諦めるか、目をそらすかしていただろう。  でも、今の私は違う。  幸せになる。  そう、お父さんとお母さんとお姉ちゃんと、そして孝平くんに誓ったのだから。  私は鏡の中の私と向き合う。   「もう、大丈夫だよ。私は幸せになるから、だから一緒に幸せになろう」    鏡の中の私が笑ってくれた。  その時携帯が鳴った。 「孝平くんからかな?」  携帯の置いてあるベットに向かう、その前にもう一度だけ鏡の中の私をみる。    もう鏡の中の私は悲しい顔をしていない。  一緒に笑ってくれている、それを見てから携帯を手にとった。 「もしもし、孝平くん。ごめんねすぐに電話でれなくて・・・」
12月23日 ・穢翼のユースティア SSS”アストレア” 「よ、ごくろうさん」  部屋に入った俺を出迎えたのは葉巻を銜えたジークだった。 「いつもすまないねぇ」 「世辞はいい、世話になってるのは俺の方だからな」  ついこの前の出来事でジークに借りができた。  それは金の問題でもあり、友人としてでもあり、不蝕金鎖の頭としてでもある。 「ほらよ」  ジークは葉巻を銜えたまま、俺に袋を放ってよこす。 「確かに」  いつものように中身を確認せずに受け取る、ジークの報酬には間違いがない。 「次の仕事が出来たら呼んでくれ」 「あぁ」  俺は部屋から出ようとした。 「そういえば、カイム。面白い話を聞いたんだがな」  その言葉に振り返りジークの顔を見た瞬間、後悔した。  あの顔のジークは自分が楽しめるトラブルを見つけたときの顔だった。 「カイム、最近おまえは何をしてる?」 「何を、だと? ジークの知ってるとおりだよ」 「そりゃそうだな、なら何で流行するんだ?」 「流行・・・?」  また新しい薬でも蔓延してるのか? いや、それなら俺に直接は関係ない。 「まぁ、下で聞いて見ろや」  ジークに促されて俺は部屋を出た。 「あ、カイム!」  階下に降りると営業前の娼婦達がいる、そのなかのリサが俺を見つけてきた。 「ねぇねぇ、私もカイムの名前もらっちゃうからね、いいでしょ?」 「は?」 「よろしくね、カイム」 「何の話だ?」 「あれ? カイム知らないの? おっかしいなぁ」  一人で腕を組んで考え込む仕草をするリサ、だがそれで実際何かを考えてる  そんな女じゃない。 「説明しろ」 「あら、カイム様じゃございませんか」 「クローディアか」 「今日はどのようなご用で?」 「なに、ジークに頼まれた野暮用だよ」 「そうでございましたか。それで野暮用は終わりになられたのですよね?」 「あぁ」 「なら、久しぶりに遊んで行かれますか?」 「あー、カイムと遊ぶのは私が先なんだから。人生観変わるくらい気持ちよく  させるんだからっ!」 「やめておく、後が面倒そうだ・・・ん?」  その時俺の服が捕まれた。 「カイム」 「アイリスか?」 「うん、アイリス・アストレア。遊んでいく?」 「・・・は?」 「私と遊ばない? 遊んでくれれば客引きしないで済む」 「そこじゃない、その前だ。なんでアイリスがアストレアを名乗るんだ?」 「あー、そのはなしだったね。カイムに関わった女はアストレアを名乗って  良いって話聞いてないの?」 「初耳だ」  一体どうしてこうなった? 「だからね、私もリサ・アストレアなのさ!」 「やめろ」 「もう、カイムったらつれないんだからぁ」 「ふふ」  俺達のやりとりを見守ってたクローディアが上品に笑う。 「クローディアも、そう名乗ったのか?」 「あら、名乗って良いのでしたらそうさせていただきますわよ?」 「やめてくれ、アストレアは俺だけで十分だ」 「じゃぁ、ティアちゃんはどうなのさ?」 「・・・身請けしたからな、姓が無かったから仕方がない」  リサの質問にあらかじめ用意した答を出した。 「俺の名があるのなら、少しは安全だろう」  それは本音だった。牢獄での俺の名は知れ渡ってるからな。 「なら、私もそうな乗った方が安全じゃないさ?」 「かもしれないな、だがそうなると客が取れないぞ?」 「あ、そっかぁ・・・カイムの女を抱く勇気なんて無いよね、残念」  上層から来る奴なら気にしないんだろうな、と思ったが口には出さないで置く。 「ねぇ、カイム。私と遊ばない?」 「間に合ってる」 「カイム、不能野郎」  いつもの罵声だからこの程度で腹は立たないし気にはならないが、妙に疲れた。 「俺は戻る」 「はい、今度は是非私と一夜を過ごしましょう」 「考えておく」  俺はリリウムを後にした。 「あら、カイム」 「エリスか」  小走りに走ってくるエリス。 「今帰り?」 「あぁ」 「なら一緒に行こうか」 「断る理由もないな」 「ありがと」  一緒になって歩き出す。 「・・・なぁ、エリス。一つ聞きたいのだがいいか?」 「一つといわず何でも良いわよ、だって私は貴方のものだから」 「今は一つでいい。エリス、おまえの名前を言って見ろ」 「エリス・フローラリアよ、それともエリス・アストレアの方が満足かしら?」 「今のままで良い」 「あっそ」  どうやらエリスが発生源じゃないらしいな。  だとすると誰だ?  まさかティアか? いや、ティアにはきつく言ってあるから違うはずだ。 「私は広めてません」  帰宅して念のためにティアに聞いてみたが、答は予想通りだった。 「でも、リサさんが興味深そうにそのことを聞いてきました」 「・・・犯人はリサか」  ティアの話だと、俺に身請けされた経緯を聞いてきたらしい。  その時の話は俺がリリウムで話したとおり、それ以上もそれ以下もない。 「ったく、あの女め」  頭のネジを少し締め直した方がいいんじゃないかと思う。  ただ、今それをしたらたぶんリサは壊れるだろうな。 「それで、カイムはどうするの?」 「どうもしないさ」  今さらリサに何かしてもどうにもなるわけじゃないからな。 「そう、なら私もアストレアを名乗ろうかしら?」 「やめておけ」 「私に自由に生きろって言ったの、カイムじゃないの?」 「それとこれとは別だ」 「大変ですね、カイムさん」 「おまえが言うな」  ティアと出会ってからいろいろと問題が起きすぎる。  それも、俺の運命なんだろうか?  なら・・・ 「悪くはないのかもな」  牢獄で初めてそう思えた瞬間だった。

12月22日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”ふれあう夜” 「おつかれ、ミア」 「あ、達哉さん、お帰りなさい」 「お茶持ってきたから一息いれないか?」 「はい、戴きます」  1日の終わりに、俺はミアの部屋へ訪れるのが日課になっていた。  小さな文化交流大使となったミアはとても忙しい。  トラットリア左門でのバイトも続けながら、月と地球の架け橋になるべく  いつも勉強を続けていた。 「でもさ、今日くらい休めば良いと思うぞ?」  今日はミアの誕生日、左門でささやかな誕生会が開かれた。  それなのに、終わった後の片付けを手伝おうとしたり、ミアはいつも通りだった。 「いえ、まだまだ覚えなくちゃ行けないことが沢山ありますから」 「わかった、ミアがそう言うなら俺は応援するよ」 「ありがとうございます、達哉さん」 「でも、無理をするようだったら止めるからな?」  ミアは以前、無理がたたって風邪をひいてしまった事があった。 「はい、あの時はご迷惑をおかけしましたから、もうそうならないように  注意してますからだいじょうぶです」  そう言っても無理しちゃうのがミアなんだよな。  だからこそ、俺も注意しておかないと行けない。 「達哉さん、私はもうちょっとかかりそうなので、お風呂先にどうぞ」 「いや、ミアが入るまで待ってるよ」 「でもいつ終わるかわかりませんから達哉さんに悪いです」 「なら、一緒に入ろうか?」 「え・・・えーっ!?」  俺の提案に驚きの声をあげるミア。 「あ・・・もしかして達哉さん・・・その、したいんですか?」  したいって何を・・・あ。 「いや、そういうわけじゃないぞ! そりゃそういうわけかもしれないけど  そう言う考えまで至ってなかっただけだから・・・その、ごめん」 「くす」  俺の慌てようがよほどおかしかったのか、ミアは笑っていた。 「せっかくの達哉さんのお誘いですから、一緒にお風呂入りましょうか」 「え? いいの?」  逆に聞き返してしまった。 「はい、でないと達哉さんはずっと私がお風呂にはいるまで待ってるつもり  なのですよね?」  俺の考えはばれてしまっていた。 「二人だとちょっと狭いですね」  俺が先に湯船に入り、ミアは俺の胸に背中を預けるように入っている。  ちょっとで済むのはミアが小さいから、とは口に出しては言えなかった。 「でも、こうして触れ合いながら入るのって素敵です」 「そうだな、とても気持ちいいな」 「はい」  ミアは嬉しそうに頷いた。 「地球に来て最初は戸惑いましたけど、とても良い習慣だと思います」  水の価値が高い月ではこんなに無駄に使うことはできないだろう。 「ミア、今日もお疲れ様」  俺はそっとミアの頭を撫でる。 「達哉さん・・・ありがとうございます」  俺の腕の中にすっぽりと収まるほど小さな身体のミア、そんなミアを癒して  あげたくて、俺はそっと頭をなで続けた。 「達哉さんに頭を撫でられるの、気持ちがいいです」 「姉さんとどっちがいい?」 「さやかさんのも気持ち良いです」  カリスマスキンシップ師の姉さんにはまだまだ遠く及ばないようだ。 「でも、達哉さんにしてもらえる方が、私は好きです」 「ありがとうな、ミア」 「お礼を言うのは私の方です、達哉さん、いつもありがとうございます」 「いや、俺の方こそ」 「私の方こそ」 「・・・ぷっ」 「・・ふふっ」  おかしくなって笑いあう。 「そろそろあがりましょうか」 「あぁ・・・ミア、先にあがっててくれないか」  今日はそう言うのは無し、という約束でお風呂にはいったものの、ミアの身体に  触れてれば反応してしまわない訳がない。 「達哉さん、達哉さんこそ無理しないでいいんですよ?」 「ミア?」 「さっきからずっと固いのが当たってましたから」  ばれないようにと思ってたけど、やっぱりばれてた。 「達哉さん、私の中にプレゼントをもらってもいい、でしょうか?」 「ミア」 「達哉さん・・・ん」
12月17日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”試合と勝負と”  パチっと、駒を盤に叩く音が響く。 「むっ!」  そのたびに相手が呻き、思考を開始している。  そしてしばらくすると、相手も同じように駒を手に持ち、移動させ、盤に置く。  パチっと、音が響く。 「なんで俺がここで将棋を指してるんだろうな・・・」 「なら、負けを認めて逃げるか?」 「まっさか、ねっ!」  そう言いながら俺は駒を動かす。 「むむっ!」  相手は、またうめき声をあげつつ、思考にふける。  そう、その相手は俺の母親の千堂伽耶だった。 「伊織、勝負をしようぞ」 「へぇ、俺に勝負を挑むのかい?」  あの女からそんな話を持ち出されることが珍しく、俺は興味をひかれた。 「で、どんな勝負だい? お得意の鬼ごっこか?」 「これだ」  そう言って持ち出したのは将棋盤だった。 「へぇ・・・」  思わず魅入ってしまった将棋盤は、普段使うような折り畳める盤ではなく  プロの棋士が使うような厚みのある盤だった。 「こんなのが家にあったのか」 「まぁな。せっかくの勝負だからな、これくらいの方が良いだろう?」  そういってにやりと笑う。 「よし、乗った。勝負に負けても泣くなよ?」 「始める前に勝利宣言か?」 「俺の腕前を知らないようだな、後で後悔するなよ?」 「伊織もな」  そうして始まった勝負。 「ほぉ、そうくるか。ならこうだ」 「む」  以外に良い手を指してくる。それも、常に俺の手に反応して指してくる。  打てば響く、そんな感じだった。  だが、それ故に不自然だ。いくら将棋の実力があったとしてもここまで俺の  手に正確に反応してくるのはおかしすぎる。 「よし、これでどうだ!」  次の手を指してきた、これも俺の想定通り、いや、想定以上だった。  ・・・ちょっと試してみるか。 「んー、それじゃぁこれなんてどうかな?」 「なに?」  俺はあえて勝負に負けるような無謀な一手を指す。  意味もなく駒を捨てる指し方、普段の俺なら指さない手だ。 「むむ・・・」  いつものように思考に入るが、今度はなかなか指してこない。  当たり前だ、明らかに俺が不利になる手を指したのだ、何かあるかと考えるだろう。  そこに経験の差が出てくる。 「つまり、そういうことだな」  俺のつぶやきが耳に届いてないのか、ひたすら盤面とにらめっこを続けている。  その時間を利用して俺はこの後の手をシミュレートし始めた。 「俺の勝ちだな」 「うぅ・・・馬鹿な」  真っ向からの勝負ならもしかしたら負けたかもしれない、だから搦め手を使ってみた  結果、俺の勝ちだった、でも危うい勝負となった。 「くっ」 「負けたからって泣くことはないだろう?」 「泣いてなんかおらぬ!」  そう言いながらも目尻に涙を浮かべてる、相当悔しいのだろうな。  そう思った瞬間、ふっと力が抜けた気がした。 「まぁ、でも良い勝負だったよ。母さんにしては善戦したと思うぞ」  俺の言葉に悔しそうな顔が一転して、驚きの顔になる。 「なんだよ、俺は客観的に見ただけだぞ?」 「あ、あぁ・・・」  驚きの顔のまま生返事を返してきた・・・だいじょうぶか? 「・・・ま、その善戦に免じて再戦の機会を与えるとするか」 「本当か!?」 「あ、あぁ・・・」  なんだ、この食いつき方は? ・・・ま、いいか。面白い勝負だったから、また  指してやるくらいはいいだろう。 「よし、次こそ伊織にぎゃふんと言わせてみせるぞ! 覚悟しておれ!」 「負けたら望み通り言ってやるから、がんばりなさいな」 「当たり前だ、負けっ放しではこの千堂伽耶の名が廃るからな!」  屋敷から帰る、その前に東儀の家に寄った。 「よ、征」 「伊織か」 「おまえか? あの女に俺の手を教えたのは」 「俺は伽耶様に請われて将棋を指導させていただいただけにすぎん。おまえの手を  教えてはいない」 「ま、いいけどな。あの女、おまえより強いかもしれないぞ?」 「あぁ、伽耶様は何にでも努力される。何れ伊織を超えるだろう」 「そうはいかないさ、あの女にも越えられない壁くらいあった方が面白いだろう?」 「伊織はいろんな意味で壁だからな」 「征、それはどういう意味かな?」 「さぁな」  俺があの女の越えられない壁か・・・面白いな。  しばらくは退屈しないで済みそうだ、それどころか正々堂々相手を  叩きのめせるのだから面白いかもしれない。 「・・・新しい手でも考えておくかな」  そんな考えに驚きながらも、俺は将棋の手を考え始めた。 ANOTHER VIEW 瑛里華 「あら、母様。どうしたの? すごくご機嫌じゃない」 「そうか?」  そんな風にみえるのか? と言いたそうな母様。でも、いつもより  表情が軟らかいと思う。 「あ、もしかしてこの前言ってた兄さんとの勝負に勝ったの?」 「将棋は負けた」 「え? てっきり母様機嫌良さそうだから勝ったのかなって思ったんだけど」  勝負に負けたとしたら母様の事だから悔しいだろう。  なのに、なんでこんなに優しく笑っていられるんだろう?  母様の顔を見てみると、とっても良い笑顔だった。 「そうだな・・・試合に負けて勝負に勝った、という所だな」 「母様?」  勝負して負けたけど試合に勝った?  あれ、逆? 「だがな、次は試合でも勝つぞ」 「うん、母様がんばってね、私応援してるから!」  でもいっか、母様がこんな良い顔してるんだもん、きっと良いことがあったに  違いない。ずっとこうでいられるように私は応援しよう! 「あぁ、任せておけ、瑛里華。伊織に絶対ぎゃふんと言わせてみせるからな!」 「いや、今時ぎゃふんって言う人いるのかしら・・・でも兄さんなら言いそうね」  ふざけて兄さんがそういって母様が怒る、そんな光景は簡単に想像できた。  でも、その光景も暖かい物に思えた。
12月14日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「混浴」 「ん?」  部屋で本を読んでいたとき、携帯電話が鳴った。  発信者は陽菜だった。 「こんばんは、孝平くん」 「陽菜、こんな時間に何か大事な用事か?」  今は夜、お茶会も終わった後の、消灯までの間の時間。 「うん、大事って訳じゃないけど・・・孝平くん。部屋に行ってもいいかな?」 「あぁ良いぞ、鍵は開いてるから」 「ありがとう」  しばらくしてドアがノックされた。 「どうぞ」 「失礼します、夜遅くにごめんね」  陽菜が部屋に入ってくる、何か小さなバックを持ってきていた。 「お茶でも煎れようか?」 「ありがとう、孝平くん。でも先にお願いを聞いてもらってもいいかな?」  こんな時間に直接来るのだから、大事な話なのだろうな。  俺は陽菜に椅子を勧めてからベットに腰掛けた。 「それで、お願いって?」 「うん、できれば・・・で良いんだけどね。お風呂借りてもいい・・・かな?」 「風呂?」  大事な用事かと思ったら風呂の話だった。  いや、風呂好きの陽菜にとっては大事な事かもしれない、俺は話の先を促した。 「実はね、部屋のお風呂の調子が良くないの」 「壊れたのか?」 「どうなのかな、後でシスターと相談してみないとわからないかな」 「それはわかったけど、大浴場の方じゃだめなのか?」 「うん、これを試したいの」  そう言ってバックから取り出したのは小さな瓶だった。 「それは?」 「これはね、本物なんだよ」  本物? 「昔ね、温泉地で温泉がわき出なかった旅館が使ってた、本物の温泉の素なの」  ・・・それって詐欺じゃないのか? 「ほら、すごいんだよ」  陽菜は小瓶の蓋を開けると、すぐにきつい硫黄の臭いがしてきた。 「確かに本物だな」 「うん、でもあんまり量が無いから大浴場じゃ使えないし、なによりみんなが入る  お風呂だから勝手に入浴剤いれられないの」 「友達の部屋じゃだめなのか?」 「硫黄の臭いは好みが激しいから」 「そっか、俺は構わないから使って良いぞ」 「ありがとう、孝平くん!」  陽菜は早速バスルームに入りお湯を張りはじめた。 「じゃぁ俺はその間に大浴場に行ってるから」 「どうして?」  陽菜が不思議そうな顔をする。 「どうしてって、女の子がお風呂入るのに俺が部屋にいたらまずいだろう?」  バスルームは狭いからどうしても着替えは部屋で行うことになるし、なんとか服を  脱ぐことが出来てもバスルームに置いておく場所はない。 「私はきにしないよ? それに孝平くんに悪いよ」  気にしないって、俺は男として見られてないんだろうか?  いや、そんな訳はない、だってあの時はいつも・・・ 「孝平くん?」 「あ、いや、なんでもない。っていうかやっぱりまずいだろう?」  俺の言葉に考え込んでしまった陽菜。 「そうだ、せっかくだから一緒に入ろうよ」 「え!?」 「せっかくの本物の温泉だよ、一緒に入ると気持ちがいいよ?」 「そりゃ気持ち良いだろうけど・・・」  陽菜と一緒にお風呂・・・耐えきれる自信が無い。 「やっぱり」 「駄目・・・かな?」 「・・・お願いします」  お風呂に入る前の陽菜の上目遣いのお願いに、耐えることが出来なかった。 「それじゃぁ先に入ってるな」 「う、うん」  俺達は背中を向けあい、シャツとズボンを脱ぐとタオルを持って先にバスルームに  入った。 「うわ・・・」  バスルームに入った瞬間、そこはいつもと違っていた。  同じ空間だけど、充満する香り・・・いや、臭いが全然違う。 「これが本物なのか・・・」  感動したわけじゃないけど、いつもと違うのは新鮮だった。 「おっと、早く入らないとな」  陽菜がすぐに入ってくるので俺は下着を脱ぎ端に置き、タオルを腰に巻く。  さっと掛け湯をしてから湯船に入る。 「真っ白だな」  お湯の中に沈んだ自分の身体が見えないほどだった。 「孝平くん・・・入ってもいいかな?」 「お、おう!」 「失礼しまーす」  そう言って陽菜はバスルームに入ってきた。   「わぁ、本当に真っ白だね」  お湯と同じ真っ白なバスタオルに身を包んだ陽菜が入ってくる。  俺の近くで屈む陽菜。 「身体洗わないとね」 「ちょっとまった、掛け湯だけで十分だろう」  ここで身体を洗うということは、バスタオルを外すことになる。  それはいろんな意味でまずい。 「え? でも・・・」 「ほら、早く温泉に入ろうぜ」 「孝平くんがそう言うなら」  陽菜は肩からお湯をかけると湯船に入ってきた。 「んー、暖かい」 「そうだな・・・」    俺と向かい合う形で入ってる陽菜、身体のほとんどは白い湯の中に浸かって  いるので何も見えない。  けど、どうしても狭い風呂、足が俺の足に当たっている。  それに、見えないから逆にいろいろと想像してしまう。 「ねぇ、孝平くん。狭いから・・・そっちに行ってもいい、かな?」  陽菜は俺の返事を聞かずに、体勢を入れ替える。  向かい合ってた陽菜は俺に背中を向け、そのまま俺に身体を預けてきた。 「これなら狭くないね、孝平くん」 「あ、あぁ・・・」  確かに狭さは感じないけど、俺の中にすっぽりと入る形となった陽菜。  その柔らかさと香りに頭がくらくらしてくる。 「・・・熱いね」 「・・・あぁ、熱いな」 「私、のぼせてきたかも」 「俺もたぶん、のぼせてるかも」 「さすが本物だね」 「そうだな、さすがは本物だ」 「・・・」 「・・・」  俺がのぼせてるのは温泉の素のせいか、陽菜のせいか・・・  考えるまでもないのに、考えがまとまらなくなってきた。 「私、そろそろあがるね」    そう言って立ち上がる陽菜」    自然に目で追ってしまった俺は、陽菜のバスタオル姿を見てしまう。  それは、先ほどとは違いお湯を吸収したタオルは身体に密着してしまってる。  陽菜の身体を隠すハズのタオルは、そのボディラインを浮き出してしまって  隠しきれなくなってしまっていた。 「孝平くん?」  無言の俺に声をかけてくる陽菜は俺の視線に気が付いた。 「あ・・・」  慌ててバスタオルの上からお尻を隠す。   「もぅ、恥ずかしいからそんなに見ないで。孝平くんのえっち!」 「ご、ごめん!」 「あ・・・ごめんなさい、孝平くん。私が無理をお願いしてるのに」 「いや、デリカシーの無い俺が悪い」  俺は顔を背けながらそう答える。  いくら彼女であっても、見られて恥ずかしい姿を見たのだから。 「・・・ねぇ、孝平くん。私のお願いを聞いてくれたお礼がしたいの」 「いいよ、別に。大したことした訳じゃないし、それに・・・」  俺だって得があったのだから、その言葉は飲み込んだ。 「でも、それはきっと私のせい、だよね?」  陽菜の目線はお湯の中に隠れてる俺の下半身に向いた。 「お尻にずっと当たってたから・・・」  そりゃそうか、密着してたのだからばれないわけはないか。 「ねぇ、孝平くんものぼせそう、なんだよね?」 「あ、あぁ・・・」  もうのぼせてるかもしれない。 「お湯から出た方がいいよ、そうしたら・・・」  陽菜の言うように俺はお湯からでて、風呂の縁にすわる。 「・・・いつもより大きいね」  陽菜は屈んでまじまじと見る。 「孝平くん、私ので気持ちよくしてあげるね」  陽菜はバスタオルを脱ぐ、一糸纏わぬ姿はとても綺麗で、艶っぽかった。 「孝平くん・・・ちゅっ」
12月6日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”将棋” 「よ、征」  監督生室に入ってきた伊織は古めかしい物を持っていた。 「下で見つけたんだ、せっかくだから勝負しないか?」  俺が答える前に机の上に盤を置く、それは将棋盤だった。 「仕事があるのだが」 「なぁに、支倉君達が来るまで定例会議は出来ないだろう?」 「やるべき事はある」 「まぁまぁ、そう硬いこと言わずにさ、ほら始めよう」  俺との受け答えの間に全ての駒を盤の上に並べていた。 「仕方がないな」  椅子に座る。 「そうこなくっちゃね、それじゃぁ」  伊織は駒を動かす。  パチッと良い音がした。  無言の時間が続く、お互いの駒の動きは緩やかに進んでいる。  先の先を読みながら、駒を動かす。  そんな動きを、俺は思いだしていた。  それは、幼き日の記憶。  父さんと伊織はよく縁側でこうして将棋を差していた。  伊織は良く東儀家に遊びに来ていた時期があった。父さんは自分より年上の伊織を  息子のように扱い、よく将棋で勝負していた。  その伊織と今将棋を差している。なんだか不思議な感じがする。  それが何なのかはわからないが・・・ 「ふっ」  俺は先ほど伊織から奪った駒を盤面に差す。 「お、ちょっとまった!」 「待ったは無しだ」 「くっそー、ならこうだ!」  伊織が差してきた手は、俺の想像通りだった。  俺はその手に対して、想定通りに差し返す。 「そう来ると思ったよ、征」 「なんだと?」  伊織は俺の予想と違う手を差してきた。 「これならどうだ?」 「・・・」 「遅くなって済みませんでした」 「ごめんなさい、征一郎さん。ちょっと手間取っちゃって」 「おい、瑛里華。謝るなら会長の俺が先だろう?」 「何言ってるのよ、兄さんはどうせ仕事してないんだからいいじゃない」 「ま、そりゃそうか」 「そこで納得するんですか、会長・・・あれ? 将棋ですか?」 「そうだよ、支倉君も俺と勝負するかい?」 「支倉君もって、もしかして征一郎さんと?」 「あぁ、そうだよ。良い勝負だったよ、なぁ、征」 「ごめんなさいね、征一郎さん。兄さんにつきあってもらっちゃって」 「瑛里華、俺のことをどう思ってるのか聞いて良いか?」 「言って良いの?」 「やめておくか、それよりも支倉君もどうだい?」  勝負に誘われていた支倉はずっと何かを考え込んでいるようだった。 「そうですね・・・会長、勝負である以上勝者に得があっても良いですよね?」 「そうだなぁ、その方が面白いな」  支倉の提案に伊織が乗ってくる。 「よし、やりましょう。俺が勝ったら会長に仕事を沢山してもらいますからね?」 「勝つ気でいるのか? 俺は強いよ?」 「それは、やってみないとわかりませんよ?」  上手く伊織を乗せたようだ。だが、分が悪い賭だと思う。 「遅くなりました!」  その時白も到着した、本来なら定例会議を始めなければいけないのだが。 「支倉、やるなら勝て」 「東儀先輩・・・わかりました、絶対勝って会長を働かせます」 「がんばってね、孝平!」 「支倉先輩、応援してます!」 「ちょ、俺の味方はいないのか?」 「兄さんの味方なんて居ると思うの?」 「ちぇー、アウェイだな、だからこそ燃える!」  そうして伊織と支倉の勝負は始まろうとしている。  その姿を見て、俺は思わず思ったことを口にだしてしまう。 「支倉は伊織に似てきたな」 「えー!?」 「ちょ、そこでなんで瑛里華が嫌そうな声をあげるんですか?」 「だって、孝平が兄さんに似てきたなんて、駄目じゃない!」 「えりりん酷いっ!」 「くす、はい。お茶をどうぞ」 「ありがとう白ちゃん、俺の味方は白ちゃんだけだ!」 「私は支倉先輩を応援してますから」 「えー!」  笑いが溢れる監督生室。  ついこの前まではこんなにも穏やかな雰囲気ではなかった。  それを全て壊して変えてくれたのが、支倉だった。  変えたくても変えられず、あがきもがいていた俺達を、  良い方へ変えてくれた支倉。 「・・・そうか」 「兄さま?」  俺の独り言に白が反応する。 「なんでもない、それよりも支倉を応援しなくていいのか?」 「はい、がんばって応援します!」  支倉が伊織に似てきたのではない。  伊織が支倉に感化されてきたのだ。だから、似たように錯覚したのだろう。  瑛里華も白も、そしておそらく俺もだろう。 「俺もまだまだ未熟なのだな」  眼鏡のずれを元に戻しながら、支倉達の所へと戻る。  勝負はもうすぐつくだろう。  そうしたら、会議を始めなくてはいけない。  だが、もう少しだけ。この雰囲気の中で時間を過ごしていよう。  これからのために。
12月5日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”私だけの角度”  ドアがノックされる音で集中が途切れる。 「開いてますよ」 「こんばんは、孝平」  部屋に入ってきたのは瑛里華だった。 「どうしたんだ、瑛里華」 「別にたいした用事は無いわ。それとも彼女が遊びに来ちゃいけないの?」 「とんでもない、大歓迎さ」  俺はお茶を用意しようと立ち上がった。 「あ、いいわよ。私が孝平のも煎れてあげる」  俺はその言葉に甘えることにした。 「はい、孝平」 「サンキュー、瑛里華」 「何してたの?」 「あぁ、これさ」  俺はさっきまで見ていた書類を見せる。 「これは・・・次の企画?」 「そう言うこと、もっと面白くしたいからな」 「そっかぁ、私も協力するわ」 「あぁ、頼むよ瑛里華」  早速俺は瑛里華の話を聞きながら自分の中で意見をまとめていく事にした。 「ふぅ、こんなもんかな」 「お疲れ、孝平」  横からかけられる瑛里華の声に、今さらながらに瑛里華が立ち続けていた事に  気づいた。 「あ、ごめん。立たせっぱなしで」 「いいのよ、新鮮だったから」 「新鮮?」 「えぇ、孝平の横顔を上から見るなんて滅多にないから」  確かに身長差を考えれば滅多に無い角度だろう。 「この角度って私だけの特権かしらね」 「そうでもないさ、クラスメイトなら誰でも見れる角度だろう」 「私は孝平とクラスが違うもん」  少し拗ねてしまったようだ。 「悪い」 「こればかりは仕方がないものね。来年は同じクラスになれると良いのだけど。  いっそのこと工作しちゃおうかしら」  何か不穏な発言が聞こえた気がした。 「あ、そうだ。えい!」  突然瑛里華が背後から抱きついてきた。  俺の横に瑛里華の顔がある。  背中に当たる大きなふくらみが理性を溶かしてしまいそうになる。 「この角度なら私だけよね」 「・・・ごめん、かなでさんが良くしてくるから」 「むー」  瑛里華が背中から離れていく。ちょっと残念だった。 「確かにかなで先輩ならやりそうよね・・・そうだ」  瑛里華は突然屈んだ。  下からのアングルならいつも瑛里華が見ている角度だと思う。 「孝平、椅子に座ったままこっちを向いて」 「あ、あぁ」  俺は椅子を回転させる。  瑛里華は俺の足下に近づいてきて・・・ 「え、瑛里華?」  足に寄りかかってきた、顔の位置がちょうどお腹の所になる辺りで俺を  見上げてきた。 「ふふっ、この角度だけは絶対私だけよね?」  確かにこの位置に顔が来ることなんてほとんど無い・・・けど。 「あ・・・」  気づかれてしまった。  さっきの背中への感触と、今足に当たってる感触、瑛里華の位置。  全てが原因だった。 「もぅ、孝平のえっち」 「うぅ・・・でも、瑛里華もえっちだろう?」 「私は孝平とは違うわよ?」 「でも、今の格好を考えて見ろよ」 「こ、これは私だけの角度を見つけるためだけだもの、これくらいじゃなんとも  無いわよ」  思いっきり否定された。 「ならさ、瑛里華はこの格好じゃ何とも思わないのか?」 「あ、当たり前よ!」 「それじゃぁ、試してみるか」 「え?」  俺は瑛里華をベットに座らせた。 「こ、孝平?」  そして瑛里華の足下にしゃがみ込み、そこから瑛里華を見上げた。 「どうだ、瑛里華?」 「恥ずかしいわよ・・・」  瑛里華の部屋着は長いスカートだ、それに足を広げてるわけじゃないから下着は  全く見えない、が下から見上げる瑛里華の胸は凄い迫力だった。 「ん・・・」 「瑛里華?」  顔を真っ赤にしてる瑛里華。さすがに恥ずかしいのだろう。  この辺で止めておかないと俺の理性が持たなくなる。 「ちぇっ、えっちなのは俺だけか」 「そ、そうよ。まったくえっちな彼氏を持つと大変よ」  そう言う瑛里華の顔は赤いままだった。 「悪かったな、瑛里華」 「・・・」 「瑛里華?」 「ひゃぅ!」  俺の呼びかけに変な悲鳴をあげる瑛里華。 「どうした?」 「な、なんでもないわ」  俺から距離をとろうと立ち上がる瑛里華。  その時微かだったが、聞こえたのは水気の音。 「ーーっ!」  瑛里華の顔が一層赤くなる。  その音の出所を意味することは・・・ 「ごめん、瑛里華」 「え? な、なんで孝平が謝るの?」 「ちょっと、悪ふざけしすぎたみたいだから」  俺は頭を下げる。 「・・・それじゃぁ孝平。私のお願い事を聞いてくれる?」  そう言うと瑛里華はまたベットの端に座る。 「私も・・・えっちになっちゃったみたい。孝平のせいだからね?」 「大歓迎だけどな」 「もぅ・・・孝平のせいなんだからね! だから・・・責任とってよ」 「仰せのままに」

11月29日 ・ましろ色シンフォニーSSS”雨の日曜日” 「ん?」  ふと目が覚めた。 「雨・・・か?」  暗い部屋、まだ夜明け前の時間。 「今日は・・・出かけられるのかな」  カーテンを開けてみると酷い雨が降ってるのがわかった。  天気予報でも雨が降るとは言っていたけどここまでとはおもってなかった。  これでは出かけられないかもしれない。 「・・・まぁ、いいか。後で桜乃と考えればいいか」  まだ夜明けまで時間がある、桜乃が起こしにくるまでもう一眠りしよう。 「にちようび」 「ん・・・」  いつものように起こしに来る桜乃。 「お兄ちゃん、にちようび。でも、雨」  ・・・そうか、まだ降ってるのか  とりあえず起きるか。 「おはよう、桜乃・・・?」  桜乃は変わった服を着ていた。青い水着みたいなレオタードみたいな・・・  というか、これはバニーガール?  ご丁寧にウサギの耳まで付けていた。 「ん」 「桜乃?」 「今の私は解き放たれた兎、がおー」 「いや、ウサギはそんな鳴き方しないから」 「でも、なでなでしてくれないと」 「噛むんだろ? よしよし」  いつものように桜乃の頭を撫でる。 「ん」  桜乃の顔がほんのり赤くなる。 「ところで、桜乃。なんでそんな格好なんだ?」 「桜乃はウサギさん」 「いや、それはわかってるから」 「かまってくれないと寂しくて拗ねちゃう生き物なの」 「ちょっと違う気もするが・・・拗ねられるのは困るな。そんな桜乃も可愛いけど」 「む・・・」  桜乃は表情を変えてないように見える、けど俺にはわかる。  これは照れてる顔だった。 「桜乃はウサギさんなの」 「それはわかってるって」 「暖かいところにずっと居る」  そう言うと布団に潜り込んでくる。  俺はいつものように布団の中で桜乃を抱き留める。 「暖かい」 「そう、だな」  いつもの日曜日の光景だった。 「桜乃、今日はどうする?」 「デートに行きたい」 「けど、酷い雨だな」 「ん」  桜乃の返事は寂しげだった。 「この雨の中出かけると、桜乃が風邪をひいちゃうかもしれないな」 「ん」 「だから、今日は1日ずっと一緒に居よう」 「あ・・・うん!」 「まぁ、いつもの日曜日と一緒だけどな」 「うん・・・それじゃぁ朝ご飯。でも、その前に」 「うん、桜乃」 「ん・・・ん」  いつもの日曜の朝だった。 「そういえば、桜乃。なんでそんな姿なんだ?」 「ウサギさん?」 「そう、そんな服もってたっけ?」 「借りた」  ・・・誰から借りたか聞かない方がいいんだろうな。 「愛理から」 「なんでそんなもん持ってるんだよ・・・」  今は違う学園に通ってる同級生のことを思い浮かべる。 「む・・・私以外の女の子を思ってる」 「悪い」  素直に謝って愛理のイメージをうち消す。 「で・・・何の話だったっけ?」 「?」 「・・・まぁ、いっか。桜乃と一緒だからな」 「うん、お兄ちゃんと一緒、ふふ」  桜乃が俺の寄り添ってくる。  俺はそっと肩を抱きかかえる。 「ん」 「それで、いつまでその格好でいるの?」 「お兄ちゃん、この姿は嫌い?」 「嫌い・・・じゃないけどな」 「・・・」  桜乃は何かを考えてるようだった。 「もしかして、妹に欲情した?」  ストレートに聞かれてしまった。なら、俺も。 「あぁ、なんだか桜乃が可愛すぎて抱きたくなってきた」 「あ・・・お兄ちゃんが獣さんになった」 「そんな兄は嫌い?」 「ううん・・・今日はお出かけできないから、どんとこい。でも」 「でも?」 「最初だけ優しくして欲しいな」 「了解」  俺はそっと唇を重ねた。
11月28日 ・ましろ色シンフォニーSSS”兎のお餅はやけごろ” 「こんにちは」 「開いてるから入って来て」  瀬名邸にやってきた俺は表玄関をくぐって中にはいる。 「蘭華さん、いったい何のようなんだろう?」  愛理との約束が無い日曜日の朝、俺は蘭華さんに呼ばれてやってきた。  玄関を開ける、勝手知ったる瀬名邸の中に入ると、階段から蘭華さんが降りてきた。 「新吾さん、いらっしゃい」  どてらを着た蘭華さんは俺の腕をとる。 「え?」 「ほら、こっちこっち」  腕を引っ張られて案内された部屋は、蘭華さんの書斎だった。 「それで、今日は何の用事なんでしょうか?」 「ちゃんとした用事はあるけど、そのまえに見て欲しい物あるのよ」 「見て欲しいもの?」  そう言った蘭華さんは、書斎のソファに座ったまま動こうとしない。 「あの、蘭華さん?」  その時入り口のドアが開いた。 「母さん、ここにいたの? お茶を持ってぇーーーーーーーっ!?」 「あ・・・愛理?」  部屋に入ってきた愛理は、白い水着見たいなレオタードみたいな服を着ていた。  腰の切れ込みはすごく、胸元は大きく開いている。  そして何より、頭に長い耳が生えていた。  いわゆる、バニーガール姿だった。 「なななんああな、なんで新吾がここにっ!?」 「愛理、お茶がこぼれちゃうわよ?」  慌てる愛理と、それを見て楽しむ蘭華さん。 「そんなことよりも母さん、どうして?」 「新吾さんには統合に関する意見をゆっくり聞こうと思ってお招きしたのよ」 「だからって何で今日なのよ!」 「私の都合かしら、ね。それよりもお茶をもらってもいいかしら?」 「うーーーーはい、母さん!!」  ソファの前のテーブルにお茶を置くと愛理は逃げるように部屋から出ていった。 「・・・蘭華さん、楽しそうですね」 「だってぇ、愛理ったら可愛いんですもの」  答になってるようでなってなかった。  蘭華さんの相談は各務台との統合に関する真面目な話だった。 「なんで隼太に相談しないんですか?」 「むっくは生徒会長でしょ? 一般生徒の話が聞きたかったのよ」  別に生徒会役員でも一般生徒でも関係ないとは思う。 「それに、結女をまとめてくれた新吾さんの手腕も買ってるのよ」 「俺は何もしてないですよ、したのは愛理ですから」  その時ドアがノックされた。 「どうぞ」  蘭華さんの返事に、無言で入ってきた愛理はまだバニー姿だった。 「はい、新吾。お茶煎れてきたわよ」 「あ、ありがと・・・」  そうしてそのまま俺の横に寄り添うように座る。  普段と同じ優雅な仕草なのに、着ている服装のせいで凄く落ち着かない。 「んふふ〜、愛理ったら可愛い〜。ちゃんと約束守ってくれるんだもの」 「仕方がないじゃない、約束なんだから」 「約束?」 「そうよ、母さんとゲームで勝負して負けた方が1日これを着るって言う約束」 「だからか」 「なに、新吾?」 「あ、いや・・・」  電話があったのは昨日の夜、蘭華さんはゲームに勝ったから俺を呼んだのだろう。 「それで母さん、統合の意見って一体何を聞きたいの?」 「そうね、せっかくだから立て役者の愛理にも意見聞いておこうかしら」  この後の話は、俺としても為になる話が多く実入りのある時間となった。  横に居る愛理の格好のせいで何度か蘭華さんにからかわれたけど・・・ 「母さん、新吾。ちょっと待っててね」  お昼ご飯を愛理が作ってくれる事になり、ごちそうになることになった。  その愛理は未だにバニー姿のまま、エプロンをして調理をしている。 「ほんと、愛理ちゃんって可愛いわ〜」 「蘭華さん、幸せそうですね」 「あったりまえじゃない、家族全員が揃ってるのよ」  蘭華さんと愛理、すれ違いが元で住むところまで離れてしまった二人が今は一緒に  暮らしている、それは確かに幸せだと思う。 「新吾さん、今きっと新吾さんは勘違いしてるわよ?」 「勘違い?」  俺の思考を読んだのか、蘭華さんはそう俺に指摘してきた。 「そう、家族全員ってのは新吾さんも入ってるのよ?」  その意味することに俺は鼓動が早くなる。 「それとも、違うのかしら?」 「・・・違わない、です」 「ふふっ、新吾さんも可愛いわね」 「駄目よ、母さんでも新吾は渡さないんだからっ!」  俺達の雰囲気を察してか、釘をさしに来る愛理。 「あははっ、その姿ですごんでも迫力ないわよ、愛理」 「誰がこんな格好させてるのよっ!」 「もちろん、この私よ」 「母さんっ!」  なんだかんだ言って仲が良い親子だった。 「こんにちは」 「開いてるから入って来て」  次の週末、俺はやはり蘭華さんに呼ばれて瀬名邸にやってきた。  なんだか既視感を感じる。 「また愛理が変な格好させられてるんだろうか?」  あまり刺激的じゃなければいいんだけどな・・・  玄関を開けると、前と同じように蘭華さんが階段から降りて・・・ 「新吾さん、いらっしゃい」 「ら、蘭華さん?」  蘭華さんの格好は赤いバニー姿だった。 「いやぁ、愛理に負けちゃって今日1日この姿で過ごさないといけないのよ」 「ちょっと母さん、その格好で表にでないで・・・って何で新吾がここにっ!?」 「そりゃ、私が呼んだからよ」 「母さん、何やってるのよ!!」 「あらぁ? 愛理ちゃんやきもちかしら?」 「そ、そんなわけないんだからっ!」 「そう? それじゃぁ新吾さん、いらっしゃい。今日はこの前のお礼に私がいっぱい  良いことしてあげるわ」 「母さん!!」 「はぁ・・・」  これから先の生活、少し考えないといけないだろうか?  そう本気で思ってしまった。
11月27日 ・冬のないカレンダーSSS”馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ” 「おかしいわね、もうとっくに来てもいい頃よね」  おふくろがリビングの時計を見る。俺もそれにつられて時計を見てみる。 「確かに遅いな」  いつもなら雪奈はもう来てもいい時間だった。  雪奈の父親は出張が多い、ほぼ単身赴任状態だ。その出張先におばさんが  良く会いに行く。その時雪奈がついていかない場合、家で預かる事になっている。 「ねぇ、祐介。迎えに言ってきなさいな」 「放って置いてもそのうち来るだろうな」  俺はそう口に出しながら立ち上がる。 「もぅ、無理しなくていいわよ? 心配なんだから素直に行って来なさい」  確かに心配ではある、けどそれを表に出すのはなんか恥ずかしい。 「わかったよ、おふくろがそこまで言うなら行ってくるよ」 「えぇ、そこまで言ってあげるから、行って来なさい」  妙ににこにこしてるおふくろから逃げるように、俺は雪奈の家へと向かった。  隣同士の幼なじみ・・・ではなく、俺と雪奈の家はそれなりに離れている。  とは言っても同じ地区だからすぐだけどな。 「真っ暗だな」  玄関の外の明かりはついていない、雪奈はいないのだろうか?  一応チャイムを押してみる・・・が反応は無い。 「やっぱり何かあったのか?」  俺の中に焦りが生まれる。 「仕方がない、使いたくは無いんだけど・・・」  俺は雪奈の家の合い鍵を取り出す。何故持ってるかは・・・言いたくない。  そんなことよりも俺は鍵穴に差し込んで・・・ 「開いてる?」  鍵は閉まっていなかった。  俺は玄関の扉を開ける、中は真っ暗だった。 「雪奈っ!」  呼びかけてみるが返事はない。玄関の電気をつけてみると、そこに靴はあった。  いるのは確かだ。  俺は階段を駆け上がり、雪奈の部屋の扉をノックする。 「雪奈、いるか?」  返事はなかった、だから俺は扉を開ける。そうすることが正しいと思ったから。 「雪奈っ!!」  部屋の中で雪奈はベットの上に倒れていた・・・ 「馬鹿」 「えぅぅ・・・」  部屋のベットで横になってる雪奈、俺はその横に座っている。  倒れてた雪奈を見て俺は慌てた。  慌てたからこそ、冷静になった。  状況を見て、まずは人手が必要だと思いおふくろを電話で呼び出した。  結果から言えば、高熱を伴った風邪だった。 「でも、せっかくの機会だからお母さんに心配かけたくなかったんだもん」  熱があって辛かったのだが、おばさんがおじさんの所に出かけるのに心配  させたくなく、我慢してたのだそうだ。 「まったく、雪奈は馬鹿だよな」 「うー、馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ、祐介君の馬鹿っ!」 「今俺のこと馬鹿っていったよな?」 「あ」 「雪奈の定義だと、馬鹿って言った雪奈も馬鹿になるんだよな?」 「うぅ・・・祐介君のいぢわる」  そう言って布団の中に潜り込む雪奈。 「そろそろ寝た方が良いぞ」 「うん・・・」  急に不安そうな顔になる。 「大丈夫、今夜はずっと一緒にいてやるから」 「一緒に寝てくれるの?」 「・・・一緒にいるだけだ」 「けち」 「なら俺は帰る」 「わ、待ってよ〜」  慌てる雪奈は起きあがり俺に手を伸ばす。  俺はその手をそっと握る。 「あ・・・」 「今夜はずっと一緒だから、安心して寝ちゃえ」 「うん・・・お休みなさい」  そっと寝かしつけて、俺はベットの下にすわる。  もちろん、手をつないだままで。  程なくして雪奈の寝息が聞こえてくる。 「・・・さて、どうするかな」  おふくろに返ってくるなと言われてるからそれは問題無い。  あるとしたら・・・ 「手をつないだ状態で俺が寝れるかだよな」  毛布は手の届く所にあるが、それだけしかない。 「一緒に寝た方が楽だったかもな」  明日の朝、俺はきっと酷い身体の凝りに襲われることだろう。 「・・・」  でも、雪奈がそれで安心して眠れるなら安い物だろう。 「・・・お休み、雪奈」  俺は雪奈と手をつないだまま、ベットに寄りかかって眠りにつくことにした。 ANOTHER VIEW ... 「そう言う訳なのよ」  私は彼女に電話を入れる。 「でも、心配はしてないんでしょう?」  電話の相手はもちろん、と答える。 「雪奈が心配させないとしたことなんだから、心配する必要は無い、そういう  事なんでしょうね」  電話の相手、春乃はそう答えた。 「それに、朱音ちゃんの事だから祐介君を派遣してあるんでしょう?」 「あ、ばれた?」  だから、心配はしないわ、と彼女は言う。 「そーいうわけだから安心していちゃついてきなさいな。といっても春乃の  事だからそうはいかないんでしょうけどね」 「そうね・・・朱音ちゃん。雪奈の事お願いします」 「何を今差、言われなくてもお願いされちゃうわよ」 「うん、だからお願いします」 ANOTHER VIEW END  気づくと朝になっていた。  座ったままの格好で眠ってしまった為に身体中が痛い。  無意識に背伸びをしようとして、手がつながれたままということに気づいた。 「ん・・・」  雪奈が声をあげる、起こしちゃったか?  その時、部屋の扉がそっと開いた。 「おはよーございます、昨夜はお楽しみでした・・・かな?」 「・・・おふくろ」  一気に疲れが出てきた。 「何もある訳無いだろう、雪奈が寝込んでたんだからな」 「よし」  俺の言葉におふくろは満足そうに頷く。 「私は祐介を、弱ってる女の子に悪戯するような子に育てた覚えはないから」 「・・・」  なんだろう? 正しいことを言ってるはずなのに嫌な感じがする。 「だからぁ、悪戯は正々堂々と正面からしなくちゃ駄目よ♪」 「おい」  そう言うことか・・・ 「え・・・私、悪戯されちゃったの?」  いつの間にか起きていた雪奈が変なことを口走る。 「してないって言ってるだろう! ってそこでなんで嬉しそうな顔をするんだよ?」  何故かにこにこしてる雪奈。 「だって、祐介君がしてくれるなら、ちゃんとしたときがいいなぁって思ったから」 「ま、雪奈ちゃんって大胆ね」 「何もしないからっ!」 「こら、祐介。病み上がりの女の子の部屋で大声あげるなんて駄目よ」  誰がそうさせてるんだよ、と言いかけて止めた。 「くすっ、雪奈ちゃん、お粥食べれるかしら?」 「そういえば、なんだかお腹がすいてるみたいだから、戴きます」 「それじゃぁ祐介、食べさせてあげなさい、ちゃんとふーふーしなくちゃだめよ?」 「わぁ、祐介君よろしくね」 「・・・」  ここでどう反論しても、すでに決まってることなのだろうな。  にこにこしてる雪奈を見て・・・覚悟を決めた。
11月26日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”いいにゃんこ” 「ん?」  ベランダから物音がした。普通なら怪しむ状況だが俺の部屋の場合は  来客を告げる音だった。  ほどなくしてドアが開けられる。 「こーへー、こんばんにゃ〜」 「・・・」  ドアを開けて入ってきたのは間違いなくかなでさんだった。  着ている服が、美化委員会の制服なのは良しとしよう。  その、かなでさんの頭には黒い猫の耳がついていた。 「あれ、どーしたのかな? ・・・どうしたのかにゃん?」  可愛く言い直すかなでさん、身体を動かしたときにちらっと見えたのは  おそらく猫のしっぽだろう。 「あれれ? こーへー?」  あまりのインパクトの強さに、俺は思わず固まってしまったままだった。 「もしかして、わたし・・・またハズしちゃったにゃん?」  ここまで来ても猫の言葉?を続けるかなでさんはプロフェッショナルだと思う。 「わー、出直してくるにゃー!」 「ちょっと待ってくださいって」  ベランダへでていこうとするかなでさんの腕をとる。 「こーへー?」 「とりあえず座りましょうか」 「うん・・・にゃん」 「それで、かなでさんはどうして猫なんですか?」 「んとね、昨日テレビでみたの、11月25日はいいにゃんこの日なんだって」  いいにゃんこの日なんてあるのか? 「可愛い日だよね、だからわたしも猫ちゃんになろうかなって思っていろいろと  準備をしたんだけど、間に合わなかったの」 「それで、かなでさんは諦めたけど、今日になって準備出来ちゃったから、せっかく  だから猫になろうとおもった訳なんですね?」 「すごい、こーへー! なんでわかったの?」 「そりゃ・・・俺はかなでさんの彼ですから」 「・・・にゃー」 「かなでさん?」  突然かなでさんが顔を真っ赤にして俺のベットに飛び込んだ。  うつぶせになって顔を枕に埋めて足をばたばたさせている。 「にゃー、にゃー!」  うめき声は猫っぽいけど、足をばたつかせてるからそうは見えかい。 「あの、かなでさん?」 「うー、たまにこーへーってさらっと恥ずかしいこと言うよね」 「そうですか? だって事実ですから」 「そ、そうだけど・・・もぅ、わたしお姉ちゃんなのにぃ」  そう言ってかなでさんはまた枕に顔を埋めた。  落ち着いてきた頃を見計らってお茶を煎れる。  起きあがってきたかなでさんと一緒に座ってから、お茶を飲む。 「それで、かなでさんは猫になってどうしようとしたんですか?」 「え? あ、あはは・・・そこまでは考えてなかったよ」 「そうですか・・・」  かなでさんらしいな。 「でも、そうだなぁ・・・せっかくだからわたしの彼氏さんに甘えちゃおうかにゃん」  そう言って俺に身体を預けてくる。  なんとなく、猫にそうするように、かなでさんの頭を撫でる。 「にゃー、気持ち良いにゃー」  人の言葉をしゃべらなければまさに猫かもしれない。 「うにゃん・・・ごろごろ」  かなでさんは頭を俺の胸に擦るように当ててくる。 「にゃっ?」  俺はかなでさんの顔の下、喉の所をそっと撫でてみる。 「そ、そこはくすぐったいよぉ」 「今のかなでさんは猫なんですよね?」 「うー・・・にゃん」  俺は構わずなで続ける、かなでさんはくすぐったいのを我慢している顔をしていた。 「にゃぁ」  そんなかなでさんの表情が少し変わった。 「かなでさん?」 「こーへー・・・わたし、発情しちゃったかも」 「え?」 「こーへーがいけないんだよ?」  確かにいつもと同じように撫でてしまったけど・・・ 「それに、こーへーだって」  かなでさんが触れた所はすでに硬く熱を持ち始めていた。 「かなでさんがこんなに密着しているからですよ、だからかなでさんのせいです」 「こーへーのせいだよ」 「じゃぁそれでもいいです」 「え? 認めたっ!?」 「俺のせいでかなでさんがそうなったのなら、俺が責任をとります」 「あ・・・うん、わたしはこーへーの仔猫ちゃんになる、にゃん。ちゅっ」
11月23日 ・FORTUNE ARTERIAL 楽屋裏狂想曲”王子様の願い”  まどろみの中で感じる感触。  それは人の温もり、息苦しさを感じない程度の、触れ合い。  その温もりにまどろんでいた意識が呼び起こされる。 「・・・っ!?」  目が覚めて、目の前にあるのは紅瀬さんの顔、それも超至近距離。  というか零距離だった。  この温もりは紅瀬さんの唇が俺の唇に触れているものだと気づく。  俺が起きたことに気づいた紅瀬さんは閉じていた眼をあけ、俺から離れていく。 「おはよう、孝平」 「・・・」  俺は言葉がでない。 「駄目よ、朝の挨拶はちゃんとしないと。おはよう、孝平」 「おはようございます」  紅瀬さんに言われて、ちゃんと挨拶を返す。 「ってか、何で朝から紅瀬さんがあんなことをっ!?」 「もぅ、昨日のことを覚えてないのかしら?」 「昨日のこと?」  それは昨日の夜のこと。 「誕生日おめでとーっ!」  俺の部屋でのお茶会、今日はいつもと違い紅瀬さんの誕生日を祝う会となった。 「まったく騒がしいな」  そう言うのは伽耶さん、今回のお茶会のスペシャルゲストだった。 「たまにはいいじゃない、伽耶」 「そうだな、今日は桐葉が主役だからな、我慢するとしよう」 「と、いうわけできりきりのケーキ入刀!」 「お姉ちゃん、その前にろうそくの火を消してもらわないと」 「そうですよ、かなで先輩」 「そっか、それじゃぁきりきり、さくっとお願いね!」  そういって紅瀬さんを促す。  ケーキの上にある、・・本のろうそく。 「なんだ、あたしのときと本数が違うじゃないか」 「いいのよ、伽耶。私はここの学院生だからこの本数であってるわ」 「何を言うのだ、桐葉はあたしより年上であろう?」 「か、母様!」  見た目が幼いけど理事長で母親である伽耶さんより年上の学院生の紅瀬さん。  これはどう考えてもおかしい訳で、俺も慌ててしまった。 「どういうこと、きりきり」  かなでさんのその質問はすごく危険だった。 「大したことはないわ、私は永遠の・・歳なのよ。そう言う声優さんもいるでしょ?」 「そっかぁ、納得したよ」 「・・・いいのか、それで」 「と、とりあえず納得したからいいんじゃないかしら」  俺と瑛里華は冷や汗をかきながら、事態が落ち着いた事に安堵していた。 「でもいいなぁ、私も永遠の・・歳やってみたいな」 「やってみたいのか? 出来ないこともないぞ?」  伽耶さんのその言葉に俺と瑛里華に緊張が走る。 「ほんと、伽耶にゃん!」 「だから、伽耶にゃんいうなっ!」 「えー、いいじゃん。可愛いんだから」 「可愛くなど無いわ!」 「お姉ちゃん、それよりも紅瀬さんに火を消してもらわないと」  陽菜のおかげで話題はそれたことに、安堵した。 「そうですよ、紅瀬さんが火を消さないとケーキ食べれませんよ?」 「それは困るっ! きりきり、早く消火活動を!!」  そうして誕生会が始まった。 「ありがとう、みんな」  誕生日プレゼントを受け取った紅瀬さん。  何故か着せられている赤いちゃんちゃんこには嫌そうな顔をしていた。  誰からのプレゼントかは・・・まぁ、言わないでもわかることだろう。 「ねぇ、せっかくの誕生日だからもう一つ、プレゼントが欲しいのだけど  良いかしら?」 「俺達で出来ることなら構わないけど・・・」 「紅瀬さんがそんなこと言うなんて珍しいわね」  俺と瑛里華は困惑した。 「いいじゃない、出来ることならしてあげれば」 「そうだよ、せっかくの誕生日なんだし」 「はい、私もそう思います」 「それで、桐葉は何を望むんだ?」  伽耶さんの問いに紅瀬さんはこう答えた。 「私、王子様の役をやってみたいの」 「・・・はい?」  王子様の役? いったい何の事だ? この後演劇の予定でもあったっけ? 「格好良いと思います、紅瀬先輩の王子様、見てみたいです!」  白ちゃんが目を輝かせながら紅瀬さんを見る。 「見せられるかはわからないけどね」  そう言って微笑む紅瀬さんの顔を見た瞬間、嫌な予感がした。  あの笑顔は・・・何かたくらんでいる。 「王子様の役は・・・そうね、続きかしら」 「続きって一体?」  俺の問いに紅瀬さんは 「だから、続きよ」 「へー、孝平はそんなことをしてたのね」 「支倉先輩・・・」 「こーへー、風紀シールだね」 「孝平くん・・・」 「ほほぉ、支倉はそんなことをあたしの桐葉にしてたのだな」  他のメンバーの視線が痛い。 「いいのよ、これは合意の上だから」 「合意って・・・」  他のメンツの視線が厳しく刺さってくるようになった。 「だから、今度は私が王子様、お姫様を目覚めのキスで起こしてあげるのよ」 「・・・え?」  そう言うと紅瀬さんは一瞬のうちに俺の背後に回り、俺を抱き上げた。  それはまさに、王子様がお姫様を抱きかかえるように。 「って、逆だろ!」 「いいのよ、お姫様」 「俺は男だって!」 「たまにはいいじゃない? みんなも見てみたいと思わないかしら?  孝平のお姫様姿」 「冗談じゃない」  俺はそう言ったのだが・・・ 「孝平のお姫様姿・・・意外に似合うかもしれないわね」 「支倉先輩のお姫様姿・・・和服が似合いそうです」 「こーへーが男の娘に? いいかも!」 「駄目だよ、お姉ちゃん。でも、プリム服なら」 「そういえば、あの反物は何処にしまっておいたか」 「・・・何故」  何故にみんな乗り気なのでしょうか? 「それじゃぁ、お姫様は戴いていくわね。今日はありがとう」  紅瀬さんはそう言うと俺を抱きかかえたまま、ベランダから飛び降りる。 「うわぁ」  俺は思わず紅瀬さんに抱きつく。 「孝平も乗り気ね」 「ち、ちがうっ!」  その後のことは良く覚えていなかった。 「思い出した?」 「・・・思い出したくないことまで思い出したよ」  なんだか女装までさせられそうな雰囲気だったことまで思い出させられた。 「でもさ、なんで俺がお姫様役なんだ? 紅瀬さんの方が似合うじゃないか」 「・・・貴方は、私の寝顔を見過ぎてるのよ」 「それは・・・」  紅瀬さんの強制睡眠の時の事だろう、確かに見ては悪いとは思うけど、綺麗な  寝顔は思わず見つめてしまう。 「だから、孝平の寝顔を見てみたかった、それだけよ」  そう言うと紅瀬さんは着ている洋服を脱ぎだした。 「な、紅瀬さん?」 「一晩中起きていて眠いの、少し寝るわ」 「一晩中って、もしかしてずっと俺の寝顔を見てたのか?」 「・・・えぇ、たっぷりと堪能させてもらったわ」  凄く恥ずかしかった。 「あ、孝平発見!」  突然部屋の扉を開けて入ってきたのはかなでさん達だった。 「孝平の部屋に戻ってきてたのね」 「敷地中さがしてもうへとへとです」 「まさか、みんな一晩中?」 「仮眠をとりながらみんなで探したんだよ、孝平くん」 「・・・」  何て声をかければいいのかわからなかった。 「支倉、桐葉はどこだ?」 「紅瀬さんならそこに・・・」  その時、紅瀬さんの状態が非常に危険な状態であることに気づいた。  ベットの中で眠る紅瀬さん、その横に脱ぎ捨てられてる衣服。 「こ、これは違うんだ!」  俺はちゃんと弁明使用とした、その時。 「うるさい」  むくっと紅瀬さんが起きあがった。布団から見える上半身は下着だけの姿だった。 「く、紅瀬さん!?」  その姿に瑛里華が驚きの声をあげる。 「私は眠いの、一晩中堪能させてもらったから、寝かせて欲しいのよ」 「あ・・・」  その言葉に白ちゃんは顔を真っ赤にする。 「白ちゃん、何か勘違いしてないか?」 「孝平もうるさいわ、もう寝かせて」 「・・・」 「ねぇ、孝平。じっくりお話を聞きたいな」 「支倉先輩・・・その、参考までに私もお話を聞きたいです」 「こーへー、これは10枚セットでいい事だよね?」 「孝平くん・・・」 「支倉、おまえとはじっくりと話をせねばならんようだな」 「・・・弁護士立ててもらってもいいでしょうか?」  俺が今言える事はこれだけだった。  その弁護士候補の紅瀬さんは、ベットの中で安らかな寝息を立てていた・・・
11月21日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”お姫様の願い”  最近孝平の元気が無いような気がする。  それは、昔の私なら気づかないほどの差異しか無い。  なぜなら、一緒に行動してる千堂さんや東儀さんは全く気づいてないからだ。  孝平に聞いても、たぶんなんでもないって答えるのだと思う。 「駄目もとで聞いてみよう」  生徒会の業務の帰り道、私は孝平に訪ねることにした。 「ねぇ、孝平。最近元気が無いようだけど、何か悩み事があるのかしら?」 「桐葉には敵わないな」  拍子抜けするくらい、孝平はあっさり悩み事があるのを認めた。 「桐葉に嘘はつきたくないからさ」  孝平はさらりとそう言った。その言葉に彼の真摯さと、私に対する愛情を  感じることが出来る。 「でも、ごめん。悩みのことは言えないんだ」 「私にも言えない事なの?」  孝平は悩みを抱え込んでしまいがちだ、生徒会の業務のことも、私たちの  未来のことも。 「あぁ、ごめん桐葉」  そう拒絶されたことが悲しかった。 「これは、男の問題だからな」  男の・・・殿方の問題?  その時私の頭の中に浮かんだ事は、あの事だった。  確かに、こんな事を異性に訪ねるのは恥ずかしい事だ、逆の立場なら  私だって孝平に相談出来ない。  でも・・・私なら。 「わかったわ、孝平」 「桐葉?」  私は孝平の手をとり、寮へと急ぐ。 「そんなに悩むほど放っておいたお詫びをしてあげるわ」  そう、私ならできるから。  翌朝、目覚めの時身体がだるかった。  意識が覚醒しきらない。確か、今日は日曜日のはずだからもう少し眠って  いようかしら。 「おはよう、桐葉」  その声で意識が覚醒する。  目の前に孝平の顔があった。どうやら一緒に眠ってしまったようだ。 「・・・人の寝顔を見てるなんて、悪趣味ね」 「いいじゃないか、可愛いんだから」  その言葉に私は身体ごと顔を背ける。きっと赤くなってるだろうから。 「桐葉、誕生日おめでとう」 「え?」  思わず孝平の方を振り向いてしまう。  そういえば、今日は私の誕生日だった気がする。生まれたのはずいぶん昔のこと  だから、誕生日なんて気にしてなかったのに、孝平は覚えていてくれたんだ。 「ごめん、桐葉。結局俺はプレゼントを用意出来なかった」 「別に良いわ、孝平がずっといてくれるならプレゼントなんて必要ないわ」 「でもさ、やっぱり彼女の誕生日に何か贈りたいって思うんだよ、男としては」  男としては?  その言葉に、昨日の出来事が浮かんでくる  孝平が話した理由。 「これは、男の問題だからな」  もしかして、悩んでいたことは私の為のプレゼントのこと?  私は勘違いをしてしまった? 「っ!」  あげそうになる悲鳴を飲み込む。  孝平の為と思い、私からあんなにはしたないことを・・・ 「もうここまで来たら恥も外聞も無いかな・・・なぁ、桐葉」 「な、何かしら?」  動揺を必死に押さえ込み、答える。 「桐葉、誕生日プレゼント、桐葉が求める物を用意するから教えてくれないか?」 「・・・普通、それを相手に聞くのかしら?」  孝平の間抜けな質問に、私の動揺は収まった。 「それを言われると厳しいな」 「それに、男の子の問題はどうなったのかしら?」 「う・・・」  申し訳なさそうな顔をする孝平。ちょっといじめすぎたかしら? 「そうね、何処までわがままを言っても良いのかしら?」  話題が変わったことに孝平の顔がほっとしたものになる。 「そうだな、俺が叶えられることならどこまでも」  大したことはできないけどな、と笑う孝平。  そんなことはないわ、貴方は私を救ってくれた、それは孝平でしか  出来なかったことなのだから。 「そうね・・・今日はずっと私と一緒に居てくれるかしら?」 「そんなんでいいのか?」 「えぇ、叶えてくれるかしら?」 「あぁ、わかった。約束するよ」  そう言って微笑む孝平の顔、それがとても愛おしい。 「ねぇ、孝平。叶えてくれる願いの数はいくつまでいいのかしら?」 「そうだな、俺で出来る範囲ならいくつでもいいぞ? 今日は桐葉の為に  過ごすって決めたからどんとこい!」 「なら・・・おはようの挨拶をやり直して欲しいの」  私はそっと眼を閉じる。  そして、触れ合う唇。 「おはよう、桐葉」 「おはよう、孝平」
11月19日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”解禁” 「お待たせ、達哉君、麻衣ちゃん」  姉さんが普段使わないグラスを持って来た。 「はい」 「ありがとう、お姉ちゃん」  麻衣は緊張しながらそのグラスを受け取る。 「はい、達哉君も」 「ありがと」  俺は別に緊張はしていないつもりだったけど、持ちなれないグラスを  持った瞬間、緊張してしまった。 「それじゃぁ開けるわね」  そう言って姉さんが手に取ったのは、今日が解禁日のワインだった。  毎年この時期に解禁される季節物のワイン、今日はみんなで味わうことになった。 「だって、達哉君も麻衣ちゃんももう大人でしょう? 嗜み程度に飲めないとね」  そう姉さんは言っていたけど、たぶん本音は違うんじゃないかなと俺は思う。  姉さんは慣れた手つきでコルクをそっと開け、ワインを麻衣のグラスに注ぐ。  それは、綺麗な葡萄色のワイン。 「達哉君も」 「あ、うん」  俺はグラスを出す、そこに姉さんがそっとワインを注ぐ。 「それじゃぁ姉さんの分は俺がいれるよ」 「ありがとう、達哉君。そっといれてね」  姉さんの真似をして、そっとグラスにワインを注ぐ。 「それじゃぁ、達哉君、麻衣ちゃん、乾杯!」  チリン、とグラス同士が触れ合う涼しい音が響いた。 「どう、麻衣ちゃん?」 「ん・・・良くわかんない」 「初めてですものね、それがワインの味なのよ」  麻衣はちょびっと飲んでは首を傾げていた。 「達哉君は、どう?」  俺は舌の上でワインを転がしてから飲む。 「俺も正直わからないかも、だけど上手いか不味いかといえば・・・たぶん  これが美味しいんだろうな」  俺の感想に満足そうに微笑んだ姉さんは、自分のグラスのワインを飲む。 「うん、ワインはこうじゃなくっちゃね」  麻衣は早々に切り上げて部屋に戻り、今は俺と姉さんだけが静かにワインを  飲んでいた。用意しておいたつまみもなくなりつつある。  そして姉さんは最初と違う席、俺の隣に移っていた。 「んふふ、美味しいわね」 「あまり飲み過ぎないでよ、姉さん」  姉さんはお酒が好きだけど、強い方ではない。 「だいじょうぶよ、達哉君。ちゃんと抑えてるからぁ」 「そうかもしれないけどさ・・・」  以前カレンさんが家に来て飲んだときのことを思い出す。  ・・・いや、思い出したくなかった。 「ほらぁ、達哉君のグラス、空っぽよ?」  そう言うと姉さんは自分のグラスにワインを注ぐ。 「姉さん、飲み過ぎは良くないから今日はもうお開きにしよう」 「ふふふっ、お姉ちゃんにつきあってくれない達哉君には、こうよ」  そう言うと姉さんはグラスのワインを一気に飲み干す。  ・・・ワインってそう言う飲み方をする物じゃないとおもうんですけど。 「あらぁ、飲んじゃった。もう一杯」  俺が呆れてる隙に、姉さんのグラスにワインが再び注がれる。 「よしっ」  そう言うと姉さんはまた飲み・・・ 「んっ」  そのまま俺の唇を奪った。姉さんの口の中に少しだけ残ったワインが姉さんの  舌と一緒に俺の口の中に入り込む。 「・・・」  そして姉さんの唇が離れていく。  俺は姉さんの行為に酔ってしまい頭が真っ白になってしまった。 「姉さん、酔ってるよ・・・ね?」  やっと言えたのはそんな言葉だった。 「私はずっと酔ってるわよ・・・達哉君に」  部屋まで送るよ、今夜はもう寝よう、そう姉さんに伝えようと思った。  けど、言えなかった。 「ねぇ、達哉君。私、熱いわ・・・」  そう言って胸元を開ける姉さん、そのふくらみと谷間に俺は熱を持つのがわかる。 「達哉君、私酔ってるから・・・」 「ごめん」 「え?」  俺の謝罪に姉さんの動きが凍る。 「そ、そうよね・・・いくら酔ってるからって」 「違うよ、姉さん。また、不安にさせちゃったってわかったから」 「そんなことはないわよ、私は達哉君を信じてるから・・・でも」  姉さんは言葉を句切る。 「私からも求めても・・・いいかしら?」 「・・・姉さん、部屋まで送っていくよ」 「え、きゃっ!」  俺はそっと姉さんを抱きかかえる。 「た、達哉君・・・」 「俺も姉さんを求めたい・・・いや、さやかが欲しいから続きはベットで」 「・・・うん」
11月17日 ・冬のないカレンダーSSS”それが雪奈だもんな” 「急に寒くなったよね、えへへ」  そう言いながら自分の首元のマフラーに手を当てる。 「これの出番が増えて嬉しいよ」  そのマフラーはとても長く、一人で巻ける物じゃない。 「寒いけど暖かいね」  長いマフラーの片側は俺の首に巻かれている。 「・・・ま、いっか」 「ん? よくわかんないけどいいならいいよね♪」  二人で長いマフラーを巻く。  典型的なバカップルだ、それを公害と言ってた事が遠い昔のような気がする。  今でもこれは恥ずかしいからしたくはない。けど 「駄目・・・かな?」  そう、上目遣いで訪ねられると断れない。 「はぁ・・・」 「あ、ねぇねぇ祐介君、コンビニで焼き芋売ってるよ!」  最近のコンビニでは焼き芋を焼いて売ってるのか・・・ 「温かそうだよ、美味しそうだよ、買って食べようよ」  俺と組んでいた雪奈の腕が離れる。  その瞬間、俺は手を伸ばし。 「えぅ」  雪奈の頭を鷲掴みにする。 「うぅ、何するのよぉ」  涙目で抗議する雪奈。 「何度言えばわかるんだ? このままおまえが突っ走ると首絞まるんだよ!」 「あ、そっかぁ。それじゃぁ一緒に走ろう」 「だからな、それが危険なんだよ。おまえは転ぶだろう? 俺まで巻き込まれる」 「えー、酷い。私そんなに転ばないよ?」  そんなに、というあたり正直だな。 「それに、店は狭いからこのままだと危険だ、だから」  俺は自分の首に巻いたマフラーをほどいて、雪奈に巻く。 「・・・ちょっと無理だな」  二人で巻くためのマフラーの長さは一人では長すぎる。  その時、一つ閃いた。 「なぁ、雪奈。ちょっといいか?」 「なぁに?」  俺は少し屈んで雪奈に近づく。 「え・・・こんなところで? ん・・・祐介君がしたいなら・・・いいよ」  そっと目を閉じる雪奈。 「・・・」  その仕草にどきりとしながら、でも今は思いついたことを実行する。 「もういいぞ?」 「えー、まだキスもらってないよぉ」  俺はとっさに雪奈の頭を掴む。 「えぅ」 「それは後でいいから、買い物行くんだろ?」 「うー」  恨めしそうな顔で俺を睨む雪奈だが、迫力は全くない。 「わかったよ、後でしっかり仕返しするからね?」 「俺が何をした?」 「乙女心を玩んだんだよ?」 「・・・わかったよ、焼き芋は俺がおごってやる」 「え、いいの? さっすが祐介君、乙女心がわかってるよね♪」  わかりやすくて助かった。 「・・・あれ?」  どうやらやっと気がついたようだ。 「マフラーがリボンになってる」  そう、俺は長すぎるマフラーをリボンの形に結ぶことで上手く雪奈の首に  巻くことにした、それは想像以上に上手くいき、そして可愛かった。 「わぁ、可愛い♪」  その場でくるっと一回転する。洋服じゃないからそんなことに意味は無いと  思うのだが、まぁ、雪奈はそう言う女の子だからな。 「ありがと、祐介君。でもリボン結ぶの上手いよね?」 「あぁ、昔おふくろに・・・」  おふくろに何故か髪にリボンをつけさせられた記憶が思い浮かぶ。 「男の子だってね、リボンを巻く事もあるんだからちゃんと練習しなさいね」  おふくろの言葉を思い出す。 「・・・」  まさかこれのことを予想して?  いや、そんなはずはないよな、いくらおふくろだって・・・ 「祐介君、早くいこうよ」 「あ、あぁ・・・」  雪奈は俺の手を取る。 「マフラーを独り占めしちゃった代わりに、手を暖めてあげるね」 「お、おいっ!」  そうして走り出す。 「ほら、焼き芋が待ってるよ!」  色気なのか食い気なのかわからない。 「・・・それが雪奈だもんな」 「・・・何編んでるんだ?」 「マフラーだよ」  教室で編み物をしてる雪奈に聞いてみた、案の定答は想像通り。 「今度はね、ちゃんとリボンにしても二人で巻ける長さにするの」 「・・・」  完成したら、また二人で結ぶのか? 「完成したら一緒にケーキ食べに行こうね♪」  色気なのか食い気なのかわからない雪奈だった・・・
11月16日 ・Canvas3 sideshortstory「短い帰郷の長い夜」 「お大事に」  病院の受付の人に言われながら俺は外への扉を開けた。  陽差しが暖かく眩しい、それを遮るようにあげた右手には包帯が巻かれていた。  事の起こりは、美術部準備室での整理中に棚から雪崩落ちてきたキャンバス。  その真下にいたなな先生を助けようとして、手首を捻挫してしまったのだ。  よりにもよって、合宿に行く前日に。 「私のせいだよね、こうなったら部長君の怪我が治るまで私つきっきりで看病する!」  そう言うなな先生をなだめるのに苦労した。  顧問の先生が居ないと合宿ではいろいろと困るからだ。 「部長君はどうするの?」  右手首の捻挫で絵が描けない俺は合宿を休むことにした。  通院しなくては行けないことが本当の理由だが・・・ 「みんなが楽しそうに描いてるのを見てられないだろうからな」  右手を軽く振ってみる、その程度じゃ痛みは無い。  ただ、絵を描くとなるとたぶん駄目だろう。 「さてと・・・」  家に帰ろうかと思ったが、そんな気にもならなかった。  恋華が待っててくれるなら別だが、その恋華も合宿に参加している。  そして、俺達が合宿で留守にするのを良いことに両親は一泊の旅行にでかけている。 「・・・遊佐先輩」  思わず名前を呼んでしまう。  去年卒業し、今は留学している遊佐先輩。  遊佐先輩が俺の失態を見たらなんて言うだろうか? 「まぁ、怒られることは間違いないな」  その時の遊佐先輩の顔を想像すると、なんだかおかしくなってきた。 「これで準備はよし」  俺は美術部部室に来ていた、誰もいない部室の中でキャンバスを前に座る。  昔聞いたことある話を試そうと思ったからだ。  なんでも有名な絵描きは時間が足りないとき、両手を使って絵を描くそうだ。  そんなことが出来るのだろうか?  出来るから有名な絵描きになれたのだろうか? 「こんな時じゃなければ試さないだろうな」  俺は利き手と逆の左手で筆を構える。  そして真っ白なキャンバスに線を引く、モチーフは石膏像。  本当は遊佐先輩を描きたかったが、結果が解りきってるのでやめておいた。 「よし!」  まずはデッサンから始めよう、そう思い左手を動かす。 「・・・」  線がまっすぐ引けなかった。 「なんだよこれ、初心者でももっとまっすぐ描けるぞ?」  思わず笑ってしまう、でもこれでいいのかもしれないな。  別に描かなくちゃいけない絵という訳じゃない、ただの暇つぶしなのだから。 「・・・酷い出来だな」 「そうね」  俺の独り言に、鈴の音がなるような、そんな声で返事があった。 「え?」  振り向くと、そこにいたのは遊佐先輩。  いつもと同じように、チョコバナナ牛乳のパックを手に持ち、俺の描いた絵を  見つめていた。 「利き手が使えないだけでここまで酷くなる物なのね」 「・・・」 「でも、線が生き生きとしてるわ、みていて力強さは感じるわよ」  いつもと同じような遊佐先輩。 「お疲れ様、学」 「遊佐・・・先輩」 「え? どうしたの、学。痛むの?」  言われて気がついた、俺が涙を流していることに。 「な、なんでもありませんから!」  俺は慌てて目元を拭おうと手を動かして 「痛っ!!」  今度は痛みで涙がこぼれた。 「全く馬鹿なんだから」  言い返す言葉がなかった、慌ててたとはいえ怪我のことをすっかりわすれて  居たのだから。 「そういえば、遊佐先輩はどうしてここに?」 「ちょっとした帰郷よ、そうしたら学が怪我してるって聞いて来てみたの」  その言葉に、過去の出来事を思い出す。 「先輩、ごめんなさい」 「学?」 「もう心配させないって約束したのに」 「・・・いいのよ、その怪我は学のせいじゃないのだから」  遊佐先輩はそっと俺の右手に触れる。 「だから、もう大丈夫よ」  触れられた手から、優しさと暖かさを感じた。 「遊佐先輩、わざわざ送ってくれてありがとうございました。  両親が居ないので何も出来ずにすみません」 「・・・」 「遊佐先輩?」 「よし、決めた。今日はここに泊まるわ」 「・・・え、えーーーっ!」  突然の遊佐先輩の宣言に俺は驚きの声をあげた。 「私が泊まるのは嫌なの?」 「そんなことは絶対ありません!」 「あ、ありがとう」  俺の即答に驚き、それから顔を赤くする遊佐先輩。  その可愛さに思わず抱きしめたくなる。 「さぁ、早く入りましょう」 「は、はい!」  少し声が上擦ってしまう、これでは俺が緊張してるのがばれてしまう。  俺はポケットから鍵を出そうとして 「駄目よ」 「遊佐先輩?」 「また怪我した手を使うつもり?」  そう言うと遊佐先輩は俺のズボンのポケットに手を入れてきた。 「これかしら・・・っ!」  確かにそこには鍵が入っている、だがズボンのポケットは、俺に近いわけで。 「・・・」  遊佐先輩は何も言わずにポケットから鍵を出すと家の玄関を開けてくれた。  玄関に入ると俺はすぐに遊佐先輩を抱きしめた。 「ま、学、せめて部屋で・・・」 「ごめん、遊佐先輩。俺、遊佐先輩が欲しい」 「私も学が欲しいわ、でもここじゃだめ・・・んっ!」  俺は遊佐先輩の唇をふさぐ。すぐに遊佐先輩の唇が開く。  俺はそこに舌を潜り込ませる。 「っ・・・んっ!」 「遊佐先輩・・・遊佐」 「だから、待って・・・ここじゃ学の手が」  遊佐先輩のその言葉に、俺は冷静になった。こんな時まで俺の事を心配して  くれてるなんて・・・ 「・・・ごめんなさい、やっぱり俺は」 「いいのよ、学。ほら、部屋に行きましょう。続きはそこで、ね」  長い長い夜が明けた。  一体何度遊佐の中に放ったか覚えてない。  最後の方の記憶が曖昧だった。 「・・・」  ぼーっとしながら回りを見渡す、そこに遊佐先輩は居なかった。 「遊佐先輩?」  階下で音がする、どうやら下にいるようだ。  俺はパジャマを羽織って下に降りた。 「・・・え?」  台所には遊佐先輩が立っていた。  その後ろ姿は、何も隠されていない。  背中から描かれた綺麗なラインはくびれ、そしてまた柔らかくふくらむ。  調理をしていて動く二の腕の脇から、女性の母性の証とも言えるふくらみの  側面だけが見て取れる。  朝陽の差し込む台所に、美しく輝く遊佐先輩が立っていた。 「え、学? もう起きたの?」  こちらを振り向く遊佐先輩、前面は全てエプロンでガードされている。  これがあの、裸エプロンというやつなのか。 「これは、ね、その・・・学が喜ぶかなぁって・・・」 「遊佐先輩・・・遊佐っ!」  俺は思いの丈をぶつけるように、遊佐を抱きしめた。 「本当はね、着替えが無くて洗濯してたのよ。その間だけのつもりだったのに  学ったら・・・獣よね」 「遊佐先輩だってあんなによがって」 「ま・な・ぶ?」 「・・・いえ、なんでもありません」  遊佐先輩の鋭いまなざしに、俺はそれ以上のことは言えなかった。 「ところで遊佐先輩はいつまで日本にいられるんですか?」 「明日には戻るわ」 「そう、ですか・・・」  留学中なのだから日本にずっといられるわけがないのはわかってはいる。 「くすっ、だから今日はいっぱい遊びましょう」 「いいんですか?」 「私とデートは、嫌なのかしら?」 「そんなことあるわけありません!!」  俺の即答に満足する遊佐先輩。 「でも、今日はえっちは駄目よ?」 「・・・善処します、でも遊佐先輩の方が」 「ま・な・ぶ?」 「・・・いえ、なんでもありません」
11月14日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「寝間着」 「すまぬな、支倉」 「いえ、どうせ暇でしたから」  予定のない日曜日の朝、俺は伽耶さんに呼ばれて千堂邸に来ていた。 「それで、俺に頼みって何なんですか?」 「実はだな、瑛里華に寝間着を買おうと思ったのだ」 「寝間着・・・パジャマですか?」 「あぁ、ちょっと気になることがあってな」  気になることとは何だろう?  というか、瑛里華はパジャマを持っていないのか?  俺の頭の中に疑問が浮かんでくる。 「それでだな、支倉に付き添いを頼もうと思ったのだ」 「でも、女の子の服を買うのに男の俺でいいんですか?」 「桐葉は出かけているらしく捕まらなかった、征一郎達は今日は忙しいと  言っておったから白も駄目であろう」 「瑛里華は?」 「馬鹿者、瑛里華に渡す物を買うのに瑛里華を連れては行けぬだろう」  そう言うものだろうか?  瑛里華なら一緒に買い物が出来るって喜びそうな気がする。 「それとも、支倉はあたしと一緒なのが嫌なのか?」  そう言って見上げてくる伽耶さん。  その上目遣いと表情は保護欲を刺激するのに十分だった。 「そんなことはないですよ、伽耶さんと出かけれるのが嫌なわけ無いですよ」 「そうか、もはや支倉しか頼める相手が居なかったのだ、助かる」 「それじゃぁいつ買いに行くのですか?」 「今すぐで構わないぞ」  そう言って立ち上がる伽耶さん。 「それじゃぁ行きましょうか・・・って伽耶さん」 「なんだ?」 「その格好で出かけるんですか?」 「そうだが、何か問題あるのか?」  伽耶さんの服装はいつもの部屋着に使われてる、まるで十二単のような  大がかりな着物ではないが、それでも着物にはかわらない。  学院内へ行くならまだ問題は無いだろうけど、今日はとある行事の日。  着物姿で出歩けばほぼ間違いなく、間違われるだろう。 「あの、伽耶さん。伽耶さんにおつきあいするのだから、俺にも役得が  あっても良いですよね?」 「む・・・あたしに何かをさせるつもりか?」 「いえ、難しい事じゃありませんよ、ただ俺の願いを一つだけ叶えて欲しいだけです」 「・・・なんだ?」  伽耶さんの為ではなく俺の願い、ということにして俺は頼んだ。 「やはり短すぎないか?」  伽耶さんはしきりにスカートを気にしている。 「学院生は皆その制服ですよ」  俺の願いは伽耶さんに洋服を着てもらう事だった。  今日ばかりは着物で外を歩いて欲しくなかったからだ。  洋服を着ることを渋々了承した伽耶さんが着たのは、修智館学院の制服だった。 「う、うるさい! 学院長として確認しておきたいことがあっただけだ!」  俺の何故持っているのか、という質問に伽耶さんはそう答えた。  ・・・やっぱり着てみたかったんだな。 「支倉、なぜニヤニヤする!」 「ニヤニヤなんてしてませんよ、ただ伽耶さんに似合うなって」 「なっ!」 「ほら、買い物に行きましょう!」 「こ、こら、待て! 手を引っ張るな!」 「支倉、さっきから顔がニヤニヤしたままだぞ、気味が悪い」 「だから、ニヤニヤじゃないですよ」  スカートの裾や服装をしきりに気にしている。  伽耶さんの行動や言動が微笑ましいから顔が緩んでしまう。 「ところで、寝間着を売ってる店はまだか?」 「俺も詳しくは知らないんですけど、話題にあがる店は・・・げっ」  陽菜達の会話に出てくる、洋服を扱う店。  それは男の俺が入るには勇気だけじゃすまないような店った。 「おお、では早速入るとしよう」 「・・・」 「どうしたのだ、支倉」 「・・・いえ」  俺は勇気を振り絞り、そして何かを捨てる覚悟で店に入った。  その夜。制服姿のまま瑛里華の部屋へと訪れた伽耶さんは 「もぅ、母様可愛いっ!」 「え、瑛里華っ!?」  瑛里華に抱きしめられていた。 「く、くるしいぞ!」 「もう、可愛すぎて可愛すぎて、んーーーーっ!」 「・・・」  瑛里華が壊れるのを俺は見ることしか出来なかった。 「こ、こら、支倉、見てないで助けないか!!」 「はぁはぁ・・・瑛里華、これをおまえにやろう」  やっと瑛里華から解放された伽耶さんは荒い息使いのまま、瑛里華に包みを  手渡す。 「開けて良いですか?」 「あぁ、構わぬ」  瑛里華は包みを丁寧に開けた。 「あ・・・可愛いパジャマ・・・これを私に?」 「あぁ」 「ありがとう、母様!」  むぎゅっ!   と音がしそうなくらいの勢いで伽耶さんはまた瑛里華に抱きつかれていた。 「でも、どうしてパジャマを?」  包容を終えた瑛里華が伽耶さんにそう訪ねる。 「いや、なに。瑛里華がいつも腹を出して寝ていると聞いてな」 「はいっ?」 「それでは体をこわすだろうと思い、ちゃんとした寝間着を買ったのだよ」 「・・・」  瑛里華は無言だった、気のせいか肩が震えてるように見える。 「母様、ちょっと用事が出来たので出かけてきます」 「あ、あぁ・・・」  瑛里華はそのまま部屋から出ていった。 「どうしたのだというのだ、瑛里華は」 「さ、さぁ・・・」 「それでは帰るとするか、支倉もご苦労であった」 「送りますよ、伽耶さん」 「構わぬ、一人で戻れる」 「それでも送りますよ、夜道を一人で歩かせたくないですからね」 「支倉、あたしを誰だと思っておる?」 「それでもです、これは男のメンツですから」 「そ、そうか・・・なら頼むとしよう」  寮を出た直後、背後で大きな音がした。そして何かが飛んでいった。  聞き覚えのある悲鳴と共に。 「騒がしいな」 「えぇ・・・」  見なかったことにしよう。 「今日はご苦労であったな、支倉」 「いえ、それでは俺は失礼します」 「あぁ」 「でも、その前に」  俺は持っていた包みを伽耶さんに渡す。 「なんだ?」 「開けてみてもいいですよ」  伽耶さんはごそごそと袋を開ける。 「これは」  中身はパジャマだった、さっきの店で伽耶さんに見つからないように  そっと買った、瑛里華とお揃いの伽耶さんのパジャマだ。 「俺からのプレゼントです」 「・・・あたしの、パジャマ」 「はい、もし良かったら着てくださいね。それでは俺は戻ります。  伽耶さん、お休みなさい」 「あ、あぁ・・・」  俺は来た道を戻った。  ・・・なんだか肌寒い。  その寒さが意識を覚醒させる。  もう、朝か?  目を開くと、見慣れた天井・・・が遠い。 「・・・あれ?」  俺はどうやら床で寝ていたようだ。 「いつの間にか落ちたんだ?」  そんなに寝相は悪くないと思ってたのだけどな。  俺は頭をかきながらおきあがる。 「・・・え?」  本来俺が寝るべき場所、そこに人が毛布にくるまって寝ていた。 「ん・・・ふぁ〜」  毛布から出てきたのは 「伽耶さん!?」 「朝からうるさいぞ、支倉」  両手で伸びをしながら起きあがった伽耶さんの格好は、パジャマ姿だった。  ただ、サイズの見立てを間違えたのか、袖が手をほとんど隠している。  そして、何故かボタンは半分ほどしか留められておらず、ささやかな胸元が  覗いていた。 「む・・・支倉、おぬし今不穏な考えをしておらぬか?」 「そ、そんなことよりも何故伽耶さんがここに!?」 「支倉が悪いのだぞ」 「は?」  俺が悪い、どういうことだ? 「昨晩、ちゃんとお礼を聞かぬ内に支倉は帰ってしまったではないか。  だから、わざわざ礼を言いに来てやったのだぞ。それなのに支倉はすでに  眠っていたではないか」  確かに疲れていた俺は、そのまま眠ってしまったのだろう。 「礼を言いに来て出来なくては意味が無かろう、だから朝まで待ってやったのだ」 「それで・・・その格好」 「なっ・・・あ、あたしだって寝るのだぞ? だがここでは着替えは無いでは  ないか! だから仕方が無くだな」 「似合ってますよ、伽耶さん」 「−−−−−っ!」  顔を真っ赤にする伽耶さん。 「そ、そんなことより礼を言うぞ支倉、その・・・ありがとう」 「いえ、やっぱり買って良かったです。そんなに似合うのだから」 「っ!」  伽耶さんはまた顔を真っ赤にして声にならない声をあげた。 「からかうのもたいがいにしろっ!」 「ねぇねぇ、こーへー」 「なんですか?」 「昨日こーへーが連れ回してたって言う新入生はいつ来るの?」 「・・・はい?」 「もう学院中で噂になってるよ、生徒会役員が新しい転入生に街を案内してたって」 「うん、私も聞いたよ」  陽菜まで・・・ 「それもとびきり可愛い女の子なんだってね、こーへーやるね!」  だからか、朝から俺を見る妙な視線が多かったのは・・・ 「へぇ、孝平。その辺の話、詳しく聞かせてもらえないかしら?」 「瑛里華・・・」  瑛里華には言えばすぐにわかってくれるだろう、だが他の人にどうやって説明  すればいいんだろうか? 「はぁ」 「それにぃ、こーへーが転入生と一緒に寮に入ったのを目撃してる人もいるんだよね」  そこまで見られてたのか。制服姿が逆にあだになったのか・・・ 「ねぇ、孝平。もしかしてその転入生って」 「あぁ、瑛里華の想像通りだ。どう言い訳する?」 「・・・」 「・・・」  二人でため息をついた。 「仕方がないわね、私が全てを説明するしか」 「ねぇ、支倉君」  瑛里華と小声で対策を練っていたとき、突然話しかけられた。 「紅瀬さん?」 「昨日の夜は転入生伽耶が世話になったようね」 「夜?」  紅瀬さんの言葉に瑛里華が聞き返す。 「えぇ、部屋が無かった転入生伽耶を泊めてあげたんでしょう?」 「何故その事を・・・はっ!」  俺のその失言に回りが静かになる。 「こーへー、もしかしてお持ち帰りしたの?」 「孝平くん・・・私は信じてるからね」 「それじゃぁ私はこれで」 「く、紅瀬さん!」  俺は紅瀬さんを追いかけようとするが、腕を恐ろしい力で捕まれた。 「支倉君、その辺の話を詳しく聞かせてもらえないかしら?」  なんだか眼が紅くなってるような気がする瑛里華。 「・・・はぁ」  今度は俺一人でため息をついた。
11月12日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”疑惑” 「え!?」  リビングで雑誌を読んでいた麻衣が突然驚きの声をあげる。 「どうしたんですか、麻衣さん?」 「あ、ミアちゃん待って、駄目!」  麻衣が雑誌を閉じようとしたけど間に合わず、ミアはそのページをみてしまった。 「え、そ、そんな?」 「どうしたの、ミア。騒がしいわよ」 「い、いえ・・・その・・・麻衣さん、これは?」 「私も今見たばかりだしわかんないよぉ」 「何か面白い記事でもあったのか?」 「お兄ちゃん、駄目っ!」  俺がのぞき込もうとした瞬間、麻衣は雑誌を閉じる。けど、記事のタイトルは  見えてしまった。  月のお姫様の豊胸疑惑!、その記事の見出しはそうだった。 「別に気にしてなんかいないわ」  結局フィーナに隠し通せず、俺達はその雑誌を見せることになった。  その記事だと、普段着よりドレス姿のフィーナの胸が大きいので、パッドを  入れているのでは、という推測記事だった。 「フィーナさん、本当に怒ってないの?」  麻衣がおそるおそるフィーナに聞く。 「えぇ、このくらいの事で起こってたら王族は務まりませんから」 「そんなにいろいろと言われるのか?」 「そうよ、あることもないことも騒がれるわ。でも、それも王族の仕事の一つよ」  そう言って微笑むフィーナ。 「改めて思うよ、やっぱりフィーナはすごいんだなって」 「た、達哉。おだてても何も出ないわよ」  フィーナは顔を真っ赤にしてしまう。 「そうだよね、フィーナさんは凄いよね」 「麻衣まで」 「そうです、自慢の姫様ですから」 「ミアも・・・もぅ」  フィーナは呆れて笑い出してしまう、それに釣られてみんなも笑ってしまった。 「でもさ、この記者の人、フィーナさんの私服姿って見たことあるのかな?」 「ないんじゃないか? フィーナはほとんどドレスのはずだし」 「それじゃぁなんでこんな記事を書けるんでしょうね?」 「それが記者の仕事なのよ」  ミアの問いにフィーナは答える。 「ほんと、記者さんって想像力すごいよね。でもやっぱり失礼だよね。  フィーナさんの胸ってとってもおっきいのに疑惑だなんて」 「そうだよな」  麻衣に相づちを打つ。 「お兄ちゃん、なんでそこで同意できるの?」 「え?」  麻衣はじーっと俺の顔を見る。 「ほ、ほらさ、フィーナのドレス姿だと胸元開いてるからわかるだろ?」 「ということは、達哉さんは姫様の胸元ばかりを見ていらっしゃるのですね?」 「ミ、ミア?」  思わぬ所から攻撃を受けた俺はたじろぐ。 「・・・」  フィーナは顔を真っ赤にして、自分の胸を両手で抱くようにして隠している。  その時の胸の揺れが、作り物じゃないことを照明してくれている。 「お兄ちゃんのえっち」 「達哉さん、えっちです」  麻衣とミアの指摘に俺は慌ててしまった。 「ぷっ、お、お兄ちゃんったら」 「達哉さん、お顔が真っ赤ですよ?」  突然笑い出す二人。 「もしかして、からかったのか?」 「あはは、お兄ちゃんわかりやすすぎだよ」  二人の笑い声に俺は何も言い返せず、フィーナは顔を真っ赤にしているだけだった。 「二人にしてやられたわね」  夜のフィーナの部屋での話題はさっきのことだった。 「あぁ、まったくミアまでからかってくるとは思わなかったよ」 「麻衣の影響かしらね」 「まったくだな」  二人でそろって苦笑いする。 「でも・・・あの記事はあながち間違いじゃないのよ?」 「・・・え?」  どういうことだ? 「このドレスの時は下着を付けてないの、だから形崩れを防ぐためにパッドは  はいっているのよ」  そういえば、ドレスの時にブラを見た記憶が無い。 「そのパッドが最近少し窮屈に感じてきたのは誰のせいかしらね?」  そう言って微笑むフィーナの顔は妖しい輝きを放っていた・・・

11月11日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”体育祭前夜” 「ふぅ」  美化委員の仕事を終えた私は部屋に戻ってからシャワーを浴びた。  本当は大浴場へ行きたかったのだけど、もうすぐ孝平くんの部屋でお茶会の時間。 「せっかくのお茶会、遅刻するわけにはいかないものね」  でも、まだちょっとだけ時間があるかな。 「やっぱり、ちゃんとお風呂にはいりにいこうかな?」    ふと、机の上に置いてある冊子に目が留まる。  それは体育祭のプログラムと、注意事項が書かれたプリントだった。  注意事項は、今年からの目玉競技となる水風船入れに関する物。  私とお姉ちゃんと孝平くんと一緒に考えた新しい競技、水風船入れ。  水風船を作るチーム、運ぶチーム、そして籠を持って逃げるチーム。  相手の籠に水風船を入れた数が多い方が勝ちのゲーム、単純だけど楽しそうな  競技になりそう、ううん、なるに決まってる。 「ちょっと考えればわかったことなのにね」  その水風船は割れやすいから、身体に当たれば濡れちゃうし、きっと体操着が  透けてしまう。  下着が透けて見えちゃうのは恥ずかしいのに、なんで気づかなかったんだろう。  そのことに気づいた千堂さんが作ってくれたプリントだった。  水風船入れ参加者の方は体操着が濡れて透ける恐れがあります。  競技時にジャージの着用、もしくは体操着の下に水着を着用、またはその  両方を着用することを義務づけます。 「水着か・・・」  お姉ちゃんは去年買った水着を着るって言ってた。  私は水着は実家に置いて来ちゃったから・・・   「これしかないんだよね」  学院指定の水着、これを着るのは別に恥ずかしくないけど・・・ 「この上に体操着、着てみたらどうなるんだろう?」  ちょっと時間があるし、試してみようっと。   「部屋で水着だなんて、なんだか不思議かな」  とりあえず着てみないことにはわからないよね。  畳んである体操着を着てみることにした。   「ん・・・なんだか不思議な感じ」  普段下着の上に着る体操着、水着の上からだとなんだか変な感じがする。 「これだと水着がはみ出ちゃうかも」    体操着のブルマより水着の方がお尻を覆う面積が広いから、上手く着ないと  はみ出ちゃいそう。   「お姉ちゃんの水着はビキニだから着ていても目立たないんだよね」  私もビキニがあればいいのかな? 「・・・ビキニは恥ずかしいかも」  体操着の下に着るのだから誰かに見られるわけじゃないけど、それでも  やっぱり恥ずかしいよね。  その時浮かんできた顔は、何故か孝平くんだった。  孝平くんだったら・・・なんて言ってくれるのかな? 「そうじゃなくって・・・もう、私ったら何を考えてるんだろう?」  そろそろお茶会の時間が近づいてきた。 「早く着替えて孝平くんの部屋に行かなくちゃね」  私は着ている服を脱いで、部屋着に着替えることにした。  後になって、私は補給係だから水風船に狙われないから、濡れる心配が  無かったことに気づいた。 「お姉ちゃんに相談しなくて良かったぁ」 「ん、なになに、ひなちゃんわたしに何か相談事あるのかな?」 「え? ううん、なんでもないよ、なんでも」 「そう?」 「そうだよ、ほら、早く孝平くんの部屋に行こう」 「うん!」

11月6日 ・Canvas2 SSS”ハッピーハロウイン” 「ふぅ、やっとついた」  マンションのオートロックのドアをくぐり、エントランスに入る。  エレベーターに乗ってやっと一息ついた。 「繚乱学園美術部か・・・撫子と違って面白かったな」  急な出張を理事長から言われたのはついこの前。  なんでもどうしても繚乱学園に来て欲しいと、繚乱の理事長に頼まれたそうだ。 「俺なんかでいいんですか?」 「えぇ、上倉先生だからこそ、お願いしたいのです」  理事長との会話を思い出す。  向こうは俺の何を気に入ったのだろうか? まぁ、仕事なのだから仕方がない。  そうして俺は繚乱へ出張に行った。 「しっかし、むこうはのんびりしてたなぁ」  指導者らしからぬ顧問に、振り回されっぱなしの部長。  写真専門の部員や、アケビグループのお嬢様も居たな。 「・・・しかし、あれは前衛的だったな」  部長の妹が描く絵は凄く前衛的だった、あれも一種の才能なんだろうな。  そんな数日の出張を終えて俺はやっと我が家に帰ってきた。 「ただいまー」 「お帰りなさい、お兄ちゃん。ご飯にする、お風呂にする、それとも」 「疲れたから寝る」 「もぅ、お兄ちゃん! 最後まで台詞言わせてよ!」 「はいはい」  家に帰ってきたらエリスの世話があるから気の休まる暇が・・・ 「って、エリス?」 「もしかして私の顔を忘れちゃったの?」  悲しそうな顔をするエリス。 「い、いや、忘れる訳が」 「大変!お兄ちゃんが若年性痴呆症にかかっちゃった!!」 「おい!」 「でも大丈夫、私がずっと看病してあげるからね、手取り足取り」 「おいっ!」 「きゃっ」  俺のツッコミに驚くエリス。 「俺はそんな病気になんてかかってない、というかエリス! 一つだけ聞きたい」 「う・・・うん、なぁに?」 「なんでエプロンをしてるんだ? まさか料理を・・・」  嫌な想像に身体が震える。 「先に聞くのは私が居ることよりそっちなのね・・・」 「・・・あー、そういえばなんでエリスが帰ってきてるんだ?」 「気づくの遅いよ、お兄ちゃん・・・」  エリスは大きなため息をついた。 「とりあえず話は後で聞く、まずは台所の惨状を確認しないと」 「もうどうでもいいや、疲れちゃったよ」  そう言いつつも台所へ戻ろうとするエリス、その後ろ姿は・・・ 「・・・またか」 「それでね、ハロウインにあわせて帰ってきたのにお兄ちゃんいないんだもん!」 「いや、だから出張だったんだから仕方がないじゃないか」 「そりゃ何も言わずに帰ってきた私も悪いかもしれないけど、それでもだよ!」  エリスが用意してたのはフランスの家庭料理だった。  向こうの食材があうのか、エリスは簡単なフランス料理はマスターしていて  その食材を調達、こうして準備をしていてくれた。 「・・・まてよ? エリス、ハロウインにあわせて帰ってくる事はとりあえず  置いておく。あれから1週間だぞ、学園はどうした?」 「ん? 自主休校だよ」 「・・・」 「や、やだなぁ・・・そんな眼で見ないでよ。冗談だから」 「じゃぁ何だ?」 「フランス校からの体験留学だよ、私はそれのおつきあい」  そういえば、体験留学を受け入れるってこの前職員会議で言ってたっけ。 「だから、ちゃんと撫子に通ってるから出席になってるよ」 「ならいいけどな・・・」 「ところでお兄ちゃん、Trick or Treat!」 「・・・は?」 「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ?」 「いや、エリス。もうハロウインは終わってるぞ?」 「だーめ、ハロウインの時にお兄ちゃん居なかったんだから、今がハロウインなの」 「それは無理があるんじゃないか?」 「いいの、だから手作りお菓子あるの?」 「ある訳無いだろうに、出張から帰ってきたばかりなんだぞ?」  俺の答に満足そうに頷くエリス。 「なら、悪戯されても問題ないよね、お兄ちゃん」 「もしかして俺はとても口に言えないことをされちゃうのか?」  思わず後ずさる。 「・・・そんなに怯えないでよ」 「いや、しかしエリスの悪戯は命に」 「お・に・い・ちゃ・ん?」 「・・・はい」  エリスのプレッシャーには敵わなかった。 「それで、俺は何をすれば良いんだ?」 「何でもしてくれるの?」 「・・・じゃなかった、俺は何もしないでいいんだよな、だって悪戯される方  なんだからな」 「ぶーぶー」  ふくれるエリスだが、すぐに笑顔になる。 「それじゃぁね・・・今夜は一緒に寝よ」 「・・・まだお子さまだな」 「お子さまでいいもん、お兄ちゃんと一緒に寝れるなら」 「はいはい、お手柔らかにな」 「うん、今夜はいっぱい悪戯してあげるね、お兄ちゃん」
11月5日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”冷たい炎” 「なんなのよ、もう!」  制服の上着を脱いでベットに投げつける。 「兄さんも兄さんだわ、私をからかって楽しんでるに違いないわ!」    リボンをほどきながら、悪態をつくと少しだけ気分が落ち着いてくる。 「・・・」  私は窓に手を当てて、外を見る。  すでに外は暗く夜になっている、見上げれば月が浮かんでいる。 「支倉・・・孝平・・・」  口に出してつぶやく。 「・・・ってなんであの人の顔を思い浮かべなくちゃいけないのよ!」  初めて校門のところであった支倉君の顔。  私の挨拶に、素敵な笑顔で返してくれた彼。  その顔が、驚愕の表情へと変わる、それは私のせい。    私は彼に差し出した手をとることが出来なかった。 「なんで・・・なの?」  今までそんなことは一度もなかった。  修智館学院に入学してから1年、いろんな人間と出会い一緒に暮らしてきた  けど・・・ 「理屈を越えた、何か・・・」  それに突き動かされたのは彼が初めてだった。 「でも、彼は悪い人じゃないわね」  大浴場で裸を見られ・・・ 「−−−−っ!」  そのことを思い出すと沸騰しそうになる。  それを強制的に思考から外す。 「やりなおし!・・・ふぅ。えっと・・・支倉君は悪い人じゃない、という  所からね」  転校続きの支倉君が、最後に羽を休める場所に選んでくれたこの学院。  そう、思えるようにしていきたいと言った支倉君の顔はとても素敵だった。  ううん、輝いていた。  その時私は自然に支倉君を応援する事が出来た・・・のに。 「っ!」  その時の笑顔を思い出すと、胸の奥が冷たい熱さに焦がれる。  私は胸を押さえる。 「はぁ・・・はぁ・・・」    私の目線は、赤い液体が詰まったパックをとらえる。 「え・・・?」  私はあれをいつ冷蔵庫からだしたのかしら?    記憶がない、そんな事を考えながら、手をそのパックにのばす。 「・・・んっ」  私はそのパックの中身を飲み干した。   「・・・どうしたんだろう」  定期的に摂取してるから私の衝動は問題ないはず、なのに何故今夜に  限ってこんなにも渇いたのだろう。それに・・・ 「味、覚えてない・・・」  そんなにも乾きを癒すのに夢中になっていたのだろうか?  それではまるで化け物みたい・・・ 「っ!」  その考えに全身が粟立つ、けどそれはすぐに収まる。 「そうね、みたいじゃなくて化け物なのよね」  身体がだるい・・・ 「シャワー浴びよう・・・」  お湯で全てを流してしまおう、私は着ていた服を脱ぎ捨てる。      下着だけになった私は、そのままバスルームへと向かう。 「シャワーを浴びれば温まるわ、きっと」    部屋に残された、脱いだ制服。  その所に一緒に落ちていた空のパック。  その存在が否応なしに私を現実に引き戻すことを今の私は気づいていなかった。
10月30日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”悪戯” 「お疲れ様」 「陽菜こそお疲れ様」  全てのイベントが終わった後、俺の部屋に陽菜と一緒に帰ってきた。 「上手くいって良かったね、孝平くん」 「あぁ」  ついさっきまで寮でハロウインパーティーを開催した。  自由参加のこのイベントだが、最初はどのようにするか頭を悩ませた。  ハロウインなのだからそのままで良いかと思ったら、そうもいかなかった。 「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ、だとみんな悪戯されちゃうよね」 「それに、誰それ構わずそう訪ねられるかってのもあるよな」  年頃の男女が生活してる寮で、男子が女子の部屋に「Trick or treat.」と  言って訪ねる訳にもいかず、その逆も敷居が高い。 「そうだ、孝平くん。こういうのはどうかな?」  陽菜の案は、このパーティーの参加条件を付け加えることだった。  それは、お菓子を自分で作ること。  そしてパーティーを開いてそこでお菓子の交換会をすることだった。 「でもちょっと敷居高くないか?」 「男の子はそうかもしれないね、だから料理部のみんなに協力してもらって・・・」  そうして告知したハロウインパーティーは事前にお菓子を作るイベントと  当日のパーティーと2部構成となった。  男子生徒に敷居が高いと思われたお菓子づくりだが、思ったより参加者が  多く、女子生徒もそれを手伝う形で参加が増えた。  そして手作りお菓子を持ち寄ってのハロウインパーティーは大成功を収めた。 「みんなが喜んでくれて良かったね」 「そうだね」  確かにみんな楽しんでくれたと思う、けど俺はパーティーの間気が気じゃなかった。  それは陽菜の事だった。  陽菜の回りには男子も女子も関係なく常に人が溢れていた。  みんなの頼れる寮長でもある陽菜は人気者だからだ。  ただパーティーで陽菜はお菓子の交換をしていた、だけなのに俺は・・・ 「孝平くん?」 「あ・・・いや、なんでもないよ」 「そう?」  不思議そうな顔をする陽菜だが、それ以上は聞いては来なかった。 「ところで、孝平くん。Trick or treat!」 「え?」 「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ?」  突然陽菜から言われたTrick or treat。だけど俺はお菓子を持っていない。  大量にクッキーを焼いたのだが、先ほどのパーティーで交換したり配ったりして  全て無くなっている。 「実はね、孝平くんがお菓子を持ってないのはわかってるの」 「ならどうして?」 「だってね、孝平くんはパーティーの時ずっと女の子と一緒にいたの見てたから」  そういえば、そんな気がするようなしないような・・・  陽菜のことばかり考えてたからあまり気にならなかった。 「私の所には来てくれなかったよね」 「・・・ごめん」 「ううん、いいの。孝平くんは人気があるの知ってるから」 「それを言うなら陽菜だって人気あるよな、今日もずっと人に囲まれてて  俺が近づけないくらいに」 「見ててくれたの?」 「あ」  口が滑ったが、もう遅かった。 「そっかぁ、孝平くんはずっと気にしててくれたんだ」  陽菜は嬉しそうに微笑んでいる。 「孝平くん、改めてTrick or treat! お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ!  ・・・出来ればお菓子を持っていないでくれると嬉しいな」 「それじゃぁ俺が悪戯されちゃうじゃないか?」 「いや・・・かな?」 「あぁ、俺だけじゃ嫌だな。だから陽菜、Trick or treat!」 「あ・・・うん、ごめんなさい。もうお菓子はないの」  そう謝りながら陽菜の顔は笑っている。 「だから、孝平くん。私に悪戯・・・してね」 「陽菜も・・・俺に悪戯し・・・」  俺の言葉は陽菜からのキスでふさがれた。
10月19日 ・夜明け前より瑠璃色な Another Short Story -if-                  Extra Episode「運動の秋」 「ごちそうさまでしたー」  今日も左門での賄いを食べた帰り。 「最近ご飯が美味しいわね〜」 「そうだね、仁さんも美味しいスイーツ沢山作ってくれるし美味しかったぁ」  姉さんと麻衣は今日の料理に満足のようだ。 「でもさ、仁さんのデザートは店には出せないよな」 「それもそうね」  いつもおやっさんに怒られてる仁さん。  味はいいのだが店に出すための原価がかかりすぎるのが難点だそうだ。 「俺はイタリアンズの散歩に行ってくるね」 「それじゃぁ麻衣ちゃん、私たちはお風呂に入っちゃおうか」 「うん」  玄関で別れた俺は、イタリアンズにリードを付けて散歩に出発した。 「あ、お帰りなさいお兄ちゃん」 「お帰り、達哉くん」  家に帰ってくるとリビングに二人はいた。  何故か体操着姿で、二人で体操?をしていた。 「・・・えっと」 「ねぇ、達哉くんも一緒にエクササイズしない?」 「そうだね、お兄ちゃん身体が硬いでしょう? ほぐすと良いよ」 「・・・」  突然我が家でエクササイズが流行ったのだろうか?  そんな訳はないと思う。  その時さっきの左門からの帰りの話が思い浮かぶ、そこから導き出される答は 「お兄ちゃん!」  思考を遮るように麻衣が俺を呼ぶ。 「私、頑張るからね!」    両手をぐっと目の前で握る麻衣、その真剣な眼差しに俺は・・・ 「あ、あぁ、俺も出来る限り協力はするよ」 「ありがとう、お兄ちゃん」 「それじゃぁ達哉くんも着替えてきてね」  姉さんに促されて、俺は部屋へと向かう。 「・・・黙って協力するか」  秋、だからな。 「お待たせ・・・っ!?」   「んっ!」 「お姉ちゃん、がんばって!」  二人は背中合わせてのストレッチ行っていた。  ちょうど俺はその正面からリビングに入ってきてしまったため、二人の露わな姿が  丸見えになってしまっている。 「麻衣ちゃん、もうだめ〜」  姉さんの悲鳴に麻衣が姉さんを下ろした。 「はぁはぁ・・・最近運動不足かしらね」  下ろされた姉さんは息を整えている。 「それじゃぁ、次は麻衣ちゃんの番ね」 「お手柔らかにね、お姉ちゃん」  今度は姉さんが持ち上げるようだ、さっきのアングルは危険なので俺は横にずれる  ことにした。 「お兄ちゃん、もうちょっと待っててね」 「あぁ、俺は柔軟体操でもしてるよ」  俺は少し離れた所にすわり、足を延ばす。  そして前に身体を倒そうとした、とき。 「んーーーっ!」  麻衣の悲鳴?に思わず顔を上げる。 「っ!!」    さっきと違うアングルは、さっきより危険だった。  体操着から延びる足、背を逸らすことで強調される胸。  そして、背を屈めることで重力に引っ張られる胸。  俺は眼を閉じて身体を前に倒すことに集中した。 「お兄ちゃん身体硬いんだね」  気づくと麻衣が俺の横に来ていた。 「私が背中おしてあげるね」  そう言いながら麻衣は俺にのしかかってきた。 「っ!」  自分の曲げれる限界以上に麻衣に押されて俺は思わず悲鳴をあげる。 「大丈夫?」 「あ、あぁ・・・でも少し優しくしてくれないか?」 「了解」  麻衣は今度はそっとのしかかってくる。  それでもきついことには変わらないが、さっきよりは楽だった。 「どう、お兄ちゃん?」  その麻衣の声は甘かった。その甘さの意味を瞬時に俺は理解してしまった。 「・・・硬いな」 「ん・・・そうだね、硬いよね」 「今度はお姉ちゃんが押してあげる」  麻衣と変わって姉さんが俺の背中を身体で押してくる。 「達哉くんは硬いのね」 「・・・姉さんは柔らかい」 「そう・・・ね、んっ」 「・・・」 「そういえば、達哉くん。その・・・セックスの運動量って凄いって知ってる?」  姉さんの口から出るその言葉に、俺の鼓動が早まる。 「私も聞いたことある、すっごい運動量なんだよね」 「えぇ・・・だから、達哉くん。実践・・・してみない?」 「私も、お兄ちゃんと運動したい・・・だめかな?」  その後秋の運動の場所はリビングから寝室へと移動することになった。 「おはよう、お兄ちゃん」 「達哉くん、おはよう。あら、まだ寝ぼけてるのかしら?」  翌朝、リビングで出迎えた二人はとても元気だった。  昨晩あれだけ激しい動きをしたはずなのに・・・ 「はい、お茶をどうぞ」 「ありがとう、麻衣」  麻衣のいれてくれたお茶を飲んで一息いれる。 「運動した後のご飯は美味しいわね、麻衣ちゃん」 「うん、今日も1日頑張ろうって思えるよね」 「・・・」  俺は運動の疲れで頑張れそうにない。 「ねぇ、お兄ちゃん」 「なに?」 「また運動につきあってね」 「そうね。定期的な運動って大事よね達哉くん、一緒に運動しましょうね」 「・・・」  秋の終わりが待ち遠しくなる朝だった・・・
10月14日 ・Canvas SSS”最高の私” 「恋ちゃん、誕生日おめでとうですわ♪」 「恋、おめでとう」 「ありがとう」 「ふふふ、これでまた一つ、恋ちゃんも大人になったんですわね」 「藍、毎年同じ事言うのね」 「当たりまえですわ♪ 恋ちゃんが大人になっていく記録を撮るのが  わたくしの楽しみですもの」 「あ、ありがとう」 「いえいえ」  二人の恒例になりつつあるやりとりを見ながらコップにジュースを注ぐ。 「ほら、恋。藍ちゃんも」 「ありがとう」 「お兄様、ありがとうございます」 「それじゃぁ恋の誕生日を祝って乾杯、の前に。恋、ろうそくを」 「うん」  恋は息を思い切り吸い込むと、ふーっとろうそくの火を吹き消した。 「おめでとう、恋。乾杯!」 「乾杯ですわ!」 「乾杯っ!」  3人でグラスを打ち鳴らした。 「恋ちゃん、今年は恋ちゃんに似合う洋服をプレゼントいたしますわ」 「ありがとう、藍」 「隣の部屋に用意してありますから是非是非着替えてきてください」 「え? あ、うん。せっかくだから着替えてくるわね」  藍ちゃんの剣幕?に押されて恋は隣の部屋へと行った。 「藍ちゃん、いつもより強引だね」 「はい、だって可愛い恋ちゃんの姿を早く見てみたいんですもの♪」  目を輝かせてカメラを構える藍ちゃん。  そういえば、鷺ノ宮家ってそう言う所だったよな・・・ 「えーーーーっ!?」  その時隣の部屋から恋の悲鳴が聞こえた。 「恋?」  俺は隣の部屋への扉を開けた。 「・・・え?」 「あ・・・」  そこにはパンツ姿の恋が座り込んでいた。 「あ、えっと・・・」 「いいから出てけっ!」  何かを投げつけられた俺はそのまま元の部屋へと戻った。 「ナイスですわ、お兄様」  そう言いながら藍ちゃんは俺に投げつけられた物を拾う。 「何がナイスなんだか・・・って藍ちゃん?」 「ふふっ」  藍ちゃんの手にあるものは、恋のブラだった。 「恋ちゃん、お着替えは終わりましたか?」 「・・・」 「ほら、早く」  藍ちゃんに促されて隣の部屋から出てきた恋は涙目だった。 「なんでこんな事に・・・」  その姿はいわゆるバニーガールだった。 「きゃぁ、恥ずかしがる恋ちゃん可愛いですわ、可愛すぎます!」  藍ちゃんはデジカメで恋を撮影し始めた。 「恋ちゃん、こっちを向いてくださいませ」 「あ、藍?」 「きゃ♪」  なんだか恋に同情してしまった・・・ 「お疲れさま、恋」 「本当に疲れたわよ・・・」  結局誕生会の間、藍のたっての希望で恋はずっとバニー姿のままだった。  藍ちゃんのプレゼントはバニーだけじゃなく、他にもちゃんと用意してあって  恋は凄く喜んでいた、さすがは藍ちゃんというべきか・・・ 「恋、改めて誕生日おめでとう」 「ありがとう・・・ぷっ」  急に恋が笑いだした。 「この格好じゃなんだかしまらないわね」 「それもそうだな、でも恋の変わった一面を見れたから俺はよかったけどな」 「な、なにを言ってるのよ、もぅ」 「それはおいといて、そろそろ見に行くか?」 「うん!」  恋は立ち上がると階段を上っていく。  俺も恋に続いて階段を上り、自分の部屋へと入る。  そこにあるのは一枚のキャンバス。  まだ布が被されていて絵は見えない。 「見てもいい?」 「もちろんだよ、それが俺のプレゼントだよ」 「それじゃ」  恋は布をそっと取り除く、そこに描かれてるのは・・・ 「今年も最高の私をありがとう、大輔!」

10月4日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”朝のひととき” 「失礼しまーす」  そっと孝平くんの部屋の扉をあける。部屋の中はまだ暗い。  靴を脱いで部屋にあがる。  「起きてる・・・訳はないよね」  時間は午前5時、まだ起きる必要の無い時間に私は孝平くんの部屋にきた。  孝平くんはいつでも来て言いって言ってくれてたから、大丈夫だよね。  そう、自分に言い聞かせながら足音に注意しながらベットへと行く。 「あ・・・」  孝平くんの寝顔をみて、ドキっとしてしまう。 「幸せそうな寝顔・・・可愛いな」  どんな夢を見てるんだろう? 私の夢ならいいな。 「・・・」  寝顔を見てると悪戯したくなってくる。 「少しくらいなら良い・・・よね?」  ツン、とほっぺを押してみる。 「っ!」  思った以上に柔らかく指がささってしまって驚いてしまった。 「・・・」  よかった、目は醒めなかったみたい。もう止めておこう。  私は改めて孝平くんの寝顔をみる。  やっぱり可愛い。そんなことを言うと孝平くんはきっと困った顔をするのかな?  その時、孝平くんが寝返りをうつ。  ベットの中心に寝ていた孝平くんは私に背中を向ける形となった。 「孝平くんの背中、広いな」  それに温かそう・・・ 「ちょっとくらいはいい、よね? だって私は孝平くんの彼女なんだから・・・」  皺になるのを防ぐために私は着ている制服を脱いで下着姿になる。 「お邪魔します・・・」  そっと孝平くんのベットに入って、孝平くんの背中に寄り添う。 「思ってたとおり、広くて暖かいな・・・」  いつも私を包んでくれる孝平くんの胸も良いけど、背中も良いな。  私はもっと孝平くんの背中に身体を寄せる。  その時、孝平くんがまた寝返りをうった、私と反対の方へ。 「あ」  遠ざかっていく背中に思わず声をあげてしまう。  その声に反応したのか、孝平くんは再び私の方へと寝返りをうつ。 「え?」  そうして私を抱きしめた。 「孝平・・・くん、起きてるの?」 「・・・」  孝平くんからの返事は無い、顔を見ると瞼は閉じられている。 「よかったぁ、目が覚めなくて」  朝に孝平くんの布団に潜り込んだなんて知られたら孝平くんに変に思われちゃうかも  しれない。  もしかするとえっちな女の子って思われて嫌われちゃうかも。  そう、想像するととても怖くなってきた。  私は孝平くんの胸に抱きつく。  その時、孝平くんの手が優しく私の髪に触れてきた。 「孝平くん?」 「・・・おはよう、陽菜」 「おはよう、孝平くん」  とうとう目が覚めてしまった。 「どうしたんだ? 怖い夢でも見たのか?」  今の私の状況を問うのではなく、私の心配を第一にしてくれる。  なんだか涙が出そうになった。 「陽菜、落ち着いて」  孝平くんは私を抱きしめてくれた。  それだけでさっき感じた怖さや、不安が全て溶けて消えて行く。 「ありがとう、もうだいじょうぶだよ、孝平くん」 「そっか・・・」 「孝平くん?」  優しい顔をしてた孝平くんの表情がとまどいの物にかわる。 「・・あ」 「・・・」  私はその理由に気づいた、私を抱きしめている孝平くんのものが、私のお腹に  力強く当たっているから・・・ 「その、な・・・これは」 「いいの、孝平くん。私のせいだものね」  下着で孝平くんのベットに潜り込むなんて、とてもはしたないけど。  私の身体で感じてくれることが、求めてくれることが凄く嬉しかった。  陽菜は陽菜の好きなようにすればいいさ。  いつか言ってくれた孝平くんの言葉。なら。 「ねぇ、孝平くん・・・朝はシャワーを浴びると気持ちがいいんだよ。だから  一緒に入ろうか。私が綺麗にしてあげる」
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