思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2010年第1期
3月30日 穢翼のユースティア SSS”beginning -Ririumu- 3月29日 ましろ色シンフォニーsideshortstory「嫉妬」 3月28日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS"ミス&テイク" 3月24日 ましろ色シンフォニーsideshortstory「一歩前進?」 3月17日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「才能の無駄遣い」 3月16日 ましろ色シンフォニーsideshortstory「はんぶん」 3月14日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「いっしょに」 3月14日 FORTUNE ARTERIAL SSS"絆" 3月10日 穢翼のユースティア SSS”beginning -Astraea- 3月7日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「Rain」 3月1日 穢翼のユースティア SSS”beginning -Silvaria- 2月26日 ましろ色シンフォニーsideshortstory「似たもの兄妹」 2月22日 穢翼のユースティア SSS”beginning -Floralia- 2月15日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「いっしょに」 2月14日 FORTUNE ARTERIAL SSS"絆" 2月10日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS"ゆーわくしちゃうぞ?" 2月3日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「鬼は内」 1月31日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS"肌の触れ合い"  1月31日 FORTUNE ARTERIAL SSS"充電" 1月31日 originalshortstory 冬のないカレンダー #20 「それってどういうことかにゃ〜?」 1月19日 穢翼のユースティア SSS"beginning" 1月12日 originalshortstory 冬のないカレンダー #19 「もしかして・・・しちゃったの?」 1月11日 originalshortstory 冬のないカレンダー #18 「どうしたの?」 1月8日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS"プラスマイナス"
3月30日 ・穢翼のユースティアSSS”beginning -Ririumu-”  ガシャン、という何かが割れる音が聞こえてきた。 「あー、またか?」 「どうせ俺に処理させるんだろう?」 「よくわかってるじゃないか、カイム。ちゃちゃっと頼む」  俺はため息をつきながら立ち上がる。  ここは娼館リリウムの応接室、だが俺は娼館の客ではない。  たまたま外であったジークに誘われて、飲んでいただけだったのだが。 「高くついたかもな」  ロビーに出てみると、予想通り客同士がもめていた。  どうやら娼婦の取り合いらしい。  ったく、順番を守ればいいものの、そこまで頭が回らないほど酔って  いるのだろうか。 「俺が先だっていってんだろ!」 「おまえの後なんかに抱けるか!!」 「私はどちらが先でも構いませんわ」  言い合う客の間に立ってなだめようとしているのはリリウムNo1の娼婦  クローディアだった。 「俺のクローディアがおまえなんかに釣り合わないんだよ!」 「誰がてめぇのクローディアさんだよ!」 「なんだと、俺様のに決まってるだろう!」 「そんなの誰が決めた! もう許せねぇ!  おまえなんかがクローディアさんを抱くだなんて許せない!」 「やるか!」 「おまえこそ後悔しないだろうな!」  お互い短刀と思わしき武器を取りだし始めた。 「俺の短刀捌き、後悔するなよ?」  嫌らしい笑いをする片割れ。だが、その相手は動きを止めたまま何も答え  ようとはしない。 「なんだ? 今さら後悔しても遅いぞ?」 「・・・」  その問いに答えない男、いや、答えられないのだろう。 「・・・ここは公共の場だ、血を見たくはないだろう?」  なぜなら、俺が背後から短剣の柄を背中に押し当てているからだ。  まだ抜刀はしていない。 「さぁ、払う物を払ったら出ていって戴こうか?」  俺に脅された男は寄生をあげながら書けだしていった。 「てめぇ、俺の邪魔をしたな? アイツを殺してクローディアさんを・・・」 「クローディアをどうしようって言うんだ?」 「か・・・カイム・アストレア・・・」  男の表情が驚愕に変わる。 「くっ!」  そう言うと男は逃げ出していった。 「ふぅ」 「お疲れ様、カイムさん」 「クローディアさんもお疲れ様」 「はい」  そういって手を口元に運んで微笑む。娼婦に似合わない優雅さだ。 「おー、カイムの噂は凄いんだなー」  グラス片手に応接室から出てきたジーク。 「おまえが出てくればもっと早く片づくだろうに」 「そうか?」 「なになに、どうしたの?」  奥から一人の娼婦が出てきた、リサだった。 「あー、またクローディア姉さんの取り合い? 大人の三角関係?」 「リサには関係ない」 「むー、カイムったら」  今の騒ぎでもう一人、娼婦がロビーに出てきたと思うと、俺の裾を掴む。 「カイム、買わない?」 「遠慮しておく」 「残念」 「何が残念なんだい、アイリス?」  わざとらしくジークが訪ねる。 「カイムなら安心だし、客引きしなくて済む」 「はははっ、カイムは人気者だな」 「よしてくれ、ジーク」 「よし、続きを飲もうじゃないか」  外の風は火照った体を冷やしてくれる。  いや、牢獄の風は身体も心も凍えさせる。 「ふぅ」  ジークにごちそうになった酒は牢獄で生産されてる紛い物ではなく、上層から  仕入れた本物であった。それだけに味は格別だが、ジークが絡むとろくな事が無い。  結局用心棒紛いの事までさせられてしまった。 「・・・」  俺は後ろから迫ってくる男に気づかない振りをしつつ歩く。  そして予想してた通りのタイミングで後ろの男は走り出した。  またとないタイミングだ、相手が一般人であれば、だが。 「はぁ」  相手の間合いに入る前に振り向き、俺から間合いを詰める。  そして右の拳を相手の腹に打ち込む。 「ぐぇ」  そして瞬時にその場から離れる。  男は胃の物を吐き出し、その上に倒れる。  仕事上、いろいろと恨みはあるが、今回は逆恨みだろうな。  この男、先ほどの娼館の男だろう。 「・・・」  それ以上に何かをするわけではない。それに、殺すまでもないだろう。  胃を破るほどの力は入れてはいないが、しばらく物は食べれないだろう。 「理不尽な不幸は人生につきものだ。特に、牢獄には腐るほど転がっている」  そうつぶやく、だが男には聞こえていないだろう。  まぁ、この男に言った訳ではないから気にすることでもないだろう。 「酔い、醒めたな」  それ以上の興味もなく、俺は再び歩き出す。  その先にあるのは・・・
3月29日 ・ましろ色シンフォニーsideshortstory「嫉妬」 「お帰りなさいませお嬢様・・・」 「瓜生君、遊びに来たわよ」  部活動の資金を貯めるために始めた執事喫茶でのバイト。  その店に一番来て欲しくない面々がとうとう訪れてしまった。 「ふぅん、お店の中ってこうなってるんだ」 「それよりも新吾の格好がすごいな、写真撮ってもいい?」 「……兄さん格好良い」 「・・・お席にご案内致します、お嬢様」 「うわ、思ったより高いわね」  と、予想通りのリアクションをする瀬名さん。 「そうだね〜、こう言うの場所代っていうんだよね」  と、ちょっと詳しいみう先輩。 「おい、新吾。身内のよしみだからサービスしろよな」  と、紗凪。 「兄さん、兄さんをお持ち帰り」  ・・・改めて言うまでもない桜乃。  ここにアンジェがいないだけマシだと思う。 「アンジェは置いてきたわよ、こんなところで対抗されたら迷惑ですものね」  瀬名さんの言葉にその様子が目に浮か・・・  いや、想像するのが怖いから止めておこう。  そんなやりとりの中、注文を戴く。 「それでは、ご注文を繰り返します・・・」  バックヤードでからかわれる、なんでおまえが結女の生徒と仲が良いんだって。  そこから逃げるようにフロアに出て、他のお嬢様方の様子をうかがう。  何かあればすぐに動けるようにしておくに越したことはない。 「・・・」  ふと、視線を感じる。この仕事を始めてから良くあることだけど、今日は  いつもと違う。その視線を確認する。  そこには笑顔のみう先輩がいた。  つられて笑顔になってしまう、それを慌てて止めてきりっとした顔にする。  執事はそう簡単に相好を崩してはいけない・・・らしいからだ。  他のお嬢様にお茶を煎れて差し上げる。  その時、背後から感じた視線は少し冷たかった。 「?」  振り向くと笑顔のみう先輩。  おかしいなぁ・・・  ドアのカウベルの音がなる。 「お帰りなさいませ、お嬢様・・・」 「なるほど、ここが瓜生君の職場な訳ね」 「か、母さん!」  入ってきたのは学園長だった。 「んー、新吾さんの執事姿可愛い♪ ねぇ、人妻さんと不倫してみない?」 「お母さん!!」  それも、結子さんと一緒に・・・ 「ちょっと母さん、なんでこんな所に来るのよ!」 「こんな所っていうのはお店に失礼よ、愛理」 「う゛」 「お母さんもどうしてここにいるの?」 「そこで蘭華さんと会ってお茶する事になったの」 「私は会いたかった訳じゃないんだけどね」 「それよりも席に案内してくれるかしら?」 「は、失礼致しました、ではご案内致します、お嬢様」 「あら」 「うふ」  二人は満面な笑顔だった。  その近くの席にいる二人は・・・笑顔が怖かった。  そして、後で聞いた話だと、このときの店の中はあの二人が母親であるという  事実で驚きに溢れていたそうだ。 「・・・」  その夜、バイトが終わるまで外で待つっていうみう先輩をとりあえず説得し  終わったらすぐに会いに行く約束をして、家に帰ってもらった。  その約束通り終わってすぐにみう先輩の家に行くと、みう先輩はちょっと  不機嫌だった。 「むー」  俺の足の間に座って背中を俺の胸に押しつけてくる。  それはいつもの、あの格好ではあったが、みう先輩は何もしてこない。  それどころか俺と目を合わせない。 「・・・」 「みう先輩・・・その、ごめんなさい」 「どうして新吾くんが謝るの?」 「いや、どう考えても俺が悪いと思うからさ」 「何か悪いことでもしたの?」 「みう先輩にそんな態度をとらせたのは俺ですから」 「・・・ごめんね、新吾くん。そんなんじゃないの」  下から見上げてくるみう先輩の目は潤んでいた。 「わたし、新吾くんに嫉妬してたの」 「え?」  みう先輩が俺に嫉妬? 「お仕事だってわかってるのに、新吾くんがみんなに笑顔を向けるのがすごく  嫌だったの・・・新吾くんはわたしのだって大きな声で言いたかったの・・・  やっぱりそんな女の子は嫌・・・だよね?」 「そんなこと無い!」 「きゃん」  俺はみう先輩を思いきり抱きしめる。 「俺だってみう先輩がバイトしてたとき、そう思いました」 「新吾くんも?」 「えぇ、みう先輩が笑顔を向けてるのを見て・・・」 「そっかぁ、わたしも悪いことしてたんだね」 「みう先輩は悪くないです、悪いのは俺です」 「なら、今日の新吾くんは悪くないね。悪いのはわたしの方だから」 「・・・」 「ふふっ」 「はは」  お互いに笑い会う。 「ねぇ、新吾くん。今の新吾くんは、わたしだけの新吾くんだよね?」 「えぇ、今の俺はみう先輩だけの、俺です」 「それじゃぁ、証拠を見せてくれる? 私だけの新吾くん」  そう言って眼を閉じるみう先輩の唇に俺は唇を重ねた。
3月28日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”ミス&テイク” 「朝霧君」  どこかと電話をしてた課長が渋い顔をしながら俺の名前を呼ぶ。 「何かありましたか?」 「この前君が提出した書類にミスがあったそうだ」  ミス・・・したっけ? 「ミスは気がつかないからミスなんだよな」  課長の言うことは確かだった。 「それで、先方は酷く怒っておられて、担当者である君を招集したいと言ってる」 「は?」  招集って呼び出しの事か?  書類のミスで先方からの呼び出し、そんなに酷いミスをしたのだろうか? 「まぁ、口実を得た月側がこれ幸いに難癖をつけようとしてるのかもしれないがな。  今まで無かったことだな」  今まで何かの問題があっても、大使館同士のやりとり等で呼び出しなどは無かった。 「それで、どうする?」  課長は何故か機嫌良さそうに俺に聞いてくる。 「こちらはその要求に抗議する事はできるぞ?」 「・・・いえ、招集に応じます」  そんなことでお互い嫌な思いをさせたくない、俺がミスをしたなら俺が出向いて  説明すれば済むことだから。 「そうか、まもなく迎えの車が来る。ちゃんと向こうにいって説明して謝ってこい」 「はい、ご迷惑をおかけしました」  俺は課長に頭を下げる。 「あ、そうそう。もう退社時間近いからおまえは直帰していいぞ」 「え? でもやることはまだたくさんありますから」 「いいから帰っちまえ、後のことに慌ててまたミスされたらたまらんからな」 「・・・わかりました」  妙に課長の機嫌が良いのが気になるが、言われたことは正論なので俺は反論せず  言われたとおりにする事にした。 「達哉さん、お待たせしました」 「カレンさん?」  地球連邦大使館の玄関で待ってた俺の所に来たのはカレンさんだった。 「それではお乗りください」  後ろの扉が開かれる、俺はそれに乗り込んだ。 「カレンさん、帰ってたんですね」 「えぇ、所用で月に下っておりました、その際にこの任務を承りました」  任務って・・・ 「・・・お手数おかけします」 「ミスは人である以上必ずあるものです、お気になさらずに」 「いえ、それで迷惑をかけてるのですから・・・」  その俺の言葉にカレンさんの表情が緩む。 「お変わりありませんね、達哉さん」 「お恥ずかしい限りです」 「でも、それでいいと思います」 「え?」  カレンさんはそれ以上語らなかった。  連れて行かれたのは月王宮。  以前にも来たことのある、王家の人達が住んでいる場所であり、月の政治の  中心地でもある。 「連邦大使館主任をお連れしました」  カレンさんは中からの返事を待たずに執務室の扉をあける。 「さぁ、どうぞ」 「失礼いたします」  部屋の中に入って頭を下げる。 「この度は私のミスで大変ご迷惑をおかけしました」 「えぇ」 「え?」  聞こえてきた声に頭を上げる。  執務机に座っていたのは・・・ 「フィーナ?」 「朝霧主任、こちらへ」 「あ、はい」  カレンさんに案内されて応接用ソファに案内される。 「それでは、この書類の件なのですが・・・カレン、頼めるかしら?」 「はっ」  フィーナから受け取った書類を俺の所に持ってくる。 「では、この箇所についてですが・・・」 「わかりました、後はこちらで修正して使わせていただきます」 「はい、大変申し訳ありませんでした」  フィーナと同じ部屋にいることに舞い上がりそうになるが、今の俺は  連邦大使館員、フィーナはスフィア王国の王女。  公私混同するわけにはいかない。 「カレン、これで大丈夫よね」 「はい、では私が部署にお持ちいたします」 「ありがとう、よろしくお願いね」 「はっ、ではフィーナ様、失礼致します」  そう言うとカレンさんは部屋から出ていった。 「ミア、この後の予定はどうなってるかしら?」  フィーナの呼びかけに隣の部屋に控えてたのであろう、ミアが入ってきた。 「姫様、本日の業務は全て終了となっております」 「そう、ではミア。お茶を煎れてちょうだい」 「あ、あの、私はそろそろ戻ろうかと思うのですが」 「朝霧主任はこの後まだお仕事があるのですか?」 「いえ・・・」 「なら、お茶くらいつきあっても罰は当たらないわよね、達哉?」  そう言って笑うフィーナ。 「ここからはプライベートタイムよ」 「はぁ〜」  俺はソファに座り込んで、思いっきり息を吐いた。 「結局どういうことなんだ?」  フィーナもソファに移ってきてミアの煎れてくれた紅茶を飲んでいる。 「達哉の書類にミスがあったのは本当の事よ」 「確かに、その節はご迷惑をおかけしました」 「その時ね、ちょっと閃いちゃったの。これを口実に達哉に逢えないかしらって」  そして時間を調整し、お互い最後の仕事にしてこうして時間を作ったそうだ。 「もし俺が呼び出しに応じず抗議してきたらどうするつもりだったんだ?」 「その時はその時ね、でも達哉のことだから絶対来てくれると思ったの」 「よくわかったな」 「当たり前よ、だって達哉のことですもの」  そう言われるのは嬉しいのと同時にちょっと恥ずかしい物もあった。 「それで、俺はいつまでここにいて良いんだ?」 「そうね、本来ならすでに退去してもらわないと行けないのだけど・・・ミア。  この後少し仕事がしたいのだけど、連邦大使館主任を使っても大丈夫かしら?」 「はい、先方には許可を戴いております」 「・・・はい?」 「ということよ、貴方の上司の許可は得てるわ」 「そう言うことか」  あの課長が妙に機嫌がよい・・・いや、にやにやしてたのはそう言う理由か。 「ではミア、仕事が長引くから明日の朝、連邦大使館主任をお送りしてちょうだい。  それともう遅いから」 「はい、姫様。私も失礼させていただきます。それでは達哉さん、お休みなさいませ」  フィーナの言葉を遮り、そう言うとミアは部屋から出ていった。 「・・・」  ミアは物わかりが良いというか、ここまで気を使われると恥ずかしくなってくる。 「と、とりあえず達哉、こちらへ」  ミアが去っていった方と反対側の扉へと案内される。  その先はフィーナ個人の執務室であると同時にプライベートルームでもあるようだ。 「それで、どんなお仕事をされるのですか、姫様?」 「もぅ、達哉はわかってて言ってるの?」  頬を膨らませるフィーナ 「さっきの仕返し」 「達哉は根に持つ方なのね」 「知らなかった?」 「えぇ、こんなにも意地悪だなんて知らなかったわ」  フィーナがそっぽを向く。  そんなフィーナをみて俺は笑いそうになるのをこらえる。 「さぁ、今日の仕事は徹夜になりそうなのかな?」 「それは、達哉次第ね」 「なら、眠る時間を惜しむとしますか。でもその前に」  俺はフィーナを抱き寄せる。 「フィーナ、会いたかった」 「・・・私もよ、達哉」
3月24日 ・ましろ色シンフォニーsideshortstory「一歩前進?」 「ふー」  湯船に浸かりながら、いつものように窓から夜空を眺める。 「1日の疲れをとれるなぁ・・・」  学園でアンジェを自由にするための計画はほぼ最終段階を迎えている。  どうしてもアンジェの力を必要とする場面は仕方がないとしても、今までの  ようにアンジェ中心というのは無くなってきた。 「それでも各組織のサポートが必要なのはどうにかならないだろうか・・・」  人員再編をしても、すぐに人員が育つわけではない。  ここが問題所なのだろう。 「使える人材を育成する時間・・・どうにかなるだろうか?」  ・・・ 「ふぅ」  今はとりあえずアンジェ無しで動く組織作りが先、か。  その時外に人の気配がした。 「だ、旦那様。アンジェでございます」 「あ、アンジェ?」 「はい、アンジェでございます」  なんか以前にも、同じ展開があったような気がする。 「あ、あの・・お、お背中を流させてくださいっ!」  そういえばそんな事もあったっけ・・・ 「・・え?」  いくら身体を重ねた仲とはいえ、やっぱりなんだか恥ずかしい。  けど・・・ 「俺は旦那様だもんな」 「失礼いたします」  バスタオルだけを捲いた姿のアンジェが入ってくる。  きっと以前と同じく下着はつけたままなのだろう。  ヘッドドレスがあるのも前と同じだった。 「あ、あの・・・旦那様。あの時のりべんじをさせてください!」 「あ。あぁ・・・でもアンジェ。ごめん、もう身体は洗っちゃった」 「がーん。アンジェ、もしかして出遅れちゃいましたっ?」 「たぶん・・・」 「アンジェ、一生の不覚でございますっ!」 「いや、その程度で一生の不覚って・・・」  まぁ、それがアンジェらしいっていえばアンジェらしいけど。 「そ、それでは旦那様っ! 髪は洗われましたでしょうか?」 「いや、まだだけど」 「では旦那様、アンジェに髪を洗わせてくださいませっ!」 「それでは旦那様、失礼致します」  座った俺の後ろから、そっとお湯をかける。  それからシャンプーを泡立て、髪を洗ってくれる。 「んしょ・・・ん・・・旦那様、痒い所はございませんか?」 「ないよ、それどころか気持ちいいよ」 「あ・・・ありがとうございます、旦那様」 「お礼を言うのは俺の方だよ」 「くすっ、どういたしましてです、旦那様」 「はい、これでお終いでございます」  最後にトリートメントをしてもらって髪を洗うのが終わる。 「ありがとう、アンジェ・・・」  お礼を言った時、ふと気になることがあった。 「アンジェ、アンジェも髪は洗ってるよな?」 「はい、清潔に保つのもメイドの勤めでございますから」 「その時、ヘッドドレスはどうしてる?」  その質問をしたとき、アンジェの目がきらりと光る。 「ふふっ、旦那様もアンジェの秘密に気がついてしまいましたね?」  ひ、秘密って? 「アンジェ、ヘッドドレスをしたままでも髪を洗うことができるのでございます」 「ヘッドドレスをしたまま?」 「はい、論より証拠でございます」  そう言うとアンジェはどこからともなく代わりのヘッドドレスを取り出した。  ・・・本当にどこから取り出したんだ? 「では、失礼致します!」  そう言うとアンジェは手早く髪を洗い出す、そしてヘッドドレスを少しずらして、  その直後目にもとまらぬ速さでヘッドドレスを交換していた。 「このように、ヘッドドレスの交換を素早く行っているのです!」 「・・・お見事としか言いようにないよ」 「お褒めにあずかり光栄でございます」 「これじゃぁ俺が洗ってあげる事は出来ないな」 「・・・は?」  目を丸くして固まるアンジェ。 「いや、お礼に洗ってあげようかなって思ったんだけどさ」 「・・・アンジェ、もしかして大失敗をしてしまったですか?」 「?」 「せっかくの旦那様の好意を無下にしてしまったでございますか?」 「いや、そういうわけじゃ・・・」 「旦那様に髪を洗っていただける機会など早々にございません!」 「アンジェが望むならいつでもいいんだけど」 「しかし、ヘッドドレスがアンジェと旦那様を隔ててしまってます!」 「・・・」  会話が成立してるようで、もしかして成立してないんじゃないか? 「ならば、ヘッドドレスの3つや4つ、外せないでどうするんですか!?」  そう言うとアンジェはヘッドドレスを取り外す。 「アンジェ?」 「・・・」 「だ、だいじょうぶです、だ・・・旦那さ・・ま」  そう言うアンジェの目が潤み始めている。  まずい、ここで暴れることがあれば危険だ。  俺はとっさにアンジェを抱きしめた。 「え?」 「大丈夫だから、落ち着いて、ね?」 「し・・・新吾、さん?」  アンジェが俺の名前を呼ぶ。  アンジェが家に来てから初めてじゃないだろうか? 「あ、あの・・・あの!」  目に涙を浮かべながら、アンジェは俺の顔を見る。  その目に引き込まれるように、俺は顔を近づける。 「ん、ぅ・・・」 「はぅぅ・・・旦那さまぁ・・・」  お風呂上がり、ソファに座って脱力しているアンジェ。 「アンジェ、無理にヘッドドレスを外さなくていいからね?」 「は、はい・・・アンジェ、ヘッドドレスをはずせなくなりましたぁ」 「え?」 「ヘッドドレスを外したら先ほどの旦那様の熱いキスを思い出して  アンジェ恥ずかしゅうございますぅっ」 「・・・」  ヘッドドレスを取っても暴走しなくはなったようだけど。 「はふぅ・・・」  脱力しまくっているアンジェを見て。  これからより一層ヘッドドレスは注意しなきゃな。  そう誓った夜だった。
3月17日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「才能の無駄遣い」  空を見上げると、いつでもそこに月はある。 「・・・ここは地球なのよね」  当たり前のことだけど・・・まだ気持ちの整理が追いつかないでいる。 「あれからずいぶんたったのにね」  タツヤの子孫が私を発見してから、私は地球のプロジェクトチームに  オブザーバーとして参加している。  ターミナルを発見出来たからといって、すぐに運用できるレベルになっている  訳ではない、その技術の推移を見守るのが私の最後の使命だからだ。  月と地球の関係は良好で、でもやはり月は私の身柄の引き渡しを要求してきた。  私はそれを拒み、発見してくれた地球で技術の監視を行うことにした。  無論、月にはそれなりに技術提供をする約束はある。 「貴方が伝承のシンシア・マルグリットさんですね?」  暗がりから一人の男が現れる、そしてそう訪ねてくる。 「・・・はぁ、また?」 「またといわれましても私どもは初めてお会いするのですよ、伝承の」 「その認識には誤りがあるわ」  いつもならシニカルな微笑みを浮かべるのが似合うのだが、疲れ切った私は  そこまでする気は無かった。 「シンシア・マルグリットはただの科学者よ」 「はぁ・・・それはご丁寧に・・・何かあったのでしょうか?」  その男は心配そうに私に尋ねてくる。 「あのねぇ、貴方のような人が何度も来るから私は疲れてるの、わかる?」 「確かに、伝承・・・いえ、シンシア嬢の持つ・・・」 「違うわ」 「え?」 「いくら私の美貌があなた達を狂わせるからってそう何度もあちこちから  スカウトに来られると疲れるのよ! 「・・・自意識過剰?」 「何よ、私は美しくないって言うの?」 「い、いえ、そんなことはないかと・・・」  呆気にとられる男。  実際に欲しいのは私の美貌ではなく、知識。  私の持つ知識は未だにこの時代の先をいっている。  それ故に何処の組織も独占したがっているから、こうして良くスカウトにくる。  まぁ、どっちかというと拉致しようとしているのだけれどもね。 「と、とりあえず続きは私どもの用意した場所でお伺い願いましょう」  そう言って近づいてくる男。  一人くらいなら私でもどうにでもなるけど、たぶん回りに何人かいるだろう。  遠距離から狙われたらさすがの私でもまずいかもしれない。 「そこまでだ!」  突然近くのビルの上から声が聞こえる。 「何者だ! 何故結界が張られているここに入ってこられた?」  ビルの上には、一人の少女が立っていた。 「何者か? それに答える義理はないが・・・そうだな。  通りすがりの科学者だとは言っておこう」  そう言うと自称通りすがりの科学者はビルから飛び降りる。 「なっ!」  その様子に男は驚く。 「なに、ただの重力制御だろう。驚く事はあるまい」 「ば、馬鹿な! 人が持てるサイズでの重力制御システムはまだ未完成のはず!」 「事実私が使ってるのだから、未完成な訳があるまい?」  そう言ってその少女はシニカルな笑みを浮かべる。 「さぁ、シアを返してもらおうか」 「くっ!」  男は素早く銃を抜くとその少女に向かって撃つ。 「なんだと!?」  しかし弾丸はその少女の前で地面に叩きつけられた。 「だから言っただろう? 重力制御されてるのだ、キミの攻撃は私には届かない。  さしずめこれはディストー・・・」 「ちょい待て! それはいろいろとやばい!!」 「そうか? 残念だ」  ・・・ノリノリね、お姉ちゃん。 「ならば」  今度は銃を私に向ける。 「これなら貴様も手を出せまい!」 「・・・」 「せっかくだ、貴様も招待してやる」 「はぁ・・・ねぇキミ。その銃を向けて私が死んだらどうするの?」 「大丈夫だ、すぐに脳は摘出してやる、必要なのはそれだけだからな」 「・・・なんだか悔しいわね、この私自身を必要としてないだなんて」 「シア、そこに悔しがってどうする?」 「だって私のこの美貌がいらないって言うのよ?」 「そこまで言うほどの美貌があるのか?」 「何よ、無いっていうの?」 「いい加減にしろ!」  男が叫ぶ。 「おまえら、立場がわかってるのか?」 「私はただの科学者」 「私は通りすがりの科学者だな」 「・・・もういい、貴様の脳だけを戴く、身体は壊す」 「あら」  とうとう我慢の限界にきちゃったかな?  男のその台詞に回りにたくさんの男が現れた。  みんな銃を持っている。 「いいか、確保はシンシア嬢が先だ。狙われてる以上イレギュラーの方は  動けないはずだ!」 「だそうだが、シア。どうする?」 「んー、とりあえず早く帰って寝たいかな、でもその前に」  私はポーチから細長い箱状のメモリを取り出す。  そこには山百合の花が描かれていた。  メモリのスイッチを押す 「lily!」  メモリから聞こえる音声を確認してから、ポシェットにあるスロットに差し込む。  その瞬間、私はいつもの研究所の制服を纏っていた。 「変身した、だと?」 「ううん、ただ着替えただけよ。これでよしっと。それじゃぁ反撃しちゃおうかな?」 「う、撃て!」  男の号令の元、一斉に銃口がほえる。  だけど、その弾丸は一つとも私には届かなかった。 「な・・・なぜだ!」  そう言って何度も発砲する男、その弾丸は私を覆う球状のフィールドにはじかれる。 「簡単に言うと私の回りに違う次元の断層を展開してるのよ。  そう、このシステムは次元連・・」 「だから、ネタ的にやばい名前は付けないでください!!」 「そう?」  襲ってきている男の叫びに名乗るのを止めておく。 「それじゃぁ、シア、そろそろかたづけるか?」 「そうね・・・ねぇ、あなた達。これがなんだかわかるかしら?」  私は手に先ほどと違う、「天」と印字されているメモリを取り出す。 「えっと、まさかそれは・・・」 「そう、そのシステムと連動してる。といえば理解できるかしら?」  私の腰元のポーチにある、先ほどさしたメモリを抜く。  そしてメモリにあるスイッチを押す。 「Amatsu Maximum Drive!」 「ちょ、ちょっとまてー!」  私の胸の飾りが光る、それに連動して私の手の甲にある宝玉も光る。 「そ、それが本当なら!」 「もう、遅い!」  私は胸の前に手を持ってくる。  その瞬間、私の目の前に大きく「天」の文字が浮かび上がる。  そして、回りは光に包まれた・・・  光が収まると、回りにいた男達はみんな倒れてる。 「凄い波動だな」 「えぇ、防御手段がなければ間違いなく失神するわ」  なんか相手は勝手に勘違いしたようだけど、実際は振動波を発生させ相手の  脳を直接揺さぶるだけの、非殺傷技術だった。  まぁ、これで失神した相手は完全無防備だから恐ろしい兵器かもしれないけど。 「じゃぁお姉ちゃん、よろしく」 「わかった」  お姉ちゃんはこの身柄を司法当局へと引き渡す、その前に記憶封鎖を行う。  私とお姉ちゃんの正体を外部へもらさないために。 「ねぇ、今度お姉ちゃんの分作ってあげようか?」 「別に必要ない」 「えー、さっきのお姉ちゃんノリノリだったじゃない」 「それはシアにあわせただけだ」 「んーそうだなぁ・・・お姉ちゃんのデバイスはカードタイプの方が良いかな。  こうしてベルトのバックルに触れると変身できるのが格好いいじゃない?  後、カードの種類増やして変身できるフォームも増やそうかしら」 「・・・シア、今度は何に影響された?」 「んとね、聞きたい?」 「・・・いや、止めておこう」 「えー? お姉ちゃんなら絶対聞きたいっていうと思ったのにぃ」 「・・・好きにしろ」 「それじゃぁ、デバイスはステッキ型にして変身には合い言葉を」 「・・・はぁ、才能を無駄遣いしてるな」 「いいの、楽しければ」  そう、私は人生を楽しむことにしたの。そしていっぱいいーっぱいのお土産話を  作ってから会いに行くんだからね。だから、もうちょっと待っててね!
3月16日 ・ましろ色シンフォニーsideshortstory「はんぶん」 「なぁ、新吾。喧嘩でもしてるのか?」 「していないけど・・・」 「じゃぁ一体なんなんだ?」  隼太が不思議がるのもわかる、というか俺も理由がわからないでいた。  昨日まで一緒に行動してた愛理が、今日に限って俺の所に全く来ない。  それどころか避けている。 「俺の方が知りたいよ」  今朝のメールで「今日は別々に行きましょう」といわれたとき、愛理が  何か用事があるかと思った。だが、学園に着いてからの愛理を見ると  そう言う感じではなかった。  昼休み。 「ご、ごめんなさい! ちょっと用事があるの!!」  そう言って素早く教室から出ていった愛理。 「・・・」  引き留める暇も無かった。 「兄さん、愛想つかれた?」 「まさか、うりゅーくんに限ってそんなこと無いわよ」 「そ、そうだよな!」 「……乾先輩?」 「ささ、お昼御飯にしよう!」  妙に乾さんが焦ってるように見える、けど俺はそんなことより愛理の事を  考えていた。  放課後も俺を避けるように下校してしまった、今日は確かバイトの日のはず。 「・・・」  すっきりしない。俺が何か愛理の機嫌を損ねることをしてしまったのだろうか?  いや、そんなはずはない・・・と思う。  昨日の夜別れるまでそんなそぶりはなかった。 「じゃぁなんなんだよ?」  そうつぶやいても何かが変わるわけじゃない。 「こうなったら・・・」 「し、新吾!」  俺はアパートの階段のところで愛理の帰りをずっと待っていた。  帰ってくる時間は知っていたから一度家に帰れば良かったかとも思ったが  そんな気にはなれなかった。 「おかえり、愛理」 「・・・新吾。新吾!!」 「愛理?」  愛理は目に涙を浮かべながら俺に駆け寄ってくる。 「新吾!新吾!!」 「どうしたんだよ、あい・・・」  俺の言葉は愛理の唇でふさがれた。  愛理の部屋に入って俺達は並んでこたつに座る。  愛理はというと・・・ 「ひっく・・・ごめんなさい・・・」  泣きながら俺の腕に抱きついてた。  俺は何も言わず、そっと愛理を抱き寄せ、そっと髪を梳いてあげている。 「・・・ありがとう、新吾」  落ち着いてきたようだ。 「何かあったの?」 「・・・」 「言えるようになったら話してね」  愛理の顔が不安に揺れる。それでも決意したのだろう。  その理由を話し始めてくれた。 「・・・ねぇ、新吾。私って新吾の重荷になってない?」 「え?」 「あのね、紗凪に言われたの。私は新吾に依存しすぎじゃないのかって」  俺に、依存? 「もしかして私って新吾にものすごく迷惑かけてるのかなって思ったら怖くなって、  嫌われちゃうんじゃないかっておもったら凄く怖くなって・・・  がんばって一人でできるようにって・・・ぐすっ」  目に一杯の涙を浮かべる愛理。 「愛理の馬鹿!」 「え?」  きょとんとする愛理。 「なんで悩む前に俺に相談しないんだ? 俺はそんなに頼りないか?」 「そんなこと無い! 新吾はとっても頼りになるもの! 新吾がいないと私は  駄目だもの!」」 「なら、この話は終わり。俺は愛理を重荷に思ったことなんか無いよ。  それどころか俺の方が・・・」 「新吾が?」 「あ、いや・・・その」  愛理が俺の眼をのぞき込む。その透明な瞳に嘘はつけなかった。 「お、俺の方が愛理に頼ってるんだよ!」 「え? 新吾が・・・私に?」 「あぁ、愛理に相手にされなかっただけで俺は凄く落ち込んだんだよ。  俺こそ愛理がいないと駄目・・・なんだよ」 「新吾・・・ぐすっ、私嬉しい!」  泣き笑いの顔の愛理。 「ごめんね、悲しい思いをさせちゃって・・・ごめんね」  そう言いながら俺の胸に顔を埋めて泣く愛理。  俺は愛理が落ち着くまで、そっと抱きしめ続けた。 「おはよう!」 「お、おはよう・・・」  愛理と一緒に登校した朝、校門を過ぎたところで乾さんと出会った。  そう言えば、昨日の愛理の行動は乾さんの一言のせいだったんだよな。 「そ、そのな、愛理・・・」 「別にいいの」  乾さんが何かを言い終える前に愛理は笑顔でそう言った。 「へ?」 「私は新吾に依存なんてしてないわ。だって、ね♪」  そう言うと俺の腕に抱きつく。 「私は、私と新吾でわたしたち、ですもの。ね、新吾」 「そうだな、二人でわたしたち、だ」 「え、え?」  驚き固まってる乾さん。 「ほら、紗凪。置いていくわよ!」  そう言いつつ、愛理には乾さんを待つ気は無いようだ。 「新吾、行きましょう!」 「機嫌いいな」 「えぇ! だってまた一つわかっちゃったんですもの」 「何を?」 「わたしたちははんぶんだからこそ、お互い相手を強く求めるって事が、ね♪」
3月14日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「いっしょに」 「孝平くん、どうかしたの?」 「いや、なんでもないさ」 「そう? ならいいんだけど」  休み時間に陽菜にそう訪ねられた。俺は冷静に返事をしたつもりだったが  陽菜の事だろう、きっと見抜いてる。 「はぁ・・・」  もうすぐホワイトデー、義理でもらったチョコのお返しは用意してあるが  肝心の陽菜へのお返しが未だ用意できないでいる。  一応日持ちするクッキーの詰め合わせは用意してあるのだが、何か違う気がする。  先月のバレンタイン、陽菜は俺と一緒にチョコを作って渡してくれた。  陽菜と一緒に何かを作る事はとても楽しく、充実した時間を過ごせた。  だからだろうか、何かを買って贈るだけじゃ釣り合わない気がする。  かといって一緒に何かを作る、事は俺には出来ない。  そのことを三月に入ってからずっと悩んでいるのだが、直前になっても良い案は  浮かんでは来なかった。 「ちょっと遅くなったな」  悩んでいても生徒会の仕事が無くなるわけじゃなく、今日も遅くまで監督生室で  仕事をこなしてきた。 「明日か・・・」  ホワイトデーは明日。どうすれば陽菜は喜んでくれるだろうか?  陽菜の事だからどんなプレゼントでも喜んでくれると思う。 「だからってそれに甘える訳にはいかないよな」  明日の朝まであと数時間、その時までじっくり考えよう。 「あ、おかえりなさい孝平くん」 「陽菜?」  寮の入り口には陽菜が立っていた。 「どうしたんだ、陽菜。こんな時間に」 「うん、ちょっとね。孝平くん、時間あるかな?」 「あぁ」 「お邪魔します」  俺の部屋に陽菜を案内する、さすがに遅い時間なので陽菜の部屋には行くことは  出来なかった。 「孝平くん、上着」 「あ、あぁ」  俺が脱いだ制服の上着をハンガーに掛けてくれる。 「ズボンも着替えてね、皺になっちゃうから」 「今すぐ?」 「え・・・あ、ごめんなさい」  慌てて後ろを向く陽菜。 「ちょっと着替えてくる」  俺は着替えをもってバスルームに入った。  着替えて出来た俺の前に、夕食が用意されていた。 「ごめんね、あり合わせの物しか用意出来なくて」  食堂で買えるおにぎりに、陽菜自家製の焼きそばが机の上に用意されてた。 「迷惑だったかな?」 「とんでもない、助かるよ。いただきます!」 「うん、いっぱい食べてね」 「ごちそうさま」 「お粗末様でした」 「焼きそば美味かったよ」 「ありがとう、孝平くん」  陽菜は空いた食器を流しに運んで手慣れた手つきで洗い始めた。 「今お茶煎れるね」 「あぁ」  なんだか至れり尽くせりだな・・・て、あれ?  陽菜は用事があったんだよな? 「ごめん、陽菜」 「え?」 「陽菜が用事があるのに、俺のことばかりしちゃって」 「ううん、いいの。孝平くんが元気になってくれればそれでいいの」 「俺が元気に?」 「うん、最近の孝平くん疲れてたでしょう? 私には出来ることが少ないから」  そう思われてたのか・・・ 「陽菜、ごめん」 「謝ることなんかないよ、孝平くんだって大変なんだから」 「それを言うなら陽菜も大変じゃないか」 「そんなことないよ、私は大したことしてないもの」  そう言う陽菜。美化委員や寮長の仕事がたいしたことが無い、訳がない。  俺はそんな陽菜に心配をかけさせている。 「・・・陽菜、凄くみっともない事だけどさ、相談にのってくれるか?」 「いいの? 私で」 「陽菜じゃなくちゃだめだ」 「ありがとう、孝平くん」 「お礼を言うのは俺の方だよ?」 「私じゃなくちゃ駄目って言ってくれたお礼だよ」  まったく、陽菜は可愛い事を言う。  狙ってる訳じゃないのだろうけど、狙われた俺はたまったものじゃなかった。 「そんなに気にすることじゃないのに」  ホワイトデーのお返しの話を本人にするのはさすがに恥ずかしかった。  でも、一人で悩むより陽菜に聞いた方が良いと思ったからうち明けた。 「でも孝平くんらしいな」 「俺らしい?」 「うん」  俺らしいか? 「それはおいといて、もうこうなったら陽菜のリクエストは何でも受けるから  何でも言ってくれ」  ここまで聞いたら恥も何も無い。開き直りかもしれないけど・・・ 「私は孝平くんが用意してくれたものなら何でも嬉しいよ」 「それだと選ぶ方が困るだろう?」 「そうかな?」 「たとえば、夜御飯何が良いって聞かれて何でも良いって言われたらどうする?」 「前の晩のメニューと重ならないように、栄養のバランスを考えるかな」  陽菜は予想以上に良いお嫁さんになれるな・・・ 「でも確かに言われた方が楽かな」 「そうだろう? だから陽菜のリクエストは何か無い?」 「んー・・・」  考え込む陽菜。 「ねぇ・・・孝平くん。わがままになっちゃうけど」 「陽菜のわがままなんて可愛いもんさ、何でも言ってくれ」 「それじゃぁ、孝平くん。明日はずっと一緒にいてくれる?」 「そんなんで良いのか?」 「うん」  まったく、陽菜は欲が無いというか、幸せのハードルが相変わらず低い。 「わかったよ、陽菜。明日はずっと一緒にいる」 「ありがとう、孝平くん」  陽菜の顔がぱぁっとほころぶ、眩しいくらいだった。 「それじゃぁ私はそろそろ戻るね」  確かに夜はもう遅い、消灯時間も近い。 「なぁ、陽菜。0時をまわったら俺の部屋に来れるか?」 「え?」 「約束だからな」 「いいの?」 「駄目って言ったら俺の方から陽菜の部屋に行くぞ?」  まぁ、それは現実的に不可能だけど。 「・・・うん、それじゃぁまた後で来るね」 「見つかるなよ?」 「うん」
3月14日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”絆” 「よっ!」  ノックも無しに部屋に入ってきたのは伊織だった。 「相変わらず勉強漬けだねぇ、って先月もそうだったな」 「伊織か・・・」 「一ヶ月ぶりだな、征」 「そうだな」 「まぁ、それはおいといてだな。征、預かり物を受け取りに来た」 「伊織、日本語は正しく話せ」  一月ぶりに会う伊織は相変わらずだ。 「それじゃぁ、お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ?」 「ハロウインの時期ではあるまい」 「まったく、ちょっとしたジョークだよ」  ため息を付く伊織。 「実はな、先月瑛里華に頼まれたんだよ。来月のホワイトデーの時に  白ちゃんにお返しをお願いってな」 「・・・」 「瑛里華も健気だよな。「私は買いに行けないから兄さんお願い」って」 「そうか」 「あの人は何とも思ってないようだから、行くだけ無駄だけどな」  白が伽耶様にバレンタインのお菓子を贈ったことは知っている。  その結果がどうなったかは知らないが、伽耶様は気にもとめて  おられないのだろう。 「それで、征。おまえのお返しは何処にある? と聞く所だがな。これを見よ!」  そう言うと伊織は何かの包みを持ち出した。 「瑛里華に頼まれた時におまえの分も買っておいた」 「俺はおまえにお返しされるいわれは無い」 「ちょ、なんで俺が征にホワイトデーをしなくちゃいけないんだよ。  まったく征も天然なんだからな。あ、それとももしかしてツンデレってやつか?」 「なんだ、それは?」 「あー。まぁ、それはおいといて」  どうやら伊織は説明する気はないようだ。 「どうせ用意してない征の変わりに買っておいただけさ。どうする?」 「どうするも何も、俺が買っていない物だ」 「・・・はぁ、まったく。征、おまえは俺を不真面目とか言うことあるよな」  突然そんな話をする伊織。 「なら、おまえは何だと思う? 征、おまえは不器用すぎる」 「・・・」 「その証拠に、それは何だ?」  部屋の棚の上に置いてある包みを伊織は手に取る。 「まったく・・・ほんと不器用だな。それじゃぁな、征」  そう言うと伊織は部屋から出ていった。 「・・・わかってるさ」  自分が不器用なことくらい承知している。  だが、俺にはこの生き方しか出来ない。 「今度はいつ逢えるんだろうな」  その相手の事を思い、そして俺は頭の中から振り払った。
3月10日 ・穢翼のユースティアSSS”beginning -Astraea-” 「どうしてわたしを助けてくれたんですか? 値もつかないような女なのに」  羽狩りから逃げ切って落ち着いたとき、彼女はそう訪ねてきた。 「何でだろうな?」 「それを聞いてるのはわたしです・・・はぁ」  ため息をつく彼女。 「とりあえず送っていくよ」 「ありがとうございます」  ・  ・  ・ 「わたしは、酷いめに遭う運命なんでしょうか」  彼女が使役されているという家に送っていったのだが門前払いされた。  おそらくそうなるであろう事は俺は予想していた。  羽狩りに目を付けられた人物を匿う事はしない、なぜなら匿った方も罪に  問われる場合もあるからだ。 「わたしはどうなるんでしょうね」 「それを俺に聞くか?」 「聞いただけです」  そう言って笑う彼女。 「そういえば、まだ名乗ってませんでしたね。私はユースティア・アストレアと  言います」 「俺は・・・」 「ただいま」 「お帰り、今日は早いの・・・あら?」  家に帰ってきた俺を出迎えたのはエリスだった。 「済まない、ユースティアの治療をしてやって」 「ちょっと怪我してるじゃない!」  迫ってくるエリス。 「だから治療を」 「早くこっちに座って!!」 「え、俺か?」 「ほら、早くっ!」  ベットに座らせられた俺は、腕に斬り傷があることに今さらながらに気づいた。 「まったく、無茶しないでって言ってるじゃない!」 「あ、あぁ・・・悪い」  気にするほどじゃなかった傷なので治療は簡単に終わったのだが・・・ 「包帯するほどの物か?」 「いいの、傷が化膿したらどうするの!」  異様なほど治療に熱が入っている。他の患者にもこれくらいしっかりとしてやって  あげればいいのだが・・・ 「それじゃぁユースティアの方も頼む」 「え? あ、怪我してたのね」 「・・・」  俺達のやりとりを呆気にとられてたユースティアも治療を受ける、その治療方法は  先ほどとはちがって淡々と行われた。 「それで、この女はなんなの?」  ユースティアを睨むエリス。 「初めまして、ユースティア・アストレアと言います」 「私はエリス・フローラリア」 「ここで医者をしてるんだ」  俺が口を挟む。 「医者は副業よ」 「では、本業は?」 「妻よ」 「・・・違うんだけどな」 「それで、この女はどうするの?」  俺のつぶやきを無視するエリス。 「成り行きで助けちまったからな、しばらく家で置いておこうかと思う」 「良いんですか?」 「あぁ、とりあえずだがな」 「あ、ありがとうございます! わたしがんばります!」  深々と頭を下げるユースティア。 「貴方が言うなら私は反論しないわ・・・でもね」  ユースティアの方を睨むエリス。 「いい? 妻は私よ!」 「わたしは2号さんですか?」 「おい」  思わずツッコミをいれる。 「それも良いわね」  エリスは妻と認められたのが嬉しいのか反論はしなかった。 「2号はおいといて、家事手伝いをしてもらうようになるだろうな」  俺だって裕福じゃない。働かない者を食べさせる余裕はない。 「家事手伝い・・・それってメイドですね! 良いんですか!!」  目を輝かせるユースティア。  ってメイドが良いのか? 「はい、下級召使いより断然いいです! なんだか昇進できた気分です!」 「・・・」  そういうものなんだろうか? 「とりあえず部屋は・・・ここしかないか。ユースティア、良いか?」 「ティアです」 「ん?」 「わたしの事はティアって呼んでください、ご主人様」 「ご主人様は止めろ」 「えー? メイドに憧れてやっとなれたと思ったのにぃ」 「・・・はぁ」  なんかとんでもない者を拾ってしまった気がする。 「ほら、メイドは放って置いて・・・今日も私を使う?」  頬を赤らめて迫ってくるエリス。 「わたしもがんばります!」  勢いよく迫ってくるユースティア・・・いや、ティア。 「・・・疲れた」  いろいろとあった1日だったが、何かが変わった1日でもあった。  それがきっと良い方向に動くだろう。  確証は無い、けど、そう確信できる1日であった。
3月7日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「Rain」 「あ、もうこんな時間」  机の上にある時計の針はもうすぐ日付が変わる時間を示していた。 「そろそろ上がろうかしらね」  机に広がっていた書類をかたづける、今日だいぶ進められたので明日は  少しは楽になる・・・かしら?  決算が近いこの時期、やらなくては行けない仕事が多くなる。  普通の仕事なら職員で片づけられるが、館長でなくては出来ない仕事は  誰も肩代わり出来ない。 「ふぅ・・・やっぱり間に合わなかったわね」  今日は私の誕生日、達哉くんも麻衣ちゃんも誕生パーティーの開いてくれると  言ってくれたけど、断った。  たぶん、誕生日の内に帰ってこれないだろうから、それが理由だった。 「それにもう誕生日を祝うっていう歳でもないし」  そう、つぶやいてみる。  それが強がりだと自分でもわかる。 「やっぱり、祝って欲しかったかな」  達哉くんに・・・  館内の事務室の点検をする、誰も残ってないか、電気に消し忘れはないか。  スタッフは優秀だからそういうミスは絶対無いけど、念のため。 「あら?」  事務室から明かりが漏れている。  電気の消し忘れなんて、珍しい。そう思いつつ扉を開ける。 「え? 達哉くん?」 「あ、姉さんお疲れ様、もう帰れるの?」 「そんなことよりここで何してたの? 帰ったんじゃなかったの?」  そこにいたのは、先に返したはずの達哉くんだった。 「見ての通り仕事。少し先に進めておけば楽になるだろう?」 「でも、今日は残業の指示はでなかったはずよ?」 「自主残業」 「残業代もでないのよ? それなのに」 「・・・というのは言い訳かな。姉さんと一緒に帰りたかっただけだから」 「待っててくれるならそう言ってくれればいいじゃない」 「それだと姉さん、どこかで妥協しちゃうだろう? 俺は姉さんの邪魔は  したくない」 「達哉くんは頑固なんだから」 「そりゃ、姉さんの恋人だから」  私の恋人、その言葉に顔が真っ赤になるのがわかる。 「もぅ・・・」 「姉さん、誕生日おめでとう」 「・・・うん、ありがとう達哉くん」  外にでると雨が降っていた。  私は達哉くんがさす傘に一緒になってはいる。 「今日は雨になるって言ってたのに傘持ってこなかったの?」 「たまたま忘れたの!」 「はいはい」  呆れる達哉くん。本当はバックの中に小さな折り畳み傘は入っている。  忘れたことにすれば一緒の傘で帰れるから、そう言うことにしておいた。 「姉さん!」 「え?」  商店街に入る直前、私たちの横を車が通り過ぎた。  水たまりを走った車はその水を跳ね上げる。 「っ!」 「達哉くん?」 「姉さん、大丈夫?」 「そんなことより達哉くんは? 何処も痛くない?」 「別にひかれたわけじゃないから痛くはないよ」  私は慌てて達哉くんの身体を確認する、確かに車にひかれた訳じゃないから  怪我はなかった、けど背中がびしょ濡れだった。 「俺は大丈夫だから帰ろう」 「う、うん・・・ありがとう」  再び歩き出す私たち、さっきと違って達哉くんは私と少しだけ離れて歩く。 「どうして離れるの?」 「一緒にいると姉さんも濡れちゃうだろう?」  そう言う達哉くんは私の方に傘を差しだしてるせいで反対側の方が濡れていた。 「だめよ、達哉くんが風邪ひいちゃうじゃない」  私は達哉君の腕をとる。 「姉さん!」  そのまま腕を組む。濡れた達哉くんの腕が私の腕と胸を濡らすけど、気にならない。 「こうして暖めれば、寒くないでしょう?」  達哉くんの顔を見上げてみる、少し顔が赤くなっている。 「どうしたの?」  わざとらしく聞いてみる。 「な、なんでもないよ」 「そう?」  私は組む腕に力を入れてもっと密着する。 「なっ!」 「ふふっ」  真っ赤になる達哉くんが可愛くてもっとからかいたくなる。  けどいつまでも達哉くんを濡れたままにしておく訳にはいかない。 「帰りましょう」 「ただいま」  小さな声で挨拶を言う、もう麻衣ちゃんは寝ている時間だろうから。 「達哉くん、お風呂入ろっか」 「俺は大丈夫だから姉さんから先に」  その言葉をそっと制する。 「私を庇って濡れてくれた達哉くんにお礼をしてあげる。一緒に入りましょう」 「え、えー!?」 「声大きいわよ?」  慌てて口をふさぐ達哉くん。 「お湯はたぶん張ってあると思うからすぐに沸くわ」  私は達哉くんの腕を組んだまま脱衣所へと向かう。 「き、着替えは」 「大丈夫よ、誰も見てないわ、だからお風呂で温まりましょう」  もちろんお風呂だけじゃ済まなくなると思う、けどそうなることを私は期待してる。 「ほら、早く。背中を流してあげる」 「姉さん!」 「その後は、私の背中も流してくれる?」
3月1日 ・穢翼のユースティアSSS”beginning -Silvaria-” 「待て!」 「待てっていって待つ人なんていません!」  律儀に返事をする少女、礼儀正しいのかそれとも馬鹿にしてるだけなのか?  ・・・今はそんなことはいい、あの少女を追いかける。 「地の利は彼女の方が上か」  私も牢獄に詳しい方だが、やはり最初からここにいる者達には敵わない。  先回りしようとすれば、逆に見失うことになるだろう。  だから、彼女の背中を追いかけることしかできない。 「ちっ」  このままではただの追いかけっこだ。  早く任務を遂行し、もしそうであるなら一刻も早く治癒院へ送らねばならない。  手遅れになる前に。  このときの私は「手遅れ」の真の意味を知らなかった・・・ 「仕方がない」  私は短剣を取り出す、スローイングダガーと言う投擲専用の短剣だ。  瞬時に構え、相手の足を狙う。 「え、きゃっ!」  その気配を悟ったか、彼女はかわそうとする。  しかしかわしきれず短剣は足を軽く裂いた、だが足止めという意味ではこれで  十分だ。 「手間をかけさせてくれる」 「はぁはぁ・・・なんで私が追いかけられなくちゃいけないの?」 「わかっているのだろう?」 「そんなのわからない! 私には羽なんて生えてない!」 「それを調べるのはこれからだ。さぁ、来てもらおう」 「嫌よ! あそこに連れて行かれた人達は誰一人ここに帰ってこないじゃない!」 「それは治療が終わってないからだ」  一度羽化病が発生すると長い治療期間が必要となる、と聞かされている。  実際私がこの職務に就いてから確保した発症者は未だに治癒院にいる。 「手遅れになる前に治癒院に行くべきだ」 「嫌!」  そう言って立ち上がろうとする彼女。  だがそれを見逃すほど私は甘くはない。  立ち上がる彼女に足払いをかける。 「あぁ!」  彼女はまた地面に転がされた。 「嫌っ!」  這ったまま逃げようとする彼女。  ふと、回りを見る。人は見えないが気配はあちこちから感じられる。  畏怖と恐怖、そして恨みの感情と共に。 「・・・恨まれるのが怖くては羽狩りは務まらない」  私は黙って剣を抜く。 「おとなしくしてもらおう、でないと怪我だけじゃ済まなくなる」  剣の輝きを見て少女が怯える。  羽化病さえ発症してなければ、それなりの生を送れたであろう。  その少女を私は・・・いや、これは必要なことなのだ。 「嫌、いやっ!」 「そこまでにしてもらおうか」  突然声がかけられた。 「何者だ?」 「通りすがりのなんでも屋だ」  青年と呼べる男が少女の横に立つ。  その身のこなしは一般人では無いことがわかる。 「娼婦街の中でもめ事は起こさないで欲しいんだがな」 「娼婦街!」  彼女を追いかけている内に娼婦街の中に紛れ込んでいたようだ。 「ちっ」  思わず舌打ちをする、娼婦等という仕事、いや存在は私は許せない。  いや、それよりも今は彼女の確保だ。 「彼女は羽化病を発病させている恐れがある、治療院へ送りたい。  渡してもらおうか」  私の言葉に男は彼女の背後を見る。 「何処にも羽なんて生えてないぞ?」 「それを調べるのはこちらの仕事だ」 「ここは牢獄だ、牢獄には牢獄のルールがある。彼女はまだここの住人だ」  私は黙って剣を構える。 「実力行使って事か」  彼は短剣を構えた。私はその間合いを計る。 「なぁ、帰ってくれは・・・しないんだろうな」 「こちらも任務だ、引くわけにはいかない」  お互いの緊張が高まる。私は関係ない部外者を無力化する事を考える。  任務を妨害されてるとはいえ、殺すわけにはいかないからだ。 「てぇぃ!」 「はっ!」  一瞬の攻防。  私は短剣を持つ腕を狙う。 「何!?」  私は剣をはじかれた。  男は短剣を瞬時にしまうと腕で私の腕を狙ってきたのだ。  思った以上の素早い身のこなしに私の間合いは外されていた。  そう、理解した瞬間、私は距離を置き、相手を睨む。 「おお怖、それじゃぁ、そう言うことで」  そう言うと男は何かを足下に投げつけた。  それは破裂し、辺り一面を煙に包む。 「煙幕か!」  その煙りの中に踏み込むかどうか一瞬躊躇する。  その一瞬が相手を逃がしてしまう事はわかっていたが、踏み込めなかった。  踏み込めば、今度こそあの短剣が私をとらえてしまう。  ・・・そんな気がしたからだ。 「・・・任務は失敗か」  私は剣を鞘にしまおうとして、気づいた。 「血糊?」  どうやらあの男の物のようだ。斬った手応えはなかったがかすめていたのだろうか?  剣を振り、血糊を振り払う。後で手入れしなくてはいけないだろう。 「戻るか」  娼婦街のなんでも屋と言ったな。 「今度会うときは雌雄を決しよう」
2月26日 ・ましろ色シンフォニーsideshortstory「似たもの兄妹」 「お兄ちゃん、お風呂」 「わかった、先に入らせてもらうね」 「……ん」  どうやら風呂が沸いたようだ。桜乃には先に入って良いといつも言うのだが  譲れないものがあるらしい。  せっかくの桜乃の好意を無にするのも嫌なので、先に入らせてもらっている。 「ふぅ・・・」  お湯につかって一息つく。  疲れが取れる、そんな気がする瞬間だ。 「お兄ちゃん、お湯加減はどう?」 「あぁ、大丈夫だよ。ありがとう」 「……」  桜乃の返事がない。 「どうした、桜乃?」 「……お邪魔します」 「はい?」 「お邪魔します」  もう一度同じ事を言いながら、扉が開く。 「桜乃!?」 「うん、私」  バスタオル姿の桜乃が浴室に入ってきた。 「ちょっと待って、俺すぐにあがるから」 「お兄ちゃんの背中を流してあげるの」 「え、いや、俺もう身体洗ったし」 「……駄目?」  上目づかいで聞いてくる桜乃。  俺は断固として断る! 「・・・お願いします」  断ることは出来なかった。  回りに妹にダダ甘と言われる事が否定できないな・・・ 「んしょ………ごしごし」  言葉にだしながら俺の背中をタオルで擦る。 「お客さん、良い身体してますね?」 「そんな言葉どこで覚えてきたんだ? それに何故に疑問系?」 「……秘密」 「どうせ乾さんあたりなんだろうな」 「正解、さすがお兄ちゃん」 「・・・」  あまり桜乃に変なこと教えないで欲しいなぁ・・・ 「お兄ちゃん、大きい」  その言葉にどきっとする。 「背中、とても大きい」  ・・・そっちのことですか、思わず力が抜ける。  力が抜けた瞬間、俺の背中にふくらみが当たる 「!?」 「本当に大きくて、暖かい……」 「あ、あの、桜乃さん?」 「駄目、こう言うときは当たってる、って言わないといけないの」 「・・・それで、桜乃はどう返事するんだ?」 「当ててるの、っていうの」 「・・・」  もはや反論する気力はなかった。 「くしゅん」 「桜乃?」 「だいじょうぶ」  そういえば桜乃はまだお湯につかってない。このままだと風呂場とはいえ  風邪をひいてしまうかもしれない。 「桜乃、お湯に入りなさい」 「お兄ちゃんも一緒?」 「いや、一緒だと狭いだろう?」 「大丈夫、お兄ちゃんと一緒がいい」 「・・・」  このままだとまた桜乃のお願い攻撃が来てしまうだろう。  その前に俺は断固として・・・ 「わかった」  断るときの桜乃の顔を想像した瞬間、断るという選択肢が無くなっていた。 「失礼します」  先に入った俺に背中を向けて湯船に入ってくる。  眼を閉じていた俺の胸に、桜乃は背中を預けてくる。 「暖かい」 「ちょうど良い湯加減だよな」 「うん、お湯もお兄ちゃんも暖かい」 「そ、そうか?」 「そうです」 「・・・」 「……」  桜乃と一緒にお風呂に入るだなんて、いつ以来だろう?  思わずそんなことを考えてしまう。  でも、別に悪いことではない、それどころか気持ちがよい。  居心地も良い。 「私は、お兄ちゃんの空気だから」  俺の思ってることを読みとったかのような桜乃の発言。  いや、たぶん読みとったんだろうな。 「あぁ、気持ちがいいな」 「うん」  たまにはこういうコミュニケーションもいいかもな。  この国に古くからある裸のつきあいっていうのも悪くはなかった。 「……のぼせた」 「早くでれば良かったな」  二人でのんびりお湯につかってたら、二人してのぼせてしまった。 「でも、お兄ちゃんと一緒」 「まったく、似たもの兄妹だな」 「うん」  呆れた俺の言葉に、嬉しそうに頷く桜乃。 「そこは呆れる所だぞ?」 「……?」 「まぁ、いっか。桜乃、何か飲むか?」 「うん、よろしく」
2月22日 ・穢翼のユースティアSSS”beginning -Floralia-” 「なんだ、帰ってたの?」  部屋に入るなり、エリスは興味が無さそうに声を出した。  俺はただいまと、挨拶をする。 「おかえり」  それで会話は途切れる。  ・・・ 「何?」  別に、なんでもないさ。 「そう」  やはり興味なさそうにつぶやく。  エリスは俺が身請けした少女だった。  なんで身請けしたのか、その理由は・・・今は語ることではない。  ただ、高額な金を支払うほどの価値があったかと問われると・・・  やはりそれもわからない。  同情だったのだろうか?  なら、あの時の娼館に居た少女全てに対して思わなくてはならない  感情なのだろう。  では、同情ではなかったのだろうか?  やはり、エリスのあの眼だったのだろうと思う。  今までいろんな人の眼を見た、どいつもこいつも濁っていたとおもう。  その中でエリスは違っていた。  俺の眼を外から見ている、そんな気がしたのだ。  つまりは、俺と同じなんだろうな。  その話を少しだけしたことがあった。 「私の目、好き? 欲しいならあげよっか?」  そう言って自分の目をえぐろうとしたエリスを俺は慌てて止めたっけ。  エリスは執着が無い。  俺が死ねといえば、おそらく自害してしまうだろう。  そのことを俺が理解するのは早かった。 「どうしたの?」  ちょっと考え事してただけさ、そう答えてごまかす。  過去のことに想いを馳せるだなんて、ここでは無駄な事だから。  そんなことよりも明日をどう生きるかで精一杯なのだから。 「そう・・・それで、今日はどうするんだい?」  それは、エリスの唯一と言っていい、執着だった。 「今夜も私を使うかい?」  執着する事は悪くないと思う、ただその対象のベクトルがちょっとずれてる  それが問題だった。 「いいじゃない、細かいことは。私はあなたの物なんだし」  確かにそう言う関係になってはいるんだが・・・ 「それとも、私はもういらないの?」  そんなことはない、エリスは俺の物だ。 「そう」  興味なさそうに頷くエリスだが、少しだけ。ほんの少しだけ嬉しそうな  顔をする。  あぁ・・・やっぱり俺に似ているな、そう実感してしまう。  だからこそ放っておけなかったんだ。 「それじゃぁ始めて、今夜も私を思う存分使って」  こうして夜が更けていく。  明日のことに想いを馳せず、今のことだけを考えながら・・・
2月17日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「eden*」  その映画を選んだのにたいした理由はなかった。  桐葉とのデート、街に出てショッピングをして、映画を見て。  そんな普通のデートになるはずだった。  映画もクラスメイトが話題にしてた恋物語「eden*」を選んだのに理由が  あった訳じゃない。  ただ、そのクラスメイトの感想がが賛否両論だったのと、この映画の  キャッチコピーが何か心に引っかかった、ただそれだけだった。  ――それは地球で最後の恋物語。 「今日はありがとう、孝平」 「・・・あぁ」  映画を見た後、桐葉は行きたいところがあるからつきあって欲しいと言った。  そして来たこの場所は、桐葉のお気に入りの丘の上だった。  いつもの場所に並んで腰掛ける。  そこは映画に出てきた、あの丘の上のようだった。  風が吹く。  沈み行く夕陽を見ながら、俺達は無言だった。  桐葉のお気に入りの時間を邪魔したくない、そんな考えもあったが、俺は  あの映画の事が頭から離れられなくなっていた。 「くすっ、孝平はわかりやすいわね」 「え?」  夕陽が沈み、空が蒼く塗り替えられていく。 「孝平、映画はどう思った?」 「わかっているなら聞くまでもないだろう?」 「そうね、でも貴方の口から聞きたいわ」 「・・・そうだな。」  俺は一度空を仰ぐ。  そこはもう、夜空だった。 「俺達に似ていたな」 「えぇ、そうね」 「ヒロインが外のことを何も知らないところも桐葉にそっくりだったな」 「私はあそこまで酷くないわよ?」  桐葉が不機嫌そうな声で反論する。 「それを言うなら主人公の鈍感さは孝平もそっくりね」 「俺もそこまでひどくない・・・と思う」 「本当に?」 「・・・たぶん」 「ふふっ」  俺の答に桐葉は笑う。 「そして、一緒に逝けない所まで同じだったわ」  桐葉の言葉は俺に現実を突きつける。  眷属で不老不死の桐葉。  人である俺。  今はまだいい、だが俺は老いて先に逝くことになるだろう。  桐葉は永遠に今の姿のまま、生き続けていかなくてはならない。 「映画ではヒロインが先に逝く。私たちと違うのはそこね」 「・・・あぁ」  映画ではヒロインが先に逝った。  残されたのは男の方だった。そのシーンを見て俺は安堵していたのかもしれない。  現実に桐葉を置いて先に逝くのは俺だ。  俺は桐葉にこの先ずっと幸せに生きて欲しいと思って逝くことが出来る。  だが、そう思われて残される方はどう思うのだろうか?  もし逆の立場だったら俺はどうなるのだろうか? 「私はね、思うの」  俺の葛藤を知ってか知らずか桐葉は話を続ける。 「先に逝く方が、本当は辛いんじゃないかって。大切な人を残して逝く方が  とても辛いんじゃないかって」  どっちが本当に辛いのか俺には解らない。  だけど・・・ 「なぁ、桐葉。それは間違いなく来るだろう未来だ」  桐葉は答えない。 「だけどさ、まだ俺達には時間がある」 「孝平・・・」 「映画では時間が残されてなかった、けどこの星は終わらないし俺の命も  すぐに終わる訳じゃない。」 「そう・・・ね、私たちにはまだ時間はあるわね」 「出会いがあれば必ず別れがある、それは変えられない事だと思う。  でも、それまでの生き方は変えられる、桐葉」  俺は桐葉の目をまっすぐに見る。 「それまで一緒に、幸せに生きよう、絶対に」 「えぇ、その時まで一緒よ」  桐葉はそっと目を閉じる。 「あぁ、約束する」  俺は桐葉に誓った。 「ん・・・」 「ねぇ、孝平」  唇を離した俺に桐葉は頬を染めて寄り添ってくる。 「私を幸せにしてくれるんでしょう?」 「あぁ」 「私をもっともっと幸せにして欲しいの」 「欲張りだな」 「そう、貴方がそうさせたのよ? だから」  桐葉の目が妖しく光った気がした。 「貴方も幸せにしてあげるわ」  桐葉は唇を重ねてくる、触れるだけではなく、その先まで。 「んっ・・・続きは部屋でね」
2月15日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「いっしょに」 「ねぇ孝平くん。今度の日曜日あいてる?」 「え? あ、あぁ。予定はないから大丈夫だ」  動揺を表に出さないように努力する、今度の日曜日は14日。  バレンタインデーだ。 「よかった、ちょっと手伝って欲しい事があるの。お願いしていい、かな?」 「あぁ、俺に出来ることなら喜んで」  デートの誘いじゃなく、手伝いだったという落胆を表に出さないよう努力  しつつ返事を返す。 「それじゃぁ10時くらいに迎えに行くね」  白鳳寮の女子フロアには、女子のIDがないと入ることが出来ない。  だから陽菜の部屋へ行くには陽菜に迎えに来てもらうしかない。  例外はかなでさんの部屋くらいだろうか、それでもかなでさんがはしごを  下ろしてくれないと行きようはないけど。 「おまたせ、孝平くん。今日はよろしくお願いします」 「あぁ、で何を手伝えばいいんだ?」 「実はね、これなんだ」  陽菜が見せてくれたのは・・・ 「板チョコ、か?」  コンビニで売ってるような板チョコのように見える、けど何かが違う。 「これはね、溶かすためのチョコレートなの」 「溶かす?」 「そう、孝平くん。一緒にチョコレート作ろう」 「一緒にチョコを作るの、楽しいね」  大きな鍋を電子コンロの上に置き、中にお湯が張られている。  そこに小さな鍋をいれて、チョコを少しずつ加えて溶かしていく。  俺はチョコを加える係りで、陽菜はしゃもじでゆっくりとチョコを混ぜていく。 「でもさ、こういうのって男の俺が手伝っても良い物なのか?」 「うん、孝平くんなら大歓迎だよ」  そういうもんなんだろうか? 「それにね、孝平くんの好みも知っておきたかったの」 「俺の好みか?」 「うん、だって孝平くんの好みに合わせたチョコを作りたかったんだもん」  最初の説明で見せてもらった板状のチョコ、結構な枚数があった。  その全てが味が違うんだそうだ。 「それじゃぁ俺が味見するってことか?」 「駄目、かな?」 「もちろん駄目じゃないよ。ただ、もらう前に味を知ってしまうのが残念かなって  思っただけさ」 「そっか、そう言われるとそうだよね」  残念そうな発言だけど、陽菜の顔は笑っていた。 「残念そうに見えないぞ?」 「とても残念だよ? でもね、それ以上に楽しいの。だって孝平くんとお料理  一緒にしてるんだもん」  その眩しい笑顔にどきっとしてしまう。 「そ、それじゃぁ味見してみようかな」  俺はそれをごまかすように、鍋のチョコの中に指をいれる。 「熱っ!」 「大丈夫?」  チョコは思ってた以上に熱を持っていた。  火傷をするほどのものじゃないけど、チョコは冷たい物と勝手に思いこんで  いたせいかその熱さに驚いてしまった。 「孝平くん、だいじょうぶ?」 「大丈夫だよ、そんなに熱かった訳じゃないし」 「・・・」 「陽菜?」  陽菜は俺の手を取る、そして。 「んっ」  チョコの付いた指を口に含んだ。 「は、陽菜?」 「んん・・・」  ちゅぱっという音がする、時折唇から覗く下が艶めかしい。 「・・・これで大丈夫かな?」 「あ、あぁ・・・」  陽菜が俺の指を舐めるのを見て、あの時のことを思い出してしまった。  身体が熱くなってきていた。 「で、でもさ、ふき取れば良かったんじゃないか?」 「え? あ、そ、そうだよね。私ったら・・・」  陽菜は顔を真っ赤にして下を向いた。 「あ、孝平くん。チョコが固まっちゃうよ!」 「え?」  今の騒ぎで溶かす作業が中断してしまい、鍋の中でチョコが固まりだしていた。 「孝平くん!」 「おう!」  すぐに溶かす作業は再開された。 「これでよし」 「お疲れ様、孝平くん」  溶かしたチョコを型に入れて、デコレーションして冷蔵庫にしまった。  俺もせっかくなので自作のチョコを作ってみた。 「孝平くんのチョコ、美味しそうだったね」 「そうか? 陽菜の方が絶対美味しいと思うぞ?」 「そんなこと無いよ、きっと孝平くんの方が美味しいと思うよ」 「いやいや、こればっかりは譲れない。俺にとっては陽菜のチョコの方が  絶対美味い!」 「私も譲れないよ? 孝平くんのチョコの方が絶対美味しいよ」 「・・・」 「・・・」 「ふふっ」 「ははっ!」  二人で笑いあう。 「まったく、陽菜は頑固だよな」 「孝平くんもだよ」 「ところでさ、チョコっていつになったら固まるんだ?」 「そんなに時間はかからないと思うけど」 「そっか、それまで何してようか?」  その時陽菜が可愛い欠伸をした。 「陽菜?」 「ごめんなさい、孝平くん」 「構わないけど、眠いのか?」 「大丈夫だよ? ちょっと昨日眠れなかっただけだから」 「なら、チョコが固まるまで二人で昼寝しよう」 「私は大丈夫だよ?」 「俺が眠い」 「くすっ、孝平くんったら・・・ありがとう」 「俺が眠いだけだからな? 陽菜につきあわせて悪いと思うけど、一緒に寝るか」 「うん、よろしくお願いします」  二人で陽菜のベットに入る。 「・・・ねぇ、孝平くん。寝るだけで・・・いいの?」 「俺は眠いから寝るだけだからな?」 「でも、私は別にいいんだよ?」  その言葉にぐらっとくる、けどそれを抑えて俺は陽菜の肩を抱き寄せる。 「陽菜に無理させたくないからな、今はこうして一緒に寝よう」 「うん、ありがとう。孝平くん・・・暖かいな」 「陽菜?」  すぐに陽菜は寝息を立て始めた。  陽菜の事だ、今日の準備とかであんまり寝ていなかったんだろう。  寮長や美化委員の仕事をしながらだから大変だもんな。 「陽菜、お休み」
2月14日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”絆” 「よっ!」  ノックも無しに自室に入ってきたのは伊織だった。 「相変わらず勉強漬けだねぇ」 「伊織、おまえは今まで何処に行ってたんだ?」  学院を卒業してふらりと消えた伊織。  連絡を取ろうにも何処に行ったかは解らなかった。 「まぁ、それはおいといて今日は征に渡す物があるから来たんだよ」  そう言って袋から何かの包みを取り出した。 「ほら、征」  そういえば、今日はそう言う日だったな。 「済まない、伊織。おまえの気持ちは嬉しいが受け取れない」 「ちょ、なんで俺がおまえに渡さなくちゃいけないんだ?」 「以前学院に居たときは渡そうとしたじゃないか」 「あれはパフォーマンスだよ、観客が居ないところでまでする必要はないさ」  そう言いながら俺の机に包みを置く。 「白ちゃんから頼まれたんだよ」  おそらくそうであろう、と解っていても名前を聞くと心が揺れる。 「白ちゃんも健気だよねぇ、東儀から追い出されてもまだ征の事を思ってるんだから」 「そうか・・・」  白は今は東儀の者ではない。  それ故に東儀の門をくぐることが出来ない。 「別にもう東儀の者じゃないんだから規則なんか守らなくたっていいと  思うんだけどね」 「白をお前と一緒にするな」 「へいへい、俺はいつまで経っても不真面目だよ。それじゃぁな」 「もう行くのか?」 「あぁ、ちょっとあの人の所に行ってくるさ」 「伽耶様の所に、か?」  伊織が自分から伽耶様の所に? 「あぁ、白ちゃんから預かってるんだ。頼まれたんだから渡すだけ渡すさ。  どうせあの女の事だから何とも思わないだろうがな」 「・・・」 「それにさ、瑛里華にも渡してやらないとな」 「瑛里華にもか?」 「あぁ、私にとって大事な人ですって言ってたさ」 「・・・そうか」 「それじゃぁ、またな」  そう言うと伊織は部屋から出ていった。  包みを手に取る。 「白・・・」  白の事を思い浮かべると今でも心が揺さぶられる。  最善を思っての決断が、今でも本当に最善だったのか、今でも迷う。 「・・・」  包みを開けて、中に入っているチョコレートを口に運ぶ。  甘みが口の中に広がっているのだろう、その食感のみを感じとる。 「私は東儀を去ります、でも兄さまは私にとってずっと兄さまです」  あの時の白のまっすぐな目と言葉を思い出す。 「白、おまえは元気にやってるのだな」  俺はそう思うことしか出来なかった。
2月10日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”ゆーわくしちゃうぞ?” 「うん、だいじょうぶだから。ありがとう、お父さん」  仕事先からのお父さんからの電話だった。 「うん、おやすみなさい」  受話器を置くと、ふぅっとため息がでる。 「まったく、誤解が解けた瞬間に親馬鹿になるなんて思っても見なかったよ」  あの時、達哉とフィーナの協力で誤解が解けた遠山家。  その後今までのすれ違いを埋めるかのようにコミュニケーションをとろうと  するお父さん。  とても嬉しかったけど、なんだか娘にべったりになった気がする。 「まぁ、嫌な訳じゃないんだけどね」  嫌どころか嬉しいけど、私のせいで仕事に影響がでるのは嫌だった。  だから誕生日の今日の、お父さんとお母さんのコンサートはちゃんとして  もらうことになった。 「あのままだと本当に今日のコンサートキャンセルしそうな勢いだったもんね」  その様子を思い出して苦笑いしてしまう。 「それに、お父さんとお母さんがいないからこそ出来る、誕生日もあるんだし」  その時インターフォンがなった。 「こんばんわ、翠」 「いらっしゃい達哉。今開けるね」  スイッチを押すと外の門が自動的に開き、玄関のロックも解除される。  程なくして達哉がリビングに入ってくる。 「翠、誕生日おめで・・・」  部屋に入ってきた達哉は私を見て言葉を詰まらせた。  うん、悪戯大成功♪ 「み、翠さん? なんでエプロンだけしかしてないんだ?」 「ぶっぶー、はずれだよ? ちゃんとエプロンの下に水着着てるよ」  そういってエプロンの裾をたくしあげる。 「ふふっ、達哉、顔が真っ赤だよ?」 「そ、そんな格好するからだ」  しどろもどろな達哉がとっても可愛かった。 「そ、それよりもやりなおしだ」  そういって咳払いをする達哉。 「翠、誕生日おめでとう」  そう言って手に持っていた花束を渡してくれる達哉。  さっきまでのうろたえが嘘のように格好良い。 「達哉、格好つけすぎだよ?」 「うるさい」 「でも、そんな格好良い達哉が大好きだよ、ありがとう!」 「それじゃぁ翠特製のカレーをごちそうしてあげるね」  私は花束を持ってリビングへと向かう。 「ねぇ、達哉。すぐに出来るから待っててね」  昨日の夜に付くっておいたカレー、だから熟成して美味しくなっている。  それに一手間加えて更に美味しくして、そうおもって調味料にのばそうとした  手を達哉が止める。 「え?」  そのまま後ろから抱きしめられた。 「達哉?」 「ごめん、翠。その・・・さ、翠が可愛くて我慢出来そうにない」  耳元で囁かれたら私も・・・我慢できなくなっちゃう。 「で、でもカレーが」 「翠のカレーなら明日の朝もっと美味しくなってるよ」 「で、でも!」 「翠が嫌なら止める、でも俺は止めたくない」 「・・・ずるいよ、嫌な訳ないじゃない」 「翠」 「達哉・・・キスして」 「もぅ、達哉ったら出しすぎ!」 「翠もだろう?」  二人とも汗やそれ以外で体中べとべとになっていた。 「このままじゃ部屋汚しちゃうし、お風呂入らないと」 「そうだな、俺が掃除しておくから翠は先に入っておいで」 「でもそれじゃぁ達哉が風邪ひいちゃうよ」  いくら暖房で暖かいとはいえ、裸でずっといると風邪をひくかもしれないし。 「・・・ねぇ、達哉。せっかくだから一緒に入らない?  あ、もちろんお風呂に一緒に入るだけだからね? それ以上は無しだからね?」  私にはわかってる、それだけで済まないってことくらい。  だって我慢できなくなっちゃって誘惑しちゃうのはたぶん、私の方だから。 「あ、あぁ・・・」 「ほら・・・はやく」  まだ誕生日の夜は始まったばかりだよ、達哉。
2月3日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「鬼は内」 「いらっしゃい、孝平」 「あ、えっと・・・」 「どうしたの、孝平?」 「いや、その、お招きありがとうございます?」 「くすっ、おかしい」  そう言って笑う瑛里華は、紅い着物を着ていた。  その笑い方があまりに上品で、綺麗で見とれてしまう。 「さぁ中に入って」 「あ、あぁ」  今夜千堂邸まで来て欲しいと瑛里華に言われてこうしてきたのだけど 「何するんだ?」 「豆まきよ」 「豆まき?」  豆まきするのに瑛里華は着物を着る必要があるのだろうか?  思わずそんなことを考えてしまうけど・・・ 「・・・」  瑛里華の着物姿を見れたのだからそれだけで良いのかもしれないな。 「いらっしゃい、支倉君」 「良く来たな、支倉」  通された部屋で待ってたのはいつもの格好の伽耶さんと、淡い紫の着物を  来た紅瀬さんだった。 「兄さんはまだなの?」 「瑛里華がどうしてもと言うから呼んだのだが、まだ来ておらぬ」 「まったく・・・」 「かまわん、では始めようとしようか。桐葉、頼む」 「えぇ」  紅瀬さんが奥の部屋から升を持ってくる。  その中は豆が山盛りだった。 「あの・・・こんなに撒くんですか?」 「えぇ、そうよ」 「では、始めるか」 「鬼は外っ!」  ばらっという音と共に豆が伽耶さんに向かって振ってきた。 「なっ!?」 「兄さん?」  いきなり部屋に入ってきたのは言うまでも無く伊織先輩だった。 「待たせたな、瑛里華。さぁ、鬼を退治しようじゃないか!」 「いや、鬼を祓うだけで退治するのではないんですけど・・・」 「細かいことは気にするとはげるぞ、支倉君。そんなことより鬼は外!」 「甘いっ!」  伊織先輩が撒いた豆を全てかわす伽耶さん。 「ふっふっふっ、その程度の豆ではあたしをとらえることはできん!」 「こざかしい真似を」 「では、今度はあたしの番だな、食らえっ!」 「はっ!」  伊織先輩の鋭い声が飛ぶ。 「・・・嘘だろ?」  全部かわした伽耶さんとは違って伊織先輩は全て手で受け止めていた。 「これでさっき消費した弾薬を補充っと」 「こざかしい真似を!」 「さすが親子、似たもの同士ね」  ぼそっという紅瀬さん。 「・・・俺もそう思います」 「はぁ・・・」  瑛里華はため息をついていた。  戦況は膠着状態になっていた。  豆を捲かないと相手を倒せない、だが弾薬は限られている。  捲けば捲くほど相手に弾薬を渡すことになる。 「・・・って二人とも何してるんですか!」 「豆撒きじゃないのかしら?」 「もぅ、どうしてこういうふうになるのよ」 「どうしてなんだろうな・・・」  何より一番の問題は、俺は一体何をしているか、ということだろうな。 「これならどうかな?」 「なんの!」  二人の間で何かがはじけた。 「・・・もう驚くのにも疲れた」  伊織先輩が豆を一粒、指ではじき打ち出した。  それを同じ手段で伽耶さんがはじき落とした。  恐ろしいほどの正確さである。 「やるな、なら!」 「まだまだ!」  二人の間で豆がはじけ飛ぶ。 「・・・なぁ、瑛里華。俺帰っていいか?」 「そうね、そろそろお開きにしましょう」  何かした記憶はないけど、お開きにする案には賛成だった。  その時俺の視界の中で、豆がはじけるのが見えた。  その豆は軌道を変えて、こちらに向かってくる。 「しまった!」  伊織先輩の声が聞こえるよりも先に、俺の手が動いた。 「痛っ!」  広げた掌の中央に豆が当たって、床に落ちた。 「孝平!」 「支倉君?」  瑛里華と紅瀬さんの驚く声。 「大丈夫、たかが豆だ」  そうは言うけど、かなり痛い。掌を見るとうっすらと血が滲んでいる。 「って、豆でここまで破壊力あるのか・・・危ない危ない」  この豆が瑛里華の顔に当たってたら危険だった。 「ちょっと兄さん! 危ない真似は止めてよ!」 「ちょ、怒られるの俺だけ?」 「母様もよ!」 「あたしはそんなつもりは」 「いいから二人ともそこに座りなさい!」  瑛里華の剣幕に押されたのか、伊織先輩と伽耶さんが並んで正座する。 「いい? 豆撒きっていう行事は相手に豆をぶつけるものじゃないのよ?」  瑛里華の説教が始まった。 「大丈夫、支倉君」 「正直ちょっと痛いけど大丈夫です、こんなの唾つけておけば治ります」 「・・・そう、なら手を貸して」  そう言うと紅瀬さんは俺の返事を待たずに手を取る。 「・・・ん」 「え?」  紅瀬さんは掌を突然舐め始めた。 「ちょっと紅瀬さん、何してるの!!」 「支倉くんが唾をつければ治るって言うから、してあげたのよ」 「それは自分の場合なの! 紅瀬さんが舐める必要なんてないのよ!」 「あら、眷属の治癒能力を持ってすればすぐに治るのよ?」 「え?」  瑛里華から怒気が引いていく。 「そんな力が眷属にあるの?」 「さぁ?」 「く〜ぜ〜さ〜ん!」 「いいじゃない、貴方はいつも舐めてるんでしょう?」 「なんで紅瀬さんが知ってるのよ!!」 「あら、本当だったのね」 「なっ!」  顔を真っ赤にする瑛里華、俺もそのやりとりを聞いて顔を真っ赤になってるだろう。 「もぅ! すべて兄さんが悪い!!」 「俺に全てを押しつけるな! って瑛里華さん?」  ふらふらと立ち上がった瑛里華はそのまま伊織先輩の方へと歩いていく。 「お、おちつけ瑛里華!  なんで目が紅いんだ? おまえはもう吸血鬼じゃないはずだろうに!」  すーと、襖が開く音が聞こえた。 「紅瀬ちゃん、なんで襖を開けるんだ!」 「破られたくないからよ」 「それってそういうことか?」 「兄さん、辞世の句は思い浮かんだ?」 「そ、そんなのまだに決まってるだろう? だから」 「残念、お星様になりなさーーーい!!」  瑛里華の一撃が、伊織先輩を星にした。 「・・・興が冷めた。桐葉、戻るか」 「えぇ、それじゃぁお大事に」 「それってどういう意味ですか?」 「そのまんまの意味よ、支倉君」  そう言い残して二人も部屋から出ていった。 「・・・瑛里華」 「なによ」 「その・・・さ」 「・・・」 「その着物、瑛里華に似合ってる」  俺の言葉にぽかんとした顔になる瑛里華。 「もぅ・・・言うの遅いわよ?」 「ごめん、言いそびれてた」 「まったく・・・でも誉めてくれたから許してあげる」  そう言って笑う瑛里華はとても綺麗だった。 「さぁ、孝平。豆撒きちゃんとしましょうか」 「そうだな、せっかくだから鬼も内にしよう」 「そんなのあるの?」 「別に良いじゃないか、俺にとって鬼も内だ。なんてったって惚れた相手は  当時は鬼だったからな」 「今は?」 「お姫様になった」 「孝平・・・きざね」 「うるさい、月がこんなに綺麗だとおかしくもなるさ」 「何それ?」  呆れた顔の瑛里華の横を通って庭に豆を捲く。 「鬼は内! 福も内!」
1月31日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”肌の触れ合い” 「達哉、目を閉じていてください。絶対ですよ!」 「わかってますから、気をつけてくださいね」  眼を閉じているのを確認してから、私はバスタオルを外す。  それからかけ湯をしてから、達哉の入ってるバスタブにそっと入る。  達哉の身体の間に自分の身体をすべりこませ、達哉の胸に私は背中から  よりかかる。  その瞬間、達哉が私を抱きしめた。 「達哉!」 「目は開けてませんよ」 「でも、抱きついてくるだなんて聞いてません」 「言ってないですから」 「もぅ・・・」  私はそれ以上反論する気が無くなっていた。  暖かいお湯と、暖かい達哉に包まれて、頭が少しぼーっとしてきていたから。  それは、熱とかにうなされてる感じではなく・・・  そう、幸せな温もりだから。  誕生日の日曜日、達哉は朝からずっと私の側にいてくれた。  日曜礼拝の手伝いも、その後の仕事も、そして今もずっと。 「ごめんなさい、達哉。せっかくの日なのに」 「良いんですよ、エステルさん。俺が好きになったエステルさんは聖職者でも  あるのですから」 「達哉・・・」 「でも、普通の女の子でもあることも知ってます」 「はい」 「だから、する事はちゃんとしましょう。その後から誕生日を始めましょう」 「はい!」 「お疲れ様でした、達哉」 「エステルさんもお疲れ様」 「あの、達哉。今日のお礼をしたいのです」 「え? 別に構いませんよ。それよりエステルさんのお祝いをしましょう」 「それはそれです、私は女の子に戻る前に聖職者として、お礼をしたいのです」 「エステルさん・・・相変わらず頑固ですね」 「相変わらずってどういう意味ですか?」  達哉は私をどういう目で見てるのですか? 「なら、俺のお願いを聞いてもらえますか?」 「私に出来る範囲なら」 「それじゃぁ、エステルさんの誕生会をすぐに始めましょう」 「ですから、その前に達哉にお礼を」 「だから、それが俺の望みです」  達哉ったら、もぅ・・・ 「ほら、エステルさん。部屋に行きましょう」 「はい」  ささやかな食事と、達哉が用意してくれたケーキと。  自然な流れで身体を重ねて。 「エステルさん、一緒に汗を流しませんか?」 「え? でも・・・」 「お風呂に入るだけです、それ以上はしませんから」 「そ、そんなことを気にしてるのではありません! 恥ずかしいだけです!」 「眼を閉じてますから大丈夫ですから」  結局断り切れずに一緒に入ることになりました。 「暖かいですね、エステルさん」 「はい、とても暖かいです」  私を抱き留めてくれる達哉の手に、私も手を重ねる。 「とても不思議な気分です。こうしているだけなのに、とても幸せです」 「俺も幸せです。ありがとう、エステルさん。」  このまま終われば良い誕生日の思い出になったことでしょう。 「・・・達哉、これはなんですか?」 「その・・・エステルさんが魅力的で」 「さっきあれほどしたのに、まだ足りないんですか?」 「はい、エステルさんだといくらでも出来そうです。でも我慢します」 「え?」 「だって、約束しましたから」 「で、でも・・・そうなると辛いんですよね?」 「大丈夫です、約束は守ります」  さっきから私のお尻に当たってる達哉は、今にも・・・その・・・ 「お、お風呂でするのは今回だけですからね」 「え?」  それだけで終わることはないとわかってるのに・・・  でも・・・ 「私が鎮めて差し上げます!」  達哉、私をこんな風にした責任、ちゃんととってくださいね!
1月31日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”充電” 「んー、暇ね〜」  監督生室で俺と瑛里華は暇を玩ばせていた。  瑛里華は処理済みの書類をぼーっと眺めているだけだし、俺は紅茶を持ってソファに  座ってぼーっとしている。 「瑛里華、何か他に出来ることはないのか?」 「それがないのよね・・・」  今でている企画は現在職員会議中で仕事を進められる状態ではない。  いつもは全く暇がない仕事なのに、何故か今できることが全くないという  珍しい状態になっていた。 「ん〜、暇だし何か他のイベント考えようかしら?」 「なんだか瑛里華、前会長に似てきたな」 「え?」 「暇だから何か企画を考えるなんて前会長と同じだよな」  バン!  大きな音がする、それは瑛里華が机に頭をぶつけた音だった。 「え、瑛里華?」 「うぅ・・・私が兄さんに似てきただなんてショックよ・・・」 「そ、そこまで落ち込む事か?」 「えぇ」  即答する瑛里華、この場に前会長が居たらきっと落ち込むだろうな。 「なぁ、暇なら今日はお開きにしないか?」 「そうもいかないのよ、職員会議が終わって結果を聞かないと駄目なのよ」 「なら俺が聞いて置くから瑛里華は先に上がるか?」 「なんで孝平だけが残るのよ、残るなら会長である私でしょ?  だから孝平、先に上がっても良いわよ」 「それこそ俺が先に上がる訳にはいかないだろう?」 「なんでよ」 「時間が出来ても瑛里華が居なくちゃ意味がないからだよ」 「・・・もぅ、孝平ったら」  ・・・あ、もしかして俺とんでもなく恥ずかしいこと言ったか? 「そうよね、私も一人じゃ意味ないものね」 「えっと・・・」 「それじゃぁ孝平、二人で出来ることをしましょう」 「二人っきりで?」 「え?」  俺の言葉に瑛里華は顔を真っ赤にする。 「そそそ、そんな意味で言ったんじゃないわよ? 仕事の話よ?」 「あ、あぁ・・・」  二人で顔を真っ赤にしてしまう。俺達は何をしてるんだろうか? 「で、でも・・・その前に孝平」  そう言うと瑛里華は俺の横に座る。 「今の内に・・・ちょっと充電していい?」  答を聞く前に俺に寄りかかってくる瑛里華。  俺はそっと抱き寄せる。 「それだけでいいのか?」 「ここは神聖な監督生室よ? それ以上は駄目・・・だけど  これは充電だから」  そう言うと瑛里華は目を閉じる。  俺はそっと唇を重ねた。
1月31日 ・originalshortstory 冬のないカレンダー #20                「それってどういうことかにゃ〜?」 「やっと終わった・・・」  4限目の授業は空腹との戦いだ。  始まる前に弁当を食べてしまえばそんな戦いはする必要もなく、昼休みを  フルタイムで使えるので有効な手段だとは思っているのだが・・・ 「ねぇ、一緒にお昼食べよ♪」  アイツが誘いに来る、これがあるから先に食べるわけにはいかなかった。 「今日は屋上に行こう」 「遅いぞ、二人とも!」  屋上に来た俺達をまっていたのはアイツの自称大親友の 「こら、そこ! 変なこと考えてるでしょ?  駄目だぞ? 私たちの絆は山より高く谷より深いんだから」  そう言うとアイツを抱きよせる。 「やん・・・もぅ、しょうがないんだからぁ」  アイツもまんざらじゃなさそうだった。 「うんうん、それじゃぁお昼食べよう」  ベンチに座って弁当を広げる。 「いっつもながらおばさまのお弁当は見事よね〜」  俺の弁当箱をのぞき込む。 「やらないからな」 「いいじゃん、一つくらい」  そういって唐揚げを撮ろうとするのを瞬時にガードする。 「やるな!」 「・・・」 「ん、もぅ、そこは乗ってきてくれないとだめじゃない」 「面倒だ」  その様子を見ていたアイツが楽しそうに笑う。 「二人とも仲が良いね」 「えー」 「そうだな、これに関しては同意見だ」 「そうだよね、なんで私がこんなのと仲良いのよ」 「こんなとはなんだよ?」 「じゃぁ、おまえ?」 「何で疑問系なんだよ?」 「それじゃぁ、あ・な・た?」 「・・・ごめんなさい、こんなでいいです」 「やっぱり仲良いよね」 「良くない!!」 「私はこんな冷酷なのとは仲良いわけないんだからね?」  もう冷酷でもいいから、と反論を諦めることにした。 「そんなことないよ? だってお風呂で寝ちゃった私をちゃんとお布団まで  運んでくれたもん」 「・・・ふふ〜ん、それってどういうことかにゃ〜?」 「べ、別に言葉の通りだぞ?」 「ねぇ、その時どんな格好で迫ったの?」 「んとね、お母さんがスクール水着で迫ればいいって教えてくれた時だから・・・」  その言葉を聞いて、にまっと笑う。 「ねぇ、まさかそのまま布団に寝かせたわけじゃないわよね?  その辺聞いてもいいかにゃ?」 「・・・唐揚げでよろしいですか?」 「うむ、良きにはからえ」  そう言って俺の弁当箱から唐揚げをとっていった。 「あー、わたしも食べる」  いつものアイツのとろさとは思えないほど素早い箸捌きでもう一つ残ってた  唐揚げを奪取する。 「おい!」 「んー、キミの唐揚げ美味しい〜」 「おりゃ!」  俺はアイツの頭を鷲掴みにする。 「えぅ」 「返せ、俺は唐揚げ一つも喰ってないんだぞ!」 「えー、だってもうお口の中だもん・・・あ、そうだ! 口移しで良い?」 「・・・はぁ、もういいよ」  俺は手を離す。 「って、何目を閉じてる!」 「だって、口移しの時は目を閉じるんでしょう?」 「・・・はぁ」 「ほんと見ていて飽きないわよね〜」 「おまえが言うな!!」
1月19日 ・穢翼のユースティア SSS"beginning" 「何故だ!」  目の前の少女が告げた言葉に俺は大声を上げた。 「お導きがあったからです」  そう、少女が告げる。 「神様がそうしろっていったのか!」 「はい」  俺の言葉をまっすぐに受け止めて、なおかつ自分の意志は曲げない。  その素直さと頑固さが、今はいらだたしかった。 「だから、散るというのか!」 「はい」  下層より更に下にある牢獄。  少女はそこに赴くという。  牢獄におりるということは死を意味する。  いや、死の方がいいのかもしれない、それほどの場所なのだ。  故に、上層も下層も、牢獄に行くことを”散る”と表現する。 「それに・・・」  少女は続ける。 「貴方の家族の無事を確かめられます」 「家族なんてもういない! みんなあの時一緒に散ったんだ」 「はい、確かに散りました。でも無事かもしれません」 「無事も何も・・・」  そう、無事であってもどうしようもない。  あの大崩落で生まれた牢獄に行き来する通路が出来たのすぐ後の事だったが  その通路は厳重に管理されている。  散ることはできても、上る事は出来ない。  それが、この街のルール。 「私にはなすべき事があります」  少女は眼を閉じる。 「その為に、牢獄へ赴きます。そして、必ず帰ってきます」  眼を閉じて両手をあわせる、まるで祈ってるようなそんな姿は聖女と呼ぶのに  ふさわしかった。  だからこそ、散らせるわけにはいかない。  あそこにおりて戻ってきた者はいないのだから。  なのに・・それなのに・・・ 「信じて、待っていてください」  こうして・・・  また一人・・・少女が散る。
1月12日 ・originalshortstory 冬のないカレンダー #19                「もしかして・・・しちゃったの?」  御飯にみそ汁に焼き魚に肉じゃがにサラダ。  日本人に生まれてきて良かったなぁと思ってしまうメニューが並ぶ。 「いただきます」 「いただきます」  向かいにアイツが座ってから、夜御飯を食べはじめる。  みそ汁を飲む、絶妙の味噌加減。  御飯を口に運ぶ、炊飯器で炊いただけのはずの御飯がとても美味い。 「どう、美味しい?」 「・・・美味い」 「よかったぁ」  安堵の表情を浮かべるアイツ・・・ 「って、まだその格好なのかっ!」 「新婚さんの正装だってお母さん言ってたよ?」  スク水にエプロンが正装なんですか?  それよりもおばさん、実の娘に変なこと吹き込まないでください・・・ 「それよりも冷めないうちにどうぞ。  あ、そうだ。美味しいお刺身も買っておいたんだ」  立ち上がって冷蔵庫へと向かうアイツ、もちろんこちらに背を向けるわけだから  紺色の可愛いお尻が丸見えだった。  俺は視線を無理矢理逸らす。 「はい、これ安かったんだ、お買い得♪」 「・・・」 「どうしたの?」 「いや、なんでもない」  こうなったら見なかったことにしておこう、それが一番建設的だ。  たぶん一番後ろ向きな考え方だと思うけど・・・ 「洗い物終わるまで待っててよ、絶対だよ?」 「わかってるって」  リビングで俺は洗い物が終わるまで待つことになった。  後かたづけくらい俺がするって言ったのだけど。 「亭主関白でいいんだよ♪」  といって断られた。意味が違うようなあってるような・・・ 「るんるん〜♪」  キッチンの方からアイツの鼻歌が聞こえてくる。  その歌声に釣られて顔を向けると、腰を左右に振りながらアイツが洗い物を  していた。  未だにスクール水着姿のアイツの可愛いお尻が左右に振れる。 「いかんいかん」  流されると後で痛い目に遭うのがわかってるから、俺は意識をテレビに向ける。  テレビからは面白くないバラエティが流れていた。それに集中しようとするが  全く集中できなかった。 「おまたせ♪」  洗い物を終えたアイツがケーキと紅茶をもって俺の所へやってきた。 「なんだか良い香りだな」 「だよねー、このクリームの甘い香り、幸せだよ」 「いや、俺が言ってるのは紅茶の方だけど・・・ま、いっか」 「そうだよ、些細なことよりケーキたべよ♪」 「ん〜、美味しい〜、幸せ〜」  ケーキを口に運んだアイツの顔は幸せそうにとろけてる。  俺はケーキを食べる前に紅茶を先に口に運んだ。 「ん?」  いつも煎れる紅茶より、なんだかまろやかな味がする。  おふくろのとっておきか? いや、そんなもんは無かったはずだ。 「なぁ、この紅茶いつもと違うけど、どうしたんだ?」 「あ、うん。美味しいよね〜」  ケーキを食べて紅茶を飲んで、幸せな顔のアイツ。  そんな顔をしてるアイツをみると、いつもとの違いなんてどうでも良くなった。 「ま、いっか」  それが後で取り返しの付かないことになることに今はまだ気づかなかった。 「そーいえば、お風呂わかしてあるんだった。お先にどうぞ♪」  少し顔を赤くしたアイツが俺に風呂をすすめてきた。 「先に入って良いぞ、俺は後でも構わないから」 「だーめ、キミが先にはいらないと亭主関白にならないんだから」  だから、亭主関白の意味が違う・・・いや、あってるのか? 「ほら、早くはやく〜」 「別に俺は急いでないんだけど。それに先に入るの悪いし」 「やだー、やだやだ、さきに入ってくれないとやだー」  急に駄々をこね始めた。  どうしたんだ? 妙にテンション高いんだけど・・・ 「あ、そーだ。先に入ってくれないなら一緒に」 「先に入る」  アイツの言葉を終える前に、俺は先に入ることを選んだ。 「ふぅ・・・俺もおかしくなってるのか?」  湯船に浸かりながら冷静に考える。  風呂に入る前から妙に身体が火照ってる気がする。  風邪か? そんな兆候なかったと思う。  それに、アイツもテンションが高い、俺だけならまだしもアイツもとなると  他に何か原因がありそうなものだ。 「ねぇ、湯加減はどう?」 「あぁ、問題ないから入ってくるなよ」 「うー聞く前から否定しないでよ〜」  そう言いながら扉を開けて入ってきたアイツはやっぱりスクール水着のまま  だった。 「入ってくるなと言っただろうに!」 「照れなくてもいいじゃない、背中流してあげる」  そう言って近づいてくるアイツ。 「背中は良いから出ていけ!」 「やだー、背中ながすー! 出てくれないと入っちゃうぞ!」  我が家の風呂は何故かそれなりに大きい、アイツが入っても余裕があるくらいだ。  だからといって入っていい訳じゃない! 「なら俺が出る」 「だーめ、一緒にお風呂はいる〜、子供の頃はいつも一緒だったもん!」 「今は子供じゃない!」 「・・・えい!」  アイツは俺を捕まえるとそのまま湯船に入ってきた。 「えへへー、お風呂もキミも暖かい〜」  そして俺に抱きついてきた。  水着の生地越しに俺に押しつけられてくるふくらみ。 「やめ、やめろ! 怒るぞ!!」 「・・・」 「おい?」 「・・・んにゅ〜」  アイツは俺に抱きついたまま、眠っていた。 「・・・どうすればいいんだよ」  とりあえず風呂から出ることにした。 「って、本当にどうすればいいんだよ・・・」  とりあえず俺は着替えたがアイツは水着のままだった。  それも、風呂に浸かって濡れている。  いくらタオルで拭こうにも、水着が水をすっているのでこのままでは  風邪をひいてしまう。 「・・・非常事態だからな、仕方がないからだからな?」  俺はそう言い訳をしてから、アイツの身体にバスタオルを巻いて持ち上げる。  そのまま客室に運ぶ。  そこにはすでに布団がしかれていた。  その上にそっとアイツを下ろして、そして・・・ 「え、えぇぇぇぇぇ!」  うるさいなぁ・・・まだ朝早いんだからもう少し寝かせて欲しいんだけどな 「なんで、なんで私裸なの?」  そりゃ、風呂場で眠ったのは誰だよ? 「なんでキミが一緒に寝てるの?」  水着を脱がせた後布団を掛けて、俺は去ろうとしたんだぞ?  なのに腕を放さなかったのは誰だよ? 「もしかして・・・しちゃったの?」  眠ってるやつに手を出すなんて事はしないぞ。 「・・・」  やっと静かになったか。もう少し眠れそうだ・・・ 「寝顔可愛い」  ・・・無性に起きたくなってきた。 「キス・・・したら起きるかな?」 「おはよう」 「だめ、もう少し寝てて!」 「うるさく騒いでたのは誰だよ?」 「うー、やりなおしを要求します」  そう言って俺の目を押さえつけようとするアイツ。  その動きと共に、大きくて柔らかいふくらみも揺れる。 「・・・それより着替えた方がいいぞ?」 「え?」  アイツの動きが止まる。 「・・・えっち」  その言葉に俺は思わずアイツの頭を鷲掴みにする。 「えぅ」 「昨日の夜の事覚えてるか?」 「えっと・・・えっち?」 「してない!」 「えー」 「そこで残念そうにしない、とりあえず着替えろ!」  俺は手を離してから布団を頭からかけ直す。 「うー、でもその前に」  アイツは俺の布団を剥ぐ。そして眩しいくらいの笑顔でこういった。 「おはよう」 「せっかくお膳立てしたのに、食べなかったの?」  あの紅茶に親父のとっておきのブランデーを数滴垂らす事を勧めた犯人は  おふくろだった。 「もう少し親友の娘を大事にしろ!」  そう愚痴った俺におふくろは満面な笑顔でこう言った。 「親友の娘だからこそ、よ」
1月11日 ・originalshortstory 冬のないカレンダー #18                「どうしたの?」 「ふぅ、やっと帰ってこれたな」  駅の改札口を出ていつもの町並みにほっとする。  お正月に帰ってきた親父はすぐに単身赴任先に戻らなくてはならなかった。 「なら、たまには私たちも行きましょう♪」  そんなおふくろの一声で、俺まで親父の単身赴任先に行くことになった。  だが、親父とおふくろのらぶらぶな空間に俺は耐えれず、一足先に戻ることにした。  その際おふくろが俺にこう告げた。 「いい? 絶対駅の地下街のあのケーキ屋さんでケーキ買っていくのよ?」  わざわざケーキ代、消費税込みでぴったし渡すおふくろ。  準備周到すぎるだろ・・・  ケーキの意味、それは間違いなくアイツもこの街に戻って来ているのだろう。 「とりあえず一度家に戻るか」  荷物も多いし、家に戻ってからアイツの家に行くとするか。  鍵を開けて玄関に入る。 「ただいま」  返事が無いのはわかっているが、習慣から口にでた。 「あ、おかえりなさい」 「・・・」  奥からアイツの返事があった。 「なんで居るんだ・・・聞くまでも無いか」  おふくろにおばさん、この二人が何か仕掛けたに違いない。 「ね、ねぇ・・・御飯にする? お風呂に・・・する?」  アイツは奥から顔だけだしてそう訪ねてくる。  もはやお約束だった。  お約束なら最後の台詞が出る辺りにかぶせて、寝ると言えば良いのだが。 「・・・」  いつまで経ってもぼけてこない。  それどころかリビングから顔だけ覗かせるだけだった。 「どうした? 何かあったのか?」 「ううん、なんでもない・・・よ?」  何故疑問系なんだ? 「ま、いいか。俺は一度部屋に戻るからこれ、頼めるか?」  俺はケーキの入った箱を持ち上げた。 「あ、それは!」 「そう、駅地下のあのケーキだ」  このケーキはアイツもおふくろもおばさんも大好物の物だった。 「お土産に買ってきてくれたんだね、ありがとう!」  そう言ってリビングから飛び出してきたアイツ。  料理をしていたのかエプロン姿だった。  ・・・けど、冬なのに妙に肌色が多くないか? 「どうしたの?」  どうしたの?  手を胸元にあてる、アイツの良くする仕草なのだが、この状況でそれを  されるとすごく・・・その・・・寄せられるから。  俺の視線は胸元に寄せられてしまう。 「・・・あ」  やっと意味に気づいたのか、アイツの顔が真っ赤になる。 「やっぱり恥ずかしいよぉ」  その場でくるりと背を向けてしゃがみ込む。  綺麗で傷一つない背中が丸見えとなった。  ・・・あ、パンツは穿いてるのか。思わず冷静に分析してしまう。 「わ、わたし着替えてくる!」  そう言うとアイツはリビングの方へと消えていった。 「ふぅ、これなら恥ずかしくないよ」  そう言って着替えてきたアイツはやっぱりエプロンだった。  見た目はさっきと露出度は変わってないように見える。 「さっきと変わらないように見えるんだが・・・」 「そんなことないよ、ほら」  そう言うとエプロンの裾を持ち上げる。 「お、おい・・・?」  持ち上げられたエプソンの裾から見えたのは、紺色の生地だった。 「ほらね、ちゃんと着てるでしょ?」  その場でくるっと一回転するアイツ、今度は背中は肌色ではなく、やはり  紺色だった。 「・・・スクール水着?」 「うん♪」  満面な笑顔でそう返事されてしまった。 「これならさっきと違って安心だよ♪」 「・・・」  安心なのか? 何か違う気がしないか?  それにさっきより妙に艶めかしいのは気のせいなのか?  俺はアイツに近づいて、久しぶりに右手を頭の添えて、そして・・・ 「えぅ」  掴んだ。 「なにするのぉ?」 「おまえなぁ、いつもおばさんやおふくろに影響受けすぎだっての」 「だってぇ、こうするとキミが喜んでくれるっていうんだもん」 「おばさんやおふくろの言うことは全部本当じゃないぞ?」 「じゃぁ、この格好は・・・駄目なの?」 「う゛」  上目づかいで少し涙目のアイツ。  そう言う仕草でその質問は・・・  ここははっきりと言わないとアイツの為にもならない、俺は心を鬼にする。 「・・・嫌いじゃない」 「よかったぁ」  花綻ぶように、不安な表情は安堵に変わる。 「・・・俺、弱すぎる」 「そんなことないよ、私はいつも助けられてばかりだもん」  いつも誰から助けるかについては考えない方がいいんだろうな・・・ 「それよりも御飯食べよ!」 「まだちょっと時間早いぞ?」 「だって、夜御飯食べないとデザートのケーキ食べれないじゃない」 「・・・はぁ、わかったわかった。ごちそうになるか」 「うん♪」
1月8日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”プラスマイナス” 「!」  フィーナがみだらな声をあげて俺の上で腰を動かす。  肢体が上下するたびに、綺麗な髪が宙を舞う。  柔らかなふくらみも誇示するように上下する。  俺はそのふくらみに手を添える。 「っ!」  固くなった蕾をつまむと、フィーナは一段高い声をあげる。 「達哉っ! わたし、もぅっ!」 「俺も!」 「いくっ!」  フィーナが力一杯腰を押しつけて、背をのけぞらせる。  それと同時に搾り取るようにうねり締め付けてくる。 「っ!」  俺は思いの丈をフィーナに注いだ。 「ん・・・」 「フィーナ?」  気がついたようだ。 「達哉・・? わたし・・・」  何があったかを思い出したのか、フィーナは顔を真っ赤にして俺の胸に顔を埋めた。  俺は何を言うことも無く、フィーナの髪を梳く。 「ありがとう、もう大丈夫よ」  そう言うフィーナの目はしっかりしていた。 「ならいいんだけど、ちょっと心配なんだ」 「達哉?」 「あのさ、フィーナは女王になってから凄く忙しくなっただろう?」 「えぇ」 「せっかく少し早めに休める夜に、いいのかなって思って・・・」  俺の言葉にフィーナは表情を曇らせる。 「達哉は私とこうするのが嫌なのかしら?」 「嫌なわけ無い!」 「そ、そんな即答しなくても・・・」  曇ってた表情は一気に晴れ、そして恥ずかしげに目をそらす。 「ただ、フィーナの体調が心配なんだ。休めるときは休んだ方が  いいんじゃないかって」 「・・・ねぇ、達哉。達哉は男だからわからないのよ」 「え?」  突然何を言いだしたのかも俺にはわからなかった。 「男性は一生懸命女性を愛し愛されて、そして想いを注いでくれる。  だから凄く疲れるの」 「確かに・・・」 「女性はね、一生懸命愛し、愛されて、注いでもらうの。だから、プラスかマイナスか  と言えばプラスなのよ? だから大丈夫なの」 「・・・そういうものなのか?」 「さぁ、どうかしらね?」  そう言って悪戯っぽい微笑みを返すフィーナ。 「なら、もっとフィーナの為にしてあげないとな」  俺はそう言うとフィーナの上にのしかかった。 「え? 達哉? 今日はちょっと・・・さっき凄く激しかったから」 「女性は大丈夫なんだろう?」 「それは・・・あんっ」 「ほら、フィーナは欲しがってる、だからもっともっと想いを注ぐよ」 「あ・・・」  翌日の執務室。  フィーナはいつものように書類に目を通し、やってくる大臣や貴族に  指示を与えている。  俺はというと、その横で補佐の仕事をしているわけだが・・・ 「達哉様、お茶が入りました」 「ありがとう、ミア・・・」 「達哉様は今日はお疲れの様子ですね、あまりお仕事を持ち帰らない方が  よろしいですよ?」 「あ、あぁ・・・」  確かに昨夜はいくつかの仕事は持ち戻ったが全く手をつけてはいなかった。 「陛下、お茶が入りました」 「ありがとう、ミア」 「陛下は今日は体調がよろしそうで何よりです。昨日は少し早く上がれたので  ごゆっくりお休みになられたのですね」 「そ、そうね。ミアが言うから仕事も持ち帰らなかったから・・・」 「はい、休めるときに休むのもお仕事ですものね」 「・・・」  その言葉にフィーナは苦笑いをし、俺は言葉が出なかった。

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