夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory sincerely yours -Crescent Moon-
*このページに直接来られた方へ、TOPページはこちらです。

夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Twilight Moon- Episode 1 「Memories」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Twilight Moon- Episode 2 「Recollection」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Twilight Moon- Episode 3 「weddingbell」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Twilight Moon- Episode 4 「honeymoon」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Twilight Moon- Episode 5 「Twilight Moon」
・Memories,Tatsuya 「もうこんな時間か……」  凝った肩をほぐすように動かし、伸びをする。  机の前に座ったのは夕食後だからかなりの時間、PCの画面とにらめっこしてた  ことになる。 「……ふぅ」  日付が変わってる時間、今日は家に帰ってきている麻衣ももう寝ているだろう。  俺も風呂に入ってから寝る、か……  そう思いながら、窓から夜空を見上げる。  闇のような夜空に、輝く月が浮かんで見える。  今ではなかなか会うことの出来ない、スフィア王国の王女で有り家族であるフィーナ。  月と地球の未来の為に今も頑張っているだろう。  俺は、フィーナの目指す未来に一緒に向かう事は出来ない。  俺は、俺の道を進まなくてはいけない。  失われた技術を取り戻し、いつか彼女が眠るあの施設へとたどり着くための道。  それが俺の進む道なのだ。 「……」  引き出しにしまってあるフォトフレームを取り出す。  表面のガラスが割れたフォトフレーム、そこに納められてる写真。  その写真は、時に俺を励ましてくれる。  その写真は、時に俺を落ち込まさせてもくれる。 「あれからもう10年、か……」  その10年で失われた技術の発掘、解析は早いペースで進行している。  だが……次元の壁を越える、あの場所へたどり着く技術にはまだつながらない。  俺は夜空を見上げる。  夜空に浮かぶ月、そしてその月より先にあるだろう、近くにあり、もの凄く遠い世界。  その世界の漆黒の空間に浮かぶ、ターミナル。  この地球の地上からいくら見上げても見える場所には無い。  けど、こうして夜空を見上げると、そこにあるように感じる。 「……あ」  自分の頬に流れる涙に気づいた。 「……ははっ、笑っちゃうだろう? 俺、こんな歳になってもさ。泣き虫なんだよ」  そう言い訳しないと、涙が止まらなくなりそうだった。 「もう二度と会えないのはわかってる、どんなに頑張っても俺が生きているうちに  次元を超えることは……出来ないだろう。  だけど、将来キミを救い出すために、後世の為に研究を続けていく決意は今も  変わっていない」  ・  ・  ・ 「でも……やっぱり会いたいよ、シンシア……」  視界が涙で滲んでいく。  そのとき涙で滲んだ視界の端を、何かが舞った。  そして感じる、この波動。  この感じは……あのとき、俺が初めて…… 「まさ、か……!?」  あり得ない、あってはならない現象、だが、たどり着きたい先にあるこの現象。 「ははっ、寂しすぎておかしくなっちゃったのかな?」  そう言ってかぶりを振った、その先に。 「っ!?」  白い羽根の結晶体が舞っていた。  1枚、そしてまた1枚。どんどん増えては、消えていく。 「この羽根は!」  見覚えのある、そして絶対に忘れられない白い羽根の結晶体。  この羽根は俺があのときターミナルから帰って来た時に俺の周りに舞っていた物。  そして、シンシアがターミナルに旅だったときにも舞った。  当時の俺には意味が完全に理解していなかったが、今ならわかる。  これは空間跳躍の際の余剰エネルギーが一時的に結晶化した物だ。  それが羽根の形になる理由はわからない。  と、言うことは! 「今、どこかでターミナルシステムを使って空間跳躍を行われた!」  俺は周りを見回した、窓から顔を出して見える範囲をすべて見回した。  何処にも白い羽根が舞った形跡が無い。  それを確認した俺は、部屋から飛び出した。 「はぁはぁ……」  息が上がる、身体は苦しく悲鳴をあげるが、走るのを止めない。  悲鳴を上げる身体とは逆に、頭は冷静になっていく。  あの羽根の結晶が、空間跳躍の余剰エネルギーという仮定はもうどうでもいい。  わかってることは、あの羽根が舞う時、誰かがターミナルシステムで跳躍を行った  という、事実。  そして俺の周りで羽根が舞った、と言うことは俺の近くのどこかで空間跳躍が  行われたはずだ! しかし俺の周りに跳躍した形跡は、ない。  と言うことはかなり大規模な跳躍が行われたと言うことになる。  跳躍した箇所より距離のある俺の部屋まで羽根が舞うのはその証拠だ。  あの羽根は、跳躍した本人の近くでしか舞わないはず。  そして俺の部屋の周りではその形跡が…… 「くっ!」  思考がループし始めてる。ここは落ち着いて…… 「っ! 落ち着いてなんて居られるか!!」  もう考えなんてどうでも良い。  誰だ! 誰が何処で跳躍を行った!!  真夜中の満弦ヶ崎市、当てもなく走る、訳では無い。  俺は、ターミナルへの跳躍が行われた場所へと向かっていた。  そこしか考えられないからだ。  あのモニュメントに向かう為に、弓張川の土手に立つ。 「なっ!」  脚がもつれて土手から河川に転げ落ちた。 「く、くそっ!」  立ち上がって土手を上がり、周りを見渡す。そこには何も無い。 「ならっ!」  もつれる脚を動かして、俺は向かう。  シンシアと別れたあの場所、物見が丘公園のモニュメントへ。 「つっ……」  あれから何度脚がもつれて転んだのだろう。その回数はもう覚えてない。  やっとたどり着いた公園の入り口。 「……」  このままではもう一歩も歩けない、だから呼吸を整える。  そして、一歩ずつ、モニュメントのある丘へと向かう。  公園の街灯と月明かりに導かれるように、俺は進む。  それ以上進むな、行くと後悔する、きっと誰も居ない。  そう言う俺と。  もしかして……  そう願う俺と。 「……」  行くのが怖い、ここまで来て誰も居ない、という結末が、怖い。  だけど…… 「俺は、立ち止まるわけにはいかないんだ」  脚が震える、それはここまで走ってきたからだけでは無いだろう。  そんな脚を叩いて、先に進む。  一歩ずつ、一歩ずつ。  そしてたどり着いた丘の麓。  怖くて下ばかり見ていた俺は、覚悟を決めて。視線を上げた。  その先には……  長い金髪を頭の上でまとめた女性が居た。 「……シンシア……シンシア!!」  見間違うわけが無い、10年間ずっと思い続けてきた彼女が、シンシアが  そこにいる! 「シンシア!!」  俺はシンシアに向かって走り出す。  他に人が居るのもわかるが、そんなのは気にしない。  俺が会いたいのはシンシアだから! 「シンシア!!」  あと少し、もう少し。  俺の視界の中でシンシアが大きくなっていく。 「シンシア!!!」  あとちょっとでたどり着く、そのとき突然俺の目の前に一人の少女が立ちふさがった。  その少女はシンシアに似ていた。  初めて会ったあの時のシンシアより幼く、そして髪はサイドで結わえてある。  そこまで確認したとき、その彼女が動いた。  パシッ! 「え?」  その少女から平手打ちをされた。  何故? なんで? 俺が何かしただろうか?  それに、シンシアに似ている彼女はいったい?  一瞬にして浮かぶ謎だけど、俺は叩かれた頬を押さえることしか出来なかった。  そして少女は口を開く、その声はシンシアと違って、鈴を転がすような可憐な声だった。 「お母さんに寂しい思いをさせたこと、わたしを無視した事、これで許してあげます」  その一言に思いついた事もあったが、それより先に疑問が口にでた。 「……キミは?」 「初めまして、わたしはリリア・朝霧・マルグリット」  リリアと名乗った少女は眩しい笑顔で俺に衝撃の言葉を伝えた。 「貴方の娘です、お父さん」  シンシアと、俺と、突然現れた俺の娘、リリア。  家族の物語は、こうして唐突に始まった。
・Memories,Cynthia 「あらあら♪」  目の前で起きた光景にちょっとだけ驚いた。  まさかリリアちゃんがいきなり達哉を叩くとは思わなかったけど、その気持ちは  痛いほどわかる。  私の名前を呼びながら駆けてくる達哉は、リリアちゃんの事は目に入っていないはず。  それを無視されたと思えば、叩きたくなるのもよーくわかる。 「尤も、達哉はリリアちゃんの事を知らないからどうしようもないのだけれどもね」 「あっ!」  私の言葉の意味に気づいたリリアちゃんは、ささっと私の後ろに隠れてしまった。  自分の勘違いに恥ずかしくなったのだろう。 「……シンシア」 「達哉、久しぶりね」 「あぁ……間違いない、シンシア!」 「えぇ、正真正銘本物よ」 「あぁ、生きている内に会えるとは思ってなかったよ、でも」 「こうして会えたわ、達哉」  私の記憶の中にある達哉とは違う、それは当たり前。達哉は私の居ない時間を過ごしたのだから。  でも間違いなく達哉。  変わっていても変わっていない、私の達哉。 「おかえり、シンシア」 「っ! ただいま!!」  達哉の優しい言葉に我慢できない!  広げてくれた腕の中に飛び込み、温もりを感じたい!  私はその一歩を踏み出す。 「10年ぶりだな、シンシア」  ………え゛?  達哉のその言葉に私は固まった。 「あれ? シンシア?」  そこには広げた腕の置き場に困った達哉がいた。 「え、あ、うん、何でも無いわよ、達哉。それじゃぁ改めて」  感動の再会をやり直そう、うん。 「タツヤ、大事な事を教えてやろう」 「フィアッカさん、お久しぶりです。大事な事って?」  フィアッカお姉ちゃんにも挨拶をする達哉を見たお姉ちゃんはくすりと笑う。 「お姉ちゃん?」 「タツヤにとっては10年ぶりだろう、だがシアにとってはそうではないのだよ」 「ちょ、お姉ちゃん!?」  言いたいことがすぐにわかった私はお姉ちゃんの口をふさごうとした。 「シア、何れ解る事だろう?」 「でも、でも!」 「タツヤ、大事な話だ。良く聞くと良い……シ、シア、おちつけ!」 「いーやーでーすっ!」 「全く、母になってもまだ子供のままなのだな。タツヤよ、お前の娘を名乗った子。  いくつくらいに見える?」 「……まだ10代前半くらい?」 「その娘を産んだシアが、10年ぶりでは計算が合わないだろう?」 「そういえば……」 「うぅ……ばれちゃった、私が年上になっちゃったことがばれちゃった」 「別に良いでは無いか、年の差なんて関係なかろう? もともとシアは700年前に  産まれたのだからな、元から年上だ」 「肉体年齢はまだぴっちぴちのにじゅう……はっ! お姉ちゃん、はかったわね?」 「いや、今のはシアの自爆だろう?」 「もぅ、お姉ちゃんのいぢわる!」 「まぁ、そういうわけでタツヤ。詳しいことは後で本人達に聞くと良い。  私は一度教団へ戻る」 「フィアッカさん?」 「安心しろ、とはまだ言えないがな。色々と調整しないといけない事が多い。  しばらくの間、シアとリアを任せたぞ」 「……はい」 「それとシア、リアもだ。後で教団に顔を出してもらう。悪いようにはしないから  ちゃんと来るのだぞ?」 「はぁい」 「では、また後で会おう」  そう言うとお姉ちゃんは姿を消した。 「え? 透明化? それと重力反応も? フィアッカお姉ちゃんはこの時代でもこれだけの  遺失技術を……」  背中から顔を出したリリアちゃんが分析していた。  良くも悪くも私の娘ね、本当に。 「シンシア……それに、リリア……ちゃん」  名前を呼ばれてびくっとするリリアちゃん。  そんなに人見知りする娘じゃないんだけど……さすがにこの状況じゃ無理よね。 「俺の家へ案内するよ、行こう……いや、帰ろうか」  そう言って達哉は手を差し出した。 「えぇ、帰りましょう!」  物見が丘公園からの帰り道、弓張り川の土手の上を歩く。  あのときの記憶が鮮明に思い出す。  初めて達哉の時代に来たあのときは…… 「……恥ずかしかった」 「お母さん?」 「ううん、何でも無いわ。初めてここに来たときの事を思い出しただけよ」  そう言って私は達哉に視線を向ける。 「……」  達哉は黙って視線を逸らした。 「お母さん、このお家って」 「えぇ、お父さんの家よ、これがオリジナル」 「オリジナル?」 「えぇ、その話は後で説明するわ、ううん、説明だけじゃない。話したいことは  いっぱい、いーっぱいあるんだから!」 「そうだな、俺も聞きたいこと、話したいことはたくさんある」 「今夜は寝かせてくれないのかしら?」 「そうしたいのは山々だけど、シンシアは起きていられないだろう?  絶対途中で寝落ちするのがわかる」 「確かに……」 「ちょ、リリアちゃんそこで納得するのはどうかと思うわよ?」 「だってお母さんだし」 「……」  私っていったい…… 「ごめん、今は客間は掃除してないから俺の部屋で寝てくれないか?」  そう言って案内されたのは、今は達哉の部屋。そして未来では 「わたしの……部屋?」  ベットの場所、机の位置、窓の景色。  内装は違うけど、それは未来の私達の家の、リリアちゃんの部屋だった。 「リリアちゃん、今は達哉の、お父さん部屋よ」 「これがお父さんの部屋……」 「いきなりあった男の部屋っていうのも嫌かもしれないけど今日だけは我慢して  くれないかな、……リリアちゃん」 「……嫌じゃ無いから良いです」  それだけ言うとまた私の背中に隠れてしまった。  いつも可愛いリリアちゃんだけど、今はそれに輪を掛けて可愛い。  思わず抱きしめて、抱き枕にしたいくらい可愛い! 「お母さん?」 「……なんでもないわよ?」 「……」  うぅ、娘のジト目が心に刺さる。 「とりあえずベットのシーツは変えたし、着替えは……どうしようか?  大きめのシャツでいい?」 「えぇ、寝やすければ大丈夫よ」  達哉はタンスから大きめのシャツをだして渡してくれた。 「それじゃぁ、俺は下のソファに寝るからゆっくり休んでね」  そう言って出て行こうとする達哉は、何かに引き留められたように足を止めた。 「?」 「「あ……」」  達哉の服の裾をつかんで止めたのは私の手と、リリアちゃんの手だった。  その行為の意味に、リリアちゃんが顔を真っ赤にする。 「……二人が嫌じゃなかったら、同じ部屋で眠ろうか?」 「ありがとう、お願いしても、いい?」 「あぁ」  私とリリアちゃんは大きめのシャツに着替えて、達哉のベットで横になった。  流石に同じベットで眠る訳にはいかないと、達哉は床に布団を敷いて横になる。  そして、部屋の電気が消された。 「……」  暗くなった部屋、私は不安に襲われた。  それはもう克服したはずの、不安。 目が覚めたら、そこは暗い空間に居て  今までのはただの夢だったのではないか?  リリアちゃんが産まれてから全く感じなかった不安に私は襲われていた。 「お母さん?」  私のすぐ横からリリアちゃんが声をかけてくる。 「どうしたの?」  内心を隠しつつ、返事をする。 「……寝て起きたらいつもの部屋だってことは……無い、よね?」  その言葉を聞いて、私はリリアちゃんも同じ不安を抱いているのに気がついた。 「……ふぅ、母親失格かしらね」  怖いのは私だけじゃない、リリアちゃんだって怖いのだ。 「ねぇ、達哉。まだ起きてる?」 「あぁ」  ベットの下から聞こえるその声に、私は安心する。でも、声だけじゃ足りない。 「達哉……今夜は、甘えても、いい?」 「今夜だけか? 俺はいつでも甘えてくれてもいいぞ。それでシンシア達の不安が  消えるのならね」 「……もぅ、わかってて言ってるなんていぢわるよ?」  そう言いながら私はベットから起き上がる。 「お母さん?」 「リリアちゃん、家族一緒に眠りましょう」  ベットの上では狭いので床の達哉の布団に潜り込む。  私の前にリリアちゃん、背中側に達哉、という形で横になった。 「だいじょうぶ、だいじょうぶよ、リリアちゃん」  緊張で固くなっているリリアちゃんを私は抱きしめる。 「お母さん……」 「ん……」  そんな私達を、背中側から達哉が抱きしめてくれた。 「温かいね、お母さん」 「そうね、とても温かいわ」  私達の言葉に、達哉は何も言わず、ただぎゅっと抱きしめてくれた。  その身体がわずかに震えてる気がした。  ……そうだよね、達哉だって不安なんだよね。 「ふふっ」 「?」 「なんでもなーい」  私はそう答える。  みんな不安で、その不安を払拭したくて、こうして身を寄せ合う。 「私達家族って、似たもの同士ね」 「そうかも、な」 「……ん」  二人の返事を聞きながら、私の意識は眠りへと落ちていく。  その前にどうしても伝えたい言葉を、頑張って二人に。 「おやすみなさい、リリアちゃん、達哉……二人とも大好き、愛してる……」  返事が聞こえてくる前に、私は完全に眠りに落ちた。
・Memories,Lilia 「……んん」  いつもと違う暖かさの中で目覚めた。  まだ少しぼーっとしながらも、起きようとして、起き上がれなかった。 「……?」  起き上がれない理由が、目の前のお母さんの顔を見て思い出した。 「そっか、一緒に眠ったんだっけ……」  わたしを抱きしめて……というか抱き枕のように抱きしめてるお母さんの寝顔。  ……こうしてお母さんと一緒に眠ったのはいつ以来だろう?  穏やかなお母さんの寝顔を見て、その理由を思い出した。 「お父さんに会えたから、だよね」  わたしを抱き枕のように抱くお母さんの後ろ、そっと寄り添うように眠ってるのは  お父さん。  初めて家族3人で寝る事になった昨日の夜、わたしは緊張してたけど、それ以上に  疲れてたみたいで、お母さんが眠った直後にわたしも眠てしまった。 「……ん」  そっとお母さんの腕をほどいて、起き上がる。  まだ眠ってるお母さんと、お父さん。 「……お父さん」  わたしが始めた研究のきっかけは偶然に過ぎなかった。  たまたまターミナルに跳んでしまい、その結果ターミナルシステムのアクセス権を  手に入れて……そして、お父さんに文句を言うための、研究だった。  でも、今思えばそんな偶然なんてあるのだろうか?  あのときのフィアッカお姉ちゃんは、こうなることを知っていた。  ならわたしがターミナルに跳んだことは偶然じゃなくて必然……  ……ううん、もうそんなきっかけなんてどうでもいい。  必然であっても、その先を選んだのはわたしなんだから。  そして選んだ先に……お母さんとお父さんと、こうして一緒にいられるのだから。 「お兄ちゃん、起きてる?」  そのときドアの向こう側から女の人の声が聞こえた。  お兄ちゃん?  自分より先に生まれた年上の家族を呼ぶ名前がお兄ちゃん。お兄様とか兄貴とか  言う場合もある…… 「じゃなくって!」  思わず考え込んでしまった自分にツッコミを入れてしまった。 「お兄ちゃん、誰か一緒に居るの? 入るね」  部屋の中で一緒に眠ってるお母さんとお父さんと、起きてるのはわたしだけ。  こんな状況を見たお兄ちゃんと呼ぶ女性は、いったいどう思う?  わたしが行動を起こす前に部屋の扉は開かれた。 「え?」 「あ……」  入って来た女性の声とわたしが声を上げるのは同時だった。  部屋に入ってきた、お父さんをお兄ちゃんと呼ぶ女性は、わたしより年上に見える。  肩まで伸ばす栗色の髪に大きな瞳。  そして思わず見てしまう胸元は……わたしより大きかった。 「じゃなくて!」 「え、えっと……どちら様でしょうか? お兄ちゃんのお知り合い?」 「えっと……」  どう説明したら良いかわからなくなったわたしはお母さんを起こすことにした。 「お母さん、起きて!!」 「お母さん? って、シンシアさん!?」  女性はお母さんの事を知っているようだった。 「いつ帰ってきたの? それよりシンシアさんがお母さんってことは……  お父さんはお兄ちゃんなの!?」  その女性は混乱してるようだけど、頭の回転は速いなぁ、なんて他人事のように思った。 「お茶をどうぞ」 「あ、ありがとうございます」  リビングに下りたわたしたちはお父さんの妹である、麻衣さんにお茶をいれて  もらっていた。 「あのさ、麻衣……紹介が遅くなってごめん」  お父さんの説明を、麻衣さんが聞いていた。  その様子をお母さんはにこにこしながら眺めていた。 「ん……言いたいことはわかるんだけど、いまいち理解できない所もあるんだけど」 「あぁ、それは後でシンシアと一緒に全部話すよ」 「そう?」 「それよりも麻衣、今日の予定は大丈夫なのか?」 「あ、うん。急ぎの用事は無いから大丈夫だよ」 「そうか、それじゃぁ夜におやっさんの所で全部説明するよ」 「うん、わかった。お姉ちゃん達にも伝えておくね」 「麻衣は変わってないわね」 「それを言うならシンシアさんも変わってないよ?」 「そりゃもちろん、私は永遠の17才だから♪」 「え、えっと……」  お母さんのボケ? に麻衣さんはどう答えて良いかわからないみたいだった。 「さて、シンシア。この後の説明というか、俺もいまいち理解出来てない部分も  あるんだが……全部話しても大丈夫なのか?」  その言葉にお母さんは真面目な顔になる。  全部を話す、それは知ってはいけない事情も含まれる。 「そうね……知りすぎて今を壊してしまうのは避けたいわね」  お母さんは顎に手を当てる、お母さんが深く思考するときの癖だ。 「ねぇ、お母さん」 「なに?」 「家族への説明なんだよね? だったら何も隠す必要は無いと思うよ?」 「ふふっ、リリアちゃんは優しいわね」  そう言うとお母さんはわたしの頭を撫でる。 「もう、子供じゃないんだからっ!」  反論はする、けどお母さんに頭を撫でられるのは嫌いじゃないから、ふりほどくことは  しない。 「……でも、リリアちゃんならわかるわよね。私達家族の特殊すぎる経歴、そして立場を」  わたしが産まれた時代より1200年前の時代に産まれたお母さん。  お母さんが生まれ育ったこの時代の技術の発展はすさまじく、わたしが産まれた時代でさえ  まだすべての技術を取り戻してはいない。  そんな時代で生まれ育ったお母さんにとって、失われた技術は、失われていない。  ただでさえすべてを取り戻していないあの時代より、今は500年も前。 「私達が知ってる技術は、どんな些細な物であっても、この時代を壊してしまうものなのよ。  ましてや悪用されれば再び戦争が起きるくらいに、ね」 「……」  お母さんの言葉がわたしに強く重くのしかかってくる。  わたしがした研究は、実行できてしまった時空転移技術は、やっぱり…… 「俺はさ、家族に会いたいっていう研究は尊いものだと思うよ」 「おとう……さん?」  今まで黙って聞いてたお父さん。 「俺だってターミナルにたどり着く研究の動機は、同じだからさ。だからシンシア、そして  リリアちゃん」  そう言うとお父さんは私の前にしゃがんで目線を合わせてくれた。 「家族に会いたい為に産まれた技術を悪用させなければ良いだけのことさ」 「でもっ!」 「大丈夫、シンシアも居るし……俺もいる」 「お父さん……」 「ごめんな、二人とも。一番居てあげなくちゃいけないときに居られなくて」  お父さんはわかってくれた、わたしの気持ちを受け止めてくれた。  そう思ったら涙が出て、止まらなくなった。 「お父さん……ごめんなさい」  叩いちゃってごめんなさい。 「お父さん……ありがとう」 「まったく、タツヤはなんど私を惚れさせれば気が済むのよ、もう!」  お母さんがわたしとお父さんを一緒に抱きしめた。 「さっきの話だけどさ、俺一人じゃ難しいよな」  技術を悪用させずに正しく使うためのルール作り。 「だからさ、一緒に作り上げていこうと思うんだけど、手伝ってくれるかい?」 「もちろんよ、タツヤ!」 「はい、お父さん!」  お父さんに会いに来て良かった、今やっと、心からそう思った。 「……私、思いっきり空気よね」  麻衣さんのつぶやきに慌てて皆でフォローする。  それが家族そろっての最初の共同作業となった。 「私達らしくていいんじゃない?」  後になってお母さんはそう言って笑っていた。
・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Twilight Moon- Episode 2 「Recollection」  わたし達がこの世界に来て、2日目の夜。家族皆に詳しい説明をする事になりました。  お父さんの妹である、麻衣さんと家族ぐるみでつきあいのあるレストランの鷹見沢さん達。  どこまで説明すべきかを昼間にお母さん達と相談しました。 「フィアッカさんに確認もしなくちゃいけないな」 「そうね」  わたしやお母さんの持ってる知識や経験はそのまま世に出すのは危険すぎる。  そういう事実は知っているだけで危険になる場合もある、のだけど…… 「ねぇ、お母さん」 「なぁに?」 「家族に隠し事はしたくない、かな」 「……そうよね、家族だもんね。リリアちゃん、ありがとう」  でも、やっぱり危険な事もあるかもしれないので、夜にはフィアッカお姉ちゃんにも  来てもらう事になりました。  そして夜、ちょっと遅い時間なのはレストランの営業が終わるまで待ってたから。 「初めまして、リリアちゃん、でいいのかな? 俺は鷹見沢左門。タツの親父代わりだ」 「初めまして、えっと……お父さんのお父さんならお祖父ちゃんになるのかな?」  私は確認するように訪ねた。初めて会う人からいきなりお祖父ちゃんっていうのは流石に  失礼かなぁ、って想ったんだけど 「そうなるな。まさか仁や菜月より先にタツの娘に会うことになるとは想わなかったがな」  そう言って笑ってくれました。 「初めまして、僕は鷹見沢仁。仁お兄ちゃんって呼んでくれていいぞ」 「おい、仁。俺はお祖父ちゃんで仁は兄なのか?」 「親父殿、兄はいつまでたっても兄なのですよ!」 「まったく、仁くんったら」  そういって微笑むお姉さん。 「初めまして、私は達哉君の姉で鷹見沢さやかです」 「さやか……お姉ちゃん?」  お父さんのお姉ちゃん? という意味で思わずつぶやいた言葉に、さやかさんは目を輝かせた。  と想った瞬間、抱きしめられていた。 「私の事お姉ちゃんって呼んでくれるのね、嬉しいわ〜」 「ずるいよお姉ちゃん、それだと私だけ叔母さんになっちゃうじゃない」  麻衣さんはそう言って頬を膨らませた。  確かにお父さんの妹なのだから叔母になるんだけど。  以前のフィアッカお姉ちゃんとのやりとりを思い出すと、絶対にそう呼ばない方が良いと想った。 「あの、麻衣さん……もし嫌じゃなければお姉ちゃんって呼んでもいい、ですか?」 「え、いいの?」 「はい、その方がしっくりくるので」 「ありがとうリリアちゃん!! 私末っ子だったからお姉ちゃんって呼ばれるのに憧れてたの!」  さやかお姉ちゃんと反対の方向から抱きしめられた。  ……両サイドに感じる柔らかさが、私より大きいことを主張してる気がする。 「なら私も菜月お姉ちゃんって」 「菜月はオバサンだね」 「なんで私だけカタカナのオバサンなのよ!!」  菜月さんは素早く何かを投げるような仕草をした、と想った瞬間 「はうっ!!」  仁さんの額にその何かは命中した。  そして跳ね返った何かは…… 「しゃもじ?」 「あー、兄さんのことは気にしないで良いからね?」 「あ、はい」  気になるのはしゃもじなんだけど、言わない方がいいかな。  ちなみに呼び方は菜月お姉ちゃんでおちついた。 「待たせたか?」 「あ、リースちゃん。いらっしゃい!」 「……しまった」  お店に入って来たフィアッカお姉ちゃんはさやかお姉ちゃんに捕まっていた。 「あの、姉さん。フィアッカさん……リースの事も含めて今から説明するから  ちょっと落ち着いてね」 「えー」  さやかお姉ちゃんが可愛く拗ねる。  ……お母さんが若く見えるのは昔からしってたけど、お父さんの家族の女性は  どうしてこんなにみんな若く見えるんだろう?  そしてなんでみんな胸が大きいんだろう? 「わたしだっていつか……」  そんなどたばたから始まった顔合わせは終わり。 「それじゃぁ説明しますね。俺とシンシアとの出会いの真実と、俺の娘の話を」 「……」  話し終わった後、みんな何も言葉を発しなかった。  考えが、思考がついて行かないんだと思う。  わたしだってこんな話をいきなりされれば混乱すると思うし、はいそうですかって  簡単には納得出来ないと思う。 「そうか……納得した」  え? 左門お祖父ちゃん納得できたの!?  声には出さなかったけど思わずツッコミを入れてしまう。  でもわたしの驚いた顔を見たお祖父ちゃんは、笑いながらこう付け加えた。 「シンシアさんが帰った後のタツの変化の理由が納得出来た、という意味だったんだがな」 「あの、左門さん。私が帰った後の達哉の変化って?」  気になったお母さんがお祖父ちゃんに問いかける。 「タツはあのとき、間違いなく変わった。だが、その変わり方が少し危うかったんだ」 「……」 「別に捨て鉢になったわけでもない。だがな、どう見ても何かに耐えて無理してるようにしか  見えなかったんだ。そのくせ達観したような、ちぐはぐでもあったな。  気になったんだがな、問いかけても答えてくれそうにはなかった。だから俺は見守る事にしたんだよ」 「俺ってそんなに変わりましたか?」 「タツ、お前自身が気づいてないわけはないだろう?」 「……」 「まぁいいさ、10年越しになったが、やっと話してくれたんだからな」 「……ありがとう、ございます」  お父さんは頭をさげた。 「かまわないさ、タツの覚悟だったんだろう?  男の覚悟に水を差す真似はできんからな」  そう言うとお祖父ちゃんは席を立ち、リビングから庭にでて、たばこを吸い始めた。 「ふぅ……肩の荷、一つ降りたな」  夜空を見上げるお祖父ちゃんの顔は、安心したように微笑んでいた。 「それで、これからどうするの?」  さやかお姉ちゃんの言葉にお父さんはすぐに応えた。 「もちろん、シンシアとリリアちゃんと一緒に暮らすよ」 「でもシンシアさんは昔の月人なんでしょう? 戸籍も無いだろうし」 「一応戸籍はあったはずですよ? でも700年前の事ですからね、もう鬼籍に入ってる  はずですけどね」  あはは、と笑うお母さん。 「あぁ、その辺は大丈夫だ。シアとリアの戸籍だけならある」 「え?」  フィアッカお姉ちゃんの言葉にお母さんが驚く。 「もしかして教団が動いた? いえ、そんな訳は無いわね……」  そう言って手を顎に添える。 「シア、いくら考えても絶対に答えは出ないぞ?」 「どうして?」 「ターミナルシステムが介入した、と言う答えなんて出るわけが無いだろう?」 「……はい?」 「なんでターミナルが?」 「理由はわからないがな、ターミナルシステムから介入があったのはまちがいない。  今この日から31年前にシンシアは産まれ、14年前にリリアが産まれた事になっている」 「却下!」  お母さんは即答した。 「それじゃぁ私の年齢がおかしくなるでしょう!!」 「いや、私に言われてもな……すでにもう決まっていることだしな」 「やり直しを要求するー!!」  空に向かって叫ぶお母さん。  ……確かにこれで31歳っていうのはおかしい気がする。 「ねぇ、お兄ちゃん。教団ってそこまで月人の事を管理してるの?」 「麻衣、これはオフレコなんだけどな、教団には裏があるんだよ」 「昔の地球の宗教でも良くある話だけど……今存在してるその組織の話って聞いても大丈夫なこと?」 「覚悟があれば、な」 「うーん……私は月学の教師としては知っておいた方が良いかもしれないけど……」 「麻衣、あとで差し支え無い程度に教えて上げるわ」  お母さんがフォローしていた。 「とにかく、タツ。それにシンシアさんにリリアちゃん。これからもよろしくな」  お庭から帰ってきたお祖父ちゃんのその一言に、みんなでよろしくの挨拶をした。 「ありがとう、みんな」 「ありがとうございます」  それからの日々はあっという間に過ぎていった。  あの説明の翌日、最初に問題になったのは生活用品だった。  着の身着の儘でこの世界に来たわたし達は着替えすら無い。  昨日は間に合わせの服を借りて……どれも胸のところがぶかぶかだったのは忘れることにする。  下着は近くのお店で買ってきた。  今日は当面の着替えを買いに行く、という時に大量の宅配物が到着した。 「何か頼んだ記憶はないんだけどな。差出人は……フィアッカ・マルグリット?」 「えっ、フィアッカお姉ちゃんから?」  何を送ってきたのだろうかとお母さんが箱を開ける、 「これ……どうして?」  中に入っていたのはわたしやお母さんの衣服だった。下着もある。  驚いたのは新品ではなく、生活に使っていたわたし達の洋服だったということだ。  わたしのお気に入りのワンピースも入っていた。 「もしかしてこの差出人のフィアッカお姉ちゃんって……」 「そうね、私達がいたあの時代のお姉ちゃんね」 「これも転移させたの?」 「そうだと思うけど、この時代の宅配システムをちゃんと使ってるあたり  手が込んでるわね、お姉ちゃんらしいんだから」  あの時代に残してしまった、今はもう会えないわたし達の大事な家族からの素敵な贈り物。  私は空に向かって心込めて、届けと念じながらお礼を言う。 「フィアッカお姉ちゃん、ありがとう!!」  着替えが手に入ったら今度は生活する部屋の片付けに移る。  今居るお父さんの家は、わたしにとっては見覚えのある、今まで生活してきた家と  全く同じだった。  あの時代でお母さんは、お父さんとの想い出がある家だって聞いてたけど  ここまでそっくりとは思っても無かった。  これなら寝ぼけてても何も間違えずに使えるって思うくらい。 「寝ぼけないと思うけどね」  問題は部屋割りだった。  今の家の部屋は、2階にお父さんの部屋、麻衣お姉ちゃんの部屋。  書斎とさやかお姉ちゃんの部屋だった部屋。  1階にリビングとダイニングやお風呂、客間。  それと、屋根裏部屋。 「部屋はどうしようか? シンシアはどう思う?」 「そうね……リリアちゃんは一人部屋の方がいい?」 「わたしはお母さんと同じ部屋でもいいよ?」 「うーん……」  悩んだ結果、わたしは今はお父さんが使ってる部屋、つまり前の時代での  わたしの部屋になることが決まった。  お母さんはさやかお姉ちゃんが使っていた空き部屋にお父さんと一緒に住む事になった。 「リリアちゃん、部屋が別々になっちゃたけど、寂しくなったらいつでも寝に来て良いからね」 「わたしはもう子供じゃ無い!」 「そう?」  お母さんの視線が少し下がる。 「何処見てるのよ!」 「ふふっ、べーつにー♪」 「もう、お母さん!!」  こうして大がかりな引っ越しとリフォームは終わって。  お父さんは休んでいたお仕事に戻っていきお母さんは身辺整理と調整の為教団へ。  そしてわたしは夏休み明けにカテリナ学院付属への編入が決まった。 「ふぅ」  ベットに仰向けになって寝転んだ。 「普通に通ってた学院へ編入って、なんだか変な気分」  見上げると壁に掛かっているのはカテリナ学院付属の制服。  それは新品では無く、夏に入る前まで普通に着ていたわたしの制服。 「いかにも着ていましたっていう制服だと、お古だって思われちゃうかなぁ?」  色々と言い訳考えておいた方が良いかな、って思った。  まもなく迎える新学期。  色々とあった心配事や問題事は家族皆と乗り越えていってすべてが順調に進んできた。  まもなく迎える新学期も、編入ということで不安もあるけど、転校だから不安があって  当たり前と思ったら少し気が楽になった。 「なにせ、無事に過去世界に行けるかどうかって考えてたあの不安から比べると  こんなの不安の内に入らないよね。それに……」 「リリアちゃん、お昼ご飯よ〜」 「はぁい!」  リビングから呼ぶお母さんの声。夜になればお父さんも帰ってくる。新しいお姉ちゃん達も居る。  だから、わたしには何の心配も無かった。
・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Twilight Moon- Episode 3 「Wedding Bell」 「遅れてごめんね」  商店街の喫茶店、その奥の席でわたしは待ち合わせをお願いした。  その相手は 「問題ない」  リースお姉ちゃん。 「それで、呼び出した理由は何?」  わたしは店員さんにジュースをリースお姉ちゃんの分も注文してから返事する。 「あ、うん。リースお姉ちゃんと、フィアッカお姉ちゃんにも相談があるの」 「なんだ、私にも用事があるのか?」  わたしの呼びかけにリースお姉ちゃんの胸元にある教団のペンダント型デバイスから声がした。  このデバイスは未来のフィアッカお姉ちゃんから託された物で、いろんなシステムが組み込まれて  いて、その中の機能の一つとして、リースお姉ちゃんの身体を借りずにフィアッカお姉ちゃんとの  会話が出来るシステムがあった。  このシステムのおかげでリースお姉ちゃんの時間を奪わなくて済むって、フィアッカお姉ちゃんは  嬉しそうに言ってたのを覚えている。 「ごめんね、出てきてもらって」 「かまわないさ、可愛い姪の為だからな。それで相談とは何だ?」 「うん、実はね、お母さんとお父さんにプレゼントがしたいの。でもそれにはリースお姉ちゃんと  フィアッカお姉ちゃんの協力が必要なの」 「……」 「ふむ」  リースお姉ちゃんはさっききたクリームソーダを飲みながら頷く。  胸元からはフィアッカお姉ちゃんの声。  リースお姉ちゃんの口は開いてないのに声がするのはちょっと違和感があるなぁ。 「って、それはおいといて」 「ん?」 「あ、こっちのこと。それでプレゼントの事なんだけどね、結婚式をプレゼントしたいの」  このことを思いついた、というか気づいたのは最近、少しだけ生活が落ち着いてきた時だった。  当たり前だけどお母さんは結婚していないままお父さんと別れ、未来でわたしを産んでくれた。  でも今は一緒にくらしているし、結婚してなくてもお母さんもわたしも朝霧のミドルネームを  名乗っている。  だったら正式に結婚式を挙げた方がいいんじゃないかなぁってわたしは思ったの。 「結婚式を挙げる夫婦にこんな大きな娘が居るのはちょっとおかしいかなぁって思ったけど  やっぱり一生に一度なんだし、ちゃんとした式を挙げて欲しいと思ったの」 「そうか……リアは親思いだな」  声だけしかしないフィアッカお姉ちゃん、だけどわたしには未来のフィアッカお姉ちゃんの  笑顔が見える気がした。 「だけど、現実的な問題があって……」  そう、式を挙げる為に色々と調べたわたしが、一番の問題としているのは予算だった。  今のわたしにはそんなお金を持っていない。  と言っても未来に居たときのわたしだったとしても式を挙げるほどの貯金は無かった。 「それでね、リースお姉ちゃんっていつも教会にいるでしょう? だから安くお願い出来ない  かなぁって……」 「無理」 「即答!?」  わたしのお願いを言い切る前に即答された。 「ワタシは教会に属していない、たまにご飯を食べに帰るだけ」 「……」  リースお姉ちゃんは普段はいったいどういう生活をしているんだろう?  そういえば海辺で魚を釣っている姿を見かけた時もあったけど……  フィアッカお姉ちゃんの仕事の関係で一所に落ち着けないのはわかるけど……これはこれで  後で考えないとね。  それよりも今は予算の問題。 「フィアッカお姉ちゃん……お金は持ってる?」  こんな事聞きたくないけど、今のわたしには手段はもう無い。 「それなりにあるが……借金したお金での結婚式で良いのか?」 「う……」  お金を借りることしか考えてなかった。確かに娘の借金での式なんて良いはずは無い。 「どうしよう……わたしはまだ働けないし、働くわけにもいかないし」  働けないのは未成年だから、働くわけにはいかないのは、識っている技術を使っちゃいけないから。 「左門お祖父ちゃんの所でバイトさせてもらうしかない、かなぁ……」  でも、それだとどれくらい時間がかかっちゃうんだろう? 「まったく、何か目標が決まると一直線に進む、間違いなくシアの娘だな」 「フィアッカお姉ちゃん?」 「式を挙げて欲しいのは姉としての私も参加させてもらう事にしよう」 「え?」 「だから、資金面は出世払いとして借金では無いことにする」 「お姉ちゃん……」 「だが、条件がある」 「条件……?」  なんだろう? 難しくないことだといいな。 「あぁ、条件は……この結婚式は当人達には秘密にする事だ」  デバイスから聞こえるフィアッカお姉ちゃんの声。  わたしには未来のフィアッカお姉ちゃんのにやりと笑う顔が見えた気がした。 「リリアちゃん。今日もおでかけなの?」 「うん、早く今の満弦ヶ崎に慣れたいからね」 「探検でもしてるの?」 「そういえば満弦ヶ崎には遺跡、いっぱいあるよね」 「えぇ、そうね……ここはあの満弦ヶ崎ですものね」  お母さんが言う”あの”満弦ヶ崎には二つの意味がある。  お母さんが産まれた戦争があった時代での、月と地球を結ぶ地球側の玄関口の満弦ヶ崎。  わたしが産まれた時代での、遺失技術研究所がターミナルを発見した都市、満弦ヶ崎。 「リリアちゃん、わかってると思うけど関わっちゃ駄目よ?」 「わかってるって。研究対象にはしないから安心して。それじゃぁ行ってきます!」  わたしは麦わら帽子をかぶって夏の日差しの元に出て行った。 「こんにちは、エステル司祭様」 「あら、こんにちは、リリアさん」  協会に着いてからすぐに礼拝堂に入ると司祭様が掃除をされていました。  この礼拝堂、わたしの産まれた時代にもちゃんとある由緒正しき教会で、戦後初めて  地球の人達に開かれた静寂の月光教の教会です。 「エステル司祭様、このたびは無茶なお願いを叶えて頂きありがとうございます」 「いえ、貴女の願いを神が聞き届けてくださっただけです。それにその話はもう何度も  しているではありませんか?」 「それでも、何度でもお礼を言いたいんです」 「そうですが、では神に感謝の祈りを捧げましょう」 「はい!」  司祭様に促されて、私は神に感謝の祈りを捧げる。  正直に言えば研究者でもある私は静寂の月光教の教徒ではないし、その教えを守って  生活してるわけでは無いんだけど、今ここにある奇跡は、やっぱり神様のおかげかなぁって  思い始めている。 「尤も、神様じゃ無くて女神様なんだけどね」 「何か言われました?」 「い、いえ、何でも無いです!」  静寂の月光教の生まれた経緯を知っている、なんて言えないよね。  それに神様じゃ無くて二柱の女神様で、その二柱の女神様がわたしのお母さんとお姉ちゃん  だって事は絶対に言えない。  ……あれ? そうなるとわたしは静寂の月光教の女神様の娘になるのかな?  礼拝を終えて司祭様と相談をする。 「なら、こういう形にするのは如何でしょうか?」  司祭様の提案を頭の中でシミュレートする。 「うん、いいかも」  シミュレートの中でのお母さんの姿、想像しかできないけど、それでも絶対綺麗になるって  確信が持てる。 「ふふっ、リリアさんはお母様思いなんですね」 「え? そうですか?」 「はい、事情があって式を挙げられなかったお母様に式をプレゼントする、すばらしい親孝行  だと思いますよ」 「あ、ありがとうございます」 「でも……お母様のお相手があの方とは思いませんでしたけどね」  一瞬にして司祭様の雰囲気が変わる。 「司祭様? その……お父さんと何かあったのですか?」 「いえ、何もありませんよ」  ……絶対嘘だ、だけどそれを追求したらとてもいけない気がする。  うん、これは流す方が良い選択かな。 「あの、司祭様が個人的にお父さんと知り合いなのはわかってますけど……」 「えぇ、神に誓って絶対に秘密にします。し……お返しする良いチャンスですからね」  今なんて言おうとしたの!?  いったいお父さんと司祭様の間で何があったの?  すっごく気になるけど……怖くて聞けなかった。 「くすっ、どうなされたんですか、リリアさん?」 「い、いえ、なんでもありません」  司祭様の笑顔が……なんだか怖かった。  お姉ちゃん達やお祖父ちゃん達とみんなでこっそりと協力しながら、準備は整っていく。 「リリアちゃんは当日どうするの?」 「え? わたし?」  さやかお姉ちゃんに尋ねられたけど、当日って、式に参列するだけかと思ってた。 「それじゃぁ駄目よ、シンシアさんの一世一代の晴れ舞台ですもの。協力してあげないと、ね」 「協力って?」 「あ、お姉ちゃんの式の時に私はしたあれのこと?」 「麻衣お姉ちゃん、あれって?」 「その通り、麻衣ちゃん。司祭様に連絡して手配整えておいてね」 「うん!」 「今から楽しみだわ〜」 「えっと、さやかお姉ちゃん? 麻衣お姉ちゃん?」  わたしは話についていけず、でも話が進んでいるこの状況に戸惑うしか無かった。 「料理のことは任せておけ」 「はい、左門お祖父ちゃんのご飯は美味しいのでわたしも楽しみです」 「……」 「?」  あれ? 左門お祖父ちゃんが黙っちゃった。わたし、何か不味いこと言ったかな? 「大丈夫だよリリアちゃん。親父殿は照れてるだけだから」 「こら、仁!」 「隠したってばればれだよ、親父殿。確かに僕達の子供はまだだからね」 「えっと?」 「リリアちゃんはね、親父殿にとって初孫なんだよ」 「わたしが左門お祖父ちゃんの初孫?」  左門お祖父ちゃんとは血のつながりはない、でもお祖父ちゃんはお父さんの父親代わりって  言ってたから、わたしにとってお祖父ちゃんになるわけだけど。 「仁、そんなことより式のケーキの仕込みは任せるからな!」 「わかってますよ親父殿、僕達のときより豪華にして見せますよ!」 「ならちゃんと準備しておけ!」 「はいはい」 「あの、左門お祖父ちゃん。わたしには本当のお祖父ちゃんがいないから……その、  ありがとうございます」  上手く言葉にできなくて、お礼しか言えなかった。 「良いんだよ、リリアちゃん。孫はお祖父ちゃんに甘える物だからな」  そう言うと頭を撫でてくれた。お母さんとお父さん以外に撫でてもらうなんてことはないから  ちょっとくすぐったかったけど、不思議と温かかった。 「子供も甘えたいんだけどなぁ」 「仁!」 「へいへい……そういえばだけど」  仁さんは突然真面目な顔をした。 「お袋殿はやっぱりお祖母ちゃんって呼ばれきゅぴっ!」 「……何?」  仁さんの言葉は途中で変な悲鳴に置き換わった。  気づくとその場に倒れてる仁さんの頭には…… 「しゃもじ?」  お前にお祖母ちゃん呼ばわりされたくない、と書かれてるしゃもじが刺さっていた。 「春日……相変わらずキレがあるな」 「……」  お父さんの関係者ってすごい人ばかりなんだなぁって思うことしか出来なかった。  こうしてお母さんとお父さんに秘密のまま、結婚式の日は迎えることになりました。 「お母さん、お父さん。ちょっと付き合って欲しい所あるんだけど、いいかな?」  式当日、わたしはふたりを教会まで連れて行く事になっている。 「ごめんねリリアちゃん。麻衣とさやかに誘われているから今日は無理なの」 「俺もおやっさんに時間を空けておくように言われてるから、ごめんね」  二人の答えは予想通り、だってそうなるように準備してあるんだから。 「うん、大丈夫。わたしはお姉ちゃんやお祖父ちゃんに頼まれて迎えに来たんだから」  二人揃って不思議そうな顔をする。 「とにかくお姉ちゃんもお祖父ちゃんも待ってるから、早く行こっ!」  わたしはふたりの手を取る。  お父さんの大きな手にちょっとドキっとしたけど、気づかれてないよね? 「ちょ、リリアちゃん!?」 「ほら、早く!」  勘づかれる前に教会まで連れて行かないと!  弓張川の土手の上を三人で歩く。手は危ないので離してあるけど、ちょっと残念。 「リリアちゃん、何処まで行くの?」 「教会だよ」 「教会? エステルさんが俺たちに用事?」 「お父さん、呼んでるのはお姉ちゃんとお祖父ちゃんだって」 「そういえばそうだったな、それじゃぁ教会に何があるんだ?」 「つけばわかるってお祖父ちゃんが言ってたよ……あれ?」  さっきまで会話してたはずのお母さんが静かだった。  お母さんの方をみると、歩きながら顎に手を当てていた。  あれはお母さんが思考に没頭してるときの癖なんだけど、歩きながらは危ないと思う。 「お母さん、考えるのは後でも出来るからちゃんと歩い……」 「きゃっ!」  注意を言い終わる前にお母さんが躓く。 「おっと、大丈夫か?」  それを瞬時に受け止めるお父さん。 「あ、うん、ありがとう」  お母さんを受け止めるお父さんの姿が、なんだか昔から連れ添ってる夫婦に見えた。  まだ再会して少ししか立ってないのに…… 「シンシア、とりあえず教会まで行ってみよう。リリアちゃんが俺たちに不利益な事は  するはずないんだからさ」 「そうね、リリアちゃんは私の自慢の娘だものね」 「そうだな」  二人が何故かわたしを褒めはじめた。 「……早く行こう!」 「リリアちゃん、もしかして照れてる?」  振り返ると、多分赤くなったわたしの顔が見られちゃうので、お母さんの声は無視することにした。 「あ、きたきた」 「麻衣、それにさやかも」  教会の前でお姉ちゃん達が待っていた。 「タツ」 「おやっさん!」 「はいはい、それじゃぁ達哉君はこっちに来て」 「ちょっと仁さん?」  お父さんはお祖父ちゃん達に連れて行かれた。 「シンシアさんはこっちよ」 「さやか?」  そしてお母さんとわたしは、お父さんが入ったのとは別の入り口から教会の中へと入った。 「え、これって……」  用意された部屋の中に案内されたお母さんは固まってしまった。  そこにはマネキンに着せてある、純白のウエディングドレス。 「……リリアちゃん」  突然真面目な顔になったお母さんがわたしに迫ってきて両肩をつかんだ。 「お母さん?」 「ねぇ、リリアちゃん。まだリリアちゃんの結婚は早いと思うの」 「……はい?」 「それよりも相手は誰なの!! はっ、まさか達哉なの?  そんなの駄目! 達哉は私の旦那様なんだから、たとえリリアちゃんでもあげないんだから!」 「……ねぇ、お母さん。ここでぼける必要はないと思うんだけど」  お母さんの後ろでは苦笑いしてるお姉ちゃん達が居た。 「リリアちゃん、あまり時間がないからシンシアさんに着替えてもらわないと」 「そうですよね、母がすみません」 「え、悪いのって私?」 「はいはい、お母さん。早くお着替えしましょうね」 「……もしかしてって思ったけど、やっぱりこのドレスは私の?」 「シンシアさん、達哉くんと結婚しても式はまだだったでしょう?」 「だからね、今日ここで式を挙げるの、リリアちゃんからのプレゼントだよ」 「……」  お母さんは目元を手で拭った。 「リリアちゃんはやっぱり私と達哉の、最高の娘よ、ありがとう!」 「お礼は後でいいから、早く着替えよう? あんまり長い間教会を借りれなかったから、ね?」  お母さんのお礼は照れくさいので時間を理由にせかすことにした。  尤も、時間が無いのは本当なんだけどね。 「リリアちゃんの制服は隣の部屋に用意してあるから、早く着替えてね」 「ありがとう、麻衣お姉ちゃん」  お母さんの着替えはお姉ちゃん達と教会の人に任せて、わたしも着替えることにした。  隣の控え室に用意してあるわたしの正装。  カテリナ学院の制服でもスーツでも無い、わたしだけの正装は、研究室の制服のレプリカ。  今で言うと静寂の月光教の女性の司祭様の着る制服に近いものだけど、わたしのは微妙に細部が違う。 「……司祭様のとは全く同じじゃないけど、この正装で参列者側って、大丈夫なのかな?」  今更ながらにそう思うけど、参列するための正装はこれしかない。  それに、この制服はわたしにとっての人生の節目で着てきた物。だからこそ今日この制服で  お母さんをお祝いしたい。 「っと、早く着替えないと」  着替えて待っていた私は麻衣お姉ちゃんに呼ばれてお母さんの部屋に戻った。 「……きれい」  純白のウエディングドレスを纏ったお母さんはすごく綺麗だった。  このお母さんが普段はあんなことやこんなことをしてる、一児の母だなんてとても思えない。  それに歳だって 「リリアちゃん? その先は考えちゃだめよ?」 「……」  こういうときのお母さんは鋭いので考えるのを止める。 「大丈夫よ、私は永遠のじゅうな……」 「だから、危険なネタは禁止!!」  はぁ、どんなに綺麗なドレスを纏ってもお母さんはお母さんだった。  感動が一気にどっかに行ってしまったのがわかる。 「リリアちゃん、私達は先に式場にいってるわね」 「はい、さやかお姉ちゃん、麻衣お姉ちゃん、ありがとうございます」  お姉ちゃん達が控え室から出て行った。 「ねぇ、リリアちゃん。今日のことって達哉は知ってるのかしら?」 「知らないはずだよ? みんなで黙っていようって決めてたから」  本当はフィアッカお姉ちゃんからの条件なんだけど、ね。 「ふふっ、リリアちゃんのいぢわる♪」  そう言って微笑むお母さんは、とても綺麗で…… 「……いいの、今日だけは意地悪でも」 「そうね、ありがとう、リリアちゃん」  綺麗なだけではなく、とても上品で、色っぽくてわたしはドキっとしてしまった。  そのとき突然控え室のドアが開いた。 「時間」  呼びに来てくれたのはリースお姉ちゃんだった。 「それじゃぁ行きましょう?」 「うん、ヴェールはわたしが持つから安心してね」 「よろしくね、私の自慢の娘のヴェールガールさん♪」  礼拝堂の扉が開く。 「……」  式場内にいる家族のみんなの息をのむ音が大きく聞こえる。  バージンロード、本当は親族がエスコートするのだけど、お母さんに親族はいな…… 「え?」  いつの間にかお母さんの隣に一人の女性が立っていた。 「お姉ちゃん……なの?」 「あぁ、シンシアが私の事を姉と思ってくれるのなら、な」  そこに立っていたのは間違いなく、フィアッカお姉ちゃん。  未来で別れてきたあのときの姿の、フィアッカお姉ちゃんだった。 「お姉ちゃん……」 「シア、泣くのではないよ。泣き顔を新郎に見せる気か?」 「……うん、ありがとうお姉ちゃん」  フィアッカお姉ちゃんのエスコートでゆっくりとお母さんはバージンロードを歩いて行く。  その先にいる、お父さんの所に向かって。 「シンシア……綺麗だよ」 「達哉……ありがとう。達哉は格好良すぎるわよ」 「そんなこと無いさ、シンシアの方が綺麗すぎて」 「コホン、よろしいですか?」  二人のやりとりをエステル司祭様が諫める。 「「あ、はい」」 「ふぅ、まったく貴方という人は……」  一度間をとったエステル司祭様は、高らかな声で告げる。 「ただいまより朝霧達哉、シンシア・マルグリット両名の結婚の儀を執り行います」  式は無事終了した。 「おめでとう、お兄ちゃん!」 「おめでとう、シンシアさん!」  家族皆のお祝いと祝福の声。 「みんな、ありがとう!!」 「え?」  そのとき、白い羽根の結晶が舞った。 「きれい……」  誰かがそうつぶやいたのが聞こえた。  この白い羽根の結晶体は、空間転移の際の余剰エネルギーが結晶化したもの。  誰かがターミナルシステムで空間転移を行ったと考えるのが普通なんだけど。  多分、ちがうよね。 「まったく、してくれたわよね」  お母さんもそう思ったみたい。 「ありがとう!!」  お母さんは空に向かって大きな声で、届けとばかりにお礼の言葉を述べた。  そして空高く、ブーケを放り投げた。
・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Twilight Moon- Episode 4 「Honeymoon」  電車に揺られながら、わたしは窓の外の景色を眺めている。  今も昔も未来も、車窓はそんなに変わってないと思う。  向かい合わせにした席のわたしの隣ではお母さんが、向かい側ではお父さんが  眠っていた。 「……どうしてこうなったんだろう?」  教会での結婚式の後、司祭様まで巻き込んだ披露宴……あれって披露宴って言っても  いいのかな?  お祖父ちゃんのお店を借り切っての披露宴……パーティー?  ただの飲み会だったような気がしないでもなかった。  でも、みんな楽しそうな笑顔で、とても盛り上がったから良かったと思う。  わたしは早めの時間に、麻衣お姉ちゃんと一緒にお祖父ちゃんのお家の客間に避難して  そのまま泊まることになった。  せっかくの結婚式の日だもん、お母さんとお父さんを二人っきりにしてあげたかったから。  こうして結婚式は無事にすべてのスケジュールを終えて普段の生活に戻るかと思った翌朝。 「リリアちゃん、遅いわよ? お寝坊さんね」  客間まで迎えに来たお母さんはわたしを引っ張るようにして家に連れて帰った。 「ほら、早く着替えてらっしゃい。急がないと間に合わなくなるわよ?」 「急ぐ? 間に合う?」 「そう、これから新婚旅行に行くんだから、ね♪」  あ……失敗した。  新婚旅行の事まで考えてなかった。  あれ? でも、お母さんは旅行に行くって? 「揃ったみたいだね」  奥からお父さんが旅行鞄を持ってやってきた。 「達哉、リリアちゃんが着替えるまでもうちょっと待ってて」 「あぁ」 「お母さん? 着替えるってわたしも行くの?」 「当たり前でしょう?」 「だって準備とか」 「リリアちゃんの鞄は用意してあるわ、あとは着替えるだけよ?  それとも、そのままの格好で行く?」  お母さんはわたしの手を取り外に向かおうとする。 「ちょ、ちょっとまって、着替えてくる!!」 「部屋に着替えを用意してあるからね〜」  こうしてわたしの知らない間に新婚旅行に一緒に行くことが決まった。 「なんで娘のわたしまで新婚旅行について行かなくちゃいけないんだろう?」  電車に乗ってすぐに眠ってしまった二人。  眠る前に話は聞いた。 「だって、用意してある切符は三人分よ? 私と達哉と、リリアちゃんでしょう?」  わたしの知らないところで準備していた新婚旅行の企画。  多分、フィアッカお姉ちゃんの仕掛けだと思う。 「本当に、お姉ちゃんは今も未来も変わってないんだから」  人を驚かす事が大好きなフィアッカお姉ちゃんは、昨日の結婚式ではお母さんの  エスコート役をしてみんなを驚かせていた。  後で聞いたら遠隔操作の立体映像だって言ってたけど、それって今の技術じゃ出来ない  遺失技術じゃないのかな?  でも、フィアッカお姉ちゃんなら悪用はしないだろうし、何よりお母さんが喜んでいたから  良いかな。  そんなことを想いながら、わたしは車窓を眺めていた。 「到着っ♪ 意外に近かったわね」  「お母さん達はずっと寝てたけど、結構距離あった……よ?」  なんだか最近、同じような事を言ったような気がする。 「リリアちゃんは疲れたのかい?」 「あ、ううん、だいじょうぶ」  お父さんに聞かれてとっさにそう答えた。別な意味では疲れてるけど、まだ身体は疲れていない。 「すごく懐かしい感じがする町ね」  お母さんが目を細めながら、駅前を見回す。  わたしには懐かしさより古めかしいとしか感じないけど……既視感がある。 「今日は時間が無いからバスで宿に直行だな、あのバスかな?」  お父さんが見た先にある、古めかしいバス。 「……あっ!」 「ふふっ、リリアちゃん気づくの遅いわよ?」  この時代の町並みに既視感があるのはおかしいって思い込んでたから気づかなかったけど、ここって 「ずっと昔からあったんだ……変わってないんだね」  そう、あのとき三人で行った旅行先と同じ場所だった。 「とりあえずバスに乗ろうか、乗り遅れると後が大変そうだからね」 「すっごく見覚えがある」  バスの内部は床が木で出来ていて、なんだか古くさい。  そしてエンジンの音がもの凄く大きい。間違いなく化石燃料……ガソリン駆動だろう。 「流石に田舎になるとハイブリッド車はまだないんだな」  完全な電気自動車ではなく、ガソリンと電気を併用して動くハイブリッド車。  ここが否応なくわたしが生まれた時代より過去だと言うことを今更ながら実感した。  そういえば、こういうのを”わびさび”って言うんだっけ?  今のわたしにはやっぱりわからない、と言うことはわたしはまだ大人になってないって  ことなのかな? そんなことを考えながらバスは海沿いの道を走って行く。  そして降りたバス停の近くに、お世話になる宿についた。  チャックインして通された部屋は見通しの良い広い部屋だった。 「えっと、一部屋しか無いんだよね?」 「えぇ、そうよ。何か問題でもあるの?」 「ありまくりだと思うの……」  新婚旅行に娘を連れてきて、同じ部屋に寝泊まりするって問題あると思うんだけどな。  それに、お父さんと一緒の部屋で眠るのは……ちょっと恥ずかしい。  わたしにとってお父さんはまだ、お父さんっていうよりお母さんの旦那様だから。 「ねぇ、リリアちゃん」  微笑みながらお母さんがわたしの肩に手を掛けてくる。 「早速温泉に入りましょう? 源泉掛け流しの良いお風呂なのよ?」 「えっと、わたしは一人でも入れるから……」  そう言いながら、ここでも既視感を感じる。  もしあのときと同じなら…… 「これ、なーんだ?」 「……」  わたしが幼いころにお母さんに渡した、なんでもお願い事を聞く券だった。 「ね、みんなで温泉に入りましょう♪」  流石に大浴場は男女別なのでお父さんとは一緒に入れなかった、お母さんはものすごく  残念そうにしてたけど、わたしはほっとしている。  そんなお母さんだけど、温泉に使った瞬間、残念そうな不満そうな表情は消え、とろけるような  顔になっていた。 「いいお湯ね〜」  湯船に浸かって、うんと伸びをするお母さん。  そうすると胸が強調されるように前に出てくる。そして出てきた旨は湯船に沈むことは無かった。 「……はぁ」  思わずため息をついて俯く。見えるのはわたしのささやかなふくらみ。  もちろん、お湯に浮かぶことは無い。  同年代から見れば誤差の範囲で少し小さいだけかもしれないのだけど、お母さんを前にすると  その圧倒的な差にいつも落ち込んでしまう。 「なんでここは遺伝しなかったんだろうなぁ……」  小さくつぶやいた。 「ねぇ、リリアちゃん。背中流してあげるね」 「……うん」 「あら? いつもと違って素直ね」 「断った方が面倒な事になるからね、きっと」 「ふふっ、よく解ってるじゃない♪」  そう言って湯船から立ち上がるお母さんの姿はとても一児の母とは思えない物だった。  宿で美味しい夕食を食べた後、みんなで目の前の海岸線沿いを散歩する事になった。  わたしはお母さんと手をつないで、お母さんはお父さんと手をつないで歩く。  最初はわたしが真ん中に入るっていう話だったけど、この順番で良いと思ったからそうして  もらった。両手をつないだお母さんはすごく嬉しそうな顔をしたので、これで正解だったと思う。 「流石に夜祭りは無い見たいね」  近くの神社は街灯の明かりしか無く、わたしの記憶にある明るく賑やかな神社ではなかった。 「そうそう都合良くお祭りなんてないよ」 「せっかくだしお参りしていきましょう」  そう言ってお母さんはわたし達の手を引いて歩き出した。 「お母さん、わたし達って一応静寂の月光教の信者じゃなかったっけ?」 「その静寂の月光の神様って誰だっけ?」 「……そうだった」 「だったら別に他の神社にお参りしても問題ないでしょう?」  そう言ってお母さんはウインクした。 「ねぇ、リリアちゃんは何をお願いしたの?」 「お願い? お詣りしただけだよ?」 「そう、残念。達哉は?」 「秘密だ」 「えーっ!」  静かな場所にお母さんの残念な声が響き渡った。  部屋に戻ると3つのお布団が敷かれていた。 「わたしは端っこで寝るね」 「真ん中で良いのよ?」 「大丈夫! わたしは端が好きだから!」  そう言いながらわたしは布団を部屋の端の方へと引っ張っていく。 「グスン、リリアちゃんが反抗期に入っちゃった」 「違うから!」  お母さんの嘘泣きをスルーして、私はお布団の上に横になった。  ……本当はお父さんの近くで眠るのが恥ずかしいだけなんだけど、その理由は絶対に言えなかった。 「そうそう、二人ともこれからちょっといいかい?」  お父さんに誘われて、旅館の駐車場にやってきた。 「はい」  お父さんから渡されたのは手持ちの花火だった。 「リリアちゃん、花火は人に向けちゃいけないんだからね?」 「お母さん? そう言いながらなんで花火をわたしの方に向けてるのかな?」 「やっぱりフリって大事よね?」 「そんなの大事じゃ無いからっ!」  そんなやりとりもあったけど、花火はとても綺麗だった。 「……ん?」  小さな物音で目が覚めた私は上半身を起こした。  お母さんは眠っていて、お父さんは…… 「あれ?」  お父さんは布団には居なかった。 「起こしちゃったかな?」  お父さんは布団の向こう側、広縁っていうんだっけ? 窓側の小さな区画の椅子に座っていた。 「……大丈夫です」 「お茶でも飲むかい?」 「……はい」  普通だったら断ってお布団の中に戻る所なんだけど……なんだろう? この雰囲気っていうか  何かがお父さんのお誘いを断りづらくした。 「はい」 「ありがとう、ございます」 「そういえばまだちゃんとしたお礼を言ってなかったね」 「お礼、ですか?」 「うん。結婚式のプレゼント、ありがとう」  そう言うとお父さんは頭を深くさげた。 「え、えっと……」  まさかお父さんが娘に頭をさげるとは思ってなかったから驚いてしまった。 「俺もさ、いつかはシンシアと式を挙げたいとは思ってたんだ」 「え! それじゃぁ私は……」  余計なことをした? 「そんなことはないよ、とっても嬉しいプレゼントだったよ。俺もシンシアもすごく驚いて、  それ以上に嬉しかった」  そう言って手に持ったお茶を飲むお父さん。 「娘から結婚式のプレゼントなんて普通の父親じゃありえないからね」  それはそうだろうなぁ、と声に出さずに同意する。 「父親、か……」  そう言うとお父さんは窓から夜空を見上げる。 「俺が父親のことをあまり覚えてないんだ」 「え?」 「俺が幼い頃にさ、失踪しちゃったから」  初めて聞く話だった、左門お祖父ちゃんがお父さんの父親代わりっていう話から、多分  亡くなっているとは思ったけど、失踪だったなんて…… 「失踪した理由は今でもわからない、でもさ、俺や麻衣、お袋を置いて失踪した父さんをさ……  許せなかった、憎んでいたのかもしれない」 「……」 「父さんが居なくなって、お袋は俺たちを育てるのに一生懸命働いて、そのせいかどうかは  わからないけど、早くに亡くなってさ。父さんが居なくなったせいだって思ってもっともっと  恨んだっけな」 「……」  わたしは何も言うことが出来ない。じっとお父さんを見ることしか出来なかった。  その顔は恨んでいるっていうより寂しがってる子供のように見えた。 「姉さんや麻衣、おやっさん達に助けてもらいながら生活して、いろいろあって、やっと自分の  中で整理できたかなぁって思った頃にさ……シンシアと出会ったんだ」 「お母さんに?」 「あぁ、そして一緒に過ごした。一緒に居られたのはたったの一週間だけだった」  一週間だけの物語、その話はお母さんから聞いている。 「そして俺はシンシアを送り出した。遠い未来、シンシアの役目が終わる日が早く来るのを祈りながら。  その後の事はリリアちゃんが知っての通りだよ」 「……うん」  お母さんがターミナルに戻って、外の時間で500年後、やっと人類はターミナルに手が届いた。  その結果お母さんがターミナルより助け出され、そしてわたしを生んで育ててくれた。 「ごめんな、リリアちゃん。俺は父親失格なんだよ」 「お父さん?」 「シンシアが一番大事な時期に、リリアちゃんが一番大事な時期に俺は傍に居られなかった。  それどころか娘が居ることも知らず、ただ祈る事しか出来なかった」 「……仕方が無い事だと思います」 「確かにそうなんだけどな……」  お父さんはお茶を飲もうとして、湯飲みにもうお茶が無い事に気づいた。  少し照れるような顔をしたお父さんは、自分とわたしの湯飲みに新しくお茶を注ぐ。 「シンシアが救われる未来を目指し、それにつながる道を作るために、ロストテクノロジーの研究や  遺跡発掘をしていた。そんなとき、シンシアが帰ってきた。娘を連れて」  お父さんが3つめの湯飲みにお茶を煎れながら話を続ける。 「最初は戸惑ったよ」 「当たり前じゃないの」  お父さんの言葉に返事をしたのはお母さんだった。 「お母さん、起きてたの?」  そしてわたしの隣に座ると、新しく煎れた湯飲みを手に取る。 「えぇ、リリアちゃんが目を覚ました辺りからかしらね」 「……嘘!? あのお母さんが!?」 「ちょっとリリアちゃん、その言い方地味に傷つくんだけど……まぁ、その追求は後にして、と」  お茶を飲んだお母さんはお父さんに問いかける。 「達哉は何を悩んでるの?」  お父さんが悩んでる? 「俺はさ、父親になれてるんだろうか?」 「俺にだって幼い頃に両親がいた、けどどちらも早くに失った。俺は心を閉ざし、父親を恨んだ。  そんな俺が、父親になれるのだろうか?」 「それでもさ、誰かと結婚して、子供が生まれれば父親になれたのかもしれない。でも気づけば  大きくなった娘が現れた」 「リリアちゃんのことが嫌いなわけじゃない、あのとき俺の娘だって言われたとき、なんていうのかな。  本能で理解できたよ、間違いなく俺とシンシアの娘だって。だからこそ、かな……」 「俺は父親になれてるんだろうか? ってさ」  わたしとお母さんはお父さんの独白を静かに聞いていた。 「ふぅ、達哉は真面目ね、真面目すぎるわね」 「お母さん?」 「達哉、母親はね、子供を生んですぐに母親になれるのよ、でも父親はすぐになれるんじゃない。  いつなれると思う?」 「……わからない」 「それはね、生まれた子供から父って呼ばれた時よ」 「……そういうものなのか?」 「そうよ、だから達哉はちゃんとリリアちゃんの父親になってるのよ? そうよね、リリアちゃん」 「……うん、わたしも初めて会ったときに、わたしのお父さんだって理解できたから」 「……そうか、ありがとう、シンシア、リリアちゃん。俺はまだ新米な父親だけど、シンシアの夫として  リリアちゃんの父親として恥ずかしくないよう頑張るよ」 「私もよ、達哉の褄として、シンシアの母親として恥ずかしくないようにがんばる」 「わたしも、お父さんとお母さんの娘として恥ずかしくないようにがんばる、ね」  お母さんがそっとわたしを抱きしめる。  そんなわたし達をお父さんがそっと抱きしめた。  わたし達が本当の家族になれたと思った瞬間だった。 「ねぇ、達哉。せっかく早起きしたんだから、温泉に一緒にはいらない?」 「……」  お母さんの一言で感動のシーンがあっさり終わってしまった。 「それはかまわないけど、一緒には」 「大丈夫よ♪」  お父さんの言葉を遮ったお母さんの笑顔に、わたしは嫌な予感がした。 「昨日のうちに確認したけど、今日この宿は貸切なのよ」 「お母さん、なんでそんなことわかるの?」 「ちょっとアクセスして調べた……いやん、冗談よ?」 「……お母さんが言うと冗談に聞こえないんだけど」 「え、えっとね、宿の人に聞いただけよ。今日の宿泊者は私達家族だけだって」  食事は部屋食だから気づかなかったけど、宿の中で他のお客を見た記憶は無い。 「というわけで、みんなで温泉に入りましょう♪」 「だから、どうしてそうなるのー!?」 「失礼しまーす……」  わたしは何故か鞄の中に入っていた白いワンピースの水着に着替えてから浴場に入った。  なんで水着があるのかは……言うまでも無くお母さんの仕業だよね。 「ほら、リリアちゃん。お風呂なんだから堂々とすればいいのよ」  横には何も纏わず裸のお母さん。 「でも、ここって男湯だし……ってお母さん、バスタオルくらい巻いてよね!」 「昨日はそんなこと言わなかったじゃない」 「今日はそういうわけにもいかないよ、だって男湯だし……」 「大丈夫、入り口には結界を仕掛けてきたから誰も入れないわよ」 「いつのまに……てか、結界?」 「ちょっとした重力制御システムの応用よ♪」 「それっておかしいと思うんだけど……」 「はいはい、現実をみましょうねー。それよりも男湯は女湯よりちょっと小さいのね」 「……そもそも男湯って初めてなんだけど」 「奇遇ね、私も初めてよ」 「入りなれてるって言われると色々と疑いそうなんだけど……」 「達哉は、っと……もう外の露天風呂に言ってるみたいね。私達も行くわよ!」  そう言ってバスタオルをほどこうとする。 「ちょっとお母さん!? 見られちゃうよ!?」 「達哉しかいないんだから問題無いわよ、それよりリリアちゃんも水着脱いじゃう?」 「脱ぎません!!」  わたしは一緒に露天風呂に入る事を条件に、お母さんにバスタオルを巻いてもらう事にしてもらった。  露天風呂に先に入ってるお父さんは、こちらに背中を向けて入っていた。 「達哉、お待たせ」  お母さんの言葉にこちらを向かず、手を挙げて答えるお父さん。  お父さんはお母さんと違って常識人だからこういうときはもの凄く助かる。 「別に振り向いても大丈夫よ、ちゃんとバスタオル巻いてるしリリアちゃんは水着着てるから。  あ、でもお湯に浸かるときはバスタオルを外すのがマナーなのよね」 「お母さん!!」 「はいはい、今日は撮影があるっていう設定で許可をもらったことにしておくわね」 「……妙な所詳しいな」 「主夫をなめちゃだめよ?」  お父さんはそれでもこちらを振り向くことは無かった。  そんなお父さんの横まで行ったお母さんは並んで腰を下ろす。  わたしは…… 「リリアちゃん?」  がんばってお母さんと反対側の、お父さんの横に座った。  水着を着ているんだけど、なんだかすごく恥ずかしい。 「あんまり……みないでね、お父さん」 「あ、あぁ……」  3人で並んで温泉に浸かった。  露天風呂から見える景色は、まだ暗い海と、でも空は蒼い色に包まれていた。  夜明け前の瑠璃色の空だった。 「私ね、夢が叶っちゃった」 「夢?」 「こうして家族そろってお風呂に入ること。リリアちゃんが小さかったら達哉と一緒でも  恥ずかしくなかったと思うけど、もうリリアちゃんも大きくなったから無理だと思ってた」 「お母さん……」  普段からお風呂好きのお母さんはいつもわたしと一緒に入りたがる。   それは家族を大事にするお母さんにとっての一つの愛情表現だったのかもしれない。 「あ、でも大きくなったっていっても身体は、特に一部分は小さいままだけどね」 「……お母さん、わたしの感動を返して」  せっかくお母さんの事を見直したのに、やっぱりお母さんはお母さんだった。 「そうだな、もう娘と一緒に風呂なんて入れる歳じゃないんだよな」  お父さんはずっと瑠璃色の空を見上げたまま、そうつぶやいた。 「父親らしい事、一つもして上げれなかったな」 「そうね、小さかったらお父さんと一緒にお風呂入る! なんて言われたかも  しれないわね」  女の子でもそういう風に言うのかな? わたしにはその機会が無かったから解らなかった。 「それじゃぁ最初で最後かもしれない娘とのお風呂、堪能しましょ♪」 「え?」  お母さんの言葉にわたしは嫌な予感がした。 「ねぇ、達哉。洗い場でわたしとリリアちゃんの背中、流してくれる?」 「え、えーっ!? わたしも!?」 「達哉に父親としての経験をしてもらう為よ、リリアちゃん」 「う゛……」  さっきまでの話を持ち出されると断りづらい。  でも背中を流してもらうには水着の上だけでも脱がないといけないし、それはやっぱり  恥ずかしいし…… 「背中は恥ずかしい……だから、髪だけなら、いいよ?」 「ありがとう、リリアちゃん」 「それじゃぁ私は全身くまなく洗ってもらおうかしら?」 「お母さんも髪だけだからね!!」 「えー」  こうしてわたしはお父さんに髪を洗ってもらった。  洗い方が下手でお母さんに注意されながら髪を洗うお父さんだけど……下手なんだけど……  とても優しかった。 「今日はこれからどうするの?」  部屋で朝ご飯を食べた後、今日の予定を訪ねた。 「もちろんチェックアウトまで温泉よ、さぁリリアちゃん、入りに行きましょう!」  想像通りというか、想定通りというか。 「お母さんは本当に温泉好きよね」 「温泉だけじゃなく普通のお風呂も大好きよ。せっかくだから達哉もまた一緒に入る?」 「流石に陽が昇ってからは駄目だろう、俺はここで待ってるよ」  こうしてチェックアウト前の最後の温泉に入ることになりました。 「んー、流石に帰る日に海では泳げないわね」  宿をチェックアウトしてバス停まで来たお母さんは海岸を見て残念そうにつぶやいた。 「この時期はもうクラゲが発生してるから無理だな」 「一応水着も用意してあったんだけどなぁ……」 「え? お母さん水着用意してあったの? なんで朝着なかったの?」 「ん? 達哉の前で隠す必要なんてないでしょう?」 「……はぁ」 「それとも水着姿を見せた方が良かったかしら?」  そう言うとお母さんはグラビアに良くあるポーズをとってみせる。 「そうだな、でも今回はリリアちゃんの可愛い水着姿が見れたから満足だよ」 「お父さんのえっち」 「え!?」  お父さんに水着姿が可愛いって言われてどきっとしちゃった。  それを誤魔化すためにお父さんに抗議した。 「もう、達哉ったらリリアちゃんはこれでもお年頃なのよ?  恥ずかしいに決まってるじゃ無いの」 「お母さん、これでもってどういう意味?」 「それはともかく私の水着姿はいつでも披露してあげるからね、我慢出来なくなったら  遠慮無く言ってね♪」 「お母さん!」  私の質問に答えなかったお母さんは突然真面目な顔になった。 「リリアちゃん」 「え、なに?」 「昔の偉い人はこう言ったのよ。  貧乳は常に夢と希望を与えてるから大きくならないんだ、ってね」 「誰がそんなこと言ったのよ!!」  わたしは即座に反論した。 「あ、でも同じ人はこうもいったわ。  巨乳は夢と希望が詰まってるから大きい、とね」 「お母さん、喧嘩売ってる?」 「達哉はどう思う?」 「俺にそう言う話題を振らないでくれ……」  お父さんは呆れてた、でも女の子には大事な事なんだから!  そんなことをしてると駅前に行くバスがやってきた。 「ねぇ、達哉。私寄りたいところあるんだけど、まだ時間はあるわよね?」 「列車の時間は大丈夫だけど」 「なら行きましょう♪」  そうして帰りに寄り道した先にあったものは海の天然の入り江を利用して作られた  水族館だった。 「お母さん、ここって」 「せっかくここまで来たんですもの、寄らないとね♪」  イルカやアシカのショウを家族で楽しんだ。  同じショウなのに、わたしはあのとき楽しめただろうか?  一緒に来てくれたフィアッカお姉ちゃんに失礼な態度じゃなかったんだろうか?  もし、会えるならちゃんと謝りたかった。  けど、あのフィアッカお姉ちゃんに会うことは、もう出来ない。  そんなことを考えながら水槽を眺めていた。  わたしが見ているのは水槽の中の魚ではなく、ガラスに映ったわたし自身だった。 「ねぇ、リリアちゃん。こっちの水槽見に行きましょう!」 「お母さん、危ないから手を引っ張らないで!」  お母さんに連れてこられた水槽は全体的に暗く、四方に網が張られていた。  中にはとても大きな魚が泳いでいる。 「この時代にもいたわね、相変わらずよくわからない魚よね」 「そう? 結構可愛いと思うけど」  前にも見たことのあるお魚……お魚だよね? ちょっと自信ないけどこうして水族館に  いるんだから、お魚だよね?  横向きに泳いでるこのお魚はマンボウだった。  小さなヒレを動かして泳いでるマンボウは愛嬌があって大きいけど可愛く見える。  そんなマンボウがゆっくりとこちらに進路をかえた。 「薄い」 「そこがいいんじゃないの?」 「シンシアもリリアちゃんも、マンボウがそんなに好きなのか?」 「えぇ、あの夢の中で達哉に驚かされて以来はまっちゃったんだからね?」 「夢の中?」 「あ、そっか。リリアちゃんには話してなかったわね。達哉、あの本はまだあるの?」 「大切にとってあるけど……あの話はすべてするのは良くないと思う」 「そ、それもそうね……」  お母さんは思いっきり目をそらしていた、何かを誤魔化すときの仕草だ。 「リリアちゃん、話せる範囲で話して上げるね」  話せない範囲っていうのが気になるけど、なんとなく聞いちゃいけない気がした。 「リリアちゃん、旅行は楽しかった?」  帰りの車内でお母さんが訪ねてくる。 「うん、楽しかったけど、お邪魔じゃなかったのかなぁって」 「なんで?」 「なんでって、新婚旅行だよね? 娘がついてくるって普通じゃないよね?」 「あー」  お母さんは何かに納得したみたいでぽんと手を叩いた。 「そういえば新婚旅行だったっけ」 「……」  ツッコミを入れる気力はなかった。 「でもいいんじゃないか? 娘と一緒の新婚旅行だなんて滅多に経験できないだろう?」 「お父さんまで……」  お父さんもいい加減な所あるみたい。さすがはお母さんと結婚しただけのことはあるなぁって納得。 「でも出来ればフィアッカお姉ちゃんが一緒なのが良かったかな」 「この時代じゃ難しいわね……」  そう言うとお母さんは顎に手を添える。  わたしの生まれた時代に居たフィアッカお姉ちゃんは、誰かの身体を借りていたのか、それとも  他の手段で居たのかは今のわたしにはもうわからない。  けど、ちゃんと存在して、わたし達の家族だったことには変わりない。  でもこの時代のフィアッカお姉ちゃんは、人の身体を借りて存在する。  それ故に滅多に表には出てこなくって、元の身体の人生を優先させているって話してくれた。 「そうは言っても何かあったときの優先権は私にある、どう弁明してもリースリット・ノエルの  人生を奪ってるのは確かだがな」  フィアッカお姉ちゃんの言葉を思い出す。  でも、わたしが持ってきたデバイスには未来のシステムデータが有り、宿主の身体に負担を掛けず  同時に意識を存在させることはすぐに出来るようになっていた。  そして結婚式の時、暫定的だけど立体映像を使って完全に別々に存在する事に成功していた。  何れ、未来のフィアッカお姉ちゃんみたいになれると思う。 「ねぇ、リリアちゃん。お姉ちゃん、欲しくない?」 「……はい?」  わたしも考え事をしていたけど、お母さんの一言で現実に戻って来た。 「だから、姉が欲しくないかなぁって話よ」 「お母さん、こういうときの姉妹って、普通弟とか妹とかになるんじゃないの?」 「あ、それは後で考えるわ」  考えるんだ…… 「じゃなくって、姉ってなんなの? それに今でも一杯お姉ちゃんいるよ?」  フィアッカお姉ちゃんにリースお姉ちゃん、麻衣お姉ちゃん、さやかお姉ちゃん、菜月お姉ちゃん。  わたしにはいっぱいのお姉ちゃんがいる。 「そういえば皆お姉ちゃんって呼んでたわね、でも私が考えてた事は別なの。  ねぇ、達哉。わたし、初めて会ったときからずっと考えていたんだけどね……」  お母さんの驚きの発言を聞きながら、列車は満弦ヶ崎へと向かう。  そこにある、わたしの家、家族の家に帰るために。
・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Twilight Moon- Episode 5 「Twilight Moon」 「これでよしっと」  わたしは開いていた本の形のデバイスを閉じた。  このデバイスはわたしが今の時代で組み立てた物。表向きはただの日記帳。  だけど本を開くとスクリーンが投影され、登録してある文章や写真を見ることが出来る。  空間投影スクリーンはまだ小型実用化されていないので、本当は作っちゃ行けない  デバイスだけど、今ある技術だけで組み立てたからセーフだよね。 「だけど、まだ出来ていない技術だからこれもロストテクノロジーになっちゃうのかな?」  表向きはただの日記帳、実際は最新技術をつぎ込んだ……やっぱり日記帳。  これなら大丈夫だよね。  日記帳のデバイスを開いて見てたのは、この夏の想い出。  家族で初めて迎えた夏の、結婚式や新婚旅行の記録。  もうすぐ夏も終わる。暦の上では秋が近いけど、まだ外は残暑が厳しい。  そんな今日、わたしはこの時代のカテリナ学院付属に編入する事になっている。  ハンガーに掛けてある制服は、新品では無く、昔から使い続けたわたしの制服。  あのとき、フィアッカお姉ちゃんから届けられたプレゼントの中にちゃんと入っていた。  遠い未来の夏休みに入ってから始まった夏休みは、遠い過去の夏の終わりを迎える。  ってことは、始まっても居ない夏休みが終わる事になるのかな? 「ま、いっか」 「リリアちゃん、そろそろ時間よ!」 「はぁい!」  わたしは本を閉じ、制服に袖を通した。 「リリアちゃん、大丈夫? 私も一緒に行こうか?」 「大丈夫だって、いつもと同じ道なんだから迷わないよ?」 「リリア、困ったことがあったらいつでも相談してくれよ?」  お父さんはあの旅の後、わたしを呼び捨てにするようになった。  最初は戸惑ったけど、その方がお父さんらしくて……なんだか嬉しかった。 「お父さん、ありがとう。でもお父さんは学院では教授なんだよね? だから  質問に行きますね、朝霧教授」 「……なんだか慣れないな」 「リリアちゃん、今日は早めに行かないといけないんじゃなかったの?」 「あ、うん。それじゃぁお父さん、お母さん。」  靴をちゃんと履いてから玄関の扉を開ける。  わたしの研究の成果により生まれた一つの旅はこうして終わりを告げた。  そしてお母さんと、お父さんと一緒に家族揃っての旅は、もう始まっていた。 「行ってきます!!」
[ 元いたページへ ]