夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory sincerely yours -Crescent Moon-
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夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 0 「終わりの始まり」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 1 「残酷な幸せ」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 2 「答えの出ない答え」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 3 「必要な休息」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 4 「家族旅行」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 5 「覚悟」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 6 「最後の嘘」夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 7 「only one flowers」
another view ...  そこは、漆黒の空間。  上下左右の区別も無く、光も無い、まるで宇宙空間のような場所。  そこに一人の女性が立っていた。  いや、浮いていると言うべきだろう。  腰まで届く長い金色の髪は、光も無いはずのこの空間でも輝いて見える。  その女性の視線は下の方を向いていた。  真剣な表情で、その紅い眼が見つめる先にあるものは、円筒型の施設だ。  この闇の中、そこだけ光り輝いてるかのように存在し浮いている施設。  その施設を見ていた女性が、ふと表情を和らげる。  そのとき、施設の外側の空間にひび割れが入った。  そしてそのひび割れ、いや裂け目と言うべきだろう、そこから人が現れてその施設にアクセスを開始した。 「とうとう来たのだな、この時が」  それは、長い長い研究の果てに、科学の力が1200年前の水準にたどり着いた瞬間だった。  女性は、胸元にかけていたペンダント型のデバイスに手を伸ばす。  すると中のやりとりが聞こえてきた。 「その認識には間違いがあるわ、シンシア・マルグリットはただの科学者よ」 「……まったく、シアは相変わらずだな」  和らいでいた表情は苦笑いになる。  そうした表情が引き締まる。 「終わりへの物語が、始まったか……」  その言葉の意味が解るのは、口に出した女性だけだろう。 「だが……今度の物語は少なくともシアにとっては悲しい結末にはならないだろう」  施設にアクセスしてた研究員達は空間の割れ目から戻っていった。  恐らく中にいただろう、管理者も一緒だろう。 「物語はやはりハッピーエンドが一番だと思わないか、シア?」  その女性の問いかけに答える人は、この空間にはもう誰も居ない。  それどころか、その女性もいつの間にか消えていた。 another view end ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 0 「終わりの始まり」 「こちらにどうぞ、シンシア様」 「様付けで呼ばないで良いわよ」 「いえ、私達にとって貴方は伝承の女神様なのですから」 「だから、私はただの科学者だって」 「存じております」 「……はぁ、もう良いわ」 「では、今夜はこの部屋でお休みください」  そう言うと研究員は去って行った。 「はぁ……なんで私まで女神になってるのかしらね」  研究員が話してくれた内容を思い出す。 「古より月には二人の女神がいる、一人は永遠の命を持ち技術の発展を影から見守る女神。  もう一人はその技術自体を封印し、時が来た時のその技術を授ける女神、かぁ」  まさにフィアッカお姉ちゃんと私の事だよね、これって。 「いったいどこがどうなったらこんな伝承になるんだろう?」  シンシア・マルグリットもフィアッカ・マルグリットも今の時代から1200年前の月人だ。  そしてその事実を知ることは誰にも出来るはずがない、そうあの時が来るまでは…… 「ターミナルを発見した研究チームが”アサギリ”主任のチームだっていうことが答えよね、やっぱり」  あの懐中時計を持っていたのだし、間違いなくタツヤの直系だろう。  そうなるとこの伝承を作ったのはタツヤだろうと推測できる。 「まったく、タツヤったら……」  言葉は続かなかった。 「タツヤ……私、頑張ったよ? 褒めてくれる?」  窓から夜空を見上げる、そうしないと涙が出てきそうだったから。 「……色々面倒」  私が現実空間に復帰して数日がたった。  助け出された私は晴れて自由の身、にはならなかった。  それはそうだろう、この時代になり世界の理の外にあるターミナルにアクセスできる技術レベルにまで  発展したのだが、それで終わりでは無い。  この転移技術はちゃんと管理しないと行けない物だ。  誰もが無秩序に転移出来てしまうと、世界は破綻する。  テロにも使われてしまうだろう、何せ証拠も無く相手に爆弾を送り込めてしまうのだから。  要人の暗殺も簡単に出来るだろう。  そのことはアサギリ主任もわかっている、だからこそターミナルの発見に関しては報道規制が敷かれていた。  その内容は、ターミナルの存在の発見だけしか公表していない。  そのシステムへのアクセスと解析はこれから行っていくことになっている。  そして管理者である私が存在している事は一切報道されていない。 「それはそれで助かるんだけどね」  もし管理者の私の存在が明るみに出れば、こうもゆっくり過ごせないだろう。 「……私は、どうすれば良いんだろう?」  与えられた客室で繰り返し自答する。  科学者としてなら答えは出ている。  報道の通り、まだ発見しかされていないターミナルの技術はすべてを公開するにはまだ早すぎる。  かといって私が普通に生きていられる間に解析できるかはわからない。  だから、私が生きている間は、その発展を見守っていく。 「それしか答えなんて無いんだけど……」  でも……  科学者ではなく、シンシア・マルグリットという女としての答えは別にあった。 「いつか私はタツヤの元にいけるのかな……」  こうして一人になるとタツヤが恋しくなる。  もう遙か昔にこの世を去っているタツヤ。 「タツヤは……幸せに人生を終えることが出来たのかな……」  私の事を忘れてちゃんと誰かと結婚して…… 「イヤ、だよぉ……タツヤ……」  タツヤが私以外の誰かと結婚して子孫を残している、その証拠がアサギリ主任なのだ。  わかってる、わかってるけど!! 「タツヤぁ……会いたいよぉ……」  涙はいくら出ても涸れることは無かった。 「面会?」  さらに数日が過ぎた日に、突然面会の話しがもたらされた。「はい、シンシア様に面会があります」 「私はこの時代に知り合いは誰も居ないはず……」  いや、一人だけ心当たりがある。 「普通ならシンシア様の存在を知られることは無いはずなので面会はあり得ないはずなのです。  ですが、正規の手続きで面会が申し込まれているので無下に断ることも出来ないのですが」 「構わないわ、面会します」  もし私の想像が合ってるなら、面会に来るのは間違いなくお姉ちゃんだ。  すぐに研究員に手続きに入ってもらった。 「失礼する」  面会するための部屋に入ってきたのは、妙齢の女性だった。  年は今の私の肉体年齢より上だろう、長い金色の髪はウエーブがかかっており、腰元まである。 「一応部屋の中は録画されていますのでご注意を、何かあったら緊急コールをお願いします。  それでは失礼いたします」  そう言うと案内してくれた人が部屋から出て行った。  私はその女性を引き続き観察する。  整ったプロポーション、明らかに私より大きい胸をしてるのに、腰は私より細いかもしれない。 「シア、だな?」  その女性の声は私の記憶にある声、そのままだった。 「貴方はお姉ちゃん、なの?」 「あぁ、私の本名はフィアッカ・マルグリット。シアがそう思ってくれているのなら、な」  そう言って髪をかき上げる。 「おまえと過ごした時間も、別れて700年の間も、そして再会して別離して、それから……  500年になるな、私の中ではひとりの人物の連続する記憶を保持している」 「その言い方は間違いないわね、お姉ちゃん」 「認めてくれるのか?」 「うん、だって間違いなくお姉ちゃんだもん」 「そうか……お帰り、シア」 「……ただいま、お姉ちゃん」  私はお姉ちゃんの胸に飛び込んだ。 「さて、今日は面会だけだがもう少し我慢すれば外に出れるようになるだろう」 「え?」  落ち着いた私にお姉ちゃんは説明してくれた。 「今の私の環境においては後で説明する、一応カウンセラーの資格があるからな」 「いつの間に取ったの?」 「ずいぶん前だ」 「その資格って有効なのかしらね?」 「さぁな」 「それよりも良く私に面会できたわよね」 「それは簡単だよ、シア。ここの人も言っただろうが、私はシアに正式に面会を申し込んだだけだ」 「正式にって、存在しないはずの人にどうやって?」 「シアは存在してるよ、私が戸籍を作っておいた」 「……はい?」 「シンシア・マルグリット。フィアッカ・マルグリットの妹で今から18年前に生まれたことになっている」 「手際良すぎない?」 「まぁな、でもそのおかげでシアはここの病院に入院してることになっている」  私が与えられた部屋は、研究所の中にある一施設のはずなんだけど…… 「アサギリ主任には話をつけてある、というよりもアサギリ主任だからこそ理解してるのだろうな」 「……もしかして女神のお話?」 「それもあるが、直系だからな。私の存在も伝わっているのだろう」 「そっか……」 「シア?」 「ううん、なんでもない」 「積もる話もあるだろうが、今日はこの辺にしておくか」  そう言うと椅子から立ち上がった。 「ねぇ、お姉ちゃん。また、会えるかな?」 「当たり前の事だろう?」 「そっか」 「シア」  ほっとする私にお姉ちゃんは声をかける。 「何?」 「もう少しだけ我慢してくれ、その後重大な話がある」 「……もったいぶるつもり?」 「それもある」 「あ、あるんだ……お姉ちゃんったら」 「では、また後日」 「うん」  この日の面会はこうして終わった。  それから数日後、私は初めてこの時代の、研究所の外に出た。  お姉ちゃんが色々と手を回してくれたおかげだった。 「なんだか懐かしいわね、500年前とあまり変わってないみたい」 「そうそう人の営みは変わらんさ」  そう言うとお姉ちゃんは私を先導するように歩き出す。 「どこに連れて行ってくれるの?」 「我が家だよ」 「え? お姉ちゃん、家持ってたの?」 「……なんだか馬鹿にされた気がするのだが?」 「そんなつもりは無いけど……ちょっと驚いただけよ」  その辺の話も後でゆっくりと聞く事にしよう。 「ここがマルグリット家だ」 「お姉ちゃん……」 「そんなに怖い顔をするな」 「でも!」 「確かにシアの記憶にある家と同じだろうが、これはレプリカだ」  そう、私が連れてこられたのは間違いなくタツヤの家だった。  場所も同じ、商店街の脇の道に入ってすぐの所だ。 「だからって……悪趣味よ」 「そうか? 私にとってもあの家での記憶が一番楽しい時期だったからな。アクセス」  家の敷地に入る前にお姉ちゃんはシステムを起動した。 「シンシア・マルグリットの生体データを記録、この家におけるアクセス権限の譲渡」  私の周りを光が通り過ぎていくのがわかった。 「……やはり」 「お姉ちゃん?」 「いや、なんでもない。それよりも」  そう言いながらお姉ちゃんは玄関の扉をあけた。 「お帰り、シンシア」 「……ただいま、お姉ちゃん」 「それで、説明してくれるんでしょうね?」 「あぁ、まずは私の事からだな」  私の知っているお姉ちゃんは1200年前の人だ、どんなに延命処置を施してもこんなに  長くは生きられない。500年前にあったときは第三者の身体を借りていた。  面会の時もそうだけど、今のお姉ちゃんは常にお姉ちゃんが表層に出ている。  そうなると身体の持ち主の意識はどうなっているのだろうか? 「そうだな、今の私はクローン体を使っている」 「嘘っ!? クローン技術はそこまで完璧なの?」 「いや、一般の技術ではやはり無理だ、倫理的な問題もあるからな、だからこれは私専用だ」  お姉ちゃんの話だと、この世界のどこかにクローンを作り出す施設を過去に作ったらしい。  そしてその場所とは別に、お姉ちゃんの人格のバックアップを保存してる場所もあるらしい。  らしい、というのはその場所を教えてくれないからだ。 「当たり前だろう、最重要機密だからな」 「それはそうだろうけど……」 「本来はクローンは危険な技術だ、クローン間で意識を移し替える際に何かの仕掛けをされてしまえば  それは私ではなくなるからな」 「それで、その施設は安全なの?」 「あぁ、偽装はしっかりされている、誰も近づけないよ」 「そう……」 「それにだな、私は普段、その施設で眠って過ごしている」 「え?」 「クローン体はどうしても長持ちしないからな」 「そう、なんだ……」 「喉が渇いたな、お茶を入れ替えよう」  お姉ちゃんがリビングに向かう。 「……全く間取りが一緒ね」 「そう、だな。それは必然だったからな」 「何の必然なのよ」 「その話は後でしよう、それよりもお茶だ。クッキーもあるぞ?」 「あ、ありがとう」  なんだか昔、本当に月に居た頃に戻ったような、そんな感覚がした。 「さて、私からもシアに大事な話がある」 「いいわ、続けて」 「あぁ、シアにだから正直に言うぞ」 「今更驚く事なんて無いわ」 「そうか……ではまず、シアの身体の事からだ」  私の身体、か…… 「多分、長生き出来ないって事じゃないの?」 「そうなのか?」 「えっと、なんでお姉ちゃんが疑問系なの? っていうかそう言う話じゃないの?」 「似てるようで違う話だとは思うが……説明を続けて良いか?」 「お願い」  お姉ちゃんの説明は私の想像と似たような物だった。 「シアはコールドスリープをしたわけでは無い、ただ時の流れの外にいただけだ、その影響だろう。  テロメアに異常が見られた」 「それって結局長生き出来ないって事じゃ無いの?」 「どう、なんだろうな? テロメアが短くなった訳では無いのだが異常がある、としか今の段階では  わからないのだ」 「そう、別に構わないわ」 「ずいぶんあっさりと受け入れたな」 「そうね、人である以上いつかは死ぬのだから、それに怯えて生きる必要も無いって事よ」  それに、もしそうだとして長生きできないのならそれはそれで構わないもの。  だってそれだけ早く、タツヤの元に行けるのだから。 「それもそうだな、人なんていつ死ぬかわからぬのだからな。それではもう一つの話だが」 「続けて」 「あぁ……シア。おまえは妊娠してる可能性がある」 「……はい?」 「聞こえなかったのか? シアのお腹に子供が居るという事だ」 「……えええぇぇっ!?」 「……驚くことは無かったんじゃないのか?」 「それとこれとは別よ! って、お姉ちゃんはなんでそんなことわかるのよ!?」  私は慌ててお姉ちゃんに詰め寄った。 「ちょっとしたクローニング技術の応用だよ」 「応用って……簡単に言うわね」 「シア、おまえがそれを言うか?」 「どういうこと?」 「あ、いや、気にしないでいい。さっきシアの生体パターンを登録した際、パターン波が一人分では  無かったからだ」 「そう、なんだ」 「あぁ、心当たりはあるのだろう?」  そのお姉ちゃんの言葉に、私は顔を真っ赤にした。 「気にするな、恋人同士だったのだからな」 「……」  なんだか恥ずかしくなってお姉ちゃんの顔を見ることが出来なかった。 「ただ、注意しないといけないこともある」 「……うん、わかってる。私自身の身体に異常があるかもしれないんでしょう?」 「あぁ、だから妊娠しても必ず生まれてくるとは限らない。場合によっては流産してしまう事もあるだろう」 「そんなことはさせないわ」 「シア……」 「私とタツヤの子供なんですもの、絶対健康に産んでみせる!」 「……そうか、では私はそのサポートに徹することにしよう」 「いいの?」 「妹の子供だぞ? 姉としてサポートして何がおかしい?」 「ありがとう、お姉ちゃん!」 「そしてそのための家がこの家だよ」 「そっか……確かに必然かもね……あれ? でも家を建てたのってずいぶん前だよね?」 「あぁ、さっきも話したが、私の中の楽しい記憶がある家だからな」 「そっかぁ、あの1週間がお姉ちゃんにとっても楽しい時間だったんだね」 「……そう、だな」  そのときのお姉ちゃんの表情がいつもより憂いを帯びて見えた。 「お姉ちゃん?」 「なんでもないさ、それよりもシアの生活雑貨をそろえないとな」 「私、お金持ってないけど」 「大丈夫だよ、私が持っている。妹の妊娠祝いに揃えておこう」 「ありがとう、お姉ちゃん」  こうして私の新しい生活は始まった。  私はこの時代の18年前に生まれたことになっていて戸籍も存在している。  だから助けられた女神という肩書きは無くなっていた。  お姉ちゃんと普通に生活を送りながら、時折アサギリ主任の研究所に通って  技術相応のアドバイスをして過ごした。  そして、私がこの時代に来て11ヶ月後の、2512年2月23日。 「シア、よく頑張ったな」 「お姉ちゃん……ありがとう」  ベットで起き上がって居た私は、産まれたばかりの我が子を抱いていた。 「女の子か?」 「えぇ、タツヤに似てるかな?」 「女の子が父親に似てるのは可哀想ではないのか?」 「どうかしらね、成長したときに文句を言うかもしれないわ、でもそれも楽しみね」  そう言って私は腕の中の娘を見る。 「名前は、どうするのだ?」 「もう決めてあるわ」  産まれた子が女の子だと聞かされたとき、閃いた名前があった。 「初めまして、私があなたのお母さんよ」  腕の中の我が子に語りかける。 「無事に産まれてきてありがとう、リリア」 「それが、その子の名前か?」 「えぇ、タツヤがくれた山百合の花からとった名前よ」 「そうか」 「貴女の名前はリリア・朝霧・マルグリットよ、これからよろしくね」 another view Fiacca Marguerite  産まれたばかりの我が娘を大事に抱きかかえる妹の姿を見て私は安心していた。  そしてそれが”私”の記憶の中にある、妹と姪の姿を思い出させる。 「あと14年か……」 「お姉ちゃん、どうしたの?」 「いや、なんでもない。それよりも、シアも疲れてるだろう。少し休むと良い」 「うん、そうするね」  そう言ってシアは産まれた娘を横に寝かせてから、目を閉じた。 「本当にあの記憶通りに事が進むかはわからない、だが私は見守るからな、シア、そしてリア」  終わりの始まりから11ヶ月、そして終わりまで14年。  記憶ではなく、体験していくこれからの14年を大事にしようと、私は誓った。 another view end
 わたしの名前は、リリア・A・マルグリット。もうすぐ初等部を卒業します。  家族は大好きなシンシアお母さんと、お母さんのお姉ちゃんで、わたしにとっては  もう一人のお母さんになる、フィアッカお姉ちゃん。  本当ならいるはずのお父さんは、わたしが物心ついたときからいませんでした。  幼い頃のわたしは、お父さんが居ない理由がわからず、他の家との違いに戸惑い  写真やデータも無く、顔を知ることも出来なくて……寂しかった。  そんなわたしを救ってくれたのは、フィアッカお姉ちゃんだった。 「リアよ、私はおまえのお父さんから頼まれたんだ」 「お父さん、から?」 「あぁ、おまえのお父さんはリアが産まれる時まで”生きられなかった”のだよ」  生きられない、その意味はこの時のわたしは完全には理解しきれなかった。  でも、なんらかの理由で、亡くなった事だけはわかった。  わたしはわからないけど悲しい、そんな顔をしてたのだと思う。  そんなわたしをフィアッカお姉ちゃんが抱きしめてくれた。 「リアよ、泣きたいときは泣いて良いんだ」 「ん……お姉ちゃん……」  わたしはフィアッカお姉ちゃんの胸で泣いた。 「シアも良いんだぞ、泣いても」 「私は大丈夫よ、ずいぶん前に心の整理はついてるから」 「そうか……でも、まだあるのだろう?」 「……もう少し大きくなったらね」 「あぁ」  フィアッカお姉ちゃんの胸で泣いてた私は、このやりとりの意味を全然理解してなかった……  そしてわたしは、真実を知ることになる。 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 1 「残酷な幸せ」 「誕生日おめでとう!」  ケーキの上のろうそくを吹き消したわたしに二人がお祝いの声をかけてくれた。 「ありがとう、お母さん、フィアッカお姉ちゃん!」  初等部卒業を控えた2月23日、わたしの誕生日はいつものようにお母さんとお姉ちゃんの  3人でパーティーです。  昼間は仲良しのお友達にパーティーを開いてもらって、とても嬉しい日になりました。 「早速だがプレゼントを用意した」  そう言うとフィアッカお姉ちゃんは小さな小箱をくれました。 「あけていい?」 「あぁ」  わたしはそっとその小箱をあけました。 「わぁ!」  箱の中にはネックレスが入っていました。 「これってもしかして?」 「あぁ、リアの母さんがしているネックレスと同じ、静寂の月光教のシンボルのネックレスだ」 「お母さんとおそろいなんだね! あ、でもわたしは別に……」 「別に信徒じゃなくても構わないさ、シアもそうであろう?」 「まぁ、そうよね」 「ん?」  信徒じゃなくても構わないのはわかるけど、今のお母さんの返事……  お母さんはどうなんだろう? 「身につけてごらん」 「うん!」  わたしはネックレスを身につける、ちょっとシンボルマークの部分が大きい気がする。 「なに、すぐに重さにはなれるさ。この時期の子供は成長が早いからな」  わたしはネックレスのかかった胸元を見下ろす。  服の上にあるシンボルマークが揺れる。 「成長、するのかなぁ……」  お友達と比べるとわたしは小さい。身長も体重も、おっぱいの大きさも。 「そうそう、言い忘れてたがリアよ、そのネックレスはデバイスになってるぞ」 「え、本当?」 「あぁ、音声認識式ですでにリアの声紋を登録してある、コンピューターへのアクセス権の確立は  自分で設定しておいてくれ」 「うん! ありがとう、フィアッカお姉ちゃん!」  そっかぁ、これがデバイスなんてもの凄くおしゃれでいいなぁ、とっても嬉しい。 「さぁ、リアよ。そろそろ食事を始めようじゃないか」 「うん! いただきまーす!」  お母さんとフィアッカお姉ちゃんと一緒にお風呂にはいって楽しい夜を過ごしてるうちに  寝る時間になりました。 「ねぇ、リリアちゃん。今日は一緒に寝ない?」 「お母さん? うん、いいよ!」  そのときフィアッカお姉ちゃんの顔が少し悲しそうだったことにわたしは気づけませんでした。  パジャマに着替えて、わたしの部屋のベットにお母さんと二人で寝ます。  ちょっと子供っぽいかもしれないけど、お母さんに抱かれて眠るのはとても気持ちいいからわたしは  お母さんが大好きです。 「ねぇ、リリアちゃん。もうすぐ初等部を卒業して付属中等部に入るのよね」 「うん」 「だから、そろそろ話をしてもいいかな、って私は思ったの」 「なんのお話?」  どんなお話をしてくれるんだろう? と、このときまでとてもわくわくしてました。 「お父さんのお話よ」 「……え?」  お父さんの……お話?  今までお母さんはあまりお父さんのお話をしてくれませんでした。  わたしが知っているのはお父さんがわたしが産まれてくる時まで生きられなかった事だけです。  確かに、色々と聞きたかったけど、亡くなってしまったお母さんのだんな様のお話は、お母さんを  悲しませるかもしれないと思って、聞けませんでした。  でも、前にフィアッカお姉ちゃんからちょっとだけ話を聞いてたから事情はしっていたし、  居ないものはどうしようも無い事はもう理解しています。  でも…… 「いいの?」 「えぇ、大好きなリリアちゃんだからこそ、聞いて欲しいの。その結果がどうなろうともね」  そう言ってお母さんは笑います、けどなんだか笑い方がいつもと違って……見ていて悲しくなりました。 「無理しなくてもいいよ?」 「ううん、これはリリアちゃんの為でもあるし、私の為でもあるから……聞いてくれる?」 「……うん」 「あのね、私のだんな様は、リリアちゃんのお父さんはすごい人だったのよ」 「すごい人?」 「えぇ、お母さんの事をすべて理解してくれたのよ」  それは結婚するくらいだから当たり前じゃないのかな、と思う。 「お父さんはね、事情のある私を愛してくれた、そして私もお父さんを愛したの。  そしてね……送り出してくれたのよ」 「送り出す?」 「そう、私の事情、それは使命」 「使命……?」 「そう、その使命の為に私は行かなくちゃいけなかった、その先二度とお父さんと会えないのがわかっていても」 「え?」  二度と会えない? 「もう二度と会えない使命の為に、お父さんは私を送り出してくれたのよ」 「どういう……こと?」 「そうね、リリアちゃん。ターミナルって知ってるよね?」  わたしは黙って頷く、つい最近発見された遺跡で、今もまだ研究されてる空間転移を行うために施設。  世界の外にあり、この世界のどこからもアクセスできる場所にある。  ターミナル理論は、この世界のどこからもアクセス出来る世界の外の施設、ターミナルに一度転移し、  そして世界のどこへでもアクセスできるターミナルから転移する。  これにより高速移動とは異なる、瞬間転移を行うことが出来る理論……だったはず。 「そのターミナルを作った研究チームが、私のチームなの」 「……え、うそっ!?」 「本当よ、そしてリリアちゃん。遙か昔に地球と月が国交断絶して戦争を行ったっていう歴史は」 「歴史で習ったから知ってる」 「そうね、もう歴史の教科書に載るような時代ですものね……」  お母さんが遠い目をした。 「その時代、今から1世紀以上も前の時代なんだけどね、お母さんはその頃に産まれたの」 「……」  理解がだんだん追いつかなくなってきた。 「ターミナルはその時代に確立された理論で、実際に建設、設置まで行われたわ。  でもその時代にとうとう開戦してしまったの。そうなると科学技術はどうなるか……」 「戦時……転用、だよね」 「えぇ、満弦ヶ崎湾がどうしてあんな綺麗な形してるか、知ってる?」 「……もしかして?」 「えぇ、あれは月からの質量弾を受けたクレーターよ」 「っ!」  あの綺麗な満弦ヶ崎湾が、クレーターって……その想像をしようとしただけで背筋が凍った。 「だいじょうぶよ」 「あ」  お母さんに抱きしめられた、すごく温かい。 「あの戦争以降、戦争は一度も起きていないのは知ってるでしょう?」 「うん、フィーナ一世が月と地球の国交を回復させたから、だよね」 「その通りよ、リリアちゃんはちゃんと勉強してるのね」  そう言ってお母さんは頭を撫でてくれた。くすぐったいけど、気持ちいい。 「話を戻すけど、瞬間転移技術は戦時転用された場合、パワーバランスを一気に崩す技術なのよ。  だって、相手の施設だけを狙って爆弾と転移させるだけで勝てるんですものね」 「……怖い」 「えぇ、だから戦争にこの技術を使わせる訳にはいかなかった、だから当時の開発チームは政府の要望に  抵抗したわ、まだ開発は終わってない、調整が出来ていないとか言い訳をしたの。  だけど、とうとう政府は強制徴用することにしたの」 「……」 「そして私達チームは私以外みんな逮捕されたわ」 「……お母さんは」  その答えの意味をわたしは聞かなくても想像できる。 「施設のデータすべてをターミナルユニットにバックアップして消去、私は最後のキーをもって私自身  ターミナルに跳んだのよ」 「お母さん……」 「世界の外で時間が流れない空間、そこに私は一人で施設の管理者として、永遠を過ごす事になった。  それが、静寂の月光で伝えられている月の姉妹神の一人の正体よ」 「それって、ずっと何も無いところで一人で……」  視界が滲んでくる。 「そうね、本当なら今の時代、ターミナルにアクセスできる技術に追いつくまで私は眠ってるはずだった。  でも、私も一つだけミスをしたのよ」 「ミス?」 「えぇ、ターミナルにアクセスするための試験的に作られたデバイスユニットだけ、回収できなかったの。  だからシステムに命じてデバイスユニットを見つけたときだけ目覚めて、それを回収して時を過ごしてた。  その、最後の1個を回収するときに出会ったのが、タツヤ……リリアちゃんのお父さんよ」  それからお母さんが語ってくれたのは、お父さんと過ごした日々の話。  それは、たった一週間のラブストーリーと言える、第三者からみれば素敵な恋物語だとおもう。 「そんなのありなの!?」  お母さんが話を終えた時、わたしはそう叫んでいた。 「おかしくない? 愛した人と二度と会えないのを解ってて送り出すなんて・・・」  その私の叫びにお母さんは微笑んでいるだけだった。 「だからよ、お父さんは・・・タツヤはすごい人だったの。自分にも私にも厳しく、優しい人だったのよ。  だからお母さんも好きになっちゃったんだから」 「でも、でもっ!」  視界が涙で滲んで、お母さんの顔はもう見えない。 「ありがとう、リリアちゃん。こんなにも優しい子に育ってくれて」  そう言うとお母さんは私を抱きしめてくれた。 「私はね、後悔はしてないわ。確かにお父さんと一緒に暮らせなかったけど、  お父さんとの愛の結晶は、今こうして優しく育っていてくれるのだもの」  わたしはお母さんの胸に顔を埋めて、声を出さないようにするのが精一杯だった。 「私はね、今とても幸せよ、だからリリアちゃん。私の為に泣かないで良いのよ」 「おかあ・・・さん・・・」  見上げたお母さんの顔はどこまでも優しかった。  心の整理をするのに暫くかかった、その間学園に友達には心配されてしまったけど、こればかりは  どうしようもない。そうしている内にわたしは初等部を卒業した。  春休み、わたしは一人で町外れの高台を訪れた。  この高台には公園墓地があり……お父さんのお墓がある。  ふと、目に入った満弦ヶ崎湾、この円形の意味をわたしは知ってしまった。  今まで美しい場所だと思ったのだけど、今はそう思えない。 「……」  わたしはお墓に向かう。  物心ついた頃から、わたしにはお父さんが居なかった。  フィアッカお姉ちゃんは、お父さんはわたしが産まれるまで生きられなかったと言ってた。  当たり前だよね、だってお父さんが生きてた時代は今から500年前。  どうやったって今の時代まで生きられる訳が無い。  それでも……  お母さんを送り出した結果、お母さんを残して先にこの世を去ってしまったお父さんを。  わたしは、納得出来なかった。 「なんでお父さんはお母さんと……愛する人と一緒に行かなかったんですか?」  お墓に語りかける。もちろん、返事は無い。 「今、お母さんは幸せだって言っています、でもお父さんが一緒に来てくれればもっと幸せだったと思う」  持ってきた花束を墓前に置きながら話を続ける。 「わたしは……お父さんの決断の本心が知りたい」  なんで、どうして。愛する人を送り出せるのか?  二度と会えないのがわかっていて、そんなことができるのか?  あれから考えてみたけど。 「……やっぱりわからないよ、お父さん」  出来るなら会って話をしたかった。もちろん、そんなことが出来るわけは無い。  あのターミナル理論だって、同じ時代の他の場所への移動しか出来ない。  時間を超える事は今の時代だって出来ない事なのだから。 「わからないのはお父さんのせい」  責任転嫁してるのはわかる、けど、やっぱりこのもやもやする感情はお父さんのせいだよね。 「いつか、わかるときが来るのかな……」  わたしはお父さんのお墓に挨拶をしてから、家に帰ることにした。  桜が咲きつつある初春の弓張河の土手を歩いて家に向かって歩く。 「……あれ?」  視界の上の端に何か光る物が移った、反射的に視線を上に向けた。 「……え?」  それは、羽根だった。大空を飛んでいる鳥から抜け落ちた羽根では無い。  明らかにあれは、光の粒子で構成された結晶体の羽根だった。  きらきら光るその羽根に思わず手を伸ばす。  その羽根は風に揺られながらわたしの方へ向かって落ちてくる。  わたしは両手でそっとその羽根を受け止めた、その瞬間。  世界が一変した。
 最近のわたしは、この場所に来ることが多くなった。  町外れの高台にある公園墓地。  お父さんが眠っている、朝霧家のお墓。 「……」  お花を添えてから、目を閉じてお参りをする。  空を見上げる。 「もうすぐ夏だね」  く高い空、真っ白な雲。  ふと、そこに白い羽根が舞ってるような幻覚が見えた。 「あれから1年以上、立ったんだよね……」  お母さんにお父さんの真実を聞かされた後、わたしは感情の整理ができなかった。  どうすれば良いのかわからなかったし、どうしようも無かったっけ。 「でも……」  あの日の帰り道、わたしの運命を変える出来事が起きた。 「このまま研究を続ければ……お父さんの真意を知ることが出来るのかな?」  本当に続けて良い研究では無いと解ってる、けど走り出してしまったわたしは、もう  立ち止まることは出来なかった。  そう、あの瞬間から…… ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 2 「答えの出ない答え」 「……あ、れ?」  ここはどこだろう? さっきまで弓張河の河原を歩いてたはず、だよね?  まるで、さっきまでが夢で、その夢が覚めたように、状況が変わっていた。  周りを見回してみる。  わたしの立っている場所は、円のほぼ中心部分で、目測で半径2メートルくらいの小さな空間だった。  遠くには昔の遺跡みたいな、石柱が周囲を囲んでいる。  天井は、よく解らないけどレリーフみたいな模様が見える。 「いったい……ここはどこなの?」  わたしは改めて周りを見回すけど、確認できた範囲以上の物は何も見つからなかった。  この閉鎖空間の中、ピッ、ピッという、何かの音が定期的に鳴り続けている。 「……音?」  ずっと耳に響いてた音の意味を理解する、これはシステムの待機音だ。  どうしてそう思ったのか解らないけど、確信はできる。なら、出来ることはただ一つ。  これで変化が無かったらわたしはどうなるんだろう? そんな恐怖が心を占めていく。  その心を押しとどめて、わたしは起動コマンドを口にだした。 「……あ、アクセス!」  わたしの言葉にシステムが起動するのが解り、一安心した。 「こちらメインシステムです」  だけどここから大変だろう、この手のシステムは個人認証が必要となる。  当たり前だけどここのシステムにわたしは登録されてるはずがない。 「ゲストアクセスの許可を願います」  これで簡単にアクセスできれば苦労は無いんだけどなぁ。 「ゲストアクセス……認証、所属と氏名をお願いします」 「え?」  簡単にアクセスできた事に驚いたわたしは、素のまま答えてしまった。 「えっと、カテリナ学院付属1年、リリア・A・マルグリット」  思わず馬鹿正直に答えてしまったことにちょっと後悔した。  だけど答えてしまったものはもうどうしようもない。  システムはわたし自信をスキャニングしている。 「……類似データ確認、認証」 「え? 類似データ?」  類似データってどういうこと? 「システムは主席研究員シンシア・マルグリットのご息女として認証しました」 「え……えええーーーっ!?」  なんでお母さんの名前が出てくるの? なんで?  そう思った時、唐突に思い出した事があった。 「そのターミナルを作った研究チームが、私のチームなの」  あのときお母さんが話してくれたお母さんの過去。  つまり、ここは 「ターミナル……」  今研究されてる、空間跳躍技術の元になるキーシステム、ターミナル。  わたしはその中にいる? 「なんで……」  それは同時に異常事態だと言うこともわたしは認識していた。  ターミナル理論、いまから1世紀以上前に提唱され確立された理論。  離れた場所へと跳躍するための究極の方法、それは移動前と移動先、どちらからも距離の無い”世界の外”を  経由することで一瞬にして距離を縮め跳躍する方法。  その”世界の外”にシステムを管理する中継点を置けば安全性も増す、その管理システムが2ターミナル”だ。 「つまり、ここは中継点であって、とどまれる場所では無いはず」  それは一度安心したわたしの心を、不安で塗りつぶすほどの問題だった。 「ここは、世界の外……」  石柱の外に見えるまるで宇宙のような空間は、きっと投影されただけの映像だろうけど、それが余計に  ここが世界の外だって実感させられる。 「えっと、ターミナルは今も正常に稼働してる、よね?」 「システムは正常に稼働中です、モニターに状況を表示します」  わたしの目の前に現れたホロウインドウに、ターミナルが正常に稼働してると思われるデータが表示された。 「じゃぁどうしてわたしはこの中継点にとどまってるの?」 「……」  メインシステムからの返事は無い。それって問題があるって事だよね、やっぱり。 「もしかして、もう帰れないのかな……」 「帰還プログラム、待機中です」 「……」  今度はメインシステムからあっさり帰れるという返事があった。  あっさりと帰れることがわかった私は思わずその場に座り込んでしまった。 「そ、そうなんだ……それじゃぁわたしを元の世界の元の場所、元の時間に戻して」 「了解、スキャニング開始します」  座り込んだままのわたしを、光の輪が通り過ぎていく。 「転送前の座標確認、転送先の固定、跳躍まで20秒、19,18……」  メインシステムのカウントダウンを聞きながら、わたしは本当に無事帰れるかどうか不安になっていた。  お母さんが言うことが正しければ、わたしは問題無く帰れるはず。  そう自分に言い聞かせてる内にカウントは減っていく。 「転送、開始します」 「………っ!?」  あまりのまぶしさに目を閉じて、その場にしゃがみ込んでしまった。  機械の音しか聞こえなかった無音の世界から、河の流れる音、風のささやきが聞こえる世界に戻ってこれた。  目を開けると、見慣れた弓張河の土手の上にしゃがみ込んでいた。  周囲に白い羽根が舞っていたが、すぐに溶けて消えていった。 「戻って来れた……だよね?」  周りを見渡す、わたしが生まれて育った満弦ヶ崎の街に変わりは無い。  けど、それを証明出来る物をわたしは持っていない。 「夢……だったのかな?」  夢の所為に出来るなら楽だろうけど、わたしだって研究者の娘だもん。  そう簡単に現実から逃げるなんてできなかった。 「家へ帰ろう」  きっとそこに答えはある、わたしはそう確信した。 「……ただいま」 「おかえり、リリアちゃん。今日は暑かったでしょう?」  奥からお母さんが出てきてくれた。 「……お母さん、だよね?」 「ん? どうしたの、リリアちゃん? はっ、もしかしてお姉さんみたいだって思った?」 「……間違いなくお母さんだよね」 「当たり前じゃない、私がどんなに若くてリリアちゃんと姉妹のように見えても、  私はリリアちゃんのお母さんだよ」 「……うん、ありがと」 「どういたしまして♪、それよりもおやつがあるから着替えていらっしゃい」 「うん」  わたしは安心して2階にある自分の部屋へと戻った。  すぐに窓を開けて換気しつつ、着ていた制服を脱いでハンガーに掛ける。  部屋着に着替えてから、ベットの上に飛び込んだ。 「いつもと変わらない……良かったぁ」  さっきまでのことは夢か真実かは解らないけど、わたしはわたしの日常に帰ってこれた。 「ふぅ、アクセス」  部屋の換気も終えて、いつものように自分のシステムを起動させる。 「……あれ?」  開いたホロウインドウに見たことの無いアクセス権が表示されている。 「ウイルスかな?」  そう思いつつも、それはあり得ない事をわたしは知っていた。  我が家のシステムは研究者で技術者でもあるお母さんが作った防壁がある、  その辺からの不正アクセスは一切出来ないもの凄い障壁となっている。 「……」  こういう物には関わらない方が良いに決まってる、けど何故だろう、確認しなくちゃいけない気もする。 「基本領域を遮断、アクセスの際の防壁展開」  何かあっても大丈夫なように、独立した領域を作る、そうしてからアクセスを開始した。 「……え、嘘!?」  隔離された領域にアクセスしたことで展開された情報、それは空間跳躍技術に関する情報だった。 「これってターミナル理論……夢じゃ、なかったんだ」  わたしは、最新の技術と理論にアクセスできる権利を得てしまっていた。  ・  ・  ・ 「ただいまー」  玄関の扉を音声認識で解錠して家に入る、鍵がかかってたと言うことはお母さんは出かけているのだろう。 「暑い〜」  まだ梅雨前なのに満弦ヶ崎は蒸し暑かった。どんなに技術が進歩しても自然の力には敵わないんだよね。  自室に戻っていつものように窓を開けて換気をする。 「アクセス」  音声コマンドにより部屋の換気を促し、温度調整を始める。  皺になるので制服を脱いですぐにハンガーに掛ける。  今日は誰も居ないから部屋着に着替える必要も無いので、下着姿のまま端末の前の椅子に座った。  わたしの端末はお母さんの作ったメインシステムとは独立して稼働している。  そのシステムを色々と出来る範囲で強化させたにも関わらず、わたしの端末だけではターミナル理論を  読み解くことは出来なかった。  その解決方法は、ターミナルシステムをクラウドに見立てて作業をする事だった。  それは、何故かアクセス権を確立した状態がずっと維持できているからだ。  その事を調べようとしたけど、一度ターミナルシステム内でアクセスしたことが原因としか解らなかった。 「利用出来る物は利用すればいいんだよね」  ターミナルに跳躍したのが今から1年前。  それからのわたしはターミナル理論を読み解くことに専念した。  空間を跳躍するためのターミナル理論、世界の外にあるターミナルシステムを経由して跳躍する  このシステムはもしかすると時間さえも跳躍できるのではないだろうか?  それに気づいたわたしは、その研究を内緒で始めることにした。  内緒にする理由、それは普通の空間跳躍技術がまだ研究段階の技術だからだ。  空間跳躍は簡単に悪用できる。  このターミナル理論なら登録された個体なら、この世界の何処からでも、この世界の何処へでも跳躍できる。  これが制限なしで実用化されたら、世界は間違いなく破綻する。  だから今の研究は、わざとターミナルへのアクセスポイントを作成し、そのアクセスポイント同士で  跳躍するという方向で研究されている。  その研究ももうすぐ試験が始まる段階に来ているのだけど、その段階で時間さえ跳躍出来ることが  出来てしまうと悪用というレベルではすまされない事態になってしまう。  それはもう破綻ではなく、破壊だ。  だけど、わたしは自分の研究を止めることは出来なかった。  始めてしまった研究は面白かったし、何よりこの研究をする為の目標があったからだ。  それは、お父さんに会って話をしてみたかったからだ。 「お父さんはなんでお母さんを送り出したの?」 「愛してたんでしょう?」 「なんで?」 「どうして?」  わたしは答えが欲しかっただけ、だった。このときまでは……
「んーっ」  椅子に座ったままわたしは伸びをする。 「ふぅ」  そうしてから画面を見直すけど、それで何かが進展するわけじゃない。  偶然ターミナルに迷い込んで、アクセス権を得てからもう1年。  ターミナルシステムを独学で学び、解析し、理論を理解するところから始めたわたしの研究は  今、行き詰まっていた。 「世界の外にあるターミナルからなら、どの世界のどの時間にも跳べるはず……」  刻の流れが無い場所にあるからこそ何処の時間にも跳べるというわたしの仮説は正しくもあり。  そして間違ってもいる。  その間違いを正す理論が確立できれば、ターミナルシステムで行きたい時間へ跳べる。 「……はずなんだけど、自信無くなってきちゃったなぁ」  わたしはお母さんほど頭は良くない。  だからこそ、こうして一生懸命に研究に打ち込んできたのだけれども、  ここ数ヶ月は全く進展していなかった。 「実際にターミナルの中で研究出来ればまた違うんだろうけどなぁ」  わたしのいるこの世界のこの時間からでは、観測出来ない物が多々ある。  世界の外のターミナルから観測できる事象を研究できれば、もしかするとわたしの理論は  完成するかもしれない、けど。 「……それはだめ、まだ危険すぎる」  ターミナルに跳んで、同じ世界に帰ってこれる保証が無いのだから危険すぎる。  もっとも、ターミナルに跳ぶ方法はわたしには無いから出来ない。 「……んー、シャワーでも浴びてすっきりしようかな」 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 3 「必要な休息」  学園も夏休みに入って、わたしは研究に使える時間をたくさん得ることが出来た。  でも休み前から研究は滞ってる。 「間違いがあるのは解ってる、けど正しくもあるはず」  シャワーを頭から浴びながらわたしは今までの研究と理論を頭の中で確認する。 「……ふぅ、やめやめ」  シャワーのコックをひねりお湯を止めて、傍らに置いたバスタオルで身体を拭く。  ふと、自分の胸が目に入った。 「……こっちの研究を先にした方が良いのかも」  太ってるわけじゃ無いし、年齢相応の成長を見せてるはずのわたしの身体だけど、  一点だけ平均値に届いていない。  それが、胸のサイズだった。 「お母さんやお姉ちゃんは大きいのに、なんでわたしだけ大きくならないんだろう」  特別大きくなって欲しいとは思ってはないんだけど、お母さんやお姉ちゃんの胸は大きくて、  形も整っていて、とても綺麗だった。  わたしだってお母さんの血をひいてるんだから大きくなるはず……なんだけど。 「……もしかしてお父さんの家系の遺伝かも」  お父さんの家系がどうなってるかはわからないけど、それしか考えれない。 「……」  お父さんに会って言いたいことがまた一つ増えた。 「ん、美味しい♪」  お風呂上がり、わたしは裸のままキッチンまで戻ってきて、冷蔵庫で冷やしてある麦茶を飲み干した。 「お風呂上がりはこれに限るよね」  さてっと、部屋に戻って着替えないと。  いくら女しか居ない家の中だからって裸のまま過ごす訳にはいかないもんね。  そのとき、玄関のロックが解除される音がした。 「え?」  出かけてたお母さんが帰ってきたんだと思う、というかそれしか無かった。  我が家のロックは家族以外は絶対解除できないから、インターホンが鳴らなかったのだから  お母さん以外にはお姉ちゃんくらいしかいない。 「やばっ!」  誰も居ないから安心して着替えを持ってきてなかったわたしには着る物が無い。  一度脱衣所に戻ってバスタオルを巻くしかない!  けど、玄関からリビングはすぐの場所にある、もう戻るのは間に合わない。 「ど、どうしよう?」  そのとき目に入ったのはキッチンで使ってるエプロンだった。 「エプロン……とりあえずこれで隠せる……って、それじゃわたし変態じゃない!?」  でも背に腹は替えられない、とりあえずはエプロンで身体を隠す。 「ただいまー、あら、リリアちゃん……?」  キッチンに入ってきたのはお母さんと、フィアッカお姉ちゃんだった。  「……なぁ、シア。おまえは娘にどういう教育をしてるんだ?」 「……」  一緒に入ってきたフィアッカお姉ちゃんは呆れた顔をしていた、お母さんはわたしを見たまま  固まっている。 「えっと、その」  わたしは言い訳をしようとした。 「リリアちゃん、萌えるわ!」 「……え?」 「最近してくれなかったからもうずっとしてくれないと思ってた裸エプロン、  ここでまた見られるなんて、お母さん感激!!」 「……」 「なぁ、リアよ」 「……なに?」 「お前の母親に、いったいどういう教育をされてるんだ?」 「そんなことより写真撮らないとっ!」 「ちょ、お母さんそれは止めて!!」  それから一悶着はあったものの、わたしはちゃんと事情を話せて、部屋で私服に着替えてから  改めてリビングに降りてきた。  お母さんと一緒に帰ってきたのは、お母さんのお姉ちゃん、フィアッカお姉ちゃんだった。  お母さんのお姉ちゃんなら、わたしからみると「叔母」になるんだけど、見た目がお母さんと同じくらい  若いからそう言うのに躊躇してしまうものがある。 「叔母でも構わないんだぞ?」  そうお姉ちゃんは笑って言うんだけど、わたし自身が納得できないし、お母さんがお姉ちゃんって呼ぶから  わたしもそう呼ぶようになった。  お母さんより年上のはずなんだけど、そうなると年齢も……のはず、なんだけど、とても若く見える。  それでいてお母さんより胸もおっきくて、とっても美人なお姉ちゃん。  わたしだってお姉ちゃんの血筋をひいてるはず……なんだけどな。胸のサイズだけは天と地の差があった。  そんなお姉ちゃんも今は一緒に暮らしているのだけど、お仕事の都合で長期の間、家を空けることが多い。  何の仕事をしてるかは詳しくは知らないけど、お母さんに関わってる事だけは解っている。  これでも……こんなんでもお母さんは1世紀以上前にターミナルを開発した研究者チームの主任なのだ。  そのお姉ちゃんなんだから、同じように遺失技術関連の仕事に就いている、と思っている。  そういえば、お母さんの秘密を聞かされたときは衝撃が大きくて気づかなかったけど、  1世紀以上前に生まれたお母さんのお姉ちゃんってことは、お姉ちゃんも1世紀以上前の人なんだよね。  そのことを聞きたかったけど、なんだろう? それは聞いちゃけないという直感がわたしにはあった。  きっとコールドスリープか何かだろうな、って当時のわたしは自分で勝手に納得した。 「さて、家族そろったところで話がある」  お姉ちゃんが話を切り出した。 「何のお話なの、お姉ちゃん」 「シア、昔の約束を覚えてるか?」 「約束……平和になったら家族そろって地球へ旅行に行こうってこと?」 「あぁ、ずいぶん遅くなったが私もやっとまとまった休みが取れたのだ。  だから家族旅行に行こうと考えたのだよ」 「いいわね、私は賛成よ、それで何処に行くの? やっぱり海?」 「あぁ、海だ」 「今ならあんまり気にしてないけど、当時は海は憧れだったものね」 「当時?」 「リア、リアは月の海を見たことがあるか?」 「映像資料でだけなら」  そう、月の海は一面ただの乾いた大地。何処まで見渡しても空気の無い、乾燥した大地。 「月人はな、宇宙に浮かぶ蒼い星の、い部分に憧れるんだよ」 「それが地球の、海……」 「とはいっても、リリアちゃんが生まれる頃から私は地球に住んでるから今更海には憧れないけどね」 「そうだな、地球なら水や海はすぐに見れるからな」 「でも、やっぱり旅行は楽しみね。いつ行くの?」 「この日程で考えてるけど、どうだろうか?」 「ん……だいじょうぶよ、リリアちゃんも大丈夫よね?」 「え、わたし?」  友達と遊ぶ約束はあまりしてないし、日程的には大丈夫だけど……研究も進めたいなぁ。 「なぁ、リアよ。夏休みの宿題もあると思うが息抜きもたまには必要だぞ?  息抜きをする事で見えてくることもあるのだからな?」 「……うん、そうだね」  お姉ちゃんが言うこともあると一理あると思う。 「よし、決定ね! チケットや宿の手配は」 「私がしておこう」 「それじゃぁお姉ちゃんに任せるね、私達は水着を買いに行きましょう」 「え? なんで? 去年のがあるじゃない」 「去年のはきつくなって着れなくなってると思うのよ、リリアちゃんもそうでしょ?」 「……お母さん、知ってて言ってるんだったら、酷いからね?」 「ちょ、リリアちゃん? なんだか笑顔が怖いわよ?」 「まったくおまえ達は相変わらず騒がしいな」  そう言ってお姉ちゃんは笑っていた。  思えばこのとき、お姉ちゃんはすべてが識っていたのだと思う。  お姉ちゃんは息抜きが必要と言った、でも夏休みの宿題は息抜きが必要なほどのものじゃない。  だから、宿題の息抜きは必要ない、必要なのは「何か」の息抜きなのだから。  そのことに気づけるほど、わたしはまだ大人ではなかった……
 電車に揺られながら、わたしは窓の外の景色を眺めている。  緑が多く、山間を走ってるような感じだけど、その緑が途切れると一面の青色が見えてくる。 「……」  隣に座ってるお母さんは、私に寄りかかるようにして眠っていた。 「お母さんね、楽しみで昨日の夜あまり眠れなかったの」  そう言いながら照れ笑いしてるお母さんをみて、本当に一児の母なのかどうか疑いたくなった。  でも、間違いなくわたしのお母さんなんだよね。  わたしは、そっとため息をついた。 「どうした、リア? ため息をつくと幸せが逃げていくぞ?」 「あ、うん……ちょっとさっきまでのお母さんの事を考えてたの」 「あー、それは……リアも大変だな」  向かい合わせにした席に座ってるフィアッカお姉ちゃんもため息をついた。 「お姉ちゃんもため息ついてるよ?」 「そう、だな。幸せが逃げないようにしないとな」 「ふふっ」  なんだか可笑しくなって二人で笑い合った。 「なぁ、リア」 「なに?」 「こんなんでも……シアは良い母だと思うぞ」 「……うん、解ってる」 「そうか」  お姉ちゃんは目を閉じる、わたしも同じように目を閉じた。 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 4 「家族旅行」 「到着!っと。意外に近かったわね」 「シア、おまえは寝てただけだからな。結構遠かったぞ?」 「え? そんなに寝てたっけ?」 「お母さんは食べた後すぐ寝てただけだったよね、お姉ちゃん」 「あぁ、そうだな」 「もう、お姉ちゃんもリリアもいぢわるっ!」  お母さんが拗ねてるのをとりあえず放っておいて、周りを見回してみる。  降りた駅は小さくて、駅前のロータリーにもほとんど車が無い。  周りにお土産屋さんはあるけど、まるで山の中にいるような感じの駅だった。 「なんだか懐かしい感じのする町ね」  お母さんは目を細めながら、周りを見渡していた。 「そう? 懐かしさはわたしにはわからないけど、古いって雰囲気はあるよね」  あえて寂れてる、とは言わなかったけど、そんな感じもする。 「お姉ちゃん、これからどうするの?」 「今日はもう時間も無いし、宿に直行だな」 「はーい、で宿まではどうやって行くの?」 「あのバスだな」  ちょうど駅前のロータリーにバスが入って来た。あのバスに乗るようだ。  そのバスは、普通の乗用車みたいに前部にボンネットがあるバスで、なんだか古くさかった。  でも、乗ってみてそれが違うと解った。  外見、内面ともに一世代以上前の昔の映画に出てくるような化石燃料で動く車に見えたけど  実際は電気自動車だったのだ。 「……それなのに、なんでエンジン音や揺れがあるの?」 「昔ながらの演出というやつだな、わびさび、というものだよ、リア」 「わたしにはよくわからないよ」 「リアはまだ若いからな」 「ん、大人になってもわかる自信、ないなぁ」 「はいはーい、私もよくわかりませーん! それは、若いからでーす!」 「シアの場合は馬鹿なだけだろう?」 「お姉ちゃん酷いっ!」  そんなやりとりをしてる間にバスはいつの間にか沿岸部を走っていた。  そしてバスを降りて少し歩いたところに、今日泊まる宿があった。  見た目は木造の、もの凄く古い作りのホテルだった。  部屋は今では珍しい総畳敷きの和室で、窓からは海が一望できた。 「ねぇ、リリアちゃん。この宿は天然温泉掛け流しなんだって、早速入りに行かない?」 「別に後で良いよ」 「ふっふっふっ、リリアちゃん、これなぁんだ?」  そう言ってお母さんが取り出したのは変哲も何も無いただの紙切れ、だけど。 「げ」  わたしが幼い頃、母の日にと作って渡した「何でもお願いを叶えてあげる券」だった。 「ね、だからみんなで温泉入りに行きましょう♪」 「……」  もし研究が成功して過去への移動が出来るようになったら、まずは過去のわたしにこの券の制作を  思いとどまらせる事を先にした方が良いかもしれない、そう思わずにはいられなかった。 「良いお湯ね〜」 「そうだな、旅の疲れがとれそうだな」  お母さんとお姉ちゃんは温泉に浸かりながら気持ちよさそうにしている。  もちろん、わたしも一緒にお湯に浸かってるけど……」 「……」  お姉ちゃんに注意されたにもかかわらず、ため息をついてしまう。 「お湯に浸かったままでも景色がよく見えるわね」 「少しだけ高台にあるからだろう」  二人が温泉に浸かったまま、景色に夢中になってる。  そのお湯との境界面に、大きなものが浮いている。 「……」  わたしは下を向く、そこには確かに膨らみはある、けどお湯に浮くほどのものでは無い。  同年代の平均を下回ってるのは理解してる、けど別に小さいとか、無いわけじゃない。  ちゃんとあるのはわかるのだけど……お母さんやお姉ちゃんと見比べると見劣りする。  そんなわたしに気づいたのかどうかはわからないけど、お母さんが近づいてくる。 「ねぇ、リリアちゃん。背中流してあげようか? 「……別にいい」 「そう? それじゃぁ代わりにお母さんの背中を流してくれる?」 「どうしてそうなるの?」 「えー、だって背中を流されるの嫌なんでしょ? じゃぁ流してもらおうかなぁって思っただけよ?」 「……どうしてそうなるのよ」 「だめ?」  お母さんの目がしっかりわたしを見つめてくる。 「……はぁ、わかったよ」 「やった♪ ありがと、リリアちゃん」 「ふふっ」  そんなやりとりをお姉ちゃんは笑いながら見ていた。  美味しい夜ご飯を食べてから、わたしたちは海沿いの道をあるいていた。 「この近くの神社で夜祭りをしてるのだ、行ってみないか?」  お姉ちゃんに誘われてわたしたちは浴衣に着替えて散歩に行くことになった。  着いた神社は小さくて、でも出店は結構あって賑わっていた。 「ねぇねぇ、金魚すくいしてみない?」 「お母さん、金魚を家まで持って帰れないでしょう?」 「そうね、残念」  言葉とは違って全然残念そうな顔をしてないお母さんはわたしの手をとって他の食べ物の  出店へと引っ張っていく。 「お母さん? さっきたくさん夜ご飯食べたよね?」 「おやつは別腹に決まってるでしょ?」 「わたしはそこまでお腹すいてないから」  断ろうとするけど、お母さんはつないだ手を離さない。 「つきあい悪いわよ? せっかくなんだし、制覇するくらいしなくちゃ!」 「制覇なんてしなくていいからっ!」 「そろそろだな」  そうこうして屋台巡りをしてると、お姉ちゃんがわたし達を呼び止めた。 「シア、その辺にしておいて、行くぞ」 「えー、私まだ綿飴食べてない」 「……シア?」 「はーい」  屋台に行こうとしたお母さんをお姉ちゃんは連れ出した。 「お姉ちゃん、何処に行くの?」 「すぐそこだよ」  神社の階段を降りて、海沿いの道まで戻る。  わたしはそこで、砂浜に人がいっぱい居ることに気づいた。 「お姉ちゃん、ここに何が」 「始まるぞ」 「え?」  その瞬間、大きな音とともに砂浜から打ち上がったのは、花火だった。 「すごい……」  満弦ヶ崎でも花火大会はあるし、映像で見たこともある。  なのだけど…… 「綺麗……」  こんなに近くから打ち上げられた瞬間から花火を見るのは初めてだった。 「綺麗ね」 「うん」  わたしはずっと夜空を見上げて、花開く様子を見続けていた。 「うー、首が痛い」 「わたしも」  宿への帰り道、お母さんもわたしも首筋を押さえていた。 「ほんと、似たもの親子だな」 「えー」 「リリアちゃん、その「えー」はなに?」 「別に他意は無いよ?」 「ぐすん、リリアちゃん酷い、もしかして反抗期?」  泣き真似をするお母さん、いつもの手段だとわかってるけど、何故かもの凄く罪悪感を感じてしまう。 「シア、リアも宿に戻ったら温泉で身体をほぐしておけば良い」 「お姉ちゃんナイスアイデア! リリアちゃん、帰ったら温泉に入るわよ!」 「わたしは大丈夫だから」 「駄目よ、あの券の効果はまだあるはずなんだから」 「う゛」 「リアよ、おまえの負けだな」 「そうそう、お姉ちゃんも一緒だからね?」 「何故そうなる?」 「だって、さっきの券のお願いはね、「みんなでお風呂に入る」だからよ?」 「それは私には関係なかろう?」 「でも、リリアちゃんは約束を守る良い子だからね、きっとお姉ちゃんも説得してくれるに違いないでしょ?」 「……お姉ちゃん、これってお母さんの一人勝ちですよね?」 「そのようだな」 「ふふっ、家族3人仲良く温泉に入りましょう、ね♪」  お母さんの笑顔にわたし達は苦笑いするしか出来なかった。
「今日はどうするの?」  宿で朝ご飯を食べながら、わたしはお母さんに尋ねた。 「今日の予定はね、せっかく綺麗な海があるんですもの、泳がなくっちゃ損じゃない?」 「そうだな、せっかくだしな」  お母さんの答えにお姉ちゃんも賛成する。 「それで、何時頃から泳ぎに行くの?」 「それはもちろん! 朝ご飯食べてすぐよ!」 「シア、食休みしてからの方が良いと思うぞ?」 「だいじょーぶよ、お姉ちゃん!」 「何が大丈夫なのかわからないんだけど……」  こうして旅行2日目のスケジュールは決定した。 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 4-2 「家族旅行」  海水浴場は宿から近いから、ここで着替えて行くことになった。 「さ、着替えちゃいましょう!」  そう言うとお母さんは着ていた浴衣をばっと脱ぎ捨てた。 「お母さん!?」 「どうしたの、リリアちゃん?」 「なんで浴衣を!?」 「何でって? 別に恥ずかしい事なんてないじゃない。この部屋には女の子しか居ないんだから」  そう言うとお母さんはブラも脱いでしまった。 「……女の子」 「なぁに、リリアちゃん。私はもう女の子じゃないっていうのかしら?」  そう言いながらお母さんは両腕を頭の後ろに組む、そうすると必然的に胸が強調されてくる。  同姓のわたしから見ても、すごいと思う。張りもあって型崩れもしていない、理想的な胸。 「……着替えてくる」  なんだか見てられなくなったわたしは、部屋備え付けのバスルームで着替えることにした。 「もぅ、リリアちゃんったら恥ずかしがり屋さんなんだから、可愛い♪」 「除かないでよね?」  ちゃんとお母さんに釘をさしてから、わたしはバスルームへ入った。 「よいしょっと、これでよし」  お母さんが運んできてくれたビーチパラソルを砂浜に立てる。  軽くは無いビーチパラソルだけど、実はお母さんがこっそりデバイスで操作していた。  簡単な重力制御で重量軽減をしているのだ。  本当なら見られたら問題ある行為だけど、周りに他の海水浴客もいなかったし、重いものをもって  泳ぐ前から疲れるのも嫌だったので、わたしは見て見ぬ振りをした。 「ふぅ」  ビーチパラソルの下にレジャーシートを敷いて鞄を置けば準備完了。 「さぁ、リリアちゃん、泳ぎましょう!」 「駄目だよ、お母さん。その前に準備体操と日焼け止めを塗らないと」 「はーい」 「どっちが母親でどっちが娘なんだかな……」 「ちょっと、お姉ちゃん? 聞こえてるわよ?」 「当たり前だ、聞こえるように言ったのだからな」 「もぅ、お姉ちゃんのいぢわる」  そんなやりとりをしているお母さんとお姉ちゃんを、改めて見てしまう。  縁取りにいアクセントがある、白いビキニ姿のお母さん。腰にはパレオを巻いている。  どう見ても一児の母とは思えないプロポーションだと思う。  そしてお姉ちゃんは黒いワンピースタイプの水着で、結構切れ込みが鋭いものだった。  背中が大きく開いている、モノキニの水着で、大人の女という言葉が似合うお姉ちゃんにぴったしだった。  それに比べてわたしは。 「……」  白いワンピースの水着に包まれたわたしの身体。  下を向くと、少しだけ膨らみがあるのがわかる、けど腰回りはお母さんやお姉ちゃんほど細く無い。 「……うん、これからだもん!」 「何がこれからかはわからないけど、リリアちゃん、日焼け止めお願いね♪」 「はいはい、そこにうつぶせになってね、お姉ちゃんはお母さんの後でね」 「私も良いのか?」 「当たり前でしょ? せっかくのお姉ちゃんの肌が日焼けしたらもったいないもん」 「リリアちゃん、私の肌は?」 「後で火傷しないための保険かな」 「なんだか扱いに差があるようなきがするんだけど……」 「いいから、日焼け止め塗っちゃうよ?」 「ん……はぁ〜」 「……」 「上手よ、リリアちゃん、あんっ……」 「……」 「ん、んふっ……気持ちいい、もっと……」 「お母さんっ!?」 「なに、リリアちゃん」 「なんて声あげてるのよ!」  女のわたしがドキっとする声を上げ続けるお母さんにわたしは文句を言う。 「ん、だって、リリアちゃんのテクニックが気持ちいいんだもの、仕方ないじゃない」 「……はぁ、もうこれでお終い! 次はお姉ちゃんの番だよ」 「あぁ、それでは頼む」 「む……確かにリアのテクニックは、ん……気持ちいいな」 「……」  お姉ちゃんまで変な声を上げる始末、わたしって本当にテクニックがあるのだろうか? 「さてっと、後はわたしの手足に……」 「それじゃぁ背中は私が塗ってあげるわ」 「え?」  振り返るともの凄い笑顔で、何故か両手をわきわきさせながらお母さんが近づいてくる。 「だいじょうぶだって、わたしの水着は背中はほとんど露出してないから」 「だめよ? 水着の端とか火傷しちゃうでしょ? ふふふっ」 「ちょっと、その笑顔が怖いんだけど!」 「ひどいわっ、娘のことをこんなにも思ってるのにっ!」  そう言ってその場にしゃがみ込み泣き真似をするお母さん。 「……はぁ、お母さん。背中の水着の縁だけだからね?」  わたしが諦めてそう言うと、お母さんはすぐに立ち上がる。 「もっちろん!」 「ちょっと、背中の縁だけたっていったでしょ? そこはお尻だから、やんっ!」 「よいではないかよいではないか♪」 「お母さんっ!」  結局酷い目に遭いました…… 「ねぇリリアちゃん、あの沖まで競争しない? 負けた方が海の家でかき氷をおごるの、どう?」 「はぁ……お母さん。歳を考えた方が良いと思うよ?」 「リリアちゃん酷いっ! 私はまだ若いわよ!」  そう言って胸を張る、そのポーズはわたしには嫌みにしか見えなかった。 「確かに見た目だけならわたしのお母さんっていうよりお姉さんに見えるけど」 「でしょう?」 「でも、見た目だけだとおもうよ?」 「そんなことないもん!」 「そこまで言うなら勝負しよう、お母さん」  そしてわたしとお母さんは沖にあるブイに向かって勝負をする事になったんだけど…… 「はぁはぁ……私、少し歳を考える事にするわ」 「わたしは……もう少し運動する事にする」 「おまえらは全く、似たもの親子だな」  お姉ちゃんの呆れた声に返事する余裕は二人には無かった。 「じゃーんっ!」  お母さんが笑顔で取り出したもの。 「スイカを用意してみました、これでスイカ割りをしましょう!」 「……お母さん、それって」 「うぅ……流石に重さを軽減出来てもスイカを家から持ってくる事は出来ませんでした、だから  代わりのビーチボールです」  いくら軽くできても、体積は変わらないもんね。 「そういうわけで、スイカ模様のビーチボールでスイカ割りしましょう!」 「や、それは無理だから」 「やるの〜すいかわりするの!」  結局スイカ模様のビーチボール割りをする事になったんだけど。 「うぅ、目が回るぅ」  割る以前にお母さんも私も当てられなかった。 「つぅっ!」  お母さんが額を抑える。 「んーっ! でも、この頭にきーんって来るのたまらないわ!」 「……」  海の家でかき氷を食べるお母さんは食べては額を抑える、そして食べるの繰り返しだった。  わたしはそうならないよう、少しずつかき氷を食べている。 「もぅ、リリアちゃん? そんな食べ方じゃかき氷とけちゃうわよ?」 「良いの、わたしはこれで。頭痛くしたくないもん」  そう言いながらスプーンにすくった氷の量が少し多かったことに気づかなかったわたしは。 「つっ!」 「んふふ、リリアちゃんもなんのかんの言いながらわかってるじゃない」 「うー」 「もう、そんな涙目でにらまないでよ、可愛い♪」 「……」  言い返したかったけど、頭が痛かった。  こうして全力で遊んだ……ううん、全力でお母さんに付き合わされたわたしは午後早々に宿に引き返した。 「うぅ……だるい」 「私も脚が張って……うぅ」  二人で部屋に倒れて唸っていた 「まったくおまえ達は……」  お姉ちゃんに呆れた声がした。 「少し昼寝するといい」 「うん、そーする。お姉ちゃん、お休みなさい」  お母さんはそう言うとすぐに寝息をたて始めた。 「相変わらず寝付くの早いよね、お母さんは」 「そうだな、昔からそうだった。まるで電池が切れるみたいに眠りにつくのだよ、シアは」  お姉ちゃんとお話しながら、わたしも眠たくなってきた。 「リアも少し眠るといい」 「うん……」  お姉ちゃんの優しい声に誘われたかのように、意識が沈んでいく。 「……お姉ちゃん」  でも、どうしてだろう?  優しい声のはずなのに。  目を閉じる前にみたお姉ちゃんは笑顔だったのに。  その笑顔がわたしの胸にささってくる。  だって、笑ってるのに泣いてるように思えたから。 「リア、今は眠るが良い」 「……うん、お休み、お姉ちゃん……ありがとう」
another view Fiacca Marguerite  海で全力で遊び疲れたシアとリアは、夕食時に目を覚ました。 「もぅ、お母さんは若くないんだから無茶はだめだよ?」 「むー、リリアちゃんは若いんだからもっと無茶しないとだめだよ?」 「お母さん、それはどういう理屈なのよ?」  そんなやりとりをしながら、夕食を皆で食べた。  その後シアにねだられてみんなで温泉に入った後、やはり疲れ切っていたのか二人とも  早い時間に眠りについてしまった。  私は、部屋に隣接してる小上がりの椅子に座る。  電気の消してある部屋は、月が静かに照らしている。  その月明かりの下で眠ってるシアとリアは…… 「お世辞にも妙齢の女性の寝姿ではないな」  シアは浴衣がはだけていて下着が丸見えになっている。  リアは浴衣を脱いでしまっている。 「普段はここまでは乱れないのだろうがな」  旅先での疲れもあるのだろう、とこの格好に対してそう言う解釈にしておくことにした。  私は夜空を見上げる。  そこには月が浮かんでいた。 「もう、すぐか……」  約束の時は近い。  その前に、シアとの約束を一つでも多く果たそうと、この旅行を計画した。 「……」  私は手に持っている、教団のシンボルの形をしたデバイスに目を落とす。  これは、あのときリアからもらったものだ。  そして、私に渡すために、リアに返さないと行けないものだ。 「……ふふっ、私らしくないな」  もう一度夜空を見上げる、そこには私とシアの故郷が浮かんでいる。  今は、もうあの時と違う。  あれから戦争は一度も起きていないし、月と地球の関係はあの姫のおかげで安定し  それからずっと良好な関係を維持している。  ならば私は…… 「ふふっ」  可笑しくなって笑ってしまう。  この考えはきっと私らしくない。  けど、きっとあの男は、達哉はこういうだろう。  私らしい、と。 「少なくともまだ約束の時ではないのだからな、今は普通通りに家族として過ごそう」  私は後悔を重ねてきた。  犠牲を強いてもきた。  そして、罪も多く重ねてきた。  私はその報いを受けないといけないのだ。  だが、シアはもう良いだろう。  もう十分報いを受けたし、罰も受けたのだ。  そして、私達姉妹の報いを、リアまで受ける必要は、無い。 「いや、リアには一つだけ、報いを受けてもらわねばならなかったのだな……」  それは科学者であるいじょう、知らなくてはいけないこと。  そして、身に受けねばならない事だ。 「……」  私はその場でそっと目を閉じた。 another view end ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 4-3 「家族旅行」 「ねぇねぇ、リリアちゃん。最後の朝温泉よ、入りにいきましょう!」  朝早く起こされたわたしは、お母さんに温泉に連行されていた。  普段だったら抵抗するんだけど、身体が疲れていたせいもあるし。 「……」  昨日の夜のお姉ちゃんの笑顔が、すごく気にかかっていたから。  そんなことを考えていたら、気づいたら温泉に連れてこられていた。 「お母さん、温泉好きだよね」 「温泉だけじゃないわよ、お風呂も好きよ」  お母さんは大のお風呂好き、必ず毎日お湯を張り替えて湯船に入る。  どんなに暑い夏の日でも必ず入っている。  綺麗好きを通り越しているなぁって思ったこともあったけど、綺麗好きというよりお風呂好き  だって後で気づいた事だった。  そのお風呂好きにわたしは良く付き合わされる。わたしもお風呂は嫌いじゃないし、お湯につかって  身体を伸ばすのは気持ちいいから好きだけど…… 「んー、この露天風呂の開放感、たまらないわね〜」  そう言って伸びをするお母さん。  そうすると胸が大きく前に出される形となる、それを目の辺りにする度に、気分が落ち込んでくる。  まだまだこれからって思ってるけど……もしかして遺伝してないのかな? 「……あっ!」 「どうしたの、リリアちゃん?」 「あ、ううん、なんでもない」  もしかしてここの部分はお父さんから遺伝してる?  もちろん、厳密に言えば父親から胸のサイズの遺伝なんてあるわけ無いけど…… 「……」  お父さんに文句を言いたくなりました、  宿で最後の朝ご飯の席。  わたしはそっとお姉ちゃんの様子をみたけど、特に変わった様子は無い見たい。  ……昨日の夜は、わたしの気のせいだったのかな?  朝食後、チェックアウトの準備をします。 「シア」 「なに、お姉ちゃん」 「まだ遊び足りなさそうだな?」 「もちろんよ!」  ほんと、お姉ちゃんとのやりとりを見てるお母さんは若いと思う。 「……」  もしかしてお母さんが若いのじゃ無くってわたしが老けてる?  一瞬そう思ったけど、そんなことはあり得ないから、考えを一蹴した。 「帰りに寄れる場所があるけど、行くか?」 「うん、遊べるなら何処でも行くわ!」  宿をチェックアウトして、バスに乗り込む。  一度駅前まで戻って、荷物をロッカーに預けた後、別のバスで着いたところは。 「綺麗……」  天然の入り江を利用して作られた水族館だった。 「あのイルカさん、可愛かったね」  お母さんはイルカのショウを見てご満悦だった。 「ペンギンさんが歩いてきたときはびっくりしちゃった」  人が歩く通路をペンギンの団体が歩いてきたときはわたしも驚いた。 「ふふっ、楽しいわね」 「……」 「リリアちゃん、どうしたの?」  わたしはなんとなく、展示水槽の中をずっと見つめていた。  でも、その水槽にいる魚の種類は知らなかった、というか魚を見ていたわけじゃ無い。  水槽の表面に写ってる、わたし自身を見ていた。  最近、こうして自分自身を見つめたことあっただろうか?  水槽に写るもう一人のわたし。 「わたしは、正しいことをしてるの?」  そのわたしが聞いてくる気がしてきた。 「リリアちゃん?」  お母さんの言葉にわたしははっとした。水槽に写ってるお母さんの顔は心配そうだった。 「あ、ごめんねお母さん、ちょっと魅入ってたみたい」 「そう」  お母さんはそれ以上何も聞かないでくれた事がありがたかった。 「あ、そうだ、リリアちゃん。次のコーナーに行こう!」 「ちょっとお母さん、手を引っ張らないで!」  そうして連れてこられた、とても大きな水槽の中には。 「……これ、泳いでるの?」 「そうよ、これでも泳いでるのよ」  中に浮いてる……いや、身体に対してもの凄く小さなひれを動かしてるから泳いでる。  その魚はマンボウだった。  全体だけならわたしより大きいんじゃないかっていう身体をしてるのに、ひれが小さくて  泳いでると言うより水の中に浮いてるとしか思えない。  目も大きくて、でも怖くは無い。  なんとなく、ぼーっと、平和そうな顔をしてマイペースに水槽の中に浮かんでいる。  そんな印象だった。 「可愛いよね、マンボウって」 「そうかな? なんだかぼーっとしてるだけのように見えるけど、これ」 「ふふっ、かもね。でもマンボウって人を驚かすのは上手なのよ?」 「驚かす?」  まぁ、たしかに海底でいきなり現れれば驚くかもしれないけど、それは他の魚でも一緒だと思う。 「こっちに来て」  お母さんに手を引かれて、水槽を回り込む。 「……薄っ!!」  正面から見るマンボウは、もの凄く薄くて驚いてしまった。 「でしょう? ふふっ♪」  そのとき水槽に写ってた自分の顔は驚きの顔で、そしてお母さんの顔は優しく笑っていた。  そうして水族館を楽しんだ後、わたし達は電車で満弦ヶ崎に帰ってきた。 「ただいまー」 「ただいま、そしてお帰りなさい、リリアちゃん、お姉ちゃん」  家に着いた瞬間、どっと疲れが襲ってきて玄関に座り込んでしまった。 「お姉ちゃん、今夜はどうするの?」 「あぁ、仕事の予定は無いからこのままだな」 「おっけー、それじゃぁ夜ご飯は3人分だね。私はお買い物行ってくるからリリアちゃん、お姉ちゃんと  お留守番よろしくね」  そう言うとお母さんは家を出て行った。 「ほんと、お母さんは元気っていうか、若い」  あれだけ遊びまくっても、まだ出かけれる元気があるのだから、見た目通りに本当に若いのかもしれない。 「そうでもないぞ、リア」 「お姉ちゃん?」 「シアはな、若いだけじゃない。母、なのだよ」  お姉ちゃんは当たり前のように言う。 「母だからこそ、シアは強いのだよ。リアの、おまえの母になったからな」  なんとなくわかるようなわからないような……  でも、お姉ちゃんの言葉はもの凄く印象に残った。 「さて、シアだけに任せるわけにはいかないな」  お姉ちゃんはリビングに向かう。 「リアはどうする?」 「……とりあえずみんなの分の洗濯かな」 「そうか、では頼んだぞ」 「うん」  わたしは置きっ放しのお母さんの鞄から洗濯物をとりだし、自分の分とお姉ちゃんの分をまとめて持って  脱衣所に向かい、洗濯を始めた。 「疲れたけど楽しかったなぁ……またどっか家族みんなで行けるといいな」  自分で口に出した言葉の本当の意味をわたしは理解してなかった。  そうして、家族最後の旅行は幕を閉じた、もちろんそのこともわたしは理解してなかった……
「ふぅ」  椅子に座ったままわたしは伸びをする。  目の前のディスプレイには、わたしが作った時空転移プログラムのシミュレート結果が出ている。 「99%、かぁ……」  お姉ちゃんが言うように旅行が気分転換になったのかはわからないけど、あの後研究が  進むようになった。  時空転移プログラムの安定化にも成功し、ターミナルシステムとリンクさせてのシミュレートの  結果は良好。 「良好っていうか、この数値ならほぼ完成したって言える……のだけどなぁ」  この演算結果はシミュレートのもの、つまり机上の計算でしかない。  実際に時空転移を試していないのだ。  人では無く、プローブを送り込んでのテストでも良いからしたいところなんだけど、その  プローブからのデータだけでは、そこが本当に目的の時空かを知ることは出来ない。  送り込んだプローブをわたしの手元に再転移させることが出来れば実験の問題は無いかもしれないけど  転移先の時空からターミナルに確実にアクセス出来る保証が、まだ無い。  現状では行く事は出来るけど、帰りは不安定。  転移した過去から現在を観測し、帰ってこれるかどうかがまだ確認できていない、それどころか現在へ  帰れないかもしれい。 「ここまで組み上げて行き止まり、か……クローズ」  ディスプレイを閉じる命令をしてから、わたしはベットに横になった。 「……わたしはいったい何をしてるんだろう?」  きっかけは何だったんだろう? ターミナルにアクセス出来るようになったから?  ううん、それより前から思っている事が叶うかもしれないと、思ったから。 「お母さん……」  優しくて素敵で、少しお茶目で…… 「訂正、お茶目は少しじゃなくてかなりだよね、うん」  そう、自分にツッコミをいれて感情をごまかそうとして……出来なかった。 「お母さん……」  お父さんの思い出話をするときのあのお母さんの優しい笑顔。  そんな笑顔をさせるお父さん本人は、居ない。それが嫌で、わたしは…… 「どうしたら良いんだろう?」 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 5「覚悟」  しばらくベットの上で考えがまとまらず、ぼーっとしていた。 「……そういえば」  時間制限を組み込むプログラムがターミナルにあったっけ。  なんでそんなものがあるかはわからなかったけど、もしかしてこういう状況下でのセーフティ  なのかもしれない。 「アクセス」  閉じていたディスプレイをすべて再展開する。 「この強制帰還プログラムを再定義して、跳んだ先から確実に今へ帰ってこれるように出来れば」  わたしはこのプログラムの解析と研究を始めた。  それから暫くして、時空転移システムにこの定義を組み込む事に成功した。 「これで理論上、過去に転移して一定時間で戻ってくることが可能になった……はず」  そう、結局は理論上でしか証明されていなかった。 「転移した先が本当に求める世界なのかどうかが、わからない……」  わたしの時空転移プログラムは、間違いなくターミナルを経由して今と違う時間へ跳躍ができる。  けど…… 「平行世界理論」  そう、この理論が問題だった。  跳躍先の過去が、現在につながる過去かどうかの保証が無い。  ちゃんとこの世界につながる過去に跳躍が出来たとしても、その過去に跳躍してしまった存在の為に  その世界は平行世界に分岐してしまう。  そしてその分岐した平行世界の未来が、今のわたしの居る世界と違ってしまう場合、果たしてこの  強制帰還プログラムが、ちゃんと今の世界に跳躍できるのかどうか。 「ううん、それ以前に過去が今の世界の時間軸場の過去かどうかの保証は……人には出来ない」  平行世界の分岐なんて、人が観測できるものじゃない。  それが監視できるのは、まさしく神と呼ばれる存在だけだろう。 「うぅ……」  どんなに悩んでも答えは出てこない、なまじシステムの完成度が高いが故に、それを活かそうとする  思考が優先されてしまう。 「いっそのこと、このプログラムを……研究が無かった事に」  弱気な言葉が口からでてしまう。 「ううん、この1年半を無駄にしたくない……けど」  研究は成功しなければ無駄になる。失敗は成功の母とは言うが、わたしのこの研究に次の段階なんてない。 「たった1年半しか研究してないんだから、それが足りなければ成功するまで続ければ……」  口からでた言葉に、わたしははっとした。 「そっか、足りないんだ」  わたしには何もかも足りないんだ。  この研究をしていくための、知識も、経験も、覚悟も。 「なら、足りないものをすべて補えばいい、知識も、経験も、覚悟も……っ!」  その瞬間、わたしは寒さに震えた。 「怖い、怖いよ……」  この先研究を続けて知識を補い、いろんな経験をして、そして覚悟を決めて時空転移を行う。  その覚悟が……わたしには出来ない。  すべてが上手く行けば……上手く過去に跳躍して今へ帰ってこれたとして、どうなるんだろう?  お父さんに会って、そうしてわたしはすぐに別れて帰ってくるの? そんなことわたしにできるの?  それともお父さんも連れて帰ってくるの? そうしたらお父さんの家族はどうするの?  ううん、そもそもわたしが跳躍に失敗して帰ってこれなかったら…… 「お母さんを一人にしてしまう……お母さんの笑顔が見れなくなってしまう……」  気づいてしまえば簡単なことだった。  わたしが過去に行くなんて話、お母さんが賛成するわけがない。  一人前の研究者が組み上げた理論ならまだしも、独学で組み上げた理論なんて危険過ぎる。  何か失敗が起きてわたしだけがいなくなってしまえば、お母さんはどうなるんだろう? 「……ぐすっ」  気づくとわたしは泣いていた。 「わたしは馬鹿だ、本当に馬鹿だ。なんで、こんな単純な事に気づかなかったなんて……」  わたしだけの問題じゃなかったんだ。  何より家族を大事にするお母さんの事を全然わかっていなかった。  そして、残される者と行く者の事を全然考えてなかったんだ。  あのときのお母さんの言葉を思い出した。 「あのね、私のだんな様は、リリアちゃんのお父さんはすごい人だったのよ」 「すごい人?」 「えぇ、お母さんの事をすべて理解してくれたのよ」  そうだね、お母さん。ちゃんとお父さんはわかっていたんだね。 「お父さんは・・・タツヤはすごい人だったの。自分にも私にも厳しく、優しい人だったのよ。  だからお母さんも好きになっちゃったんだから」  うん、今ならわかるよ。お父さんがすごい人だってことが。 「私はね、今とても幸せよ、だからリリアちゃん。私の為に泣かないで良いのよ」 「わたしも、幸せだよ、お母さん……でも、でもっ! 怖い! お母さん、怖いよ……」  ベットの上でわたしは自分の身体を抱きしめながら、泣くことしか出来なかった。 「怖いよ……わたしは、どうすればいいの? この研究も、思いも、どうすればいいの?  ……助けて、お父さん……助けて……」 another view ... 「ここ最近リリアちゃんの元気がないのよ」  シアの家に呼ばれた私は、相談を持ちかけられていた。 「あの子ったら、私には何も相談してくれないの」 「そうか」  私は天井を見上げる、その先にいるリアは今いったいなにを考えているのだろうか。 「お姉ちゃんは何か知らない?」  シアの問いにどう答えるか迷う、いや、違うな。  私は戸惑っているのだ、約束の時がすぐそこまで来ていることに。 「お姉ちゃん?」 「あぁ、すまない。シアは今、リアが何をしてるのか知っているか?」 「んー、なにかの研究をしてるんじゃないかな? あ、その研究に息詰まってるのかしら」 「シア」  私は答えを遮るようにシアの名前を呼ぶ。 「お姉ちゃんは何処まで知っているの?」 「シアは何処まで把握してるんだ?」 「……」 「……」  沈黙の時が過ぎる。 「なぁ、シア。ちょっとつきあってほしいところがあるのだが、いいか?」 「良いわよ、この謎が解けるなら何処へでも行くわ」 「なら出かけるとしよう、シア。ターミナルへ」  私の声に、シアは真剣な顔をして頷いた。 another view end 「……あれ、寝ちゃってた?」  気づくと部屋の中は真っ暗だった。  開けっ放しの空間ウインドウが淡い光を放っている。  その光がなんだか怖く感じた私はウインドウを閉じる。 「お母さん……」  無性に会いたくなったわたしは部屋から出てリビングへと向かう。 「あれ?」  誰も居ない。リビングの端末にメッセージが残っていた。 「リリアちゃん、ちょっと出かけてきます。遅くなると思うから先にご飯食べててね」 「……何処行ったんだろう?」  今はただお母さんの顔が見たかった、それが見られないだけでもの凄く不安になって、そして怖い。 「……だいじょうぶ、同じ世界に、同じ時間にいるんだもん、すぐに帰ってきてくれる」  わたしはそう自分に言い聞かせて部屋へと戻った。  生まれたときから過ごしているわたしの部屋へと戻る。  もちろん赤ちゃんの時のことは覚えてないけど、物心ついたときから過ごしているわたしの部屋。  将来結婚して家を出るまではずっとこの部屋で過ごしていくと思ってたわたしの居場所。 「結婚ね……そんな先のことはわからないよね」  付属に通っているわたしが結婚なんて、まだ早すぎると苦笑いしてしまう。 「……覚悟、か」  わたしに足りないもの、そして必要なもの。 「もう、答えは出ている。後は、覚悟だけ……」  時空転移プログラムを実働させ、跳躍するのか。  危険すぎるプログラムをすべて消去してしまうのか。  多分、消去するのが正しい。  ターミナルというオーパーツを利用しなくちゃ行けないプログラムはこの時代にとってもまだ早すぎる。  だけど、わたしは…… 「お父さん……」  どうして会いたかったんだろう?  お母さんを独りにしてしまうことをわかって送り出したお父さんに文句を言いたかったから?  それとも、どうしてそう言うふうに考えられたのかを聞きたかったから? 「わたしは……お父さんに会いたかっただけなんだ、ただそれだけだったんだ」  でも…… 「会えて、わたしは満足できるわけが、ないよね」  会えたのなら一緒に暮らしたいと思うに違いない。  でも、過去への危険な跳躍にお母さんを巻き込めないし、お母さんがそれを許すわけが無い。  過去からお父さんを連れてくるのも危険すぎるし、なにより過去のお父さんの家族を引き離すことになる。 「……答えなんて最初から決まってたんだよね。アクセス」  わたしは今までの研究のデータを表示させ、そして。 「さよなら……プログラムデータオールデリート!」  これで終わり、もう、終わりなんだ…… 「うぅ……ぐすっ……うああああぁぁぁぁっ!!」  泣いて、叫んで。わたしはこうするしかなかった。 「……」  あれからどれくらいたったんだろう?  時計を見るともう遅い時間だった。 「……」  身体と頭が重い。このまま何もかも忘れて眠りたい、けど泣きはらした顔のままでいたくない。 「シャワー、浴びよう」  わたしはそのまま部屋から出た。 「……あれ?」  家の中の電気がついていない。 「お母さん? お母さん!!」  大声で呼んでみる。  返事が無い、まだ出かけたままのようだ。 「お姉ちゃんの所にでも行ってるのかな?」  不安につぶされそうになる心をむりやり押さえ込んで、わたしはシャワーを浴びる。 「後で連絡してみようっと」  シャワーを浴びて身体はすっきりした、けど、頭と、心は淀んだままだった。  着替えを持ってこなかったのでバスタオル姿のまま部屋へと戻る。 「アクセス  部屋の端末を起動する。 「……軽い」  いつもなら起動と同時に展開させていた研究データがすべて無い証拠だ。 「それよりもお姉ちゃんに連絡しなくちゃ」  しかし、お姉ちゃんにはつながらなかった。 「何処行ったのよ、二人とも……」  わたしはため息をついた。 「そうだ、夜ご飯食べよう」  冷蔵庫に用意してあった夜ご飯を温めて食べた。  お母さんの美味しいご飯のはずなんだけど、味がよく解らなかった。 「はぁ……」  部屋に戻ってきてわたしは放心していた。  今までは研究をしてきたこの時間、何もする事が無くなってしまったからだ。 「わたしは、何をしてたんだろう?」  端末の前に座って自問自答する。そうしても答えはもう無いし、する事も、もう無い。 「……あ」  何も無いと思ったけど、一つだけ出来ることがあった。いや、すべきことだ。 「お礼、言わないと」  今までターミナルの力を借りてきた研究、そのターミナルにお礼を言ってなかった。  そう思い端末にアクセスしようとして。 「そう、だったっけ……アクセス権も消しちゃったんだっけ」  プログラムと同様にアクセス権も消去した。今のわたしにはもう必要ないものだから。 「でも、感謝の気持ちくらいは伝えないとね」  着ているパジャマを脱いで、クローゼットの奥にかけてあった服をとりだした。  この服は、お母さんの研究所で着られていた研究員の制服の、レプリカだ。  お姉ちゃんが以前プレゼントしてくれた制服で、今のわたしの正装だった。  パチッと肩当てのパーツを取り付けて着替え完了。 「これでよしっと」  深呼吸してから、端末を起動させる。 「アクセス!」  そしてコンソールから届けることの出来ないメッセージを打ち込む。 「Thank you,Terminal...」  わたしは窓を開けて夜空を見上げる、そこには綺麗な月が浮かんでいた。  ターミナルは夜空にあるわけじゃ無いのは解ってる。  でも、始めてターミナルに跳んだ時に見た光景が、わたしには夜空に浮かんでると思わせた。  だから、こうして見上げた夜空に浮かんでる、そんな気がするのだ。 「ターミナル、ありがとう!」  これで、区切りがついたのかな? 「……っ」  下を向くと涙が流れ出そうだったので、わたしは夜空を見上げ月を見つめていた。  その月から、何か白いものが舞って落ちてきた。 「……え?」  あれは、白い……羽根?  始まりの時に見た白い羽根の結晶体。  わたしは無意識にその羽根をすくうように両手で受け止めた。その、瞬間に。  わたしはこの世界から再び、消えた。
 夜空を舞う、白く輝く羽根。  すべての始まり、そして終わりを告げる羽根をわたしは手に取った、その瞬間。 「……え、えぇっ!?」  わたしは、見覚えのある空間に立っていた。  漆黒の、夜より深い闇の中。  歴史の教科書にしか出てこないような円柱が周りを取り囲んでいて。  天井には精巧な彫刻で出来た円蓋に覆われた空間。 「ターミナル……なんで?」 「リア」 「え?」  知ってる声に呼ばれたわたしは反射的に振り返った。 「お姉ちゃん! それにお母さんも、どうしてここに!?」  今、世界の外にマルグリットの名を持つ3人が一同に会していた。 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 6「最後の嘘」 「なんで、何がどうなってるの?」 「まずは落ち着け、リア」  お姉ちゃんの言葉に、わたしは深呼吸をする。 「……落ち着いたけど、落ち着かない、っていうかわからない」 「それはそうだろうな、遺跡に家族そろっているのだからな、それも世界の理の外でもあるしな」 「わからないなら、わかる人に聞けばいいのかな? どうしてここにいるの?」  それはわたしが居る理由でもあるし、お母さんとお姉ちゃんがいる理由でもある。 「そうね、私が居る理由というか、居られるのは簡単な答えよ」  そう言うとお母さんは指を立てて頬にあてるようなポーズを取る。 「私は今でもターミナルの管理者権限を持ってるからよ」 「……あ」  言われてみればそうだった、昔聞いた話の通りだと、ターミナルを管理し、自在に操れる事の出来る  ただ一人の人物、それはお母さんだった。  そう考えてみると、お母さんはもの凄い人なんだよね。  ……普段があれなだけに、わたしはそう言う考えに至らなかった事に気づく。 「むっ!? リリアちゃん、今何か不穏なこと考えなかった?」 「……」  こういうときだけ妙に鋭い。 「えと、お母さんはわかったけどお姉ちゃんは?」 「お姉ちゃんは私が連れてきたのよ」 「まぁ、そういうことだ」 「それじゃぁ、わたしがここに居る理由は?」 「それは私も聞きたいわ、お姉ちゃん」  今までお姉ちゃんと並んでいたお母さんがわたしの方に並んで立つ。 「そう、だな……本題に入るとしよう。リア」 「は、はい!」  真面目なお姉ちゃんの声に、わたしは緊張した声で返事をしてしまった。  そして、その緊張を吹き飛ばす事実がお姉ちゃんから発せられた。 「リア、おまえの研究成果、時空間跳躍システムはここにある」 「……え?」 「アクセス」  わたしに驚きの声にかぶせるようにお母さんがシステムにアクセスする。 「シンシア・A・マルグリット主席研究員と認識致しました」 「該当データ、時空間跳躍システムを提示して」 「了解」  お母さんの周りに展開される空間ウインドウ、そこにはわたしが組み上げたシステムが表示された。 「なんで……どうして、ここにあるの? わたしは……」 「リア、おまえはターミナルシステムを使って研究していたのだろう? そのバックアップが  あったっておかしくない」 「でも、わたしは間違いなくすべてを消したはず、なのに……」  どうして、まだあるの?  わたしの動揺を横目に見ながらお母さんはシステムを読んでいく。 「ん……すごいわね、いくら基礎システムができあがっていたとはいえ、跳躍に時間の概念を  組み込んで完成させているなんて」 「何を言ってるんだ、シア。おまえだってリアと同じ年頃の頃にターミナルシステムに基礎理論を  完成させていたではないか」 「そうだっけ?」  ぺろっと舌を出すお母さん、その仕草が妙に似合っていた。 「あ、アクセス!」  わたしも空間ウインドウを展開し、システムを確認する。 「……」  ついさっきすべてを終えたと思っていた、そのすべてがここに残っていた。 「さて、リア。この研究とシステムだがな、あまりに危険すぎる」  お姉ちゃんの声にわたしは空間ウインドウを見ていた顔を上げた。 「空間跳躍でさえまだこの時代で完成していない、いや、厳密に言えばシステムは完成してるのだが  この時代に合わせたシステムとしては完成していない」 「そうね、この状況で時間を超える跳躍システムは歴史を、世界を壊す危険があるわ」 「うん、わかってるよ、だから、いいよ」 「リア?」 「わたしはもう、自分の端末からこの研究資料とシステムをすべて消してあるの、だからターミナルに  あるバックアップも消して」 「リリアちゃん……」 「このシステムがどれだけ危険なものか、わたしにはその意味も解らなかったけど今ならわかるから」  そう言ってわたしは笑う。本当に笑えてるかどうかはわからないけど…… 「リア、本当にいいのか?」 「うん」  わたしは即答した。 「リリアちゃん、ごめんなさい」 「お母さん?」 「この研究は空間だけではなく時間さえも跳躍する、それは過去に行くためよね」 「っ!」 「過去に行って……お父さんに会うためね。ごめんなさい、リリアちゃん。  寂しい思いをさせていたことに気づかないなんて、お母さん失格ね」 「違うっ! そんなこと無い!!」  お母さんの言葉に私は叫び返す。 「お母さんは悪くない! わたしにとって最高のお母さんだもん!」 「リリアちゃん……」 「悪いのはわたしなの! 何も考えず、理解した気になって……お母さんの気持ちも、お父さんの気持ちも……」 「リリアちゃん」 「あ」  わたしはお母さんに抱きしめられていた。 「いいのよ、リリアちゃん。子供が親に会いたいっていう気持ちはわかるもの」 「でも、でもっ!」 「ごめんなさいね、リリアちゃん」 「……うぅ、ぐすっ」  わたしは泣くことしか出来なかった。  研究一つが、人生を狂わせる事もある、そのことを実感させられた。 「ふむ……それで、このシステムを使うのに何か問題あるのだろうか?」 「「え?」」  お姉ちゃんの一言にわたしとお母さん二人そろって驚きの声をあげる。 「リア、おまえは父親に会いたいのだろう?」 「……うん、会えるのなら会ってみたい」 「シア、おまえは達哉と暮らしたいか?」 「もちろんよ」  わたしと違ってお母さんは即答だった。 「出来るのならそうしたいわ、だからリリアちゃんがお腹の中にいるときに私だって考えたもの。  時空間跳躍システムの理論」 「え!?」  お母さんも考えてたの? 「でも、その研究はするまでも無く、実現不可能だってわかってたから。それに……」 「それに?」 「私はターミナルを生み出した責任があるの。この時代で発見されたターミナルシステム。  でもまだこの時代の技術レベルでは安定して運用は出来ないわ。  そのシステムを悪用されないために、生きてる限り監視していかないといけなかったから……」 「生み出した技術は社会を壊さぬよう責任を持たないといけないからな」  お姉ちゃんがそう話を続ける。 「だが、シアよ。おまえも考えたのであろう? でなければ不可能という言葉は出てこない」 「……えぇ、考えて頭の中でシミュレートしてみたわ、でもやっぱり不可能よ」  そう言うとお母さんはわたしの目をまっすぐ見て話を続けた。 「私の考えもね、リリアちゃんが組み上げた理論と同じなのよ」 「……じゃぁ」 「ターミナルを使っての時空間跳躍、その跳躍先が私達のしってる過去なのかどうかが確認できないのよ。  もしかすると過去に類似している、平行世界のどこかの可能性の方が高いわ。  そして平行世界の過去に跳んだ場合、その世界から見た、平行世界の未来、つまり今に帰ってこれる  可能性が限りなく低いのよ」  それはわたしも悩み、解決出来なかった所だった。 「例外があるとしたら、転移先の過去をちゃんと観測してログが残っていれば可能かもしれない、って  所よね」 「そう、そうだよね! 観測されていれば跳べない訳じゃ無い!」 「でもね、リリアちゃん。それこそ過去をどうやって観測するの? 今を観測して、時間がたった未来から  今へ帰ってくるくらいしか出来ないわ」 「……」  確かにお母さんの言うとおりだった。 「シアよ、そんなにリアをいじめるんじゃない」 「別にいじめてる訳じゃ無いわよ」 「私には若い研究員の揚げ足取りを楽しんでるようにしか見えないぞ?」  そう言ってお姉ちゃんは笑う。 「もぅ、笑い事じゃないの」  お姉ちゃんの笑い声に、少しだけ場の空気が緩んだ気がした。 「さて、話をまとめてみよう」  お姉ちゃんはまるで授業を行う先生のようにわたし達の前に立った。 「時空間跳躍は、転移先さえ観測されてれば可能、で合ってるな?」 「えぇ、可能のはずよ」 「だが、現実問題として転移先の観測が不可能」 「ターミナルの中では時間は流れていないけど、どの世界でも時間は流れているわ、今を観測するだけしか  出来ないわ」 「そうだな……なら、問題は解決だな」 「……はい?」  お姉ちゃんの言葉の意味をわたしはすぐに理解出来なかった。 「アクセス」  お姉ちゃんの言葉に、ターミナルが反応する。 「フィアッカ・マルグリットシステム管理者と認識致しました」 「え、なんでお姉ちゃんが?」 「すまないな、シア。私も管理権限があるのだよ」 「どういうこと?」 「これのおかげだ」  そう言うとお姉ちゃんは首にかけていたペンダントを手に取った。 「それってただの補助デバイスじゃないの?」 「その話は後でしよう、それよりもこのデータをみてくれないか?」  お姉ちゃんが展開したウインドウにあるデータは、とある世界の跳躍先の座標データだった。  見た感じ、今の満弦ヶ崎と大差ないと思う。 「こ、これはっ……もしかして」 「あぁ、シアが最後にデバイスを回収した時代のデータだ、多少前後はしてるがな」 「どうして……なんでターミナルがこの座標を観測しているの?」 「理由が必要か? それよりも今はこの結果をどうするかだ」 「……」  お母さんは顎に手を当てる、これはお母さんの癖で考え込むときにこの姿勢になる。 「この座標とリリアちゃんのシステムがあれば、ほぼ100%この時代に跳ぶことは出来るわね、でもこの座標が  本当にあの世界なのか、類似した平行世界なのか、それを確認できないわ」  座標があっても結局そこが本当に過去かどうかは観測出来ない。 「それも問題ない、私が見てきたのだ、保証する」 「……あ」  お母さんは何かに気づいた見たいだけど、わたしには理解できなかった。 「そういえば、リアにはちゃんと説明してなかったな。私、フィアッカ・マルグリットの正体をな」 「……ぐすっ」 「リアは優しいな、こんな私の為に泣いてくれるのだからな」  そう言うとお姉ちゃんは私を抱きしめてくれた。 「だって、そんなのなんて……」  それ以上わたしは言葉に出来なかった。  1200年前に生み出された技術を悪用できず封印し、平和な時代に発見されるまで時の外で管理する女神。  時代を超えて存在し続け、生み出して遺失した技術を監視する使命を自らに課した女神。  静寂の月光での姉妹神。お母さん、お姉ちゃん……二人がしてきた辛い思いを、わたしは知らなかった。 「泣かなくて良いのだよ、リア。私が自身で選んだ生き方だ。それに私の為に人生を捧げてくれた皆のためにも  使命を放棄するわけにはいかないのだよ」 「お姉ちゃん……」 「それにな、良い事もある。大事な妹とその娘の幸せを手助けする事ができたのだからな」 「お姉ちゃん……フィアッカお姉ちゃん?」 「リアにそう呼ばれるのも久しぶりだな……アクセス」  お姉ちゃんは空間ウインドウを多重に展開させた。 「シア、それにリア。おまえ達はあの時代に行く事が出来る、無論帰りは無いがその必要は無いだろう。  後はおまえ達の決意次第だ」  わたしたちの決意……わたしはお母さんを見る。 「ん……そうなると私達は過去に行くしか選択肢は無いのかしらね」 「え、どういうこと?」 「お姉ちゃんは私達が過去に行ったときのことを知ってるのよね」 「あぁ」 「だとしたら、私達が過去に行かないと今の現在につながらなくなるわ」  今がわたし達が過去に行ったその先にあるのなら、わたし達が過去に行かないと今が無くなってしまうという  事になる。 「そうでもないさ、シア。このまま今に残っても今の世界は続いていくさ」 「……そうね、平行世界に分岐するだけで消えることは無いわね、尤もそれを観測できるかどうかは別だけど」 「そういうことさ」 「つまり、わたし達の結論の結果で平行世界が生まれるけど、どの世界も存続はしていく……」 「でも、そうなると今のお姉ちゃんは一人になってしまうわ」 「え? お姉ちゃんは一緒にこないの?」 「無理だ」 「どうして!?」 「この世界にも私は居る、その世界で私は存在できないだろう」 「それこそ平行世界になるのなら、お姉ちゃんが二人いても大丈夫じゃないの?」 「そうかもしれないが、そうするとこの世界から私が消えてしまう」 「それでも続いていくのでしょう?」 「あぁ、だがそうなると私達が生み出した技術はどうなる?」 「っ!」 「今の私はこの世界でのターミナルの管理者だ、残らないといけない」 「でも、そうしたらお姉ちゃんは一人になっちゃう!」 「良いのだよ、リア。私はあの戦争の時に覚悟をした、そんな私にもこうして人並みの家族としての  生活が送れたのだ、その記憶だけで私は満足だ」 「フィアッカお姉ちゃん……」 「だからな、リア。そしてシア。おまえ達は幸せに暮らしてくれ、それが今の私の最後の望みだよ」  敵わなかった。  敵うわけが無かった。  研究者として、科学者として、技術者として、何より「人」として…… 「リア、優しいシアの娘、そして私のたった一人の姪よ」 「お姉……ちゃん……」 「これは御守りだ」  そう言うとお姉ちゃんはわたしの首にネックレスをかけてくれた。 「これは私が作ったデバイスだ、いつかリアの助けになってくれるだろう。  出来ればずっと身につけていて欲しい」 「……ありがとう、フィアッカお姉ちゃん」 「シアの分もあるそ」 「……うん」  同じようにお母さんにもネックレスをかけたお姉ちゃんはわたしにもう一度向き直った。 「それと、これをおまえに預ける」  それはわたしの首に掛かっているネックレスと同じものだった。 「向こうの世界に着いたら、その世界にいる私にこれを渡してくれ。それと伝言を頼む」  私は黙って頷く。 「過去の私によろしく、とな」  そう言うとお姉ちゃんは私から離れていった。 「シア」 「お姉ちゃん……」 「大丈夫だ、おまえ達の研究は私が守る、だからシアよ。リアの事を、向こうの世界にいる  私を頼むぞ」 「うん、わかったわ。シンシア・アサギリ・マルグリットの名を持って誓うわ」 「アクセス、リアの時空間跳躍システムを起動、座標を固定、モニター開始」  フィアッカお姉ちゃんがシステムを起動していく。 「今更だが確認する、シア、そしてリアよ。おまえ達は過去の世界へ行く。それで間違いないか?」 「「はい!」」  お母さんとそろって返事する。  その返事は新たな出会いと、別れを意味する。  わたしは……涙で視界が潤みっぱなしで、お姉ちゃんの顔をちゃんと見ることが出来ない。  なんどもなんども涙を拭いても、涙は止まらなかった。 「なに、これが最後の別れではないさ、私とはすぐにまた会える」  涙にぼやけたわたしはフィアッカお姉ちゃんの顔をよく見ることが出来ない。  でも、どういう顔をしてるかはわかる。  フィアッカお姉ちゃんは、微笑んでいる。寂しそうな微笑みじゃなくって、優しい微笑み。 「カウントダウン、開始します」  システムのメッセージが時空間跳躍の準備が整ったことを知らせた。 「だから、また会おう、シア、そしてリア」  わたし達の身体が光に包まれる。 「フィアッカお姉ちゃん、ありがとう!」 「お姉ちゃん! 私は絶対幸せに暮らすからね! ありがとう、お姉ちゃん! 大好き!」 「わたしもお姉ちゃんが大好き!」  その言葉とともに、わたし達は本当の意味でこの世界から消えた。  その消える直前に。  フィアッカお姉ちゃんの笑顔から、涙が一筋こぼれるのが……見えた…… another view Fiacca Marguerite  ピッ、ピッ、と無機質な音だけがする空間に、私だけが立っていた。 「行ってしまったか……」  最後に聞こえたシアとリアの叫び。 「まさか最後に愛の告白をされるとは思っても見なかったな」  その声も言葉も一生忘れることは無いだろう。 「あのときの私の叫びも、シアにはこう聞こえたのだろうな」  500年前のシアとの別れ、あのときのことを思い出す。 「また、会おうか……確かに過去の私にはすぐに会えるだろうが、今の私にはもう会うことは  無いのにな」  シアとリアの心の負担を軽くしようとした、最後の嘘。  だが、優しい二人のことだから、嘘をついたことなどばれているに決まってる。 「……おまえはこれで良かったのか?」」  私は虚空に訪ねるその問いに、返答がある。 「  」 「そうだな、おまえもシア達の願いを、幸せを願ったからこそ、リアにアクセス権を渡したのだからな  そして、あの時代を観測しログを残したのも、おまえだものな」 「  」 「あぁ、そうだな。これからはおまえの生みの親の代わりに私が付き合っていく。  よろしく頼むぞ、ターミナルシステム・シアよ」 another view end
 ターミナルシステムの跳躍は一瞬。  でも、わたしにはその一瞬がもの凄く長く感じて、それが本当に一瞬なのかそれとも  永遠なのか判断がつかない、そんな一瞬を超えた先。 「っ!」  足下に地面があるのがわかるけど、なんだか頭が重い。  そのままその場に崩れ落ちるように芝生の上に座り込んでしまった。 「リリアちゃん、大丈夫?」  目を開けると同じように芝生に座り込んだお母さんの姿。 「ん……なんとか?」 「そっか、良かった」  そう言うとお母さんは私に近づいてくると、そっと抱きしめてくれた。 「貴女は私の娘のよね?」  当たり前の質問、だけどわたしは真面目に答える。 「わたしはリリア。お母さんがそう思ってくれているのなら、わたしはお母さんの娘のリリアだよ」 「ふふっ、その言い方、間違いなく私の娘ね」  そう言うとお母さんはおかしそうに笑った。 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle aftershortstory            sincerely yours -Crescent Moon- Episode 7「only one flowers」  落ち着いてきたわたしは、周りを見回してみた。  電灯の明りが公園を照らしている、時間はわからないけど夜だった。 「ここは……あれ?」  わたしたちが座り込んだ芝生のすぐ横に大きなモニュメントが建っていた。 「これは、軌道重力トランスポーター? なんで?」  満弦ヶ崎にある重要施設、軌道重力トランスポーターは物見が丘公園の敷地内に設置されていて  その周囲は厳重な警護体制が敷かれているはず。 「リリアちゃん、これは間違いなく軌道重力トランスポーターよ、でもまだ今は発見されていないみたいね」 「それってつまり……」 「えぇ、間違いなくリリアちゃんが生まれた時代より前に跳躍したみたいね」 「それじゃぁ今はまだ」 「そうね、現在では立派なロストテクノロジーね」 「発見前の失われた技術……」  わたしが生まれたときにはすでに確立されている軌道重力トランスポーター。  まだ人を乗せての移動は出来ないけど、月と地球の物資の輸送を一手に引き受けている。  それが、使われてない……解析されてない技術。 「リリアちゃん、わかってると思うけど」 「うん」  お母さんの言葉にかぶせるようにして返事する。 「わかってる」  お母さんは最初の戦争の時の知識と技術を持っている。  わたしは、生まれた時代では常識となる知識と技術を持っている。  でも、今の現在ではどちらも遺失技術となる。それを世に広めてはいけない。  もしここでその技術が使われてしまうと未来が変わってしまう。  フィアッカお姉ちゃんがいるあの未来へ、たどり着かなくなってしまう。 「……」  わたしは夜空を見上げる。  浮かんでいる三日月を見ながら、わたしはその月の周りの空間を探す。  もちろん、ターミナルは見える訳じゃ無いけど、そこにあるような気がした。  そして、そこにはフィアッカお姉ちゃんが…… 「あれ?」  突然夜空に何かが現れたように見えた、その何かは……人は、こちらにゆっくりと  降りてくる。 「お母さん」 「やっぱり、すぐに来たわね……」  わたしはお母さんの腕にしがみつく。ここがいつの時代かまだわからないけど、この時代で  初めて会う人なのだから、緊張してしまった。  降りてきた女の人は、わたし達を、ううん、お母さんを見て驚きの表情を浮かべた。  見た目はわたしよりちょっと年上かな? でもなんだかお人形さんみたいな印象を受ける。  黒いボディラインにぴったりのスーツに所々にフリルなどの装飾がある洋服を着ていた。  それは、細かいところは違うけど、フィアッカお姉ちゃんの正装に似ていた。  紅い眼に金色の髪をした女性は、口を開いた。 「シア……なのか?」 「そう言う貴女はお姉ちゃんなの?」 「私はフィアッカ・マルグリット。シアがそう思ってくれているのなら、な」  ……え? この人がフィアッカお姉ちゃん? 「おまえと過ごした時間も、別れてから700年の間も、そして再会して別離したあのときから  私の中では一人の人物としての連続する記憶を保持している」  お姉ちゃんは難しい言い回しをしている、けどわたしはとある一転に目がいってしまっていた。  わたしの記憶の中にあるお姉ちゃんと致命的に違う点、それは。 「……おっぱい小さい」 「ぷっ」  わたしが思わずつぶやいた一言にお母さんは噴き出した。 「あはは、確かにそうね」 「おい、シア。なんだこの失礼な娘は」  怒ってしまったお姉ちゃんにわたしは言い訳をする。 「ご、ごめんなさい、つい、本音が……」  そのときぷちっと大きな音が聞こえた気がした。 「あはは、あははははっ、おかしすぎて、く、苦しい……」  お母さんは笑いのツボにはまっていた。 「シア、いい加減に笑うのは止めろ!!」 「だって、ふふっ、あははっ!」  お母さんの笑いが止まるまでしばらくの時間がかかった。 「……あらためて、お姉ちゃん。ただいま」 「あぁ、お帰り、シア。だが……」 「どうしたの、お姉ちゃん?」 「いや、な。あのときより老けたな、と思ってな」 「なっ!」  お姉ちゃんの言葉にお母さんが固まる。 「なんてこと言うのよお姉ちゃん、これでも私は一児の母なのに若いって周りから  うらやましがられてたのよ!!」  確かにお母さんは他の同年代のお母さん達より若かったっけ。 「一児の母、だと? シア、まさかその娘は」 「えぇ、そうよ」  そう言うとお母さんはわたしを前に押し出した。 「えと、初めまして、なのかな? フィアッカお姉ちゃん」 「お、お姉ちゃん?」 「わたしはお母さんの娘で、リリア・A・マルグリットです」  お姉ちゃんは驚いたまま固まっていた、わたしは未来のお姉ちゃんとの約束を果たすため  話を続ける。 「フィアッカお姉ちゃんから……フィアッカお姉ちゃんに預かって、渡して欲しいと頼まれた物があります」  わたしは目の前のお姉ちゃんの手に、ペンダント型のデバイスを手渡す。 「……これは?」 「伝言もあります、「過去の私によろしく」です」 「な……に?」  わたしの伝言を伝えた瞬間、デバイスが光り出した。そして光はお姉ちゃんを包み込んで  すぐに消えてしまった。 「……」 「お姉ちゃん?」  お母さんはこんな仕掛けがあるなんてしらなかったから、驚いて今のお姉ちゃんの様子を  心配そうにみていた。  わたしも、こんな仕掛けがあるって聞いてないよ、お姉ちゃん! 「お姉ちゃん、大丈夫?」 「あ、あぁ……」   頭を軽く振るお姉ちゃん。 「まったく、私は何をしているんだろうな」  ふっと表情が緩む。 「何はともあれだ、シア、そしてリアよ。おかえり」 「「お姉ちゃん!」」  わたしとお母さんはお姉ちゃんに抱きしめられた。  以前より色々と小さくなってはいるお姉ちゃんだったけど、その温もりは変わってなかった。  ・   ・  ・ 「そうか……そう言うことなのだな」  わたしとお母さんはトランスポーターに、ううん、まだ公園にあるただのモニュメントだったっけ。  そのモニュメントに背中を預けて座って話をした。  お姉ちゃんは立ったままだった。 「そういうこと、今ここで語れないほど大変だったのよ」 「そのようだな、だがその話は後でゆっくり聞くとしよう」 「それもそうね、ところでお姉ちゃん。今はいったい”いつ”なの?」 「シア、そんなこともわからずに跳躍したのか?」 「一応は聞いたわ、でも確証はないもの」 「そうだな、今はいつかというと……」  その言葉にわたしは改めて、生まれた時代より前の時代だって実感させられた。 「……」 「お母さん、どうしたの?」  お姉ちゃんの言葉にお母さんは固まっていた。 「どうして……どうしてなの!?」 「お母さん!?」 「どうしてあの別れから10年しかたっていないの! おかしいでしょう?」 「どうしてといわれても、あのときから10年しか立っていないのは事実だ」 「それじゃ計算があわなくなっちゃうじゃないの!」 「計算?」  何の計算の事なんだろう? 「私は達哉と同い年なのよ? でもこれじゃぁ私の方が年上になっちゃってるじゃない!」 「シア、元から生まれた時代が違うのだから同じ年齢というのは無理があるのではないか?」 「達哉と会ったときの私の肉体年齢は間違いなく達哉と同じだったのよ、それなのに……」  うつむいたお母さんが急に私の両肩をつかんだ。 「え?」 「リリアちゃん、やり直しを要求するわ!!」 「ちょ、お母さん、無理、無理だから、身体揺らすの止めて!」 「シア、落ち着け」 「お姉ちゃんは黙ってて、これは親子の問題よ!」 「親子の問題って……お母さん、この時代を記録したのはターミナルなんだよ?  わたしじゃないから!」 「……うぅ」  わたしから手を離したお母さんはその場に蹲った。 「私、年上女房になっちゃったよ、しくしくしくしく」 「なぁ、リアよ。シアはいつからこういう感じになったんだ?」 「わたしは昔をしらないんですけど、少なくともわたしの物心ついたときからお母さんは  変わってないと思います……恥ずかしながら」 「そうか……」  お姉ちゃんは少し難しそうな、というか呆れた顔をしていた。 「さて、ここからが大事な話だ」  お姉ちゃんはわたし達と距離を取った。  その様子にわたしもお母さんも立ち上がる。 「シア、それにリアよ。おまえ達の知り得る知識は今の時代には危険すぎる」 「確かにそうね、それでどうするつもりかしら?」 「10年前と同じだ」  10年前という単語にお母さんのこめかみのところがぴくっと動くのが見えた。 「教団に帰属してもらい、監視させてもらう。それが出来ないのなら無力化させてもらう」 「……え? 無力化って?」 「私達の知識の公使を出来ない状態にして厳重管理、軟禁っていう意味よ、リリアちゃん」 「そんな……」  ここまでやっとたどり着いて、それなのに監視されて軟禁されちゃうの?  そんなんじゃここに来た意味が無いじゃない! 「と、言うところなのだがな。全く、私は私が恐ろしいよ」 「お姉ちゃん?」 「リアよ、おまえが渡してくれたデバイスだが、その中身を知っているのか?」 「いえ……お姉ちゃんからお姉ちゃんに渡すように頼まれただけだから」 「だろうな、全く私ときたら何をしてるんだろうな」  ふぅ、とお姉ちゃんは大きなため息をついた。 「このデバイスにはな、いろんなデータが保存されていた、そしていくつかのシステムも  登録されていた。先ほどのキーワードに反応し、システムは起動したし、データは私の  知識にすり込まれた」 「え? そんなこと出来るんですか?」 「あぁ、私なら出来る。というか実際されているのだから間違いない」 「それってお姉ちゃんにも未来の知識と技術があるっていうこと?」  お母さんの質問にお姉ちゃんは 「厳密に言えば無い、だがいくつかの情報の内容は確かに今の時代の物では無いようだ」 「だとするとお姉ちゃんも私達と同じ立場になったってこと?」 「それだけでは同じ立ち位置に立ったことにはならんさ、それよりもやっかいなシステムの方が  問題なのだよ」 「システム?」  お姉ちゃんが作ったシステムって何だろう? 「そのシステムはだな、私とシア、そしてリア。今はこの3人だけだがな……ターミナルに常に  補足されてるようなのだ」 「え?」  ターミナルから、補足されてるって? 「ターミナルは飽くまで跳躍システムよ、誰かを特定して補足するシステムは無いはず」 「きっと私が作ったのだろうな、そしてターミナルはこの補足した3人に何か危険が起きると  最終手段に出るというデータがある」 「……最終手段?」  わたしはオウム返しに聞いてしまう、最終手段って? 「さぁ、なんだろうな?」 「……お姉ちゃん?」 「怒るな、シア。私にだってわからない。最終手段に出るというデータしかないのだからな。  もしかすると世界が破滅するかもしれないし、しないかもしれないな」  世界が破滅?  ターミナルにそんな力があるっていうの? 「その点については検討、研究しなければわからないがな……ただ一つ言える事がある。  それは、私達の自由を奪う事はターミナルにとって意に反すると言うことだ」 「それじゃぁ」 「あぁ、色々と制限があるのは仕方が無いが、普通にこの時代で生活は出来るだろう」 「本当? 良かったぁ……」  わたしは気が抜けてその場に座り込んでしまった。 「調整は私がしておこう、それでシアよ、今後の身の振り方だが、どうするのだ?」 「身の振り方……」  言われて今頃になって気づいた。  わたしは……お母さんもこの時代では異邦人だ。  わたしもお母さんも自分を証明出来る物は何一つ、無い。でも…… 「望むなら教団にそれなりの地位を用意できるが……」 「そうね、それも良いかもしれないけど、この時代には、私達の家族が居るわ。  だからね、リリアちゃん」 「お母さん?」 「リリアちゃんは、どうしたい?」  座り込んでいたわたしを立ち上がらせてくれたお母さんの優しい目にわたしは  思っている事を答えた。 「お母さんと、お姉ちゃんと……お父さんと一緒に暮らしたい」 「そうね、お姉ちゃんはちょっと難しいかもしれないけどね、だからお姉ちゃん」  お母さんはお姉ちゃんの前に立って宣言する。 「私達は、家族で暮らすわ」 「お母さん……」 「リリアちゃん、ここまで来たんだから最後まで、覚悟を通しちゃいましょう」  そう言ってウインクをするお母さん。 「覚悟か……」  お姉ちゃんは目を閉じて考え事をしているようだった。 「調整は私の方で何とかしておこう、それまで教団の方に身を寄せる形で良いか?」 「そうね、普通だったらそうすると思うけど……」  お母さんはお姉ちゃんの先を、もっと遠くを見ながら言葉を続ける。 「彼がそれを許してくれるかしら?」 「何?」  お姉ちゃんは振り返る、わたしもお母さんの視線のその先を見る。  物見が丘公園の入り口の、わたし達がいる丘の麓、まだ遠いそこに、一人の人が居た。 「っ!」  わたしはその人を見た瞬間、ドキっとした。  どうしてかわからない……ううん、わかる。  だって、ずっと会いたいと思ってた人なのだから、間違いない。  その人はわたし達を見つけるとすぐに走って近づいてくる。  お母さんの名前を呼びながら…… 「お母さん……」 「そうよ、リリアちゃん。ずいぶん待たせちゃったけど、リリアちゃんのお父さんよ」  お母さんの名前を呼びながら、どんどん近づいてくる。 「……」  なんだか無性に腹が立ってきた。  お父さんはお母さんの名前しか呼んでいない。  わたしだって、わたしだってお父さんに会いたかったのに、お父さんにはお母さんだけなの? 「リリアちゃん、挨拶の用意は良いかしら?」  わたしの表情を見てお母さんは可笑しそうに笑う。 「お母さん、感動の再会だと思うけど……いい?」 「良いわよ、期待してるわ♪」  お父さんはまっすぐにお母さんに向かって走ってくる。  お姉ちゃんもわたしも多分見えてないんだと思う。  あと数歩、数秒でお母さんの前に立つだろうお父さん。  その前にわたしが割って入った。  お父さんはわたしを不思議そうな顔で見る、それは余計に腹が立つ。  すべてはこの人に、お父さんに会ってから。  聞きたい話も覚悟も、文句も、言いたいことはいっぱいある。  そして何よりお母さんに寂しい思いをさせたことと。  わたしの事を全く見てくれないことに、わたしは……お父さんに、  パシッ!  平手打ちをした。 「なに?」 「ふふっ、やるわね」  お姉ちゃんとお母さんの声が後ろから聞こえてきた。  叩かれたお父さんは打たれた頬を手で押さえて、驚きの顔でわたしを見る。 「お母さんに寂しい思いをさせたことは、これで許してあげます」 「……キミは?」  お父さんに尋ねられたわたしは、自己紹介をする。 「初めまして、わたしはリリア・朝霧・マルグリット」  そしてとびっきりの笑顔で、思いを込めて、伝えた。 「貴方の娘です、お父さん」
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