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ゴネるジジイ
「どこに行くんだい?舟に乗っていかないか?」
コーチンを散歩していたら、そう声をかけてきたジイさんがいた。舟ねー。おもしろそうかも。料金を交渉し、しばらくこの辺を歩いてからまた来るからホテルまで送ってねと約束して、いったんその場を離れた。

1時間後。船着場に行ってみると、ジイさんはみあたらない。
「あれ、おらんよ」
「しょうがないなー じゃオートリキシャで帰る?」
「他のボートもあるけん、あの人にいくらか聞いてみようか」
その時である。向こうから必死のダッシュでかけてくる老人がひとり。さっきのジイさんだ。
「ワ、ワシだよ。さあ行くぞ」
嬉々として駆けつけたジイさんの喜びっぷりから、
ラッキー!カモだ!という雰囲気が溢れ出している。喜びすぎですってば。

そしてやはりと言うか、お約束通りと言おうか。船で漕ぎ出したとたん、ジイさんは料金をつりあげにかかってきた。
「ここからホテルまではとっても遠いよ。舟をこぐのはそりゃあそりゃあ、キツイ仕事さあ。どうだ、○(←値段忘れた)ルピーくれないか」
「おっちゃん、さっき○ルピーって約束したでしょ」
「だってワシ、すっごく貧乏だもん」
「じゃあさ、ホラ、たばこあげるよ」
「・・・ビリー(インドの安いタバコ)なんぞいらん。○ルピーだ」
「ダメ。約束したやん。じゃないと払わん」
「そうか・・・」
しゅーんと頭をうなだれても、1分もたたないうちにまたごね始める。
「ああ、なんてキツイ仕事なんだ・・・。やっぱり○ルピー」

水上でこの会話を飽きるほど繰り返し、なんかダメっぽい雰囲気を悟ってきたらしい彼は、とうとう真面目に仕事に励みだした。そして今度は笑顔で夫に向かい、
「舟をこいでみたくないか?」
と誘ってきた。おっ、船頭体験サービスってやつ?ジイさんたら、観光客の心を掴んじゃうやり方ご存知なのね。それじゃあ、まあ、ってわけで舟をこがせてもらう夫。

それはとっても楽しかった。水草がたくさん浮いてる水面を漕ぎ出す。椰子の木てんこ盛りの島を横目に進むと、向こうの船から子供が笑顔で挨拶してくれる(ペンちょうだい!チョコレートちょうだい!との掛け声つきで・・・)。天気はいいし、のどかで楽しいなあ。ラララ。

しかし夫はすぐに疲れてきた。なにせ天気がよすぎるのだ。ギラギラと照りつける太陽が水面で反射して、ヤワな日本人たちにつきささる。ちょっと進むとたちまち汗がダラダラと流れ出す。
「ありがとうジイさん、もういいよ」
そういって夫は、ジイさんに櫂を返そうとした。ところがジイさん、ゴニョゴニョ言って櫂を受け取ろうとしないのだ。曰く、ホテルまでは遠い、ワシには過酷すぎる労働だ、今日は暑い・・・。

これは予想だにしなかった斬新な攻撃だ。エンターテイメントを装い、客に漕がせる。ジジイ、頭いいぞ。金を出さないんならせめてキツイ思いをしたくないってわけか。
「もうこいつ、しょうがねーなー」
ワシにはーできませんーと涙目で訴えるジジイにあきれ果て、汗水たらして舟をこぐ夫なのだった。できませんて、それアンタの仕事でしょうもん!ていうか、さっき他のボートと交渉しようとしてた時、風をきって走ってきた人どこの誰ですか。
このジイさん、きっと毎日毎日こんな風に、ゴネてるんだろうなあ。考えると果てしなくおかしい。おかしくも、やがて寂しきなんとやら。

こがされ損
夫は大変きつかったでしょうが、
えび的には大変おもしろうございました。
漕いだの自分じゃないし。

結局半分以上は夫の労働力により、舟はホテルに到着した。自分は寝ていたにもかかわらず、最後に料金を受け取る時もまたとりあえずゴネてみる事を忘れないジイさん、あっぱれです。しかも、さっきいらないって言ったはずのタバコもちゃっかりもらっていくし。インドで得た最初の教訓、それは、人生ゴネたもん勝ち。

猫空親子寺院扉


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