T市の事件

第1章 恐るべき謀略
第2章 新市長の正体
第3章 新市長の奇行
第4章 T市民の歌
第5章 臥薪嘗胆
第6章 民主主義の名のもとに
第7章 T市郊外の夜は更けて


第1章 恐るべき謀略

T市は大都市の通勤圏のベッドタウンである。
20年前はのどかな農村であった。
鉄道が整備され、大規模な宅地造成が行われ、今では人口7万人の市となっている。
この静かな地方都市に衝撃が走った。
市長選挙で無名の新人が当選したのだ。
この新人候補は事前の活動は一切なく、立候補の届け出がされたとき、誰も彼が何者であるか知らなかった。選挙活動といえば選挙ポスターのみ。街頭宣伝も立会演説も一切しなかった。
人々は、この候補者の存在を無視した。泡沫候補以下の扱いだった。

しかし、何としたことか、この泡沫候補以下の男が、優位とされていた現職を破り当選してしまったのだ。誰もがこの結果に驚き、いぶかった。
「有り得ないことだ、これは何かの間違いだ。」
開票のやり直しが請求された。誰もが異存なかった。
請求は認められ、慎重に開票がやり直された。
しかし結果は同じだった。
そして、正体不明の下品で猿のような小男『A.T』が、堂々と市長として登庁することになったのだ。

私たちはこの理解不能の事態を究明するため調査に取りかかった。
T市は住民の多くがマイホームを求めて大都市から転入してきたサラリーマンで、政治的関心が低く、投票率も低い。
しかるに今回の市長選挙では前回を30ポイントも上回る異常ともいうべき高い投票率になっている。
前回の選挙結果から推定して、投票の増加した分のほぼ全部が『A.T』への票となった可能性が高い。
では、どのようにして『A.T』は無関心層の票をつかんだのか?
選挙運動を全くしていないにかかわらず、、、
私たちは多くの識者を訪ね意見を聞いた。
しかし誰からも満足のいく説明は得られなかった。
私たちの調査は早々に行き詰まった。

そんなとき、楢武憂之と名乗る男が私を訪ねてきた。
年は50歳前後、くたびれた和服の着流し、肩までかかる長髪の半分は白い、長身で非常にやせていて、目はうつろだった。
一見してアブナイ男と思われたが、T市長選挙の真実を知っていると言うので、座敷に通し話を聞くことにした。
男は、自分は秘密結社の陰謀を暴き、世界に真実を知らしめることを天職としていると言い、次のように語った。

これは世界征服を企む秘密結社の仕業である。
民主主義を崩壊させるための恐るべき謀略の実験である。
有権者は恐るべきマインドコントロールによって、意図せぬ候補者に投票していたのだ。
どのような方法で?
おそらく、それは携帯電話を使ったマインドコントロールである。
投票日のかなり前、おそらく1ヵ月以上前から、市内数カ所に特殊な無線発信機が仕掛けられたと思われる。
その無線発信器は通話中の携帯電話に微少な音声を混信させる。それはほとんど聞き取れない程度のものだが、強力なサブリミナル効果を与える。
「投票には必ず行け。そして必ず『A.T』と書け。」
こうして洗脳された有権者は、投票に出かけ、無意識のうちにA.Tの名前を書いたのだ。

男の言うことはにわかに信じ難かった。
しかし、今まで聞いたどの説より説得力があり、私は男の話を聞きながら、体が震えてくるのをおさえることができなかった。


第2章 新市長の正体

新市長に当選した謎の人物『A.T』の正体が明らかになるにつれ、市民はあらためて「こんな男が市民の代表になったのか!」と嘆くことになった。
『A.T』は外見や物腰はかなりの高齢に見えるが、昭和16年生まれの62歳と意外に若い。
出身は隣県のI市。県政界のドンと呼ばれたこわもての県議会議員『K.T』氏の妾腹として生を受け、幼少時は山あいの母の実家で育ったという。
性格は粗暴で成績は劣悪。素行不良で高校を退学になった後は、定職に就かずぶらぶら遊んでいたが、将来を案じた父が、強引に県庁へ押し込んだという。
当然仕事ができるはずはなかったが、誰もが父親の権力をおそれて、腫れ物にさわるような扱いであったという。仕事らしい仕事はほとんど与えられず、机に向かって暇をつぶしている毎日だったので、生来の無気力が増進して、40代で早くも老人のような風貌や言動をみせるようになったという。

それでも、年功序列制度により、そこそこのポストに就いたが、無気力、無責任の固まりのようなこの男、仕事をする気は全くなく、すべてを部下に押しつけて、悠々とお茶を飲み、タバコを吸い、新聞をながめ、居眠りをしていた。
あまりのひどさに上司が注意すると、
「この野郎、俺を誰だと思ってるんだ!」と逆ギレする始末。
こんな調子なので、上司も部下も相手にせず、誰とも口をきかない日もめずらしくなかったが、当人は一向に平気であったという。

50歳頃、権力者の父が死に、強力なバックが消滅したので、人事当局はこの税金泥棒を解雇しようとしたが、父親の後継者の議員から横槍が入ったので、事なかれ主義の県幹部は解雇を断念し、自発的に退職をさせようと策をめぐらした。陰に陽に退職勧告がなされたが、鈍感で図々しい『A.T』は馬耳東風。
そこで、県庁のもう一人の問題人物で、横暴で部下をいびりまくることで有名な男の下に配置した。
二人を一緒にすればけんかは必定。うまくすれば問題人物二人を同時に処分できるというねらいであった。二人が配属されたのは、役割を終え近々廃止になる予定の部署で、重要な業務はないので、職員同士が年中けんかをしていても行政にさしたる支障はない。

二人の会話はこんな調子であったという

 音声ファイル(MP3 約400 KB)

「Tさん。あんたは入れ歯かね?」
「入れ歯じゃねえっすよ。」
「じゃあなぜ歯の抜けたじじいみたいなしゃべり方をするんだ。」
「じじいで悪かったな!」
「上司に向かってその口のきき方はなんだ!」
「なにを!俺の方が年上だぞ!」


「Tさん。あんたは息が臭いねえ。ここまでにおってくるよ。」
「そうすか?」
「そうすかじゃねえよ。人の迷惑を考えろ。」
「そんなことを言ったって自分じゃわからねえよ。」
「それがいけねえんだ!この自己中心野郎!」
「自己中心なのはてめえの方だ!」


「Tさん。酒飲んでるのか?」
「お茶ですが。」
「『ハーッ』なんて声出して、まるで酒飲んでるみたいじゃないか。」
「おめえは人のお茶の飲み方にまで文句を言うのか!」
「耳障りだから注意したんだ!」
「だったら耳を塞げ!」

こんなやりとりが日常的に繰り返されたが、暴力沙汰になることはなく、喧嘩両成敗で二人を処分しようとした人事当局は当てがはずれた。

そうこうしているうちに、定年退職に至った。
最後の数年間は無気力の海に沈み、ほとんど痴呆老人と言っていい状態だったという。
こんな男だから、県庁退職後は再就職ができるわけがなく、ぶらぶらしていたが、自宅が道路拡張にひっかかって買収され、県境を越えてここT市に引っ越して来たのだという。

なぜこんな男が市長候補になったのか?
前述の楢武憂之氏に尋ねてみた。
楢武氏は語った。
これは例の世界征服を企てている組織の行った実験である。
選挙をマインドコントロールで征しても、実際に市民に支持されていないトップが、民主主義の浸透した社会を統治することはきわめて難しい。しかし世界征服を企てるためには、それが可能にならなければならない。そのためには様々なデータ収集を行う実験が必要なのだ。
知性も教養もなく無能で下品で不快な老人をトップに据えた自治体がどのような反応を示すか。
また、市民がどのような反応を示すか。行政がどのように行われるか。
奴らはこれらの情報を逐一収集しているのだ。
T市は、小規模の自治体で、住民の政治意識が低く、地域のコミュニティーも弱く、この実験を最初に行うための最適な条件を備えているのだ。そして『A.T』こそこの実験に最適な人物なのだ。



第3章 新市長の奇行

初登庁した新市長は市長室に入るなり、
「灰皿ッ」と吠えた。
前市長が庁舎内全面禁煙を実施していたので灰皿はない。
「あの、、灰皿はないんですが、、、」
「灰皿ッ!」
「庁舎内は禁煙なんですが、、、」
「灰皿ッ!!」
「でも、、、、」
「はいざらあああああああ!!」
あわてて職員は灰皿を買いに走った。

幹部職員を集めての会議はとんでもないことになった。
いきなり市長が吠えた。
「一千万ッ!」
幹部職員一同、何事かと顔を見合わせる。
「一千万ッ!!」
幹部職員はうろたえるばかり。
市長の声はどんどん大きくなる、興奮して体をぶるぶる震わせている。
「いっせんまああああん!!」
幹部職員の一人がたまりかねて
「一千万をどうするのですか?」と尋ねると、
「海外視察ッ!」
「そ、そんな予算はありません」
「それをなんとかするのがおめえらの仕事だろうに!」
これで会議はお開き。
幹部職員たちは絶望して辞職を決意した。

次に「職員の仕事ぶりを見る」といって、フロアーに出てきた。
オフィス内をぶらぶら歩き回っていたが、若くてきれいな女子職員を見つけると、寄っていって、肩をぽんとたたいて。
「おう、おめえ今晩、いいな。」
びっくりした女子職員に、
「伽を命ず。ひっひっひっひっひ。」
あまりのことに女子職員は固まってしまった。
「冗談ッ!」
と言って市長は市長室に戻ったが、女子職員はその日一日泣いていた。

市長の言動は常軌を逸していたが、自分の言ったことはすぐ忘れてしまうので、命令に従わなくても問題のないことがわかったてきた。
また、市長は行政施策そのものについては全く関心がなく、すべて部下まかせだったので、市の業務は何の支障もなく続いていた。
重要な案件も、幹部職員が相談して決定した。
幹部職員は結局誰も辞職しなかった。

市長は終日市長室で昼寝をしたり、ぼーっとしたりして過ごしていたが、退屈すると、
「うおーい」と吠えて職員を呼び付けて、仕事に難癖をつけたりした。
たとえばこんな風だ。
作業服の購入決議書が回ってきた。
普段は黙って、面倒くさそうに判を押すだけの市長が、めずらしく書類を見て言った。
「おい、これはエコか?」
エコとはエコロジー商品のこと。ペットボトルなどを再生して作った作業服があり、行政機関などでは、これを積極的に利用することが推奨されているという。なぜか市長はそれを知っていた。
「いいえ、綿100%のものです。」
「エコッ!」
「しかし、現場の要請で、、、」
「エコッ!!」
「でも、現場では、、、」
「えこおおおおおおっ!!」
しかたがないので、担当職員は、「仰せのとおりエコにします。」と言って、その場は引き下がったが、数日後、市長が忘れたころを見計らって、再度『エコでない』作業着の購入決議書を回したところ、案の定市長は何も言わずに決裁した。
すべてはこんな調子であった。

さて、市民が注視する中、当選後初の議会が開催された。
市長の提案説明は噴飯ものであった。
「えー提出議案わぁー、お手元のぉー議案書のぉーとーりであります。以上!」
これには議員一同あきれた。
一般質問に入ると、最初は職員の用意した答弁書をたどたどしく読んでいたが、ある議員が、事前通告のない質問をしたのに怒って、
「ガタガタ言うな!拝み屋め!」
と叫んだ。
罵倒された先生、怒り心頭に発して、
「お、お、拝み屋とは何だ!」
これに対し市長は悠然と、
「おがみやあおがみやっつってなにがわりい。おがみやあおがんでりゃあいんだ、がたがたゆうな!」
(標準語訳 拝み屋を拝み屋と言って何が悪い。拝み屋は拝んでいればいいんだ。ガタガタ言うな)
野次、怒号が飛び交い議場は騒然となった。
「ガタガタ言うなとは何だ」
「議会を何だと思ってるんだ」
「お前なんか市長の資格がない」
「俺の靴はどこだ」
「懲罰だ」
「議会侮辱だ」
「めしはまだか」
「息が臭いぞ」
「呆け老人は去れ」
「市長不信任だ」
議長が叫んだ。
「暫時休憩といたします」

再開した議会では、さっそく市長不信任案が提出され、満場一致で可決された。
市長は怒りに身を震わせながら 叫んだ。
「解散っ!議会解散っ!」

市長は報道陣に対して、
「選挙になればこっちのもんだ。不信任案に賛成した連中は全員落選だ!」
とうそぶいた。



第4章 T市民の歌

T市民の歌というのがある。
これは市制10周年を記念して、歌詞を一般公募し、T市にゆかりのある有名作曲家に高い作曲料を払って作曲してもらったものだ。
しかし、実につまらない歌なので市民は誰も歌わない。
市民の愛唱歌として定着させようという試みが何度かなされたが、ことごとく失敗した。

毎朝、市役所では業務開始の合図としてこの歌が放送で流れる。
歌っているのは、T市出身の声楽家で、東京の某音楽大学の教授をしている偉い先生だ。
新市長はこの歌がお気に召さない。
あんな気取った歌い方ではだめだという。
もっと庶民的な親しみやすい歌い方をしろという。
「それでは、どんな歌手に歌わせたらよいでしょうか?」
おべっか使いの幹部職員が余計なことを言った。
市長が悠然と答えた。

「俺だ」

なんと、市長は大のカラオケ愛好家だったのだ。
これには幹部職員一同驚きあきれた。
だが、健忘症の市長のことだ。すぐに忘れるだろう。
「それは名案です。さっそく検討してみます」
といって、ひとまずその場はおさめた。

だが、なぜか市長はこの件については決して忘れず、
「おい、レコーディングの日程は決まったか?」
などと、毎日しつこく訊ねてくる。
「いま、調整中です」などといって取り繕っていたが、あまりにしつこいので、ついに幹部職員は折れた。
市庁舎のトイレ修繕工事を翌年度に延期して予算を捻出した。
かくして、新市長によるレコーディングが行われた。

T市民の歌は、つまらない歌だが、歌うのは難しい。
広い声域が要求されるのだ。しかも途中で転調があったり、変調子になったりする。
まるでアンティオタキウス3世の曲のように支離滅裂なのだ。
声楽家の先生は、さすがに難なくこなしているが、素人が歌うとなるとたいへんだ。

「また、歌い直しかい。何度歌わせたら気が済むんだ!」
と苛立つ市長をなだめすかして、数多くのテイクが取られた。
アイドル歌謡の制作で定評のあるベテランエンジニアが、録音を切り張りし、補正・修正を繰り返し、苦労の末になんとか我慢すれば聞けるという程度のところまでに仕上げた。
完成した録音を聞いた幹部職員は、プロのエンジニアの優れた職人芸に賞賛を惜しまなかった。

T市の歌の新録音の件は、一般職員には全く知らされていなかった。
なので、朝の放送で流れる歌が突然変わったのを聞いて、みな驚いた。

「な、なんだこの声は」

「ナベツネか?」

「いや、もっと下品だぞ」

「ひどい歌だ」

「朝っぱらから、こんなものを聞かされては、勤労意欲がなくなる」

「ああ、頭が痛くなってきた・・・」

この日以来、職員の遅刻が目立つようになった。
T市民の歌の放送が終わった頃合いを見計らって、ぞろぞろと登庁してくる。
市長の歌を聞かされるより、遅刻で減俸される方がましだと判断したようだ。


第5章 臥薪嘗胆

G助役は沈黙していた。
最近は週に一度の幹部会議にも姿を現わさない。
市政の蚊帳の外に置かれて、終日助役室にこもっている。

G氏はエリートであった。
超一流大学を優秀な成績で卒業し、中央官庁に奉職した。
中央官庁のエリートが、たかだか人口7万の地方都市の助役に就任することは珍しい。
そのいきさつを説明するには、K前市長の経歴から語らねばならない。

K前市長もまたエリートであった。
中央官庁から県の局長として出向し、敏腕をふるった。
その業績はめざましく、知事はもちろん県議会長老も一目おく存在になった。
人材難に苦しんでいた県保守会派は、この有能な男に着目した。
仕事一筋で家庭を顧みなかったため、妻に離婚され独身だったK氏に、地元の有力者の娘をめあわせ、豪邸を与えた。
そして本県に定住し、県政界のために活躍するよう熱心に口説いた。

そのころ、T市の保守会派は、高齢のため引退することになった市長の後継者争いで分裂していた。
混乱するT市政を収拾するのはこの男しかいないと、K氏に白羽の矢が立った。
県保守会派は、K氏に、市長を3期つとめた後は知事になり、さらには国会に出馬するというシナリオを示した。K氏はこれを受け入れ、市長選に立候補し、みごと当選した。

市長に就任したK氏は、2期目を迎えたとき、片腕として、また将来の自分の後任として、後輩のG氏を助役に招いた。
G氏には、K市長の後を追って助役から市長になり、将来は知事になるというシナリオが示された。
G氏は助役就任を快諾した。

しかしこのシナリオは思いもよらないK市長の落選によって水泡に帰した。
G氏は助役を辞任し、中央官庁に戻ろうと決意した。
しかし、新市長は助役の辞任を認めなかった。
それどころか、歯の浮くようなお世辞を言って慰留した。

「わしゃあ素人だからね、優秀な片腕が必要なんだよ。
もしもわしに何かあったときにはT大出のエリートさんにがんばってもらわにゃならん。
あんたは次の市長だってもっぱらの噂だよ。
まあ、悪いようにはしない。
思う存分やってくれ。」

だが、この言葉は大嘘であった。
新市長は助役をいたぶった。
地域の有力者が集まる会議の席で、市長は助役を「ボク」と呼んだ。

「ボク」
「ボク!」
「聞こえねえのか!お前だよ!」

助役は真っ赤になり、やがて真っ青になった。
たしかに助役は若く、育ちのいい坊ちゃんといった風貌だった。
しかし、エリートコースをひた走ってきたこの男にとって、これはたいへんな屈辱であった。

この一件はたちまち一般職員の知るところとなった。
G助役は、上には如才ないところを見せるが、エリート意識が非常に強く、下には冷酷で気難しい。
しばしば部下を人間扱いしていないような態度を見せる。
なので、この一件を聞いて快哉を叫んだ職員も少なくなかった。

市長は顔をあわせるたびに助役をからかい、いじめた。
エリートをいたぶる快感に酔った。
「おい、ボク、アブハラヘレヒハイホッケって何だ?」
助役が返答に詰まる。
「T大出のくせに、そんなことも知らねえんか。教養がねえなあ、へっへっへっ」
こんな調子である。
G助役は再び辞任を決意した。

そこへ県保守会派の幹事長が訪ねてきた。
幹事長は言った
「G君、やせたね。苦労してるね。
つらいだろうが、今は耐えろ。
さきの市長選挙はとんでもない結果になったが、既定路線に変更はない。
知事は病気で入院している。もう長くない。
まもなくK前市長が知事になる。
次の市長は君だ。
今の市長はほどなく失脚する。
もう少しの辛抱だ。」

「はいっ、がんばります。」
G助役は涙ぐんだ。

「そうそう、これを君にあげよう。」
と、幹事長は風呂敷包みを開いた。
達筆で臥薪嘗胆と書かれた扁額であった。

「知り合いの書家に書いてもらったんだ。
いい字だろう。
この言葉は、まさに今の君にふさわしい。
つらいときは、これを見て耐えるんだ。」

「なんと読むんですか?」

「なんだ、知らないのか。
これは中国の故事で、三国志だったかな、水滸伝だったかな・・・
まあとにかく、我慢するという意味だ。」

助役は耐えた。
来るべき日は意外なほど早くやってきた。
市長不信任が議決されたとき、助役は喜びで舞い上らんばかりだった。
しかし、そこはエリート官僚らしく、ポーカーフェースで決めた。
「さあ、私の時代がやって来た!」



第6章 民主主義の名のもとに(長くなったので別ページにしました)




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