虫歯予防は食生活から「母の友」2003年7月号より

虫歯はどうしてできるのでしょうか。虫歯予防のために「甘いものを食べ過ぎない」、「歯をよく磨く」といったことはよく知られています。しかし、実際には歯磨きをよくしていても、甘いものをあまり食べなくても、虫歯になる人はいます。発生のメカニズム、予防方法、治療のことなどを、虫歯予防の研究を続け、東京・調布で歯科医院を開業している富澤誠さんにお話しをうかがいました。

(プロフィール)

富澤誠(とみさわまこと)歯科医師。一九五九年東京都生まれ。東北大学歯学部卒業後、勤務医を経て、東京・調布にとみさわ歯科医院を開設。主な研究テーマはう蝕と歯周病の予防。スタディグループ「多摩抄読会」にて国内外の文献により最新の研究論文を読み、臨床との接点を探る。口腔保健の情報提供の場として「多摩デンタルインフォメーション」(http://www.pluto.dti.ne.jp/~tomisawa/)を開設。

食生活の変化が虫歯をつくった

おおよそ五百万年前に人類の歴史が始まったとして、狩猟採取生活を行なっていた数百年前の間の化石人類には虫歯は発見されていません。最も古い虫歯らしきものは約二十万年前のネアンデルタール人で見つかっていますが、極めてまれです。

比較的高い頻度で虫歯が見つかるのは、人々が農耕生活を始めた約一万年前以降です。でんぷんを含む米や麦、芋などを作り、加熱加工して食べ、貯蔵するようになったことで、虫歯は増えていきました。そして万人の病気になったのは、十六世紀の砂糖の大量生産と世界流通以降のことです。

虫歯は人類の文明に特有の病気であり、その食生活の変遷と密接な関係があることがわかります。

 

砂糖を食べるとなぜ虫歯になるのか

口の中にはさまざまな細菌があり、その中のミュータンスレンサ球菌などが、糖の種類の中でも砂糖(蔗糖)を材料にして、菌体外多糖類という粘着性のある、水に溶けにくい物質をつくりだし、歯の表面に付着して、他の細菌とともに塊になったものが歯垢(プラーク)です。

糖の摂取すると、歯垢の中に棲む細菌が糖を分解して酸をつくり、歯垢内pHを低下させます。このように酸をつくれる糖の種類には、砂糖、果糖、ブドウ糖、水飴(麦芽糖水飴)、オリゴ糖があります。

歯の表面を覆うエナメル質はハドロキシアパタイトと呼ばれるリン酸カルシウムからできていて、これはpH(酸性度を示す水素イオン指数)が臨界pHである5.5以下になると溶け出します。このようにして歯が酸で溶かされる(脱灰)という現象が虫歯です。

虫歯になるメカニズム

普通に食事をしても歯垢内pHは下がります。ご飯やパン、うどんなどの主成分であるでんぷんを食べても、歯垢内で酸が生成されるので、食事のたびに歯垢内pHは5.5以下になり歯が溶かされます。唾液の中のアミラーゼという酵素がでんぷんの一部を分解し、ブドウ糖や果糖などの酸をつくる糖に変えてしまうためです。ご飯を食べていると甘みを感じるのはそのためです。

しかし、一方で食事のときには唾液が多く分泌されるので、歯垢内の酸は唾液の成分で中和され(緩衝作用)、歯垢内pHは上昇します。そこで、歯から溶け出した歯垢内にあったリン酸とカルシウムは、歯の表面に再び沈着し、歯が修復(再石灰化)されます。唾液の中にもリン酸とカルシウムが多く含まれていますから、これらも歯に沈着して、歯を修復します。

ですから、脱灰と再石灰化の均衡が保てる、一日三回の食事と、決まった時間に食べる一回の間食程度では、虫歯になる可能性は低いといえます。しかし、あめやガム、清涼飲料水などを頻繁にとり続けると、脱灰に対して再石灰化が追いつかなくなり、歯垢内pHは低下して、歯が溶け続け、虫歯が発生する危険性が高くなります。

就寝前に甘いものを食べると、歯垢内pHは低下したままの状態が数時間続いてしまいます。これは、睡眠中は唾液がほとんど分泌されないためです。

歯磨きは虫歯予防の決め手ではない

歯磨きは大切ですが、食事のたび、甘いものを食べるたびに欠かさずにしているからといって、虫歯にならないことにはなりません。歯磨きの効果を過信しないことです。

しかし、誤解してはいけないことは、たとえ磨きにくい箇所をきれいにしたとしても、虫歯にならないというわけではないということです。歯垢がついているということだけで、虫歯になるわけではありません。また、虫歯になりやすい、なりにくいということには唾液の影響も大きいので、歯垢があっても唾液の還流がよい箇所は虫歯が発生しにくいといえます。

六歳臼歯を大切にする

六歳ごろに、乳歯の一番後ろ(第二乳臼歯)から六歳臼歯と呼ばれる永久歯(第一大臼歯)が生えてきます。この歯は噛み合わせの中心になり、また噛む力も一番強いので、非常に重要な歯となります。

しかし、口の中の一番奥に生えるため、本人も親も気づかないことがよくあります。さらに歯の一部が見えてから生えきるまでに時間がかかり、第二乳臼歯との段差ができるので、歯磨きもしにくく、歯垢もつきやすいので、虫歯になることが多いので注意してください。

子どもが磨きにくい箇所としては、奥歯の溝、乳犬歯の後ろの面と第一乳臼歯の間、第一乳臼歯と第二乳臼歯の間、上の奥歯の頬側と下の奥歯の舌側です。できれば子どもが自分で磨いた後に、親御さんがちゃんと磨けているかチェックするといいでしょう。

永久歯の代わりはない

乳歯のときに虫歯がたくさんあったとしても、永久歯も虫歯になってしまうということはありません。しかしそれは、口腔内環境を改善すればの話です。歯は歯質より環境に左右されるので、今までの食生活を見直し、虫歯にならないよう予防策を講じましょう。

ゲームをしたり、テレビを観ながらだらだらと食べたり、飲んだりしていませんか。これでは歯垢内pHはいつも酸性になってしまい、虫歯になる危険性が高くなってしまいます。食べ物の種類や量ではなく、どのように食べるか、いつ食べるかが重要です。ですから、間食は時間を決めて食べさせ、そのときは食べたいだけ食べさせ、あとの時間には食べさせないことです。

あれもダメ、これもダメという決まりごとが多いと、子どもにストレスを与えるだけです。「食べるな」ではなく、食べる時間を変えることでも虫歯になるリスクは減らせます。

5%の砂糖液(多くの炭酸系清涼飲料水は10%前後の糖液)を口に含むと、2〜3分以内に酸をつくりだし、歯垢内pHは5.5以下になって、その状態は20分以上続きます。そして、一度低下したpHは水で口をゆすいでも戻すことはできません。

例えば、寝る前にアイスクリームを食べ、歯磨きをしたからといって、低下して酸性になった歯垢内pHはすぐに元には戻れないのです。食べてから就寝まで少なくとも一時間はあけるようにしましょう。  

シュガーレス食品は虫歯にならないか

お菓子の中にはシュガーレス、シュガーフリー、ノンシュガーなどと表示されているものを見かけます。これらは、虫歯の原因(歯垢内で細菌が糖を代謝して酸をつくる)となる、砂糖(蔗糖)、ぶどう糖、果糖、水飴(麦芽糖水飴)、異性化糖(ぶどう糖と果糖の混合物)など単糖類や二糖類(キシリトール、還元麦芽糖などの糖アルコール以外のもの)を0.5%以上含んでないものと定義されています。 しかし、シュガーレス食品であっても、中には酸をつくるオリゴ糖やでんぷんなどを含むものや、酸味を与えるためのクエン酸は酸なので、多量に入っているとpHを下げてしまうので、表示だけでは「歯に安全」とは言い切れません。一般の消費者がその食品の原材料を見て、判断するのはかなり難しいことだと思います。 見落としがちな虫歯の原因 「甘いものに気をつけて、おやつも食べさせさかったのに、どうして虫歯になったのかしら」と言って来院する親御さんがいますが、虫歯になる原因は、間食だけではありません。 例えば、牛乳には約4〜5%の乳糖が含まれているので、歯垢内pHは5.5以下に下がりますし、スポーツドリンクも大多数は5〜6%の糖を含み、100%果汁を表示しているものでも、10%以上の糖を含むものがあるので注意が必要です。

他にも小児用シロップ系薬剤は砂糖入りのものも多く、寝る前などに長期間服用すると虫歯になる危険性が指摘されています。

治療が必要な虫歯かどうかを見極める

虫歯は早期発見早期治療が肝心だといわれてきました。もちろん重症化した虫歯は早く直すべきですが、特に初期の虫歯はすぐに削って詰めることに慎重でなくてはなりません。

虫歯の最初の段階は、歯面が白濁や溝の着色などが見られますが、実質的欠損(目で見てわかる穴)を伴いません。この段階ならば、歯は再石灰化の働きで元に戻る可能性があります。歯科医のもとで観察を続けて、進行の兆しがあれば必要な処置をしてもらうようにしましょう。 実は虫歯であるか、そうでないかは判断がつけにくいのです。歯科医は視診、探針という細い針金での触診、レントゲン写真による検査といったことで診断をします。 視診では、穴があれば虫歯だと診断が下せますが、歯面が白濁して見える場合などは、区別がつきにくくなり、唾液や歯垢がある奥歯の溝などではなおさらです。

触診は探針を溝に刺して引き抜くときに粘りつくような感触があれば、虫歯と判断することになっています。しかしこうし探針の用い方によって、さらに状態を悪化させたり、先ほど話したような再石灰化して治療する必要がない歯まで、傷つけてしまう危険があります。

歯と歯の間の虫歯となると、視診も触診も難しいため、レントゲン写真を用いることになります。これは比較的虫歯の存在をはっきりと判別することができますが、ちょっとした撮影角度のずれで判別しにくい場合もあります。 私はレーザー光線を歯にあて、その反射光により、虫歯の進行度を測る装置を使って、判断をしています。相当正確に判別がつきますが、百パーセントというわけではありません。いずれにしても、虫歯は簡単に診断が下せるものではないのです。 抜けた歯の修復は時間が勝負 転んだり、硬いものに歯をぶつけたりすると、歯が抜けたり、折れたりすることがあります。歯をけがしたら、応急処置をして、早く受診しましょう。

歯が折れたり、欠けた場合は、歯の神経を守るために一日以内に受診してください。折れた歯はできれば水につけてもってきてください。

抜けた歯は、乾燥しないように、歯を牛乳に入れるか、飲み込まないように注意して、口の中に入れて持ってきてください。最近は保健室に保存液があるので、それにつけて持ってきてくれれば安心です。歯根膜が生きていれば、再生してきて骨と正常な形でくっつきます。歯根膜とは、歯の根っこと歯槽骨(歯をささえる骨)をつないでいる薄い繊維で、歯と骨をつなぐ働きをしています。

歯を元に戻すには、抜けてからの時間と保存状態によって決まります。すぐに病院に行って処置をしてもらってください。

また、歯がグラグラする、噛むと痛い、歯と歯ぐきの間から出血しているなどの場合も早めに受診してください。

説明と合意による治療

治療の前には必ず状況の説明をし、いくつかの治療方法とそれぞれの利点と欠点を説明し、患者さん自身で治療方法を選択してもらっています。

進行止めは虫歯の進行を完全に止めてくれものでも、直してくれるものでもありませんが、進行を抑制してくれます。欠点は進行止めを塗ると、虫歯部分が黒くなってとれなくなってしまうことです。

塗らないで詰めるとなると、例えば2〜3歳の子どもの歯の接点が虫歯になっていた場合、削るとすぐに神経がでてきてしまい、おとなしく治療が受けられないので、動く状態で削ったりするとかなり危険なので、進行止めが安全だといえます。ただ、黒くなるのに抵抗がある親御さんもありますから、説明をしてどちらの方法を取るか決めてもらってから治療をしています。

シーラントは、永久歯の奥歯を酸で溶かして、溝ができたところにプラスチックを流し込んで、虫歯にならないようにするというものですが、黒ずんできますし、はずしたいときにはずせなくなります。しなくても虫歯にしないようにはできますし、歯に人工的なものをあまりつけたくないと考えています。

フッ素は、予防薬として効果があると考えているので、虫歯の非常に多い子どもには勧めています。但し、薬には副作用が伴い、人工物を一定量以上与えるのですから、危険性を考慮しなくてはなりません。副作用が出るというのは確率論の問題で、確率的な影響というのはある程度の量以上に達すると、その中の何パーセントかの人がその危険性に冒されるということですから、使う量や使用期間をできるだけ抑えて使用すれば、確率的影響も極力減らすことができます。全く安全とは言えませんが、虫歯になる危険性を減らして、それで得られる恩恵は大きいので、使う意味はあると思います。

しかし、大衆予防薬として虫歯を減らすために、水道水に入れるといったことは極論ではないでしょうか。フッ素万能主義はおかしいですし、フッ素を塗ったら虫歯にならないという誤解を与える恐れがあります。保健所などで嫌がるのを無理に塗ることはないと思います。

あくまで食生活の管理が基本で、人工的なことは二の次です。ここでは本人が自分できちんと歯磨きをし、自分である程度食生活を管理できるようになって、プラスフッ素で予防効果を高めるという使い方をしているので、二歳の子どもを連れて「塗ってください」と来院された親御さんには、フッ素を塗らなくても虫歯にならないということ理解してもらって、「うちでは三、四歳くらいでなおかつ、虫歯リスクの高い子だけに塗っています」と話しています。

治療より予防が大事

当医院では、すべての虫歯治療が終了した患者さんには、定期検診を勧め、「虫歯予防プログラム」を実施しています。正しい予防法を知らなければまた虫歯ができて、治療が必要になってしまいます。ですから、虫歯発生のメカニズムを理解してもらい、食生活の改善を中心とした診断と相談をして、予防のための指導を行っているのです。

虫歯予防の目標は、早く見つけて早めに治してしまうのではなく、あくまで虫歯をつくらないことです。生活のリズムを守って、きちんとしたバランスのとれた食生活をすることが、歯の健康に何より大事なことです。