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 「サン, ニー, イチ …」
 
 親切にも日本語でのカウントダウンをしてくれる。 
 ああ、何かに掴まりたい。目の前の空間には、体を支えてくれるロープも梯子もなく、唯一の望みは足首に付いている白いゴム紐のみだ。とても心細い。そして、上半身から飛び込んで行くことがこんなに恐いことだったなんて。
 
 
 しかし、すぐに(無理矢理)決心した。 
 姿勢を低くする。 
 次第に体を前へ倒してゆく。 
 目前にはるか下を流れる濁流の視界が開ける。 
 自ら体を倒してゆく。もう、止められない。
 
 足が、踊り場を離れた。
 
 「おおおおおおおおおおーーーーーっ…… 」
  
 体に何も付けないで、そのまま、真っさかさまに、頭から落下するというのはこういう感覚なのか! 
 手が宙を掴む。何かに掴まろうという反射的な動作なのか。
  
 下腹部あたりから、何かがスゥーッと上がってくるような感覚。 
 同時に感じるものすごい加速感。
 
 空気を切り裂き落ちてゆく自分の体の毛という毛が、すべて逆立つ気がする。 
 ゴーーッという風切り音がする。濁流が、どんどん近く、大きくなってゆく。
 
 うわーぶつかるーと思った時、落ちてゆく感覚がなくなる。ゴム紐が伸び切ったんだ! 
 それでも体はゆっくりと濁流の水面へと近づく。このままだと水没してしまう。そういやジャンプする時、水の中に上半身浸かってみないか? と英語で聞かれたので「ノー」とはっきり答えたはずだが、ひょっとして伝わってなかったのか。 
 伸ばした手の先端が水面に付きそうだ。どど、どうしよう、そう思った時、足首に力強い力を感じると同時に、私の体は上方へと持ち上がり始めた。
 
 
 ああ、助かった! 
 落ちてゆく時と違って、このゴム紐の収縮力ではね上がっている時は、なんとも楽しい感覚だ。カメラを意識して、ポーズを決めてしまうなどの余裕も生じる。
 
 しかし、当然その時間も長くは続かない。再び落ちる番だ。 
 うわー、水面がぁぁぁーー
 
 再度、上がる。 
 ピースサインなど出してアピールする。
 
 当然、落ちる。 
 ひゃぁぁぁぁ
 
 上がる。 
 ピースピース。
 
 しばらくこんな繰り返しの後、逆さ吊りのまま空中に停止した。 
 やっと、終わった。
 
 この、バンジージャンプなるものを初めて知った時から疑問だったのが、この後どうやって救出してくれるかについてであった。 
 その答えは簡単だった。下の濁流にロープで係留されたゴムボートがあり、水面に張ったそのロープを伝って私のすぐ下までやってきてくれるのだ。その後、上の吊り橋に固定されているゴム紐を緩めてやれば、ゆっくりとゴムボートの上に着地できるという寸法だ。
 
 ゴムボートに「救出」され、足首に着けたゴム紐を外す。緊張から開放されたためか、足に力が入らない。 
 川岸に付くと、そこから急峻な谷の側面に作られた長い階段を登って橋の袂まで戻ってゆく。 
 ついにやったぞ。急な階段を登るのは疲れるが、なんとも爽快な気分だ。今日はホテルで一杯やるか、などとのんびり考えていた。そう、この時までは…… 
 
 事務所へ戻り、オプションで頼んでおいた撮影・編集済みのビデオテープをもらう。
 
 その時、ケースを見てフトしたことに気が付いた。ビデオがPAL方式での録画だったのだ。 
 これはいけない。ここニュージーランドではこれでいいのだが、日本のテレビ・ビデオはNTSC方式のためこのテープを持ち帰っても見ることができないからだ。あらかじめ指定しておいた筈だが、どうやら間違えられたらしい。 
 それを告げると、すぐに係員が私の腕を引っ張った。見るとにこやかな顔をして、撮影しなおすからもう1回飛べと言う。 
 ええーっ! そんなぁ〜
 
 有無を言わさず「連行」されてしまう。もちろん追加料金は一切かからないが、そういう問題じゃあない。あの恐怖をもう一度味あわなくてはならないのだ。これは参った。 
 そうは言っても止めますとは言えず、再びあの踊り場に立つハメになってしまった。
 
 その突端に立ち、下を見下ろした時、2回目とはいえその恐さが少しも変わらないことを確認したのだった。
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