その後も練習を続け、その日もエリアで地上練習に励んでいた。
「どうですか鈴木さん、そろそろ初フライトに挑戦してみますか?」
しかし、このチャンスを逃すと、また次の週末まで待たなくてはいけない。
でも校長がそう言うということは、私に空を飛ぶのに最低限必要な技量が身についているということだろう。落ち着いて考えて見ると、すでに地上での翼の扱いにはそれなりの自信がある。確かに初めての経験に際しての不安はあるが、恐いという感じはしない。
「わかりました。では準備しましょう。頑張って!」
さあ、準備が終わった。エンジンを背負い、パラグライダーをハーネスの金具に接続する。エンジンを掛けてもらうと、アイドリングの振動が伝わってくる。全身に緊張を感じる。
「はい、いいですよ。そのまま。 少しずつエンジンを吹かして!」 すると、だんだん体が上へと吊り上げられてゆくのが分かる。これなら、飛べそうな感じがする。体が上へと引っ張られているのでだんだん走りづらくなる。実際にはこの走っている時間はほんの数秒なのだが、それがやけに長く感じられた。そして、そろそろだと思った瞬間、足が地面を離れてゆく。
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やった! ついに夢が叶った! 今、飛んでいる!
運転免許証を持っている方なら、車の運転と似たものがあるといえば分かっていただけるかも知れない。車の方向はハンドルを回すことで変えるが、初めて教習所でハンドルを握った時は真っ直ぐ走らせることすら難しくはなかっただろうか。カーブでも、その曲率半径に沿ったスムーズな運転など最初はとても出来なかった。 この着陸というのが、慣れない内はじつに難しく、技術を必要とする場面だ。何しろ、飛んでいる状態から着陸するという動作自体が、普段の生活では絶対に経験のできないことだからだ。パラグライダーには自由に高度を変える装置は付いてないし、空中でブレーキをかけて止まることもできない。まあエンジン付きのモーターパラグライダーであればエンジンを吹かして上昇することは可能であるが、いずれにしても着陸時エンジンは止まっているのと同じくらいの回転に下げてしまうので、あまり関係がない。 この日生まれて初めて飛んだばかりの私にとって、次に心配になったのが、この着陸をうまく行えるかどうかだった。地上ではあんなに広く感じた牧草地も、空から見てみると広大な大地の一部にしか見えない。あんな狭い所へ果たして降りられるのだろうか? それに、何しろ自分でもわかるほど緊張している。知識として着陸の仕方は教わっていても、このパニック状態の頭では次に何をしていいのかわからない。
「はい、そこで右(のブレークコード)を肩まで引いてー。」 まるで先生が一緒に乗っているんじゃないかと思う適切さで指示を受ける。この時ほどこの無線機から聞こえてくる声を頼もしく思ったことはなかった。 エンジンを絞り、左右にターンしているうちに高度が下がってきた。着陸しようとしている牧草地がだんだん大きく見えてくる。いよいよ着陸だ。
もう少しで着地しそうな所で無線機からの指示が飛ぶ。「そこで両手を腰まで引いて!」 両方のブレークコードを引くことにより飛行速度を落とすためだ。このフレアーと呼ばれる動作により安全にふわりと着地することができる。指示通りフレアーをかけると流れ去る牧草の速度がゆっくりとなる。あと少しで足が付く。
次の瞬間、階段1〜2段分から降りた位のごく軽いショックと伴に足に自分の体重を感じた。
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ページ最終更新:1998/3
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