緊急安全セミナー

その1 エマージェンシーパラシュートの扱い方
ページ作成 : 2004/6/19
最終更新 : 2004/7/5



 2004年の春〜初夏にかけて、各地のエリアでパラグライダーの墜落による死亡事故が多発しました。私の知っている方も、その犠牲になりました。この季節は、まだ冷たい空気に強い日射が降り注ぐため不安定な気象条件になりやすく、ビッグフライトが期待できる反面、事故が起りやすい季節でもあります。

 この事態を受けて、いつもお世話になっているイントラさんやエリア主催の安全セミナーが行われました。内容は、事故につながる事態(そのほとんどが機体の潰れによるものです)に陥ったとき、どのように対処すべきかというもので、必然的にエマージェンシーパラシュート(以下エマパラと略す)についての話が主体でした。
 エマパラについては、日本のスカイダイビング界の第一人者であり、FAA公認パラシュートリガーでもある藤原誠之氏のセミナーがあり、とても勉強になりました。

 以下の文章は、そのセミナーを受講して得た知識に、他の方々の経験やアドバイスを織り交ぜてまとめたものです。これらは、あくまで私なりに理解したものを元にしていますので、内容に不備や間違いがあるかもしれません。また空での翼やパラシュートの挙動は一定ではなく、まだ研究の進んでいない部分もあります。お気づきの点があれば、ぜひご指摘ください。その際、実際に起った例を教えていただくと助かります。

 運が悪かった、このひと言で事故原因を片づけてはいけません。どうすれば事故を防ぐことができたか、どの段階でどういう行動をすれば事故へと至る連鎖を断ち切ることができたか。それを考え、具体的かつ目に見える形で対策を取るのが重要だと、私は思います。

<参考>
・パラグライダー安全セミナー(ハーネスおよびエマパラ) 2004.6.12
   講師:藤原誠之氏(アドバンスエアースポーツ代表)
   場所:スカイジム佐野
   主催:藤澤拓也氏(S.A.Y.代表)、市村米次氏(スカイジム佐野代表)
・スカイパーク大平 安全ミーティング 2004.6.13



○高度50m以下でもエマパラを投げろ!
 多くのパイロットは、エマパラが開くためには50m程度の高度差が必要で、それ以下の対地高度になってしまうと投げても開かない、投げても無駄ではないかと思っているのではないでしょうか?
 だから低い高度でパラグライダーのキャノピーが潰された場合、エマパラは役に立たないから回復動作に専念すべきだというのが、ある意味常識になっています。
 しかし実際は、そんなことはありません。たとえ対地高度が20mでも15mでも、開いて役に立つ可能性は非常に大きいのです。高度に関係なく、躊躇せずに投げるべき。今後は、それが常識になるかもしれません。

 過去発生した事故でも、エマパラを投げていれば助かったのではと思われるケースが多々あります。例えば、山の裏に流され、ランディング可能な場所を探しているうちにローターに叩かれ、墜落した事故があったとします。このような場合は、無理にローターの巣である谷に降りて潰されるより、エマパラで木に降りた方がまだマシです。
 同じツリーランをするにしても、パラグライダーのキャノピーが潰されて木に突っ込んでしまうのと、エマパラを開きふわりと木に引っ掛るのでは、衝撃も違います。前者では木の枝が刺さるなどの大怪我をする可能性があり、山深い場所で救助に時間がかかることを考えれば、命にかかわります。

 繰り返しますが、たとえ高度50m以下でも、エマパラは有効なのです。実際に、スカイジム佐野の市村イントラがMPGにおける高度20m程度でのエマパラ開傘試験を行なわれ、その様子を撮影したビデオを見せていただきました。エマパラは確実に開傘し、市村さんは安全に着地されていました。

 低空で潰された時にまずすることは、潰れた側に旋回に入らないためにブレークを当てるとか、体重移動とか言われていましたが、そうではありません。20m程度の高度では、回復動作をする暇もありません。キャノピーが大きく傾き、パイロットは振り子のように投げ出され、シュートするそのキャノピーの動きを止める前に地面に激突してしまいます。
 潰された時、まずすべきなのは、対地高度の確認なのです。そして高度に余裕がなければ、即エマパラを投げる必要があります。
 また、高度に余裕があったとしても、スパイラルダイブに入ったりすると過大なGがかかり、回復動作も難しくなります。そんな時も迷わずエマパラを使用するのがベターです。今回のセミナーで得た知識で最も重要だと思ったのが、これでした。

 ちなみに、円形のパラシュートは、どんな乱気流・ローターに遭っても、潰れることはないそうです。スクエア型のパラシュートだと確実に潰されてしまうような条件(例えば、つむじ風のような旋衝風)でも、円形のパラシュートは潰れなかったという実績もあります。



○シンプルな手投げ式のエマパラが、いちばん確実。
 パラグライダーのハーネスからエマパラのコンテナを引出す方式としては、最も普及していると思われる手投げ式と、炭酸ガスなどの高圧気体やバネの力を利用してコンテナを射出する方式のふたつに大別されます。
 セミナーでは、手投げ式と高圧ガス射出式それぞれの開傘時のビデオの比較が行われました。それを見た限りでは、意外にも手投げ式の方が、早い開傘を謳っているはずの射出式に対し、同等かそれ以上に早く開いていました。

 その理由を理解するためには、まずパラシュートが開く原理を知っておく必要があります。図を見てください。

エマパラ開傘過程

 1. エマパラのコンテナを放出すると、まずブライダルコードが延びてゆく
 2. 次に傘体につながるたくさんのライン部分が引き出され、やがてコンテナの蓋を留めている輪ゴムが外れ、傘体が出てくる。
 3. 傘体が風になびくように伸び切る。
 4. 傘体周囲の空気の流れにより圧力差が生じ、中央部から傘体が広がってくる。
 5. やがて傘体下部が広がり、パラシュートの形状になる。
息を吹きかける
 エマパラの開傘原理で大切なのは、3.から4.にかけてです。傘体の周囲に風が流れることによって、その部分が負圧になり(ベルヌーイの定理)、傘体を広げる方向の力が働きます。一枚の紙を両手で持って、真横から息を吹きかけると上がってきますよね? あの原理です。
 この力は傘体の中央部付近で最も大きくなるので、そこから膨らんでゆきます。やがて内部が充分空気を吸込むと、最後にようやく傘体下部が開いて空気が入り、パラシュートの形を形成します。傘体下部は最も面積が大きい部分ですから、相当な量の空気が入らないと開いてゆきません。

 いずれにしても、傘体下部から風が入り、そこから広がってゆくわけではないことに注意してください。  以上の原理から、エマパラを早く開かせるためには、いかに早く傘体を3. の伸び切った状態にして周囲に風を通すかが重要です。

 高圧気体で射出する方式は、すばやく上記の伸び切った状態になるように思えますが、ビデオで見た限りでは予想通りにはなっていませんでした。コンテナを射出する勢いが強いため、ブライダル〜傘体が伸び切るとバウンドして戻ってきてしまうのです。このため伸び切った状態になるのが遅れ、結果として開傘も遅くなります。



○エマパラを投げる方向は、下方45°が目安。
 上に投げると、パラグライダーのラインに絡まる恐れがあるのはすぐ判ることかと思います。
 さらに、エマパラを投げるような状態というのは、機体の潰れ・損傷等によりスパイラルダイブのような旋回に入っていることが多いと思われます。当然、沈下速度が大きい状態にあります。このようなときに横に投げると、沈下しながら旋回しているキャノピーに引っ掛けられてしまう可能性が高いです。
 エマパラのブライダルコード部分に当るぶんには大した問題はありませんが、傘体の各ゴアに繋がるラインが一本でも引っ掛ってしまうと、もうエマパラは開くことができません。そればかりか、早いスピンの場合だとキャノピーに包まれてしまうことさえあります。

 これに関連して、ブライダルコードの長さが重要なことがわかります。あまり短いと、ライン部分を引っ掛けられてしまう可能性が高くなります。また、傘体がインナーコンテナからいつ出てくるかも重要です。(上記のパラシュートが開く原理の2. の部分です)
 すぐ出てしまうと引っ掛けられる可能性が上がるし、開傘も遅れます。自分の体から充分離れ、ブライダルコードが伸び切ってから出てくるよう、リパック時に留意する必要があります。

 さて、以上のことからエマパラを投げる方向は、キャノピーから遠く、かつ最も楽に投げられる下方がベストです。ただし、真下はいけません。たとえばスピンしている場合、その中心から重力でブラ下がった状態になってしまい風も当らず、開かないという状態も考えられるからです。目安としては下方45°くらいの角度が良いそうです。
 さらに旋回の外側に投げるのが基本です。ただしこれは難しく考える必要はありません。自然に振られている側に投げればよいだけです。



○パラシュートは、短いほど早く開く。
高さの違い
 丸いエマパラは、図の右側のようなプルダウン型が主流です。この形は、半円型のパラシュートに比べて早く開くというメリットがあります。

 なぜなら、伸び切った傘体がベルヌーイの定理で開いてゆく過程において、広げなくてはならない部分を短くできるからです。傘体の高さが短いぶん、下部を早く開かせることができ、開傘が早くなるのです。

 さらに、中央に開いた穴によって多小沈下速度が速くなる代りに揺れを少なくできる効果もあります。



○エマパラをよく開くエリア=危険なエリアではない。
 例えば○○エリアでエマパラを開いたなんて話を聞くと、そこは風のコンディションが悪い、危険なエリアなのでは?と、思いがちです。それがために、なるべくエマパラを投げずに済ませたいという心理が働く可能性を否定できません。つまり他のエリアの人に、危険だというレッテルを貼られるのを恐れている風潮がありました。(最近はだいぶ薄れてきたようですが...)

 しかしこの考え方は、もちろん正しくありません。エマパラをよく投げるエリアというのは他に比べて風がわるく危険なエリアなのではなく(むしろ投げるような気象条件になる確率は低かったりする)、すぐエマパラを投げるよう、指導が徹底されているエリアなのです。
 つまりそのようなエリアでは、エマパラを投げるのも安全に降りる方法のひとつとして認識されているわけです。エマパラをよく開くエリア=危険なエリアという先入観は、捨てるべきです。



○投げる前からダウンプレーン現象を気にするな。
 エマパラを開いてもパラグライダーは滑空状態にあることは多いです。この場合両者がV字形に釣合い、滑空するパラグライダーに引張られてエマパラが傾き、投影面積が小さくなって沈下速度が増す「ダウンプレーン現象」が起こりやすくなります。これを防ぐために、エマパラを開いたらパラグライダーを潰して手前にたぐり寄せる必要があると聞いたことがあると思います。
 しかし実際にキャノピーを取り込もうとしても、そう簡単にはいきません。取り込む過程で、かえってキャノピーを暴れさせてしまいがちです。たとえ1/3の大きさでも、キャノピーはものすごい力を発生します。手を切る恐れもあるし、最悪の場合、首にラインが巻きつき窒息死する可能性さえあります。
 従って、ダウンプレーン現象による沈下が大きい場合や、すでにキャノピーが回転している場合(このときはブレークコードを手に何回も巻いてキャノピーを失速させると良いそうです)を除き、エマパラを開傘したらすぐキャノピーを取り込むことに固執することはありません。
 エマパラを投げたら、まずは対地高度の確認と、着地姿勢(ハーネスから腰を抜き、足から接地できるようにする)をとります。キャノピーの処理は、その後です。
 いずれにしても、ダウンプレーン現象が怖いからエマパラを投げないというのでは、本末転倒です。まずは即決断してエマパラを投げること。これが大切です。

 ダウンプレーン現象を特に警戒しなければならないのは、スカイダイビングに用いるようなスクエア型のパラシュートや、滑空するタイプのエマパラを使っている場合です。
 円形のエマパラの場合、前進するパラのキャノピーにエマパラがブレーキをかけてる状態で、両者の角度は90°くらい。しかしスクエア型のような滑空するタイプの場合、両者の角度は180°近くで釣合ってしまい、それこそ真っ逆さまに落ちてしまうのです。



○エマパラは最後に命を賭ける道具。だから整備は万全に。
 エマパラは最後の命綱です。命を賭ける道具です。従ってその整備は万全に、いつでも確実に使える状態でなければなりません。何年もリパックしていないというのは、自分の命を粗末に扱っていることに他なりません。
 つまり、エマパラには定期的なリパック(同時に点検も行う)が必要不可欠です。 極端に言えば、フライトする毎のリパックが理想とのことでした。現実的には困難ですが。(でも、そのくらいの心構えでいてほしいと、藤原さんは言いたかったのだと思います。)
 ひとつの目安として、少なくとも四ヶ月以内にリパックするのが望ましいです。このリパックは頻繁にリパックを行っている、経験と技術を持った人に依頼するべきです。

 エマパラ自体の耐用年数ですが、生地の違いや保存環境等で違いすぎるため、これこそ一概には言えません。前回リパック時には全く異常がなかったのに、四ヶ月後のリパック時には、手で押しただけでボロボロと破れてしまうほど劣化していたケースさえあったそうです。このことからも、頻繁なリパックが必要なのです。



○エマパラのサイズは適正で。
 エマパラ降下時の沈下速度は、生地の空気透過率や形状が一緒で、かつ揺れがないという条件であれば、傘体の底面積で決まります。大きい底面積のエマパラにすれば、当然ながら沈下速度は遅くなります。しかしその関係は線形ではないそうです。
 例えば、吊り下げ荷重100kgのとき沈下速度5m/sのエマパラがあったとします。120kgまでは10kgあたり1m/sの沈下速度増加で済みますが、それ以上になると10kgあたりの増加が2m/sになるといったふうに、急に沈下が早くなるのです。逆に吊り下げ荷重が50kgなら沈下速度はかなり遅くなるかというと、実際はあまり変わらないそうです。
 従って、あまり極端なサイズのエマパラを選ぶのは推奨できません。適正荷重のものを選ぶのが良いでしょう。



○ハーネスのチェストベルトを広げ過ぎると非常に危険。
チェストベルト幅
 ※エマパラの扱い方のページですが、安全に関わる重大な事項ですので、ハーネスのセッティングについても記載します。

 チェストベルト幅が広いということは、ライザーを連結する左右のカラビナの間隔も広いということになります。このような状態で片翼の潰れが生じた場合、非常に危険です。

 具体的に何cmかというのは、ハーネスによるので一概には言えません。しかし、図のように左右のライザーを通る線の交点が、パイロットの重心位置にくるようにするのが基本です。
 チェストベルト幅が広すぎるとこの交点が重心位置よりも下に来ます。この状態は見てわかるように不安定で、キャノピーが潰れた場合に大きく体が傾き、重心の移動量も多いです。

 確かに、チェストベルト幅を広めにとると体重移動が楽になるし翼の動きを感じやすくなりますが、その反面、通常飛行時の揺れも常時大きいはずです。そして何よりも、安全性を犠牲にしているのです。このため、最近のハーネスは、チェストベルト幅をあまり広くできないよう、調整可能幅がほとんどないものも多いようです。

 チェストベルト幅が過大だと、旋回時にキャノピーに段差ができる場合があります。キャノピーの段差は、危険なハーネスセッティングをしている証拠です。もしエリアでそのようなパラを見かけた場合は、チェストベルト幅が広すぎることを指摘してあげて下さい。




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