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吉本新喜劇・台本応募作品

一番弟子のお通りだい!


              作 橋目里史
              tokoro99@green.interq.or.jp

   登場人物(キャスト表)
 
内場勝則    井上先生のまな弟子(31)
辻本茂雄    井上道場の新入り(27)
藤井隆     井上道場の練習生(23)
山田花子    井上道場の練習生(22)
井上竜夫    井上道場の老師範
池乃めだか   池乃道場の会長
島木譲二    池乃の子分
帯谷孝史    雇われ用心棒・殺人拳の使い手
チャーリー浜  町のおまわりさん
山田亮     池乃道場の構成員(20) 



〇道場の中   第一幕

   小さな町道場。入り口付近に休憩用のいすとテーブルがある。
   内場と井上先生が弟子たちが来るのを待っている。先生は舟をこぎ
   ながら居眠りをし、内場はイライラしながら時計を見ている。

内場 「先生、またあいつら遅刻ですよ。もっと厳しいせなダメですよ」
 寝ている先生。
内場 「いくら練習生は大切にしい言うても、限度ちゅうもんが」
 こっくり舟をこぐ先生。
内場 「先生、先生ってば。もう、もうろくしおって(小声で)」
先生 「誰がもうろくしとんのじゃ」
内場 「わーお。起きとんの」
先生 「内場くん、拳法を極めようとすれば寝てる時でも神経を集中しとか
   なあかん。つまり寝たふりやな」
内場 「ね、寝たふりて、そんなんずっこいやん」
先生 「何事も、まーるく考えることや」
内場 「いつも先生がそんな調子やから、あいつら図に乗るんです。特に 
   あの新入りが」
先生 「内場くん、道場にとってお弟子さんは神様や。何度言ったらわかる
   んや」
内場 「でも」
先生 「でもやないで。お弟子さんがいてくれるからこそ細々でも道場が成
   り立つんや。感謝の気持ちを忘れてはいかん」
内場 「はーい(しぶしぶと)」
 藤井と花子がくる。
藤井 「今日も楽しくお稽古しましょうね」
花子 「私、ピンクの稽古着にかえたのよ」
藤井 「私もダンサー風の物にしたの」
 むっとして立っている内場。
内場 「いったい何時や思うてんねん」
藤井 「すいません。でも用事があるときは遅れても構わないって、先生が」
内場 「しかしなあ、お前たち遅刻おおいで」
藤井 「だったらあいつは何よ。いつも私たちより遅いじゃない」
花子 「そうよ。どうして新入りには注意しないの。えこひいきや」
内場 「別にひいきしとる訳やないけど、あいつをまともに相手しとったら
   いつも長くなるやろ。それに」
 内場、ちらりと居眠りしている先生を見る。
内場 「それに新人は特に大切にせいって誰かさんは言うしな」
藤井 「だったら私たちも大目に見てほしいわ。ストレスは美容に悪いのよ」
内場 「わかった。わかった。もういいから早よう着替えてきいや」
 奥に行く花子と藤井。
内場 「先生!先生のやり方やとこういうふうになっていくんですよ」
 わざといびきの音を立てる先生。
内場 「もう寝たふりは見切ってます」
先生 「やっぱり。わしちょっと奥で横になってくるよって」
 そそくさと奥へ行く先生。
内場モノローグ 「都合が悪くなると、これや」
 藤井がフラメンコダンサーのような衣装に、花子がピンクの稽古着に着替え、
 奥から来る。目を丸くする内場。

内場 「それ、なん」
花子 「やっぱり地味かしら」
藤井 「こっちのほうが断然動きやすいわ」
 藤井踊り始める。とまらない。
内場 「誰かとめいや」
 ひととおり踊ってやっと止まる。
 興奮している藤井。
内場 「あのな、確かに先生は好きなもん着ていいとは言っていたが、それ」
 興奮した藤井が怖い顔で内場を見ている。
内場 「わかった。もうええ。ただひとつ教えて。君たちいったい何のため
   にここに来とるの」
藤井 「決まっているじゃない。ダイエットのためよ。エアロビやダンス教
   室は高いし」
内場 「あーそうですか。じゃ、花子は」
花子 「私どうしても強くなりたいの」
内場 「ほう、そういうのなら分かるわな」
花子 「私、くちべたでしょ。だから好きになった男は力づくで私のものに
   するの」
内場 「もう分かった君たちの好きにせい」
 頭をかいている内場。
内場 「ちょっと待てよ。この間、花子が男にからまれとると思うてわしが
   助けたの、あれ、もしかして」 
花子 「そう、私がからんでたの」
内場 「なんやて、あの時、その男、殴ってもうたんやで」
花子 「まったく早とちりなんだから」
内場 「なんやねん、それ。もういい、稽古や、稽古」
 稽古をしている花子と藤井と内場。
内場 「ようし、今日はここまで」
 くつろぐ3人。
 辻本が鼻歌を歌いながらやってくる。
辻本のモノローグ 「今日もいい汗かいたろ。稽古着もおニューにしたし、
   みんなうらやましがるで」 
 道場に入る辻本、けげんそうに3人を見まわす。
辻本 「これやから、目を離せんのや。いくら先輩ちゅうてもしまいには怒
   るで」
内場 「なんや、いきなり怒って」
辻本 「いま、何時やと思うとるんです。いまだに稽古もはじめとらんで」
内場 「終わっとんのじゃ。終わってるの、とっくに」
辻本 「やっぱりそうやった」
内場 「お前が遅刻しとんのじゃ。今日も、きのうも、さきおとといも」
辻本 「なんで」
内場 「なんでて、こっちが聞きたいわ」
辻本 「だって見たいテレビあったんやもん。ロボットアニメ、あれかっこ
   ええわ」
内場 「そんなの見とるんかい。ええ歳こいて」
辻本 「あ、バカにしよったな。先生に言いつけたろ」
内場 「いや、何を見ようが勝手やけど。ビデオに撮ったらええ話や」
辻本 「先輩、いまは情報社会やで。一日でも見るのが遅れたら近所のガキ
   たちと話があわへんやないの。のけもんにされたら責任とってくれま
   すの」
内場 「そんな責任、よおとらんわ」
辻本 「ほんなら、遅刻ぐらいでガミガミ言うたらいけません。それよりも
   なんですか、この二人。へんなもん着て、こんなんこそ注意してくだ
   さい」
藤井 「なによコイツ、新入りのくせして」
辻本 「俺みたいにこうゆうもんを着んかい」
 辻本、白い稽古着をかばんから出す。
辻本 「ほれ、見てみい。さわやかやろ」
 着てみせる辻本。
花子 「何か、うしろに書いてあるよ」
 辻本、くるりと背中を客席のほうに見せる。「一番弟子」とかいてある。
辻本 「どうや、カッコええやろ。すこしは主張せんとな」
内場 「あのう(手を上げて)。一番弟子って、この道場の一番弟子って意味?」
辻本 「その通り!」
内場 「あのう、(自分を指差す)
 辻本、ちらりと見るが無視して。
辻本 「気持ちいいねえ。一番ちゅうひびきが」
内場 「おーいちょっと。わしが一番弟子のはずなんですけど。昔からおるし」
辻本 「先生はなんて言ってましたか。新しく入った人の意見は大切にしな
   さいと」
内場 「そんな無茶苦茶な。なんでお前が一番弟子なのらなあかんの」
藤井 「ほんと、生意気ね」
辻本 「いいですか皆さん。一番新しいお弟子さん(自分を指差す)、すな
   わち一番弟子やないかい」
内場 「ふつう、いちばん古い弟子のこと言うんやで」
辻本 「そんな些細なこと気にしてどないすんですか」
内場 「気にするよ!」      
内場のモノローグ 「まったく、先生が甘やかすからこうなるんや。あの人、
   最近ボケひどーなったんちゃうやろか」
先生 「内場くん!なんか言うたかね」
 先生が勢いよく出てくる。
内場 「うわお。こんな時だけシャキっとしてからに」
 先生が生徒の3人を見まわす。
先生 「君たちはそんなの着て稽古しとるんか」
内場 「やっと先生も怒ったわ。言ってやってください」
先生 「なかなかいいセンスじゃないかね」
 内場、こける。
先生 「稽古は楽しくやらんとな。結構、結構」
辻本 「さすが先生。考え方がでかいわ。誰かさんとは大違いやな」
 内場、握りこぶしを作り「コノー」という怒りのしぐさ。
内場 「辻本君、そういえば今日の稽古はまだだったよね。あ、と、で、
   しごいた、いやいい汗かかせてやるからね」
辻本 「いいえ、僕はこのまま帰ります」
内場 「帰るて、いま来たばかりやん」
辻本 「今日はこれを披露できただけで満足やから(稽古着をつまむ)。そ
   れに一人こわいモードになっとる人がおるし」
先生 「内場くん、いいじゃないか。次から稽古にはげめば」
内場 「はあ、先生がそう言うなら」
辻本 「そうやで、もっとやわらかく考えんと。(内場の肩をなれなれしく
   たたく)」
 内場、辻本の方を見て文句がありそうに口を動かし、げんこつをみせる。
辻本 「先生、内場先輩が!」
先生が振り向く。 内場、作り笑顔でごまかす。
内場 「辻本くん、まあ、次からは仲よく稽古しようや(怒りを押さえて)」
辻本 「いいや、あんた顔がウソついとる」
内場 「このおー(辻本に近づく)」
辻本 「ほらほらほら、先生」
先生 「内場くん!」
内場 「もう、いや」
 うなだれる内場





〇道場の中  第二幕


 内場と先生が浮かぬ顔でイスに座っている。
先生 「また請求書や。電気、ガス、水道代。こんな小さな道場でも金はかかるのう」
内場 「連中の月謝だけじゃ足りんでしょ。すこしだしますよ」
先生 「何を言うとるか。ほんまなら君にいくらかでも出さなあかんのに」
内場 「止めてください。みずくさい」
先生 「となり町の道場はなんであんなにお弟子さんがおるんやろ」
内場 「池乃道場ですか。あそこは拳法おしえとるちゅうより商売してまんねん。気に
   せん方がいいですよ」
先生 「そうやな。他人は他人やからな」
 池乃と首に包帯を巻いた山田がやってくる。
   入り口の前で池乃が山田に耳打ちする。

池乃 「いいか、打ち合わせどおりせえや」
山田 「分かってます」
池乃 「いくらボロ道場といっても、安い月謝で看板だされとったらめざわりでしょう
   がねえからな」
山田 「ほんまです」
池乃 「しかし、それにしてもいいタイミングやったな。ウヘウヘウヘウヘウヘ」
 無気味な笑いを続ける池乃。
山田 「どうしたんですか。体調悪いんですか」
池乃 「あほ、うれしいんじゃボケ。いくぞ」
 入っていく二人。
内場 「あっ!うわさをすれば影や」
池乃 「よお内場、久しぶりやの。まだこんなシケたところにおるんかい」
先生 「誰や」
 池乃をみまわす。
先生 「あいにくじゃが子供教室はやっとらんで」
池乃 「俺じゃ、俺。誰が子供教室じゃ」
先生 「あー、池乃さんやったか」
内場 「ほんで、今日は何の用ですか」
池乃 「あのな、いくらうちんとこが気に食わん言うてもな、若いもんケガさせられた
   ら困るんやがの」
内場 「何の話」
池乃 「へんな女とお前がケガさせといて、ようしらばっくれるな」
内場 「へんな女て?あーん、思い出したで、この兄ちゃんや、花子ともみあってた
   のは」
山田 「一方的に襲われてたんじゃ。その上、コイツにまで殴られ、こない体に」
内場 「あん時は事情しらんで悪かったけど、でも軽く殴っただけやで。しかも
   一回だけ」
池乃 「じゃかーしい。ここに医者の診断書がある。こいつの治療代と仕事ができん
   ぶんの慰謝料を払うてもらおうか」
先生 「内場くん、なんということを」
内場 「すいません。でも、ケガするほどとは」
先生 「しょうがないな。池乃さん、なんぼ払ったらよろしいかの」
池乃 「百万じゃ」
内場・先生 「ひゃくまん?」
池乃 「当たり前や。診断書には全治3ヶ月と書いてあるやろ。こいつの稼ぎも入れた
   ら百万は当然じゃ」
内場 「そんな、無茶な」
池乃 「払わんやったらそれでもいいで、警察に訴えるだけや。内場は刑務所いきでこ
   の道場もめでたく閉店やな」
先生 「それだけは」
池乃 「ほんなら、よう考えとけ、ボケ!また来るからな」
 道場を出る池乃と山田。
池乃 「うまくいきよったな(小声で)。ようし、帰るど」
 肩をいからせ帰っていく。
 辻本、藤井、花子が来る。すれ違う。
辻本 「なんや、子供教室もやってたんか」
 ぴくりと止まる池乃。
藤井 「あれ、お父さんはずいぶん若いわよ」
池乃 「じゃかーしい。ほほう、お前らここの生徒かい。池乃道場に来たほうがええで、
   つぶれる前にな」
 山田が花子を指差して急にうろたえる。
山田 「コイツや、コイツです」
花子 「誰、あんた。でもちょと、いい男ね」
山田 「うわー、助けて!」
 一人で逃げていく山田。
池乃 「おい、待たんかい」
 池乃が追いかける。
辻本 「なんやけったいな連中やな」
 3人が道場に入ってくる。
内場 「花子!いま二人組みの男がおったやろ」
花子 「うん」
 辻本、入り口の柱におしりをこすりつけている。
 内場、藤井、花子、先生がそれに気づき不思議そうに辻本を見ている。
内場 「なにしてんの」
辻本 「なにって、マーキングや。聞いたことありまへんか。マーキング。ようオスの
   犬が自分の縄張りにおしっこしよるやろ。あれと同じ。わしもここに自分のにお
   いを」
 辻本、お尻をこすりつける。
内場 「やめい!」
辻本 「道場を愛してるがゆえなのに、ケチ」
内場 「そんなんやっとるばあい、ちゃあうねん。花子ちょっと話し聞いて」
花子 「なんですか。先輩」
内場 「さっき、包帯してた男とすれ違ったやろ。そいつのこと、おぼえてるか」
花子 「ううん、知らんよ、誰」
内場 「お前がこの間おそおうとした男や」
花子 「うそー、ほんまにあのときの人?」
内場 「なんや、やることえげつない割には憶えとらんのかい」
花子 「私、襲うときは無我夢中だから、あまり憶えてないの」
内場 「怖い女やなあ」
先生 「いけの道場の若いもんらしくて、ケガしたから百万払えと」
花子 「そんな、あれくらいで」
内場 「医者の診断書も持ってたんや。なんちゅうこっちゃ」
先生 「どない逆立ちしても作れん額やな。どないしょ」
 みんなが悩んでいる。
 制服姿のチャーリー浜が来る。
浜  「ゴメンクサイ」
 浜が何か臭うしぐさ。鼻をヒクヒクさせて、柱に近づく。むせる浜。
浜  「これまたホンマにクサイ。なんなのこれ」
辻本 「ほれ、わしのマーキング、効いとりまっしゃろ」
 むせを堪えながら浜がきりだす。
浜  「あんたたち、暴力事件を起こしたんじゃあーりませんか。池乃さんに聞きましたよ」
内場 「すんません。でも軽く叩いただけなんやけどな」
浜  「いい訳はやめなさい。池乃さんは診断書を持ってたわよ。お金さえ払うたら丸く
   おさめる言うてるから、ちゃんと払ってあげなさい」
内場 「しかし」
浜  「しかしもクソもありません。僕ちゃん、もめごと、きらいなの。頼みましたよ。
   それじゃ、ゴメンクサイ」
 浜が帰っていく。
先生 「困ったのう」
内場 「わし、サラ金に頼んでみます」
先生 「やめときなさい」
藤井 「そのうち、私が有名なダンサーになって百万でも二百万でも貸してあげるわよ」
内場 「気持ちはうれしいけど、期待はせんわ」
藤井 「まあ、失礼ね」
花子 「ちょと待っててね」
 出て行こうとする花子。
内場 「どこいくんや」
花子 「お金をつくりに」
内場 「お金て、どうやって」
花子 「こんな時のために、ここで色々と教えてもらったんじゃないの。私、腕には自
   信があるの」
内場 「自信て、何すんの」
花子 「もちろん、カツアゲよ」
内場 「どあほ。元はと言えばお前のみさかいのない性格でこんなんなったんやで、少
   しは反省せい」
 うなだれる花子。
辻本のモノローグ 「百万は大金やな。わしの貯金でやっと払える額やもんな」
 みんなが辻本を見つめる。
辻本 「あっ、しもうた。いまのウソやで、聞き流しといて」
内場 「へへへへ、ちゃんと聞きましたで」
先生 「わしもな、へへへへ」
辻本 「なんか怖わー」
先生 「辻本くん、君は道場を愛しとると言うとったよな」
辻本 「あれはつい、勢いで。今は言い過ぎやったと反省しとります」
内場 「辻本くん、君は文句なしの一番弟子や」
辻本 「いえ、めっそうもない。僕はただの新入りです」
内場 「君は将来、この道場をしょって立つような人材やとおもうで」
辻本 「ほら、きたで、きたで」
内場 「なあ、頼むわ。お金、貸して」
藤井 「そんなに貯めこんでるなら貸してあげなさいよ」
辻本 「この金だけはダメです」
内場 「別にくれ言うてるんちゃーうで。少しの間だけ貸して言うてるんやで」
辻本 「わしがどんな思いして貯めたと思うてるん。苦節十年、さまざまな欲望に打ち
   勝ち、そうやなあれが一番苦しかったな。近所のビデオ屋で新作のアダルト5本
   借りたいところを死ぬ思いで3本にしたこともあったなあ。ここまで努力したの
   もわしの大きな夢を実現させるためや」
花子 「夢ってなによ」
内場 「そうや。もしわしらで協力できることならお金使わんでもいいしな」
辻本 「そんな簡単なものやありません」
藤井 「それじゃ、なによ」
辻本 「フフフフ、わしの夢とはすなわち肉体改造計画なり」
内場 「肉体改造計画?」
辻本 「そう。この完璧に見える肉体において手直ししたいところが一箇所だけあるん
   だな、これが」
内場 「ひょっとして、整形手術ちがう?」
 ドキッとする辻本、いきなり内場の首をしめる。
辻本 「何でそこまで知ってんねん。盗聴しよったな」
内場 「やめい、苦しい。ただそう思うただけやて」
辻本 「おかしいで、超極秘事項やったのに」
先生 「なんや、アゴでもけずるんかい」
辻本 「あっ!なんでバレたん。やっぱり盗聴しよったな」
内場 「するかい!そんなもん。一目瞭然や」
 皆がうなずく。
辻本 「(落ち込んだ様子で)一目瞭然て、やっぱり整形しかないな」
内場 「うわー、ちょっと、いまの取り消します。ようく見たらそんなに目立たへん。
   ほんま気にするレベルやないて。なあ、皆もそう思うやろ」
 全員が下を向き辻本に眼を合わせず。
花子・藤井・先生 「うん、そうそう」
辻本 「こら!人の目を見て言わんかい。ほんま腹立つわ」
内場 「やっぱり、バレよった?」
辻本 「もう、貸さん、絶対に貸さん」
 辻本が奥に行く。
内場 「そこを何とか」
   内場、もみ手でついて行く。






〇道場の中   第三幕

 辻本、藤井、花子がイスに座っている。

辻本 「今日は、なんで内場先輩は来てへんの」
藤本 「あんたがお金を貸さないから、工面しに行ってるんじゃない」
辻本 「そんな責めるような言い方せんかて、わし悪いこと何にもしてへんで」
花子 「どうも、おかしいのよね。あれくらいでケガするはずないんだけどな」
藤井 「それ、臭うわね。かなりくさいわ」
辻本 「ごめん、そんなに臭う?」
藤井 「何よ」
辻本 「さっき、マーキングしとった時、ほんの少し実が出てもうて」
藤井 「もう、いいかげんにそれ止めてよ」
 照れ笑いする辻本。
 池乃と帯谷と島木と山田がやってくる。
 池乃が島木に耳打ちする。
池乃 「まあ、金は払えんやろな。それより内場を追い出したらここもわしの支配下に
   なるやろ」
島木 「会長もとことんワルでんな」
池乃 「おーう、また来たで(入る)」
花子 「あいつよ」
 辻本、立ちあがり池乃をじろじろ見る。
辻本 「子供教室はやってないで」
池乃 「じゃかーしいわい、こら。早う内場をよんでこんかい」
辻本 「呼んでこいて、なんやえらそうに」
池乃 「おまえ誰や。見らん顔やの」
辻本 「今、この道場をあずかっとる者や」
 藤井と花子、吹きだしそうになる。
 辻本が「まかせろ」という手振り。
池乃 「おかしいな、ここは内場がしきっとるんやろ」
辻本 「知らんのも無理ないか、何年も山で修行してたからな。ウソやと思うならこれ
   見んかい」
 辻本、背中の「一番弟子」を見せる。
池乃 「どっちが一番弟子でもいいわい。内場はおらんのかい」
辻本 「今出かけてる」
池乃 「じゃ、老いぼれは」
辻本 「はい、老いぼれは奥でねとります」
藤井 「あんたまで、なによ」
 辻本、片手であやまるしぐさ。
池乃 「ホンマ、この道場は内場がおらんなおしまいやの。まあええ、奴が戻るまで待
   たせてもらうで」
 池乃たちが上がりこみ、イスに座る。
 辻本、藤井、花子が不満げに見ている。
池乃 「なんや、ここは客に茶もださんのかい」
藤井 「お客だなんて、あんた達、お金取りに来ただけなんでしょ」
池乃 「じゃかあしい、茶くらい出さんかい」
 辻本、かたわらにある急須を手に取りあたりを見まわす。
辻本 「ポット。ポット。そのへんにまわるポットがあったはずやけど」
 帯谷がその気配を感じて後ろを向く。
辻本 「なんや、あるやないか」
 帯谷が座っている回転イスを辻本が正面に戻して頭を押す。
辻本 「おかしいな」
 イスを一回転させ頭を押す。もう一度。
帯谷 「やめい!いいかげん怒るで」
辻本 「あれ、しゃべるポットや」
帯谷 「あほんだら、わしは頭は押されたことはあるが回されたのは初めてじゃ、くる
   くるくるくる三回も回しおって、あほんだら」
辻本 「だってお湯が出そうかなと」
帯谷 「こいつ、痛い目みせたろか」
池乃 「まあまあ、先生。こんな小物はあいてにせんで、内場がごねたときだけお願い
   しますわ」
帯谷 「そうやな」
池乃 「島木、少しかわいがってやれ」
 島木が辻本の前に出る。
辻本 「なんや、ポットの変わりかい」
島木 「口をつつしまんかい。あの人を誰や思うてんねん。殺人拳の使い手や、拳法やっ
   てたら少しは聞いたことあるやろ」
辻本 「殺人拳?おい、知ってる?」
花子 「うん、聞いたことあるよ」
島木 「まあ、お前やったらワシで充分やけどな」
辻本 「ふん、殺人拳かなんか知らんが、わしが『熊ごろしの辻本』と知ってて言うて
   んのやろうな」
藤井 「もう、止めなさいって」
辻本 「これ、ほんとや(小声で)。まかせときいて」
島木 「熊殺しやと。はったりもいいかげんにせえよ」
辻本 「ウソかどうか、わしの死闘を見てた商店街のおやじたちに聞いてみい」
 遠くを見て思い出す辻本。
辻本 「自慢話するみたいで余りしゃべりとうなかったが、あれは一ヶ月前、死闘の
   すえ、かろうじて勝つことができたんや。奴は最初、鋭い爪で襲ってきよった。
   続いてかみつきや、正直言うて負けるかもしれん思うたが、反則技を一回だけ
   使わせてもろた」
島木 「なんや、反則技て」
辻本 「急所げりや、ほんらい武術家なるものやってはいけない事だが、なんせ相手が
   相手や、それがパコーンときまって、こっちも噛み付き返してやったんじゃ。
   ほんならエンエン泣きよるやないか。3度目にしてやっとあいつを倒せたんや」
島木 「ちょと待たんかい、エンエン泣きよるて、どんな熊や」
辻本 「凶暴な奴や。興奮したら、かみつく、ひっかく、うなる、そうやな体重も年齢
   にしてはあるほうや。お前知らんのかい、たばこ屋のくまお、札付きの小学生
   やで」
 皆、がくっとくる。

辻本 「油断してたらお前らもやられんど」
島木 「あほう!小学生やないか」
辻本 「でも、強いで」
島木 「馬鹿にしとんのか、もう頭にきたで、ボコボコにしてやるわ」
 島木、辻本に近づく。

辻本 「ちょっと、待った」
島木 「なんや、びびっとんのか」
辻本 「そこまで言うんやったら、やってやろうやないか。あとで泣きごとぬかすなよ」
 辻本が歩み寄るが島木を越えて池乃の前に出てかまえる。

辻本 「来んかい!」
池乃 「アホ、あっちや、あいつと闘わんかい」
辻本 「いやや、あの人、凶暴そうやもん」
島木 「やっと、びびりよったわ」
辻本 「わし、絶対この人がいい。誰にも渡さんよ(池乃を抱きしめながら)」
池乃 「はなさんかコラ。お前な、ひょっとしてわしのこと、弱い思うとるんちゃあうか」
 指をポキポキ鳴らすしぐさの池乃。

辻本 「うれしいわ。代わってくれんの」
 池乃が上着をさっと脱ぐ。

池乃 「まあ、よかろう。ただし、わしを選んだ事をとことん後悔させたるわ」
辻本 「ほなら、お言葉に甘えて行かさせてもらいます。コノコノコノコノ」
 辻本にボコボコにされる池乃。
 さっと立ちあがる。

池乃 「ようし、今日はこのへんにしといてやらあ」
 皆、ガクッとくる。

池乃 「あー久しぶりにいい汗かいたぜ」
島木 「あのう、やられてんのやけど」
池乃 「わかっとら、そんなもん。お前もボケっとせんと助けに来んかい!」
島木 「すんまへん、ついおもろかったもんで」
池乃 「じゃかあしいわい、早よこのガキしばいたれ」
島木 「へい(辻本に近づく)」
辻本 「ちょっと待った!」
島木 「なんや、またおじけ付いたんか」
辻本 「一番弟子が逃げるかい。しゃあないな」
 辻本、稽古着の襟をととのえる。

辻本 「ただし、ルールちゅうもんを決めなあかん」
島木 「ルール?」
辻本 「そうや、どんな挌闘技にも一応ルールがあるやろ。それを決めよう言うとるんや」
島木 「どんなんや」
辻本 「まず、急所ねらいはなしや」
島木 「ああ」
辻本 「かみつきもなしや」
島木 「ああ」
辻本 「それから、ケリなし、突きなし、パンチなし。寝わざ投げわざもこの際はずし
   ておいて。あと、頭突きもいかんな、あれコブできるし」
島木 「アホ、ほなら何で勝負つけるんや」
辻本 「(あごを突き出して)アゴの突きだけはやっていいんじゃい。わかりやすいルー
   ルやろ」
藤井 「それなら、無敵だわ」
島木 「アホ!そんなんで誰がやるかい」
辻本 「ははーん、ビビリよったな」
 こける島木、池乃、帯谷。

島木 「もう、いやや、コイツ」
 内場が戻ってくる。

藤井・花子 「先輩や」
辻本 「先輩、遅いで」
池乃 「先輩?お前が一番弟子ちゃあうんか」
辻本 「気にせんといて、ここのシステム複雑やから」
内場 「どないしたん」
池乃 「やっと、話のわかる奴が来たわ」
内場 「先生は」
藤井 「奥で休んでるけど」
花子 「起こしてきましょうか」
内場 「いいから、寝かせといてやりい」
池乃 「ところで金のほうはできたんか」
 内場、だまっている。

辻本 「あの、さっきの闘いの続きは」
 辻本が周りをうかがう。

藤井 「先輩が来たんだから引っ込んでなさい」
 小さく後ずさりする辻本。

内場 「金はすぐにはできん。しばらく待ってくれ」
池乃 「今のご時世や、簡単には作れんやろ。わしも話のわからん男やない。誠意さえ
   見せたら金は払わんでもいいんやで」
内場 「ほんま!そりゃうれしいわ。あんた気持ちの大きい人や、背は小さいけど」
池乃 「じゃかあしい、誰が素直に許す言うたんじゃい。条件がある言うとんや」
内場 「なんや、条件て」
池乃 「金ができんのはしょうがねえ。その代わり、内場、お前この道場やめい」
 花子、藤井、辻本、驚く。

花子 「どうして先輩がやめなあかんの」
池乃 「当たり前や、ケガさせた張本人やからな」
内場 「わしがやめたらホンマに水に流してくれるんか」
池乃 「ああ」
花子 「私がやめます!元はといえば私が悪いんです。私やめますからそれで許して下
   さい」
池乃 「何、寝言いうとるんや。お前がやめて何の得があるんや」
辻本 「しゃあないな、ここは一番弟子としてわしが身代わりになろうやないけ」
池乃 「ドアホ、内場だけじゃ言うとるやろ」
藤井 「内場、内場って、なんか臭うわね」
池乃 「何がじゃ。内場さえやめれば、いずれ丸ごとここを、いやいや、丸くおさまるっ
   ちゅうもんやろ」
内場 「わしがやめたらホンマに水に流してくれるんか」
池乃 「そうや」
内場 「やめた後も先生やこの連中にちょっかい出さんちゅう約束してくれるんか」
池乃 「ああ、信用せい」
藤井 「ダメよ、信用しちゃあ」
内場 「そういうても、これしか」
辻本 「待ってえな。先輩がやめたら誰がわしらに教えてくれんねん」
内場 「心配すなて、わしがおらんでも先生がおるやないか。いつもはボケたふりしと
   るけどホンマは凄い人なんやで」
花子 「イヤや、止めんといて」
辻本 「わしら好き勝手やって先輩を怒らせたかもしれんけど、楽しかったんや、ここ
   に来るとなんや楽しい気持ちになるんや。新入りにも気を使ってくれる先生や
   先輩がおるからなんや」
藤井 「わたしもこれからはダイエット代わりなんて言わない!まじめにやるから、
   やめるなんて言わないで」
辻本 「そうや、絶対止めたらあかん」
内場 「気持ちはうれしいけど、これしか」
池乃 「ほほう、涙ぐましい師弟愛かい。まあ、止める止めんはそっちの勝手や、けど
   なあ、ゼニ払うていっぱしのこと言えや」
 黙りこむ内場、辻本、藤井、花子。

辻本 「先輩はやめんでもええよ。金はわしが用立てする」
内場 「え?」
池乃 「ほほう、これは予想外やったな。くれる言うんやったら喜んでもらっとくで」
辻本 「あした取りに来いや。どうせ利子も付かん所に預けといてもしゃあない」
内場 「やっぱり借りれへんわ。夢のための大事な金やろ」
辻本 「夢はもういいんや。それにここ整形してもうたら、特別ルールで闘かえんしな」
内場 「つじもと」
 浜が来る。

浜  「ゴメンクサイ」
 浜、鼻をクンクンさせて柱に近づこうとするが立ち止まる。

浜  「もう、近づかんとこ」
池乃 「こりゃ、どうも」
浜  「その後どうですか。丸く収まりそうですか」
池乃 「おかげさまで、金もちゃんと払うてくれそうですわ」
浜  「そりゃ良かったじゃあーりませんか」
藤井 「何がよかったのよ。この人の百万、とられるのよ」
浜  「でも仕方ないでしょ。あなたがたがケガをせたんだから」
 池乃がポケットから診断書を取り出し上に掲げる。

池乃 「やっぱり診断書ちゅうもんは効きまんな。前はゴネよったのが素直になりまし
   たで」
藤井 「なんかくさいのよね。ちょっと貸しなさい」
 藤井が診断書を引ったくり見る。

池乃 「ちょっと返せや」
 池乃が取り返そうとするが、藤井が高く上げて読む。
 池乃はジャンプするが届かない。

藤井 「あれ、何これ?」
 目を近づけて見なおす。

藤井 「この字、ちょっとおかしいわよ。ほら、全治3ヶ月のところ」
内場 「見せてみい」
池乃 「返さんかい、コラ」
内場 「これ、ほんまは全治三日ちゃあうんか。ほれ、日にちにの日の字に線ひっぱて、
   月の字に変えとるように見えるで」
池乃 「なに因縁つけてんねん」
辻本 「ほんまや、そう見えるで」
池乃 「そんなん、目の錯覚や。きれいに細工しとんのに」
島木 「あっ!」
内場・辻本・藤井・花子 「あっ!」
池乃 「あっ!しもた」
浜  「貸しなさい!(診断書を見ながら)ほんまや。よ、よ、よくも僕ちゃんまでだま
   したわね」
池乃 「くそう、ここまでか」
浜  「もう許しません」
花子 「早よう逮捕してください」
池乃 「じゃかあしいわい。バレちゃあしょうがねえ、もう最後の手段や、先生!」
帯谷 「やっとわしの出番かい」
 浜の前にでてガンを付ける。

池乃 「おまわりと言えど、引っ込んどらなケガするで。この先生ならほんまにやるか
   らな」
浜  「何ナノあんた」
帯谷 「その昔ある人に殺人拳を教えてもろうて以来、わしに怖いものはなにもない。
   あるとすればその鬼のような先生だけや。まあその人もどこにおるか知らんがの」
内場のモノローグ 「殺人拳て、あの伝説のか」
浜  「なに言ってるの、わたし警察官よ」
帯谷 「誰だろうと、わしのこぶしは容赦せんで、なんなら試してみるかい」
浜  「僕ちゃん、暴力はきらい!あんたたちで話をつけなさい。さいなら!」
 急いで帰っていく浜。

辻本 「なんや、逃げよったで」
内場 「汚いまねしよって」
池乃 「こうなったら、お前らまとめて地獄いきじゃ、先生たのんます」
帯谷 「誰から先に死にたいんや」
藤井 「どうすんの、こいつヤバそうよ」
辻本 「わしが行くしかないか。一番弟子、名乗ってるしな」
帯谷 「ようし、いい度胸や」
辻本 「ただし、さっきのルールでな」
帯谷 「アホか、お前は」
内場 「辻本、ええねん、わしが行く」
花子 「でもけんかは破門だって、先生が」
内場 「わしがまいた種や、それにお前らにケガさせるわけにはいかんやろ」
帯谷 「すこしは骨がありそうやな。とりゃ」
 帯谷が構える。内場も構える。
 二人とも同じ構えである。
 帯谷がきばつな構えに変える。
 内場も同じ構えに変える。

帯谷 「まねするなコラ」
内場 「そっちがやろ」
 にらみ合う二人。
 先生が奥から来る。

先生 「なんや騒々しいの、ゆっくり寝てられんがな」
内場 「先生」
 帯谷が先生を見てはっとする。

先生 「何やっとるんじゃ」
 先生が帯谷を見る。帯谷は目をそらす。
 そしてそわそわしだす。

先生 「あれ、もしかして、帯谷くんやないか。そうやろ、君やろ」
 動揺している帯谷が後ずさりする。

帯谷 「はよ逃げんと、殺されるで、うわー」
 おびえるように逃げる帯谷。

池乃 「どないしたんや、待ってくれ先生」
 池乃と島木と山田が後を追う。

先生 「あれ、人違いかの」
辻本 「なんや、あいつら、急に逃げよったで」
内場 「先生、あの男、知ってるんですか」
先生 「いや、昔、わしが教えてた奴に似てたんやが」
内場 「殺人拳の使い手や、言ってましたけど」
先生 「やっぱり、あいつや。バカめ、まだそんなことを」
辻本 「えー!ほなら先生は、殺人拳の使いてやったんか」
先生 「あの頃は愚かやった。ただ強ければそれでええと思ってたんや。そんなわしに
   弟子入りしてきたのがあいつなんや」
辻本 「なんや、ほんまもんの一番弟子かい」
先生 「けどな、やつもある程度、拳を使えるようになると、自分の強さに酔いしれて
   出て行きよった。それっきりじゃ」
内場 「あいつ、わしと同じ構えしてたけど」
先生 「ハハハ、そうじゃろ。じつは君に教えたのも殺人拳なんじゃよ。まあ、今の君
   には誰もかなわんやろうけどな」
辻本 「知らんかったがな、二人がそんな凄い人やなんて」
 辻本が稽古着を脱ぎ内場の前に差し出す。

内場 「なんやねん」
辻本 「一番弟子は返上します。何も言わんと、これ着てやって」
内場 「いやや、そんなもん、よう着れんわ」
辻本 「遠慮せんかて、その代わりわしにもその強うなる拳をおしえて」
藤井 「私にもお願い」
花子 「私にも、殺人拳を教えてください。そうすれば、いい男は一撃でたおして、
   もう迷惑はかけません」
内場 「やめい、それは」
辻本・藤井・花子 「教えて、教えて、教えて」
先生 「まあ、楽しくやろうやないか、ハハハ」
内場 「先生、助けてえな(困った顔で)」
 内場にまとわりつく辻本、藤井、花子。

                 おわり  




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