思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2015年第3期
9月29日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory フィーナ誕生日記念 「ご褒美のために」 9月21日 大図書館の羊飼い SSS”代償” 9月20日 大図書館の羊飼い SSS”ケダモノ同士” 8月26日 sincerely yours short story「残酷な結果」 8月25日 sincerely yours short story「残暑見舞いを出すべきかどうか」 8月24日 sincerely yours short story「八月の旅路」 8月8日 大図書館の羊飼い SSS”夏風邪” 8月3日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「いつも特別」 7月29日 sincerely yours short story「思いつき」 7月18日 sincerely yours short story「雨の午後」 7月16日 sincerely yours short story「送り火」 7月13日 sincerely yours short story「迎え火」 7月12日 FORTUNE ARTERIAL SSS”想い” 7月5日 sincerely yours short story「リフォーム」 7月1日 大図書館の羊飼い SSS”心地よい時間”
9月21日 ・大図書館の羊飼いSSS”代償” 「鈴木さん」 「な、なんですか?」  にこにこしながらぽてぽてといつものように歩いてくる嬉野さん。  いつもと同じはずなのに、ものすごく威圧感がある気がする。  もしかして私、ピンチ? 「サプライズありがとうございました」 「え? あ、はい、お粗末様でした?」  想像と違った事を言われた私は、動揺してしまった。 「それと、落とし物ですよ?」 「え? あれ?」  嬉野さんが手渡してくれたのは私のスマートフォンでした。 「おっかしいなぁ、勤務中はロッカーの中にしまって置いたはずなんだけど」 「もう、しっかりしてくださいね」 「ありがとうございます、嬉野さん」 「いえいえ、礼には及びませんよ、ふふふ」 「ひぃっ」 「どうしたんですか、鈴木さん、にこにこ」 「い、いえ、ななな、なんでもないです!」 「そうですか? それでは皆さんの好意に甘えさせてもらいますね」 「あ、はい、お疲れ様でした」  嬉野さんはアプリオの外で待ってる筧さんと一緒に帰って行きました。 「……怖かったよぉ」  クローズ作業を終えて私はロッカールームへと着替えに戻ります。 「……あれ?」  自分のロッカーの鍵が合わない? そんな訳は無い、だって着替えるときにちゃんと鍵を  かけたのだから、その鍵で開かない訳がない。  そのとき、スマートフォンからメール着信を知らせる着メロがなりました。 「なんだろう?」  差出人は嬉野さん……まさか? 「そのまさかですよ、鈴木さん。今日のお礼です、そのまま帰宅してくださいね♪」 「ちょっ、待ってくださいよ!!」  思わずメールに反論する、そのときまたメールが着信する。 「待ちませんからね、にこにこ」 「……どこかで監視してるんじゃないだろうか?」 「もちろん、監視してませんからね」  ……おかしい、私はメールを送っていないのに、私の言葉に的確にメールで返事が送られてくる。 「うぅ、嬉野さんを怒らせたくないって私は言ったのに、みんながサプライズしたいからって  協力しただけなのに」 「実行犯は鈴木さんですよね?」 「ひぃっ!」  私の独り言に的確にメールでツッコミを入れてくる嬉野さんが怖すぎる!! 「さて、私は忙しいのでこれが最後のメールです、まもなくスマートフォンに着信がありますよ」 「……もうどうにでもしてよぉ」  そのメールの直後に本当に着信があった、おそるおそる電話をかけてきた相手を確認する。  その名前を見て私は安心して、電話にでた。 「千莉ぃ……助けてぇ」 「ちょっと、佳奈? いったいどうしたの?」  結局その日は千莉の部屋に泊めてもらうことにしました。  千莉の部屋には私のお泊まりセットがあるので着替えれるからです。  でも……千莉の部屋までアプリオのウエイトレスの格好のまま行く事になりました。 「もう嬉野さんにサプライズなんて絶対しませんからね!!」  そして翌日。 「ごめんなさい、鈴木さん。直すのが遅くなって」 「い、いえ……」  朝シフトでアプリオに行った時にはまだロッカーが使えず、予備の制服で仕事をしていました。 「ちょっと想定外……いえ、想定通りかもしれませんが、京太郎が寝かせてくれなかったので  復旧が遅くなってしまいました」 「何をしてるんですかっ!?」 「もちろん、戦場での戦いですよ?」 「……」  それって筧さんが寝かせてくれなかったんじゃなくて、嬉野さんのゲームに付き合わされた  だけじゃないのだろうか? 「鈴木さんは何を想像されたんですか? にこにこ」 「いえ……」 「ふふふっ、それじゃぁ直しておきますからお仕事頑張ってくださいね」  本当に絶対に二度と! 嬉野さんにサプライズをしないことを誓った朝でした……
9月20日 --- ・大図書館の羊飼い SSS”ケダモノ同士” 「ありがとうございました」  閉店間際、フロア内に残ってる最後のお客様が帰られました。  すでに入店は出来ない時間なので、今日は定時にお店を閉められそうです。 「さて、と。クローズ作業を始めましょうか」  この後の事が楽しみなので、早くクローズしてしまいましょう。  今日は私の誕生日、ですが週末の夜ということでお店も忙しい日。  誕生日という私事でお店を休むわけには行きません。  そんな私に京太郎は、夜からお祝いしてくれると言ってくれました。  ……多分、そのまま朝までお祝いは続くのでしょうね、京太郎はケダモノですから。  でも、それはそれで良いと思ってしまう私も、ケダモノなのでしょうね。 「ふふっ、早くかたづけてしまいましょう」 「あ、嬉野さん。お疲れ様でした」 「鈴木さんもお疲れ様です」 「それでは嬉野さん、今日は私が片付けておきますから、ささ、こちらに」  臨時で夜のバイトに入ってた鈴木さんがなぜか私の肩を押します。  その先は更衣室です。 「鈴木さん?」 「筧さんが待ってるんでしょう?」 「え!?」 「ほらほら、早く着替えてくださいね。それと嬉野さん、着替え終わるまで出てきちゃ  駄目ですよ?」 「当たり前です、ウエイトレス姿で帰るわけないでしょ?」 「はい、解ってますから、お疲れ様でした」  そう言うと鈴木さんはクローズ作業へと戻っていきました。 「……何か企んでるのでは無いでしょうか?」  まぁ、良いでしょう。  企みには企みで、お礼をしますからね、鈴木さん。  更衣室の扉を開けると、なぜか京太郎が居ました。 「や、やぁ、紗弓実。お疲れ様」 「お疲れ様です、京太郎……それで、なぜ女子更衣室にいるのですか?」  奥の椅子に座っている京太郎……いえ、座らせられてるというべきでしょうか? 「別に覗きとかそういうんじゃないからな?」 「解ってます、きっと鈴木さんの企みなのでしょう?」 「あぁ、実は紗弓実を迎えにアプリオに来たら佳奈すけに捕まってここに押し込められたんだ」 「逃げれば良いじゃないですか」 「これでもか?」  京太郎が身体をひねる、その両手にはなぜか手錠がかけられていた。  あぁ、だから座ってるのではなく、座らせられてるという感じがしたのですね。 「はぁ、全く仕方が無いですね。この程度の罠を自力で抜けれないなんて、それでも私の  パートナーですか?」 「面目ない」 「まったく、もう……」  私は京太郎の後ろに周り、手錠の解錠を始めます。 「外せるのか?」 「これくらい簡単です、ほら」  すぐに手錠は外せました。 「……」  京太郎は気むずかしい顔をしていますが…… 「それで、いつまで女子更衣室に居るつもりですか?」 「そ、そうだった。外で待ってるから」  そう言って京太郎は部屋から出ようとして。 「なぁ、紗弓実」 「なんでしょうか? まさか私の着替えが見たいとか?」 「見たいかと言われれば見たいけど……」 「え?」  それって…… 「それよりもさ、更衣室って普通鍵は内側からかけるものだよな?」 「え? はい、当たり前じゃないですか。外側からかける意味がないじゃないですか」 「なら、なんであかないんだ?」 「?」  何を言ってるのでしょう、と思いつつもまさか、とも思います。  そして更衣室の鍵は外からかけたとしても内側から開けられます、鍵とはそう言う物です。  なのに。 「扉が開きません」 「これは、外側に何か置かれてるな」 「そのようですね……」 「佳奈すけに電話して助けを求めるか」  京太郎は鈴木さんに電話をしましたが…… 「出ないな」 「そのようですね……はぁ、私としたことが油断しました」 「油断?」 「はい、今回はサプライズは無いと思ってたのですが、鈴木さんにしてやられたようです」 「そのようだな」 「……ふふ、ふふふふふ。鈴木さん、このお礼は高くつきますよ?」 「紗弓実、それは後にして、どうする?」 「そう、ですね……」  密室に閉じ込められてしまいました。これの意味することは解りますけど、流石にアプリオでは  まずいです。 「とりあえずは着替えましょうか」 「え?」 「だから京太郎、目を瞑って後ろを向いていてくださいね。見たら、どういうことになるか  解ってますよね?」 「……わかった」  ただの着替えです。下着を脱ぐわけじゃありません。  なのですけど…… 「くっ」 「紗弓実?」 「な、なんでもありませんよ?」  京太郎が後ろを向いているだけなのに、ものすごく恥ずかしいです。  いつもは京太郎に脱がされてるだけですから…… 「って、私は何をかんがえてるんですかっ!?」 「紗弓実?」 「なんでもありませんよ? こちらを見たらおしおきですからね!」 「……なんだか負けた気がします」 「何がだ?」 「いえ、なんでもありません」  なんとか着替えた私ですが、精神的に負けた気がします。 「とりあえず、お礼はしないといけませんね、ふふふ」  私が始めた作業を京太郎は何も言わずに居てくれました。 「嬉野さん、入っても大丈夫ですか?」  そのとき、鈴木さんの声が外から聞こえました。 「大丈夫ですよ」 「失礼しまーす、あれ? なんで筧さんが!?」 「……」 「……」 「あのー、そこで黙られると困るんですけど」 「にこにこ」 「ひぃっ!」  鈴木さんが悲鳴をあげます……失礼ですね。 「そ、それよりも嬉野さん、外でみんなが待ってます」 「えぇ、そのようですね。鈴木さん」 「はい?」 「ありがとうございます、お礼はあとでたっぷりと、ね」 「ひぃぃっ!!」  誕生日のプレゼントとしてお花と料理長からお持ち帰り用ディナーを頂いた私たちは  部屋へと戻ってきました。 「それで、今回は京太郎は関わってないと?」 「あぁ、俺もはめられただけだしな」 「そうですか」 「紗弓実に喜んでもらいたいのは解るけどさ、驚かせすぎるのは良くないかなって思ったんだ」 「そうですね、お礼する方も大変ですしね」 「……」 「それよりもせっかくのディナーなんですから食べましょうか」 「そうだな……紗弓実」 「なんでしょう?」 「誕生日おめでとう」 「あ、ありがとうございます」 「プレゼントは約束通り、明日にな」 「はい、期待していますからね、京太郎」  前もって誕生日プレゼントとデートは翌日の日曜日に、と言われてましたので問題はありません。  でも、誕生日は今日なのです。だから、私は…… 「京太郎? プレゼントは明日からなのですか?」 「……」 「あ、京太郎! ディナーが」 「紗弓実が悪いんだからな?」 「私のせいにしないで、んっ……」  ・  ・  ・ 「本当に、京太郎はケダモノですね」  日曜日の朝、昨日の夜に手を付けなかったお持ち帰りディナーを温め直してモーニングとして  頂きます。  朝からこのメニューは重いかもしれないのですが、お腹が空いてる私たちにはちょうど良いです。 「そうか? 俺は紗弓実も充分素質あると思うけどな」 「何の素質ですか? にこにこ」 「だって、あんなに乱…」 「にこにこ」 「いや、なんでもない」 「それよりも今日のデートは大丈夫ですか?」 「紗弓実さえ大丈夫なら問題ないさ」 「では、昨日の分も含めて期待してますよ、京太郎」
8月26日 ・sincerely yours short story「残酷な結果」 「そろそろ良いかしらね♪」  食後のリビングでの一時、お母さんはホロウンドウを展開した。 「昨日のメッセージの返事、どれくらい来てるかしら、楽しみ」 「昨日のって……まさか、あれのこと?」 「そうよ♪」  そう、それはメッセージでわたしの写真を使った残暑見舞いをだすかどうかを先方に  聞いてみるという試みをした、その事だった。 「さぁ、リリアちゃんのは……可愛い写真、どうやって編集しようかしらね〜」 「だから、わたしの何の写真を使うのよ……あれ?」  私のツッコミに無反応のお母さん、なんだか身体が震えてるように見える。 「なんで、なんでなのよ?」  そう言うとお母さんはその場に崩れ落ちた。 「どうしたんだ、シンシア」  その場にいたお父さんがすぐに駆け寄る。 「達哉、これを見て……」 「リリアちゃんのは……可愛い写真の残暑見舞いを見たい人はお気に入りかRT」 「……無反応、だな」 「え、そうなの?」  わたしもホロウインドウをのぞいてみる、確かに全く反応があった形跡が無い。 「おかしいわ、確かに先方はこのメッセージを見てるはずなのに……どうして?  せっかくリリアちゃんの恥ずかし可愛い写真を……しくしく」 「今恥ずかしいって言ったよね!?」  いったいお母さんがどんな写真を使うつもりだったのか解らないけど、それが公開  されなくて済むようだから、一安心、だよね? 「でも残念だったな、リリアの可愛い写真が見れないのは」 「お、お父さん!?」 「後でシンシアにデータ見せてもらおうかな」 「絶対だめーっ!!」 「でも、どうしてお母さんのメッセージに誰も反応しなかったんだろう?」  わたしとしては公開されないから良い結果のはずなんだけど…… 「シンシアのすることだろう? いつもの冗談に思われたんじゃないか?」 「あー、納得」  お母さんがそう思われることには納得したんだけど。  ……わたし自身はこの結果に、どこか納得しきれなかった。
8月25日 ・sincerely yours short story「残暑見舞いを出すべきかどうか」 「最近朝晩は涼しくなってきたよね」 「そうだな、そろそろ寝るときにもう1枚かける物を用意しておいた方がいいかもな」  食後の一休みの家族団らんの時間。  みんなそろってリビングのソファに座ってお茶を飲みながらお話していた。 「そうね、もう処暑を超えてるものね」  処暑は二十四節季の一つで、暑さが峠を超えて後退し始めるころを表している。 「この後は涼しくなっていく一方だな」 「でもまだ残暑がぶり返すかもしれないね」 「そうね……あ」 「お母さん?」 「……あーーっ! 忘れてたっ!!」  突然お母さんが大声をあげた。 「どうしたんだ、シンシア?」 「達哉、私大事な事を忘れてたわ!」 「大事な事?」 「えぇ、私はまだ……」  そこで大げさにタメをいれるお母さん。このパターンはどうでも良いことを言うパターン。 「暑中見舞い、出すの忘れてたわ」 「シンシア、今だすなら残暑見舞いだろう?」 「お父さん、突っ込む所違うと思うんだけど」 「そうか?」  そう言いながらお茶を飲むお父さん。 「はぁ……なんだか疲れちゃった。わたしは部屋に戻るね」  部屋に戻ろうと、わたしはソファから立ち上がった。 「せっかく暑中見舞いようにリリアちゃんのは……可愛い写真撮影しておいたのに」 「ちょっ、お母さん!? 今なんて言おうとしたの!?」  は、とか聞こえたよ? それってどんな写真なのよ? 「やだわぁ、リリアちゃんの可愛い写真に決まってるじゃないの♪」 「写真なんていつ撮ったのよ?」 「この前の海水浴の時の写真ね、は……可愛いリリアちゃんの水着姿」 「今もは、とか言った!? いったいなんの写真撮ったのよ!」 「撮ったのはリリアちゃんの水着姿よ?」 「本当のそれだけなの?」 「そうよ」 「……信じられない」 「酷いっ! 実の娘に信じてもらえないなんて、お母さんは悲しいわ、よよよ」 「……」  泣き真似がわざとらしいから、余計に信じられなくなる。 「シンシア、暑中見舞いってもう用意してあるのか?」 「ううん、まだよ」 「え? それじゃぁ別に出さなくてもいいんじゃない?」 「せっかく写真撮ったんですもの、可愛いリリアちゃんの成長をみんなに見てもらわなくっちゃね」 「だ・か・ら、どうしてわたしなの? お母さんの写真でもいいじゃないの?」 「駄目よ、私の水着写真は達哉だけの物ですもの」 「はいはい、ごちそうさまでした」  お母さんは見た目若いし、お父さんは実際に若い。いつまで経っても新婚みたいな雰囲気は娘から  すると、結構きつい物もあったりする。 「それに、こういう挨拶状では子供の成長をみんなに見てもらうのがお約束じゃないの」 「それはそうかもしれないけど、見られる方は恥ずかしいんだよ?」 「大丈夫よ、だってリリアちゃんは可愛いんですもの、その成長した姿を……あ」  突然お母さんの表情が固まった、と思ったら目元を手で覆い隠した。 「ごめんなさい、リリアちゃん」 「お母さん?」 「リリアちゃん、あまり成長してなかったわね、お胸が」 「お〜か〜あ〜さ〜ん!?」 「いやん、冗談よ。だってちゃんと大きくなってるわよね?」 「……」 「あ、えっと……その、リリアちゃん。ごめんなさいね」 「そこで謝られる方がよっぽど堪えるんだけど……はぁ、それで結局挨拶はどうするの?」 「そうね……アクセス」  突然お母さんはメインシステムにアクセスし始めた。 「何するの?」 「たまには変わった趣向を凝らしてみようかと思ったの」  ……なんだか嫌な予感しかしないんだけど。 「これでよし♪」 「何したの?」 「ふふっ」  そう言うとお母さんはホロウインドウを私の方に向けて見せてくれた。 「リリアちゃんのは……可愛い写真の残暑見舞いを見たい人はお気に入りかRT」 「……なにこれ?」 「いつも挨拶を出してる人に聞いてみようかなって思ったの、これでお返事が来たら残暑見舞いを  出すことにするわ」 「なんでわざわざ先方に聞くの?」 「だって、その方が面白いからよ♪」 「……」 「リリア」 「お父さん?」 「シンシアはこういう生き物だって知ってるだろう?」 「うん、解ってるけど現実って怖いなぁって思ってるだけ」 「ちょ、2人とも酷いっ!」  いつも通りのお母さんだった。 「そうそう。シンシア」 「なぁに?」 「残暑見舞いの写真は可愛いのを選ぶんだぞ?」 「まっかせなさい!」 「お父さんまで何言うの! それにお母さんのその返事は不安すぎる!」
8月24日 ・sincerely yours short story「八月の旅路」 「やっぱり生は良いわね♪」 「お母さん、言葉が足りないよ?」 「うん、知ってるわ。だってわざとだもん♪」 「……」 「もぅ、リリアちゃん拗ねないの。それにリリアちゃんも生は良いと思うでしょう?」 「……うん、良かったよ、フルオーケストラの生演奏は、ね!」  お母さんの思いつきは良くあることだけど、今日はお父さんも巻き込んで、  オーケストラコンサートに連れてこられました。  知らない曲も多かったけど、なんだか懐かしい感じの曲もあって。  会場を振るわせる音と、ボーカリストの澄んだ歌声はわたしの身体中を振るわせて。  オーケストラ自体はとても良かったと思う。 「私ね、この楽団の曲を一度生で聴きたいと思ってたのよ。私が自由に生きた時代では  過去の記録映像で見るしか出来なかったんだけどね」  お母さんが自由に生きた時代は、わたしを産んだ今からおよそ500年後の未来の事を  言うんだけど・・・ 「ねぇ、お母さんは今も充分、自由に生きてない?」 「そうかもね、ふり〜だむ♪」  たまに嫌みを言ってみるけど、通じた試しは無いんだよね。 「ふふっ、お気に入りの楽団の楽曲を生で聴けるなんて思っても無かったわ、リリアちゃんありがとうね」 「え? なんでわたしにお礼を言うの?」 「だって、今の時代に来るきっかけはリリアちゃんが作ってくれたんですもの」 「あー」  そういえばそうだったっけ。  ちょっとあのときの話は恥ずかしいからして欲しくないんだけどなぁ…… 「そういえばリリアちゃん、楽曲に懐かしさを感じた曲あったでしょう?」 「あ、うん。最初の方の楽曲にあったよ。聞いたことは無いはずなんだけど……」  この楽団の曲を聴いたのは初めてのはず。 「実はね、私がこの楽団の曲を聴くようになったのは、月が関係してるからなのよ」 「え?」 「もちろん、直接月人が演奏してるわけじゃないんだけどね、演目の曲に月からの流れがあるのよ」 「そうだったんだ」 「えぇ、だから気になって聞くようになって、こうして生で……お母さんまだ感動しっぱなし」 「……お母さん、わざと言葉を略すの、止めない?」  なんだか周りの視線が痛い気がした。 「んーっ、小さな旅だったけど良かったわ」 「旅?」  帰りの車内でお母さんは変なことを言い出した。 「あー、リリアちゃんまたお母さんが変なこと言い出したって顔してる」 「なんで一字一句間違わずにわたしの感想を言えるのかなぁ……」 「リリア。今はシンシアの話をちゃんと聞いてあげようよ」 「お父さんが言うなら、良いよ」  いつもぼけるお母さんだけど、お父さんはお母さんが真面目に話す時だけ、ちゃんと聞くように  促してくれる。  ぼけと真面目な話の違いがいまいちわかりにくいお母さんの会話をちゃんと理解してるお父さん。  さすがは”お母さんの旦那様”だなぁ、って思う。 「ねぇ、リリア。私が旅が好きなのは知ってるよね?」 「うん」 「今回のオーケストラコンサートもね、旅だったのよ」  そう言うとお母さんは目を閉じる。何かを思い出すような……って、さっきのコンサートを  思い出してるんだよね、きっと。 「序曲からコンサートの音楽の世界に誘い、その世界の中の曲を聴きながら旅をして。  いろんな風景を音で聞いて、そして帰ってきた。だから、旅なのよ」 「……わかる気がする」  そう言われるとそう思えてしまう。  確かに今回のコンサートはわたしは知らない曲も多くあった、のだけど、コンサートが始まって  序曲からわたしは確かにこの音楽の世界に旅立ったのだと思う。  そして終演したとき、現実のコンサートホールに帰ってきたのだと、思う。 「必ずしもコンサートは旅ではないのだけれどもね。物語の場合もあるし」  オーケストラ演奏で物語を演じる、その意味も今なら解る気がする。 「ねぇ、リリアちゃん。この楽団がまたコンサートを開くことがあったら……」 「うん、聞いてみたいと思う」 「それじゃぁ達哉と3人でまた行きましょうね、絶対にね!」 「そういえば、お母さん。ちょっと気になる事があったんだけど」 「なぁに?」 「コンサートの合間のナビゲーターさんのお芝居で、”聖女様”を探してる人が居たでしょう?  その人がお母さんの方を見て、驚いた顔をしたような気がするんだけど」 「……気のせいよ、他人のそら似よ、リリアちゃん。それに会場には人がいっぱいいたんだし  たまたま私の方を見て何かを見つけたんじゃないかしら?」 「そうかなぁ?」  何故だかわからないけど、絶対あのお芝居の人はお母さんを見てた気がする。  でも、お母さんはまかり間違っても絶対に”聖女”では無いと思う。  だって、”月と地球を見守る女神”という言い伝えの方が正解なのだから。 「どうしたの、リリアちゃん?」 「ううん、なんでもない」  でも、わたしにとっては聖女でも女神でもなく、お母さんはお母さんだけどね。
8月8日 ・大図書館の羊飼い SSS”夏風邪” 「……」  目を開けると、そこは見慣れた自室の天井だった。 「京太郎、調子はどう?」 「調子?」  ……あぁ、身体の具合か。 「頭が重い」 「痛みは?」 「それは大丈夫だと思う」 「よかった、峠は越したみたいね」  そう言うと真帆は額に張ってあったシートを手際よくはがす。 「…あ」  俺は慌てて起き上がろうと上半身を起こす。 「……れ?」  起こそうとして力が入らず倒れそうになる。 「ちょっと、まだ起きちゃだめよ!」  慌てて真帆に支えられた。  真帆の誕生日である今日、俺は夏風邪をひいてしまっていた。  それを隠してデートに出かけようとしたのだが、部屋に来た真帆にすぐにばれてしまい  ベットに寝かしつけられた、所まで思い出した。 「そこから記憶が無いんだけど」 「当たり前よ、ずっと眠っていたんですもの」 「そうか……ごめんな、真帆」 「謝らなくてもいいのよ、と言いたいところですけど……その前に食事にしましょうか」 「……」  気になるところで話を止められたけど、俺にはどうしようも無かった。 「どうかしら?」 「薄味だな」 「当たり前でしょう? お粥なんだから」  真帆が用意してくれた食事はお粥だった。お新香もあるのだけど、お粥自体が薄味なので  味が感じられなかった。 「風邪で味覚が弱ってるだけよ、ちゃんと味付けはしっかりしてるから大丈夫」 「真帆がそう言うなら信じるよ」 「ありがとう」 「お礼を言うなら俺の方だよ、ありがとう」  俺は少しずつお粥を食べた、その間真帆はずっと机の向こうで俺の様子を見続けていた。 「さて、食事も終わったところだし、話の続きをしましょう」 「……お手柔らかにお願いします」 「そうね、それは京太郎次第かしらね?」  そう言って微笑む真帆。ちょっと怖いかもしれない。 「まず、風邪をひいたのは仕方が無いことよ、それは問題ないわ」 「でもその所為で今日のデートの約束が……」 「問題はそこね」  やっぱりデートが出来なかったことが…… 「デートのことを優先せいて自分のことを無視した京太郎に私は怒ってるのよ」 「……え?」 「あのね、京太郎。貴方は私の体調が悪いときに私とのデートの約束があった場合どうするの?」 「もちろん、真帆の身体を優先する……あ」 「わかったかしら? 私だって同じなのよ?」  そういうことか。  俺は真帆を優先するあまり、自分のことを顧みていなかったんだ。 「もちろん、デートは嬉しいわ。でも京太郎の体調が悪いときにまでデートをしたいとは思わないわ」 「そう、だな。本当に申し訳ない」 「解ったのならいいわ」 「それと、今日はずっと一緒に居てくれてありがとう、真帆」 「どういたしまして」 「……熱は下がったみたいね」  体温計を見て真帆はほっとした表情をした。 「何から何まで申し訳ない」 「いいのよ、好きでやっているんですもの。それにね……」 「それに?」 「不謹慎かもしれないけど、京太郎の寝顔は可愛かったから」 「っ!」  当たり前だけど、真帆の前で寝ていたのだから寝顔は見られてた訳だ。 「ふふっ」  今度は俺が顔を背ける番だった。 「さてと、かいた汗を拭かなくちゃね」  そう言われて、着ているシャツがべとつくことに気がついた。  そんなことに気づかないなんて、やっぱり熱でぼーっとしてたんだな。 「立てるなら、シャワー浴びた方がいいかしら?」 「もう普通に歩けるからシャワーの方が良いだろう」  俺は立ち上がった、今度はふらつかなかった。 「シャワー入ってて良いわよ、着替えは用意しておいてあげるから」 「ありがとう、真帆。ところで……」 「なに?」 「今日は一緒に入らないの?」 「も、もぅ、何馬鹿なこと言ってるのよ! 京太郎は病人なのよ?」 「一緒に入ろうっていってるだけで、なんで病人が関係あるんだ?」 「え?」 「それとも真帆は何を考えたのかな?」 「……」  あれ? ここで文句を言ってくれないと困るんですけど?  うつむいた真帆はちらちらと目線だけでこっちを見る。 「……悪い、真帆の善意を駄目にしちゃいけないよな」  せっかく俺のために色々してくれてるのに、そんな真帆に意地悪はいけないよな。 「……良いわよ」 「え?」  真帆が小声で何かを言うけど、最初は聞き取れなかった。 「一緒にシャワー浴びても良いって言ったの!」 「真帆?」 「どうするの! 一緒に入って欲しいの、欲しくないの?」  潤んだ瞳で真帆はそう訴えてきた。 「……俺は一緒に入りたいな」 「……」 「大丈夫、何もしない。一緒に入るだけって真帆に誓う」 「……してくれてもいいのに」 「真帆?」 「なんでもないわ、一緒に入るなら湯船にお湯を入れましょう」  こうして本当に一緒にお風呂に入っただけの俺たちは入浴後に一緒に寝ることになった。 「真帆」 「なぁに?」 「誕生日おめでとう」 「ありがとう、京太郎」  このとき、真帆はこの日最高の笑顔を見せてくれた。
8月3日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「いつも特別」 「でも本当に良かったのかい?」 「はい」  仁さんに私はそう返事をする。 「私だけならともかく、お兄ちゃんと二人で抜けちゃうとお店が回らなくなっちゃうじゃないですか」 「そりゃそうかもしれないけどさ、麻衣ちゃんにとって今日は特別な日だろう?」 「それとこれとは別ですよ、仁さん」  少し前に菜月ちゃんが遠くの大学に通うために引っ越してしまった。  そのため、お店の夜の部の店員さんが足りなくなって、お兄ちゃんが毎晩大変だって事を聞いたとき  私もバイトをすることにしました。 「社会勉強をしてみたいと思ったし、左門さんの所なら安心して仕事できるから」  そう言って採用してもらったんだけど、もちろん本音はお兄ちゃんを助けたいから。 「本当は達哉君と一緒にいたいだけじゃないのかい?」 「仁さんは夜のバイトさんはいなくなっちゃってもだいじょうぶなんですか?」 「……おーけー、麻衣ちゃんよろしく頼みます」  そうしてシフトに入った最初の頃は上手く出来なかったけど、今ではそれなりに上手く出来るように  なったと思う。そして迎えた今日。いつものようにお兄ちゃんとお仕事をして、  お姉ちゃんも博物館から帰ってきて、まかないの時間になりました。 「悪かったな、タツに麻衣ちゃん。店を休みにしてでも休ませてあげたかったんだが」 「おやっさん、私情でお店を休業にしちゃだめでしょう」 「だがな」 「麻衣と相談して決めたことです、周りに迷惑はかけないって」 「そうか……ありがとう、タツ。麻衣ちゃん」 「そんなお礼なんて言わないで、私たち家族じゃないですか」 「そう、だな……だからこそだよ、麻衣ちゃん。せめてもの祝いに、仁!」 「お待たせしました!」  仁さんが持ってきたのはとても大きなシュークリーム。 「わぁ」 「親父殿の許可を得て、費用度外視で麻衣ちゃんの為に作ったんだよ、お口に合うといいんだけどね」 「「「麻衣ちゃん、誕生日おめでとう!」」」 「びっくりしたね、お兄ちゃん」  イタリアンズのリードをひきながら、私とお兄ちゃんは公園に向かって散歩していた。 「あぁ、俺もあの特大シュークリームには驚いたよ」 「大きなシュークリームの中に小さなシュークリームがいっぱい入ってたね」  以前フィーナさんが居たとき、仁さんが試作したお菓子と同じだった。 「さて、と。よし、いいぞ!」  公園に着いてからお兄ちゃんがイタリアンズのリードを外すとみんな元気に駆け回り始めた。 「ベンチに座るか」 「うん」  お兄ちゃんと夜の公園のベンチに座る、私はそっとお兄ちゃんの肩に寄りかかる。 「麻衣、疲れたか?」 「ううん、まだ大丈夫だよ」 「そうか」  会話が途切れる、無言の時間。  お兄ちゃんの肩に寄りかかってるだけの、でも、それがとても贅沢な時間。 「なぁ、麻衣。今日は何もしてあげられなくてごめんな」 「そんなことないよ、今日はずっと一緒に居てくれたじゃない」  バイトがあるので遠出も出来なかった今日だけど、お兄ちゃんは朝からずっと私と一緒に  居てくれた。ちゃんと誕生日プレゼントも用意してくれたし、いつも以上に良い1日だったと思う。 「仁さんも言ってたけどさ、今日は特別な日じゃないか。それなのに」 「お兄ちゃん」  私はお兄ちゃんの言葉を遮る。 「私にとってはね、お兄ちゃんと一緒に過ごせる日はいつも特別なんだよ?」  学園に行ってる時は、大学部に通うお兄ちゃんとは校舎そのものも違う。  帰ってくる時間も違う、一緒に居られるのはバイトの時と夜くらい。 「だからね、朝からずっと一緒に過ごせるだけで、私は幸せなんだよ?」 「そっか、俺も麻衣とずっと一緒に過ごせた今日は幸せだよ」 「ありがとう、お兄ちゃん」 「俺こそありがとうな、麻衣」  散歩を終えて家に戻ってくるとなんだかとても静かだった。 「あれ、お姉ちゃんはもう部屋に戻っちゃったのかな?」  リビングに入るとお姉ちゃんに書き置きがあった。 「明日は早いから今日はもう寝ます、戸締まりと火の元をお願いします……なぁ、麻衣」 「うん、私もそう思う」  きっとお姉ちゃん、気を利かせてくれたんだろうな。 「とりあえず、麻衣は先に風呂に入って」 「ねぇ、お兄ちゃん?」  私はお兄ちゃんの言葉を、遮る。 「今日はまだ、終わってないよ?」  私の言葉にお兄ちゃんの動きがぴたっと止まる。 「お兄ちゃんと一緒に居られると幸せなの、だからまだ一緒にいたいな」 「麻衣……」 「だから、お兄ちゃん。背中流してあげるから一緒に入ろう?」  それだけじゃきっとすまなくなる、だけど。 「明日も午前中はお休みだよね、お兄ちゃん?」  今は夏休みだから。 「明日の朝まで一緒にいたい、だめ?」 「……それだけじゃ済まなくなるぞ?」 「いいよ、そうしたらもっと幸せになれるから」 「麻衣」 「お兄ちゃん……」  普通通りの特別で無い、特別な誕生日はまだ終わりじゃないんだからね、お兄ちゃん♪
7月29日 ・sincerely yours short story「思いつき」 「んー……」  食後のリビングでシンシアは目の前にホロウインドウを展開してなにやら唸っていた。 「……ん、取れそうね」 「何をとるんだ?」 「んとね、宿の部屋」 「……え?」 「よーし、とっちゃおーっと」  そう言うと展開したホロウインドウの中のボタンを押した。 「シンシア、宿って?」 「あ、うん。以前行きたいなぁって思ってた宿があったんだけど、なかなか取れなかったのよ。  今はもう夏休みの時期だし、無理かなぁって思ってたんだけどキャンセルあったみたいなの」  なんとなくこの後の展開が予想できた。 「と、いうわけで達哉。明日から旅行に行きましょう♪」 「明日からって急だな」 「えぇ、大丈夫でしょう?」 「明日は平日なんだが」 「ねぇ、達哉。確か今は火急に解析しなくちゃいけない仕事は無いわよね?」 「あぁ、今は無いけど、だからって」 「有休ってのはね、上司がとらないと部下は取りづらいものなのよ?」  なんだかどっかで聞いた台詞のフレーズだな。 「ここで率先して達哉が有休を取れば、部下の皆さんも有休とりやすくなるわよ?」 「そう言われるとそうかもしれないけど……」 「それに、この前リフォームしたお風呂の、温泉のデータが欲しいの。バリエーションが増えれば  左門さんも喜ぶわよ?」 「……で、本音は?」 「暑いから避暑地に行きたい、その土地の美味しいご飯が食べたい、温泉でゆっくりしたい♪」  ここで本音をちゃんと言うのがシンシアなんだよな。  まぁ、どこまでが本音で建て前なのかは見極めが難しいけど。 「でも、今日の明日だぞ?」  上司が休めば部下も休みやすくなるのは確かにわかるけど、俺が所属してるチームは  結構自由に休めるようになってるから、有休の消化率は悪くないんだよな。 「だいじょーぶだいじょーぶ、休めなかったら私が手を回しておくから♪」 「……いや、それはやめておいてくれ」 「そう?」  いろいろと後が大変そうだから、とは言わないでおく。 「はぁ、とりあえず休めるかどうかは確認しておく」  とは言うものの、多分休めるだろう。  シンシアに聞かれたとおり、今は火急にしなくてはいけない仕事は無いのだし、もしここで  休めないと言うことになったら、本当にシンシアが何とかしてしまいそうなので、休みを  確保した方が安全だろう。 「さて、と。リリアちゃんにも話しておかないとね」  そう言いながらシンシアは軽い足取りで2階へと上がっていった。  その姿を見送りながら、俺はスマートフォンを取り、仲間に電話しようとした時、階上から  二人の声が聞こえてきた。 「ちょっ、急すぎるよ!?」 「だいじょうぶよ、出発は明日だから準備の時間はあるわよ?」 「そーゆーことじゃなくって、わたしのスケジュールとか都合とかあるでしょう?」 「あら? 確か週末は何もなかったはずよね?」 「う……」 「でも、どーしてもっていうならお誘いは止めておくわ」 「え?」 「リリアちゃんが居ないのはものすごーっく、寂しいけど……」 「お母さん」 「その分達哉といちゃいちゃできるものね」 「……」 「あ、それと宿のキャンセル料はお小遣いから引いておくわね」 「え……えーーーっ!?」 「あ、でも旅行に来てくれるならリリアちゃんには一切負担は無いわよ?」 「ある意味それって脅しだよね」 「そうかな?」 「……お父さんの為にも旅行には行くわ」 「お母さんの為じゃないの?」 「だって、お父さんは甘いからお母さんの暴走を止められないでしょう?」 「いやね〜、私はそんなに暴走しないわよ?」 「……」 「……最初からリリアや俺は、シンシアに勝つなんて出来ない事なんだろうな」  そう想いながら、改めてスマートフォンを操作し、仕事仲間に電話する事にした。
7月18日 ・sincerely yours short story「雨の午後」 「ただいまー」 「おかえり、リリアちゃん。雨は大丈夫だった……訳ないわよね」 「台風が近づいてるんだもん、傘じゃなくて合羽にすれば良かったかも」  台風が接近してる影響で満弦ヶ崎でも暴風、までは行かないけど強風と雨が降っている。  でも直撃じゃないから学園は休みにならず、雨の中の下校となった。 「びしょ濡れね、水もしたたる良い女ね」  お母さんはそんなことを言いながらバスタオルを渡してくれた。 「ありがと」 「玄関上がる前に濡れた服脱いじゃないなさい、すぐに洗濯するから」 「うん」  制服をその場で脱いで……靴も濡れちゃってるから乾燥させないと。  下着は……かろうじて大丈夫かな。 「着替えてくるね」 「リリアちゃん、その前にホットココア入れたから飲んでいきなさい」 「あ、うん」  下着姿でリビングのソファに座る。 「はい」 「ありがとう、お母さん」  ココアのカップをもらって、口を付ける。  上品な甘さが口の中に広がる。 「美味しい」 「ココア飲んだらシャワー浴びると良いわ」 「うん、そうするね」 「台風の影響、酷い見たいね」 「うん、影響だけでこれだもんね。直撃したらどうなったんだろう?」 「災害が起きたかもしれないわね、尤も我が家は大丈夫だけどね」  そう、我が家は最新の技術で守られてる、お母さん曰く隕石の直撃さえ受け流す重力場が  発生させることが出来るんだけど、それを実際に実行してしまう事は無い。  明らかに今の技術レベルを超えた技術だからね。  だから、今も我が家は重力制御システムで台風による影響を”最小限”に押さえてる。 「これだとお買い物も大変よね、重力制御システム使っちゃおうかしら?」 「お母さん、駄目だって」  重力制御システムの応用で、わたしたちの周りに不可視のフィールドを張ることが出来る。  雨は、そのフィールドの外を滑るように地面に落ちていき、中の人は濡れないように出来るの  だけど…… 「それだと目立っちゃうでしょう?」 「そうね、まだ先の技術だし、非常時以外に使うことは無いわ。それに昔の人は良いことも言ったし」 「昔の人?」 「雨の中傘を差さすに踊る人がいてもいい、って」 「それ、本当に昔の人の名言なの? どっちかというと迷言っぽく聞こえるんだけど……」 「え? 私は傘を差さずに雨に濡れたことあるわよ、地球で達哉と過ごした時だったかしらね。  でねでね、そのとき達哉がね……」 「えっと、わたし着替えに部屋に戻るね」  リビングで昔話、というかノロケ話が始まったので、わたしは部屋に避難する事にした。
7月16日 ・sincerely yours short story「送り火」 「もう行っちゃったのかな」 「リリアちゃん、この場合は帰ったっていうのよ」 「そう、だよね」  すでに燃え尽きたおがらを見てから、リリアは空を見上げている。  俺も空を見上げた。  親父も母さんも、ちゃんと帰ったのだろうか? 「さて、と。お義父様とお義母様もお帰りになったことだし、これで遠慮無くいちゃいちゃできるわね」 「え?」  シンシアの独り言?に疑問の声をあげるリリア。 「ちょ、リリアちゃん。その疑問の声は何?」 「いちゃいちゃって、お母さんいつも通りだったから、遠慮なんてしてたのかなぁって」 「酷いっ、私は見られて興奮する性癖は無いわっ!」 「お母さん、なに逆ギレしてるのよ、っていうか恥ずかしい言葉を大声で叫ばないで!」  二人のいつもの言い合いが始まる。  とりあえずは放置しておくことにしよう、下手に介入するとたいてい俺に酷い結果が待ってるからだ。 「……あ」 「達哉?」 「どうしたの、お父さん?」  俺の声に二人の言い合いが止まった。 「……俺、自分のことしか考えてなかった」 「?」  二人とも解らないっていう顔をしている。これだけじゃ当たり前だよな。 「あのさ、迎え火で来てたのは親父と母さんだけじゃないんだよな。シンシアの両親も来てたんだよな」 「あー、そういえばそうかも」  俺の言葉にシンシアは軽く返す。 「でも、私の両親はこの時代から700年前に月で亡くなってるはずだから、もう向こう側の世界にも  いないんじゃないかな?」 「お母さん、居ないってどういうこと?」 「ほら、人って転生するっていうじゃない。きっと今より前の時代に転生して別の人として人生  歩んでるんじゃないかなって私は思ってるわ。それどころか転生した人生も終わってるかもね」  そう言うシンシア。 「そう言われれば、そうかもしれないけどさ。でもそうだとしたら、俺はシンシアのご両親に  永遠に挨拶出来ないな」 「挨拶? もしかして、娘さんを俺にください!っていう、お約束の?」 「……お母さん、それ古いよ」 「いいの、だって私は今から700年前の生まれだもん、でも年齢は永遠の17歳だから  間違えちゃだめよ?」 「……」  リリアの冷たい視線にシンシアの額に汗が流れ落ちるのが見えた。 「なぁ、シンシア。一応聞くけどさ、シンシアのご両親のお墓ってあるのか?」 「個人のは無いわね、あの戦争の時代に亡くなった人は月も地球も多かったし、何より月では  埋葬する土地が限られてるもの」 「ということは、共同墓地みたいなものがあるのか?」 「えぇ、月には共同墓地が教会にあるわ、埋葬されたかはどうか解らないけど、月で亡くなった一般の  人は共同墓地のどこかで眠ってることになってるわ」  もっとも、当時の話だけれどね、とシンシアは付け加えた。 「そこに行く事は出来るか?」 「達哉……」 「お父さん……」 「やっぱりさ、一度はちゃんと挨拶したいから、行きたいと思う」 「そう……ありがとう。でもいいの?」 「何がだ?」 「共同墓地なのだから、無くなった月の民全員の前で挨拶することになるのよ?」 「……」  そこまでは考えてなかった、けど。 「構わないさ、自慢できる嫁さんと娘なんだから、みんなに知ってもらっても何も問題ないさ」 「お父さん……」 「達哉……素敵、濡れちゃう、抱いて!」 「……お母さん、雰囲気台無し」 「いいんじゃないか、シンシアだし」 「それもそうだね」 「二人の扱いが酷いっ! 悔しいから今日はめいっぱいいちゃいちゃする!」 「それとこれとは関係ないでしょ!」  二人の言い合いがまた始まった。  それは、今の朝霧家の楽しい、幸せの日常だった。 「でも、さすがにお父様もお母様も、1200年後の世界で孫が生まれた後に700年後の世界で  結婚しましたって報告受けたら驚くわよね、きっと」 「お母さん、それ確かに間違ってないけど、誰も信じないっていうか、信じられないお話だよね」  まさに事実は小説より奇なり、だった。

7月13日 ・sincerely yours short story「迎え火」 「それじゃぁ火を付けるわね」  家の玄関先に用意された、オガラで作られた小さな山。  その山にシンシアが火を付ける。  すぐに火は全体に燃え移って、明るく周囲を照らす。 「これでご先祖様も迷わず我が家に来れるわね」  そう言うとシンシアは空を見上げる、つられるようにリリアも空を見上げた。  梅雨は明けていないけど、真夏のような梅雨の合間の今日の空は、どこまでも高かった。 「ご先祖様、か」  母さんは帰ってきてくれるだろう、けど親父はどうだろうか? 「お義父様も帰ってくるわよ、達哉」 「そう、だといいな」  失踪し、死亡扱いになってる親父も、きっと母さんと同じ所にいることだろう。  いや、向こう側でも自分の研究の為にあちこち飛び回っているかもしれない。 「あんなに憎んでたのにな……親父と同じ職に就いて、今は俺も父親だもんな」 「お父さん……」  心配そうにリリアが俺を見上げてきた。 「大丈夫だよ、リリア。親父はきっと帰ってくるさ。だってこんなに美人な嫁と可愛い孫が  居る、我が家なんだからな」 「あらあら、達哉。本当のことを言うだけじゃご褒美は出ないわよ?」  そう言って微笑むシンシアと。 「かわ……も、もぅ、お父さんったら」  顔を赤くするリリア。  親父、母さん。帰ってきたのなら見てるだろう?  俺の嫁と娘だよ、朝霧の家族だ。  ちょっと騒がしいけど、幸せに暮らしているからさ。  母さん、向こう側で親父を絶対手放すなよ?  そう思ってるうちに、オガラは燃え尽きた。 「さて、と。お義母様とお義父様もお帰りになられたことだし、改めて達哉との仲の良さを  見せつけなくっちゃね」 「それよりも、お母さん」 「何かしら?」 「何でこんな格好しなくちゃいけないの?」    そう、リリアもシンシアもなぜか巫女装束だった。 「だって、神事にはこの衣装でしょう?」  俺は特に和服を着てる訳でも無く、普段着のままだ。 「達哉の分も今度作るから、もう少し待っててね。お正月までには間に合わせるから♪」 「ほどほどにな」 「うん♪」 「だーかーらー、なんで神事ならこの服なのよ!?」 「だって、可愛いじゃない♪」 「なぁ、リリア」 「なに、お父さん」 「こういうときのシンシアに何を言っても無駄だぞ?」 「……そう、だよね」 「それに、可愛いという意見には俺も同意してるし」 「お、お父さんっ!?」 「そうよねー、なんだかんだ言ってもちゃんと着てくれるリリアちゃんは素直で可愛いわよね♪」 「お母さんまで何いうのよ!」 「照れちゃって、本当に可愛いんだから♪」  二人が言い合うのを見ながら、俺はさっきの言葉を訂正する事にした。  なぁ、親父。母さん。帰ってきて早々見てると思うけどさ……  俺の嫁と娘と、新しい家族は……ちょっとじゃなくてかなり騒がしいよな。  でも、それで良いと思う。みんな笑顔で、幸せだから。   「お父さん、そろそろ戻ろう? わたし早く着替えたいし」 「そうね、暑いし部屋に戻りましょう、達哉。それと、私は達哉に着替えさせて欲しいかな?」 「お母さんも早く一人で着替えようね?」 「リリアちゃん、なんだかお顔が怖いんだけど……」  かなりというかものすごく騒がしすぎる気もする、に訂正した方がいいだろうか?  母さん、親父。どう思う?  俺は部屋に戻る前にもう一度空を見上げようとして。 「そうだったな、今は家にいるんだっけ」 「お父さん?」 「なんでもない、部屋に戻るか」
7月12日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”想い” 「ふぅ、やっと寝たか」  あたしと一緒の布団で眠ってる幼子、孫の伽耶は幸せそうな寝顔だった。 「……そういえば、瑛里華も幼いときはこんな寝顔だったな」  あのときにあたしが思った想い。  それは間違った物だったのだろうか? あのままだったら今が無かったかもしれないと思うと  間違いだったと思う。 「……目が覚めてしまったな」  伽耶が起きないようにそっと布団から抜け出す。  このまま朝まで居ないと、起きたとき伽耶が泣き出すかもしれないので、後でこっそり  戻ってくることにする。 「……」  あたしはそっと、部屋を出た。  一人で屋敷の奥にある露天風呂に入る。  旅に出てあちこちを見て回っているが、やはり屋敷の露天風呂が一番落ち着くな。  大きな杯に自分で酒を注いで、それをのどに流し込む。 「……ふぅ」  杯の中の酒に浮かぶ星。  ここ数日、珠津島では雨だったそうだが今日は良い天気だった。 「月は……見えないか」  確か新月になる時期なので夜空を見上げても月は見えない。 「まぁ、それはそれで良いか」  杯の中の酒を飲み干した。 「ん?」  酒が無くなってしまった。  一升瓶を持ってきたのだが、飲みきってしまったようだ。  取りに戻るのも面倒だが、もう少し飲みたい気もする。 「伽耶」 「……桐葉か」 「えぇ、そろそろ無くなる頃だと思って」  一糸まとわぬ姿で一升瓶を持ってきた桐葉は、軽くかけ湯をすると温泉に入ってきた。 「はい」 「……すまないな」  桐葉の手から注がれた酒は、先ほどより美味く感じた。 「あたしは間違ってたのだな」  酒を飲みながら、気がついたらそんなことを口にだしていた。 「何を今更言うのかしらね?」 「……」  あっさり肯定されると腹が立つのだが、それが事実なのだから仕方が無い。 「人は間違った生き方をしてしまう事もあるわ、それは吸血鬼でも眷属でも一緒よ。  でも、そのときの想いは、間違ってないわ」 「桐葉?」 「ねぇ、伽耶。今はどう、想うのかしら?」 「今、か……」  ずっと珠津島にこもってた前と違って、いろんな物を見て回る旅をしている。  こうして年に数回、屋敷に戻ってきて娘の瑛里華と孫の伽耶と、そしてどうでもいいが  義理の息子になった孝平を会っている。  会いに来るたびに孫の伽耶は少しずつ成長している、それは瑛里華の時と同じくとても  楽しく、嬉しい事だ。 「あぁ……そうだな」  そういうことなのだな。 「今は……悪くないな」 「なら、それで良いじゃない」 「……そうか」  確かにあたしは間違えた、けどあのときの想いと今の想いはそんなに違う物では無い。  なら、悪くない今を過ごすあたしは…… 「悪くないな」 「えぇ」  こうして桐葉と酒を酌み交わしながら温泉につかる。  屋敷には娘と孫と、義理の息子が居る。 「だが、あやつが居ない事が腹に来るな」 「あの子は意地っ張りですものね、素直になれないお年頃だし」 「そんな時はとっくに過ぎてると思うぞ」 「そうね、本当に長い反抗期ね」 「そうだな、それでも……」  悪くない、そう思えるあたしだった。
7月5日 ・sincerely yours short story「リフォーム」 「今日も雨かぁ……」  朝食後のリビングで、わたしは窓から空を見上げた。  梅雨のこの時期は雨が降りやすいのは知っているし解っても居るけど、今週は  1日も雨が降らなかった日は無かったし、まだ暫く雨模様が続く予報も出ている。  わたしは平日に学園に通うだけだから雨が降っても酷く無い限り大丈夫だけど  外を回る仕事をしてる人は大変だろうなぁ、と思う。 「ん……美味しい」  手に持ってるホットココアを飲みながら、今日は何をしようかなぁ、と考える。 「ねぇ、達哉。相談があるんだけど」  洗い物が終わったお母さんがリビングに来た。 「なんだい?」 「あのね、お風呂をリフォームしていい?」  その言葉にわたしは飲みかけてたココアでむせた。 「ちょ、お母さん? 何さらっとすごいこと頼んでるの?」 「別にすごいことじゃないと思うわよ?」 「いやいやいや、リフォームって面倒だしお金もかかるしすごいことでしょ?」 「そうね、さすがに1日では終わらないかもしれないけど、それ以外はたいしたことじゃないわ」  何をもってたいしたことじゃ無いのかが、解らないけど、お母さんだからって思うと解る気がする。 「それで、どうリフォームしたいんだ?」 「お父さん!? それ聞いちゃうの?」 「聞くだけなら別に構わないさ」 「そりゃそうだけど……」  お父さんもある意味大物だよね……さすがお母さんと結婚できただけのことはあると思う。 「んとね、お風呂場に空調を入れようと思うの」 「エアコン?」 「エアコンっていうより、今の時代で言うと乾燥機付きヒーターね」  お風呂は湿気の塊みたいな所でカビとか発生しやすい。  いくら換気扇を使って空気を循環させても防げない部分もある。 「でも、どうして今頃になって言うの?」  お風呂は過去に一度リフォームしている。  わたしとお母さんが住むようになってすぐに、お風呂の広さを広げている。  家の広さが変わる訳じゃ無いので、浴室が広くなった分脱衣所が狭くなってしまった。 「ほら、梅雨の時期は洗濯物も乾きにくいし、お風呂もじめじめしちゃうでしょう?」 「お母さん……本当のこと隠してるでしょう?」 「え、何のことかしら?」 「……」  脱衣所にある洗濯機は乾燥機付きなので乾きにくいって事は無い。  お風呂も換気扇と窓を開ければしっかりと空気の循環は出来る。 「お母さん?」 「いやん、リリアちゃんがいぢめる♪」 「いじめてないから!」  嬉しそうなお母さんに釘をさす。 「で、予算はいくらくらいなんだ?」 「ちょ、お父さん?」 「さっすが達哉。話がわかるわ。ますます惚れちゃいそう」 「……」  なんだか頭が痛くなってきた。 「もうどーでもいいや、変な機能さえ付けなければわたしは反対しないから」  そう言ってわたしは部屋に戻ることにした。  その後、本当にリフォームが入った。  浴室に空気を循環させる機能をもった乾燥機が天井に設置された。  リフォーム後、わたしも浴室を確認してみた、変なところにカメラとかないかどうか  不安だったけど、さすがにプライベートな空間だけにカメラはついていなかった。 「と、いうわけで一緒にお風呂入りましょう♪」 「遠慮しておく」 「リリアちゃん、そんなにお母さんとお風呂入るの嫌なの?」 「もうそう言う歳じゃないでしょう? ……お互いに」 「良いじゃ無い、親娘なんだし、ねぇ、水着着ても良いから一緒に入りましょう?」 「水着、で?」  お母さんから妥協してくるなんて珍しい。 「リリアちゃんなにかしら、その目線は……」 「何を企んでるのかなって思ってるだけ」 「うぅ……家族団らんに何も企んでないわよ」 「リリア、今回だけ付き合ってもらえないか?」 「お父さん?」 「せっかくリフォームしたんだし、みんなで入るのも悪くないだろう?」 「……」  いくら水着着たって、お父さんと入るのは恥ずかしいんだけど……  その辺が、お父さんは解ってないんだよね。 「リリアちゃん、お願い」 「……今回だけだからね?」 「ありがとう、リリアちゃん大好き!」  そう言ってわたしを抱き留めるお母さんだった。 「特に何かが変わった気はしないよね」  3人同時に入れる浴槽、お風呂場の壁、窓、壁の色。  何も変わってないのは当たり前。  見上げた天井に送風口が増えてるだけなのだから。  3人とも水着で、かけ湯だけしてお湯につかる。 「お母さん、これで満足なの?」 「もちろんよ、家族3人でお風呂に入れるなんて、とっても贅沢だもの」 「これで贅沢なんて、お母さんも安上がりだね」 「そうでもないわよ? だってリリアちゃんがなかなか付き合ってくれないんですもの」 「う……」  そう言われるとやっぱり贅沢なの、かな? 「さてさて、せっかく良い気分なんだし、リフォームした機能を発揮させちゃおうかな」  お母さんは得意げな顔をしてそう言う。 「乾燥機を動かすのか?」 「そういうこと、アクセス」  普通の家の装置を可動させるためにはスイッチか、壁に設置されてるパネルでコントロール  する。けど我が家は音声認識ですべての機能をコントロール出来るように改造されている。  今回はホロウインドウまで展開させている。 「それじゃぁ、スイッチオン♪」  お母さんが楽しそうにシステムを起動させる。 「リリアちゃん、後ろを見て」 「後ろって……えっ!?」  今まで壁と窓しかなかった面すべてにホロウインドウが展開、そこに山の中の景色が映し出された。 「これって?」  わたしが驚いてる間に、お風呂場の左右横の面にもホロウインドウが展開された。  残ってる壁は、脱衣所に通じるドアの所だけ。  そして映し出されてる景色は…… 「これ、この前旅行の時に言ったホテルの露天風呂からの、景色?」 「ご名答♪」  そのとき、頬を撫でる風を感じた。 「嘘っ!?」  壁一面に展開されてるホロウインドウの画像、よく見てみるとちゃんと立体感もあり、木々が  風で揺れている、その先に見える湖の湖面も動いてるのがわかる。 「すごいな、これは」 「でしょう? この前の旅の時の景色をサンプリングして擬似的に動かしてるのよ」 「露天風呂を再現するためだけに、乾燥機……この場合は送風機、まで付けた訳ね」 「その通りよ、すごいでしょう?」  そう言って胸を張るお母さん。その大きさを見ないようにする。 「これで一度言った温泉からの景色は再現可能よ」 「……なんていうか、こういうのを才能の無駄遣いっていうんだよね?」 「リリアちゃん酷いっ!」 「良いんじゃ無いか? こういう才能の使い方をしても」 「さっすが達哉、わかってるわね♪」  お父さんの言葉にお母さんはご機嫌だった。 「これでみんなで一緒にお風呂入る回数増えるわね」 「わたしは今回だけって言ったからね?」 「えー」 「えー、じゃないの」  後日談だけど、画像そのものは問題無いんだけど、ホロウインドウはまだこの時代では  早すぎる技術。だから秘匿しないといけないはずなんだけど、家族にだけは使ってもらおうと  いう事になって。 「良い湯だったな」  あまり旅行に行けない左門お祖父ちゃん達には好評でお店が休みの日には良くお風呂を  借りに来るようになりました。
7月1日 ・大図書館の羊飼い SSS”心地よい時間” 「朔夜、寝ちゃった?」 「そうみたいだな」  慶の向こう側で寝てる朔夜は、とても幸せそうな寝顔だった。  けど…… 「慶の腕ってそんなに抱き心地いいのかな?」 「俺が解る訳無いだろう?」  そう、朔夜は慶の腕をとって、抱くようにして眠っている。 「参ったなぁ、これじゃぁ身動き出来ないな」  女の子に抱きつかれて困るなんて、慶ってば贅沢だよね。 「それじゃぁ私がこっちの腕を使ってもいいのかな?」 「よしてくれ、本当に眠れなくなる」 「むっ」  私の誘いを断るなんて、慶のくせに生意気だぞ?  でも、今日は朔夜の誕生日だし、なによりこの並びを希望した朔夜の、その意味を  理解してるからこそ。 「今日は我慢かな」 「何がだ?」 「慶はわかんなくていいの」  そう言って私は起き上がる。 「のぞみ?」 「ほら、慶。朔夜を起こさないようにそっと移動して」  真ん中にいた慶を布団の端に移動させる、朔夜はそれについて行くように布団の真ん中に来る。 「これでよし、っと」 「何するんだ?」 「慶が寝ぼけて朔夜を抱きしめないように、朔夜を守るだけよ」  そう言いながら、朔夜の背中に抱きつくように私は横になる。  そしてそっと、朔夜を背中から抱きしめるようにする。 「俺がそんなこと……」 「絶対無いって言い切れる?」 「……」 「ほらね? これなら朔夜を抱きしめるのに私が邪魔でしょう? これで安心」 「……のぞみごと抱きしめたらどうする?」 「慶に甲斐性があるなら良いよ?」 「……普通に眠るように善処します」  慶の反応にちょっとムッとなる。  けど……私と慶の関係はあのときに…… 「それじゃぁ、寝るわよ慶」 「あぁ、おやすみ、のぞみ」 「……うん、おやすみなさい、慶」  今は3人一緒に居ることが心地よいから。  いつまでもこうじゃ居られないのも解ってる、けど。  今は……今だけは、良いよね?  朔夜と、朔夜の向こう側に居る慶の暖かさを感じながら、私は目を閉じた。
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