思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2014年第3期 9月29日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory フィーナ誕生日記念 「地球での時間」 9月19日 大図書館の羊飼い SSS”シスコン疑惑” 9月6日 FORTUNE ARTERIAL SSS”総意の器” 8月31日 夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle SSS”2人だけの慰安旅行” 8月24日 処女はお姉さまの恋してる2人のエルダーSSS”境界線” 8月9日 大図書館の羊飼い sideshortstory 約束の証〜望月真帆〜 8月3日 夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「瑠璃色の地球」 7月26日 FORTUNE ARTERIAL SSS”プール日和” 7月24日 夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle SSS”停電” 7月22日 sincerely yours your diary short story「暑中見舞い」 7月12日 FORTUNE ARTERIAL SSS”言の葉” 7月8日 sincerely yours your diary short story「ロマンチックが止まらない」 7月1日 大図書館の羊飼い SSS”ペチャパイ?”
9月19日 ・大図書館の羊飼い SSS”シスコン疑惑” 「では今日1日お兄ちゃんになってください」 「……」  紗弓実の誕生日、お祝いをしようと思ったのだが日が悪かった。  今日は金曜日で週末、学園都市内とはいえ飲食店は週末の夜は忙しい。  夜シフトメインで入ってる紗弓実が週末抜けるのは難しいし、シフトに入る前までは授業がある。  さて、どうしたものかと思った朝、紗弓実にお願いされてしまった。 「どうしたんですか、京太郎お兄ちゃん?」 「いやさ、どうしてまた妹になるんだろうなぁって思ったんだけど」 「楽しいからに決まってるじゃないですか♪」 「……だろうな」  あのときの旅行の時も、ものすごく楽しそうな顔してたっけ。 「それじゃぁ今日1日よろしくお願いしますね、お兄ちゃん♪」  まぁ、見た目兄妹に見えるし、1日くらい良いか。  そう思った俺はすぐに後悔する羽目になった。 「なんでこんな事が記事になってるんだよ……」  図書部の部室で俺は頭を抱えていた。 「なんだ、シスコン。何悩んでるんだよ?」 「高峰……」  たった半日、いや、紗弓実と一緒だったのは朝の登校時だけだ。  そのときの紗弓実のお兄ちゃん発言があっさりと学内新聞に掲載されていた。 「図書部のエース、シスコン疑惑発覚!」 「幼女に妹を強制!?」  そんな見出しだった。ちなみに後者の方は見出しが掲載された直後、サーバーがダウンして  今は見れなくなっている。  ……間違いなく紗弓実の仕業だな。 「こんにちはー、あ、筧さん。シスコンだって本当ですか?」 「佳奈すけまでそれを言うか……」 「いえいえいえ、本当にシスコンなら同級生より下級生の方が似合ってるとおもいませんか、  お兄ちゃん?」 「……」 「あれ? もしかしてはずした?」 「何やってるの、佳奈」 「あ、千莉、筧さんをお兄ちゃんって呼んであげたんだけど反応してくれなくって」 「あー、そういえば先輩はシスコンでしたっけね、お兄ちゃん?」 「……」  もはや反論する気も起きなくなった。 「針のむしろだよな、これ」 「はい、お兄ちゃん。おかわり持ってきましたよ♪」  夜のアプリオ、紗弓実が帰るまで店内で軽食を取りながら待つ、というか待つように紗弓実に  誘われていた。  今日ばかりは断りたかったけど、紗弓実の誕生日なのだし、紗弓実のお願いを聞かない訳には  いかなかった……けど。 「周りの視線が痛い」 「ふふふっ、持てるお兄ちゃんを持つと妹としては鼻高々ですよ?」 「……はぁ」 「やっと1日が終わった……」 「お疲れ様でした、お兄ちゃん」 「まだ続けるのか?」 「はい、とっても楽しかったですから♪」  紗弓実は俺の困ってる様子で楽しむ癖があるから大変だよな。 「本当にありがとう、京太郎」 「紗弓実?」 「私は一人っ子ですし、京太郎みたいなお兄ちゃんが居てもいいかな、って思ったんです」 「……」 「京太郎も妹を持ってみてどうでした?」 「……嫌、だな」 「え?」  俺の言葉に紗弓実が驚きの表情をする。 「紗弓実が妹なのは嫌だな、だって愛せないじゃないか」 「……今の時代は血縁がある妹でも攻略できる時代ですよ?」 「そんな時代はいらないさ、俺には妹より彼女の紗弓実の方が良いから」 「……もぅ、京太郎は格好つけすぎです」 「本音を言っただけどな」 「……京太郎、気障です」 「そうか? 嫌いになったか?」 「なるわけ……ないじゃないですか」 「そうか、良かった」  俺は改めて紗弓実に向かい合う。 「誕生日おめでとう、紗弓実」 「ありがとうございます、京太郎・・・んっ」 「……」 「プレゼントは、これだけですか?」  誕生日の夜はまだ終わりでは無く、これからだった。
9月6日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”総意の器” 「兄さんまた逃げたわね!」  監督生室でのいつもの業務、居るメンバーは会長を除く全員。 「それもこんな無茶な企画書を通そうとするなんて、何考えてるのよ!!」 「瑛里華、伊織の企画書を真面目に論議する方が間違って居るぞ」 「わかってるわよ、でもね……」  そう言って瑛里華は企画書を机の上に放り投げた。 「これ、企画が進んでいるのよね」 「え?」  俺は慌てて企画書を拾い上げ、読んでみる。 「……これは無茶だろ、さすがに。しかも発注書まであるってことは……」 「兄さん、やる気ね」 「……」  会長ならやりかねないだろうな、でも予算どうすればいいんだ、これ?  そのとき、監督生室の電話が鳴った。 「はい、監督生室です……はい、そうお伝えすればよろしいのですね? わかりました」 「なんだったの、白?」 「はい、瑛里華先輩の言づてです。なんでも春が完成した、のことです」 「そうか……出来たのか」  その言づてになぜか東儀先輩が反応した。 「そう? それじゃぁ早速取りに行ってくるわね。孝平、後のことはよろしくね」  そう言うと瑛里華は上機嫌に部屋から出て行った。 「……東儀先輩、春ってなんですか?」 「あぁ、ちょっとな、困ったことになっているのだが……結果からすれば良いのかもしれないな」 「?」  東儀先輩が言ってることの意味が全くわからなかった。 「とりあえず仕事をしておこう」 「やぁやぁ、みんな頑張ってるかい?」 「会長?」 「送れてすまないな、早速俺も仕事に取りかかろう。まずは、あの企画をっと」 「会長、あれ本当にやるんですか?」 「あぁ、俺の一世一代の舞台になること間違いないからな」  そう言ってウインクする会長。 「瑛里華に怒られますよ?」 「だいじょーぶ、もう一段階先に進めればキャンセル出来ない段階になるからね、  こうして瑛里華が居ないうちに進めてしまえばオッケーさ!」  歯をキラっと輝かせる会長、女生徒が見れば間違いなく虜になるだろう微笑みも  ここでは無意味だろうと思う。 「はぁ……東儀先輩、良いんですか?」 「良いわけないだろう、だが今回は俺の出番は無い」 「え?」 「なんだ、わかってるじゃ無いか征、よし、これで障害が無くなった。早速発注を……ん?」  そのとき外から何か聞こえてきた。 「なんの音だ?」  会長が窓の外を見る。 「なっ!?」  驚きの声を上げる会長、俺も窓の外を見る。 「っ!?」  その光景に俺は声さえ上げることは出来なかった。   「おまたせー、ちょっと受領に手間取っちゃった」 「え、瑛里華?」 「あ、兄さん、フフフッ、居るのならちょうど良いわ。このHALユニットのテストが出来るわね」 「ハル、ユニット?」  俺のつぶやきに瑛里華は   「だいじょうぶよ、孝平。すぐに終わらせるわ。さて、兄さん」 「な、何かな? 瑛里華さん」  妹の瑛里華にさん、をつけてるあたり会長も動揺しているようだ。 「最近またなにかと、悪戯が過ぎるわね。だから……」 「だか、ら?」 「おしおきの時間よ♪」 「そこ、♪マークつけても可愛くないからっ!?」 「システム起動♪」   「ちょ、瑛里華さん、それ、なに? なんで目が赤くなってるの!?」 「もう吸血鬼じゃなくなった私が兄さんに対抗するために、このHALユニットは作られたのよ」 「それ、才能の無駄遣いだよ、絶対に!!」 「ふふっ、これは対兄さん用兵器、千堂家と東儀家の総意を持って作られた器、なのよ」 「そんなこと聞いてないから!」 「ふふっ、覚悟はいいかしら、に・い・さ・ん♪」  ・  ・  ・ 「白、お茶煎れてもらえるかしら?」 「ははは、はいっ」  さっきの衝撃か、白ちゃんは少し震えていた。 「あの、お茶ですっ!」 「ありがと、白」  白ちゃんからお茶を瑛里華はいつものように優雅に飲む。   「ふぅ、一仕事終えた後のお茶は最高よね」 「確かに一仕事終えたあとだよな、あれは……」  あの後会長に何があったかは語ることはない、というか人には語れない内容だと思う。  ……あのユニットがあるうちは瑛里華の機嫌を損ねない方がいいだろうな。  そう思う俺だった。
8月31日 ・夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle SSS”2人だけの慰安旅行” 「まさかここまでひっぱってしまうとは思っても無かったな」 「そうね、でも来れたのだから良かったじゃない」  2人でホテルの通路を歩く。  思い返せばもう3ヶ月前にもなる、王宮勤めの職員の慰安旅行から始まった。  フィーナの執務は多忙で、ゆっくり出来る日々は無い、それを案じた俺は、フィーナに  内緒でとある計画を立てた。  それは、フィーナと温泉旅行にいって1日だけでも仕事を忘れてのんびりすること。  しかしその計画はものすごく難しい、ただでさえスケジュールが分刻みのフィーナに  1日だけでも休みを取るのはほぼ不可能に近い。  だが、俺はあきらめず、フィーナのスケジュールを吟味し、省ける無駄を徹底的に  省くことにし、効率を求めようとしたが、結果から言えばそれも失敗だった。  もともと月でのスケジュールには無駄が無く、余裕が出来たら仕事が前倒しになったからだ。  そこで視点を変えてみた。  フィーナが休めないということは、その周りの人も休めないと言うことになる。  そこから崩しでいけば良いのではないか?  その結果、5月の上旬から王宮勤めの職員達に慰安旅行という名目で休みを取らせる  計画を立て、実行に成功した。慰安旅行先は地球の温泉宿。  王宮勤めのメイドさんや職員達や若い貴族達には好評でその計画は成功したのだが  その最後にこっそりフィーナと俺も旅行に行く予定だったが、地球連邦側のスケジュールの  変更要請で駄目になってしまった。 「省く無駄は地球連邦とのスケジュールの方が先だな」  その観点から調整していくと結構無駄が省けることが解り、調整に調整を重ねて、やっと  フィーナに休暇を取らせる事に成功したのが、もう8月も終わりのこの時期になってしまった。 「それでも2日間まるまると休みがとれなかったのが残念だよ」 「そうね、でもそれは贅沢かもしれないわ」  調整しても、2日間休みは取れなかったが、初日の午後と2日目の午前が休みになったので  こうして山間の静かな温泉宿に来ることは出来たのは幸いだった。 「素敵な部屋ね」  案内されて来た部屋は最上階の角部屋で、窓が大きく明るい部屋だった。 「仲居さん、私たちのこと若夫婦って言ってたわね」 「ちょっと恥ずかしかったな」 「あら、達哉は私と夫婦と言われるのが嫌なのかしら?」 「恥ずかしいだけだよ」 「くすっ、そういうことにしておくわね」 「それじゃぁ俺はバスルームに居るから着替えちゃおうか」 「えぇ」   「ふふっ」  浴衣姿のフィーナと一緒にホテルの通路を歩く。  せっかく温泉宿に来たのだから、夕食の前に温泉に入ろうということになった。 「なんだか新鮮ね、達哉と結婚してからこうしているのって」 「そうだね、俺もそう思うよ」  結婚してから一緒に過ごしては居るが、月の王城内を歩くときはお互い正装だし  部屋に戻って部屋着になってから出かける時間などは無い。 「ふふっ」  フィーナは上機嫌だ、それだけで俺も嬉しくなる。 「ところで、ここの温泉はどういう温泉なのかしらね?」 「入ればわかると思うよ」  そう言って俺は鍵を取り出す。 「あら、それは?」 「家族風呂の部屋の鍵だよ」 「え、いつのまに?」 「ホテルを予約するときに抑えておいた、というか抑えておくようにカレンさんに釘を  刺されてたから」  お忍びでの旅行なので、普通の一般客もホテルには泊まっている。  明るい時間から浴場に行くと混乱が起きる可能性も考慮して、貸し切り風呂を予約  しておいたのだ。 「それにさ……フィーナの肌を他の人に見せたくないしな」 「達哉ったら、混浴じゃないのだから周りは女性ばかりなのよ?」 「……それでも、かな」 「もぅ、独占欲が強いのね」 「嫌いになった?」 「いいえ、私も同じだから」  そんな話をしながら、人気が無い通路を歩く、この先は予約者しか入れない貸し切り風呂の  フロアだ。  部屋の扉を開けると、小さな和室があって、その奥に半露天の温泉がある。 「さて、と、フィーナ。先に入っていいよ」 「あら、一緒には入ってくれないのかしら?」 「……温泉に入るだけじゃすまなくなるぞ?」  俺の冗談にフィーナは顔を赤くする。 「でも、フィーナが望まないなら、今はしない」 「え?」 「せっかくの温泉だもんな、今は温泉を楽しみたい」 「そ、そう……」  ちょっとがっかりしたようなフィーナを見て俺は話を続ける。 「フィーナ、今は、だからな? その分後でいっぱいつきあってもらうから……  覚悟しておいてくれると助かる」 「え、えぇ……」  こうして貸し切り風呂の予約時間の間はのんびりお湯につかるだけにした。  その夜の話は、2人だけの秘密、ということで。
8月24日 ・処女はお姉さまの恋してる2人のエルダーSSS”境界線” 「最近は男女の境界線が無くなってきているそうですね」  夜のお茶の席、ついていたテレビから流れるエンターテイメント番組。  そこから聞こえる一言は、私はぎくりとする。 「境界線、ね」  香織理さんは笑いながら私の方に視線を送る。 「確かに男女の境界線はなくなりつつあるのかもしれないわね」 「ちょっと、香織理さん?」  薫子さんが反論の声をあげる。  というか、そこでムキになる方がまずいんですよ? 「あら、別に私は薫子の事を言った訳じゃないのだけどもね……薫子は自覚があるのかしら?」 「え?」 「さすがは騎士の君、自分が男の境界線に近づいてる自覚があるのね、お母さんは嬉しいわ」 「ちょ、どーしてそうなるのよ、もう!」  拗ねる薫子さんの姿はどこからどう見ても可愛い女の子だと思う。 「大丈夫ですよ、薫子さんは可愛い女の子ですから、ふふっ」 「千早までからかわないでよ」  いつものやりとり、これでこの話題も終わるだろう。  しかし、テレビからの何気ない一言からも危険な状態になることも今後は注意しておこう。 「でも、男女の境界線といえばお姉さまもそうかもしれないですね」 「陽向、それはどういう意味かしら?」 「いえ、お姉さまが夜にお召しになってるものを見ればそう思うのですよ」  香織理さんが夜に着る服って確か…… 「あぁ、あのシャツの事かしら?」 「はい、テレビのレポーターが言われてたとおりです」  小学生のランドセル、男の子が黒で女の子が赤というのがなくなりつつあるし  男物の服を女性が着る事もあると、確かにさっきの番組のレポーターは言ってた。 「私の場合は仕方が無かったのよ」 「仕方が、無い?」  私の返事に、香織理さんは手に持ってたカップで唇を潤すように紅茶を飲んでから  話を続けた。 「だって、普通の女性用のシャツではね、胸の所のボタンが止められるものがなかったのよ」 「「なっ!?」」  その言葉に陽向ちゃんと薫子さん2人とも声をあげる。 「……お茶のおかわりをいれますね」 「千早さま、お手伝い致します」  なんだかいたたまれなくなった私は史とキッチンへと待避することにした。 「ありがとう、千早」  おかわりの紅茶を皆のカップに注ぐ。  テレビは番組が終わったらしく、ドラマが流れていた。 「ふぅ」 「ふふっ、でも千早も境界線なんて関係ないのではなくて?」 「……香織理さん、それはどういう意味で、ですか?」  薫子さんみたいに悲鳴を上げることはなく、冷静に切り返す。 「そうね、千早の場合はいくら男物の洋服を着ても、どうやったって男装の麗人にしか  ならないって事ね、だから境界線なんて遙か彼方にあるから関係ないっていう話よ」  それって私が元の格好に戻っても女っぽいって意味ですよね、香織理さん。 「……ありがとうございます」  妃宮千早としては、こう答えるしか無かった……僕は本当に男に戻れる日がくるのだろうか?  気が落ち込んでいくのがわかる。 「千早……」  薫子さんの心配そうな声。 「あら、薫子は千早の心配なんて出来るのかしら?」 「どういうこと?」 「それはね、薫子はちゃんと女装しないと女に見られないかもしれないって言う話よ」 「え? 女装? ってあたしは最初から女だってばっ!」 「もしかすると薫子の境界線、遙か彼方にあるのかもしれないわね。それも千早と真逆の、ね」 「真逆って……」  その意味することを考えてしまいそうになり……  それは考えてはいけない思考と悟り、考えるのを止める。 「つまり、千早さまは境界線の女性の奥深くにいらっしゃり、薫子さまは男性側にいらっしゃると  香織理お姉さまは仰るのですね」 「史……」 「史ちゃぁん……」  今まで黙ってた史のその一言は私と薫子さんの心に深く刺さった。 「さすがは騎士の君と白銀の姫君の妹ね、ちゃんとお姉さまの事を見ているわ」 「ありがとうございます、香織理お姉さま」  私にとって、妃宮千早としてはこれで良いはず、なのに……  ままならない、そう思う夜だった。
8月9日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory 約束の証〜望月真帆〜 「台風か……」  直撃コースではないけど、汐見学園がある鳴海市にも影響が出始めていた。  強い風と、雨も降ってきている。 「……ふぅ」  手の中にある小さな小箱、用意までしたけど未だに渡すべきかどうか悩んでいる。 「これって結構重いものだしな」  真帆が留学の為アメリカに行ったのはまだほんの数ヶ月前。  メールや電話でのやりとりはしているが、あれからまだ一度も会っていない。  会いに行こうかと何度も思ったけど、学生の財力ではそうそうアメリカを往復することが  出来ない。  俺が言うのも何だけど、真帆は美人で気立てが良いし、リーダーシップもある。  そんな真帆がアメリカの学校に行ってもてないわけが無い。 「京太郎、心配かしら?」 「俺は真帆を信じてるけど、それでも男が寄ってくるのはやっぱり嫌だな」 「くすっ、大丈夫よ。私は、私には京太郎だけだから」  そんな電話のやりとりをした後落ち込んだりもした。  俺はこんなにも独占欲が強く嫉妬深かったんだな、と。  そのときふと気がついた、男が寄りつかなくする方法。  良いアイデアと思い、その準備をしたまでは良かったのだが、その買い物のあと冷静に  考えてしまう。 「……枷を渡してしまうのではないだろうか?」  もうすぐ真帆は帰国する、アメリカの学校は夏休みが長く、その間に一度帰国する話を  真帆から聞いていた、その日はもうすぐ。 「……」  どうするか……そう考えてたときにインターホンがなった。 「え!?」  そこには真帆が立っていた。 「京太郎……来ちゃった」  少し頬を赤く染めて、上目遣いでそう言う真帆。 「真帆……」 「京太郎、会いたかった」 「俺も、真帆に会いたかった……おかえり、真帆」 「ただいま、京太郎」  真帆を抱きしめる。 「真帆!?」 「ん……」  抱きしめた真帆の身体は異様に熱く、濡れていた。 「雨で濡れたのか? 傘は?」 「どこかに飛ばされちゃったみたい」 「……とりあえず中に入ろう」  大きなキャリーケースを玄関の中に入れてから俺は真帆を部屋の中へと連れて行く。 「真帆?」 「大丈夫……」  そう言いながらも、真帆の身体はふらついている。今にも倒れそうだ。 「とりあえず濡れた服は脱がないと」 「……京太郎のえっち」 「今は本気だからな、真帆」 「うん、ごめんね、京太郎……」 「真帆?」  真帆は俺に寄りかかるように倒れてきた。  ・  ・  ・ 「ん……」 「真帆、調子はどう?」 「調子? ……頭が重い」 「痛みは?」 「それは大丈夫だと思う」 「そうか、峠は越したかな」 「峠?」  真帆はまだぼーっとした感じだった。 「覚えてないかもしれないけどさ、真帆は倒れたんだよ」 「……え? うそっ!?」  慌ててベットから起き上がる真帆、その動作に真帆にかかっていたシーツが落ちる。 「え、きゃっ!」  慌ててシーツを身体に巻く真帆。 「見た?」 「……見ました」 「京太郎のえっち」 「……」  だって、真帆のおっぱいだもの、みたいに決まってるじゃない。とは、いえなかった。 「そう、迷惑をかけちゃったわね」  落ち着いた真帆は俺の説明を聞いた後謝罪してきた。 「かまわないさ、感動の再会にはならなかったけどな」 「もぅ、京太郎ったら……」 「それよりもさ、帰国はもう少し先じゃなかった?」 「えぇ、そうだけど早く帰れる目処がついたからチケットを変更したのよ。急だったから  連絡出来なかったのだけど、まさか台風の影響を受けるとは思っていなかったわ」  こっちに戻ってこれたのは良かったが、風の影響で着陸が遅れ、風雨の影響で交通機関が  麻痺して、実家には帰れなかったそうだ。 「なんとか汐見まで戻ってきたときにはこの暴風雨でしょ? 買った傘はすぐに壊れちゃったわ」 「そっか、でも良かったよ」 「良かった?」 「あぁ、途中で倒れなくってさ」 「あ……そうね、京太郎には迷惑だけじゃなく心配までさせてしまったわね」 「そうだな」 「京太郎……」 「罰として、今度は帰国前にはちゃんと連絡することを約束する事、わかった?」 「今回だって連絡しないつもりじゃなかったのよ? 急な変更で連絡出来なかっただけで……」 「真帆?」 「……わかりました」 「よろしい」  事情はともあれ、真帆は無事だったのだ。それに越したことは無い。 「真帆、もう少し寝ておこう」 「うん、そうさせてもらうわ」  真帆はそのままベットに横になる。 「あら? この小箱は……」 「あ!」  俺は慌てて小箱を手に取り隠す。 「ねぇ、京太郎。私ね、今みたいな小箱に心当たりあるの」 「……」 「実はね、私は無理して早く帰ってきたかったのはね、誕生日に間に合わせたかったの。  京太郎と恋人になった最初の誕生日を一緒に過ごしたかったから……」 「……いいのか?」 「私じゃ駄目?」 「重いだろう?」 「私一人じゃ持てないけど、京太郎と一緒なら大丈夫」 「……ここまでお膳立てされるなんて情けない彼氏だよな」 「そんなことは無いわ、だってちゃんと考えてくれてるのがわかるもの」 「……いつまでたっても真帆には敵わないな」 「そう? 私は京太郎に敵わないわよ?」 「なら……」  俺は小箱のふたを開ける。そこには銀のリングが入っている。 「俺はこの指輪に約束する、絶対に真帆に追いついてアメリカに行く。そして一緒に……」 「私もこの指輪に約束するわ、ずっと京太郎だけを待っている、そして一緒に……」 「……真帆」 「……京太郎」
8月3日 ・夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle sideshortstory「瑠璃色の地球」 「なんだか不思議な気分」 「そうだな」 「まだ夜の時間なのに夜明け前みたい」  麻衣が見上げる夜空は、まるで白夜のように明るい。  そして地平に沈もうとしているのは月ではなく、蒼い地球だ。 「これが、月人の見ている空なんだね」  今年の麻衣の誕生日の前にフィーナから連絡が来た。  それはフィーナからの誕生日のプレゼントで、月への1泊の旅行だった。 「いいのかな?」 「良いも悪いも、チケットまで入ってるから断れないだろう」  フィーナの留学から時は過ぎて、スフィア王国と地球連邦は友好関係を築き、今では  パスポートさえ取得すれば一般の人も月への旅行も出来る時代となった。  ただ、月と地球を結ぶ往還船の数や、その往還船の輸送人員。  月での宿泊施設の受け入れ体制などの問題もあり、同時に多数の人が月に観光に行く事は  難しいし、費用も高価な事もあり、月への旅行券はプラチナチケットとなっている。 「フィーナ様のお誘いなのですから、行ってくれば良いと思うわ」 「姉さん」 「月を学ぶ者としては、一度月へ行く事も大事な勉強よ」 「でもお姉ちゃんの分のチケットが……」 「私は仕事があって行けない事は伝えてあるもの」 「え?」 「ふふっ、フィーナ様から事前に連絡を受けていたのよ、この日は大丈夫かって」 「お姉ちゃん黙ってたの?」 「えぇ、フィーナ様のお願いでしたからね」 「……」  フィーナは相変わらずなんだなぁ、と思った。 「せっかくだし行こうか、麻衣」 「そうだね、フィーナさんの好意を無駄にしちゃいけないもんね」  こうして麻衣と2人で月に行く事になった。  土曜の昼の往還船で地球を出発して、夜に月に着く。  1泊して月観光をしたら日曜の昼の便で地球に帰る、強行スケジュールだけど、月曜が  休みでは無いのでこのスケジュールでしか月を往復出来ない。 「フィーナさんもいつもこの光景を見てるのかな」 「そうだろうな」  大気圏を離脱した後、窓の外が見えるようになったとき、思わず声をあげてしまった。  宇宙に浮かぶ往還船、飛び立った地球が見えた。 「いらっしゃいませ、達哉さん、麻衣さん。お久しぶりです」 「ミアちゃん! 元気だった!」 「はい!」  港にはミアが迎えに来てくれていた。 「それではこちらへどうぞ」  月に入る為の手続きを行い、いろんなゲートを通った後に降り立った月の大地。 「……ん」 「麻衣?」 「なんだか建物に入ったみたい」 「そうですね、月のドーム内は密閉されていますからそう感じられるかもしれません」 「そっかぁ、知識として知ってたけど現実に体験してみると結構違うものなんだね」  麻衣とミアの会話を聞きながら、俺も現実に体験してみて新たに感じる事もあるんだと  実感していた。 「今日はもう遅いので、ホテルへご案内しますね」 「ねぇ、ミアちゃん。フィーナさ……様にはお会いできるの?」  街中だからか、麻衣はフィーナの後に様をつけて言い直す。 「今夜は無理ですが、明日の朝ならたぶんお会い出来ると思います」 「よかったぁ、ちゃんと会ってお礼言いたかったから、お願いしますね」 「はい」 「それではまた明日の朝の時間にお伺いしますね、長旅お疲れ様でした」 「あ、あぁ……」 「あ、ありがと、ミアちゃん」  ミアに案内されたホテルは明らかに最高級レベルのものだった。 「なんだかすごいな」 「う、うん」  部屋の作りは地球と同じ、広いリビングに豪華な机にソファ。  隣のベットルームは大きなベットが二つ置かれていた。  バスルームもあるが、そこはシャワーのみ。これは月では常識な事を2人とも知ってるので  特に驚かない。  一番の驚きは…… 「天井に窓があるね……というか、天井すべてが窓だね」  ここはホテルの最上階、ベットルームの天井はすべてが窓になっていた。 「なぁ、ここって最上級の部屋じゃないか?」 「うん、私もそう思う……前に調べたことあるけど、ここって一泊するだけで……」  麻衣の口から出た値段は、想像以上の額だった。 「まぁ、縮こまってもしょうが無いさ、せっかくの機会なのだから楽しまないとな」 「そうだね、せっかくのフィーナさんからのプレゼントなんだからね」 「あぁ」  ルームサービスで運ばれてきた夕食を2人で食べて、俺はベットに寝転ぶ。 「不思議だな、さっきから全然暗くならない」 「当たり前だよ、お兄ちゃん」  麻衣は隣のベットに同じように寝転ぶ。 「月はこれから昼の周期にはいるんだから」 「そっか、この時期はいつまでたっても、夜明け前、なんだな」  天窓から見える夜空、だけど片方の地平は明るく、片方の地平には地球が沈もうとしている  不思議な景色を、俺はずっと眺めていた。 「麻衣」 「なに、お兄ちゃん」 「誕生日おめでとう」 「ありがとう、お兄ちゃん」 「今年のプレゼントはフィーナに全部持っていかれちゃったけどな」 「あはは、だね」  月旅行のプレゼントに適うプレゼントなんて簡単には用意できないだろう。  「でもね、私にとって最高のプレゼントは、お兄ちゃんとの時間だよ」 「麻衣」 「フィーナさんのプレゼントも嬉しいけど、こうしてお兄ちゃんと一緒に居ることが一番  嬉しいから」 「そうか……ありがとうな、麻衣」 「ううん、私こそありがとう、お兄ちゃん。こんな妹といつも一緒に居てくれて」 「妹、だけじゃないさ。俺の大事な女性、でもあるからな」 「お兄ちゃん……」 「麻衣」  俺は麻衣に手を差し出す。 「うん……達哉さん」  ・  ・  ・ 「なんだか不思議な気分」 「そうだな」 「まだ夜の時間なのに夜明け前みたい」  麻衣が見上げる夜空は、まるで白夜のように明るい。  そして地平に沈もうとしているのは月ではなく、蒼い地球だ。 「これが、月人の見ている空なんだね」  麻衣はただ、夜明け前の空を見上げる。  俺は、そんな麻衣を見ていた。  一糸まとわぬ姿の麻衣、月明かりではなく、地球明かりに照らされた麻衣の身体は  神秘的に輝いていて、とても綺麗だった。 「お兄ちゃん……そんなに見られると恥ずかしいよ」 「いいじゃないか、綺麗なんだし」 「でも、恥ずかしいものは恥ずかしいよ、お兄ちゃんのえっち」 「あぁ、俺はエッチだからな、麻衣」 「え、きゃんっ」  俺は麻衣を抱きしめる、そして寝転がったまま、空を見上げる。 「まだ朝の時間には少しあるから、寝ようか」 「このまま?」 「あぁ、このまま」 「……うん」  麻衣は俺の胸に顔を寄せる。 「……お兄ちゃんの音がする」 「そっか」 「うん……お兄ちゃん、お休みなさい」 「あぁ、お休み、麻衣」
7月26日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”プール日和”  全国的に猛暑が続く夏。  夏休みに入った修智館学院では授業で使うプールを水泳部が使わない時間、  生徒に開放することになっている。  寮に残ってる生徒だけではなく、自宅から通う前期課程の生徒も利用できる。  普段は教師による監視の元行われてるプール開放だが。 「はい、そこ! その飛び込みは危険だから次はしない、わかった?」    修智館学院生徒会会長である瑛里華と、副会長である俺が今日の監視係だった。 「ふぅ」 「その、ごめんな」 「なんで孝平が謝るのよ」 「だってさ、今日のために頑張ったのにさ」  夏休みに入って授業が休みに入り、その分遅れてた生徒会業務を進める事ができた。  そしてやっと余裕をもって休みに出来るはずの、週末だった。  二人っきりで久しぶりにデートをしよう、そういう話になっていたのだが、その前日に  先生からこの仕事を頼まれてしまったのだ。 「生徒がより良い学院生活を送る為だもの、それにこの仕事を受けたのは私よ?  謝るなら私の方よ」 「……そうだけどさ、やっぱり瑛里華に申し訳ないと思って」 「くすっ、孝平は真面目なんだから」   「デートが1日だけ伸びただけじゃないの」 「……あ」  言われてみてはっとなる。  生徒会の業務は先倒しで勧めてある、だから今日1日つぶれても明日遊べなくなる  訳では無い。 「なに? もしかして明日じゃ駄目って勝手に思ってたの?」 「……」  俺は恥ずかしくなって、目をそらした。 「孝平ったら本当に真面目ね、ふふっ」 「……悪かったな」 「でもそういう所、好きよ」 「え?」 「ほ、ほら。ちゃんと監視の仕事しないと駄目よ?」  瑛里華はごまかすようにプールサイドを歩いて行った。 「ふぅ、終わったな」  プールサイドのテントの中で休みながらの、プール全体の監視業務。  ペットボトルで水分を補給しながらとはいえ、やはり外にずっと居るのは結構きつい。  目の前のプールになんど飛び込みたいと思ったが、監視業務の間は遊ぶわけには  いかなかった。そんな業務も終わり、あとはプールを閉めるだけとなった。 「瑛里華は女子更衣室を頼む」 「うん、了解っと。あ、孝平?」 「なに?」 「ちょっと話したいことあるから、更衣室の点検終わったらすぐにプールサイドに  戻ってきてもらっていい?」 「あ、あぁ」  話ってなんだろうか?  気になるけど、まずは男子更衣室内を点検することにした。 「瑛里華、おまたせ」    瑛里華はプールサイドに座って水に足をつけてまっていた。 「それじゃぁ孝平、少し遊びましょう」 「遊ぶって……プールを閉めないと行けない時間だろう?」  瑛里華の横に座って同じように水に足をつける。 「大丈夫よ、許可は取ってあるわ」  瑛里華の話だとプール監視の業務の後少しの間、貸し切りで遊んでいいと言う許可を  先生からもらっていたようだ。 「ふふっ、堂々とプール貸し切りよ」 「なるほど、納得」  せっかくのデートが1日延びたのに瑛里華の機嫌が悪くなかったのは、この時間がある  事を知っていたからだろう。 「隠してたなんてずるいな」 「ごめんね、でもサプライズは隠しておいた方が何倍も驚くでしょう?」 「そうだ……なっ!」 「きゃっ!」  俺は手で水をすくって瑛里華にかける。 「やったなぁ、えいっ!」  ただ水を掛け合ったり、泳いで競争したりと、短い時間だけど楽しく遊んだ。 「そろそろ時間ね」 「そうか、もうちょっと遊びたかったんだけどな」 「そうね、でも約束の時間は少しだから、今日は上がりましょう」    こうして貸し切りプールでのミニデートは終わりを告げた。 「ねぇ、孝平。明日は1日中デートしようね」 「明日からでいいのか?」 「……孝平のえっち」 「ちょっとまて、どういう意味で俺がエッチになるんだよ?」 「え、だって今夜から一緒に居たいっていうお誘いじゃ……ない、の?」   「……間違ってない」 「ふふっ、やっぱり孝平のえっち」 「瑛里華はどうなんだよ?」 「わたしも……えっちかな? だって孝平にそうさせられちゃったんだもん」 「そ、そっか」 「うん」 「……」 「……」    俺たちは無言のまま、手をつないで……。  二人で同じ更衣室に着替えに入った。
7月24日 ・夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle SSS”停電”  リビングでコーヒーを飲みながらなんとなくテレビを見てたら、電話がなった。 「あ、達哉くん?」 「姉さん、どうしたの?」 「うん、なんだか雨が酷くなるみたいだから今日は博物館に泊まろうかと思って連絡したの」 「え、雨?」  俺は窓の向こうの庭を見る、けど雨はまだ降ってない。 「え? まだ降ってないの?」 「うん、そっちは降ってるの?」 「えぇ、酷い雨よ」  そのとき外からゴロゴロという音が聞こえた。 「今雷も鳴ったわ」 「それはこっちでも聞こえたよ」 「仕事もちょっと溜まってたし、家のことはよろしくね、達哉くん」 「姉さんも気をつけてね」 「ありがとう、それじゃおやすみなさい」  受話器を置いたと同時くらいに、雨が降り出した。 「こっちも降ってきたか」  窓から夜空を見上げる。 「あ」  ピカっと光ったと思ったらすぐに大きな音がした。 「近いところに落ちたかな」  つけっぱなしのテレビでは大雨洪水警報が発令されたことがテロップで流れていた。 「一応家の中に入れておくか」  犬小屋はあるけど酷い雨だと大変なので、俺はイタリアンズを玄関に避難させることにした。 「ふぅ」  イタリアンズを非難させた直後から雨が酷くなってきた。 「すごいな、最近多いゲリラ豪雨ってやつかな」  窓の外は視界が遮られるくらいの雨になっていた。  姉さん、無理に帰ってこなくて正解だったなと思う。  そのとき夜空がまぶしく輝いた、それと同時にものすごい大きな音が響いた。 「っ」  その光が消えたとき、俺は暗闇の中にいた。  一瞬慌てたが、それが電気が消えたからだと言うことにすぐに気づく。 「停電か?」  時折光る雷のおかげでずっと真っ暗というわけではないが、やはりこれでは落ち着かない。 「懐中電灯はどこだったかな……いや、それよりも麻衣は?」  どうしてる、と思った時暗闇の影から物音が聞こえた。 「お兄……ちゃん?」 「麻衣か? 今懐中電灯探してくるからおとなしく待ってて……」 「きゃっ!」  麻衣の悲鳴と、雷の光と、音が同時に聞こえた。  そして次の瞬間、俺はそのままソファに倒れ込んでいた。 「麻衣?」  倒れ込んだのは麻衣が抱きついてきたからだった。 「麻衣」  麻衣の身体が震えてるのがわかる。 「大丈夫だよ、麻衣」  俺はそのまま麻衣を抱き留めて…… 「え?」  違和感に気づいた。  俺の胸の中で顔を埋める麻衣、その下のあたりの柔らかい身体の感触。  抱き留めようとして背中に回した俺の手は、かすかに濡れた麻衣の背中に直接触れている。  よく見ると髪を下ろしている。  そういえば、俺がテレビを見ているとき麻衣は風呂に入るって言ってたっけ。 「……」 「……」  無言の時間が続くが、それは唐突に終わりを告げる。 「あ」  急に部屋の電気がついた、停電が復旧したようだ。 「あ、あの、お兄ちゃん?」  胸元から顔を上げて俺を見上げてくる麻衣。 「なに?」 「そ、その……ありがとう」 「どういたしまして」 「……」 「……」  そして会話が途切れる。 「とりあえず俺は目をつむってればいいか? というか聞くまでも無いな」  俺はすぐに目を閉じる。 「う、うん……」  麻衣がそっと俺から離れてくのがわかる。 「あ」 「麻衣、どうした?」 「ごめん、なさい。お兄ちゃんのシャツ濡れちゃってる」 「気にすることないさ、俺も後で風呂に入るつもりだったから」 「それに……」 「麻衣?」 「その、ね」  目を閉じてるので麻衣の表情は解らない。 「ねぇ、お兄ちゃん」  でも、俺を呼ぶ声に甘さが混じってるのは解った。 「また、停電になると怖いから……一緒に、入らない?」 「……」 「お兄ちゃんの、その……ね」  麻衣が言わんとすることは解っていた。  停電の時は麻衣を守る一心で大丈夫だったが、明るくなったことで安心した俺は  改めて裸の麻衣を抱き留めている事実に……そういうことだ。 「懐中電灯はまだ探してないぞ?」 「お兄ちゃんが居てくれれば……安心できるから」 「そうか」  俺は閉じていた目を開く。    バスタオルを巻いてもいない、前を隠すようにしているだけの麻衣。 「……また停電すると大変だもんな」 「……うん」 「麻衣の身体が冷えちゃうのも困るしな」 「……うん」  その後の言葉はいらなかった。
7月22日 ・sincerely yours your diary short story「暑中見舞い」 「リリア、届いたわよ」 「すぐいくー」  階下からのお母さんの声にわたしはすぐに部屋を飛び出した。 「リリア、いくら家の中だからってその姿はお母さん……可愛いから許しちゃうわ」 「今更許す許さないって言われてもね〜、それよりも」 「はい、これよ」  お母さんが渡してくれたのは1枚のはがき。 「ありがと」  わたしはそれを受け取ると部屋へと戻った。 「ふふ」    今届いたはがきは、暑中見舞い。  わたしが生まれた時代でも紙媒体の郵便事業は存在していたけど、それはほとんど  娯楽のレベルでしか使われていない。  電子データの送受信は今わたしが生きてる時代でさえ、簡単に大量のデータを送ることが出来る。  だから”郵便”という仕組みでの、紙媒体での送受信はセキュリティの面もあり、あまり使う  機会が無い。 「だからこそ、なんだよね」  わたしは過去を思い出す。  この時代に来てお母さんとお父さんと3人で暮らすことになって最初の夏。  わたしに郵便が、初めて届いた。  それが暑中見舞いのはがきだった。 「わたし、この時代で郵便をくれる知り合いなんていなかったよね……」  そう不思議に思いつつ、差出人を見る。 「え? お父さんから?」  それは間違いなくお父さんがわたしに宛てて出した暑中見舞いだった。 「暑中見舞い申し上げます……」  文面はオーソドックスな、まさに暑中見舞いだった。 「お父さん、どうしてわたしに出したんだろう?」  同じ家に住んでるし、夜には帰ってくるお父さんがわざわざハガキという媒体で夏のお見舞いの  挨拶を出す理由。 「……」  解らない、だからこそ考えて、答えを出したい。  わたしは夜まで考えて、答えを導くことは出来なかった。  そして夜の食事の席で聞くことにした。 「お父さん、今日お父さんから暑中見舞い届いたよ、ありがとう」 「そうか、無事届いたか」 「ねぇ、お父さん。聞いても良い? どうして一緒に住んでる家族にハガキで挨拶を送るの?」 「どうして、か……どうしてなんだろうな」 「お父さん?」 「そうだね、一緒に住んでるからこそ、かな」 「リリア、あなたも科学者ならここから先はちゃんと自分で考えなさい」 「お母さんは、解るの?」 「なんとなくね、でもそれが当たっているかどうかは解らないけどね」 「むぅ」  その日の夜、一晩考えたけど答えは出てこなかった。 「そうね……なら、リリアもお父さんにハガキで暑中見舞いを出してみればどうかしら?」 「わたしが?」 「えぇ」  答えの出ないわたしに、お母さんはお父さんと同じ立場に立ってみることを勧めてくれた。 「……試してみようかな」  わたしはハガキを1枚買ってきて、早速宛先を書く。  昔も今も変わらない、満弦ヶ崎市の家の住所、でも宛先はお父さんの名前。  差出人の所にわたしのサインを入れてから、裏返す。 「……あれ?」  簡単な文章のはずなのに、書けなかった。 「えっと……」  手元の携帯コンソールを起動し、暑中見舞いに関して調べる。  お父さんからもらったハガキも参考にする、なのに文章が思い浮かばない。  どうしてだろう? 書き慣れてないから? 「……よし」  真似じゃないけど、出だしは”暑中お見舞い申し上げます”でいいかな。  そうしてがんばって書いた暑中見舞いの文面は、お父さんと似たような感じになった、けど。 「なんか違う気がするな」  それでも書けたので、表のポストに出すことにした。 「リリア、暑中見舞いの返事、ありがとう」  数日後の食事の時、お父さんはわたしにお礼を言った。 「あ……」  そのとき、なんとなく解った気がした。  それが正解かどうか解らない、けどそれを聞く気はしなかった。  正解を聞くのは無粋な気がしたからだ。 「リリア、解った?」 「なんとなく、かな……正解かどうかは解らないけど、それで良いと思う」 「そうね」  そのときのお母さんはものすごく優しい笑顔だった。  お父さんは年賀状と暑中見舞いは必ずわたしとお母さんに出してくれる。  今はわたしもお母さんも、返事をお父さんに出している。  普段、素直にいえない感謝の気持ちを込めて。   「あのときのお父さんも……わたしも不器用だったんだよね」  あのときからあまり変わらない、基本的な事しか書かれてない暑中見舞い。  でも、そこに込められている気持ちは、ちゃんと感じられる。 「今年も猛暑になりそうです、身体には気をつけて、か」  いつもお母さんとわたしのことを気にかけてくれるお父さん、だから。 「お父さんこそ気をつけてよね」
7月12日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”言の葉” 「こうするのも、もうお約束ね」 「そうだな」  山の中腹にある我が家、その奥にある秘湯。  いつものように、桐葉とともに湯につかりながら、杯を仰ぐ。 「……月が近いな」  杯に注がれてる酒に浮かぶ月が、近く感じられる。  今年もあたしの誕生日に珠津島へと帰ってきた。  去年の誕生日の時、孫の伽耶と約束をしたからだ。 「らいねんもおいわいするからぜったいかえってきてね、おばあちゃん」、と。  そして今年の誕生日もこうして娘の瑛里華と支倉、そして孫の伽耶に祝われるために  帰ってきたのだ。 「この前会ったときより成長しておったな」 「そうね、あの年代の子の成長は早いものね、すぐに伽耶も追い抜かれるわね」 「……桐葉、おぬしはどこを見ながら言っているのだ?」 「あら、言ってもいいのかしら?」  そう言って桐葉は腕を組む、その腕の中で桐葉の物がゆがむ。 「……もう良い、せっかくの酒が不味くなる」 「あら、ごめんなさいね」 「……」  あたしは杯の酒を飲み干す、それを見た桐葉はすぐに注いでくれる。 「ふぅ」  ふと見ると、桐葉は自分の杯に自分で酒を注いでいるのが見えた。 「桐葉よ、たまにはあたしの酒を飲まぬか?」 「伽耶の酒? 出るの?」 「おい、どこを見て言ってるのだ?」 「ふふっ、冗談よ。でも、せっかくだから頂こうかしら」  そう言うと桐葉は杯の酒を飲み干す。  あたしは徳利をもち、桐葉の杯に酒を注ぐ。 「頂くわ」 「あぁ」  桐葉は酒を口に運ぶ。 「……薄いわね」 「そうか」  眷属の最大の弱点、それは味覚の鈍化である。  桐葉は一定レベルまでの味覚を感じることが出来ない。  だからあたしにつきあう時に飲む酒は、超辛口か、超甘口の物を飲む。  もちろんあたしも桐葉の酒は飲むことは出来るが、美味いかどうかは別だし、あたしにも  好みがある。だから、飲む酒はいつも別々だった。 「でも」 「ん?」 「良い香りね、さすがは伽耶のお気に入りね」  そう言って桐葉は酒の香りを楽しんでいた。 「薄いけど、美味しいわ」 「そう……か」 「えぇ、何より伽耶が注いでくれた酒ですもの、美味しくない訳が無いわ」 「……」 「あら、伽耶。顔が赤いわよ?」 「こ、これは」 「もう湯あたりしたのね、そういう所は子供よね」  言おうとした言い訳を先回りして言われてしまった。 「ったく、おぬしの性格は相変わらずだな」 「えぇ、だって伽耶の友達ですから」 「……そう、か」 「えぇ」  空を見上げると、綺麗な満月が浮かんでいた。  年に一回のこの日を、いつまで続けられるかはわからない、けど。  いられる間は居てやるとするか 「おばあちゃん!」 「伽耶!?」 「母様、お邪魔するわね」 「瑛里華もか、こんな遅い時間に伽耶を連れてきて」 「伽耶が目を覚ましてね、お祖母ちゃんはどこっていうからたぶんお風呂っていったのよ。  そうしたら一緒に入るって」 「そうかそうか、なら一緒に入ろうか、伽耶」 「うん♪」 「……伽耶ちゃんが伽耶を追い抜くのは本当に時間の問題ね」 「紅瀬さん?」 「なんでもないわ、ねぇ伽耶」 「桐葉、後で覚えておくがよいぞ」 「おばあちゃん、どうしたの?」 「なんでもないぞ、伽耶」 「ふふっ」
7月8日 ・sincerely yours your diary short story「ロマンティックが止まらない」 「あーあ、結局雨やまなかったね」  七夕の日、今年は残念ながら朝から雨が降っていた。  雨は小降りになることはあったけど、完全にあがることはなく、夜になった今でも  空は厚い雲に覆われていた。 「彦星さんと織姫さん、今年は会えないのかな?」 「そうでも無いんじゃないか?」  わたしの分のお茶をもってきてくれたお父さん。 「ありがと」 「雨が降ってるのはこの地域だけだろうしな、地球のどこかから見れば雨が降っていない  場所もあるだろう、というのは現実的過ぎるかな」  そう言って苦笑いするお父さん。 「七夕の日の雨は一般的に催涙雨、って言われるんだよ」 「それ聞いたことある。会えない二人の悲しい涙なんだよね?」 「あぁ、それが一般的だな」 「他にも意味があるの?」 「洗車雨と言われることもある」 「せんしゃ?」 「そう、彦星の仕事は知ってるかい?」 「えっと、牛飼いだよね?」 「その通り、その彦星が年に一度、奥さんの織姫に会いに行くときの乗る牛車を綺麗にする、  そのときに使う水が降ってくるのが、洗車雨っていうんだ」 「へぇ……って、奥さん?」  織姫って彦星の恋人じゃなくって? 「意外に勘違いされてるけど、彦星と織姫は夫婦だよ」  お父さんは七夕の話を簡単に説明してくれた。  神々の服を織る、機織りの織姫。  天の牛を飼う、牛飼いの彦星。  二人は織姫の父の紹介で知り合い、そして結婚するけど、あまりに仲が良すぎて本来の  仕事をしなくなってしまった。  織姫の父は怒って、天の川の東と西で別れて暮らすよういいつける。けど、悲しみに暮れる  織姫を見て、年に一度だけ、彦星と会っても良いという事にしたそうだ。 「考えてみると酷い話ね」 「あ、お母さん」  洗い物が終わったお母さんもリビングにやってきた。 「いくらお父さんの前でいちゃいちゃしてたからって娘の仲を裂くなんて酷いわよね」 「……シンシア、曲解しすぎじゃないか?」 「お父さん、お母さんの場合は曲解じゃなくて極解の方よ」 「なにそれ、リリアひどいっ!」 「……納得した俺も酷いのだろうか」 「ううん、お父さんの方が正常だと思う」 「そっか、ありがとな、リリア」 「うぅ……旦那様と娘がいぢめる」 「でもさ、達哉。洗車雨だとすると、雨が降るのは解るけど雲はどうするの?」  いきなり立ち直ったお母さんが妙な質問をしてきた。  確かに、洗車雨の説明どころか、催涙雨でも雨が降る理由にはなるけど、雲が出て天の川を  隠してしまう理由が無い。 「どう、って言われてもな」  頬をかくお父さん、困ってるときの仕草だ。 「その答え、知りたい?」 「……わたしは別にいいや」 「そんなっ! リリアちゃん反抗期なのっ!?」 「……」  さっきのお母さんの笑顔が、ものすごく嫌な予感がする笑顔だったから断ったけど、断ったら  断ったで面倒かもしれない。 「シンシアは答えを知ってるのか?」 「うん、雲はカーテンなのよ」 「へ?」  雲はカーテンって、どういう意味? 「ねぇねぇ、リリア。年に一度しか会わない夫婦が、会ったとき何をすると思う?」 「うーん……楽しい語らい、とか?」 「リリアちゃんはまだまだ子供よね」 「どーゆー意味よ」 「夫婦なのよ? 年に一度しか会えないならいちゃいちゃするに決まってるじゃない!!」 「なんか、七夕の話が一気に現実味を帯びた気がするな」  どや顔のお母さんと苦笑いのお父さん。 「そんないちゃいちゃならまだ良いけど、その先は大人の時間よ? 見られたくないじゃない。  だから雲のカーテンで覆っちゃうの」 「……そんな説は聞いたことないけど、なんだか妙に納得しちゃいそう」 「でね、曇ってない七夕の日はね、見せつけちゃうって決めた日なの」 「……ちょっとでも納得したわたしが馬鹿みたいにかんじてきた」 「まさに、ロマンティックが止まらない!」 「……お父さん、私部屋に戻るからお母さんお願いね」」 「……了解」  まだきゃっきゃ言ってるお母さんをリビングにおいて私は部屋に戻ることにした。 「催涙雨、洗車雨か……」  七夕の雨には他にもまだ意味はある。  せっかく会えた二人が、また1年の間離ればなれになる、それを悲しんで流す「惜別の涙」。  どっちにしろ、今日は雨。  地球からは天の川も彦星も織姫も観察出来ない。 「……あれ? スフィア王国には雲も雨もないから七夕って必ず晴れ、だよね?」  だとすれば毎年必ず二人は再会出来てることになる。  その現実的な考えに、わたしも科学者なんだなぁって納得してしまう。 「でも、そうなると二人の逢瀬は月からは丸見え……って何考えてるのよ、わたしは!!」  お母さんの考えも現実的に受け入れてしまってた事に、ちょっとショックを受けた、七夕の  夜だった。
7月1日 ・大図書館の羊飼いSSS”ペチャパイ?” 「あ、筧さん」 「佳奈すけに御園、今日は部室で食べるのか?」 「はい」  昼飯を食べる場所として俺はかなりの頻度で図書部の部室を使っている。  静かだし、本に囲まれてるし、邪魔が入らない。 「って、ラジオ聞いてるのか?」  校内放送のラジオは図書部部室でも聞くことが出来る、もちろんボリュームは下げて置かないと  怖い図書委員が乗り込んでくるので注意が必要だ。 「筧先輩、もしかしてうるさいですか?」 「いや、大丈夫だ。本を読み始めれば気にならない」 「さっすが筧さんです」 「褒めても何もでないぞ?」 「……褒めてないと思う」  御園の突っ込みをスルーしつつ、俺は定位置に座って小説を取り出し、読み始めた。 「……」  いつもなら集中する読書も、芹沢さんの元気な声に集中出来ない。  悪い意味ではなく、良い意味で、だ。  他人を引き込む声と、その絶妙なトーク。  プロってすごいな、と改めて認識する。 「さて、ここでリクエストの曲をお届けします……え、この曲良いんですか?」 「あれ、何かあったのかな?」 「うん、どうしたんだろうね?」  ラジオから流れてくる声に、佳奈すけも御園も興味をひかれてるようだ。 「許可は取ってある? って、許可が必要な曲なんですか、この曲って……」 「いったい何の話だ?」 「あれ? 筧さん聞いてたんですか?」 「ラジオというより、佳奈すけ達が気にしてるのが気になった」 「筧先輩、素直じゃないんですね」 「ほっとけ」  佳奈すけたちとのやりとりの間にラジオは進行していく。 「は、はい。ではお届けしますね、Aさん(仮名)からのリクエストで・・・ペチャパイです」 「え!?」  佳奈すけの驚く声、そしてリクエストされた歌が流れ出す。  その曲の内容は……なんていうか、その……今ここで感想を言うのが憚れる。 「って、私達に喧嘩売ってるんですかっ!!」 「佳奈」 「千莉、千莉は解ってくれるよね!」 「私を含めないでね」 「がーん!」  佳奈すけが大きな声を上げて落ち込んでいく。  落ち込むだけなら良いのだが、あまりに騒がしいと…… 「うるさいぞ、図書部!」  やっぱり来た、図書委員の小太刀が。 「……姐さん」 「ちょ、どうしたのよ?」  騒いでたはずの図書部の部室に入ってみればお通夜のような雰囲気に小太刀も驚いているようだ。 「実は……」  御園が簡単に説明する。 「なーんだ、そんなことか」 「そんなことじゃないですよ!!」 「だから騒ぐなって言ってるでしょ? それよりも大丈夫」 「何が、ですか?」 「アンタがペチャパイな訳ないじゃない」 「姐さん……解ってくれるのは姐さんだけですっ!」 「うんうん、アンタはペチャパイじゃなくってまな板だから安心してね」 「……あ」 「そう……そう、だよね」  さっき以上に落ち込む佳奈すけ。 「ほ、ほら、佳奈すけ。歌でも言ってるだろう? そこで夢を育ててるって」 「筧さ〜ん」 「でもさ、夢が育っても詰まるとは限らないわよね、与えちゃってるからこそまな板なんだし」 「……鈴木、今日は部活リタイヤします、傷つきすぎてもう無理です」 「佳奈すけ、傷は浅いぞ!」 「私の屍を超えてください、筧さん」 「佳奈すけ!」 「筧さん!」 「ねぇ、この寸劇はいつまで続くの?」 「……知りません」  小太刀と御園が呆れていた。
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