思いつきSSログ保管庫
*このページに直接来られた方へ、TOPページはこちらです。

雑記掲載SS保管庫 2014年第2期 6月16日 大図書館の羊飼い sideshortstory「美味しい時間」 6月12日 sincerely yours your diary short story「家族一緒」 6月8日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「プレゼントされた時間」 5月23日 夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle sideshortstory「看板娘の帰還」 5月18日 sincerely yours your diary short story「癖」 5月2日 夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle SSS”慰安旅行” 4月23日 大図書館の羊飼い sideshortstory 約束の証〜芹沢水結〜 4月15日 FORTUNE ARTERIAL SSS”本音と建て前” 4月7日 大図書館の羊飼い-Dreaming Sheep- SSS”天保山と日和山”
6月16日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「美味しい時間」 「あ、鈴木さん。ちょっと良いですか?」  朝のシフトを終えて学園に向かおうと思った私に嬉野さんが声をかけてくる。 「あ、えと私急いでるので」  このパターンはたいてい…… 「すぐすみますよ、鈴木さんがOKしてくれればですけどね」 「やっぱり……」 「解ってるなら話が早いですね、今夜のシフトの子が急病でお休みになったんです。  鈴木さん、お願いできますか?」  いつもなら受けるこのお願いも、今日に限っては受けたくなかった。 「鈴木さん、私を助けると思ってお願いします」 「……」 「にこにこ」 「……」 「にこにこ」 「はぁ……わかりました」 「ありがとうございます、筧君には私から連絡しておきましょうか?」 「自分でします、ってなんで京太郎さんに連絡が必要なんですかっ!?」 「え、だって筧君は鈴木さんの保護者でしょう? 他に意味があるんですか?」 「……はぁ、夜のシフトで良いんですね?」 「はい、お願いします」 「と、いうことがありまして……」  昼休み、部室で京太郎さんと一緒になったときに事の顛末を説明した。 「そうか、佳奈。嬉野さん相手によく頑張ったな」  優しく頭をなでてくれる京太郎さん。 「京太郎さん〜鈴木、頑張りました〜」 「嬉野さんのあの笑顔は怖いもんな」 「はい……」  あの笑顔の裏側を知ってるだけに、怖さは倍増ではすまなかった。 「ですので、今夜の約束なんですけど」  平日で部活もある今年の私の誕生日は、夜に部屋で二人っきりの誕生会を開く事に  なっていた。 「……」 「あの、京太郎さん?」 「佳奈、今夜バイトを頑張ってこい。かわりに週末に今夜の分もまとめてデートだ」 「あ……はい、鈴木佳奈、今夜の任務を全力で頑張ってきます!!」 「ありがとうございました」  夜の仕事もピークを越えた。ラストオーダーの時間も過ぎ、あとは今居る客が帰れば  クローズの作業となる。 「ふぅ、さすがにお腹が空いちゃったな」  いつもなら仕事の合間にまかないを食べる所なのだけど、今日に限って忙しく私は  食べてる暇がなかった。 「京太郎さん、ちゃんとご飯食べてるかなぁ」  いつもならアプリオに食べに来てくれる京太郎さんも今夜は来なかった。 「さて、と。もうちょっとだし頑張ろう!」 「あ、鈴木さん」  私のがんばりに水をさすように、嬉野さんが声をかけてきた。 「鈴木さん、今日の仕事の最後にデリバリーをお願いしたいんです」 「はい?」  デリバリーって配達だよね? そんなサービスアプリオではしていないはず。 「特別な案件で、料理長の許可もありますので大丈夫です」 「は、はぁ……」 「というわけでもうちょっとでできあがるので鈴木さんはフロアの仕事はもういいですよ」 「そうですか? じゃぁ着替えて」 「何を言ってるんですか? デリバリーはアプリオの仕事ですよ?」 「え?」 「ちゃんと制服で行ってくださいね、あ、そのあと直帰していいので着替えと鞄は一緒に  持って出てくださいね」 「え、でも」 「あ、バイトの時間はデリバリー先到着までとしてますんで、しっかりお願いしますね」 「……はい」 「それではよろしくお願いします、あ、そうそう。デリバリー先は筧君のマンションの方なので  先に一度自宅に戻って荷物を置いてから届けてくださいね」  そうして気づくと制服をたたんでしまった袋と、鞄と、デリバリーの荷物を両手いっぱいに  嬉野さんに持たされた私がいた。 「ちょ、両手ふさがってデリバリー先が解らないんですけど!?」  嬉野さんはデリバリーの荷物の中に行き先のメモが入ってると言ってたけど、これじゃぁ  そのメモを確認出来ない。 「うぅ……」  一度荷物を下ろせばいいのだけど、食べ物を地面に下ろせないし、鞄の方を下ろした後  もう一度今のように持ち直せる自身が無い。 「仕方が無いな、一度部屋に戻るしかないか」  とりあえず京太郎さんの部屋に戻ってから考えよう。 「……もしかして制服のまま路電乗らないといけない?」  アプリオの制服は可愛くて良いのだけど、外ではものすごく目立つ。 「うぅ……」  急がないと嬉野さんに何言われるか解らないから、あきらめるしかない、か。 「……しまった」  マンションのエントランスまで来て気づいた。  両手がふさがってるので鍵を取り出せない事に……それ以前に鍵は制服のポケットだ。 「どうしよう?」  仕方が無い、鞄と制服の袋をここに落とせばインターフォンで京太郎さんを呼べる。  そう決意したとき、天使は現れた。 「あれ、ウエイトレスさんどうしたの?」 「え?」  後ろから入ってきた女の子が声をかけてきた。  胸がものすごく大きくてうらやましい……ん? なんか同じ感想を以前もどこかで持った気がする。 「貴女、確かこのマンションの人よね。部屋に入るなら開けてあげるわよ」 「あ、ありがとうございます」  その女の人は鍵を使ってオートロックのドアを開けてくれた。 「はい、どーぞ」 「ども、ありがとうございます」  私は両手が疲れてきていたので何も気にせずエントランスに入っていく。  エレベーターホールに着いたとき、ふと振り返ってみた。 「あ、れ?」  そこには誰も居なかった。 「うーん、何方だったのでしょう?」  気になるけど今は気にならなかった。  肩で部屋のインターホンを鳴らす。 「京太郎さん、開けてください〜」  すぐに部屋の扉が開く。 「ただいまです〜きゃっ!?」  開けてくれた扉から部屋に入ろうとした私は、パンッという乾いた音に驚いた。  京太郎さんの手元には小さな三角形の……クラッカー? 「おかえり、佳奈。お疲れ様、そして誕生日おめでとう」 「あ……ありがとうございます」 「早く部屋に入ろうか」 「あ、でも私まだ仕事が残ってるので」 「仕事はもう終わりだよ」 「え?」 「どこに届けるか、聞いてない……ように仕向けたんだろうな、嬉野さん」 「あー」  それで納得した、というか理解した。  このデリバリーは筧さんが頼んだ物なんだ。それを嬉野さんがおもしろおかしく  したのだろう。 「ほら、佳奈。早く部屋に入ろう」  部屋の机にはケーキが用意してあった。 「それじゃぁ簡単だけど佳奈の誕生会を開こうか。アプリオの料理を並べようか」 「はい……ってこれはっ!?」  私が持ってきたデリバリーの料理は、ディナータイムで出されている最高級の  お肉を使ったステーキだった。  メニューにはあるものの、あまりに高価なため注文する人がほとんどいない、  幻のメニュー。 「思ったよりすごいな、これ」 「え、えぇ……でもこれ高いですよ?」 「知ってるよ、でも嬉野さんがお勧めしてくれたものだし、一応社員割引価格で  用意してくれてるから大丈夫だ」 「嬉野さん……ありがとうございます」 「それよりも腹減ったし、一緒に食べようか」 「はいっ!」  こうしてアプリオで幻のメニューと言われたステーキと、京太郎さんが買ってきて  くれた美味しいケーキを頂いての誕生会。 「そういえば佳奈、制服姿なんだよな」 「はい……なんかこの辺も嬉野さんにお膳伊達されてる気がしないでもないんですけどね」 「そう、だな」 「せっかくのお膳伊達ですよ、ね?」 「……」 「ね、京太郎さん」  最後に私も美味しく食べられちゃいましたとさ。 「いや、それは違うだろう……なんか俺の方が一方的に搾り取られた気がするんだけど」 「えー、京太郎さんがあんなに激しくしたからじゃないですか!」
6月12日 <・sincerely yours your diary short story「家族一緒」 「誕生日おめでとう、シンシア」 「おめでとう、お母さん」 「ありがと、達哉、リリア」  今日の夕食はリリアが一人で用意してくれて、達哉は早めに帰ってきてくれた。  今日は私の誕生日、こうして家族そろって夕食の席で祝ってくれている。 「はぁ、お母さんの誕生日だから、一つ歳をとったわけだよね。今年でもうさ」 「はい、リリア。それ以上言ったらすごいことするわよ?」 「……一応聞くけど、すごいことって何?」 「それはもちろん、すごいことよ♪」 「……わかったわよ、歳のことは言わないわ」 「賢明よ、リリア♪」  私たちのやりとりを見た達哉は苦笑いを浮かべていた。 「シンシア、今日は変わったプレゼントを用意したんだ。受け取ってくれないか?」 「わたしも手伝ったんだよ」  達哉が一枚の封筒を渡してくれた。 「ありがとう、開けてもいい?」 「もちろん」  私は封を開ける。 「こ、これは!?」  入っていたのは一枚のカード、見覚えがある。 「何でもお願いを叶える券」  リリアが小さい頃、母の日にプレゼントしてくれたお願いを叶える券。  それと同じ物が1枚、封筒の中に入っていた。 「今回は俺とリリアがシンシアの願いを叶える券にしたんだよ」 「……もらっちゃっていいの?」 「もらってくれないのかい?」 「ううん、もう返せっていっても返さないからね!」  私は券を胸に抱きかかえる。  ただの一枚のカードなのに、暖かみを感じる。 「ありがとう、達哉、リリア」  私はその温かみをもっと感じたくてカードを抱きしめ…… 「ん?」  気のせいかな、カードの中に暖かみを感じない部分があるような気がする。  感覚的っていうか、科学者の直感?  私はカードを改めて見直す事にした。 「あ」  私の行動にリリアが何かを言いかけた、それが確信を私に与えた。 「ちょ、これって!?」  カードの裏に簡単な注意事項が書かれていた。  願いは常識的に叶えられる願いだけ有効、と。  それだけなら大して問題じゃない。問題は…… 「発行当日限り有効……これって詐欺じゃない?」 「そうなのか?」 「達哉?」  達哉がそのことに気づいてないということは…… 「あ、あはは……」 「リ〜リ〜ア〜?」  私の視線から逃げるように明後日の方に顔を向けるリリア。 「ふふ……ふふふふふっ」  私はおかしくなって笑い出してしまった。 「リリア、まだまだ甘いわね、気づいてしまったのならそれを最大限に利用するだけよ♪」 「シンシア?」 「ふふっ、達哉。大丈夫よ。私の叶えられるレベルの願い、それはね……」 「明日の朝まで家族一緒に過ごしましょう」 「え?」  リリアの驚く声があがる。 「解った」 「え、お父さん!?」  達哉の返事にリリアはさらに驚きの声をあげる。 「でもいいのか? それはカードを使わなくても叶う願いだぞ?」 「いいのよ、だって当日限り有効なら使わないと損しちゃうじゃない」 「……それもそうだな」 「ふふっ、それじゃぁ食事を再開しましょう」  リリアの手作りの料理に舌鼓を打ち、達哉が買ってきてくれたケーキを美味しく頂いた。  約束通り3人で後片付けをする、キッチンに3人はちょっと狭かったけどね。 「それじゃぁお楽しみのお風呂ね♪」 「あ……そういうことだったのね」 「ふふ、リリアちゃんまだまだ甘いわ」 「でも叶えられない願いならお父さんが……」 「それじゃぁ着替えを用意するか」 「え、お父さん! 本気なの!?」 「お風呂に一緒に入る願いは俺たちで叶えられる願いだし、何より今日はシンシアの誕生日  だからな、これくらいは叶えてやらないと」 「やったぁ、達哉、リリア、愛してる♪」 「……なんだかだまされた気分ね」  私たちが住むようになったとき改装したバスルーム。  バスルーム自体の広さは変えられなかったけど、中の配置は大幅に変えてある。  一番の改装は、洗い場が狭くなるのを覚悟しての、湯船の大型化だった。  家族3人で入れるくらいの湯船に3人で一緒につかってるのだけど…… 「シンシアは一緒に過ごすことが願いだったからな」 「だからって水着着用だなんて……でも、まぁ、いっか。リリアちゃんのスクール水着可愛いし」 「そ、そんなにじろじろ見ないでよ、恥ずかしい……」 「お胸がちっちゃくて恥ずかしがるリリアちゃん可愛い♪」 「胸の話はしてないっ!!」 「そう思うでしょ、達哉」 「……そういう話を俺に振らないでくれ」  達哉の顔が赤くなった。うん、リリアだけじゃなく達哉も可愛い♪ 「それじゃぁ私の部屋で寝ましょう」 「そう、なるのよね、やっぱり……」  私の言葉にリリアが項垂れる。  達哉の部屋のベットもリリアの部屋のベットも一人用サイズだけど、私の部屋のベットだけは  ダブルサイズを使っている。 「ふふ♪ それじゃぁ電気消すわね」  かちっと言う音とともに部屋が暗くなる。  ダブルベットの一番壁側にリリア、真ん中に私、そして達哉の順に並んでいる。 「なんだかあのときの夜を思い出すわね」 「……うん」 「あのときの夜か……」  私とリリアがこの時代に帰ってきた最初の夜、達哉の部屋の狭いベットで3人で眠ったあの  思い出の夜。 「そういえばあのときの朝は大変だったわよね……」  朝なかなか起きてこなかった達哉を起こしにきた麻衣とリリアが面白いやりとりをしたんだっけ。 「……ふぁ」 「シンシア」 「うん、だいじょうぶ。せっかくの機会だもの、寝ないでみんなとお話したいから……」  そう言いながら、自分自身それが無理だと言うことは理解していた。  疲れたときとかはしゃいだ後、気が抜けると私はスイッチが切れたように眠ってしまう。  たぶんもうすぐ私のスイッチが切れる、それが解っているけどどうしようも無い。 「ねぇ、達哉、リリア……ありがとう、愛してる」  眠りに落ちる前に、伝えたかった一言をなんとか伝えた。  その安心感に、私は眠りに落ちていった…… 「お母さん、寝ちゃいました?」 「あぁ、いつもと一緒だな」  シンシアははしゃいだ後や疲れた夜、気が抜けるとスイッチが切れるように眠りに落ちる。  今夜もこうなるだろうと予想してたけど、本当にその通りになった。 「リリアもありがとうな、お風呂つきあってくれて」 「っ、べ、別に水着だったんだから大丈夫です」 「そうか、それでもありがとう」 「……うん」  母親と一緒ならまだ問題無いと思うけど、父親と一緒にお風呂というのはリリアくらいの  年代になれば普通あり得ないだろう。  それをシンシアのために無理につきあってもらったのだから、いくらお礼をいっても  足りないだろう。今度、何かの埋め合わせを考えておこう。 「さて、リリアはどうする?」 「もちろん、このまま寝ます」 「そうか……リリアは優しい子だな」 「お父さん!?」 「大声を出すとシンシアが起きる……起きるのか?」 「……お母さん起きないと思う」 「そう、だな……それじゃぁリリア。お休み」 「お休みなさい、お父さん」  シンシアの願いは朝まで家族一緒、それをちゃんと叶えようとしてくれるリリアを  誇りに思いながら、俺も寝ることにした。 「お休み、シンシア」
6月8日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「プレゼントされた時間」 「孝平!」 「あ、なに?」 「手が止まってるわよ、それにやっぱり顔色悪いし……」 「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしちゃっただけだから大丈夫」 「……」  ここ数日孝平の様子が変、というか疲れてるように見える。  兄さん達が抜けた生徒会は慢性的な人手不足で、そのための生徒会執行部構想も  それを検討する時間すらとれないほど、通常業務に追われてる毎日。  疲労がたまってきてもおかしくない状態になっている。 「ねぇ、孝平。もう今日はお終いにしない?」 「あぁ、わかった。すまないけど瑛里華は先に帰っててくれ。俺はもう少し進めておく」 「孝平、早めに終わりにするのは貴方のためなのよ?」 「え?」 「孝平、顔色悪いの自分で気付いてる?」 「そうか? 俺は大丈夫だけど」 「大丈夫な人がぼーっとしてる訳?」 「たまたまだよ」 「へぇ、たまたまぼーっとしてる孝平さん? さっき私が何回孝平を呼んだか覚えてる?」 「1回だろ?」 「……3回以上呼んだわよ」 「え?」 「はぁ……これじゃぁ仕事の効率も上がらないし、たまには早く上がりましょう、これは  修智館学院生徒会の会長命令よ」 「……わかった、今夜は休ませてもらうよ」  こうして週の初めは早めに仕事を切り上げて寮に二人で帰った。  一晩だけ休んでも大差ないかもしれないけど、その一晩のお休みが大事なのも私は  知っているから、これで大丈夫!  ……のはずだったのだけど。  火曜日の放課後。 「孝平、昨日より顔色悪いわよ?」 「風邪はひいてないし熱も無いから大丈夫」 「……今日はきりが良いところで終わりにするわ、会長命令よ」 「でもそれじゃぁ業務に遅れが」 「会長命令、わかった?」 「……了解」  翌日の水曜日。 「今日は休み!、会長命令!!」 「でも」 「いいから孝平は部屋に戻って寝なさい、そんな顔してると気になって私も仕事に集中  できないの、わかった!?」 「……ごめん、俺迷惑かけてるな」 「そ、そんなことないわよ!」  弱気な孝平の顔をみて、胸に来る物があった。  いつもと違う気弱な孝平は、庇護したくなるほど可愛い…… 「じゃなくて!!」 「?」 「あ、なんでもないなんでもない、私もゆっくり休みたいから今日はお休み、わかった?」 「あぁ、ありがとう、瑛里華。今日はちゃんと休むから」  そう言って笑う孝平の顔に思わず見とれてしまった。 「瑛里華?」 「え、あ、うん、明日からがんばりましょう!」 「今日は……うん、顔色は良いわね」 「ごめん、瑛里華。迷惑かけた分は取り戻すよ」 「駄目よ、まだ本調子じゃないんでしょう? 今週は少しペース落とすから無理しないで」 「え、でも……」 「会長命令」 「……副会長の権限は?」 「会長の前であると思う?」 「……了解」  こうしてペースを落として業務を進める事にしたのだけど、やはりペースを落とすと  どうしても仕事が溜まっていく。  木曜、金曜とみんなでがんばったが追いつかない。  白は土曜は礼拝堂の方で忙しくこれないので、明日はさらにペースが落ちるし、孝平は  まだ本調子じゃないみたいだし…… 「日曜日、1日使うしかないかしらね」  せっかくの休みの日だけど、孝平を休ませたいし…… 「私ががんばれば良いだけだから、やるしかないか」  そうして訪れた土曜日の夜。 「今日はこの辺にしましょう、明日はお休みだし孝平もゆっくり休んでね」 「……」 「孝平?」 「あ、あぁ、なんとかなったなぁって思って」 「そうね」  遅れはあるものの、まだ十分取り返しがつくレベルですんでいる。  後は明日、私が一人でがんばれば少し仕事の先取りも出来るだろうし、来週は楽になれる  かもしれない。 「それじゃぁお疲れ様、私はちょっと捜し物があるから孝平、先に帰ってて」 「捜し物……」 「えぇ、私一人で十分だから手伝わなくても大丈夫よ」 「それは参ったな」 「孝平?」 「瑛里華、もう手伝った後の場合はどうすればいい?」 「手伝った後?」  意味が理解出来ない、私の捜し物といってごまかしてる物はは生徒会の業務。 「まさか!?」  私は戸棚にしまってある、次のイベントに使う資料を取り出した。 「……まとめてある」  来週から使う資料がまとまっている、これなら来週の業務はスムーズに進むだろう。 「瑛里華、遅くなったけど誕生日おめでとう」 「え……誕生日?」  私はカレンダーを見る、今日は6月7日。 「嘘、もう7日だったの?」  あまりに忙しくて曜日感覚はあったけど日にちの感覚は無くなっていた。 「ごめん、忙しくてプレゼントも買いに行ってないし、誕生会も今日は無理」  申し訳なさそうな顔をする孝平。 「だから、俺からのプレゼントは、瑛里華。明日1日のお休みなんだけど、どうかな?」  そのとき頭の中ですべてのピースがかちりとはまった。  通常業務で孝平があんなに疲れるわけは無い。  きっと孝平は自室に書類を持ち込んで夜も仕事をしてたのだろう。  その寝不足が孝平を蝕んでいたのだ。  それもすべて私の時間のために…… 「もう、孝平の馬鹿!」 「え?」 「馬鹿っ!」 「いや、そこまで言われるとちょっとショックなんだけど」 「馬鹿なんだから仕方ないでしょう!! もう、自分の身体の事もちゃんと心配してよ!」 「……ごめん」 「もう、孝平の馬鹿、大好き!!」  気がつくと私は孝平の胸の中に飛び込んでいた。 「ねぇ、孝平。明日は私1日お休みなのよね?」 「あぁ、そのために業務を前倒しに終わらせておいたし、明日俺がもう少しがんばれば」  ……やっぱりそのつもりだったのね、私はその先の言葉を唇で遮る。 「ん……」 「瑛里華?」 「私の休みの日を一人で過ごさせるつもりじゃないわよね?」 「えっと……」 「一人で自由に過ごしていいなら、私は監督生室で過ごすわよ?」  それじゃぁ意味がないわよね? と心の中で付け加える。 「もしそれが駄目なら、明日1日私を見張らないと、ね?」 「……それも会長命令?」 「ううん、恋人のお願いよ」 「……参った」 「それじゃぁ日付が変わったら部屋に行くわね」 「だって、明日1日のお休みを孝平がプレゼントしてくれたのよね?」 「そうだけど」 「なら、プレゼンターの孝平はちゃんと1日つきあってくれるんでしょう?」  私の理屈、ううん、屁理屈に孝平は。 「降参、明日1日俺の時間も一緒にプレゼントするよ」  そして日曜の朝。  私は孝平のベットで目を覚ます。  孝平はまだぐっすり眠ってる。  ちょっと……夜はがんばり過ぎちゃったかな?  孝平も疲れてるのに、余計に疲れさせちゃったみたいだけど。 「今日1日ずっとこうしてるのもいいかなぁ」  プレゼントされた私の休みと孝平の1日という時間は、始まったばかり。 「ふふっ、でも今はこうして一緒に寝ちゃおうっと」  今日どう過ごそうかは、孝平が起きてから考えようっと。
5月23日 ・夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle「看板娘の帰還」 「あれ、休講?」  大学の講堂に来たとき張り出されていた授業予定。  午後受けるはずだった授業が講師の都合で休講になってしまった。 「……ラッキー、なのかな?」  授業が無くなるのは私にとっては嬉しい事では無いけど、午後のスケジュールが  空いたことは嬉しいことだった。 「それだけ早く帰れるから、ね」  そうと決まったら善は急げ、私はマンションへと戻ることにした。  誕生日の週末、達哉からの誘いもあって満弦ヶ崎へ帰ることになっていた。  金曜の最後の授業を終えてから列車に乗れば、ちょうどお店を閉める時間くらいには戻れる。  その後簡単な誕生会を開いてくれる事になっている。  だから夜の電車まで部屋で勉強してても良いのだけど。 「せっかく早く帰れるんだもん、達哉に会えるんだから……うん、すぐに帰ろう!」 「また偶然町中で会えるかなぁ」  列車の中であのときのことを思い出す。  帰る日を1日早くしたあの日、達哉と偶然町中であって、そのままデートしたあの日の事。 「さすがにそれは無理かな」  時計を見る、予定よりかなり早い時間の列車に乗ってはいるが、それでも満弦ヶ崎につく頃には  お店の営業が始まってる時間だろう。  達哉も大学とバイトを両立させてがんばってるっていうし、お店で仕事してる時間に町中で  偶然会うなんて事はまず無い。 「残念だけど、仕方が無いかな」  時計をもう一度見る、さっきからあまり時間がたっていない。  早く満弦ヶ崎につかないかなぁ。 「あれ?」  遠くに実家が、お店が見えてきたとき違和感を感じた。 「お店の外に人が並んでる?」  金曜日の夜だから普段より外食に来てくれる人が多い、だから忙しい事が多いのだけど…… 「そんなに人がいっぱい来てるのかな?」  近づいてみると、店内は大変な現状だった。 「達哉……一人で?」  フロアの中で働いてるのは達哉だけ、奥の厨房にお父さんと兄さんが居るのが見える。  時折兄さんが厨房から直接料理を運んでテーブルに運んでいる。  達哉は会計に行ったりお客の水を取り替えたりと休む間もなく動いてる。  明らかに人が足りていない。 「……うん!」  ならすべきことは一つだ。 「鷹見沢菜月、ただいま戻りました! 今からフロアに入ります!」 「え、菜月?」 「ほら、達哉。3番テーブル!」 「お、おう!」 「兄さんはお父さんの手伝いに戻って」 「あ、あぁ」  私はフロアを見回しながら、お客様の様子を確認する。 「お父さん、5番さんそろそろディナー終わるわ」 「わかった、仁、デザートの準備を」 「了解です、親父殿」 「達哉、あとお願いね。私会計に行ってくる」 「あぁ、頼む」  こうして多忙な金曜の夜はラストオーダーまで休む間が無いくらい繁盛した。 「はぁ……さすがにつかれたー」 「そうだな、でもなんでこんなに忙しかったんだろう?」 「そうね、金曜の夜って事だけじゃここまで混まなかったと思う」 「それはだね、達哉君。菜月が居たからだよ」 「菜月が居たから?」 「そう、これをみたまえ!!」  そう言って兄さんはスマートフォンの画面を見せてくれた。 「な……な、なにこれ!?」  スマートフォンの画面の中にある文字、それは……  ”トラットリア左門、看板娘復活!” 「さすがは我が妹、トラットリア左門の救世主だよ!」 「……」  私が帰ってきただけでお客が増えるのは、なんだか微妙な気分だった。 「そういえばさ、菜月、帰ってくるの早かったな」 「うん、午後の授業が休講になったから早めに出たの、結果的には正解だったね」 「そうだな……菜月」 「ん?」 「おかえり、菜月」 「……ただいま、達哉」 「ん、あー、我が妹よ。その続きはここでされると困るんだけど」 「ちょ、兄さん!? なんで挨拶しただけで続きがあるのよ!?」 「いやぁ、菜月のことだから達哉君にお帰りのキsうごっ!!」  兄さんは突然その場に倒れた。 「仁さん!?」  達哉が慌てて兄さんを助け起こす、その後頭部にはしゃもじが突き刺さっていた。 「菜月、さすがにやり過ぎじゃないか?」 「わ、私はまだ投げてないわよ?」  投げようと思ったしゃもじは今も私が持っている。 「もしかして……菜月、しゃもじを見てみろ」 「お父さん? うん」  兄さんの後頭部からしゃもじを取る。 「えっと……人の恋路をからかうやつは私のしゃもじが許さない……もしかしてお母さん?」 「さすがは春日だな……ますます腕を上げたようだ」  お父さんが腕を組んで頷く。 「投擲の腕を上げてどうするのよ……」 「さて、クローズの作業を頼むぞ、俺はまかないを作る」 「わかった、達哉。始めちゃいましょう」 「おう!」  二人でクローズの作業に入る。  レジのお金を締める私に、フロアの掃除を始める達哉。兄さんはいつの間にか復活して  厨房に入ってる。 「なんだか変わらないな」 「?」 「菜月とこうして仕事することがさ、ずっと一緒に仕事してなかったのに全然ブランクを感じなかった」 「そうだね、菜月。いつでもトラットリア左門に就職できるよ」  兄さんが話しに入ってくる。 「仁さん、それは無理ですよ」 「どうしてだい、達哉君?」 「だって、菜月は獣医になるって決まってるんですから」 「まだ医師になれるとは決まってないんだよ?」 「大丈夫ですよ、菜月なら」  信じてくれる達哉の言葉がとても嬉しかった。 「惚気ね」 「うん、惚気だね、お姉ちゃん」 「あ、さやかさんに麻衣……っていきなりそれはないでしょ!?」 「ごめんなさい、菜月ちゃん。お帰りなさい」 「お帰りなさい、菜月ちゃん……ってなんで制服きてるの?」 「二人ともただいま、制服はヘルプに入ってたの」 「……菜月ちゃん」 「な、なに?」  真剣な目で麻衣が私を見る。 「また胸が大きくなったでしょう?」 「どこ見てんのよ!」 「菜月ちゃんずるい!」 「どうしてそうなるのよ?」 「ほら、騒いでないでクローズの作業を早くしなさい。でないと誕生会が始まらんぞ」 「はぁい、さやかさんと麻衣は奥のテーブルお願いね」 「うん、いつものようで良いんだよね」  一番奥の机を慣れた手つきでくっつけていく。  まかないの時にみんなで座る席作り、その机の数を見て帰ってきたんだなぁって実感する。 「よし、売り上げは問題無し!」  お金をまとめてバックヤードへと運ぶ。その頃にはまかないのご飯がテーブルに多数  のせられていた。 「菜月、ほら。ここの座って」 「え? いいよ、後で」 「何言ってるの、菜月ちゃん」 「そうだよ、今日は菜月ちゃんが主役なんだからね」 「そういうことだ、菜月。おまえが座らないと始まらないぞ?」 「何を今更恥ずかしがってるんだ?」 「今更ってどういう意味よ!」 「ほら、菜月」 「あ」  達哉に手を引かれて、いわゆるお誕生日席に座らされた。 「「「誕生日おめでとう!!」」」  みんなの声がはもる。 「ありがとう、みんな。大好きだよ!」
5月18日 ・sincerely yours your diary short story「癖」 another view シンシア・A・マルグリット   「……」  もう、朝かな。   「んーーっ」  ちょっと眠い。昨日遅くまで起きてたからかなぁ。 「……暑い」    まだ5月だけど、今朝は湿気があるのかな、身体がべたつく気がする。 「お風呂はいろ」 another view end 「今日はリリア遅いな」  リビングのソファでお茶を飲みながら俺は時計を見る。  日曜日の朝、仕事が休みの俺はゆっくりと過ごしていた。 「そうね、そろそろ朝ご飯の支度出来る頃だし……達哉」 「パス」 「私まだ何も言ってないわよ?」 「リリアを起こしてこいって言うんじゃ無いのか?」 「さっすが私の達哉よね、以心伝心ばっちし♪」 「それは良いとしてさ、年頃の娘の部屋に父親が起こしに入るのはまずいだろう?」 「……以心伝心をスルーされた」  わかりやすく落ち込むシンシアだが、それでも年頃の娘の部屋に早々簡単に  入るわけには行かないだろう。 「でも、そうね。今日みたいな日に達哉が部屋にはいるのはまずいかもしれないわね」 「今日みたいな日?」 「部屋に入らなくてもまずいときはまずいのよね〜、うふふ」 「……」  シンシアのとても良い笑顔になんだか嫌な予感がした。  そのときリビングにリリアが入って来た。   「うにゅ……おはよー」 「え?」 「おはよう、リリア。お風呂入るの?」 「うん」  寝起きだろう、リリアはふらつく足取りでリビングを横切っていく。   「お父さん、おはよー」 「あ、あぁ……おはよう、リリア」 「……」 「……」 「……っ!?」   「ななな、なんで!?」  突然慌てだすリリア。 「なんでもなにも、下着姿で降りてきたのはリリアじゃないの」 「そ、それはそうだけど……って、お父さんみないで、えっち!」 「こら、達哉のせいにしないで早くお風呂に入ってきなさい」  リリアは慌てて風呂場へと走って行った。 「……」 「達哉、ごめんなさいね」 「あ、いや、下着姿を見たのは俺だし」 「もう、達哉は優しいわね」 「……リリアって寝起きはいつも、あんな感じなのか?」 「きっと夜更かししたのね、それはいつものことだろうけど、リリアには悪い癖があるのよ」 「悪い癖?」 「えぇ、寝てるとき暑いとパジャマとか脱いじゃうのよ」 「……それはコメントしづらいな」 「冬場は大丈夫だし、真夏は空調が効いてるから大丈夫なんだけど、今の時期は多いのよね」 「……」 「でも、役得でしょう?」 「どうコメントしても駄目な気がするんだけど?」 「そうかもね、ふふっ」  と言うことがシンシアとリリアと一緒に住み始めた年に起きた小さな事件。  それ以降なるべく休みの日の朝は注意することにした俺だったけど。   「お父さん……こっちみないでね」 「席を外すからちょっと待っててくれ」 「そこまでしなくていいよ、ちょっとだけ目をつぶって、お願い」  今朝は俺がリビングに来たとき、すでにリリアはお風呂に入ってたらしく。  いつものように半分寝ぼけながらお風呂に入ってたリリアは着替えを持ってきて無く。  脱衣所から出てきたリリアはバスタオル姿だった。  目を閉じて外の方に顔を向ける。 「ありがと、お父さん」  俺の後ろをリリアが駆け抜けていく気配を感じた。 「……ふぅ」 「リリアも成長しないわね、あ、お胸の事じゃないわよ?」 「聞こえたら怒られるぞ?」 「大丈夫よ、今のリリアにそんな余裕なんてないから♪」  キッチンで朝食の準備をしてたシンシアはあのときと同じ、とても良い笑顔だった。
5月2日 ・夜明け前より瑠璃色な MoonlightCradle SSS”慰安旅行”  静かな執務室、聞こえてくる音はペンを走らせる音だけ。 「ふぅ、フィーナ。そろそろ休憩にしないか?」 「そうね」 「今お茶を入れるから」 「ありがとう、達哉」  達哉は執務室に併設されてる給湯室へと向かっていった。  誰も居なくなったのを確認してから、私はうーん、と背伸びをする。 「少し根を詰めすぎかしらね」 「確かにな」  扉の向こうから達哉の返事が聞こえた。 「ここのところがんばりすぎじゃないか?」 「ふふっ、それを言うなら達哉もじゃないかしら?」 「いえてる」  ティーセットを持って達哉が戻ってきた。  夜も遅い時間、私と達哉はまだ公務を行っていた。  いつもは他の高官やメイドが待機してるのだが、もうそんな時間ではないので  定時で上がってもらっていた。 「調子はどう?」 「そうね、予定以上進んでるわ。達哉もでしょう?」 「あぁ……世間はゴールデンウィークなのに俺たちは仕事三昧だな」 「休みの時こそ王家はすることが多いのよ」 「大使館員の時はこの時期休みだったからな」 「じゃぁ達哉もお休み、取る?」 「いや、俺だけじゃ意味が無いからいいよ」  そう言って紅茶を飲む達哉。 「でも、休みたいからってみんなを巻き込むなんて達哉も策士よね」 「そうかもな、でも思ったより好評で驚いたよ」 「えぇ、こういう休みはみんなにとって初めてになるのですものね」  ゴールデンウィークなど、連邦政府が定めた祝日は官営は休みとなる。  スフィア王国も同じ時期に祝日が制定されてはいるが、王室が休みになるかどうかは  別問題だった。  官営が休みだからこそ、高官達は自分の仕事が無いこの時期に他国との会談や会食を  設定する。地球連邦にとっての他国は、スフィア王国だけ。  つまり、この祝日は連邦政府との会談や会食などの執務が多く組まれていた。 「明日は向こうからこっちにくるんだっけ」 「えぇ」 「港まで出迎えに行くんだよな」 「そうね、その後視察と会食と会談ね」 「その後は記者会見か……祝日は毎日その繰り返しだな」 「だからこそ、その後が楽しみになるし、みんなもがんばれるわ」  達哉が今回企画したのは、王宮勤めの人への、慰安旅行。  本来休みになるはずの連休も王室は休めないので、王宮勤めの人たちも休みは無い。  その人たちへの慰安旅行を達哉は企画した。  忙しい執務の合間に達哉はどんどん企画を進めていき、このゴールデンウィーク明けから  何回かにわけでの慰安旅行を実施するところまで持って行ってしまったのだ。  この案に大賛成したのは王室付けのメイド達。  前々から人気があった達哉だったけど、この企画でメイド達の間で達哉の株が急上昇  している話をミアから聞いた。ちょっと……ちょっとだけだけど面白くないかも。  渋々賛成したのは、王室勤めの貴族達。  旅行は強制ではないので行きたくない人は参加しないでいいのだが、好奇心旺盛の  若い貴族が参加を表明したあと、他の貴族達も残されるのが嫌なのか、どんどん  参加を表明した。 「カレンさんには大変な仕事をお願いしちゃったけどね」  達哉が苦笑いしながらそういう。 「仕方が無いわ、地球に旅行に行くだなんて、今までの王宮じゃ考えられなかった  事ですもの」  そう、この慰安旅行は地球に行く事になっている。  往還船の定員や王宮を完全に開けるわけには行かないので何回かに分けるのだが  そのすべてに地球在住の高官であるカレンさんが引率という形で参加するのだ。 「カレンさんの事だから仕事として参加するんだろうな」 「そうね、1回くらいは慰安旅行として参加して欲しいわね」 「でも無理そうだな、カレンさんだし」 「そうね」  二人で笑い合う。 「それじゃぁ仕事を再開しましょうか」 「そうだな、少しでも多くこなせばそれだけ確実になるもんな」  この王宮の慰安旅行には達哉が仕組んだからくりがあった。  メイド達や貴族達の慰安旅行の陰に隠れて、一度だけ達哉と一緒に慰安旅行に  行く事になっている。  慰安旅行の行き先はみんなと一緒、だけどスケジュールはすべて別行動となっている。  ようするに達哉は私との旅行をするために、王室すべてを巻き込んだのだ。 「達哉は色々としてくれるけど、今回は本当に驚いたわ」 「まぁな、色々言い訳したけど、結局は俺の自己満足だしな」 「迷惑かけるどころか、メイド達にものすごく感謝されてるわよね、達哉」 「協力してもらって感謝されるのはどうかと思うんだけど、喜んでくれてよかったよ」  私の少し嫌みを込めた言葉に達哉は気づかなかったみたい。 「ふぅ、そうね。達哉はそういう人ですものね」  嫌われるより好かれた方が良いに決まってる。 「さ、今日ももう少し進めちゃおうぜ」 「……えぇ」 「フィーナ?」 「なんでもないわ、楽しみのためにがんばりましょう」 「あぁ!」  私って結構独占欲強かったのね、そう自覚しながら執務を再開した。
4月23日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory 約束の証〜芹沢水結〜 「ごめんなさいね、水結ちゃん。せっかくの誕生日なのに」 「いえいえ、気にしないでください。オーディションのチャンスをいただけるだけで  幸せですから」 「そう? そう言ってもらえると私も助かるわ」  仕事帰りのマネージャーさんの車の中で、私は窓の外を見る。  日が暮れたのはずいぶん前、夜といってもすでに遅く、人通りも少ない町並み。  その中を車が走っていく。  今日は私の誕生日、千莉や京太郎さんがお祝いをしてくれる予定だったのだけど  前々からお話をいただいていたオーディションの日が今日になってしまった。 「そうか、それはすごい誕生日プレゼントだな」 「え? 誕生日プレゼント、ですか?」 「普段からがんばってる水結に、チャンスの神様がくれたプレゼントだよ、きっと」 「……筧さん、格好つけすぎですよ?」 「……」  私の言葉に筧さんが顔を背ける。  格好つけすぎっていったけど、格好良いと思ったのは本当のこと。  でも、照れてる筧さんを見てると可愛いと思う。 「くすっ」 「ま、まぁ、そのなんだ、オーディションっていったって1日中じゃないんだろう?」 「ふふっ、ごまかされてあげます」  話題を変えようと必死な筧さんが愛おしいから、筧さんの策に乗ってあげることにします。 「オーディション自体はお昼過ぎからだと思います」 「なら遅くても夕方には終わるだろう、それから合格をかねてお祝いをしよう」 「筧さん、すぐに結果は出ないですよ?」 「水結なら大丈夫だろう? 受からない気持ちで受けるわけじゃないんだし」 「もちろんです」 「なら、俺は待ってるから行ってこい、そして役を取ってこい、水結」 「はい!」 「……」  オーディションはそんなに時間がかからなかったけど、その後急なお仕事が入ってしまった。  私にお仕事を回してくれたのは、私が認められてるからだって解るから嬉しいのだけど  どうして今日に限って、なのかなぁ。 「水結ちゃん、この辺で良いかしら?」 「あ、はい、送ってくれてありがとうございます。」 「今日の私はそれくらいしか出来ないからね、後は彼にお任せするわ」 「え?」  慌てて外を見る、見慣れた光景だったので何も違和感感じなかったけど、ここは私の  住むマンションの前では無く 「お帰り、水結」 「筧さん?」  筧さんのマンションの前だった。 「お疲れ様、水結」 「ありがとうございます」  部屋に入ってお茶をもらう。 「あの、筧さん。もしかしてずっと外で待ってたんですか?」 「まさか、マネージャーさんに連絡もらってたんだよ、あとどれくらいで水結がこっちに  帰ってこれるかって、ね」 「マネージャーさん……」 「良いマネージャーさんだな、今度改めてお礼を言わないとな」 「そうですね、私もお礼を言わないと、です」 「水結、疲れてるだろう? もう休むか?」 「私は大丈夫です、それよりも筧さん……そっちに行って良いですか?」 「あぁ」  私はいつものように筧さんの胸に背を預けるようにして座る。  そうすると筧さんはそっと抱きしめてくれる。  そして私の耳元でそっと私に囁いてくれた。 「水結、誕生日おめでとう」 「ありがとうございます、生まれてきて一番嬉しい、お祝いの言葉です」 「そうか……」 「筧さん?」  いつも優しく抱きしめてくれる筧さんの身体が堅い、緊張してるみたい。  何に緊張してるのだろう?  この後のことに? 「水結」 「筧さん?」  同時に口を開いてしまった。 「えと、筧さんからどうぞ」 「いえいえ、水結から……それは駄目だな。悪い、俺から先でいいか?」 「は、はい」  いつもなら譲り合う展開なのに、今日は譲ってくれなかった。 「あのさ、水結。誕生日プレゼントを用意してあるんだけどさ……」 「本当ですか!」 「その……あまり期待されても困るんだけどな」  そう言うけど、筧さんが用意してくれたプレゼントなら、期待しちゃうに決まってる  じゃないですか。 「その、少し目を閉じてもらってもいいか?」 「はい」  私は筧さんに言われたとおりに目を閉じる。  もしかしてプレゼントってえっちなことかな? それはそれでいいかなぁ。  そう思ってると筧さんが私の左手にはめてる指輪を外してしまった。 「筧さん、その指輪は……え?」  慌てて目を開いた私は、その光景に言葉を失ってしまいました。  筧さんが私の手から外した、露天で買ってもらったあの指輪が…… 「それって……」  いつの間にか銀色に輝いていたから。 「はめて、いいか?」  私は頷く今年か出来ませんでした。 「水結との約束の証……ずっと水結と居る事を誓う証が誕生日プレゼント……  もらってくれるか?」 「はいっ! 返せって言われても返しません!!」 「そうか、良かった、はぁ、緊張した」 「ふふっ、ふふふふふっ」  私は左手の薬指にはめられた銀の指輪を見て、幸せがあふれて来ます。 「とりあえずこの指輪はこっちに入れておくな」 「あ、はい」  私が普段してる露天で買ってもらった指輪は、この銀の指輪が入っていた小箱に  そっとしまわれました。 「私とっても幸せです!」 「俺もだよ、水結」 「筧さん……ん……」
4月15日 ・FORTUNE ARTERIAL SSS”本音と建前” 「ふぅ……もうこんな時間なのか」  部屋の中の時計を見ると、もうすぐ寮の門限の時間だった。 「え? もうそんな時間なの?」  一緒に仕事していた瑛里華も驚きの声をあげる。 「そんなに集中してたつもりは無いんだけどな」 「そうね、そろそろ切り上げましょう」 「あぁ……」  俺たちは区切りの良い所まで進めて、そこで今日の業務を切り上げた。 「んー、今日もあっという間だったわね」 「……」 「どうしたの、孝平?」 「さすがに人手不足をどうにかしないといけないかなぁって思ったんだ」 「そうね……」  新年度に入って行事がたくさん行われる修智館学院、生徒会が行わなければならない  業務はすでに俺たちの手だけで捌ききれなくなっていた。  それでも俺と瑛里華と、引退した東儀先輩の力を借りてなんとか乗り切ってきた。 「9月になれば俺たちも引退しなくちゃいけない、卒業までは手伝えるけどその後の  事まで考えないといけないよな」 「確かに、白一人だけじゃ大変な事になるわね」  昨年度、東儀先輩が卒業まで手伝ってくれたこともあり、新しい生徒会役員を早急に  決める必要が無かった事が、ここに来て仇となりかえってきてしまっていた。 「かといって新入生からそう簡単に逸材を見つけることができるかしらね」 「……だな」  修智館学院の生徒会は、他の一般の学院と比べると仕事量や負う責任が大きすぎる。  そんな役員の業務を学生の本分の勉強をしながら受け持つのは簡単では無い。 「なぁ、瑛里華。一つ考えがあるんだけど、聞いてくれるかい?」 「もちろんよ」 「あのさ、生徒会の下部組織を正式に作らないか?」 「下部組織?」 「あぁ、体育祭の時とかに実行委員会が招集されるだろう? それを正式に長期にわたって  存続させる、生徒会の下請け組織みたいなものなんだけど、どうかな?」  それはいつだったか、瑛里華が本島にある巨大な学園に招待されたときに聞いた話だった。  その学園は一クラスだけで修智館学院の全生徒数より上回るほどの巨大な学園だ。  その学園の生徒会は、生徒会という役員の下に執行部という組織があるそうだ。  そうしないとすべての生徒達を見ることが出来ず、業務が滞るからだ。 「それを修智館学院でも作る、ということ?」 「あぁ、どうだろう?」 「そうね……考える事は多いけど良い案だと思うわ」 「よし、もう少しその案件を詰めてみるか」 「孝平……そんなに今の仕事ってきつい? って聞くまでも無いわね」  瑛里華が苦笑いする。 「きついのは確かだけど、俺と瑛里華と白ちゃんが居れば出来なくは無いと思ってる、けど」 「けど?」 「さっきも言ったけど、俺たちが卒業した後の白ちゃんの事を考えたら、整備しても良いと  思う」 「……そうよね、白一人になっちゃったら生徒会がつぶれちゃうものね」 「そうだな……まぁ、本音言うとそれだけじゃ無いんだけどな」 「本音?」  しまった、独り言が聞こえてしまったか。 「いや、たいしたことじゃ無い……訳じゃ無いな」 「なによ、はっきりしないわね」  瑛里華が不機嫌になりかけていた。やはり人手不足による多忙な業務は相当ストレスが  たまってしまうのだろう、それは俺も同じ。 「そうだな、はっきり言うか。瑛里華、いちゃいちゃしよう」 「……え?」 「せっかくの学院生活の思い出が生徒会の仕事だけじゃ嫌だって言うことだよ」 「え、え!?」 「執行部が出来て今の段階から仕事が減らすことが出来れば、プライベートの時間増えるだろう?  その時間で瑛里華と一緒に過ごしたい、それが本音だよ」 「……孝平のえっち」 「ちょ、いちゃいちゃしたいって言っただけでえっちしたいって言ってないぞ?」  その俺の反論に瑛里華の顔が真っ赤になる。 「そ、それは……孝平がそういうニュアンスで言ったからでしょう!」 「そのつもりは無かったわけじゃ無いけど……瑛里華の方がエッチじゃないのか?」 「ち、違うわよ? 私は……その……溜まってないから」 「俺は溜まってるな」 「っ!?」 「ストレスが」 「−−−−−−っ、孝平のばかっ!」 「だから、瑛里華といちゃいちゃいしたいし、エッチもしたい」 「……うん、私も孝平といちゃいちゃしたい、えっちも……」 「……なぁ、瑛里華。明日の業務は少しくらい遅れても大丈夫だよな?」 「今更少しくらいの遅れは問題ないわよ」 「……」 「……」 「と、とりあえず寮に戻ろうか」 「そ、そうね……」  鞄の中に入れて持ち帰った生徒会の仕事は、この段階で全く手がつけられくなることが  確定した瞬間だった。
4月10日 ・大図書館の羊飼い-Dreaming Sheep- SSS”天保山と日和山” 「いらっしゃいませー」  アプリオで出迎えてくれたのは紗弓実じゃなくて佳奈すけだった。 「筧さん、今日は朝から来てくれたんですね」 「まぁな」 「嬉野さんは今はバックヤードに入っちゃってますけど……呼んできましょうか?」 「いや、いいよ。仕事の邪魔したくないし、早く朝飯も食べたいからな」 「はい、1名様ご案内です」  佳奈すけに注文を頼むと、俺はなんとなく周りを見渡してみた。  バックヤードにいると言われたのだからフロアに居るわけ無いのだけど、やっぱり  探してしまう。  昨日の夜は紗弓実は俺の部屋へは来ていない、どうしても片づけておきたい仕事が  あったそうだ。  紗弓実に会えないのは寂しいけど、それ以上に心配でもある。  ちゃんと寝てるのだろうか、ご飯は食べてるのだろうか…… 「そういえば、食事はアプリオのまかないで食べてるって言ってたっけ」  でも、先日紗弓実は仕事に没頭しすぎてアプリオで閉じ込められた事があった。  それくらい集中してるから、集中しすぎているから心配なのだ。 「……ふぅ、俺も変わったよな」  本に集中すれば連休の間ずっと読み続けている俺が、逆に人の心配をするだなんて  ほんの少し前までは考えられない事だろう。  すべては図書部のみんなと紗弓実のおかげ、なんだろうな。 「お待たせしました、モーニングAセットです」 「ありがと」 「そうそう、筧さん。大ニュースがあるんですよ!」 「大ニュース?」 「はいっ! 大事な大ニュースです!」  妙にテンションが高い佳奈すけ、何か良いことがあったのだろうか? 「筧さん、日本一低い山、ご存じですよね……って、どこ見てるんですかっ!」  思わず佳奈すけの天保山を見てしまい、その視線に突っ込みをいれられた。 「でも、私が一番小さい時代は終わったのです!」 「ん?」 「このたび、天保山は正式に”二番目に低い山”になりました!」 「どういうことだ? 佳奈すけより低い山なんてあったっけ?」 「ちょ、なにげに精神的にも肉体的にも攻撃しないでくださいよ〜」  佳奈すけの話だと、本来”二番目に低い”山が地殻変動のせいで標高が下がってしまい  佳奈すけを下回ったそうだ。 「筧さん、なにげに山の名前を私に置き換えてませんか?」 「気のせいだ……でも、そうなると一番低い山じゃ無くなったのか」 「はい、私より下が居るんですよ!」 「佳奈すけより下か……」  佳奈すけの天保山のサイズは図書部みんなで訪れた海での水着姿でしか見たこと無いが  あれより低い山…… 「あ」 「そうですよ、筧さん」 「……」 「まぁ、その人の名誉のために山の名前ではお呼びしませんけど、もう天保山と呼ばれても  最下位じゃないんです、嬉しいじゃないですか!」 「そ、そうだな……」  最下位じゃないにしろ、低いことには変わりないと思うのだがそれはあえて口には  出さないでおく。 「鈴木さ〜ん、こんなところで何油売ってるんですか?」 「ひゃぁっ!」  突然テーブルの下から白い帽子が現れた。 「紗弓実、おはよう」 「おはようございます、京太郎。でもその前に……」  カシャッ、という音がした、紗弓実はいつの間にかスカートの下からモデルガンを抜いて  いたようだ。 「う、嬉野さん?」 「誰が日和山なんですか? にこにこ」 「ちょ、私そこまで言ってません!」 「あら、その言い方だと言わないだけでそう思ってたようですね、にこにこ」 「嬉野さん、その”にこにこ”っていう祇園と笑顔が怖いですから!」 「うふふ、お仕事サボってる鈴木さんには罰を与えないといけませんね」 「あ、お客様が呼んでるので失礼いたします!」  それこそ逃げるように佳奈すけは去って行った。 「さて、京太郎にも罰を与えないといけませんね」 「なんで俺まで?」 「それはですね……」  そう言うと紗弓実はポケットから小型の機械を取り出し、スイッチを押した。 「佳奈すけより下か……あ」 「この”あ”の意味は何なんでしょうね、にこにこ」 「……」 「京太郎、今夜を楽しみにしていてくださいね、にこにこ」 「そうだな、楽しみにしてる」 「あら、さすがはMの京太郎ですね」 「そうかな、今夜は紗弓実が来てくれるって言うんだから楽しみに決まってるじゃないか」 「え? ……そ、そんなこと言っても許してなんかあげないんですからね?  私はそんなに安くてちょろくはないんですからね!」 「うん、知ってる」 「そう言いながら、なんなんですか! 京太郎のその優しい目と、頭をなでる手は!」 「え、駄目だったか?」  俺は手を紗弓実の頭の上からどける。 「そ、そんな顔したって駄目なものは駄目なんですからね! それでは今夜を楽しみに  しててくださいね、京太郎!」  そう言い残して紗弓実は仕事へと戻っていった。 「そうか、今夜は紗弓実が来てくれるのか」  まだ朝だけど、夜がものすごく楽しみになった。  紗弓実とゲームをするだけかもしれないし、一緒に寝るだけかもしれない、けど。 「紗弓実が居てくれるのだから、楽しいに決まってるな」  そう確信しながら、俺は朝食の箸を進めた。
[ 元いたページへ ]