思いつきSSログ保管庫
*このページに直接来られた方へ、TOPページはこちらです。

雑記掲載SS保管庫 2008年第2期 6月24日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「オトナノオンナ」 6月22日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「不安な気持ち」 6月12日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory  「瑛里華とチャイナ服と素直な気持ち」 6月11日 Canvas2 sideshortstory 「Hammer Hell and Heaven」 6月7日 FORTUNE ARTERIAL 瑛里華誕生日SSS「初めての誕生会」 5月29日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「少女と欅と」 5月27日 Canvas2 sideshortstory 「Hell and Heaven」 5月26日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「瑛里華がうさぎになった理由」 5月23日 夜明け前より瑠璃色な 菜月誕生日SSS「約束の証」 5月21日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「可愛い寝顔」 5月18日 夜明け前より瑠璃色な sideshortstory 「幸せへの道しるべ」 5月16日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「部屋とYシャツと私」 5月16日 Canvas2 sideshortstory 「魅せられて、見つめられて」 5月11日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「初めての母の日」 5月9日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory 「瑛里華が眼鏡をかけた理由」 5月6日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory 「獣の不安」 4月30日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory 「年上のメイドさん」 4月29日 タユタマ -kiss on my deity- sideshortstory「泉戸家の風習」 4月20日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory 「Brighter than dawning blue」 4月19日 夜明け前より瑠璃色な リース誕生日SSS「夢の中のBirthday」 4月2日 FORTUNE ARTERIAL 悠木かなで誕生日SS「ぎゅっとしてちゅーして」
6月24日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「オトナノオンナ」  ドンッ。 「ん?」  明日の課題をしていた俺は外で何かが落ちる音に気付いた。 「・・・って考えるまでもないな」  ベランダでの物音は100%かなでさんがらみだ。  かなでさんを出迎えようと椅子から立ち上がった瞬間、ベランダの扉が開く。 「こーへー、ごきげんよう」 「・・・はい?」  いつもと違った挨拶で入ってきたかなでさん。それだけでもおかしいのに、  着ている服は何故かチャイナ服だった。  なんかよくわからない羽がついた豪華そうな扇子まで持っている。 「だめだよ・・・えへん、駄目ですわよ、こーへー。挨拶はちゃんとしないと」 「・・・こんばんは」 「むー、ちがうよー、ごきげんようにはごきげんようで返さないと」 「・・・ごきげんよう」 「はい、良くできました♪」 「・・・壊れた?」 「なんでそーなるのっ!」  パシッ! 「いてっ!」  持っている扇子ではたかれた、けどいつものぼけつっこみに反応してくれる  所をみると、完全に壊れてないらしい。  かなでさんは部屋の中に入るとそのままベットに腰掛ける。 「ねぇ、こーへー。どうかしら? 今日の私はあだるてぃ?」 「似合いますけど、今日はどうしたんですか?」 「実は話せば長くなるんだよ」 「・・・時間はありますのでどうぞ」 「最近こーへーは私を年上として敬ってないと思うの」 「はい?」 「それはきっと私がオトナノオンナに見られてないからと思ったの、だから  私は今日からオトナノオンナになることにしたの、わかった?」 「・・・きっかけはよくわからないですけど、やっぱり話すと短いんですね」 「だから、オトナノオンナになったの!」  話すと長い、短い理由はスルーですか・・・ 「それでね、ちょうど良く通販でチャイナ服があったから買ったの。  どう、せくしぃ?」  そう言って足を組むかなでさん。  あまり深くないスリットだけど、足を組むとやはり肌が見える部分が増える  訳で・・・そう言う意味では色っぽいかもしれないのだけど・・・ 「♪」  俺の顔を伺うかなでさんの顔はいたずらを仕掛けてる表情、つまり色気が  無いわけで。 「・・・」 「むー、まだまだあだるとっぽさが足りないのかなぁ」  根本的に性格からして大人の女性は無理がある気がするんですけど。  と、心の中で思う。  口に出したら何されるかわからないので絶対言えないけど。 「・・・よし、こーなったら次の手で行くよ。こーへー、協力して!」  まぁ、大したことはないだろうしかなでさんの気が済むまでつきあうか。 「良いですけど、何すれば良いんですか?」 「んとね、まずベットに座って目を閉じて」 「え?」 「ほら、早くっ!」  俺はかなでさんにせかされてベットに座る、そして目を閉じる。 「いい? 私がいいって言うまで目を開けちゃ駄目だよ?」  一体何をする気だ?  そう思ったとき、俺の両手にかなでさんの手が触れた。  そして・・・  カチャッ! 「え?」  俺は思わず目を開ける。 「かなでさん?」 「こーへー、私が良いって言うまで目を開けちゃ駄目って言ったのに」 「だからって、これは何ですか?」  俺は両手を胸の前まであげる。両手が同時にあがるのは、つながってるから。  何故か手錠で。 「えいっ!」 「わっ!」  いきなりかなでさんに抱きつかれた俺はバランスを崩してベットに倒れる。  カチャッ! 「え?」  今度は俺の両手がベットの端につながれる。  ちょうど俺は両手をあげた状態で仰向けでベットに寝かされた形になった。 「かなでさん?」 「んふふっ、こーへーがいけないんだよ?」 「な、何が?」 「素直に私をオトナノオンナと見てくれないから、最後の手段をとるように  なっちゃったんだからね?」 「かなでさん、おちついて、ね?」 「ふふっ、おびえちゃって・・こーへー、可愛い」  ぞくっと背筋に冷たいものが走るのを感じる。  仰向けになった俺の足下に立つかなでさんの顔は、確かにいつもと違って  大人っぽく、それ以上に妖艶だった。 「こーへー、どう?」  片足だけを前に出すかなでさん。ただそれだけだけど、下から見るアングルでは  恐ろしいほど違ってくる。  あまり深くないスリットでも下から覗く形になると、その隙間は  見えそうで見えない魅惑をもって俺を襲う。 「オトナノオンナは、リードするもんだよね・・・だから、今日は私がしてあげる。  こーへーにオトナノオンナを刻み込んであげる」  再び背筋を走る冷たい感触。 「か、かなでさん・・・」 「こーへー・・・オトナノオンナをたくさん感じてね」  ・  ・  ・ 「こーへー、怒ってる?」 「怒ってないですけど、やりすぎですって・・・」  そう、やりすぎだった、いろんな意味で。 「ごめんなさい・・・」  しゅんとするかなでさん。 「でも・・・たまにはあーゆーのも良いかも」 「本当? 私ってオトナノオンナだった?」 「それは違うと思うんですけどね」 「うー・・・」  またしゅんとする。 「かなでさん、無理に背伸びしなくても俺から見れば充分大人ですよ」  だって、いつも俺の手をとって連れ出してくれる。  昔から俺より先を走る、憧れで大好きなお姉ちゃんだったんだから。 「本当?」  さっきから俺の返事で一喜一憂してるかなでさん。  まるで犬みたいだな、飼い主の一言で沈んだり喜んだり。 「こーへー?」 「あ、いや・・・」 「ん?」  思わずいぬ耳をつけたかなでさんを想像してしまった。  想像の中でかなでさんはしっぽをふっていて、何故かYシャツだけの姿だった。  ・・・どうやら俺も少し壊れたようだ。 「こーへー・・・えっちな事考えてるでしょ?」 「っ!」 「ふふっ、また大きくなってるよ?」 「・・・」  恥ずかしくて俺は何も言えなかった。 「こーへー、ちゃんと言ってくれたら、その通りにしてあ・げ・る♪」
6月22日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「不安な気持ち」 「今日もお疲れさま、孝平くん」  生徒会の仕事を終えて寮に帰ってきた俺を陽菜は笑顔で出迎えてくれた。 「ただいま、陽菜。でも毎日この時間に玄関にいるの大変だろう?」 「ううん、そんなことないよ。ずっとここで待ってるわけじゃないから」  孝平くんが帰ってくる時間がいつも同じだからって笑って言う陽菜。  確かにここ最近ずっと生徒会の仕事が忙しく門限ぎりぎりになって  しまうから、帰ってくる時間はだいたい同じだ。  それでも多少の誤差はある、なのに必ず陽菜は居てくれる。 「孝平くん?」 「あ、いや・・・ありがとうな、陽菜」 「うん」  陽菜の笑顔を見ると心が癒される。生徒会の仕事の疲れもいつも  吹っ飛ぶくらいだ。  陽菜が先に俺の部屋の扉の鍵を開けて、中にはいる。  そうしてから俺は部屋へ帰る。 「ただいま」 「おかえりなさい、孝平くん」  いつものやりとりだ。誰もいない寮の部屋へ疲れて帰ってくる俺を見て  陽菜が思いついた事だった。  俺のほんの数秒前に部屋へ入るだけだが、それでも「おかえり」って  言ってくれる人がいるのがとても嬉しかった。 「孝平くん、晩ご飯は?」 「監督生室にある買い置きのパンを食べたよ」 「まだ食べれそう?」 「何かあるの?」 「少し前にね、やきそばを作ったのだけど・・・もう時間も遅いし」 「いや、ごちそうになるよ。陽菜の焼きそばは美味いからな」 「ありがとう、孝平くん」 「陽菜がお礼を言うことじゃないよ、俺こそありがとうな、陽菜」 「ごちそうさま、やっぱり美味いな」 「もぅ・・・お世辞を言っても何も出ないよ?」 「お世辞じゃないさ、俺はやきそばの味にうるさいのは知ってるだろう?  その俺が言うんだから、真実だよ」 「ありがとう、孝平くん・・・後かたづけはやっておくからお風呂入ってて」 「ふぅ・・・」  軽くお湯で身体を流してから、風呂に浸かる。  部屋にあるユニットバスだから狭く足は伸ばせないが、誰に気兼ね無く  入ることが出来る。 「なんだか陽菜に世話になりっぱなしだよなぁ」  陽菜だって寮長を引き継いで忙しいはずだ。美化委員の仕事もあるし  忙しさは俺とそう変わらない。  それなのに俺が帰ってきてからの時間をいつもこうしてくれている。 「・・・あんまり良い事じゃないよな」  俺が陽菜の負担になってないか、それが心配だった。  そう思ってるとき突然カチャ、という音がしたとともに扉が開く。 「孝平くん・・・背中流してあげるね」  バスタオルだけを身体に纏った陽菜が俺の目の前に立っていた・・・    俺は椅子に座らされて、背中を陽菜が流してくれている。 「気持ち良い?」 「あぁ・・・」  ・・・成り行きで背中を流してもらっている。  ついさっき、陽菜の負担になってるんじゃないかと考えてた俺だったが  展開が想像の上を言ってしまい、流されてしまっている。  やっぱり、俺が陽菜に寄りかかってるだけの今は良くないだろう。 「孝平くん、気持ちよくないの?」 「え?」 「だって、難しい顔をしてるから・・・」  俺の目の前に鏡がある。その鏡には俺の顔が映っている、  そして俺の後ろから鏡を覗き込む陽菜の顔が鏡に映っている。 「いや、ちょっと考え事をしてただけだよ」 「・・・」  陽菜は少し困った顔をした。 「・・えぃ!」 「え?」  陽菜は俺に抱きついてきた。 「ん・・・孝平くん、どう・・・かな?」  そしてそのまま身体を上下に揺らす。 「ねぇ・・・気持ち良い?」 「あ、あぁ・・・凄く気持ちよい」  タオル越しとはいえ、二つの大きなふくらみが俺の背中に押しつけられて  それがとてつもない感触を生んでいる。 「・・・」  その時目の前の鏡に陽菜の顔が映った。  陽菜はぎゅっと目を閉じていた。 「・・・陽菜?」 「な、なに?」 「無理、してないか?」 「そんなことないよ、孝平くんが喜んでくれることだもの、無理なんてないよ?」  陽菜の言葉で俺は気付いた。 「なぁ、陽菜」  俺は陽菜からちょっと離れて向き合う。 「孝平くん・・?」 「俺のために無茶はしないで欲しいんだ」 「無茶なんて・・・」 「陽菜、俺の目を見て同じ事が言えるか?」 「・・・」  陽菜の目線がそれる。それが答えだった。 「だって・・・」 「陽菜?」 「だって、私は孝平くんにしてあげれることがこれしかないんだもの」 「え?」 「孝平くんの生徒会のお仕事、どんなに忙しくてもお手伝いできないし・・・」 「当たり前だろう?」 「でも、千堂さんや東儀さんはお手伝いしてくれてるでしょう?」  まぁ、確かに同じ仕事仲間だし。 「いつも孝平くんの周りには綺麗な女の子がいっぱいいるの」  そう・・・か? 「孝平くんが美化委員の巡視に来てくれる時も委員の女の子に囲まれてるし」  確かに陽菜に入れ込まないようには注意してたつもりだけど・・・ 「私ね、不安なの。だから・・・」 「陽菜」  俺の言葉にぴくっ! と陽菜が震える。 「俺の隣は陽菜だけだよ」 「孝平くん・・・」 「だから無理なんてしないでいいんだよ、それで陽菜が倒れでもしたら  俺は自分が許せなくなるから」 「でも・・・」 「それに、陽菜にしか持ってない権利があるだろう?」 「あっ・・・」 「どんなに周りに女の子が居ても、この権利は陽菜だけさ」 「うん・・・ありがとう、孝平くん」  今日1番綺麗な陽菜の笑顔だった。 「あ・・・」 「・・・」  陽菜の目線が下がった瞬間、顔が真っ赤になった。  どんなに格好良い事を言っても、身体は正直だった。 「ねぇ、孝平くん・・・さっきの気持ちよかった?」 「あ、あぁ・・・だけどそんなこと何処で知ったんだ?」 「くすっ、女の子同士の話って凄いんだよ?」  一体どんな話があったんだろうか? 「ねぇ・・・孝平くんのを綺麗にしてあげる」  そう言うと陽菜は纏っているバスタオルを脱ぎ捨てる。  俺は思わず唾を飲み込んだ。  均整が取れた陽菜の身体は何度見ても綺麗だ。 「綺麗になったら、孝平くんので・・・私を綺麗にして」
6月12日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「瑛里華とチャイナ服と素直な気持ち」 「思ったより早く片づいたな」  放課後、部室棟で生徒会への提出書類を回収した俺は足早に監督生室へと  向かった。  今回はどの部も書類を用意していてくれたおかげで時間をほとんどとられずに  すんだ。 「いつもこうだと助かるんだけどな」  だがまだ油断できない。  この書類に書かれている事項が正しいかどうかわからないからだ。  幽霊部員による部費の水増し請求や、禁止されている家電の持ち込みなど  これからが勝負なのだ。 「ただいま、瑛里華。書類の回収を・・・」 「孝平・・・?」 「・・・すみません、部屋間違えました」  俺は一度扉を閉める。 「・・・って、監督生棟に来てるんだから部屋を間違えるわけないよな」  もう一度扉を開ける。  部屋の中にはさっきと同じ姿で固まってる瑛里華がいた。  うん、瑛里華が居るんだから部屋は間違えてない・・・はずだよな?  その瑛里華の姿が・・・ 「・・・チャイナ服?」 「きょ、今日はたまたまだからね」  たまたまチャイナ服着てる瑛里華って・・・ 「その言い訳無理ないか?」 「うぅ・・・」 「実はね、今日荷物が届いてたの」 「・・・その荷物が伊織さんからので、中にチャイナ服が入ってたわけで、  馬鹿兄貴って叫んだあと、どうしても気になって着ちゃったわけだな?」 「・・・ご名答」  ・・・冗談で言ったのに本当だったとは。 「ほら、やっぱり可愛い服って着てみたいと思うでしょう?  それと同じよ!」 「これは可愛いっていうより・・・」  腰元に深く切れ込んでいるスリットは、可愛さより艶めかしさを醸し出す。 「・・・?」  ふと疑問に思ってしまった、あのスリットの深さは腰元のかなり上の方まで  切れ込んでいる。  普通だったら見えない所にあるスリットから見えるのは肌だけ。  そこにあるべき白いものが・・・ 「孝平?」 「っ! なんでもないなんでもない!」  俺は思わず目をそらす。 「・・・あ」  瑛里華は何かに気付いたらしい。 「んふふ〜」  俺の真正面に立ち、下から見上げてくる。  その瑛里華の顔は、勝ち誇っている。 「もしかして見とれてたでしょう?」 「そ、そんなことは・・・」 「無いの?」  急にしおらしくなる。  それって反則・・・ 「・・・見とれてました」 「素直でよろしい」  そう言うと瑛里華はソファに座って足を組む。  俺は思わずスリットから覗く足に目がいってしまう。 「このチャイナ服ね、横の切れ込みが思ったより深くて・・・  見えちゃうから穿けないの」 「な・・・」  思わず何を? とわかってる答えを聞いてしまいそうになる。 「んふふ〜、孝平ってわかりやすいわよね」  そう言いながら瑛里華は足を組み替える。 「っ!」 「ねぇ、どうしたい?」  一時の感情にまかせてしまうと今日の仕事はまず終わらなくなるし、  それに・・・その・・・ 「さっきは素直だった孝平は何処に行ったのかしらね?」  負けちゃ駄目だ、負けちゃ駄目だ、負けちゃ駄目だ! 「ふふっ、葛藤してる孝平、可愛いわ・・・なんだかもっといじめたく  なるくらい、可愛い」 「・・・」 「ほら、孝平。私の前に座りなさい・・・気持ち良いことしてあ・げ・る」  そう言って足を組み替える瑛里華。  ・・・惚れた弱み、元から勝てる相手じゃなかった。  ということにしておくことにしよう。  結局、この日は仕事が進まなかった・・・ 「孝平ったら、そういうのも好きなのね」 「瑛里華もだろう?」 「孝平だからよ・・・あんな事、孝平にしかしないんだから」 「おれも瑛里華だから・・・その、ありがとう。気持ちよかった」 「・・・うん」
6月11日 ・Canvas2 sideshortstory 「Hammer Hell and Heaven」 「たまにはいいな、こんな夜も」  週末の夜、自宅でのんびり過ごす。  同居人のエリスは・・・ 「ねぇねぇお兄ちゃん。今夜お友達のお泊まり会行くの、いい?」 「おぅ、行って来い!」 「お兄ちゃん、悲しそうな顔で止めてくれないの?」 「止めた方が良いのか?」 「お兄ちゃんが寂しくてたまらないから行かないでって言ってくれるなら」 「きにするな、行って来い!」 「お兄ちゃんのいけずぅ・・・」  エリスの飯の心配もしないで良い、週末の夜。 「たまにはクラシックでも聴きながらワインでも飲むかな」  そういう贅沢をするのも良いかもしれないな。  エリスもだいぶなれたとはいえ、やはり赤はまだ辛いようだから、  こんな時だからこそ、のんびりと飲むのも良いかもしれない。 「あれ、あの時美咲はワイン飲んでたよな。エリスはだいじょうぶ  だったのか?」  ・・・まぁ、いいか。酔っていたとはいえ、克服できてるのなら  それは良いことだからな。  冷蔵庫につまみになるものでもあるかな・・・  探しにリビングに行こうとしたとき、電話がなった。 「はい、上倉・・・」 「浩樹! 元気〜?」  陽気すぎる霧の声が受話器から聞こえてきた。 「・・・霧、おまえ酔ってるか?」 「酔ってるわけないじゃないのぉ、だから迎えに来てね」  酔ってる人ほど酔ってないって言うんですけどね・・・ 「迎えにこいって、おまえ何処に居るんだ?」 「んー、駅前のいつもの所。あ、車できてね〜、ばいば〜い!」 「おい、霧!」  ツーツー・・・ 「電話きりやがった・・・さて、どうするか」  霧の呼び出しに答える義理は無い・・・はずなのだが、迎えに行かないと  後が怖い。 「仕方がないな、行っておくか」  借りを貸しておくのも悪くはないな。  俺は霧を迎えに行くことにしたが・・・ 「なんで車なんだ?」 「お邪魔しますわ」 「失礼します」 「狭いところで申し訳ないんだけどね〜」 「霧、おまえが言うか? というか、なんでみんなで俺の部屋へと来るんだ?」  駅前の居酒屋に迎えに言った俺は、車で来いという理由がわかった。  霧が一緒に飲んでいたのは、理事長代理と確か萩野の担当者だった。 「送って行けばいいのか?」 「違うわよ、これからアンタの家で2次会よ!」  ・・・といういきさつである。 「ここが上倉先生のご自宅なのですね」  一人酔ってないであろう、理事長代理が家の中を見回す。 「あんまり見ないでください、理事長代理。ぼろが出てきますから」 「上倉先生」 「はい?」 「私のことは、紗綾とおよびくださいませ」 「・・・はい?」 「ほら、紗綾さんも紫衣さんもこっちに座って、続き飲みましょうよ!  浩樹、ビールちょうだい!」 「よろしくお願いいたします、上倉先生」 「いや、なんで俺のビールをださなきゃいかんのだ?」 「ひーろーきー? なんか言った?」 「・・・いえ、好きなだけ飲んでください」  うぅ・・・俺って弱すぎる。 「やっぱりここに来て正解だったわね〜、おつまみ美味しいし」 「えぇ、本当に美味しいですわぁ」 「お店も開けるんじゃないかしら」  リビングで酒盛りする美女3人。  俺は何故かつまみまで作らされていた。 「あら、こんな所にワインが・・・」 「あ、それは」  さっき俺が飲もうとして用意しておいたワインの瓶を理事長代理が発見して  しまった。 「いいわねぇ、開けちゃいましょう!」 「おい!」  霧がコップにワインをなみなみとつぐ。 「かんぱーい!」 「「乾杯!!」」  グラス同士がふれあう涼しげな音と・・・ 「ぷはぁ!」  何故かワインを一気飲みする皆様方。  そういう飲み方をするものじゃないんだけど、と心の中でつっこみをいれる。 「ねぇ、そろそろ浩樹も飲みなさいよ!」 「そうですわ、上倉先生。ご一緒しましょう!」 「そうそう、そんなところで一人じゃ寂しいでしょう?」 「・・・」  もはや言い返す気力も無かった。 「こーなったら俺も飲むぞ」  一人素面でいる理由もない、俺は缶ビールのプルトップを開ける。  ・・・あぁ、優雅な夜は何処に行ったんだろう? 「ところで、浩樹。エリスちゃん襲ってないでしょうね?」 「ぶっ!」 「あ、きったなーい」 「き、霧。おまえが変なこというからだぞ」 「だって、いっつもエリスちゃんの下着もアンタが洗ってるんでしょう?」  まぁ、確かにその通りだが・・・ 「エリスちゃんの下着をみてむらむらして襲ってるんじゃないかしらって」 「あらあら、上倉先生は狼さんだったんですね〜」 「ただの変態じゃないの?」  言いたい放題言われてるな、俺。  でもここで言い返すほど俺は子供じゃない、大人な対応で行こう。 「まったく、ガキの下着くらいで興奮するわけないだろうに・・・」  俺は缶ビールに口を付ける。 「でしたら私のパンティでは興奮してくださるんでしょうか?」 「ぶっ!!」 「浩樹、汚いって言ってるでしょう?」 「悪い、じゃなくて理事長代理、何を言うんですか?」 「上倉先生!」  理事長代理の目が俺をまっすぐ見据える。 「はいっ!」  その鋭さに思わず返事をする。 「私のことは紗綾ちゃんって呼んでくださいって言ったじゃないですか」 「言ってないですから・・・俺は部屋に戻ります」  危険な展開になってきてるので、俺は逃げることにした。 「上倉先生」  すっと俺の目の前に立つ理事長代理。 「てやっ!」 「へっ?」  俺の視界が180度回る。  気付いたときにはリビングのソファに座らされている。  ・・・どうやら理事長代理に投げられたようだ。 「ほら、浩樹ったら見せてくれるんだから見ないとだめでしょ?」 「そうですよ、上倉さん」 「俺は別に見たいわけじゃない!」 「・・・ねぇ、霧さん。この人へたれ?」  ぐさっ! 「んー、優柔不断の天然ジゴロだけど、へたれなのは確かね」  ぐさぐさっ! 「言葉の暴力って痛いね・・・しくしくしく」 「さ、上倉先生。見てくださいね」  そう言うと理事長代理はタイトスカートの裾をめくりあげ始めた。  酔っているのか、少し頬が赤いのだが、それが恥じらってるように見える。  ・・・やばい、これはやばい。  前回の二の舞以前に、今度のメンバーは前と違って大人だ。  ガキだからといってごまかせるレベルじゃない! 「り、理事長代理。正気に戻ってください!!」 「上倉先生!」 「・・・」  理事長代理はにこっと笑ってこう続けた。 「私のことは紗綾様って呼んでくださいね」 「さっきと違うから! じゃなくて・・・」  理事長代理はゆっくりとスカートをたくしあげて、その下にいかにも  高そうな白い下着が見えていた。 「どう・・・でしょうか?」 「あ、いや、その・・・高価そうですね」 「・・・」  そっと手を離すと、スカートが元の位置に戻る。 「上倉先生ってうぶですわね」  もはや言い返す気力も無い。でも、耐えきれた俺に拍手を送りたい気分だ。 「じゃぁ、次は私かしらね」  俺の横に待機してた萩野の担当の・・・あれ、誰だっけ? 「私のスカートはめくれないから・・・えいっ!」  ぱちっという音とともにスカートが落ちた。  そこにはいかにもキャリアウーマンっていえるような人が履いてる黒い  ストッキングとその奥に見えるシンプルな白い下着が・・・  以前見せられた藤浪と同じ条件のはずなのだが・・・ 「どうかしら?」  両手を頭の後ろで組んで腰を揺らす。 「・・・」  やばい、大人の色香がありすぎる。 「んふふ、私もまだまだ捨てたもんじゃないみたいね」 「・・・むー、まだわからないもん、私のパンツで一番興奮するかもしれない  じゃない!」 「霧さん、負け惜しみは良いわよ?」 「紫衣さん・・・この勝負受けたわ! 浩樹! 私のも見なさい!」  そういって俺の正面に立つ霧は・・・ 「・・・」  俺に背を向けた。 「そ、そんなにじろじろみないでよ」 「おまえが見ろっていったんだろう? それに嫌なら俺は見ないぞ?」 「駄目っ! 見るの!!」  そういって俺にお尻を向けて勢いよくジーンズを下ろす。 「え?」 「あら?」 「まぁ?」  CG:ブタベスト様作  勢いありすぎて、下着ごと下ろしてしまった霧がそこにいた。  手に引っかかったのだろうか、かろうじて途中でとまってはいるものの  お尻は丸出しになっている。  もうちょっと降りてしまえば、大事なところまで見えてただろう。 「あらあら、霧さんって大胆なんですね」 「そうね〜、私でもそこまでは出来ないわ」 「あら、紫衣さん。私なら出来ますわよ?」 「紗綾さん? なら私だって!」  俺の横で言い争い?を始める二人。  そして霧はというと、まだその格好で固まっていた。 「なぁ、霧・・・風邪ひくぞ?」 「・・・このぉ、シスコンロリコン天然ジゴロ変態へたれスケベ! 見るなぁ!!」 「ぐはっ!」  霧の素早い振り向きざまの一撃が俺にヒットする。  失いつつある意識の片隅で、俺は思う。  優雅な夜って俺には絶対ないんだろうな、と・・・  翌朝、死屍累々の上倉家に帰ってきたエリスがこの惨状を見て 「お兄ちゃん、何があったか説明してくれるよね?」  と、笑いながら詰め寄ってきた。  笑っているのに恐ろしいほどのオーラを纏ったエリス。  俺に逆らう術は無く、逃げる術も無く。  風前の灯火ってこう言うことをいうのかな、そう思った・・・
6月7日 ANOTHER VIEW 支倉孝平 「ふぅ、今日はこんなものかな?」 「そうね、これくらいで上がりましょうか」 「はい、ではカップを片づけますね」  白ちゃんが俺達のカップを洗いに給湯室へと行くのを見ながら  俺は目の前の書類をまとめた。 「この調子なら明日は早めに切り上げられそうだね」 「えぇ、そうね・・・」  瑛里華の顔が曇る。 「ねぇ、孝平・・・その・・・」 「瑛里華?」 「ううん、なんでもないの。明日もがんばりましょう」  瑛里華は笑いながらそう話を締めくくる。  その笑いの奥にある瑛里華の心を知っていながら俺は何も言わなかった。 「瑛里華、白ちゃん。食堂よっていく?」 「はい、よろしければご一緒させてください」 「そうね、先に食べて行っちゃいましょうか」 「よし、今日も食べるぞ!」 「支倉先輩は何を食べるんですか?」 「白、聞くだけ野暮って物よ。どうせ焼きそばに決まってるんだから」 「違うぞ、瑛里華。今日はあんかけ焼きそばだ」 「同じじゃない」 「違う! ただの焼きそばとあんがかかってる焼きそばではな・・・」  いつものような会話をしながら、俺は痛む心をごまかし続ける。  いくら明日の為とはいえ、瑛里華に隠し事はしたくないし、瑛里華も  明日のことで心を痛めてるに違いない。  いっそのこと俺達だけで・・・と思ってしまう。  でも、それは駄目だ。瑛里華の為にも・・・の為にも。 「ふぁ〜」 「おっきな欠伸ね」  食事の終わった後に俺は欠伸をする。 「んー、最近寝不足かもしれないな」 「夜ちゃんと寝てるの?」 「寝てるはずなんだけどな・・・ふぁ〜」 「支倉先輩、大丈夫ですか?」 「あぁ、大丈夫だろうけど、今日は早めに寝させてもらうかな」 「・・・そうね、その方が良いわ」 「悪いな、二人とも。課題もあるし先に休ませてもらうね」 「支倉先輩、お疲れさまでした」 「・・・孝平!」 「なに?」 「・・・ううん、お大事に」 「おいおい、俺は病人じゃないぞ?」 「そう・・・よね。お休み、孝平」 「あぁ、お休み、瑛里華、白ちゃん」 「・・・」  ふと思ったけど、このことがばれた後に俺はどうなるんだろうか? 「・・・瑛里華に殴られるくらいの覚悟はしておいた方がいいだろうな」  自室に戻った俺は、シャワーを浴びて頭をすっきりさせる。  それから青砥先生の元へと行く。 「許可は出すが・・・まぁ程々にして起きなさい」 「はい、ありがとうございます」  これで俺の外泊許可が下りた。  青砥先生の見送りで寮から出た俺の行く先は、旧敷地のさらに奥。  監督生棟だった。  いつもの部屋に入って電気をつける。  監督生棟が奥まった場所にあるので、見つかる心配はないのだが  念のため窓のカーテンは閉めておく。  それでもついている明かりまで隠せるわけではなく、外から見れば  すぐに誰かが居ることがわかってしまうだろう。 「・・・よしっ!」  寮を出てくる前に買ったペットボトルを机の上におき、俺は先ほどの  仕事の続きを始めた。 「・・・」  無言で書類とにらめっこ。  意見を聞きたい内容の書類は、はじいて後回し。  自分で出来る仕事のみをただひたすらこなしていく。  ある程度進んだら、白ちゃんの分の仕事も始める。 「・・・」  瑛里華の分の仕事もしたくなるが、それは我慢する。  察しがいい瑛里華は、少しでも仕事が進んでいると疑ってくるだろう。  「昨日、何をしてたの?」と。  もしかすると「何をたくらんでるの?」と言われるかもしれない。  今の俺はその問いかけを無視出来るとは思えないから、瑛里華の分は  放っておく。 「それでも、俺の分や白ちゃんの分が減ってるんだから、疑われるだろうな」  それも明日の為、瑛里華の為・・・  そう言い聞かせて俺は仕事をこなしていった。 「・・・ん」  窓から差し込む朝日に俺は目を覚ます。 「・・・寝ちゃったか」  一段落して気が抜けた瞬間に、俺は眠ってしまったようだ。  腕時計を見ると、もうすぐ寮の玄関の鍵が開けられる時間。 「一度部屋に戻らないとな・・・」  のろのろと部屋の片づけをし、俺は寮へと戻る。  幸い早い時間のため寮の通路には人の気配は無かった。  誰にも見つかることなく、俺は自分の部屋へと入る。  そして俺はそのままベットに倒れ込む。  少しくらいは・・・寝ても大丈夫だろう。  そう思った瞬間に俺の意識は途切れた。 ANOTHER VIEW END ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「初めての誕生会」 「ふぅ、今日はこんなものかな?」 「そうね、これくらいで上がりましょうか」 「はい、ではカップを片づけますね」  白が私たちのカップを洗いに給湯室へと消えていく。 「この調子なら明日は早めに切り上げられそうだね」 「えぇ、そうね・・・」  明日・・・6月7日は私の誕生日。  去年の今頃はあまりにいろいろありすぎて・・・  そのころの私には誕生日を祝う風習なんてなかった。  でも、その後の母様の誕生日を見て。  私も孝平に祝って欲しいな、とおもった。 「ねぇ、孝平・・・その・・・」 「瑛里華?」 「ううん、なんでもないの。明日もがんばりましょう」  私は笑顔で話を締めくくる。  言えなかった。  誕生日の話をするのは、祝って欲しいから。  だけど、祝って欲しいから話をするのは押しつけがましい気がする。  帰り道、孝平と白と普通に会話して。  食堂でも普通に過ごして。  孝平が眠そうだったから、先に部屋へ帰ってしまって。  私は一人自室へと戻った。 「・・・孝平」  私は携帯電話を手に持って・・・そのままベットの上に手放した。  食事の時の孝平の様子を見ると、かなり疲れてそうだった。  休むっていってたからもう寝てるかもしれない。  電話をしたとき寝てたら起こしてしまう。 「・・・孝平の馬鹿」  私はベットに潜って頭から毛布をかぶった。 「・・・孝平」 「・・・酷い顔」  目が覚めた後に入った洗面所での自分の顔をみた第一印象だった。  冷たい水で顔を洗い、髪を整えようとして、昨日シャワーを浴びて  居なかったことに気付いた私は、そのままシャワーを浴びる。  身支度を整えて、時計を見る。 「今日も生徒会の仕事、か・・・」  もうすぐ待ち合わせの時間になる。  確か白はローレルリングの活動があるからすぐには来れないのよね。  そうなると孝平と二人っきり。 「二人っきり・・・」  言葉だけなら凄く甘い気がするけど、現実は書類に追われる時間でしか  無かった。 「それでも、ずっと一緒に居られるのなら・・・」  そう、良い方に考えながら私は寮の出口へと向かった。 「・・・遅いわね」  一緒に登校しようと思って待っているのに孝平は出てこない。  このままだと授業に遅刻してしまう。  仕方がないので、孝平を迎えに行くことにする。 「孝平、起きてる?」  ドアをノックしても返事は無い。 「孝平?」  ドアノブを回すと、ドアは開いた。 「孝平、いつまで待たせるの・・・孝平?」  昨日の夕食の後の別れたままの格好で、ベットに倒れ込むように  孝平は眠っていた。 「・・・まったくだらしないわね」  食事の後からずっと眠っていたのだろうか? 「孝平、ほら、起きなさい」  軽く身体を揺らす。 「孝平」  ・・・起きなかった。 「孝平、起きないと凄いことしちゃうわよ?」  「・・・」 「孝平・・・起きてない・・よね?」  安らかに眠っている孝平の顔をみて、私は無性に孝平が欲しくなった。 「凄いこと・・・しちゃう、よ?」  私はそっと孝平の顔に近づく。  そっと、そっと・・・  もう少しで唇が触れる、その時に。 「ん・・・」 「えっ!」  孝平が目を覚ました。 「えっと、その・・・えいっ!」  ぎゅー!っと音がするくらい、孝平のほっぺたをつねってしまった。 「いた、いただただだだだ!」 「いくらなんでもこの起こし方は無いだろう?」 「だって、いくら起こしても起きないんですもの」 「・・・あれ、なんか既視感が」 「っ! そ、そんなことより遅刻しちゃうわよ、ほら、早く準備して!」 「・・・」 「・・・」  午後の監督生室での生徒会の仕事は・・・仕事にならなかった。 「ねぇ、孝平?」 「・・・ん?」 「ううん、なんでもないわ」  割り切っているつもりでも今日のことが割り切れない私。 「・・・」 「孝平?」 「・・・あ、呼んだか?」 「ん、もぅ、さっきから頭がふらふらしてるわよ?」  眠そうに仕事をしてる孝平。  仕事の進みはいつも以下だった。 「まったく、こんなんじゃ明日も仕事になっちゃいそうね」 「・・・」  書類に目を通しながら孝平に話しかける、けど返事が無い。 「孝平」  ごんっ! という大きな音がした。 「・・・」 「・・・痛い」  私の目の前でおもいっきり頭を机にぶつけてる孝平がいた。 「そんなに眠いと、仕事の効率が良くないわよ。少し休んだらどう?」 「そう言うわけにもいかない・・・」 「・・・孝平、会長命令よ。今から1時間寝なさい」 「・・・」 「・・・」  二人で見つめ合う事数秒。 「わかった、30分で起こしてくれ」  そう言うと孝平はソファに移動した。  座ったかと思うと安らかに寝息を立て始めた。 「・・・この、頑固者」  私は孝平の横に座る。 「・・・可愛い」  今朝も見た孝平の可愛い寝顔。 「・・・孝平?」  呼びかけてみる・・・反応はない。 「はぁ、孝平。貴方の可愛い彼女は今日は誕生日なのよ?」  寝ている孝平は何も言ってはくれない。 「彼女の誕生日に仕事して、そして寝ちゃってるだなんて・・・  嫌われちゃうぞ?」  ・・・ううん、私は嫌いにならない。こんなにも不器用に一生懸命な  孝平だから、大好き。 「・・・孝平」  私はそっと孝平に寄り添う。  暖かい・・・  私の誕生日、もう何もしてくれなくてもいい。  ただ、ずっと私のそばにいてね、孝平・・・ 「支倉先輩に瑛里華先輩、起きてください!」  夕方、白に起こされるまで二人で眠ってしまった。 「もぅ、お二人とも気持ちよさそうに眠ってるんですもの。  私どうしようかとおもっちゃいました」 「ごめん、白ちゃん」 「ごめんなさい」  二人で白に謝る。 「支倉先輩、そろそろお時間なのですが、大丈夫ですか?」 「あぁ、明日は休みにしてもなんとかなるんじゃないかな」 「何言ってるの、今日寝ちゃった分を取り戻さないと来週きついわよ?」 「大丈夫だよ、瑛里華。何とかなるさ。それよりも時間だ、そろそろ行こうか」 「時間? 行く? 何処へ?」 「行けばわかるさ、なぁ、白ちゃん」 「はい♪」  孝平のまるでいたずらをする男の子のような笑顔と、心の底から楽しそうに  笑ってる白の笑顔。 「いったいなんなの?」 「誕生日おめでとう!!」  千堂家に連れてこられた私は、クラッカーの洗礼を浴びた。  部屋の中には母様と紅瀬さんに、兄さんに征一郎さんがいる。  私は・・・ 「なにぼーっとしてるんだよ、瑛里華」 「孝平?」 「主役なんだから、胸を張りな!」  そういって私の背中を押してくれた。 「瑛里華、ここに座ると良い。桐葉、頼めるか?」 「えぇ」  私が座らせた席の前に、紅瀬さんが大きなケーキを用意してくれた。  そこにはろうそくが立てられている。 「ご静聴〜」  兄さんの言葉で、みんなが私の為に歌ってくれる。 「ハッピバースデートゥーユー!」 「ほら、瑛里華。ろうそくを・・・」  言われるがままに私はろうそくを吹き消す。 「誕生日おめでとう!」  みんなの拍手と暖かい言葉。 「瑛里華?」 「ありが・・・とう・・・みんな」  今まで思っても見なかった、望んでも手に入らなかった、憧れてた風景が  目の前にある。  家族である母様と兄さん。  大事な友達の、征一郎さんと白。  そして愛しい人・・・  みんなが私を祝ってくれる。 「ほら、瑛里華は主役なんだから笑わなくっちゃ」 「・・・うん」  たくさんのお祝いの言葉と、プレゼントをもらった私は実家の私の部屋へと  戻ってきた。  もう夜も遅いので寮に帰らず、泊まっていくことになった。  もちろん・・・ 「今日は楽しかったわ、ありがとう、孝平」 「俺は何もしてないさ、ただ話に乗っただけだよ」  孝平も一緒に。 「本当はふたりっきりでお祝いしたかったんだけどさ・・・」  孝平は窓の外を見ながら、話を始める。  私は胸元のリボンをほどきながら孝平の声に耳を傾ける。  孝平も誕生日の事を考え出した頃、紅瀬さん経由で母様から  誕生会を開くという話があったそうだ。 「紅瀬さんが言うには去年のお返しみたいだって」  さっきの誕生会での紅瀬さんとの話を思い出す。  母様と和解して初めての母様の誕生日は驚かせてあげたくて秘密にした。 「その仕返しじゃないかしら?」 「なら、紅瀬さん。お願いがあるんだけど良いかしら?」 「何?」 「来月の母様の誕生日で仕返ししたいから、その時絶対に珠津島に帰ってくるように  母様を誘導してね」 「・・・本当に似たもの親子よね」   「それで、孝平は今日の時間を作るために無茶したわけね?」  私はスカートを脱ぐ、そのままベットに座るとしわになるからだ。 「それは悪いと思ったけど・・・って瑛里華!」 「ん、何かしら?」  振り返った孝平は私の格好を見て目を丸くしたと思ったら、すぐに顔を逸らす。 「なんでそんな格好してるんだよ」 「私のパジャマは寮に置きっぱなしだし、そのまま座ると制服が  しわになっちゃうからよ」 「だからって、その・・・」 「それとも、あれを着て欲しいのかしら?」  それは、さっきの誕生会でのプレゼント。 「瑛里華、俺からはこれをプレゼントしよう!」  そういって兄さんから渡された白い箱に、なんだか見覚えがあった。 「・・・ねぇ、兄さん。私、なんだか既視感を感じるんだけど」 「そうかい? 瑛里華に贈るのは初めてのはずだけど」  私はその箱をあけると、そこには・・・ 「あ、それは!」  白がその服をみて声をあげる。 「瑛里華先輩、私のとお揃いですね」 「・・・伊織、それはどういう意味だ?」 「いや、白ちゃんには以前これと同じのをプレゼントしたことがあるんだよ。  たぶん瑛里華も着たいだろうなっておもって用意したんだ」 「伊織、後で話がある」 「いやん、痛くしないでね」 「・・・」 「おや、瑛里華。嬉しくて声もでないのかい? いやぁ、贈った甲斐があったよ。  あ、それとも今流行のチャイナ服の方が良かったかい?」 「このぉ、馬鹿兄貴っ!!」  私は思いっきり兄さんを殴り飛ばした。 「白じゃあるまいし、私には似合わないわよ」 「そんなこと無いと思うけどな」 「そう、それじゃぁ着てあげましょうか?」 「・・・いや、今はいいよ」 「くすっ、そうね。私も今はやめておくわ。でないと明日の朝  起きれなくなっちゃいそうだもの」 「・・・」 「ねぇ、孝平。孝平の本当のプレゼントは、いつくれるのかしら?」 「本当の?」 「えぇ、私は孝平が欲しいわ。孝平の愛の証を、私の中に欲しいの・・・」 「・・・ふぅ、あんまり言うと本当に明日、デートに出かけられなくなるぞ?」 「そうしたら一日中一緒に居てくれるんでしょう?」 「もちろん」 「なら良いじゃない。ねぇ、孝平・・・」 「その前に瑛里華。もう一度言わせてくれ。誕生日おめでとう」 「ありがとう、孝平」  孝平からの本当のプレゼントは優しいキスから始まった。  誕生日の翌週の月曜日。  授業が終わってから俺達はいつも通り監督生室にやってきて  仕事を始めるわけなのだが・・・ 「・・・はぅっ!?」 「瑛里華?」  何かの書類をみて瑛里華が固まっていた。 「どうした?」 「孝平・・・この書類の学院の提出期限、今日までよ」  瑛里華は目の前の書類の束をさしてそう言った。 「そんなはずはないだろう? 提出期限の近い書類は俺が週末徹夜で  かたづけたはずなんだから」 「でも、間違いなく今日までよ」  おかしい、俺が金曜に徹夜して自分の分と白ちゃんの分を終わらせて、  土曜の午後に瑛里華の分を手伝えば全て問題なく・・・ 「あ゛」  そうだった、土曜の午後は俺も瑛里華も寝てしまったんだ。  そのことをすっかりわすれてた。  日曜は瑛里華を誘ってデートしたから仕事をしてないし・・・ 「ということは・・・」 「・・・やるしかないわ」 「すまん、瑛里華。俺のスケジュールミスだ」 「いいのよ、これは私の仕事だったんだし、そもそも土曜日私が  寝ちゃったのが原因だし」 「俺も手伝えばなんとなかるだろう」 「でも孝平には孝平の」 「今は先に今日提出の書類を片づけよう。後のことは後だ」 「うん・・・ありがとう、孝平」  昨日までの甘い週末を思い返せないくらい、多忙な1週間が始まった。
5月29日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「少女と欅と」 「かなでさん、がんばって欅を守りましょう!」 「うん、がんばろうね!」 「それじゃぁ俺は水はけを良くするために溝を掘りますね」 「私も手伝うよ」  私はシャベルをもってみずはけを良くするための溝を掘る。  こーへーは大きなスコップで力一杯地面を掘り返そうとする。  でも土の質が悪いのか、なかなか上手くいかない。 「これは骨が折れそうだな」 「そうだね、こーへー。でもがんばらなくちゃ!」 「わかってます。伐採なんてさせませんから」 「その意気だよ、こーへー」  ずっとしゃがんでると身体が痛くなってくる。  私は身体をほぐそうと、一度立ち上がって・・・ 「あれ?」  世界が止まった。  目の前の風景が急に止まったように見える。  いや、止まったように見えるだけで実際は動いてる。  すごくゆっくりと、視界が広がっていく。  広がって見えるのは私が空の方を向いているから。  ・・・なんで私は空の方を見ているの?  ゆっくりと私の視界が上に向かって広がっていく。 「かなでさん? かなでさん!!」  こーへーの呼ぶ声がする。  私は返事をしようとして・・・あ、そうか。  私は倒れたみたい、そのことに気付いた瞬間に・・・  全てが暗転した。  ・・・あれ? ここはどこだろう?  意識がぼーっとしている。目を開いても何も見えてないきがする。  ・・・違う、天井が見える。でも知らない天井。 「お姉ちゃん?」  聞き慣れた私を呼ぶ声がする。 「お姉ちゃん!」 「ひなちゃん?」 「お姉ちゃん・・・良かった」  ひなちゃんが私に抱きついて、涙を流している。 「ひなちゃん・・・だいじょうぶだよ」  私はそっとひなちゃんの背中をさすってあげる。  昔からこうすると落ち着くから。  ひなちゃんも、私も。 「かなでさん!」 「あ、こーへー」 「大丈夫ですか?」 「大丈夫も何も、ただの寝起きで何心配してるの?」 「かなで・・・さん?」 「お姉ちゃん、覚えてないの?」 「ん、なにを?」 「・・・」  ひなちゃんの顔が少しゆがむ。  その時初めて気付いた、この部屋がどういう部屋なのかを。  知らない天井を見てすぐに気付くべきだった。 「ねぇ、こーへー。私に何があったの?」 「かなでさんは・・・寮の裏での作業中に倒れて病院へ搬送されたんです」 「え?」  驚きが私を襲った。  こーへーに言わて、私がついさっきまで何をしていたのかを思い出した。  病気にかかった欅を助けるために、栄養を与えたり植えてある花壇を  改良しようとがんばってたときに・・・私は倒れたんだ。 「そっか・・・心配かけてごめんね」 「ううん、そんなことないよ」 「そうですよ、かなでさん。今日はゆっくり休んでてください。」 「でも寮の仕事や欅が・・・」 「お姉ちゃん、寮は私にまかせて」 「欅は俺に任せてください。だから今日はゆっくりと休んでください」 「・・・うん、わかった。二人ともお願いね」 「まかせて、お姉ちゃん!」 「がんばります」 「私も明日には帰るからそれまでよろしくね!」 「・・・うん」 「あの、かなでさん」 「何?」 「・・・いえ、がんばってきます!」  このときの二人の反応を見て、私はもしかしてと思った。  そしてその予想通り。  私は翌日、退院出来なかった。 「なんで退院できないのー、つまんないー!」 「念のための検査入院なんですから、数日くらい我慢してください」 「でもでも、1日中こんな病室にいるなんておもしろくない!」 「あともう少しの我慢ですから」  お見舞いに来てくれたこーへーとの楽しいおしゃべり。  でも私がここにいる限り、おしゃべりいじょうの事は何も出来ない。  欅のことも気になるし、寮の事も気になる。  何よりこーへーと一緒にいられる時間が全然ない。 「俺だって寂しいですよ、でもかなでさんの為でもあるんだし」 「こーへーは心配性だなぁ。私が元気いっぱいだってことは見てわかるでしょ?」 「確かに、元気が余ってるようですね」 「だから、退院したらデートしよ?」 「・・・かなでさんはどこかに行きたいところあります?」 「こーへーと一緒ならどこでも良いよ、だって何処へ行ったって楽しいから」  そう、こーへーと一緒ならどこでも楽しい。  それが病室であっても。楽しいからこそ、こーへーが居なくなったら、そこは  どこであっても楽しくない。  私の下の部屋にこーへーを感じることが出来るから、寮ならいつでもこーへーと  一緒。だけど、ここではこーへーを感じられない。  だから早く寮に戻りたい・・・みんなが、こーへーが居るあの場所へ・・・   「やっぱり我が家は落ち着くなぁ」  やっと退院できて寮の自分の部屋。  ほんの数日空けただけなのに、すごく懐かしい気がする。 「・・・」  私はもうすぐ卒業してしまう。そうなればこの部屋には帰って  これなくなる。  当たり前のことなのに、なんで急に怖く思うんだろう。 「・・・ううん、そんなことよりもこーへーの所に行かなくっちゃ!」  ベランダに出て非常口のふたを開ける。  梯子をおろしてから、降りる。そこはこーへーの部屋。 「やっほー、こーへー!」 「かなでさん、またベランダから・・・病み上がりなんだから  無理しないでください」 「病み上がりっていったって、私何処も悪くないんだよ?」  そう、私は何処も悪くなかった。  念のための検査の結果は異常なし。  倒れたのも疲れがたまったためだろう、という診断が出てやっと私は  退院できた。 「それでも病み上がりには変わりませんから、気をつけてくださいね」 「はーい」  こーへーが心配してくれる、少しの間は注意した方がいいかな? 「孝平くん、お姉ちゃん来てる?」 「あ、ひなちゃん! それにみんなも!」 「退院おめでとうございます、悠木先輩」 「やっぱりお茶会に寮長いないと駄目だよな」 「悠木先輩、お見舞いにきんつばを買ってきました。よかったら食べてください」 「ありがとう、みんな! 今日は快気祝いにじゃんじゃんのもー!」 「かなでさん、お酒飲むような言い方やめてください」 「いいの、楽しく行こー!」 「ふぅ、世は満足じゃ」 「いつの時代の人ですか・・っと、これで終わり」  こーへーが後かたづけをしてる間、私はベットの上に寝転がっていた。  手伝おうとしたんだけど、こーへーに断られた。 「主賓が働いてどうするんですか」って。  病み上がりなんだからって、こーへーは言う。  もぅ、心配しすぎ! でも・・・嬉しいな。  私をちゃんと見ていてくれてるんだもの。 「それじゃぁかなでさん。今日はゆっくり休んでくださいね」 「えー、帰んなくちゃだめ?」 「今日は駄目です」 「私元気だよ?」 「それでも駄目です」 「こーへーのけち!」 「けちでも良いですから、今日はゆっくり休んでください」 「・・・わかった。今日は言うこと聞くね。だから今度は・・・その、ね?」 「・・・はい」  こーへーは顔を真っ赤にして、それでもちゃんと頷いてくれた。 「よし、お姉ちゃんは今日は撤退しまーす!」  私はベランダに出て、梯子に足をかける。 「それじゃぁおやすみなさーい!」 「おやすみなさい、かなでさん」  こーへーの挨拶を聞いてから私はいつものように梯子を登って・・・  あれ?  なんだろう、梯子を登るだけなのになんでこんなに疲れるんだろう?  いつもやっている事なのに、身体が思うように動かない。  ・・・身体が重い、まずい!  そう思った時には私は足を踏み外していた。 「きゃっ!」 「かなでさん!」  私は襲ってくるであろう衝撃に目を閉じた。 「・・・あれ?」  硬いベランダに叩きつけられる衝撃は無く、暖かい大きな何かに  包まれていた。  考えるまでもない、私はこーへーの胸の中に落ちたのだ。 「かなでさん、だいじょうぶですか?」 「こ−へー! 私のことよりこーへーはだいじょうぶなの?」 「大丈夫です、そんなことよりかなでさんは?」 「・・・うん、だいじょうぶ。こーへーが抱きとめてくれたから私は・・・」  こーへーが抱きとめてくれたから?  私は? 「!?」  もしかして私ったらこーへーに抱きついてる? 「わ、わわわ、こーへー、ごめん!」 「あわてないで、かなでさん。落ち着いて深呼吸して」 「すーはーすーはー」 「もう、だいじょうぶですよ」 「・・・うん、ありがとう」  こーへーはそっと私をベランダに下ろしてくれた。 「かなでさん、大丈夫ですか?」 「んー・・・ちょっと身体が重く感じるかな」 「そんなことはないと思います、とっても軽かったから」 「こーへー?」 「・・・えっと、陽菜を呼びますね。今日はちゃんと中から帰ってもらいますから」  そういって携帯電話でひなちゃんに電話をし始めた。  ・・・私はそんなに重くないんだからね?   「孝平くん、お姉ちゃんが迷惑かけてごめんね」 「迷惑じゃないからだいじょうぶ。それよりもかなでさんをよろしくね」 「うん、わかった。お姉ちゃん、行こう!」 「りょーかい! こーへー、お休みなさい」 「おやすみなさい、かなでさん、陽菜」 「それじゃぁお休み、孝平くん」  私はひなちゃんに連れられて自分の部屋へと戻ってきた。 「ねぇ、お姉ちゃん。本当に大丈夫なの?」 「もう、ひなちゃんもこーへーと一緒で、心配しすぎだよ。  私の検査結果はひなちゃんも知ってるでしょう?」 「うん・・・でも、やっぱり心配だよ」 「だいじょうぶ、元気が取り柄の私だもん」 「・・・わかった、でもお姉ちゃん。無茶はしないでね?」 「これ以上こーへーやひなちゃんに心配かけないよ、だから安心してね」 「うん、それじゃお休みなさい」 「お休み、ひなちゃん」  ひなちゃんが帰った後、私はそのままベットに倒れ込んだ。 「ふぅ・・・病み上がりってのはこんなにも辛いのかな」  日常生活が疲れる、私の身体はどこも悪くないのに、まるで長期入院を  したあとのような、体力の衰えを感じる。 「・・・大丈夫、私は元気が取り柄だもん」  でも、今日はやっぱり疲れたな。  ・・・もう、このまま寝ちゃおうっと。  ・  ・  ・  その夜、私は夢を見た。    ・・・あれ?  私は寝ちゃったはずなのに?  気付くと広い広い草原のようなところに居た。 「んー・・・思い出せない」  ここに来た理由もいる理由も、もちろんここがどこかもわからないし  思い出せない。 「・・・ん?」  ずっと遠くに、少し丘になったところがある。  その麓の所に誰かがいる。 「行ってみようっと」  私は歩き出す、けどその歩みはとても遅くて重い。  何かの力が私を麓へ行くのを嫌がってるような、そんな抵抗を感じる。 「なんで? 私は行っちゃいけないの?」  それでもてがかりはあそこにしかない。  進む速度が遅くても、足が重くても少しずつ、少しずつ近づく。  そうしてやっと誰が居るか判別できる距離まで近づくことができた。  着物姿の少女と、やっぱり着物姿の青年。 「なんだかテレビでみるような、昔の格好みたい」  時代劇でみるような、そんな服装のカップルだった。  二人は何かを話してる、でもその表情から良い感じではなかった。  なんていうか・・・青年の方が押されてるような・・・ 「あれ・・・なんで声が聞こえないんだろう?」  そこまで観察して、違和感に気付いた。  もう声が届くくらいまで近づいてるはずなのに、二人の声は聞こえない。  それどころか近づく私にも気付いてない。  どうしてだろう? そう思ったとき・・・  「お姉ちゃん!」  かすかに私を呼ぶ声が聞こえる。  周囲を見回しても、あの二人以外に人は居ない。  「お姉ちゃん、起きて!」  誰だろう、この声は・・・  「お姉ちゃん!」  「かなでさん!」  あ・・・この声はこーへー?  そう思い出した瞬間、刻がとまった。  草原の草を揺らす風もとまり、すべてが止まった。  その中で動いたのは、少女だけだった。  私に向かって何かを話しかけ・・・でも声は聞こえない。  それでも私は何故か何を言われたか、わかった。 「おいきなさい、そして戻ってきてはだめ」 「お姉ちゃん!」 「かなでさん!」 「・・・おはよー、こーへーにひなちゃん」 「お姉ちゃん・・・良かった」 「・・・かなでさん、だいじょうぶですか?」 「ん? 何が? それよりも朝からそんなに騒ぐといくら夏休み  だからって近所迷惑だよ?」 「えっ?」 「・・・」 「んん? どうしたの?」 「お姉ちゃん、今何時かわかってるの?」 「んー、朝でしょ・・・え?」  私は枕元の目覚まし時計をみる。 「そんな・・・」  時計の針はもうすぐ正午をさしていた。 「かなでさんが起きてこないから、陽菜に頼んで部屋にいれてもらったんです」 「ごめんね、こーへー。午前中一人で欅のお世話させちゃって」 「それよりもかなでさんは大丈夫なんですか?」 「だいじょーぶだいじょーぶ、ただの寝坊だよ?  夏休み入って気が抜けちゃったみたい、てへへ」 「お姉ちゃん、もう一度お医者さんに行って診察受けようよ」 「だいじょうぶだって、ひなちゃん。この前の検査も異常無かったんだし」 「でも」 「かなでさん、もし今度おかしな事起きたら病院へ行きましょう。  陽菜もそれでいいよな?」 「孝平くん・・・うん、わかった。お姉ちゃん、今度何かあったらすぐだからね?」 「二人がそう言うなら・・・」  心配してくれる二人に悪いから、私はこの提案を受けた。  ま、どうせ何事もないだろうし大丈夫だろう。 「それじゃぁお昼ご飯食べに行こう! 私おなかすいちゃった!」 「ほら、こーへー早く早く!」 「かなでさん、急ぎすぎです、危ないから落ち着いてくださいって!」  欅の様子を知りたくて私は駆け足で裏庭へと向かう。 「こーへー、まだ若いんだからそれくらいでばててちゃだめだよ?」 「違いますって、ただ食べ過ぎなだけです・・・」 「食べきれないほど注文しちゃだめじゃない」 「・・・注文したのは誰ですか?」 「あはは、細かいことは気にしないっ!」  そう言いながら私は裏庭に入る。 「・・・あれ?」  欅の所に誰かがいる。  長い黒髪の少女だ。 「・・・どこかで見たような」  寮長である私は寮生全員の顔を覚えてる。その私が思い出せないって  言うことは、部外者としか考えられない。 「どうしたんですか、かなでさん?」 「あ、こーへー。欅の所にいる女の子だけど」 「誰もいませんよ?」 「え?」  私がこーへーを振り返ったほんの僅かな時間に、少女は居なくなっていた。 「あれれ、おっかしいなぁ。黒髪の確かに女の子がいたんだけどなぁ」 「黒髪? 紅瀬さんでもいたんですか?」 「きりきり?」  そう言われればきりきりと印象が似ていたなぁ、でも同じじゃないと思う。 「んー、そうだったのかなぁ・・・あっ」 「かなでさん?」 「こーへー、あれ見て!!」  私は欅の枝にある、小さな息吹を見つけた。 「芽だよ、こーへー!」  よく見ないとわからないほど小さな芽だった、でもちゃんと葉もある。 「こーへー、この子は生きようとしてるんだよ! 良かった・・・」 「かなでさん?」 「良かった・・・」 「かなでさん!!」  うれしさのあまり、張りつめていた物が切れたかのように。  私はそのまま暗闇の中に落ちていった。 「そんな!」  こーへーが叫ぶ声が聞こえる。 「どうして・・・」  ひなちゃんの声が泣いている。 「どこもおかしくないのに何故なんですか!」 「正直に言う、わからないんだよ。身体のすべての機能が正常に働いている」 「それじゃぁ何故倒れるんですか? 意識を失うんですか!」 「搬送されてきたとき、相当衰弱はしていた。  ただ、それだけなのだが、その理由がわからないんだ。  そう、たとえるなら生きる力を奪われたとしか説明できないような・・・  そんな理由などないんだがな」  ・・・生きる力を奪われた? 誰が・・・誰に? 「・・・」  気付いたとき、私の目に見慣れない天井が飛び込んで来た。  いや、つい最近同じ物を見た記憶がある。 「お姉ちゃん!」 「あ、ひなちゃん」 「お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」  ひなちゃんが私に抱きついて涙を流している。 「・・・おちついて、ひなちゃん。私は大丈夫だよ」  そっと背中をなでてあげる。  私はあと何回、こうしてひなちゃんを慰めてあげれるんだろう?  ふと、そんなことを思ってしまう。 「・・・」  さっきの私の夢は、夢じゃなかったんだ。  ひなちゃんの態度で、あの会話の意味を理解してしまった。  私は・・・どうなってしまうんだろう?  こーへー・・・ 「ねぇ、ひなちゃん。こーへーは?」 「・・・孝平くんはどうしてもしなくちゃいけないことがあるって  学院に帰ったの・・・」 「そっか。こーへーも大変だからね」 「・・・でも、こんな時くらい」 「良いんだよ、ひなちゃん。こーへーにはこーへーのするべき事があるんだから」  でも目覚めたときに居て欲しかったな・・・ ANOTHER VIEW 支倉孝平 「会長!!」 「おや、支倉君。もう病院の方はいいのかい?」 「・・・会長、1つ聞きたいことがあって、1つ報告があります」 「なんだい?」  俺は周囲に関係者以外の誰もいないことを確認してから、率直に問いただす。 「会長、かなでさんの血を吸ってませんよね?」 「え? 兄さん?」  仕事をしていた副会長が驚きの声を上げる。 「何を勘違いしてるかわからないが、俺は悠木姉の血を吸ったことはない」 「・・・ありがとうございます」 「しかし支倉君、それを聞くと言うことは何か理由があるんだろうね?」 「・・・かなでさんの事なのですが」  ・  ・  ・ 「そうか、残念ながら俺達は悠木姉に対しては何もしていない。  役に立てなくて悪かったね」 「・・・いえ、こちらこそすみませんでした」  俺は力が抜けたように椅子に座り込んだ。  会長が血を吸っていないのなら、かなでさんの症状は別の理由から来る物だ。  いっそのこと会長のせいだったらどれだけ楽だったのだろうか、  そんな考えに逃げ込むほど、俺は追いつめられていたのか・・・ 「それで支倉君、報告の方はなんだい?」 「あ、すみません。裏庭の欅ですけど芽吹きました」 「ほぉ」 「だからまだ生きようとしています」 「・・・わかった、もう一度樹木医の先生にみてもらおう。それでいいかい?」 「ありがとうございます!、すぐにかなでさんに知らせてきます」 「それは無理だな、支倉」 「東儀先輩?」 「もう外出許可がでる時間ではないだろう」  言われてみて、もう遅い時間だということに気付いた。 「はい・・・では明日にします」 「それじゃぁ支倉君。君は君のすべきことをしてもらおうか」  会長が自分の前にある書類の半分を俺の目の前に置く。 「兄さん、それは兄さんのノルマでしょ?」  副会長がその書類を元に戻す。 「支倉君はこれね」  そういって渡された書類の量はたくさんあった。 「わかった。すぐにはじめるよ」  集中できるかどうかはわからない、けどかなでさんも仕事を放っておいて  つきっきりで居ることは望まない。  今の俺に出来ること、それは生徒会の仕事だけだった。 ANOTHER VIEW END 「うーーみーーっ!」  海に向かって思い切って叫ぶ、そして波打ち際に飛び込む。   「かなでさん、はしゃぎすぎですよ」  こーへーが苦笑いしてるのがわかる。  ううん、本当は心配してくれてるんだ。 「こーへー、海だから叫ばないといけないんだよ?」 「それ、どんな理由ですか」 「ほら、こーへーも一緒に遊ぼう!」  私は波打ち際で海と戯れる。  本当はたくさん泳ぎたい、けどそこまでは出来ない。  身体が持たないから・・・ 「あっ」  風に麦わら帽子がさらわれる。 「はい、かなでさん」 「ありがとう、こーへー」  すぐにこーへーが拾ってきて私の頭にかぶせてくれる。  海に行くことを知った時にひなちゃんがプレゼントしてくれたものだ。 「海は熱いし、直射日光をさけた方がいいからね」  そういってくれたひなちゃん。 「・・・ねぇ、こーへー。今日はたくさん遊ぼうね!」 「程々にしましょうね、俺が持たないから」 「ん、もぅ、こーへーは若いんだぞ?」 「俺は肉体労働は苦手なんですよ」  それは嘘。  私の為の優しい嘘。 「そっかぁ、それじゃぁ日焼け止め塗ってもらおうかな。今日はビキニだから  手、いれ放題だよ?」 「か、かなでさん!」  こーへーが真っ赤になって狼狽する姿が可愛い。 「ふふっ、冗談だよ。そんなに赤くならなくてもいいじゃない」 「・・・悪い冗談はよしてください」  「本気なんだけどな」 「?」 「なんでもなーい、こーへー、遊ぼう!」 「だいじょうぶですか?」 「だいじょーぶ、ちょっと疲れたけどね」  寮の部屋の入り口まで付き添ってきたこーへーはすごく心配そうな  顔をしていた。 「それじゃぁ私はお風呂はいるから、こーへー、またね」 「・・・はい、それじゃぁまた明日に」  パタン。  部屋の扉を閉める。  その瞬間、身体がぐらついた。 「っ!」  暗闇の中に落ちていく感覚に抵抗しながら、私はベットへと向かう。  ここで倒れたらみんなが心配してしまう。  せめてベットの上に・・・  重い身体を引きずってベットの上にたどり着く。 「・・・ふぅ」  ベットの上に寝て、少し落ち着いてきた。 「私、どうなっちゃうんだろう・・・」  夏休みに入ってから私の身体はおかしくなっていた。  検査を受けてもどこも異常が無い。  それなのに疲れやすく、意識を失うように眠ることが多くなった。  つい一月前まで当たり前のように出来ていたことが今は当たり前のように  できない。 「こーへー、私怖いよ・・・」  視界が涙でゆがむ。  私は何処に行こうとしてるの? こーへー、怖いよ・・・助けて・・・  ・  ・  ・  「血を吸いたいのならどうぞ・・・どうせ私は、もう永くないわ。」  いつも見る夢。  でも、今日はいつも以上にはっきりと見える。  「死ぬ前に誰かの役に立てるなら・・・それでもいいわ」  死ぬ前に・・・そう、この少女は不治の病にかかっているんだ。  「それなら俺の眷属になればいい、そうすれば死なずにすむ」  けんぞく? よくわからないけど、嫌な響き。  それに死なずにすむ?  不治の病を治す何かなんだろうか?  でも、少女はその提案を受け入れない。私はそれを確信していた。  死を受け入れた少女は、死を恐れていない。  恐れているのは・・・ 「とうとうここまで来てしまったのね」 「え?」  てっきり傍観者だと思ってた私は、その少女に話しかけられて驚いた。 「ここには来てはいけないと伝わらなかった・・・  貴方は優しすぎるのね」 「意味がよくわからないんだけど・・・」  少女は目を閉じて、語りだした。 「貴方は寮長として十分みんなの役に立てたわ。だからもういいの。  私の事は放っておいて」 「それってどういう意味?」 「死に行く私に、貴方をそそがないで。貴方まで一緒に死んでしまうわ」  死・・・その言葉に私は戦慄する。 「いったい何? どういうことなの? 貴方は・・・誰!」 「貴方は貴方の生を生きなさい、かなでさん」 「どいうことなの! 答えて!」  彼女がだんだん私から離れていく。 「答えて、ツキ!」 「ツキっ!」  ・・・あれ、私はどうしたんだろう?  ぼーっとする頭のまま、周りを見渡す。そこは私の部屋だった。 「・・・ツキって誰だろう?」  大事な人のような気がする、でも今の学院にツキという女の子はいない。 「・・・ふぅ、シャワー浴びようっと」  なんだか心まで重かった。この重さ、シャワーで洗い流せるだろうか・・・ 「あれ、こーへー?」  体の調子が落ち着くのを待ったら遅い時間になってしまった。  それでも私は欅の世話をするために肥料とシャベルをもって裏庭に降りた。 「かなでさん・・・」 「もしかして私を待ってくれてた?」 「・・・」  何かをごまかそうとしてる、こーへーは私と目をあわせようとしない。 「・・・こーへー、私の目を見て」  こーへーの頬に両手をあて、私の方を向かせる。  ・・・この後言われることは薄々感じている、けど。 「ちゃんと言って、でないと怒るよ?」 「っ!」  こーへーに緊張が走るのがわかった。  私はこーへーの頬から手を離す。 「生徒会からの最終通告です、8月中に欅を切ります」 「・・・」 「もう回復の見込みが全くないと診断されました、いずれ倒れてしまいます。  台風のシーズンが来る前に切った方が良い、それが生徒会の判断です」  こーへーを見たときからこうなるような気がした。  それでも・・・私は・・・ 「回復の見込みがないのなんて、嘘だ! 芽だって出たじゃない!  この子は生きようとしてるんだ!!」 「長い目で見れば大丈夫なのかもしれない、でもその前に倒れる可能性の  方が高すぎるんです・・・何かあってからじゃ遅いんです・・・」  わかってる、こーへーの言うことはわかってる。  でも・・・でも! 「私は納得出来ない、みんなが望んでいない。みんなが望んでないことは  寮長として承認なんか出来ない!」 「・・・」  こーへーは何も言ってくれない。 「ごめん、一人にして・・・  今はもう、こーへーとは落ち着いて何も話せないから」  私はこーへーに背を向け、欅に向かう。  背後でこーへーが立ち去る気配がする。 「・・・えっ?」  欅の反対側から一人の少女が現れた。 「貴方は優しすぎるのね」 「・・・貴方は?」 「私は・・・死は怖くないわ」 「どういう・・・こと?」 「これ以上貴方が関わると大変なことになるの・・・だから、このケヤキは  あきらめなさい。貴方の大事な人の言うことが正しいのよ」 「でも!! 私はこの欅にお礼をちゃんとしていないの! みんなもそう。  願いを叶えてもらって、それなのにその欅を切るだなんて!」 「ありがとう、優しい寮長さん。私はもう充分よ。だから」 「嫌!」 「・・・ねぇ、このままだと貴方の大切な人と別れることになるわ」 「っ!」  こーへーと別れる事に・・・それは今のように? 「貴方の気持ちは充分伝わったし、貴方の思いは私を癒してくれた。  それでも、死は変わらないの。生まれた以上死は約束されてるのだから」 「・・・よくわかんないよ」 「今日はこれ以上は駄目みたい・・・いい? 早くケヤキを切るの。  でないと取り返しのつかないことになるから」 「倒れるっていうこと? それなら大丈夫」 「いえ、もっともっと取り返しのつかないことになる。だから・・・」  突然かすむように目の前の少女が薄れていく。 「あ、待って、行かないで!」  少女は悲しそうな顔をしながら、私の前から消えていった。 「待って、ツキっ!」  ・・・え?  私は自分の声に驚いて目が覚めた。 「・・・あれ」  記憶がはっきりとしない。  確か夜に欅の前でこーへーと離してから・・・ツキと会って、その後  どうしたんだろう?  今こうして自室のベットで寝ていた事を考えるとちゃんと部屋へは  戻ってきたようだけど・・・ 「・・・それよりも欅を」  私は欅を見上げる。 「・・・ねぇ、ツキ。貴方は死を受け入れてるの? どうして?」  問いかけても答えてくれない。  あれはすべて夢だったのだろうか? でもそうじゃない気がする。  この欅に宿った少女がツキ、それが私の結論だった。  そう思ったら絶対そうだって確信している。  だから、私は語りかける。ツキに・・・ 「かなでさん・・・」 「・・・こーへー?」  こーへーは無表情だった。 「かなでさんにお願いがあります、明日夜に寮生を談話室に集めてください」 「・・・何をするの?」 「欅の事で寮生に告知をします・・・かなでさんも出席をお願いします」 「・・・わかった」  私はこーへーに背を向けツキに心の中で語りかける。  これでいいの? 私は嫌だよ・・・ 「私、絶対に反対だから!!」  私は気付くと裏庭の欅の所に立っていた。 「・・・」  談話室での話は生徒会の、こーへーの発表は欅伐採の式典を行うという事だった。  そんなの嫌だ、まだこの子は、ツキは・・・ 「かなでさん・・・」 「・・・こーへー。私には貴方がいる、だからがんばってこれたの。  でも、この子には、ツキには誰もいないの!  だから、私が居てあげないと・・・私が生かせてあげないといけないの!」」 「・・・かなでさん、その欅は生きようとしていない、死を受け入れてるんです」 「そんなわけ・・・無いよ・・・」  こーへーの言葉を聞きながら、私は夢の中の事を思い出していた。 「それに、この欅には誰もいないって、本当なですか?」 「え?」 「かなでさんや、俺達や、今寮に住んでいる人や・・・それに歴代寮長達の思いが  ずっと思いでとして残ってると思います」 「こーへー・・・」 「せっかく願いを叶えてきた欅が最後に寮生を傷つけたら・・・だからせめて  その前に・・・」 「こーへー・・・ごめんね。こーへーも辛いんだよね。私はこーへーに辛く  当たっちゃって・・・」 「そんなことはないです」 「私、本当は知ってたの。ツキの気持ち・・・死を受け入れてる事も。  だけど、先輩との約束の為に、私自身のわがままで、それを否定してたの」 「・・・」 「本当は欅を切ることだって、私が言わなくちゃいけない事だったのに・・・  ごめんね、こーへー、嫌な役をさせちゃって・・・」 「俺は・・・生徒会の仕事をしただけです」  こーへーは顔を背ける、その仕草は・・・ 「うん、わかったよ。だから私も寮長としての仕事をちゃんとする。  だから・・・出来たら見ていて欲しいな」 「はい、ずっと見ています。俺はかなでさんだけを・・・」  それからの私は、寮生すべての人と会って説得を始めた。  式典までの2週間をかけてみんなを説得するつもりだった。  不思議なことに、この数日体の調子は良くなっていた。  以前のように走り回っても全然疲れない。何が原因だかわからないけど  今はそれでよかった。  倒れて貴重な説得の時間を減らさないですむのだから。 「ごめんね、守ってあげられなくて・・・みんなの願い事を抱えすぎて  疲れちゃったのかな」  式典の前日の夜、私はこーへーと二人で裏庭に来た。  そうして欅に頬を寄せて、ツキに語りかける。  私の目の前に、あの少女、ツキが現れた。 「・・・」  ツキは何も言わない、でも穏やかな顔で微笑んでいる。 「ツキには不思議な力があるんだよ、私と話も出来るし、願いもちゃんと  かなえてくれた」 「話?」 「うん、私にはツキの声が聞こえるの。つい最近になってからだけどね」 「・・・それじゃぁ謝っておいてくれませんか。守ってあげれない事を・・・」 「うん、伝えておくね、それとみんなの分のお礼も言っておかなくっちゃね」 「・・・かなでさんは、欅に何かを願ったことがあるんですか?」 「うん、あるよ。ずっとずっと前だけどね」 「・・・」 「気になる?」 「えぇ、まぁ」 「私が幼い頃にね、仲の良い男の子が転校しちゃったの。その時ひなちゃんと  一緒に願ったんだ。男の子が島に帰ってきますようにって・・・」 「・・・かなでさん、さっきの事取り消します」 「え?」 「俺自身で、この欅にお礼を言います」  そう言うとこーへーも欅に手でふれる。 「守ってあげれなくてごめん、そしてありがとうございました」 「こーへー」  欅のそばにいるツキは、嬉しそうに微笑んでいる。  ねぇ、ツキ。また、あえるよね?  私は心の中で語りかける。ツキは私を見て微笑んでくれた。  穂坂欅伐採記念式典の日。  始まる前からたくさんの寮生が集まってきていた。 「紳士淑女のみなさん、ごきげんよう!」  いおりんのスピーチが始まった。  このすぐ後に欅は、ツキは・・・  短いスピーチはもう終わる。 「では、寮生を代表して、俺が一太刀いかせていただきます」 「待って!」 「おや、どうしたのかな?」 「その役目、私にさせてくれないかな?」 「え?」 「いおりん、私がこの手でこの子を・・・ツキを送り出したいの」 「っ!」 「お願い、千堂さん!」 「・・・危ないから気をつけてね」 「ありがとう」  私はいおりんから斧を受け取る。  両手で持つ、その重みを一生忘れることはないだろう。  欅を、ツキをみる。  ・・・ 「えいっ!」  おもいっきり斧を欅に打ち付ける。  ・・・ツキ、またね。 「寮長、お疲れ!」 「お疲れ!!」  拍手とともに声援があがる。 「みんな・・・ありがとう」 「それではみなさん、拍手で送り出しましょう」  いおりんの一言で欅は業者の手で伐採された・・・ 「はい、いおりん。ありがとう」  私は持っていた斧をいおりんに返す。 「・・・悠木姉、一つ聞きたい。何故欅をツキと呼んだんだ?」  私はツキの事を思い出しながら返事する。 「さて、どうしてなんでしょうね?」 「・・・おまえは一体何者だ?」 「やだなぁ、いおりん。修智館学院きっての美少女寮長の悠木かなでだよ」  こわばってたいおりんの顔が呆れた顔になる。 「自分で美少女っていってちゃ世話無いな」 「えへへ♪ それじゃぁこーへー、私は部屋に戻ってるね」 「お疲れさま、かなでさん」  翌朝。 「ねぇ、こーへー。この欅のベンチ、きっと新しい名所になるよね」 「でしょうね」 「このベンチで告白したら両思いになれるとか、このベンチでキスしたら  永遠を誓えるとか」 「試してみます?」 「え、えぅ・・・うぅ・・・」 「ニスが乾いたらですけどね」 「・・・我慢できないよ、ね、こーへー、ちゅーしよ!」 ANOTHER VIEW 千堂伊織  用もないのに裏庭にきてしまった。 「なんだかしまりないねぇ」  ケヤキが伐採されたあとの裏庭は、なんだか寂しくなってしまった。  けど、代わりにベンチが設置されている。 「これが、か・・・」  俺はベンチに腰掛ける。 「ツキ・・・おまえはずっと寮生を見守ってきたのか?  生前何も出来なかったおまえが、誰かの役に立ちたいと思ったからか?」  問いかけても誰も返事をくれるはずはない。 「まったく、センチメンタルだな」  俺は立ち上がって裏庭を後にする。 「・・・ツキ、おまえは充分なんだよ、もう休めよ」  脳裏にあの時の笑顔がよみがえった・・・ ANOTHER VIEW END 「ところでかなでさん、最近身体の調子はどうですか?」 「ん? あぁ、忘れてた。全く問題ないよ!」  そう、倒れた事があったなんて忘れちゃうくらい、私は元気だった。 「あの時なんで倒れたんでしょうね、やっぱり過労だったのかな?」 「どうなんだろうね?」  理由はわからない。  もしかすると本当に不治の病だったのかもしれない。  でも、その病はツキが持っていってくれたんだと思う。  ねぇ、ツキ・・・ 「私はずっと忘れないからね!」  青空はとても高く、広かった。 ---  スタッフロールが流れて、幕が下がる。  会場はまだ静かなままだ。  もしかして、おもしろくなかったのだろうか?  パチ・・・  誰かが拍手を始めた。  それを合図に会場は拍手の嵐となった。 「最高ー!」 「伊織様素敵!」 「寮長、おつかれさまー!」 「かなでさん、ほら舞台に上がらなくちゃ」 「え、でも、恥ずかしいよ」 「何を言ってるんですが、映画のヒロインなんだから、ほら!」  俺はかなでさんを押す。 「わわ、わかったから押さないで」  かなでさんは仕方がないって言いながら舞台にあがる。  反対側の舞台袖からは伊織先輩が上がっていく。  それを見た観客の拍手は大きくなった。 「こーへー、やっぱりここにいたんだ」  俺は一人、ケヤキがあった場所に来ていた。 「かなでさん・・・どうして?」 「なんとなくだよ、こーへーがここにいる気がして」  そう言うとかなでさんは俺の隣にすわった。 「楽しかったね、撮影」 「はい」  この数週間、卒業記念映画の撮影にてんてこ舞いだった。 「いおりんもいきなり映画撮ろうだなんて言うんだもの」 「そうですよね、企画持ってきたときは俺達も驚きました」  いきなり監督生室に現れたかと思ったら映画を撮るからよろしくって  言ったんだもんな。  あの時の瑛里華は・・・思い出したくもない。 「でもすごいよね、いおりん。本当にあったケヤキの事件をここまで  大きく広げたお話にしちゃうんだもん」  ・・・なんとなく、だけどあのツキという少女の話。  本人に聞いても、きっと否定すると思うから聞かないけど、きっと  伊織先輩の過去にあった話じゃないかなって俺は思ってる。 「ねぇ、こーへー」 「なんですか?」 「・・・私には貴方がいるわ」 「っ!」  お話の中の台詞だった。それだけのはずなのに、こうしてふたりっきりで  言われるとものすごく恥ずかしい。 「って、台詞良かったよね、私には似合わないくらい良い台詞だよ!!」  かなでさんは早口で続ける。 「・・・かなでさん」 「ん、なに?」 「俺にはかなでさんがいる、だからがんばれます」 「こーへー・・・うん、私にもこーへーがいる、だからがんばれるんだよ」 「俺、寮長も生徒会もがんばって良い学院にしてみせます。そして来年  かなでさんのいる大学に絶対行きます。  だから、待っててください」 「うん・・・待ってるから絶対に来てよね」 「かなでさん・・・」 「こーへー」  俺達の距離はゼロになる。 「・・・」 「・・・」 「・・・かなでさん、そろそろ行かないと」 「そうだね・・・でも、もうちょっとだけ、一緒にいたいな」 「・・・俺もそう思ってました」 「こーへー、大好きだよ」 --- ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「少女と欅と〜楽屋裏編〜」 かなで:みんな、ジュースは持ってる? 孝平 :だいじょうぶですよ、かなでさん かなで:それじゃぁ、みんな、お疲れさまでしたー! 全員 :おつかれさまー!     グラス同士がふれあう涼しげな音が響く。 かなで:ぷはぁ、仕事の後の一杯は美味いなぁ 陽菜 :お姉ちゃん、なんだかお父さんみたいだよ かなで:いいのいいの、今日は無礼講だからいいの! かなで:こーへー、お疲れさま 孝平 :かなでさんもお疲れさま。主役大変だったでしょう? かなで:ううん、そんなことないよ。あの穂坂ケヤキのお話で映画作るって     聞いたとき嬉しかったもの。     あ、でも私は主役だなんては思ってなかったけどね 瑛里華:でもあの話は悠木先輩しかつとめられないでしょう? かなで:確かにそうかもしれないけど、ちょっと恥ずかしかったよ 陽菜 :映画の中でもお姉ちゃんと孝平くん、熱々だったものね かなで:ひ、ひなちゃん! 孝平 :陽菜! 瑛里華:ほんと、仲が良いわね かなで:でもさ、いおりんが追加したお話の所だけど、ロマンティックだよね。     欅とツキをかけるなんてすごいよ 伊織 :そうかい? 俺のちょっとした本気だよ。     またこれで女生徒のファンが増えてしまいそうで怖いよ 瑛里華:全女性とがファンみたいな状況でこれ以上増えるわけないでしょ? 伊織 :そうでもないよ、なぁ悠木妹 陽菜 :あは、あはは・・・ かなで:いおりん、ひなちゃんは私のヨメなんだから口説かないでよ? 伊織 :へいへい かなで:でもさ、あのお話、作り話にしてはすごいリアリティあったけど・・・     もしかしていおりんの過去の話とか? 伊織 :んなわけないでしょ、悠木姉。考え飛躍しすぎ。 かなで:そっかぁ、そんな気がしたんだけどなぁ 孝平 :そういえばかなでさんの不治の病? 最初「マルバス」っていう     架空のウイルスを使う予定だったんですよね。 かなで:うん、最初の脚本はそうだったみたいだけど、それだと感染とか     書くこと増えるから没になったんだって聞いたよ。 孝平 :ウイルスなんて怖いですよね かなで:そうだねー、今は平和の世の中で良かったよ。 かなで:でも残念だよね、生徒会と寮主催で作った映画なのに、東儀君や     白ちゃんの出番が全然ないんだもん 瑛里華:仕方がないわよ、白はローレルリングの活動もあるし、征一郎さんは     私たちの撮影の時は一手に仕事を引き受けてくれたのだから。 伊織 :紅瀬ちゃんももっと出番作ってあげればよかったのだがね 孝平 :会長、説得する立場になってみてくださいよ。ツキ役だけでも     大変だったんですからね。 伊織 :そこは支倉君の腕の見せ所じゃないか かなで:でも結局私の病の複線、ちゃんと消化してない気がするよね 伊織 :いいんだよ、それで。そういう話なんだから。     きっと見てくれた人がわかってくれるさ。 かなで:そんなものなのかなぁ? 単に脚本家が上手く書き上げられなかった     だけのような気がして・・・ ・・・:・・・ かなで:聞いた話だと、最初はこんなに長くなかったみたいだし。     今日の分だけで話をまとめるはずが、こうなったみたいだって。     やっぱり脚本家の 伊織 :悠木姉、そこまでにしておかないか? かなで:ん? 伊織 :それ以上は脚本家も傷つくだろう、本人もわかってるはずだからね かなで:・・・いおりん、なんか楽しそうだね 伊織 :そりゃもちろんだよ、悠木姉 瑛里華:・・・兄さん、絶対知っててやってるわね。 孝平 :そろそろ時間かな? かなで:え、もうそんな時間? 伊織 :それじゃぁお開きにしようか。 瑛里華:そうね、お終いにしましょう。 陽菜 :後かたづけは私がやるね、お姉ちゃん かなで:あ、私も手伝うよ。 孝平 :その前にかなでさん。 かなで:うん、わかってるよ。 かなで;今日はお話を見てくれてありがとうございました。 孝平 :今現在でこちらが把握してる方だけですが・・・     雑記さいと FiRSTRoN Faxiaさん     World without Borders〜国境なき世界〜 テルミネさん     ふぉーびぃでゅんふるーつほーむぺーじ TMくん     M-A-T別館 ふみぃさん     やまぐうのページ やまぐうさん     Sketches and company ブタベストさん かなで:お話の捕捉と紹介と感想もありがとうございます。     また、次の機会があればよろしくおねがいします! 伊織 :はい、お疲れさま。邪魔者は撤退するとしようか。なぁ、瑛里華 瑛里華:そうね、私もあがるわね。お休みなさい 陽菜 :それじゃぁお姉ちゃん、孝平くん。お休みなさい かなで:え・・・ 孝平 :・・・ かなで:ね、ねぇ、みんな急にどうしたのかな? 孝平 :気を使ったんだと思いますよ。 かなで:・・・ 孝平 :かなでさん かなで:ひゃぅ! 孝平 :その・・・最近撮影で忙しかったから、俺・・・ かなで:・・・うん、私もきっとそう 孝平 :かなでさん・・・ かなで:こーへー・・・ 伊織 :んー、なかなか積極的だよな、悠木姉も 瑛里華:お兄さま? いい加減機材のスイッチをお切りにならないと     駄目ですわよ? 伊織 :これからが良いところじゃないか 瑛里華:・・・兄さん、星になりたい? 伊織 :や、この後は若い二人にまかせて俺達は撤退するとしようじゃないか 瑛里華:・・・ふぅ、機材のスイッチは・・え? 悠木先輩ってこんな声出すんだ。     ってだめ、スイッチ切らないと・・・ 伊織 :瑛里華もまだまだ若いねぇ・・・
5月27日 ・Canvas2 sideshortstory 「Hell and Heaven」 「ねぇねぇお兄ちゃん。今夜お友達のお泊まり会したいの」  昼休みの美術準備室、エリスが訪れて最初の一言だった。 「却下」 「えー、最後まで聞いてないのに横暴だー!」 「・・・じゃぁ聞くだけ聞いてやる」 「んとね、夜ご飯人数分作って♪」 「エリス、普通は友達を呼んで良いかどうかを先に訪ねるものじゃないか?」 「私の部屋だから大丈夫だよ、それにお兄ちゃん襲ってくれないんだし」 「襲うか!!」 「残念、それでねご飯だけど4人分多くお願いね♪」 「4人も来るのか!」 「あ、チャイムなっちゃう。それじゃぁお兄ちゃん、またね〜」 「おい、エリス!!」  エリスは逃げるように準備室から出ていった。  というか、絶対逃げたな。 「・・・ふぅ、どうせ俺が言っても聞かないんだろうな、仕方がない」  そうは思いながらも、今日の晩ご飯のメニューを考えてしまう。 「全部で6人か・・・作りがいありそうだな」  誰が来るかわからないが、どうせなら美味しい飯を作ってやるか。  部活動が終わってからスーパーによる。  家にある分じゃ6人分作れるかどうかわからないし、泊まるのなら明日の朝も  必要になるだろう。 「って、まるで俺は主婦みたいだな」  そう思いながらも楽しんでいる自分がいたりする。 「・・・我に返ったら負け、かな」  今は美味しい飯を作ることだけを考えよう・・・ 「ただいま」 「あー、おっそいよーおにいちゃーん♪」  部屋からエリスが顔だけ出してきた。 「ねぇ、お兄ちゃん。ちょっと来てくれるかな?」 「ちょっとまて、冷蔵庫に買ってきた物をしまってからだ」 「せんせー」  エリスの部屋から萩野が出てきたかと思ったら 「そんなことよりもはやくー!」  俺の腕をとって無理矢理エリスの部屋へと連れ込まれた。  ・・・そう、連れ込まれたのだ。 「やっとお兄ちゃんが帰ってきましたー!」 「わーぱふぱふー」 「・・・」  エリスの部屋に制服のままのエリス、萩野、美咲はわかる。  そこに竹内と藤浪がいることに驚いた。  竹内はさっきまで部活に出ていたのだが、その時今夜の事は何も言ってなかった。 「それじゃぁ、始めるねー。せんせー?」 「なんだ?」 「ちら!」  そういうと可奈はおもいっきり自分のスカートをめくった。  スカートの中には可愛い白いパンツが・・・ 「ねーねー、どう?」 「・・・どうというか、おまえらの意図がわからん」 「せんせー、もしかしてわたしのせくしーな姿に萌え萌え?」 「・・・ある意味犯罪的だな」  どういう意味かは本人の為には伏せておこう。 「犯罪? 私と愛の逃避行?」 「それはないから安心しろ」 「えー、こんなにせくしーな可奈ちゃんなのに?」  萩野が駄々をこねる。 「それじゃぁ次は朋子ちゃんだね」 「・・・やっぱり私もするの?」 「そーだよ、お兄ちゃんが私にしか興味ないっていう証明になるもの」 「・・・をい、エリス。それはどういう意味だ?」 「さぁ、朋子ちゃん、女は度胸だよ!」 「おい、エリス!」 「はいはい、せんせーは朋子ちゃんのパンツ見てね」 「こら、萩野離せ!」  いつの間にか背後に回り込んで抱きついてきた萩野は俺を押さえつけようとする。  体格差からそれは無理なはずなのだが、俺の顔は藤浪の方を向いたまま固定  されてしまっている。 「藤浪さん、これを飲んで景気づけに」 「まて竹内、それは!」 「冷蔵庫に入ってた美味しいジュースだよ♪」  確かに缶には果物の絵が描かれてる。だけどそれは俺のカクテルやリキュールだ。 「・・・先生」  藤浪の声に我に返る。 「・・・ん」  色っぽい声を上げながら、ゆっくりとそっと制服のスカートの裾を  あげようとする。  黒いストッキングに包まれた藤浪の足がどんどんあらわに・・・ 「って何解説してるんだ、俺は!! 萩野、離せ!」 「おーじょーぎわがわるいよ、せんせー。私のを見たんだからみんなのを見ないと  駄目だよ?」 「それは理由になってない!!」  俺はかろうじて動く目で助けを訴えようと相手を捜す。 「美咲、おまえだけが頼りだ、どうにか・・・」 「どうせ私は影が薄いですよ・・・」 「・・・」  美咲は一人でコップに入ってる赤い液体を飲み干す。  その横にあるのは、ワインのボトル・・・ 「ほーら、せんせー。朋子ちゃんのぱんつだよー」  その言葉に思わず藤浪の方を見てしまう。  黒いストッキングに包まれた、その中に白い下着が見えている。  体格は小さいけど、妙に大人びて見えるその姿は色っぽい・・・ 「・・・この! 変態! 色情魔!!」  罵声を浴びられた。  この辺はまだ子供だな、と安心する。 「次は部長だね」 「頼むエリス、俺をもう解放してくれ」 「私との愛を誓うなら良いよ」 「それは駄目です鳳仙さん! 私のを見てもらって確認しないと!」 「竹内・・・おまえもか」  もはや逃げる気力も失ってきた。  こうなればやけだ、ガキのパンツをみるだけなんだ。  それくらいなんてことはない!  ・・・と、思う。 「先生・・・私のを見て」  そういってスカートをたくしあげる竹内のスカートの中には  ピンク色の可愛い下着が収まっていた。 「やっぱりお兄ちゃんは私のショーツにしか反応しないんだよね、良かった」 「するか!」  思わず怒鳴り返す。 「先生」 「なんだ、みさ・・・」  そこにはスカートを脱いだ美咲が立っていた。  制服のシャツがちょうど下着を隠すような感じになっている。 「な、何をされてるんでしょうか?」 「私は影が薄いから、これくらいしないと駄目なんです。それに・・・」 「それに?」 「先生はこう言うのがお好きらしいです」 「違うっ!!」 「むー、なら私も脱ぐ!」 「エ、エリス! 女の子なんだからそんなはしたないまねよしなさい!」 「私も脱ぎます、芸術の為なら!」 「竹内、芸術も美術も関係ないだろ!」 「ねぇ、せんせー。私の胸、どう?」 「胸を隠せ!!」 「・・・変態」 「その前に服を着ろ、藤浪!!」 「お兄ちゃん!」 「先生!」 「・・・先生」 「せんせー!」 「上倉先生!」 「「「「「誰のパンツが一番好きなんですか?」」」」  ・  ・  ・ 「おはよー、お兄ちゃん・・・頭が痛い〜」 「・・・やっとおきたか、エリス」  あの後俺は自分の部屋に逃げて鍵をかけた。  しばらく外から俺を呼ぶ声が聞こえたが、少したつと声がしなくなった。  おそるおそる外をみると・・・そこら中に倒れてるうら若き乙女・・・  とはいえない屍が転がっていた。  なるべく見ないように、全員をエリスの部屋へ放り込んで毛布を掛けて  おいたのが昨夜の事だった。 「ねぇ、お兄ちゃん。私昨日の夜の事覚えてないんだけど・・・  なんで下着姿で寝てたかわかる?」 「・・・おまえらが俺の酒をジュースと間違えて飲んで、そうなったんだ」 「そっかぁ・・・ねぇ、お兄ちゃん。私にいたずらした?」 「するかっ!」 「えー、残念。して欲しかったのにぃ」 「・・・いいから、他の奴らも起こして説明しておいてくれ。  それとみんなシャワー浴びるように」 「お兄ちゃん、のぞくなら私だけにしてね♪」 「のぞくか!!」
5月26日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「瑛里華がうさぎになった理由」 「今日は早めに終われて良かったな」 「えぇ、そうね。ここ最近門限ぎりぎりまでがんばったからよね」 「まったくだ」  監督生室からの帰り道、私と孝平は寮へ向かうのではなく、事務室へと  向かっていた。 「しかし荷物ってなんだろうな?」 「私もわからないわ。電話で聞いただけですもの」  監督生室での仕事中にかかってきた電話は、外から荷物が届いたという  事だった。 「瑛里華、心当たりあるかい?」 「ないわ、孝平は?」 「同じく。まぁ、いけばわかるだろう」 「そうね、行きましょう」 「思ったより大きいわね」 「だけど重くはないな」  事務室で荷物を受け取った私たちはとりあえず孝平の部屋で開けて  見ることになった。 「宛先は・・・生徒会一同様、差出人は・・・書いてないわね」 「いたずらか?」 「いたずらにしては手が込んでるわ・・・」  その時私の脳裏に一人の人物が浮かんだ。  どんないたずらでも徹底的に手間をかけることを惜しまない人が・・・ 「とりあえず開けてみるか」 「えぇ」  孝平が箱を丁寧に開けると、中から3つの平べったい白い箱が出てきた。  その箱にはまた宛名が書かれていた。 「支倉孝平様、千堂瑛里華様、東儀白様か・・・」  私は私の名前が書かれてる箱を手に取ってみる。  サイズは大きいけど、全然重くない。 「開けてみるか?」 「そうね」  私はその箱をそっと開ける。 「・・・はい?」 「瑛里華?」 「・・・」  孝平が私の箱の中をのぞき込む。 「赤い・・・水着?」  驚いてる孝平の声を聞きながら、私はその赤い布の物を取り出す。  水着の用に見えるけど、これはどっちかというとレオタード。  レオタードをとったあとの箱の中には黒いストッキングと、おそらく  手首や首に巻く装飾具、そして耳のついたカチューシャまで丁寧に  入っていた。 「あ、手紙が入ってる」  孝平の声に我に返った私は、その手紙を孝平の手から奪い取る。  そして中を読む。 「旅先でおもしろい制服を見つけたんだ、試してみないかい?  何事も経験だよ。 伊織  追伸、着たら写真撮って送ってくれ」 「この、馬鹿兄貴ーーーーー!」  手の込んだいたずらが大好きな、兄さんからの荷物だった。 「さすがは伊織さんっていうか・・・何処に行ってるんだ?」 「知らないわよ! まったく、こんなもの送りつけて一体  何をたくらんでるのかしら」  私は怒りを通り越して呆れていた。 「・・・孝平、どうかしたの?」 「いや、別になんでもない・・・」  さっきから孝平の落ち着きが無くなっている。  あ・・・もしかして。  私はちょっとからかってみたくなった。 「ねぇ、孝平。私にこれ、似合うと思う?」  赤いレオタードを身体に当てて孝平に見せつける。 「え? あ、あぁ・・・瑛里華に似合うと思うよ」 「ふふっ、それだけ?」  孝平は何かを言いたそうにしてるけど、言えないでいる。 「本当は私に着て欲しいんでしょう?」 「・・・」  孝平が目をそらす。照れている時の孝平の癖だった。  そんな孝平がとても可愛い。 「なんてね、私が着ても似合わないわよ」  そういってレオタードを箱に戻す。 「それはないよ、瑛里華ならきっと似合う。断言できるよ」 「え? ・・・そう、かな?」  いけない、からかうだけで着るつもりなんて全然なかったのに  孝平にそう言われちゃうと・・・その、着てみてもいいかなぁって  思っちゃう。 「でも瑛里華が嫌なら着ないで欲しい。瑛里華が嫌なことはさせたくないから」 「・・・ずるいわ、孝平。そう言われると断れないじゃない」 「それじゃぁ・・・」 「せっかく送ってくれた物だし・・・今だけよ?」 「ありがとう!」  嬉しそうな顔をする孝平を見て、私も嬉しくなる。  惚れたものの弱みね、と自分に呆れながら・・・  着替えを持ってバスルームに入って鍵を閉める。  着替え中に入ってこられることはないけど、念のため。 「・・・でも、ちょっと後悔しちゃうかも」  手に持った赤いレオタードの、切り込みが思った以上に鋭い。 「これだと見えちゃいそうね」  後悔しつつも孝平が待っているのだからと思い着替える。  制服を脱いで下着姿になって・・・ 「あ、そうか。先にストッキングをはかないと・・・あれ?」  今更ながらに気付いた。  赤いレオタードの切り込みがこれだけ鋭いと、ショーツを履いたまま  着替えることが出来ないことに。  赤いレオタードが胸を覆う所までしかないということは、ブラジャーの  肩ひもがでてしまうから、はずさなくてはいけないことに。 「・・・後悔先に立たずってこういうときに使う言葉なのね。  よし、女は度胸!」  私は下着を脱いでから、順番に身につけていった。 「おまたせ・・・」  私はそっとバスルームから出る。 「ねぇ・・・どうかしら?」  孝平に感想を訪ねる。 「・・・」 「孝平?」  孝平は何も言わずに私をずっと見つめている。  なんだかとても恥ずかしい、裸でいるよりも恥ずかしいかもしれない。 「孝平!」 「あ、ごめん。見とれてた」  孝平の一言で私の顔が真っ赤になるのがわかる。 「やっぱり瑛里華、似合うよ。スタイルもいいし、可愛い」 「あ、ありがとう・・・」  とっても恥ずかしいけど、孝平に誉められてとっても嬉しい。  着てあげて良かった。 「そ、それじゃぁ着替えてきていいかしら?」 「え?」  孝平が残念そうな顔をして、はっとなって顔を背ける。  照れてる可愛い孝平。  その顔を、その仕草をみれるのは世界で私だけ。  私だけの孝平・・・ 「ふふっ、せっかく孝平が可愛いって言ってくれたんですものね。  もうちょっとだけこの格好でいてあげるわ」 ・おまけ「瑛里華がオオカミに変身した理由」 「そういえば、他の箱には何が入ってるのかしらね?」 「白ちゃんのは開ける訳にはいかないけど、俺のは・・・」  孝平が手に取ったのは 「・・・スーツ?」 「そんな感じじゃないかな。一緒にこんな本が入っていたよ」  孝平が見せてくれた本は 「執事のススメ? なに、この怪しげな本は」 「俺に聞くなよ、伊織さんが送ってきたものなんだから」 「この本を読んで執事になれっていうことかしら?」 「違うと思うけど、何が狙いなんだろうな」  確かに、兄さんだから何かを狙っているのだと思う。 「それで、孝平はこれを着てみるの?」 「俺が普通のスーツ着てもおもしろくないと思うけどね。瑛里華も  着てくれたんだから瑛里華が望むなら着てみるよ。」 「せっかくなんだから着てみましょうよ」 「わかった、ちょっと待ってて」  孝平がバスルームに消えていった。 「ほんと、兄さんは何を考えてるのかしらね・・・」  孝平が着替えてる間、私はベットの上に座って待っている。  孝平の部屋でバニーガールになった私が孝平を待っている。 「・・・考えてみるとかなりシュールよね」  その時バスルームの扉が開いた。 「お待たせ、瑛里華」  バスルームから出てきた孝平を見て私は言葉を失った。  学生服姿を見慣れた私には、いつも以上に大人の・・・いえ、アダルトな  印象を受けてしまった。  スーツのように見えたジャケットは燕尾があり、胸元は大きくあいていた。  首元の黒いクロスのタイが何とも言えない妖しさを醸し出す。 「せっかくだからこの格好でお茶でも煎れてみようか?」 「え、えぇ・・・、お願い」  私はそう返事するだけで精一杯だった。  さっきまであんなにも可愛かった孝平が、着ている服一つでここまで  妖しくも格好良くなるだなんて・・・それに私の中を走るこの感情は  一体なんなんだろう?  愛おしい? いえ、それではない。愛してる? それでもない。  これは一体・・・ 「お待たせしました、瑛里華お嬢様」  孝平にそう言われた瞬間、全身がぞくぞくした。  これって・・・ 「なんてね、執事っぽかったかな?」 「・・・」 「瑛里華?」 「い、いえ、なんでもないわ。お茶お願いね」 「?」  孝平は怪訝そうな顔をした。  少し間をおいてから 「かしこ参りました、瑛里華お嬢様」  そう言われた瞬間に体中に走るこの衝撃は・・・  これは悦び? 愛する人を支配する、快感? 「孝平」 「何?」 「何じゃないわ、言葉遣いには注意なさい!」 「え?」 「え、じゃないわよ、返事は?」 「は、はい!」 「そう、執事は主の言うことをちゃんと聞くものなのよ?」 「・・・かしこまいりました」 「それじゃぁ、今夜は私に尽くしなさい」 --- ・おまけのおまけ「白がメイドになった理由」 「支倉先輩、瑛里華先輩、これって・・・」 「白、何も言わなくて良いわ・・・この馬鹿兄貴ーーーーっ!!」  私は先輩から渡された、伊織先輩からのプレゼントの箱を開けて  どうすれば良いかわからなかった。  瑛里華先輩は窓を開けて叫ばれてますし、支倉先輩は机の上に  うつぶせになって頭を抱えていらっしゃいます。 「執事にウサギにメイド・・・一体あの人は何処に行ってるんだよ」 「あの・・・支倉先輩、瑛里華先輩。これはやっぱり着るべきなんでしょうか?」 「もうどっちでもいいわ、私疲れちゃった」 「白ちゃんが着てみたいならいいんじゃない?」 「せっかく伊織先輩が贈ってくださった物ですから着替えてきますね」 「お!」 「あら」  給湯室で着替えて出てきた私をお二人は驚きの声で出迎えました。 「可愛いじゃない、白。孝平もそう思うでしょう?」 「うん、似合ってるよ、白ちゃん」 「あ、ありがとうございます」 「ところで孝平、またあの服着てみる気ない?」 「瑛里華、何考えてるんだ?」 「ほら、ここなら白のメイドと孝平の執事と私とで、雰囲気あうじゃない?」 「支倉先輩が執事さんなんですか?」 「いや、その、格好だけだけどな」 「私も是非見てみたいです」 「白もこう言ってるんだし、ね?」 「・・・なら瑛里華もうさぎになるのか?」 「瑛里華先輩はうさぎさんなんですか?」 「白・・・そんなに目を輝かせて私をみないで」 「いいなぁ、私もうさぎさんになりたいです」  瑛里華先輩のうさぎさん、きっときっと可愛いんだろうなぁ 「どうする、瑛里華?」 「・・・」 「私は見てみたいです」 「わ、わかったわ・・・今日だけよ」 「はい、ありがとうございます!」  この日の生徒会の活動は、うさぎの瑛里華先輩と、格好良い執事の支倉先輩と  メイドさんの格好の私とで、楽しくお仕事できました。 「執事の孝平とメイドの白はいいけど、絶対ぜーったい私浮いてるわよね」 ---  別に熱暴走してるわけじゃないんですけどね(w  なんとなく書いたらこうなりました。  本当は-if-を書こうかなとおもってたのですが(w  元絵は浅月かすみさんが25日付けで公開されたバニーえりりんと  ブタベストさんが24日に公開されたプリム姿の白ちゃんです。  なーんもかんがえず思うがままに書くのって楽しい(笑)
5月23日 ・夜明け前より瑠璃色な sideshortstory 「約束の証」 「まだかなぁ・・・」  電車に揺られながら、何度めかの独り言。  今日は私の誕生日。本当は達哉が私の所に来てくれる事に  なってたけど、私はそれを断った。 「週末だから私が達哉に会いに行くね」 「なら最高のおもてなしで出迎えなくっちゃな」 「うん、楽しみにしてるね」  そんなやりとりがあったのが半月ほど前だった。 「まだつかないのかなぁ・・・」  いくら願っても電車の速度が変わる訳じゃない。  今日も大学の講義や実習などで夕方まで忙しかった。  それから実家へと帰るので、つくのは夜遅くになってしまう。  お店の営業時間前に帰ってもみんな仕事をしているだろうし  そう言う意味ではちょうどよかった。 「ふぅ、やっとついたぁ」  手に持っているボストンバックを持ち直す。 「変わって無いなぁって、当たり前よね」  私が大学に進学してもう2年目になる。  ずっと離れてた訳じゃない、休みの時には帰ってきているはずなのに  懐かしさを感じてしまう。 「ここが私の居場所だから、かな」  歩きなれた道を進む。  土手を歩いて、商店街に入って・・・そして我が家。 「・・・あれ?」  お店の電気はついているけど、カーテンが全て閉まっている。  外から中の様子がわからない。  時計を見ると、ちょうど9時、閉店の時間になっている。 「でも、9時ちょうどにクローズなんて珍しいわね」  ラストオーダーの後でも必ずお客様が帰るわけじゃない。  どうしても9時を過ぎてしまう。だから今日みたいに9時ですでに  カーテンが閉まっているというのは本当に珍しい事だった。  その時、からん、というカウベルの音とともに扉が開く。  最後のお客様が帰られるのだろうか?  そう思って私は道をあけようと一歩下がろうとして・・・ 「お帰り、菜月」 「達哉!」  私は達哉に抱きついた。 「ただいま、達哉!」 「・・・」 「達哉?」  いつもなら優しくキスしてくれるはずの達哉が困った顔をしている。 「感動の対面は良いから、早く中にはいらんか」 「え?」 「親父殿、ここは黙って成り行きを見るべきではありませんか?」 「えぇ?」 「だめよ、仁君。感動の再開はそっと見守ってあげないと」 「そうだよ、仁さん。」 「えぇーーー!」  お店の中にはみんなそろっていた・・・ 「はっぴばーすでーとぅーゆー!」 「ふーっ!」  みんなが歌ってくれた歌が終わって、私はろうそくの明かりを吹き消す。 「おめでとう、菜月ちゃん!」 「菜月ちゃん、おめでとう!」 「ありがとう、みんな!」 「さぁ、さめないうちに食べてくれ」 「ありがとう、お父さん」  聞いて呆れた話だけど、今日は社員研修という名目でラストオーダーの  時間を1時間早くしてしまったそうだ。  研修だなんて実際にあるわけ無い。  その時間を使って私のために料理を作ってくれたそうだ。 「美味しい料理に美味しい肴。さっきの菜月は良かったと思わないかい、  達哉君?」 「・・・」 「兄さん!」 「仁君、その辺にしておかないと後が大変よ?」 「はいはい、さやかちゃんがそう言うならこの辺にしておくとしますか」 「もぅ・・・」  みんながいるとは知らずに達哉に抱きついたことはからかいのネタに  なってしまった。  家族公認とはいえ、やっぱり恥ずかしかった。  でも・・・  あの時キスをせがまなくて良かった。 「菜月? 疲れてるのか?」 「ううん、なんでもないよ。だいじょうぶ」  心配してくれる達哉の優しさに心が温かくなる。  いつも自分より私のことを心配してくれる。それで無理して体調崩したり  するから、本当は目が離せない。  本当は一時たりとも離れたくない。  ・・・そのことは自分ではもう納得してるはず。  私は私の夢と約束をかなえるために、遠く離れた大学に通っているのだから。  それでもこうして家族の暖かさと、達哉の暖かさにふれると離れたくなくなる。  私は・・・こんなにも弱かったんだと、思わせる時だった。 「菜月?」 「・・・なんでもないよ、いっただきまーす!」  気持ちを切り替えて、久しぶりのお父さんの味を堪能する事にした。 「・・・あれ?」 「どうした、菜月」 「お父さん・・・ううん、なんでもない、と思う」  なんだろう?  お父さんの味が違う気がする。  久しぶりに食べたからかな? それでも違う気がする・・・  美味しくない訳じゃない、それどころかとっても美味しいと思う。  けど、何かが違う。何だろう? 「菜月・・・」 「ううん、なんでもない。美味しいよ」 「・・・そうか、ありがと」 「へ? 達哉が何でお礼言うの?」 「左門さん、そろそろいいんじゃないですか?」 「そうだな、さやちゃん。」  おほん、と咳払いをするお父さん。何だろう? 「菜月、今日の社員研修は実際に研修あったんだ」 「え? 誰? 新しく雇ったの?」 「そこで僕の名前が出てこないのはどういう事だい、マイシスター」 「兄さんは黙ってて」 「実際は社員じゃないがな。今日の料理の半分はタツが作ったんだ」 「・・・えー!」  うそ、達哉が作ったの? 兄さんより上手じゃない? 「菜月、今酷いこと思わなかったかい?」 「達哉、本当?」 「あぁ、今日の為に練習したんだ」 「・・・ありがとう、達哉」  私はお皿に取り分けたパスタを口に運ぶ。  お父さんの味だけど、何かが違う、その何かはきっと。  達哉の愛情、なんだ。 「美味しいよ、達哉」 「しっかし、恋人の方が料理が上達して未だカーボンレベルの我が妹は  ますます立場がなくぎゃっ!」 「ねぇ、達哉。他には何を作ってくれたの?」 「あ、あぁ・・・まだ数は少ないけど他には・・・」 「左門さん、菜月ちゃんの腕前、前より磨きがかかってない?」 「そのようだな、ますます春日に似てきたようだな・・・」  ・  ・  ・ 「ただいま」  誕生会がお開きになって、私は自分に荷物とみんなからもらった  プレゼントを抱えて、自分の部屋へと戻ってきた。 「ふぅ」  荷物を投げだし、プレゼントを机の上に置いた私はそのままベットに  倒れ込んだ。 「・・・達哉」  お店で後かたづけを手伝ってる達哉。  私も手伝うっていったら、主賓なんだからといって断られてしまった。  別れ際、明日のデートの約束をしてから私は部屋に戻ってきたのだけど 「ずっと一緒がよかったな・・・」  自分の家の自分の部屋、ここに達哉はいない。  窓の向こうに、達哉の家の達哉の部屋。たぶん、まだ帰ってきていない。 「・・・こんなにも近くにいるのに」  私の前にはいてくれない達哉。  確かに、あんな事があった後に一つの部屋に二人でいるとあらぬ事を  思われてしまうかもしれない。  それに、麻衣みたいに年頃の女の子がいる家で、その・・・えっちな事を  するわけにもいかないと思う。 「これだったら、達哉に私のマンションに来てもらった方が・・・」  ずっと一緒に、抱き合っていられる・・・ 「って、私は何を考えてるの!」  これじゃ私は達哉とえっちなことしたいって、して欲しいって・・・ 「・・・そう、私は達哉とえっちなことしたい、して・・・欲しい」  コンコン 「ひゃぅ!」  突然たたかれたノックの音に私は悲鳴をあげる。  あわててノックのされた方、窓のカーテンを開ける。 「菜月、今大丈夫か?」 「たたた、達哉?」 「菜月?」 「あ、ううん、なんでもない。大丈夫だけど、もう片づけ終わったの?」 「いや、俺も早くあがるようおやっさんに言われたんだ」 「そっか、お父さんらしいね」 「あぁ。それでさ、その・・・そっちいっても良いか?」 「え?」  もしかして私の独り言、聞かれちゃってた? 「誕生日プレゼントを渡したいんだ」 「え? あ、それだけ?」 「え?」 「あ、ううん、なんでもないなんでもないよ、あはは・・・」  なんとかごまかした。  達哉は窓枠を越えて、私の部屋へと入ってくる。 「達哉、プレゼントはさっきもらったよね?」  達哉の手作りの料理と、花束をもらった。 「あれはみんなの前だから。本当はふたりっきりの時に渡そうかと思って」  そう言うと達哉は私の左手をそっと持ち上げる。 「俺の・・・約束の証だ」 「え・・・これって・・・」  達哉は私の左手の薬指に銀色のリングをはめてくれた。  私は目の前に指輪のはまった左手をかざす。 「・・・」  そしてそっと右手で左手を包み込む。その暖かさを逃さないように。 「菜月、その・・・婚約指輪をもらってくれるかい?」 「・・・うん、私を達哉のお嫁さんにして」  自然と、二人の距離は零になった。  ・  ・  ・  誕生日が過ぎて日曜の夜、私は借りているマンションに戻った。  家族もいない、誰もいない、一人だけの部屋。  けど、いまは違う。  私の左手の薬指に、達哉の想いが詰まった指輪が輝いている。 「達哉、私はもうだいじょうぶだよ。だっていつも一緒だもの」
5月21日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「可愛い寝顔」 「さすがに今日はきつかったな」 「えぇ、そうね。そろそろ新人もスカウトしなくっちゃいけないわね」  兄さんと征一郎さんが引退したあとの生徒会は私と孝平と白の3人で  運営されている。  3人でも何とかなるんだけど、白がローレルリングでいなくなると  一気に仕事がきつくなる。 「今日も消灯時間ぎりぎりか」 「・・・」  そう、授業が終わってから監督生室での作業、終えたらいつもこの時間。 「こんなんじゃ明日の予習は出来ないな」 「孝平はちゃんと予習してるの?」 「たまに・・・ふぁ〜」  返事をしながらあくびをする孝平。 「・・・」 「ゆっくり休んで明日もがんばろうな」  寮の入り口、こうして孝平と別れて1日が終わる。そんな毎日・・・ 「・・・」  充実はしてるけど、足りない毎日。 「・・・」 「瑛里華?」  私はつないだ手に力を込める。 「ねぇ・・・孝平。孝平の部屋に行っても、良い?」 「え?」 「せめて、寝るまで一緒にいたいの。駄目?」 「・・・寝るまでだぞ?」 「うん」 「ただいま」 「お邪魔します」  誰もいなかった部屋の明かりがつく。 「なんだか久しぶりね」 「そうだな、最近忙しかったからな」  孝平は上着を脱いでハンガーに掛けている。  それだけの仕草に胸が高鳴る。  私は・・・駄目、今日は駄目。寝るまでって約束なのだしここで  欲望に負けちゃうと明日大変なことになるし・・・  そう、思っても私は孝平を目で追ってしまう。 「適当にクッションだして座ってて。今紅茶いれるから」 「あ、ありがとう」 「・・・」 「・・・」  孝平と二人きりの時間、いつもならただそれだけで幸せで心が満たされるのに  今日はそうではなかった。  お互い何かぎこちない。  それはやっぱり・・・最近忙しすぎて・・・その、してないから、かな?  キスもしてない。キスするとお互い押さえられなくなるかもしれないから。  でも・・・キス、したい。  もっともっと、したい・・・してあげたい。 「あのさ、瑛里華」 「こ、孝平! ちょっとシャワー借りるわね。汗流したいから。  汗流すだけよ? 勘違いしないでよ?」 「あ、あぁ・・・」  私は収納から私専用のバスルームセットを持ち出してユニットバスに逃げ込んだ。 「きゃっ」  シャワーから流れる水に悲鳴をあげる。  冷たい水はこの時期にはまだきついけど、火照った体を一時的に沈めるには  最適だった。 「・・・ふぅ。私、誘ってるように見えちゃったのかな」  シャワーのノズルから出てくる水はすぐにお湯になる。  その暖かさが気持ちよい。 「女の子から誘うなんて・・・はしたないわよね」  そうは頭で思っても、心と体はこの後のことを期待してる。 「駄目よ、瑛里華。負けちゃ駄目!」  そう口に出してみる。  ・・・何に負けちゃいけないのだろう?  そう思ってしまう段階で、もう私は負けているのだろう。 「そ、それよりも汗流さないと」  ・・・結局念入りに身体を洗ってしまった。  ハンドタオルで水滴を拭き、バスタオルを身体にまく。  孝平の部屋に着替えの予備もあるけど、さすがに下着までは用意していない。  何かあったときのために着替えはズボンにしてあるけど・・・  やっぱりこういうときのために下着もおいておいた方が良いかしら?  そう思いながら私は部屋へと戻った。 「孝平・・・?」  部屋に戻ると、孝平はベットの上に上半身だけ預けるように眠っていた。  ベットに腰掛けて、そのまま横倒れしたような体制は、私を待ってるうちに  眠ってしまったことを物語っていた。 「・・・」  私のバスルームでの葛藤はいったい何だったの?  この後のことを考えて、なのに孝平は眠ってしまっているだなんて。  なんだか腹が立ってきた。  孝平を起こすべくベットに移動した私がみたものは・・・ 「・・・可愛い」  孝平の寝顔だった。  安心しきって眠っているような、そんな寝顔。  私はその寝顔を見た瞬間、さっきまであった感情すべてが消えてしまった。  今心を占めているのは、この寝顔をずっと見ていたい。  それだけだった。  私はそっと孝平の身体をベットに寝かせる。  そして毛布を掛けてから、ベットに座る。 「ふふっ、よっぽど疲れてたのね」  孝平の寝顔を見ていると私の疲れはとれていくようだった。 「可愛い寝顔って言ったら、孝平はなんて言うかしら?」  恥ずかしがるかな? 怒っちゃうかな?  そんな孝平も見てみたいな。 「・・・寝るまでここにいて良いっていったけど、先に寝ちゃうんですもの。  だから、私がいつ寝るかなんて孝平はわからないよね?」  私はバスタオル姿のまま、孝平の毛布に潜り込んだ。 「ん・・・」  私の目の前に孝平がいる。  今私は身体全てで孝平を感じている。  心がとても満たされていく。 「孝平・・・お休みなさい」  そっと孝平におやすみの口づけをした・・・ ---CG:セミヌード瑛里華(ほわいとみすちょ!?,浅月かすみさん)  雑記20日付けでシーツで胸を隠す瑛里華の絵が公開されました。  怒ってる? 呆れてる? そんな表情のえりりんです。  そして今日の早坂のSS「可愛い寝顔」はこの絵がきっかけで書きました。  孝平を起こしに行くシーンでこんな感じの瑛里華かなって思って書きました。  このまま続きを書くと朝絶対ドタバタするんですよね。  それも孝平と瑛里華らしいのでしょうけど、たまには二人だけの安らかな  時間で終わらせてあげたいので今日はここまでにします。  孝平の問いつめはまた別のお話で(w
5月18日 ・夜明け前より瑠璃色な sideshortstory 「幸せへの道しるべ」 「達哉くーん!」  翠色の小さなポニーテールをゆらして、大きく手を振りながら  遠くから走ってくる。 「そんなにあわてなくても大丈夫だよ」 「はぁはぁ、でも達哉君が待ってるのを見たら一刻も早く会いたく  なっちゃったんだもん」  そう言われると悪い気はしない、所かとても嬉しくなる。 「ありがとうな、翠」 「え? 何か言った?」 「いや、なんでもないよ」 「そう?」  息も落ち着いてきたようだ。 「それじゃぁ行こう!」 「行こうか、翠」  翠とのデートは、喫茶店へ行くことから始まった。 「この喫茶店来るとあの時のこと思い出しちゃうよね」 「マウンテンカレーか」  始めて訪れたときのことを思い出す。まだ二人ともぎこちなかったっけ。 「・・・今は恋人同士に見えるかな?」  俺と同じ事を考えてたのか、翠が聞いてくる。 「周りがどう思おうとも、翠は俺の恋人だ」 「・・・達哉君、恥ずかしくない?」 「そういう翠も顔真っ赤だぞ?」 「達哉君も真っ赤じゃない!」 「・・・ぷっ」 「・・・あはっ」  二人で笑い出してしまった。少なくとも周りからは俺達をカップル  以外の関係で見ることはない光景だろう。  ・・・カップルの上に「バ」がつくとも思われるだろうけどな。 「それじゃぁそろそろ行こうか」 「あ、もうこんな時間なんだ」  俺達はそろって席を立つ。  この後翠が見たい映画につきあう事になっている。  どんな映画かは俺はよくわからないけど 「伝奇で学園でコメディで、純愛なんだよ」  と、話の概要と上映時間だけ事前に教えてくれた。 「いったいどんな映画なんだろうな?」 「んふふっ、見てのお楽しみだよ♪」  結局翠は映画のタイトルを教えてくれなかった。 「これが・・・伝奇で学園でコメディで純愛映画?」 「そう、私の好きな監督が作ってる最新作だよ!」  伝奇物で学園コメディで純愛で・・・どういう組み合わせだ? 『わたしと一緒に、かけがえのない学院生活を送ってみませんか』  映画のキャッチコピーにはそう書かれている。 「なにぼーっとしてるの、ほら、行こうよ!」 「あ、あぁ」  翠が俺の手を引く。 「そんなに強くひっぱるなって」 「ほら、達哉!」  そうして俺は映画館の中に入っていった。  翠が選んだ映画のタイトルは「FORTUNE ARTERIAL」だった。 「落ち着いたか?」 「うん・・・ありがとう、達哉」  映画が終わったとき、翠は涙を流していた。  なだめて、とりあえず映画館を出た俺達は近くの公園のベンチで  休むことにした。 「ごめんね・・・迷惑かけちゃって」 「そんなことはないさ、映画はとても良かったし、俺だって」 「達哉君も?」 「・・・」  口が滑った。  俺も映画のラストでは涙が出そうになっていた。  翠が泣いてなければ俺が泣いていただろう。 「こら、白状しなさい!」 「いや、白状する事なんて何もないから」 「達哉君?」 「そ、それよりも落ち着いたか?」 「今一生懸命ごまかそうとしていませんか?」  いつもの翠に戻っているようだ。 「・・・でも良かったね」 「あぁ、良い映画だった」  ただ、ちょっと駆け足すぎたとは思う。映画という枠の中では  どうしようもないかもしれないが。 「ヒロインの瑛里華ちゃん、ちゃんとお母さんと仲直りも出来たし  主人公の孝平くんとも結ばれたし、本当に良かったね」 「あぁ・・・」  そう言うことか。翠は自分と重ね合わせていたのか。  問題の質は違うけど、家族間の溝や、恋人とつきあう壁。  映画とは全然違うけど、俺達がたどってきた道はまさに今日の映画  そのものだったのだから。  だから映画の最後にあれだけ涙を流していたのか。 「・・・なぁ、翠」 「なに?」 「俺達も映画に負けないくらいの物語、描いてきたんだよな」 「・・・うん」 「ならさ、映画の二人に負けない幸せな未来、描こうな」 「・・・達哉君、恥ずかしくないの?」 「・・・」 「でも、格好良いよ」  そういって俺の方にもたれてくる。  俺は翠の肩をそっと抱きしめた。 「ねぇ、達哉君。さっきの台詞だけど・・・あれってプロポーズ?」 「え?」  プロポーズ?  ・・・そういえば、映画のラストでは子供も産まれていたっけ。  その二人に負けない幸せってことは・・・? 「私ね、子供はいっぱい欲しいな」 「・・・がんばります」 「え? も、もぅ・・・達哉君のえっち」 「・・・そ、そうだよな。やっぱり子供は結婚してからだよな」 「くすっ、結婚はもう確定なんだね」 「・・・」  何かを話すたびにどんどん自滅しているような気がしてきた。 「ふつつか者ですが、よろしくお願いします、ね、達哉君!」
5月16日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「部屋とYシャツと私」 「ん・・・んー」  ・・・目を覚ます時間なのかな、でも暖かい。  この暖かい所から抜け出したくないな。  そう思えば思うほど、まどろみの中にゆっくりと落ちていくような  再び眠りにつこうとするような、そんな感覚の中を私は泳ぐ。 「・・・」  それでも規則正しく生活している身体は目覚めの時を自覚し、  だんだん意識もはっきりとしてくる。 「・・・あ」  私の目の前に支倉先輩が寝ている。  安らかに眠っている支倉先輩の寝顔を見て、私は覚醒した。 「あ、あわわ・・・と、泊まってしまったんですね、私」  生徒会の活動が遅くなり、その後支倉先輩のお部屋で一緒にお茶をして  そして・・・  ぼしゅっ! 「はぅ・・・」  あまりの恥ずかしさに何も考えられなくなる。 「・・・そ、それよりも部屋に戻らないと」  今日だって授業はあるし、何より支倉先輩の部屋から出るところを見つかる  訳にはいかない。  私たちは生徒会役員、生徒の見本になるような生活をしなくてはいけないのに  朝帰りだなんて・・・  ぼしゅっ! 「はぅぅ」  幸いまだ早い時間なので、今すぐ部屋に戻れば大丈夫。  私はそっと支倉先輩がいるお布団を抜け出す。 「・・・」  支倉先輩の腕の中に潜り込みたくなる衝動を抑えつつ、床に散らばった服を  着ようとして。 「あ、これは」  目に留まったのは支倉先輩のYシャツだった。 「昨日先輩が着てたシャツ・・・」  思わず手にとる。  かすかに支倉先輩のにおいがするような気がする。 「・・・ちょっとだけ、ちょっとだけですから」  私は袖を通してみる。 「大きいです」  袖が長すぎて指先がちょっとしか出てこない。  裾も長く、私の太股の所まで覆ってしまう。  ボタンをはめてみたけど、胸元やおなかのところがすーすーする。 「でも・・・気持ち良いです」  毎日洗濯しているシャツだから、支倉先輩のにおいが染みついてるわけじゃない  けど、なんだか心が温かくなる気がする。  そう、支倉先輩に抱かれている時のような、暖かさが・・・ 「ん・・・もう朝か?」 「ひゃぅ!」  支倉先輩が目を覚ました?  急いでシャツを脱がないと!  私はあわててボタンをはずそうとして 「あっ!」  まだ下着をつけていないことに気がついた。 「ん? あ、白ちゃん。おはよ・・・」 「あ、あの、支倉先輩、その、そのですね!」  何か言わなくちゃいけない、けど何を?  上手く言えない、そう思った瞬間、私は腰が抜けて座り込んでしまった。 「支倉先輩・・・ごめんなさい」  やっとの事で言えたのはその一言だけだった。 「別に謝ることじゃないさ。着心地が良いなら1枚くらいあげれるし」  私の言い訳を笑い飛ばしてくれた支倉先輩は、シャツを私にくれると  仰ってくださいました。 「良いんですか?」 「あぁ、白ちゃんが欲しいのならかまわないさ」 「欲しいです!」 「そ、そんなんでよければプレゼントするよ」 「ありがとうございます! 一生大事にします!」 「いや、それほどのものじゃないと思うんだけど・・・」  そんなことありません!  支倉先輩の愛用していたシャツです、私にとっては宝物です。 「本当にありがとうございました」 「お古でそんなにお礼言われると、なんだかなぁ・・・」  支倉先輩は何か複雑そうな、苦笑い?をされています。  もしかして私がシャツをもらってしまったことに問題があるのでしょうか? 「それよりもさ、今何時だ?」 「あっ!」  時計を見るとまだ早い時間ではあるけど、もう廊下に人が出ていてもおかしく  無い時間になってしまいました。 「急いで部屋に戻らないと!」 「ちょっとまって、白ちゃん。その格好のままは・・・」 「え? ひゃぅ!」  私は支倉先輩のシャツ1枚だけで部屋の外に出ようとしてしまいました。  なんてはしたない・・・ 「とりあえず服をちゃんと着て、それから・・・最終手段をとるから」  その後、悠木先輩のお部屋経由で私は自分の部屋へと戻ることになりました。  支倉先輩が悠木先輩にいろいろ言われたみたいでしたが 「いつものことだよ」  って疲れたような笑いをしながら仰りました。  今度から時間には注意しようと、私は心に誓いました。
5月16日 ・Canvas2 sideshortstory 「魅せられて、見つめられて」 「なぁ、麻巳」 「はい」 「良いモチーフが生まれそうなんだが・・・手伝ってくれるか?」 「・・・」 「ま、麻巳さん? その冷たい目はなんでしょうか?」 「いえ、以前のことを思い出したもので」 「いや、その、あれは若気の至りということで」 「浩樹さんは若気の至りですまされるほどお若いんでしょうか?」  私はあの時のことを思い出す。 「なぁ、麻巳。良い絵のモチーフが生まれそうなんだが、手伝ってくれるか?」 「はい、喜んでお手伝いします。何をすれば良いんですか?」 「麻巳に着て欲しい服があるんだよ。それで麻巳を描きたいんだ」 「どんな服なんですか?」 「それは・・・」  あんな凄い格好をさせられて、浩樹さんにずっと見つめられて、そして  結局私から求めちゃって・・・ 「大丈夫だ、麻巳。今度はちゃんとした服だ」 「以前はちゃんとしてない服だって自覚はあったんですね?」 「・・・」 「・・・」 「浩樹さん?」 「・・・ごめんなさい」 「・・・ふぅ、それで今度は何のモデルになれば良いんですか?」  結局頼みを断り切れない私。  惚れた弱みというものを嫌と言うほど実感する時だった。 「それじゃぁそこのクッションに楽に座ってくれ」 「うぅ・・・すごく変な気分です」 「そうか? 俺は見慣れてるから大丈夫だぞ?」 「場所が全然違うんです!」  浩樹さんの家の、リビングのクッションの上。  それが今私がいる場所。  そして私が着ているのは・・・ 「やっぱり麻巳にその制服は似合うな」  実家でバイトをするときの制服だった。 「お世辞を言われてるような気がします」 「心配するな、麻巳に関しては本心しか言わないから」 「・・・」  真顔でそう言われると照れてしまう。 「それじゃぁ始めるぞ」  私が何かを言おうとする前に、浩樹さんはデッサンから始めた。  私を見てはキャンバスにデッサンをする浩樹さん。  キャンバスを見ては私を見る浩樹さん。 「・・・」  いつもならちょっとした世間話もあるのだけど、今日はそんな  気分じゃなかった。  嫌という訳じゃない。ただ、流されそうな自分が怖いだけ。  「麻巳に関しては本心しか言わない」  その言葉がさっきからずっと私の中にあった。 「・・・」  何かを話そうと、浩樹さんを見る。  浩樹さんは真剣な目で私を見つめてくる。  その目線に熱くなる私がいる。  ほんの少しの時間がたつと、浩樹さんは私に見向きもしなくなる。  このときの浩樹さんは、キャンバスに真剣に向かい合っている。  私の身体から熱が引く・・・訳ではなく、見てくれない事が余計に  熱を持たせる。 「・・・ん」 「・・・今日はこの辺にしておくか?」 「え?」  突然手を休める浩樹さん。 「どうしてですか? 何で最後までしてくれないんですか?」 「・・・いやな、麻巳が辛そうだから」 「大丈夫です、最後までちゃんとしてください」 「・・・」 「浩樹・・・さん?」 「あのさ、麻巳。今の言葉のやりとりだけどさ・・・」  言葉のやりとり?  私はほんの数秒前のやりとりを思い出す。  「最後までしてくれないんですか?」  「麻巳が辛そうだから・・・」  「大丈夫です、最後までしてください」  ・・・これってもしかして?  わ、私ったら何を言ってるのかしら?  まるであの時のやりとりみたいじゃない。  そういえば、初めての時はこの格好だったっけ・・・  そのことを思い出してしまう、そして私の中心は今まで以上に  熱を持ち出してくる。 「浩樹さん・・・私、とても辛いんです。だから・・・その・・・」 「麻巳、そのさ。お願いできるか?」  浩樹さんのものは、ズボンの上からでもわかるほど大きくなっている。 「はい、ご奉仕させてください、ご主人様」
5月11日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「初めての母の日」 「ねぇ、孝平。ちょっと聞いてもいい?」 「ん?」 「あのね、孝平。母の日って何を贈ればいいと思う?」 「母の日か・・・」  今度の日曜日が母の日だったっけ。  ・・・そういえば、俺何の準備もしてなかったっけ。  それは後でも何とかなるだろうと、後回しにして。 「瑛里華のことだからいろいろと自分で調べたんだろう?」 「えぇ、調べてみたけどどれもぱっとしないのよね。  それに初めての母の日だから・・・」  瑛里華の過去にはいろいろと不幸がありすぎた。  そのせいだろう、母に感謝するという事は無かったとおもう。  でも今は違う。瑛里華は母親を愛しているし、伽耶さんも瑛里華を  愛している。  本当の親子になってからの最初の母の日だから、瑛里華ががんばるのもわかる。 「瑛里華は伽耶さんに何を贈りたいんだ?」 「それがわからないから孝平に聞いてるんでしょう?」 「だからだよ、瑛里華。瑛里華は伽耶さんに何をしてあげたい?」 「母様に・・・してあげたいこと?」 「とりあえず母の日の事を忘れて、伽耶さんにしてあげたいこと、ある?」 「・・・」  瑛里華は腕を組んで考え込む。 「・・・そうね、してあげれるかどうかはわからないけど・・・  ずっと笑っていて欲しい、かな」 「・・・」 「・・・おかしい、かしら?」 「いや、おかしくないよ。逆に凄いと思っただけさ」 「そ、そう?」 「あぁ、それに瑛里華なら出来ると思うぞ」 「ありがとう、孝平」 「それじゃ決まりだな」 「え?」 「母の日のプレゼントだよ。伽耶さんを笑顔に出来るような事を瑛里華が  してあげればいい」 「母様を笑顔に出来る事・・・」  瑛里華はまた考え込んで、すぐに答えを出した。 「ねぇ、孝平。こういうのはどうかしら?」 「これを瑛里華が一人で、なのか?」  日曜日の夜、千堂家の一室に伽耶さんは招待された。  その部屋に用意されたものは、普通の夕食。  だけど、全てを瑛里華が調理したものだった。 「はい、母様。私の母様への思いを込めてつくりました」 「伽耶、良い娘をもったわね」  紅瀬さんも一緒にこの席に招待されている。 「しっかし瑛里華が料理をねぇ・・・明日雨じゃなければいいんだけど」 「安心して、兄さんへの想いは込めてないから」 「はいはい、今日は母上の日だからな」  会長は俺が無理矢理連れてきた。  普通に招待すればきっと恥ずかしがってこないだろうから。 「支倉君、何をそんなににやにやしてるのかな?」 「え? 俺? そんな顔してますか?」 「してやったりという顔だな。まぁ、実際そうなんだけどね」 「気のせいですよ、会長。それよりも俺がいていいのか?」 「何言ってるのよ、孝平は家族同然だからいて当たり前じゃない」 「さしあたって、娘の彼氏を紹介するという所かしら?」 「紅瀬さん!」  顔を真っ赤にする瑛里華。 「そ、そんなことより食事を始めようよ、伽耶さんも待ってるし」 「あ、あたしはそんなに意地汚く無いぞ!」  そう言って否定する伽耶さんだったが、さっきからずっと目の前の食事を  見つめていた。 「ほら、瑛里華。伽耶さんのご飯を」 「わかったわ」  おひつからお茶碗にご飯をよそる。 「はい、母様」 「ありがとう、瑛里華」  俺も手伝ってみんなの前にご飯が行き渡る。 「いただきます!」  みんなの声が重なった。 「・・・美味いな」  この1週間で特訓したとは思えない味付けだった。  確かに学食の鉄人の料理とは比べられないが、どれも美味くできている。  ちゃんと釜で炊いたご飯に、みそ汁。  今朝水揚げされたばかりの魚を炭で焼いたものや、ほうれん草や山菜の  おひたしに、肉ジャガは少しジャガイモが崩れているかな。  そう、そこにあるのは特別な料理ではなかった。  普通の家庭の夕食にでるような、そんな料理。だけどその全てに瑛里華の  伽耶さんへの愛情がこもっている。 「母様、味付けはどう?」 「・・・少し塩辛いぞ」  俺はそうは思わなかったけど、伽耶さんをみて納得した。 「でもな、とても美味しいぞ。本当に、本当に美味しいぞ、瑛里華」  伽耶さんは涙を流していた。 「ありがとうございます、母様・・・」  それを見た瑛里華は微笑みを浮かべながら、涙を流していた。 「伽耶、涙を拭かないとちゃんとした味、わからないわよ?」 「あたしは泣いてなんかおらぬぞ! ちょっと目にゴミがはいっただけだ」 「はいはい」  そう言いながら伽耶さんの涙を拭う紅瀬さんだった。 「ごめんなさいね、紅瀬さん」 「いえ、美味しかったわ。なんだか、懐かしい香りがしたもの」 「ありがとう、紅瀬さん」 「お礼を言うのはこっちのほうよ。ありがとう、千堂さん」 「しっかし、瑛里華が料理をねぇ・・・これも花嫁修業の一環かい?」 「に、兄さん!」 「照れるなって、支倉君との仲はもうみんな知ってるんだから」 「・・・もぅ」 「これなら嫁いでも相手に迷惑はかかるまい、そうだな、孝平?」 「あ、はい」 「孝平っ!」 「ふふふ、さすがはあたしの娘だな。もう尻に敷いてるようだな」 「か、伽耶さん!、本当にそうなりかねないのでやめてください!」 「あら、孝平はそうして欲しいのかしら?」 「いや、だからな・・・」 「ふっ、はははっ!」  伽耶さんが声をあげて笑う。 「ふぅ、もう良いよ、それでも」 「くすっ、そうならないで欲しいなら孝平もがんばってよね」  笑いがあふれる、優しい家族の一時だった。  俺は千堂家を後にした。  会長と紅瀬さんも一緒だった。 「会長は一緒じゃなくていいんですか?」 「あぁ、俺はそんな柄じゃないしな」 「貴方はまだ素直になれないのね」 「俺はいつでも素直さ、紅瀬ちゃん。だから寂しい夜を一緒に  過ごさないかい?」 「私は別に、寂しくないもの。今日は嬉しいくらいよ」 「そうか、それじゃぁ俺の寂しさは誰が埋めてくれるのかな?」 「支倉君がいるじゃない?」 「えっ?」 「そうか、それじゃぁ今夜は飲み明かそうじゃないか!」 「会長、明日授業があるんですよ?」 「大丈夫だって、さぁ、乾杯しようじゃないか! 紅瀬ちゃんもどうだい?」 「飲むだけなら良いわよ」 「よし、さぁ行こうか!」 「ちょっと、俺の意見は?」 「却下だよ、支倉君」  会長には会長の考えもあるんだろう、すくなくとも瑛里華と伽耶さんの  女同士の親子水入らずの場を提供したんだからな。  少しくらい会長につきあうのも悪くはない、だろう。 「・・・ほどほどにしてくださいよ?」  でも、つきあった事を後で後悔した。  味の強い、それ故にアルコール度の強いお酒を平気で飲む紅瀬さんに会長。  俺はそれについていけず、翌朝酷い頭痛の中、学園に向かうことになった。 「孝平、兄さんにつきあって飲んだんですって?」 「・・・瑛里華、大きな声でしゃべらないでくれ」 「別に大声でなんか話してないわよ。まったく何してのよ・・・」  呆れた顔をしてる瑛里華を見て、一つの違和感に気付く。 「・・・なぁ、瑛里華。そのリボンの所の髪飾り・・・」 「あ、気付いてくれた? 新しく買ったの。似合う?」 「・・・」  正直言うと瑛里華に似合うかどうか微妙な所だと思う。  ・・・そうか、もしかして。 「伽耶さんとお揃いか?」 「え? 何でわかったの?」  きっと昨日の夜、伽耶さんにプレゼントしたのだろう。  そしてお揃いのを自分にも買って・・・ 「似合うよ、瑛里華」 「本当?」 「あぁ」  いつでも伽耶さんとつながっていたい、その想いが。 「瑛里華に似合うよ」 ---
5月9日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「瑛里華が眼鏡をかけた理由」 「まずいな」  ホームルームが思ったより長引いてしまった上に今日は掃除当番。  いつもと比べるとかなり遅い時間になってしまった。  今日は瑛里華と会議をする予定になっている。 「別にさぼってた訳じゃないから怒られることは無いと思うけど」  それでも急ぐに越したことはない。  俺は小走りに旧敷地へと向かった。 「瑛里華、お待たせ・・・」  監督生室のドアを開けた俺は、その中にいる人物を見て俺の動きが  止まった。  窓際の椅子に足を組んで座っている。スカートの裾が少しだけ  まくれていて、綺麗な足を惜しげもなくさらしている。  脇の机には湯気を立てているティーカップが置かれている。  手には文庫本、どうやら俺が来るまで本を読んでいたようだ。  そして何より驚いたのは、瑛里華は眼鏡をかけていた。 「遅かったじゃない、孝平」 「・・・あぁ」  文庫本にしおりを挟んで閉じる、そして優雅な動作で立ち上がった。 「今お茶をいれるわね。会議はそれからでいいわよね」 「・・・」 「孝平、どうしたの? ぼーっとして」 「・・・可愛いな」 「え?」 「・・・」 「ん、もぅ。何を言ってるの?」 「あ、その、ごめん。見とれてた」 「っ!」  ・・・なんか今俺は凄く恥ずかしいこと言わなかったか?  あまりの衝撃に、本心がそのまま口から出てしまったようだ。  瑛里華も顔を真っ赤にしている。 「・・・」 「・・・」 「初々しいねぇ、見てる方が恥ずかしくなりそうだよ」 「!」  いつの間にか俺の後ろに会長が立っていた。 「に、兄さん。いつからそこにいたの?」 「この部屋が温暖化問題を起こしたあたりからかな?」 「最初からじゃない! だまって見てるなんて趣味悪いわよ!」 「いや、邪魔しちゃ悪いかな〜って思って様子を見てたんだよ。  この妹想いの兄の気持ちが瑛里華にはわからないのか?」 「わかるわけないでしょ!!」 「あーれー!」  瑛里華の一撃は会長を星にした。  もう吸血鬼じゃないはずなのにこの力って・・・  ・・・深く考えるのはやめよう。 「ところでさ、瑛里華。目が悪くなったのか?」  会議を始める前に瑛里華に訪ねてみた。  瑛里華はもう眼鏡を外している。 「眼鏡のこと? うん、悪くなったっていえば悪くなったわ。  視力も相当落ちちゃって・・・」 「そんなに急に落ちるものなのか?」 「えぇ、吸血鬼の頃はここから教室棟まではっきりと見えたんだけどね」 「・・・」 「くすっ、冗談よ」 「それじゃぁどうして?」 「そうね・・・ただの気まぐれよ」 「気まぐれ?」 「えぇ、でもそれ以上に収穫はあったけどね、孝平?」 「・・・」 「ふふっ。さぁ、会議を始めましょう」  そう言って書類を机に広げる瑛里華。  きまぐれ・・・か、眼鏡姿をまた見てみたいって言ったら瑛里華は  どんな顔をするだろうか?  そんなことを思いつつ、俺も書類の準備を始めた。
5月6日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory 「獣の不安」 「ただいま」  返事が返ってこない。当たり前だ、ここは私の部屋だから  誰かがいるわけではない。入り口付近でスイッチを入れると  部屋の中が明るくなる。  見慣れた寮の中の自分の部屋。もう2年近くここで生活をしている。  それなのに・・・ 「私の居場所じゃないみたい」  だってここには孝平がいない・・・孝平がいない?  そう思った瞬間に不安が襲ってくる、その感覚に総毛立つ。  身体が・・・熱い!  思わず冷蔵庫に手が伸びそうになり・・・それを止める。 「嫌な習慣ね・・・」  そう、嫌な習慣。不安になると血液を摂取していた、嫌な習慣。  私にはもうその必要はない。  私は吸血鬼ではない、もう人間なのだから。  それなのに、不安が襲ってくる。 「孝平・・・」  好きな人と少しの間離れるだけなのに、私を襲う不安。  これは、珠の獣の衝動? 「っ!」  私はそのままベットに倒れ込む。荒くなってきた呼吸を押さえる。 「はぁ・・・はぁ・・・」  欲しい・・・孝平が欲しい・・・でも、なぜ?  吸血鬼じゃないのに、こんなにも孝平を欲しがるなんて・・・ 「・・・ふぅ」  呼吸が落ち着いてきた。 「少し、頭を冷やそう・・・」  私は着ている制服を全て脱ぎ捨てて、バスルームへと向かった。 「冷たいっ!」  シャワーを浴びる、最初は冷たい水が出てくるのをわかっていながら  それを頭から全身に浴びる。  ひねっている蛇口は温水、徐々に水は熱を持ちだしてくる。  シャワーから出てくる水の温度に比例するように、心が落ち着いてくる。 「・・・」  頭から浴びるシャワーの温水は髪を伝って、目の前を通り過ぎていく。  そして私の胸にたどり着く。  私の胸は、先ほどの冷水を浴びたときの急激な温度変化に反応し、  先が硬くなっている。  ・・・熱い、心は落ち着いてきてるのに身体が熱い。  熱くなってきている胸の先に私の手が伸びる。 「ひゃぁんっ!」  ちょっとふれただけで電気が走った。 「孝平・・・」  そこに孝平のイメージが重なる。  私に覆い被さり、優しく時には激しく・・・ 「あぅ・・・ぅん・・・こう・・へい・・・」  私の手は胸の下に降りていき、淡い茂みの中にある私の中心に向かった・・・ 「おはよう、瑛里華」 「おはよう、孝平」  寮の出口、待ち合わせはしてないけどいつも一緒に登校する。 「ん?」 「どうしたの、孝平?」 「いや・・・」 「くすっ、おかしな孝平。行きましょう!」 「そうだな」  自然に手をつないで歩き出す。 「・・・」 「孝平?」  孝平は何かを考えてるようだった。 「なぁ、瑛里華。この後ちょっと時間あるか?」  生徒会の仕事も終わり、寮へと帰り道で孝平が私を誘ってきた。 「大丈夫よ、何かお話でもあるの?」 「あるって言えばあるな、俺の部屋でいいか?」 「えぇ」  寮へ戻ってきてそのまま私は孝平の部屋へおじゃまする。 「はい、お茶」 「ありがとう、孝平。それで話って何?」 「俺の勘違いだと良いんだけどさ、瑛里華。何悩んでいるんだ?」 「えっ?」 「なんだかさ、今日の瑛里華は昔の、酷いときの瑛里華に似てるんだよ」 「酷いとき?」 「あぁ、衝動を抑えられなくなる直前の頃だ」 「・・・」  孝平、見てないようでちゃんと私のこと見ていてくれてるんだ。  その事実に心が温かくなる一方、私の症状があのときと同じという事に  寒気を覚える。 「俺に言えないことか?」 「・・・孝平」 「瑛里華?」 「ごめんね、孝平・・・心配かけて」  私は孝平に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「話してくれるか?」  そっと私の目元を拭ってくれる、自分でも気付かないうちに涙を  ながしていたようだ。 「実は・・・」  私の話を聞いてくれた孝平は黙り込んでしまった。  それはそうだろう、吸血鬼ではなくなった私に、まだ獣の衝動が  残っているかもしれないと、話したのだから。  もちろん、バスルームでの事は伏せておいた。 「瑛里華ってさ、思ってたより馬鹿だったんだな」 「・・・はい?」  馬鹿?  「なんで私が急に馬鹿呼ばわりされなくちゃならないの?」  私は思わず孝平の襟元をつかんで詰め寄ってしまった。 「おちつけって、首もと絞めるな」  私の手をはねのけてから、深呼吸する孝平。 「なぁ、瑛里華のそのときの気持ちは、冷たいのか?  それとも熱いのか?」 「・・・あ」 「以前俺に相談したときは冷たいって言ったよな。それは吸血鬼の  衝動だろうな、でも・・・」  私は孝平の答えを聞く前にわかってしまった。  これは、この熱さは・・・そしてバスルームで我慢出来なくなる  衝動は・・・女の子の恋。  それがわかってほっとした、私はちゃんと普通の女の子だったからだ。  でも・・・ 「孝平。私を馬鹿呼ばわりするとはどういうことかしら?」 「事実だろう? でもさ、そんな瑛里華も可愛いよな」 「なっ!」  私は怒ろうとして、不意打ちを受けてしまった。 「もぅ、孝平ったら・・・ずるいわよ」 「そうか?」 「・・・ねぇ、孝平。離れても不安にならないように、してくれる?」 「・・・」 「孝平?」 「あのな、瑛里華。男は誰でも獣なんだぞ? そんなこと言われると・・・」 「そうよね、孝平って凄く激しいいものね・・・でもいいの、その獣なら  私にもいるわ・・・だから、ね?」
4月30日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory 「年上のメイドさん」  ガチャっ。 「ん?」  机で本を読んでた俺は、外からする物音に気付いた。  この音は非常梯子を下ろす音、ということは・・・ 「こんな時間に何か用かな?」  俺はかなでさんを迎えようと立ち上がった。  ベランダへ通じる扉のカーテンを開けようとする、より先に・・・ 「じゃじゃーん!」 作:ブタベストさま  なぜかはりせんをもってるのはまぁ、良いとして。  赤を基調とした欧風調の洋服。袖がふわっとふくらんでいて、  ウエストの所にはコルセットが巻かれており、胸がすごく強調  されている。その胸の所には緑色のリボンが揺れている。  スカートの上に白いエプロンがあり、そのスカート自体は凄く短い。  いわゆるミニスカのメイド服だった。 「どう、こーへー。似合う?」 「・・・似合いますけど、いきなり何なんですか?」 「話せば長くなるんだよ・・・実はね。  美化委員の制服でね、サイズを間違えて注文しちゃった1着が余ってたの。  もったいないから風紀委員の制服に仕立てちゃいました」  ・・・全然話し、長くないんですけど。 「まだ1着しかないから、委員長の私専用なの」  そういって俺の目の前で一回転する。  ふわっと広がるスカートの裾から、まぶしいふとももが見える。 「どう?」 「・・・駄目です、スカートが短すぎます。  風紀委員が風紀乱してどうするんですか?」 「んー? こーへーは風紀乱すようなことそーぞーしたの?」 「・・・」  俺は思わず目線をそらす。 「大丈夫だって、ちゃんとアンスコはいてるから」  そう言って俺の前で大胆にスカートをたくしあげるかなでさん。  アンダースコートだから見られて言い訳じゃないけど、と言おうとした俺は  固まった。  たくし上げられたスカートの中には緑と白のストライプの下着が・・・ 「あれ? こーへー、アンスコで顔真っ赤だぁ、可愛い♪」 「・・・あの、かなでさん」  俺は顔を背けながらかなでさんに事情を説明する。 「その・・・アンダースコートも・・・しましまなんですか?」 「え?」  かなでさんはぱっとスカートから手を放す。  そしてそのまま俺に背を向けてから改めてスカートをつまんで・・・ 「あー!! 履き忘れてる・・・こーへー、見たでしょう?」 「いや、その、見たって見せたのはかなでさんだし・・・」 「ふ、風紀を乱したから風紀シール!」  ぽよよん、という音がシールを貼られたおでこから聞こえた気がする。 「そしてこーへー、私にもシール張って!」  なんか同じような展開を前にもしたなぁと思いつつかなでさんのおでこに  シールを貼る。 「うぅ・・・風紀委員がこれで2枚目のシールだよぉ・・・」 「ところでかなでさん。なんで風紀委員がプリム姿なんですか?」  とりあえずお茶を飲みながら話を聞くことにした。 「だって、ひなちゃんが可愛かったんだもん。こーへーもずっと見てるしさ」  ・・・ばれてたか。でもあれは会長のお供だから、と心の中で言い訳する。 「だからね、私もこーへーに見てもらいたかったから・・・」 「かなでさん・・・」 「ちょっと、よけいなものまで見せちゃったけどね、えへへ・・・」 「余計じゃないです、可愛かったですよ、かなでさんが見せてくれた」 「すとっぷすとーっぷ! それ以上言わないの!」  大声で俺の声をかき消そうとする。 「それ以上は恥ずかしいから言わないで・・・」 「そんなことないですよ。恥ずかしがってるかなでさんも可愛いですから」 「こーへー・・・お姉ちゃんをいぢめてそんなに嬉しいの?」 「好きな女の子はいじめたくなるっていう話知ってます?」 「うぅ・・・」 「だから、かなでさん。せっかくメイドの格好してるんだからご主人様の  言うことを聞いてくださいね」 「えぇ!?」  実際はプリム服だけど、これも立派なメイド服には違わない。 「・・・聞かなくちゃ駄目?」 「出来ればそうして欲しいな」 「・・・」 「・・・」 「今日、だけだからね、こーへー」 「ありがとう、かなでさん。それじゃぁ・・・かなでさん。」 「・・・何でしょうか、ご主人様」 「さっきみたいにスカートをめくってください」  ・  ・  ・ 「もぅ、こーへーったら調子乗りすぎだよぉ」 「すみません、でもかなでさんものりのりだったじゃないですか」 「え・・・えっと、その、こーへーが気持ちよくしてくれたし、その・・・」  もじもじするかなでさんを見て俺はかなでさんを抱きしめる。 「こーへー」 「かなでさん、大好きです」 「私もだよ、こーへー」
4月29日 ・タユタマ -kiss on my deity- sideshortstory「泉戸家の風習」 「ただいまー」  家へと帰ると奥からぱたぱたという足音が聞こえてくる。 「お帰りなさい、裕理さん。もうすぐお食事の準備できますからお部屋で  待っててくださいね」 「・・・」 「裕理さん?」 「あ、いや・・・その、晩ご飯何かなぁって」 「くすっ、見てのお楽しみです」  そう言って微笑むましろの姿は黒い長袖の服で、スカートも長くしっぽは  完全に中に隠れてるのだろう。  二の腕のところがふわっとふくらんでいて、なにより真っ白なエプロンが  まぶしい。頭には白いカチューシャ。  世間一般で言う、メイド服というものだろう。  そう思いながら、俺はましろの言うとおりに自分の部屋へ行って食事を  待つことにした・・・ 「どうですか、裕理さん?」 「とても美味しいよ、また腕が上がったみたいだね」 「ありがとうございます、裕理さん。でもまだまだですわ」 「そう? 俺はこれで満足だよ」 「駄目です、甘やかさないでください。もっともっと美味しいのを作れるように  がんばりますから!」 「・・・」 「あの・・・裕理さん?」 「あ、いや、その・・・あまりに日常すぎてつっこみ入れるタイミング逃した  のだけどさ」 「はい?」 「あの、ましろさん? その格好は?」 「おかしいですか?」  不安そうに俺の顔をのぞき込んでくる。 「いや、その、似合いすぎてる」 「あ・・・ありがとうございます! お養父様の言うとおりでした!」 「・・・親父?」 「はい、お養父様が私のためにこう仰ってくださったんです」 「なぁ、ましろさん。風習って知っておるか?」 「風習、ですか・・・長年にわたって伝えられてきた生活や行事のなわらしや  しきたりのことですよね」 「おぉ、さすがはましろちゃん。よく知っておられる。でも今の時代に生まれた  風習は知っていないであろう」 「はい」 「そこでだ、新婚さんに伝わる風習を伝授しようと思う。この風習ならきっと  裕理も喜んでくれるに違いない」 「本当ですか?」 「あぁ、本当だとも・・・なに、簡単なことだ。新婚さんはこれを着ればいいのだ」 「これ・・・ですか? 西欧風の洋服、ですよね」 「あぁ、そうだ。それだけで効果抜群!」 「お養父様がそう仰るなら・・・」 「大丈夫、この儂を信じて着てみるがいい」 「・・・親父」  俺は頭を抱えてしまった。  いったいどこの国の新婚がメイド服を着るなんて風習なんてあるんだよ。 「やっぱりおかしいんですか?」 「いや、そのな、それは珍しい風習だから今の日本ではそう無いんだよ」 「そう、だったんですか・・・私、また間違えたんですね」  悲しそうな顔をするましろ。 「いや、だから珍しいだけで無い訳じゃないんだよ。だから全部間違ってる  訳じゃないから・・・それにさ、俺はその、可愛いましろがみれて嬉しいから」 「あ・・・裕理さん、ありがとうございます!」  やっぱりましろには笑ってる顔が似合うよな。 「ふぅ・・・」  食後一服した後、俺は風呂をすすめられた。  特に今夜はする事がないのでゆっくり湯船につかる。 「親父め・・・」  夕食のことを思い出す。  ましろはあのメイド服が気に入ったのか、今もあの格好のまま家事をしている。  外に出るときは私服に着替えるように言っておいたが、それも妖しいかも。  親父に文句の一つでも言おうと思ったが、今夜は出かけて留守らしい。 「裕理さん、お背中お流しますね」 「はい?」 「それでは失礼します」  いや、まて。いまのは返事じゃなくて!  と言おうとした俺は、ましろの姿を見て固まった。 「これも風習なんですよね?」  そういうましろは、なぜかスクール水着を着ていた。ご丁寧に胸元に「泉戸」と  言うゼッケンが縫いつけられている。  ・・・親父、どこまで準備がいいんだよ。 「・・・疲れた」  風呂場で背中を流してもらったり髪を洗ってもらうのは結構気持ちが  いいものだなと思いつつも自分自身との葛藤と戦ったためかかなり疲労していた。 「今日は早いけど、もう寝るか・・・」  部屋の電気を消してベットに潜り込もうとしたとき、扉をノックする  音が聞こえた。 「裕理さん、もうお休みですか?」 「いや、これからだけど」 「よかった・・・その、失礼します」 「・・・え?」  扉を開けて入ってきたましろは・・・俺のYシャツ1枚だけしか着ていなかった。 「その・・・裕理さんとご一緒するときの風習だそうですけど・・・  さすがにこれは恥ずかしいです・・・」  顔を真っ赤にしてるましろ。 「でも、私は裕理さんの妻ですもの、この泉戸家に嫁いだ以上泉戸家の風習には  従わなくてはなりません!  ふつつかものですが今後ともよろしくお願いします!」 「・・・ましろ、無理はしなくて良いんだよ」 「無理なんてしてません」 「良いんだよ、ましろはましろのままで。そんな風習とかにしばられなくって」 「裕理さん・・・やっぱり裕理さんは優しいです」  そう言うと俺の横に座った。 「私・・・裕理さんに出会えて本当に良かったです」 「ましろ・・・」 「裕理さん・・・」  翌朝の食卓、いつのまにか帰ってきたのか親父がいた。 「おい、親父。ましろに変なこと吹き込むなよな」 「何を言う裕理。儂の大事な風習を伝えただけだぞ? それに裕理に迷惑を  かけたのか、どうなのだ?」 「くっ・・・」 「迷惑だったらましろちゃんにそう説明してやろう。どうなのだ我が息子よ?」 「・・・」 「どうしたんですか、裕理さん。あ、お養父様おはようございます。すぐに  朝食のご用意いたしますね」  ましろはいつもの着物を着ていた。 「安心しろ、裕理。メイド服は夜の服だと話しておいたからな、わっはっはっ」 「・・・」  親父の笑い声を背に、俺は顔を洗うために洗面所へと向かう。 「あら、裕理さん。どちらへ?」  リビングからましろが声をかけてくる。 「ちょっと顔を洗ってくる」 「はい、早く戻ってきてくださいね。朝食の用意すぐに出来ますから・・・でも」  そう言うとましろは俺に近寄ってきて 「ちゅっ」  口づけする。 「な?」 「これは私の、裕理さんだけへの風習です・・・おはようございます、裕理さん」
4月20日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory 「Brighter than dawning blue」 「私には、あなたがいるわ」  その瞬間、つながれた手に力が入る。 「瑛里華?」  俺は隣に座っている瑛里華を見る。瑛里華は目を潤ませながら  スクリーンに見入っていた。  日曜日の瑛里華とのデート、今日は映画を見ることになった。  月に人が移住していて、国交が無くなってから数百年。  その月の王女と地球の少年との恋物語。  途方もない話かと思えば、月に人が住んでいる事以外はいまの  この地球と大差ない世界だった。  映画を見た後だと、今俺達の頭上に浮かぶ月に本当に人が住んで  いそうな錯覚を感じる。 「孝平?」  映画を見て食事をしての学院への帰り道。  俺は思わず夜空を見上げてしまった。 「あ、ごめん。ちょっと月を見ちゃって」 「孝平も?」 「瑛里華もなのか?」 「えぇ。なんだか月に人が住んでいそうな錯覚がするの」 「俺もだよ」  瑛里華と一緒に月を見上げる。 「そろそろ戻らないと門限やばいかな?」 「まだだいじょうぶよ、ゆっくり戻りましょう」  俺達は歩き出した。 「・・・」 「・・・」  会話が無い、ただ手をつないで歩くだけ。  でもそれが嫌な雰囲気という訳じゃない。  もうすぐ終わってしまうデートの余韻に二人で浸っているからだ。 「ねぇ・・・孝平」 「何?」 「・・・なんでもない」 「そうか」 「・・・」 「・・・」 「あのね、孝平」 「ん?」 「・・・えっと」 「・・・」  いつもと違った様子の瑛里華。  確かにデートの終わりはお互い口数が少なくなるけど、今日のは  いつもとちょっと違う。 「瑛里華、何か言いたいことあるのか?」 「・・・わかる?」 「あぁ、こうみえても俺は瑛里華の彼氏だぞ」 「っ!」  瑛里華が顔を真っ赤にする。  瑛里華は不意打ちされると顔を真っ赤にしてあたふたしてしまう。  それが可愛くて俺は恥ずかしいことでも瑛里華に言ってしまう。  ・・・ほんと、可愛いなぁ。 「あ、そうそう。私見たこと無いの!」  瑛里華はごまかすように話題を変えてきた。 「何を?」 「・・えとね、そう、夜明け前の瑠璃色の空を」  今日の映画のタイトルにもなっている、夜が明ける前の空の色。 「そうだな、その時間はたいてい寝てるしな」 「孝平もそうでしょ? だから見たこと無いから見てみたいなぁって・・・」 「・・・」 「孝平?」 「なぁ、瑛里華。それってどういう意味かわかって言ってるのか?」 「意味って、ただ夜明け前の夜空を孝平と一緒に・・・」  返事をしながら、瑛里華はその言葉の意味に気づいたようだ。 「え、えっと、いまの無し、取り消し! やり直し!」 「嫌だ」 「え?」 「俺は瑛里華と夜明け前の夜空を見たい。瑛里華は嫌か?」 「・・・孝平、ずるいわ。私が断れないって知ってて聞いてるんだもの」 「あぁ、俺は意地悪だからな。だから瑛里華の答えを聞きたい」 「・・・私も孝平と見てみたいの、夜明け前の瑠璃色な空を」 「瑛里華・・・」 「孝平・・・」  二人の距離はゼロになった。  ・  ・  ・ 「綺麗ね・・・」 「あぁ、綺麗だな」  寮の自室、俺達は一糸まとわぬ姿でベットの上にいた。  その窓から見える空は、夜が明ける直前の、瑠璃色の空だった。 「映画の二人が見た空も、この空だったのね」 「そうだろうな」 「・・・」 「・・・」 「ねぇ、孝平・・・私には、貴方がいる。いてくれている・・・  ありがとう、孝平」 「俺こそ、瑛里華がいてくれる。初めてあったときからずっと。  ありがとう、瑛里華」 「・・・うん」  俺達は短い眠りへと落ちていった。 「ふぁ〜」 「孝平くん、眠たそうだね」 「・・・あぁ、ちょっと寝付けなくてな」  夜明け前の空を眺めるのに、別に夜通し起きている必要なんて  無かった。  けど、流れと雰囲気と勢いで夜通し起きてしまい、そのまま  明け方の空を見てから眠った訳だが、当たり前だが朝には学院が  あるわけで、かなり眠たかった。 「眠いときは寝るのが一番さ」 「へーじ・・・おまえは眠くない日ってあるのか?」 「無い」 「・・・」  俺もへーじみたいに授業中寝れれば良いのだが、生徒会役員たるもの  そんな事をするわけにはいかない。 「孝平くん、お昼ご飯はどうするの?」 「悪い、陽菜。ちょっと屋上で寝てくる」 「ご飯はちゃんと食べないと駄目だよ?」 「んー、昼休み終わる前に食べておくよ。それじゃぁまた後で」  俺は屋上になんとかたどり着くと、端の方のフェンスに寄りかかって座る。 「あら・・・孝平も?」 「瑛里華も・・・って聞くまでないか」 「横、いいかしら?」  俺の返事を待たずに横に座る瑛里華は座った勢いで俺に寄りかかってくる。 「瑛里華?」 「・・・」  すぐに寝息をたてていた。  瑛里華の寝顔を見ているうちに、俺の瞼も重くなってきた。 「お休み、瑛里華・・・」  屋上の隅の端で目立たないよう寝てたつもりだったが、会長の嗅覚は  恐ろしいもので、しっかり目撃されていた。  この日の放課後の生徒会でからかわれた事は言うまでもなかった。
4月19日 ・夜明け前より瑠璃色な sideshortstory 「夢の中のBirthday」  勉強机の椅子に座って、目の前の窓から空を眺める。  先日までの雨はあがり、まだ雲が多いけど今日はこれから晴れて  くると天気予報で言ってたっけ。 「・・・」  朝からずっと何をするでもなく、ただ待ち続けるだけ。  それも来るかどうかわからない相手を、だ。  約束をしたわけでもない相手を待つという事がどれだけ大変なのかは  この1年で嫌って言うほど味わった。 「それでも・・・俺にはこれしか出来ないからな」  俺はリースの帰ってくる場所を守り続ける、それが俺の約束。  一方的な約束だけど、リースはわかってくれたと思う。  ・・・  視線を下ろすと、机の上には小さなプレゼントの箱がある。  それだけじゃ味気ないのでバースデーカードも用意した。  今日はリースの誕生日。  何度目の誕生日なのかはわからない、それ以前に今日が本当に  リースの誕生日なのかもはっきりしない。  それでも、今日がリースの誕生日かもしれないのなら、祝うべきだと  俺は思う。  本当は盛大に誕生会を開きたい、だけど本人不在ではどうしようもない。  だからせめて、帰ってきてくれたときのためにプレゼントを用意した。  ・・・そのプレゼントも渡せる保証は無いのだけど。 「お兄ちゃん〜、お昼ご飯出来たよ〜」  階下から麻衣の呼ぶ声が聞こえた。 「わかった、今行く」  俺は椅子から立ち上がり、部屋を出る。 「何もして無くても腹は減るんだな」  妙なことに関心しながら、リビングへと向かった。 「達也君、今日は少しだけ落ち着きがないね、誰かが来るあてでも  あるのかな?」 「・・・あてなんてないですよ、仁さん」 「そっか、それでも待ち続けるなんて、我が妹よりもずっと乙女だね。  愚妹もこれくらい女らしぶぎゃっ!」 「兄さん? ふざけてないで仕事して!」 「菜月、仁さん倒れたぞ? やりすぎじゃないか?」 「いいのよ、兄さんなら大丈夫だから。とりあえず端に寄せておきましょう」 「・・・はぁ」 「タツ、集中力が無くなってるぞ。少し気合い入れろ」 「すみません、おやっさん」  仕事をしてれば忘れる、訳でもなくやっぱり外が気になってしまう。  それで仕事をミスするわけにはいかない。  俺はやるべき事はちゃんとしなくちゃいけないのだから。 「ありがとうございました!」  菜月が最後の客を送り出した。 「よし、仁。今日のまかないはまかせるぞ」 「まかせてください親父殿。今日こそ唸らせて見せます!」 「兄さんの料理は別な意味で唸りそうよね」 「ふっふっふっ、今日の俺はひと味違うのさ、それを見ていただこう!」 「はいはい・・・あ、達哉。私も手伝うわ」  俺は先に机の並べ替えをしていた。 「だいじょうぶ、もう終わるから」  大きな机を二つ並べる。椅子も人数分ならべて、食器も用意する。 「達哉・・・」 「ん?」  菜月の視線は俺の隣の席に向いていた。 「・・・ううん、なんでもない」  菜月が一瞬悲しそうな顔をして、すぐに笑顔になる。  その笑顔が作ったものだということに俺は気づくが、気づかないふりをした。  いつもは机の端に用意してある空席・・・今日は俺の隣に並べた。  夕食も終わって、イタリアンズの散歩に出かけた。  今日は物見が丘公園まで足を延ばして、リードを放して遊ばせた。  その間、俺はというと・・・ 「確か、ここらへんだったっけ」  あのとき、ロストテクノロジーで空中に浮遊したポイントのところに来ていた。 「・・・俺は思ってた以上に女々しかったんだな」  空を見上げる。雲が出てきていて、夜空が見えなかった。  それどころか雨が降りそうな雰囲気だ。 「まずいな・・・帰るぞ!」  イタリアンズに声をかけてから、リードを結び俺は急いで家えと戻った。 「ふぅ・・・間に合った」  家に帰ってからすぐに雨が降り出した。  大降りではないけど、外にいたら濡れていただろう。 「・・・」  部屋へと戻る。  バイトに行く前に出ていった時と何も変わらない。  机の上には渡したくても渡せないプレゼントとカードがおかれたまま。 「・・・」  俺は椅子に座って窓から空を眺めた。  黒い雲から雨が落ちている。 「この雨は誰かの涙雨なんだろうか?」  柄にもないことを考えてしまう。 「・・・結局渡せなかったな」  俺はプレゼントをそのままにして、ベットに倒れ込む。 「・・・リース、誕生日おめでとう。言うくらいは言わせてくれよな」  俺はそのまま夢の世界へと落ちていった。 「――」 「・・・」 「――」 「・・・!」 「――」 「リースっ!」  ・・・真夜中に自分の声で目が覚めた。 「・・・リース」  夢を見ていた気がする。リースが来てくれた夢を。 「はぁ、夢じゃなくて・・・」  それ以上は望んでは駄目だ。俺はリースの生き方を尊重しているんだ。  その生き方を、使命を曲げるような事はしてはいけない。 「・・・それにしても」  夢の内容はよく覚えてない。リースが来てくれたことと、リースが  何かを伝えてくれた事と、リースが俺の頬に・・・ 「まだ感触が残ってるみたいだ」  俺は左の頬を自分の手でなでる。 「・・・っ!」  そのとき俺は気づいた。  机の上にあるはずのリースへのプレゼントとカードが無くなっている。  そのかわりに、草で編んだリースがおかれていた。  それは、あのときにもらったものと同じもの・・・ 「それじゃぁ、あれは夢じゃ・・・ない?」  夢じゃない?  なのに思い出せない。身体が覚えてるのは頬に残る感触だけでいくら  思い出そうとしても話の内容は思い出せなかった。 「・・・まぁ、いいか」  きっとこれは夢なのだろう。  リースが見た、夢。  俺はその夢に参加させてもらえただけなのだろう。  それだけだけど、俺は満足していた。  リースが今も元気にしていることがわかったから。  リースに誕生日プレゼントを渡せたから。 「リース、また来年の今日に、夢で会おうな」
4月2日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「ぎゅっとしてちゅーして」 「こーへーなんてだいっきらい!!」  こーへーと何を話したか覚えてない。  私が覚えてるのは、こーへーに電話して家で誕生会をするから  来てねと伝えて。 「すみません、かなでさん。寮と生徒会の仕事が終わらなくて  その時間に外出できないんです」  ・・・と、こーへーに断られた。  その後の話は何も覚えてない。  ただ、最後にこーへーにキライって叫んで、携帯をベットの枕に  投げつけて・・・ 「私、何してるんだろうなぁ」  クッションを抱きしめる。  ・・・なんだか泣きたくなってきた。  寮長と生徒会役員を兼任してるこーへーは、引退するまで仕事が  山のようにあることくらいわかってるのに。  もし仕事を放りだして来たら私は怒って追い返すだろう。  それなのに・・・ 「会いに来てほしいって思うのはわがままなのかな」  遠い。  同じ島にいながら、私は大学に通うために実家に帰ってきている。  学院を卒業したのだから寮にいられないのは当たり前。  だけど、愛する人たちはまだあの寮の中にいる。  こーへー・・・ひなちゃん・・・ 「・・・ぐすっ」  そのとき投げつけた携帯が鳴り出した。  一瞬こーへーから?と思ったけど、着信音が違う。  この着信音は・・・ 「こんばんは、お姉ちゃん」 「ひなちゃん、こんばんは〜」  私は気持ちを切り替えてお姉ちゃんになる。 「今日はどうしたの?」 「・・・うん、あのね。お姉ちゃん・・・孝平くんと喧嘩した?」 「え?」  ひなちゃんには心配をかけれない、だから喧嘩なんてしてない。  そう、否定しなくちゃ!  でも、私の驚きの声はひなちゃんの質問を肯定してしまっている。 「さっきね、談話室で孝平くんと会ったんだけど、すごく落ち込んでたから・・・」 「・・・そう? 何かあったのかな?」  今更だけど知らないふりをしてしまう。 「そう・・・、ねぇ、お姉ちゃん。孝平くんのこと、好き?」 「・・・やだなぁ、ひなちゃん。何を当たり前のこと聞いてるの?」 「そっか、そうだよね。お姉ちゃん、孝平くんのことを信じてあげてね」  その後、ひなちゃんと世間話をしてから、電話を切った。  一人になって、部屋の中がすごく静かになった。 「・・・」  ひなちゃんとの世間話の中に、今年の新入生が寮に来た話があった。  きっと私がいた部屋にも新しい子が入ると思う。  その手伝いや案内で寮長のこーへーは毎日忙しいんだろうな。  その上生徒会での仕事も重なって、新年度のこの時期はとても忙しい。  去年、自分自身が体験したことだからわかる。  そんな忙しい時期に、外出する余裕は寮長には・・・ 「無いってわかってるのに・・・」  それなのに、感情的になってこーへーにあんな事言ってしまって・・・ 「・・ぐすっ」  視界がゆがむ。 「ごめんね、こーへー・・・ごめんなさい・・・」  本当は電話で伝えたかった・・・いや、会って謝りたい。  こーへーに抱きしめてほしい。こーへーの胸の中で泣きたい。  でも、それはできない。  こーへーに酷い事を言ってしまったから。 「ごめんなさい、こーへー・・・」  私の誕生日はもうまもなくだった。   「かなでさん、誕生日おめでとう!!」 「ありがとー、みんなっ! 愛してる!」  誕生日のお昼過ぎに、悠木家で行われた誕生会。  同じ学院卒院生の友達と、ひなちゃんとささやかに盛大に  行われた。 「ねーねー、かなで。あの彼氏は今日こないの?」 「こーへーのこと? うん、来ないよ」 「えー! 彼女の誕生日に来ないなんて彼氏失格だよねー」 「いいの、寮長は忙しいし、寮の仕事を放り投げて来たのなら  私が逆に放り投げちゃうもん!」 「でもさ、かなで・・・」  それでも食い下がろうとするのをひなちゃんが止めてくれた。 「大丈夫ですよ、孝平くんはお姉ちゃんをちゃんと愛してますし、  お姉ちゃんは孝平くんのことちゃんと信じてますから」 「ひ、ひなちゃん!」 「おー、妹公認の惚気ですな、このこのっ! どこまで行ったの?  白状しろ、かなで!」 「そ、それは企業秘密なの!!」 「お姉ちゃん、その答えじゃ・・・」 「そっかぁ、かなでは大人の階段を駆け上がっていったのね」 「え、えー!」 「それ以上はノーコメント、何もしゃべらない! 黙秘権を行使!」  気の合う友達との誕生会。  こーへーは欠席だけど、素敵なプレゼントを用意してくれた。  誕生会が始まる前にひなちゃんが持ってきた封書。  それは・・・  誕生会が終わった日の夕方。  私はひなちゃんと一緒に、修智館学院の門をくぐった。 「ひさしぶりだなぁ、我が母校よ!」 「まだ卒業してからそんなにたってないよ?」 「それでも久しぶりなの。だって毎日ここにいたんだもん。  ほんの数日離れただけで懐かしいよ」 「私も卒業したらそう感じるのかな」 「あったりまえじゃん、だって私のひなちゃんは妹だもん」 「お姉ちゃん・・・それ理由になってないよ」  笑いながらひなちゃんと敷地内を歩く。向かう先はもちろん、我が白鳳寮。  その入り口には・・・ 「こーへー!」 「かなでさん!」  私は走り出した、こーへーに向かって。  ひなちゃんが持ってきた封書の中に入ってたのは、親族の白鳳寮滞在許可証と  お茶会への招待状だった。  私は白鳳寮へ着くとすぐにこーへーの部屋に案内された。 「お誕生日、おめでとう!」  そこにはえりりんに白ちゃん、へーじの姿があった。  1年間過ごした日常がそこにはあった。 「ありがとー、みんなっ。かなでは、かなでは幸せです!!  そしてこーへーと一緒に幸せになります!!」 「かなで先輩、それじゃ結婚式よ?」 「いーの、えりりん。いつかはそうなるんだから。  そのときはえりりんも白ちゃんもへーじもみんな来てね!」  ・  ・  ・ 「誰もいなくなっちゃったね」 「えぇ、そうですね・・・」  誕生会をかねたお茶会はいつものように9時にはお開きになった。  みんな部屋へ帰っていく。 「お姉ちゃんはゆっくりしていってね。もし帰ってくるなら電話してね」  最後にひなちゃんはにこにこしながらそう言った。 「ひなちゃん、わかってて言ったよね、きっと」 「えぇ・・・たぶんそうだと思います」  私の滞在許可証は、ひなちゃんの部屋でのものだった。  だからこーへーの部屋に泊まることは出来ない。  けど・・・ 「ねぇ、こーへー。今日は泊まっていってもいい・・・よね?」 「・・・」 「こーへー?」 「ごめんなさい、かなでさん」 「え?」  ごめんなさいって・・・駄目っていうこと? 「この前、悲しい思いさせちゃってごめんなさい、かなでさん」 「え・・・あ、あのことね。ふぅ、良かったぁ」  ごめんなさいは今の話じゃなくてこの前の話の事だったんだ。 「良かった?」 「あ、ごめん、こっちのことだから。それと私は気にしてないよ?」 「それじゃぁ俺の気がすまないんです。かなでさんを悲しませた、俺が  許せないんです」 「そっかぁ・・・こーへーも悩んだんだね。でもあのときの答えは  こーへーが選んだ方が正しいんだよ。だから胸を張りなさい!」 「俺もそう思ったから・・・でもそれでも・・・」 「こーへー、なら私はこーへーを許してあげる」 「かなでさん・・・」 「そのかわりにぃ・・・」 「?」 「もう寂しくないようにぎゅっとして、ちゅーして!」
[ 元いたページへ ]