SSログ保管庫〜楽屋裏狂想曲・人気投票編〜
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雑記掲載SS保管庫  大図書館の羊飼い sideshortstory 人気投票狂想曲
3月19日 人気投票狂想曲〜告知編〜 3月20日 人気投票狂想曲〜嬉野紗弓実編〜 3月21日 人気投票狂想曲〜望月真帆編〜 3月22日 人気投票狂想曲〜芹沢水結編〜 3月23日 人気投票狂想曲〜白崎さより編〜 3月24日 人気投票狂想曲〜小太刀凪編〜 3月25日 人気投票狂想曲〜鈴木佳奈編〜 3月26日 人気投票狂想曲〜御園千莉編〜 3月27日 人気投票狂想曲〜桜庭玉藻編〜 3月28日 人気投票狂想曲〜白崎つぐみ編〜 4月2日 人気投票狂想曲〜完結編〜
3月19日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜告知編〜」 「もう春ですね〜」 「そうだね、佳奈」 「そうだよね〜千莉」  生徒会室の窓から二人で外を眺めている。 「気持ちはわからないでもないがな、もう期末考査は終わってるんだぞ?」  桜庭の一言に二人の肩が下がる。 「大丈夫だよ、佳奈ちゃん、千莉ちゃん」 「お姉様……」 「私だってダメだったから」 「……」 「白崎、それじゃぁ駄目だろ」 「あぅ〜」  白崎も一緒になって肩を落としていた。 「日頃から予習復習していれば問題無いと思いますけど」 「そうは言ってもな、生徒会の業務も大変ではないか」  多岐川さんの言葉に桜庭が反論する。 「桜庭、多岐川さんの言うことも一理あるぞ、俺達はそれを承知で  生徒会に入ったはずだ」 「あら、筧さんが私の味方になるなんて珍しいですわね」 「そうか?」 「えぇ」  別に多岐川さんの味方をした訳じゃないんだが、まぁ、それは言うまでもないか。 「筧さんは主席ですものね」  佳奈すけのすねた声。 「そういえばセンパイは今回も主席なんですよね?」 「あー、そのようだな。特に勉強とかしてないんだけど、そうなった」 「なんですって!?」  俺の言葉に多岐川さんが驚きの声をあげる。 「筧さん、貴方どうして!?」 「いや、新年度になってすぐに教科書全部読んだし」  その言葉に生徒会室の中が凍り付く。 「ん? どうしたんだ、みんな?」 「筧くんずるいよ、教科書読んだだけで主席だなんて」 「いやまて、教科書を読んだだけでは試験で良い点は取れるとは限らないぞ」 「そうですよ、筧さん、いったいどうすれば主席になれるんですか?」 「どうしてって言われてもなぁ……教科書はすべて覚えてるだけだし」  俺のその一言に生徒会室の中の雰囲気にピシッっと亀裂が入った音がした。 「センパイ、今だけ嫌いになりました」 「千莉も? 偶然だね、私もだよ」 「あぁ、今だけ筧を嫌いになってもいいよな?」 「うーん……みんな嫌いになるなら私はそのままでいいかな?」 「白崎!!」 「お姉様!!」 「白崎先輩!!」 「ひゃぁっ!!」  3人の声に白崎が驚いてソファから滑り落ちそうになった。 「何やってるんだよ、まったく……」  俺は白崎の手をとり軽く持ち上げる。 「あ、ありがとう、筧くん」 「はぁ、いつもながら面白いわね、アンタ達」 「あ、小太刀姐さん」 「なんかその呼ばれ方にもなれてきたわ、で何の話してんのよ」 「この前の期末考査の話だよ、小太刀さん」 「あぁ、アレは地獄だったわ……」  突然遠い目をする小太刀。 「俺、そんなに勉強を強いたつもりはないんだけどな」 「それ、他の子に教えて見せてから言ってみてよ、みんな反論するから」 「小太刀先輩、もしかして試験勉強をセンパイから教わってたんですか?」 「うん、ふたりっきりでねー」 「おい、小太刀、脚色するな」 「別に間違ってないじゃない、筧の部屋で夜まで二人っきりで、あんなに激しく……」  生徒会室の中の雰囲気は凍って、亀裂がはいって、  今はものすごい冷たい視線が小太刀に襲いかかっている。 「あー、その、隣同士だから、遅くっていってもそんなに遅くないし」 「ギザ様」 「おふぅ」 「ちょ、それやめて、近づけないで!!」 「……はぁ」  いつもの図書部の、じゃなかった、今はいつもの生徒会の日常だった。 「はいはい、休憩はそれくらいにして会議に入りますよ」  多岐川さんの一言にみな、テーブルに着く。  参与として生徒会に所属してる俺や佳奈すけ、小太刀は嫌々そうに席に着いた。 「そういえば今日はまだ高峰を見ていないな」 「居なくても良いんじゃないか?」 「筧、元も子もない言い方だな」 「じゃぁ来るまで待つか?」 「……多岐川、会議を始めよう」 「はぁ……桜庭さんが良いと言われるなら構いませんけど」  すでにこういう状態を何度も経験してる多岐川さんは諦め半分で会議の進行を始めた。 「ビックニュースだ!!」 「高峰さん会議中です、遅刻した上に騒がないでください」 「ををっ、最近こー多岐川ちゃんの冷たい言葉にもゾクゾク来るようになったんだよね」 「高峰先輩変態です、死んでください」 「御園にまで言われるなんて、ごちそうさまでした」  ……もはや病気っていうか、そういうレベルに到達したんだな、高峰。 「じゃなくって、このニュースを見てくれ!」  ご丁寧にプリントアウトされたそのニュースは、新生生徒会の人気投票の記事だった。 「いったいどこの部がこんな企画を立てたんだ? 全く気づかなかったぞ」  桜庭も自分のパソコンでその記事の確認をとっていた。 「投票は期間中に生徒が登録してる携帯から投票可能、か。うまく考えてるな」 「そういうシステムなら間違いなく嬉野さんが組んでるんでしょうね」  嬉野さんの楽しそうな笑顔が脳裏に浮かぶ、ただその笑顔がとても怖いことを  俺は身をもって知っている。 「あれ?」 「白崎、どうしたんだ?」 「なんでさよりまで投票対象になってるんだろう?」  俺は手元にある記事を見返してみる。  投票対象は生徒会関係者…… 「ってなんだ、この投票対象?」  生徒会サポーターの嬉野さんや芹沢さんが対象になってるのはまだわかる。  白崎の妹のさよりちゃんがいるのは生徒会長の姉妹といえば、まぁなんとか  許容範囲だろう。  けど 「なんでギザにも投票出来るようになってるんだよ!?」 「あ」  俺の言葉に御園が反応した。 「御園?」 「もしかしてこの前のランチタイムアベニューでギザ様が出演されたからかも」  そういえば御園がゲストをサボったとき何故かギザが出てたっけ。 「なぁ、筧。このナナイさんって誰だ?」 「……」  そう、何故かナナイさんまで投票枠がある。いったい誰が投票枠を作ったんだ?  少なくともこの学園内でナナイさん、いや、俺の父さんを覚えてられるのは俺  意外には小太刀しかいない。 「私じゃないわよ?」 「……」  小太刀は俺のそばによって俺にだけ聞こえるようにささやく。 「もう考えるだけ無駄だと思うわよ、これ間違いなく羊飼い関わってるだろうし」 「なんで羊飼いが?」 「さぁ? でもこの人気投票の結果の先に重要な未来があるんでしょうね、きっと」  そう言われるとそうなのかもしれないけど、たかが学園の生徒会の人気投票の  先に、導かれる未来があるのだろうか?  みんながみんな、好き勝手言ってる中、多岐川が立ち上がった。 「まったく、こんな企画は即刻中止にさせましょう」 「まって、葵ちゃん」 「白崎さん?」 「これも学園の生徒が楽しく過ごすための一つのイベントだと思うの、だから中止に  しなくてもいいと私は思うんだけど……だめ、かな?」 「……はぁ、白崎会長がそう言うと図書部のメンバーは皆賛成するんですよね。  だから中止にするのは諦めます」 「多岐川、諦め早いな」 「私だって学習能力くらいありますから、それに……」  ニュースの記事を見ながら多岐川は、 「私はいつだって望月さんに入れるだけですから!!」 「アンタまだ……」  その一言に当時の事情を知ってる俺と小太刀は、ため息をついた。 「多岐川さんも生徒なんだから参加して楽しまなくっちゃね」 「今度は望月さんは負けませんから!」 「私だって負けないから!」 「いや、生徒会選挙とは何もかも違うんだと思うんだけど……」  何故か白崎と多岐川で盛り上がってる。  高峰のツッコミはいつものごとくスルーされてた。 「ねぇねぇ筧さん」  佳奈すけがにこにこしながら俺のところによってくる。 「まて佳奈すけ、それ以上近づくな俺に何も語りかけるな!」 「筧さん酷っ!」 「今の佳奈すけの顔を見ると嫌な予感しかしないんだよ!」  未来を見るまでも無い、こういうときの佳奈すけは絶対何か爆弾発言をするはずだ。 「センパイ、あまり佳奈のことをいじめないでください」 「悪い、そういう訳じゃないんだけど」 「わかってくれれば良いんです、佳奈もそんなに落ち込まないで」 「うわーん、私のことわかってくれるの千莉だけだよ!」 「佳奈」 「千莉!」 「何この茶番」  凪の冷静なツッコミが何故かありがたく感じた。  俺はこのタイミングで生徒会室から離脱することにした。 「ところで筧、おまえは誰に投票するんだ?」  高峰の一言に生徒会室の中の空気が一瞬にして張り詰めた。 「そう、だよね。これも良いきっかけになるかもしれませんね」  と、佳奈すけが何かを納得したように言う。 「だな、こういうチャンスで自分の気持ちに気づくこともあるかもしれないな」  と、桜庭が言う。 「です、ね。優柔不断な人に良いきっかけになると思います」  御園の言葉は少し鋭かった。 「私は別に1位にならなくてもいいかな、私は……投票してくれるだけで嬉しいかな」  顔を赤らめて白崎がそう言う。 「それで、筧は誰に”入れ”てくれるのかなー?」  小太刀は妙な発音で周りをあおる。 「あの、さ、俺自身に入れる場合もある、と思うぞ?」 「それは筧さんは京子ちゃんに投票するってことなんですか?」 「はっ!?」  当たり前のそんな事実を佳奈すけに指摘されるまで気づかなかった。 「筧!?」  俺はその場に膝をついた。 「くっ……お、おれは……絶対、自分には……投票、しない」 「まるで血を吐くような決意だな、筧」  そっと肩に手をおく高峰。  こうして汐美学園生徒会関係者を対象にした人気投票は各々の思惑が絡む中、  21日の投票開始日を迎えることになった。
3月20日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜嬉野紗弓実編〜」 「あらあら、どうしたんですか筧君?」  朝食時には遅く、昼食時には早い時間に俺はアプリオを訪れていた。  遅めの朝食を食べた後に机の下から現れたのが嬉野さんだった。 「別にどうもこうもないですよ」 「そんなこと言っても私にはわかりますよ、悩みがあるんでしょう?」 「……」 「ほら、お姉さんに話してご覧なさい」  お姉さん、ね。  嬉野さんは確かに姉といえるような何かを持ってるかもしれないけど、  サイズ的には俺の知り合いの中で誰よりも小さ…… 「筧君、今とっても殺意を抱くような事を考えてませんでしたか?」 「俺は死にたくないのでそういうことは考えないようにしています」 「そういうことってどんなことですか?」 「……」 「にこにこ」 「……ごめんなさい、悩みを相談してもいいですか?」 「はい、お姉さんにどんと任せなさい」  明日から始まってしまう人気投票、それは図書部の、今は生徒会のメンバーが  投票対象になっている。  人気投票は見ている分には興味深いと思えるが、今回も当事者だ。  それも、以前図書部の人気投票の時は俺の女装姿が1位になって、図書部の  面々がへこんだという佳奈すけの証言もある。  今回もそうならないとは言えない。  それに、俺が投票する相手をみんなが異常なほど気にしてるのも問題だ。  投票自体は学生証を兼ねた携帯端末からの無記名となってはいるが、目の前の  相手なら絶対に解析されそうな気がする。 「つまり、筧君は投票自体は反対じゃない、と」 「白崎じゃないですけど、みんなが楽しむのは問題ないと思いますよ」 「ふむふむ」 「……当事者じゃなければもっと良かったんですけどね」 「なら答えは簡単ですよ」 「簡単?」 「はい、筧君はずっと、私に、いれて……くれればいいんです」  その発言に少なくない生徒がいるはずのアプリオの中の時間が凍った。 「またなのか?」「爆発しろっ!」「壁はどこだ!!」  そんな声があちこちから聞こえてきた。 「あの、嬉野さん。そう誤解を受けるような発言は止めてくれませんか?」 「君のハートをヘッドショット!」  嬉野さんのその言葉に俺は固まった。 「私は昔、こういう誤解を招く発言をされたことがあるんですけどね」 「……」 「筧君、何か言いたいことありますか?」 「い、いえ……」 「そうですよね、では話を続けてもいいですか?」 「はい」  この件を出されると俺は弱かった。 「話を戻しますけど、筧君は私にいれてくれればいいんですよ」 「ですから、せめて投票って言ってください!」 「え、イッてください、ですか?」  嬉野さんの言葉にまたもや空気が凍り付くアプリオの店内。 「あらあら、筧君ったら公共の場で大胆なんですから、お姉さん思わずきゅんと  しちゃうじゃないですか」 「……」  何を言っても嬉野さんの手のひらで踊らされてしまうような気がした、というか  確信したので言うのを止めた。 「……」 「にこにこ」 「……」 「……、筧くん?」 「なんでしょうか?」 「こんなにじらして……、そろそろいかせてくれませんか?バックヤードに」  嬉野さんは最後の言葉だけ小さな声でつぶやいた。 「俺のマイ天使に!」「こうなったら俺の手で爆発させてやる!」 「壁、殴る壁はどこにある!!」  客席から聞こえてくる言葉は危険過ぎる内容が多かった。 「嬉野さん、もしかして楽しんでます?」 「はい、だってこんなに弄れる、もとい、楽しい企画なんですから目一杯  楽しまないと損じゃないですか」 「今不当な発言が聞こえた気がしますけど、っていうか俺の身の安全は?」 「私は楽しいですよ、筧君」 「……、安全のためにそろそろお暇します、会計お願いします」 「はい、私のチャージ料込みで」 「頼んでませんから!!」 「なん……だと?」「マイエンジェルを拒絶しただと?」「爆発しろ!!」 「……お会計、早くお願いしますね」  この後俺は無事逃げ切れる手段を考えることにした。
3月21日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜望月真帆編〜」  今日の昼食は珍しくアプリオではなく、ここ第三食堂和ごころでとることにした。  まぁ、単純に第一食堂アプリオに行くと会いたくない人に会ってしまいそうな  予感がする、というか確信している。 「別に嫌いって訳じゃないんだけどな」  第三食堂和ごころは学園都市に18ある食堂の中の一つで和食メインの落ち着いた  たたずまいの食堂だ。  和食自体はアプリオにもあるけど、ここ和ごころは内装もウエイトレス、いや、  ここでは女中というべきなのだろうか? そこまで”和”にこだわっている。  設備費のせいだろうか、ほかの食堂より若干価格が高めなのが問題かな、  と思いつつ入り口をくぐろうとした。 「あら? 筧君じゃない」  声をかけてきた女子生徒、というか 「望月さん? こんなところであうなんて珍しいですね」 「そうね、筧君はいつも第一食堂ですものね」 「はい」 「筧君もお昼かしら? 良かったら一緒にどうかしら?」  断る理由もないので一緒の席へ入った。 「ところで望月さん、大丈夫ですか?」 「何が?」  何のこと、みたいな不思議な顔をする望月さん。  その顔にはいつもと違うパーツがある。 「眼鏡ですよ、視力落ちたんですか?」 「視力は落ちてないわ、この眼鏡は伊達だもの」  視力が落ちたという訳では無いことに安堵しながらも、伊達眼鏡をかける理由が俺には  思いつかなかった。 「もしかして、似合ってないの……かしら?」 「いえ、似合ってますよ」  驚くくらい、とは声に出さずに付け加えておく。 「あ、ありがとう」  俺の評価に顔を赤くしてる望月さんだった。  食事を終えてから、俺は気になったことを訪ねた。 「でもどうして眼鏡を?」  生徒会を引退している望月さんは生徒会役員である証のケープをつけていない。  その上眼鏡をかけている。  たったそれだけの変化なのに、ずいぶん印象が変わって見える。 「ちょっとした変装かしらね」 「変装?」 「えぇ」 「もしかして、人気投票に関係してます?」 「筧君は相変わらず鋭いわね」 「……ご迷惑をかけて申し訳ないです」 「べ、別に筧君が謝る必要なんてないわ!」 「でも変装しなくてはいけないくらい注目を浴びてる、ということなんですよね?」  俺の推測に望月さんは大きなため息をつく。 「本当、こういうところは鋭いわね、でもそんなに迷惑してるわけじゃないから  気にしないで」 「そんなにって事は多少は迷惑なんですよね」 「そうね……でも、この程度はなんてこと無いわ、昔と比べればね」  生徒会長時代の望月さんは何をするにも目立っていたし見られていた。  そのときの苦労を思い出してるのだろうか。 「それに葵も白崎さんもこの企画を承認しているのでしょう?」 「どっちかというと黙認ですけどね」  生徒が楽しい学園生活を送るために生徒が考えた企画。  基本的に誰にも迷惑がかからず楽しめるのなら、生徒会がそれを規制する理由は無い。 「私はもう人気なんて必要ないけど、白崎さんや葵にはまだ必要ですもの。  こういう企画でそれを実感するのもいいチャンスかもしれないわ」 「そう言ってもらえると助かります」 「ふふっ、筧君は相変わらずね」  それは相変わらずお人好し、という事なんだろうな。 「ところで筧君」 「はい」 「……その、筧君は今回の人気投票はどう思ってるの?」 「生徒が楽しめるのなら俺も黙認ですね、見ている分には楽しいと思いますし、今回は  企画運営を図書部や生徒会が行ってる訳じゃ無いので何もしないですみますし。  ……これで当事者じゃなければ良かったんですけどね」 「そう、ね……で、その、筧君は……参加、するの?」 「参加する予定はなかったんですけどね、諸般の事情で参加します」  俺は人気投票なんて気にしてないので無視するつもりだったのだが、生徒会役員は  ちゃんと参加するように、と生徒会長直々のお達しが出てしまっている。 「ねぇ、筧君……、その……私に、いれて……」 「ぶほっ」 「きゃっ!」  飲みかけのお茶を思わず吹き出しそうになった。 「いきなり何をいうんですか!」 「え、人気投票の票の話だけど」 「わかってます!」  わかってて、そういう言い方してるんですか? とツッコミたくなる。 「もうすぐ卒業だから今更人気なんていらないの、でも卒業前の最後の思い出に、ね  筧君、いれて……くれれば、私はちゃんと、結果を受け止められると思うの」  言葉だけとれば、絶対に誤解されそうな気がする。 「まだ今日は時間ありますから、検討だけはしておきます」 「ありがとう、筧君、貴方がそう言うなら絶対にそうしてくれるって信じてるから」 「……そろそろお店出ましょうか、午後の授業の準備も必要ですし」 「えぇ、夜を楽しみにしているわね、筧君」  この後、どこをどう伝わったのかは考えたくないが、この会話が歪曲されて生徒会に  知られることとなったのは、いつものごとく後の祭り状態だった……
3月22日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜芹沢水結編〜」 「はーい皆さんこんにちは。3月22日、ランチタイム・アベニューの時間です」  芹沢のお昼の放送が始まった。 「もう春休みですね、課題も無いお休み、皆さんはどうお過ごしですか?」  そう、春休みなので授業は無い。 「私は見ての通り、パーソナリティのお仕事で学園に登校していますけど  とっても楽しいですから何も問題ありません」  だろうなぁ、と俺は芹沢本人を見ながらそう思う。 「それではこれからの約30分、私、パーソナリティの芹沢水結と一緒に  お散歩しましょう」  収録ブースの様子を外から見ながら、俺は放送に耳を傾けることにした。  その依頼は突然訪れた。 「ランチタイム・アベニューで特集を組みたい?」 「はい」  生徒会室を訪れた芹沢の要望は特集を組む許可だった。 「許可も何も生徒会はこの件に関わっていない」 「ですけど投票対象の皆さんに許可を取っておくのが筋というものです」  桜庭の対応に臆すること無く答える芹沢。 「どうする、白崎?」 「私は別にかまわないとおもうな、それでみんなが楽しめるのなら」 「でも生徒会は何も許可をしていないし、そもそも投票に関しては無関係だ。  そういうことだ、芹沢」 「はい、わかりました。白崎さん、桜庭さん、ありがとうございます」  生徒会は何も許可はしていない。  でも白崎は良いと言う。つまり、今回の件は生徒会としては”黙認”状態  というわけだった。 「では、図書部の白崎さん。監修という事で筧さんを放送初日だけお借り  したいのですけどよろしいでしょうか?」  監修なら俺なんかより佳奈すけや相性の良い御園を派遣すべきだろう。  だが明日の予定は立て込んでおり、結局俺が行くこととなった。 「お疲れ様」 「どうでしたか?、筧さん」 「現場は初めて見たけど、本当にいろいろとすごいな」  たった30分の放送、その30分に放送部員が全力で取りかかっている。  普段のスピーカーから聞こえてくる、その先に、この場合はその前にって  言うんだろうか。それを目のあたりにして、すごいとしか言いようが  無かった。 「あまりまじめな感想言えなくてごめんな」 「いえ、今ので十分伝わってきました」  そういって笑う芹沢さんは本当に嬉しそうにしていた。 「あんなんで伝わるものか?」 「はい、一言しかなくてもその言葉に込められている重みが違いましたもの」  さすがは声優、言うことが違うな。 「ところで筧さん、今日の放送の反省会をしたいので控え室に来て頂いても  良いでしょうか? お弁当も用意してありますので」 「あぁ、わかった」  監修という立場の仕事はしないといけないから、俺は誘われるがまま  芹沢の控え室に行くことになった。 「すみません、ロケ弁しかなくて」 「いや、俺としてはロケ弁がある方が驚きなんだけどな」 「そうですか?」  学園都市の中にはコンビニだってあるし、いくつかの食堂はテイクアウト  メニューにも力をいれている。  そんな中、ロケ弁なんて逆に探す方が難しいと思う。 「あまり時間が無いので食べながらで良いですか?」 「この後も仕事か?」 「はい、収録があります」 「……大変だな、現役って」 「大変ですけどやりがいがあります。以前より仕事も増えましたし、その節は  筧さんにお世話になりました」 「俺は特に何もしてないよ」 「そんなことありません!」  突然芹沢が立ち上がった。 「あ、その、ごめんなさい」 「いや、俺はかまわないけど、そこまで興奮するような事だったか?」 「はい」  椅子に座り直した芹沢は話を続ける。 「オーディションに落ち続けた時期に声をかけてくれましたし、何より千莉との  仲を取り持ってくれました」 「それならなおさら俺は何もしていないよ、って落ち着け芹沢」  立ち上がりそうになった芹沢を押さえる。 「御園の問題は、そもそも仲違いなんかしていなかったじゃないか。  ただちょっとボタンの掛け違いからの勘違いだ、それに気づいたのだって  御園と芹沢自身だったじゃないか」 「でもきっかけは筧さんです」 「そう、だったか?」 「はい」 「……じゃぁ、そういうことにしておくから、仕事をしてしまおうか」 「ごまかしましたか?」 「それでもいい、ただ芹沢の時間が無いんじゃないか?」 「え、あ!?」 「俺も仕事をしないで戻ると怒られるからな」 「ごめんなさい!」  ロケ弁を食べながらの打ち合わせは今日の放送の反省部分と今後の放送  内容の件だ。  定期的に途中結果を速報として放送する事と、あくまで生徒の自主的な企画で  あり生徒会や図書部は関わっていない事を前提とすることが確認された。 「こんなもんか?」 「そう、ですね……」 「ん? どうした、芹沢」 「あの、筧さんは、投票には参加されるんですよね?」 「それじゃぁ俺は報告するために生徒会に戻るな」  この先の展開が見えてきたので逃げることにした。 「筧さん」  しかしまわりこまれてしまった。  っていうかなんで芹沢の動きがこんなに素早いんだ? 「だって声優ですから」 「それは関係ない、っていうか、俺の思考に返事をしないでくれ」 「じゃぁ、聞いてくれますか?」 「……」 「筧さんが良ければでいいんです、今回限りでもいいです……私に、いれて……  ください」  上目遣いでのぞき込まれ、この声で言われる。  それは思った以上の破壊力があった。 「なんて、どうですか? 私の演技」 「……」  演技とわかってても、勘違いしそうになるほど迫真だった。  その勢いに俺は何も言えなかった。 「あれ? あ、その……私、そろそろ時間なので仕事に行きますね」 「あ、あぁ」 「それじゃぁ筧さん、今日はありがとうございました」  そう言って芹沢は顔を赤くしたまま控え室の扉を開ける。 「でも、さっきの話は私の本心ですからね、私はいつでも準備オッケーですから!」 「何の準備だよ!」 「……筧さんのえっち」  それだけ言い残して芹沢は仕事に向かっていった。 「センパイ、放送室で水結と何があったのか、教えてもらってもいいですか?」  最後の芹沢の言葉はほかの部員に聞かれてしまっていた。  そしてその事は何故か学園中に知れ渡っていた。  もちろん、こうして生徒会室で仁王立ちしてる御園にも。 「……」  俺はこの投票期間、無事生き残れるのだろうか?
3月23日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜白崎さより編〜」 「お嬢さん、お一人ですか?」  俺は公園の木陰のベンチに座っている少女に声をかけた。 「えっ? あ」  声をかけられて驚いた少女は俺の顔をみて、笑顔になった。 「筧さん」 「さよりちゃん、久しぶりだね」 「はい、でも驚きました。これが噂に聞くナンパなのかなって」 「あー、ごめん。ちょっと調子に乗りすぎたかな?」 「いいんです、筧さんなら」 「それならよかった。横、いいかな?」 「はい、どうぞ」  俺はさよりちゃんの横に座って、かっておいたペットボトルのお茶を取り出す。 「お茶だけど、飲めるかな?」 「良いんですか?」 「あぁ」 「ありがとうございます、筧さん」  ペットボトルのお茶を一口飲んで、ふぅと一息いれるさよりちゃん。  俺もミネラルウォーターを飲む。  白崎の妹、さよりちゃんが汐美学園の入試に合格し、しばらくの間は白崎の  部屋に同居することになっている話も聞いている。  手術は無事に成功し、今は普通に過ごせるようになっているけど、長い間の  入院生活は確実に基礎体力が落ちている。  様子を見た方が良いと俺の意見にいつもの面々が賛同してくれた。 「一日中見張ってる訳じゃ無い、見かけたときに気をつければ良い程度がベスト  だと思う」  病人じゃないのに病人扱いするのは失礼だから、という事にもなっている。 「筧さん、一つ聞いて良いですか?」 「なんだい?」 「なんで、私の分のお茶を持っていたんですか?」 「予備だな、俺の家に客が来たときのもてなしのためだ」  これは本当の話だ、ミネラルウォーターしか入ってない冷蔵庫は来る客には  不評だからだ。  ……というか、部屋に押しかけてきて冷蔵庫をあけて文句言うって、俺って  もしかして被害者じゃないんだろうか? 「それを頂いても良かったんですか?」 「そう、だなぁ。さよりちゃんが今の俺のお客様になってるんだから問題ないな」 「私は筧さんのお客様だったんですね」 「そういうこと」 「くすっ、ならもう一つだけ聞いても良いですか?」 「答えれる範囲でなら」 「はい、お茶を渡してくれたときの言葉なんですけど、飲む?ではなく、飲める?と  言うのはどういう意味ですか?」 「……」  しまった、言葉の使い方を間違ってしまっていた。  そしてすぐに言い訳出来なかった事で、その答えをさよりちゃんに  知られてしまった。 「……ありがとうございます、筧さん。私の事を気にしてくださって」 「別に、そういう訳じゃ無い……と思う」 「そう、なんですか?」 「あぁ、ここでさよりちゃんを見かけたのは偶然、予備のお茶を買った帰りだったのも  偶然だから」 「声をかけてくれたのは偶然じゃないですよね?」 「そりゃぁ……偶然じゃ声はかけないよな」  さよりちゃんは白崎とは別な意味で頭の回転が速い子だ、とこの数分で思い知った。 「でも助かりました。ちょっと歩き疲れて喉が乾いてたところだったので」 「そうか、それは良いタイミングだったな」 「はい」 「じゃぁその良いタイミングついでに、聞くけど、一人で帰れるか?」 「……無理、かもしれないです」  俺が来たときより顔色は良くなってるけど、まだ駄目なようだ。 「白崎を呼ぶか?」 「いえ、お姉ちゃんに心配をかけたくありませんから」  白崎の妹思いもそうだけどさよりちゃんも相当な姉思いだな。 「もう少し休んだら帰りますので」 「そうか、ならそれまでつきあうよ」 「え?」 「あ、気にしなくて良いからな、俺の勝手なわがままだから。それとも迷惑か?」 「い、いえ、迷惑ってそんなことはありません、それどころか私のために」 「ストップ」 「え?」 「これは俺のわがままだからな、さよりちゃんは俺のわがままにつきあってもらってる  だけだから、そういう訳だ、OK?」 「……くす、わかりました。私は筧さんのわがままにおつきあいすれば良いんですね」  本当に頭の回転が早い子だな。 「お姉ちゃんが筧さんの事を好きになった事がわかったかも」 「何か言った?」 「ううん、なんでもないよ、筧さん」  その後さよりちゃんの体調が回復するまで休んでから、白崎の部屋まで送って  行くことにした。 「すみません、上着を借りただけじゃなくって腕まで借りちゃって」  完全に回復しきらなかったさよりちゃんを背負っていこうと思ったのだけど  恥ずかしいから、ということで遠慮されてしまった。  代わりに俺の腕に抱きつくようにして、歩いている。  腕に伝わる感触にドキドキしながらも、今日は投票の話題がまったく出ないことに  安堵している俺だった。  だが…… 「筧、この記事はいったいなんなんだ?」  翌日桜庭が俺に見せつけてきた記事は 「あのK.Kが恋人をお持ち帰り!?」  さよりちゃんを送った帰りの時の写真の後ろ姿が撮影されていた。 「センパイ、どういうつもりなんですか?」  御園も怒っている。 「筧さん! やっぱり胸なんですね!?」  佳奈すけは論点がずれてる気がしたが、期限がわるかった。 「あのね、みんな……」 「白崎は黙っててくれ!」 「ひゃぅ!」  唯一事情を知っている白崎の弁明を桜庭が遮ってしまった。 「はぁ……」  結局投票期間の間の俺はそういう運命にあるんだろうか?  いっそのこと投票の間だけどこかに引きこもろうか、と本気で考えてしまった。
3月24日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜小太刀凪編〜」  日曜日の朝、特に用事の無い俺は朝寝することにした。 「筧〜起きてるでしょ〜、開けて〜」 「……」  小太刀の襲撃を無視することも考えたが、先ほどからならされ続けてる  インターフォンの音、このまま放っておけば扉は叩かれる携帯は鳴らされる  収集がつかなくなる、という流れがいつものパターンだ。 「ちょっとまて、今開ける」 「早くしてね」  俺は寝起きのまま玄関の鍵を開けた。 「おはよー、筧……って、なんでパジャマなのよ!!」 「今起こされたばかりだからな」  そう言って俺は部屋の中へ戻る。 「お邪魔しまーす」  まるで自分の部屋のような足取りで中に入ってくる。 「じゃぁ早速テレビ借りるね〜、それとこれ、賃貸料」  手に持っていたコンビニ袋にはおにぎりとミネラルウォーターが入っていた。 「いつもと同じだな」 「だって、筧ってこれくらいしか食べないじゃ無い、あ、全部食べないでね。  私のもあるから」 「わかった、とりあえずテレビ見てろ」 「ん? 筧はどうするの?」 「シャワー浴びてくる」  俺は着替えをもってユニットバスへと向かう。 「もぅ……筧ったらえっち」 「なんで小太刀が言うんだよ、普通逆だろ!」 「か弱い女の子が遊びに来てるのにシャワー浴びるから」 「か弱い、ね……」  まぁ、確かに小太刀はか弱い、というか弱いところはあるよな。 「なによ、私にはそういうの似合わないって思ってるの?」 「そんなことはないさ、小太刀は女の子だもんな」 「えっ!?」  驚いた顔をする小太刀をとりあえず放っておいて俺はシャワーを  浴びることにした。 「ん? ニュースなんて見てるのか?」  シャワーを浴びてちゃんと着替えてから部屋に戻った。  小太刀はつまらなさそうにニュースを見てる 「筧を待ってたの、最初から見ないと面白くないでしょう?」  そう言って取り出したのはブルーレイディスク。俺のテレビは再生できる  タイプなので小太刀はよくレンタルで借りてくるのだ。 「別に先に見ててもいいのに」 「いいの、今日中に返さないと延滞発生するんだからさ」  そう言いながらディスクをセットする。  俺は冷蔵庫の中から冷えたミネラルウォーターとお茶を取り出す。 「ほら」 「あ、ありがと。って私も買ってきたんだけど」 「もうぬるくなってるだろう? 今度もらうさ」  俺はベットに背を預けテレビに向かう。 「さんきゅー」  小太刀はそのままベットの上に寝転ぶ、これが最近の俺と小太刀のテレビを  見るときの定位置だった。  小太刀の持ってくるドラマはいつも長いものばかりだった。  2時間ものが3セットとか、もう少し計画的に借りればいいと思うのだが、  小太刀曰く「まとめて借りると安くなるのよ」だそうだ。  それにつきあわされる俺だが、小太刀のチョイスは悪くない。  以前小説で読んだ作品のドラマは先を知っていたにもかかわらず面白かった。 「ふぁ〜、終わった〜」  満足そうな声をベットの上からあげる小太刀。  思わず振り向いた先には、仰向けでのびをしている小太刀。  視線はその大きな山に向かってしまう。 「あー、筧。見てるでしょう?」 「あ、あぁ」 「もう、筧のえっち。もしかしていれてみたいとか?」 「っ!」  何を、とスマートに返せれば冗談ですんだ話になっただろう。  だが俺はここで同様してしまった、その段階で俺の負けだった。 「もぅ、筧のえっち」 「……俺は何も言ってないぞ?」 「でも、いれたいんでしょ? わ・た・し・に♪」 「……」 「筧なら、いつでも良いわよ?」 「……、で小太刀は誰に投票したんだ?」 「あー、無理矢理話題そらしてる、筧ったら可愛い♪」 「可愛くなくていい、どうせ小太刀も投票の事聞きたいんだろう?」 「ううん、別に」  小太刀はあっさり否定した。 「今回の人気投票は別に気にしてないから」 「そうなのか?」 「うん、だって私に票が入るわけ無いじゃ無い」 「そうでもないだろう?」  まだ中間発表は無いけど小太刀に票が入らない、という考えの方が  おかしいと思う。 「あのさぁ、筧。忘れてると思うけど私、羊飼いだったのよ?  まぁ、見習いだったけど、羊飼いであった期間の記憶はみんな忘れてるのよ。  だからほかのみんなほど私は印象に残ってないの」 「でも俺は思い出したぞ?」 「それは筧も羊飼いの資質があったからでしょ?」 「そう、なのか?」 「そうなの、だから私が以前助けた子羊たちは私の事を覚えてないの」 「……」 「わかった、筧?」 「言いたいことはわかったけど、小太刀。おまえは一つ勘違いしてる」 「勘違い? 何をよ」 「確かに羊飼いを止める前の記憶はみんなにないかもしれない、だがその後の事は  みんなちゃんと覚えてるんだぞ」 「そりゃそうよね」  小太刀はペットボトルのお茶を飲み始める。 「今の小太刀、なんて言われてるかしってるか?」 「んー?」 「俺も聞いた話だけどな……図書部のビキニの姐さんだそうだ」 「ぶーっ!!」 「のわっ!」  吹き出したお茶は俺の顔面を直撃した。 「な、なにゆうてはりますねん?」 「小太刀、動揺して言葉使いが変になるのはいいから、まず謝れ」 「あ、えっと、ごめん」  俺はタオルで顔を拭く。 「って、なにそれビキニ姐さんって!!」 「あのときのビラ配りの事だろ?」 「あの時って、たった一回だけでしょ?」 「でもそう認識されてる」 「……マジ?」 「マジ」 「……あぁ、私の人生終わった」 「終わるの早すぎるな」 「誰のせいよ!!」  小太刀がキレた。 「まぁ、だからな、そういう訳で小太刀も結構人気あるみたいだぞ」  生徒会の参与役、図書部、図書委員。  そしてアプリオでバイトしてる人気のフロアスタッフ。 「別に、不特定多数から人気あってもうざいだけだし」  それはそうだろうな、と俺は思う。 「私は、ほしい人からの人気だけでいいの、ね、筧」 「……」  いつもの流れになってきたなぁと、頭の中で理解する。  そしてここは俺の家、逃げ場は無い。 「ねぇ、筧。さっき言ったことは、嘘なんかじゃないよ?」 「さっきって、いつの話なのでしょうか?」  思わず敬語になる。 「筧が、いれたいっていうなら、いれてもいいんだよ?  ううん、いれてくれたら嬉しい……、かな」 「えっと、投票の話ですよね?」 「それ以上言わせるの? もう、筧ったら鬼畜でえっちなんだから」 「だから、誤解を招く発言するなっ!」  後日、この話は小太刀自身から生徒会のみんなに広まった。  俺はみんなの前で正座させられて詰め寄られた事は、言うまでもないだろう……
3月25日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜鈴木佳奈編〜」 「なんで俺はこんなところにいるんだろう?」  部屋にいたとき佳奈すけの襲撃にあい、強制的に準備をさせられて連れ出させられて  着た、この場所は、学園都市にある温水プールだった。  水泳部が練習に使っているプールとは別にある施設で生徒は低価格で利用できる  スポットだ。 「筧さ〜ん、おまちどうさまです!」  俺のところに走ってくる佳奈すけは、前に海で見たときと同じ青いセパレートの  水着に身を包んでいた。  ……走ってくるのに揺れない事は言わないでおこう。 「むむっ、今不穏な考えしてませんでしたか?」 「……それよりもなんで俺は佳奈すけとプールにいるんだ?」 「ごまかしましたね、筧さん!」 「ごまかしてない、どうしてここにいるのかを考えてただけだ。そろそろ事情を  話してくれても良いと思うんだが」 「話を聞く前にちゃんと水着に着替えて着てくれる筧さんの事大好きです」 「っ!」 「あ、赤くなった、筧さん赤くなった♪」 「いいから、事情を説明しろ!」 「筧さん、これには深い事情があるのです」  デッキチェアに座った佳奈すけの横に俺も座る。 「安心しろ、時間はある、ちゃんと聞かせてもらおう」 「……言わないと、だ・め?」 「可愛く言ってごまかしても駄目だ」 「やだ、いってることなんてごまかせないですよ〜」 「……」 「……ごめんなさい、ちゃんと説明します」 「実はですね、そろそろてこ入れの必要があるんじゃないかなぁって鈴木は  思ったのですよ」 「……は? てこ入れ?」 「そう、てこ入れです。ここのところ皆同じパターンで筧さんを追い詰……  こほん。筧さんとお話してるじゃないですか」 「おい佳奈すけ、今なんて言おうとした?」  追い詰めるとか言おうとしなかったか? 「いやいやいや、なんでもないですから。というわけでてこ入れなのですよ。  たまには違うシチュエーションで、サービスシーンをいれた方が展開的に  楽しめるんじゃないかなぁって」 「訳わからん」 「ほら、水着姿の美少女がこうしてここにいるんですよ? 感想は、どうですか?」 「自分で美少女言うな……まぁ、間違ってないけどな」 「え?」  俺の言葉に驚きの声を上げた佳奈すけ。 「えっと、その……」 「……」  照れてもじもじする佳奈すけ、その動作が水着姿のためか、普段以上によくわかる。 「……もぅ、筧さんも手強いですよね、えっちなんだから」 「なっ、俺がいつそんなこと言った?」 「言ってないと言うんですか?」 「……なら、言ってやろうか?」 「え?」  俺は佳奈すけの全身を一度見る。 「えっと……筧、さん?」 「俺の目の前にたつ少女は可憐な水着を身にまとっていた」 「なっ!」  読書で培った知識で佳奈すけの身体の事を言葉にしていく。 「少女特有の柔らかそうな身体のラインに、これから華が咲くように……」  そこまで言って、俺は目を閉じて頭を下げた。 「ごめん、これ以上現実を言うのは酷というものだったな」 「酷っ!」  佳奈すけは憤慨してるようだった。 「せっかく筧さんに褒めてもらったと思ってたのに、やっぱりオチがあるなんて  酷すぎます!!」 「いや、お約束だと思って」 「そんなお約束いらないです!! まな板が定着したらどうするんです!!」 「そういえば、誰かが言ってたっけ、小さいのは……」 「言わないでください! 私の夢を返して!!」  あまりの馬鹿なのりで騒いでたので、監視員に怒られた。 「はぁ……」 「なんだか疲れましたね筧さん」 「そう、だな……」  二人でデッキチェアに寝転んでいた。 「でも、ありがとうな」 「え?」 「最近いろいろあったから、こういう気分転換も良いかなって思った」 「そ、そうですか?」 「あぁ、だからありがとう、佳奈」  お礼を言うのに佳奈すけじゃ違うと思ったので、普通に名前を呼んだ。  ……だけのはずなのに、ものすごく恥ずかしかった。 「も、もう、筧さんったら……私、ちょっと泳いできます!」  そう言うと佳奈すけは走ってプールに飛び込んで……  監視員にまた怒られていた。 「あの、筧さん。聞いたことある話なんですけどね」  俺はミネラルウォーターを飲みながら佳奈すけの話に耳を傾ける。 「胸ってもまれると大きくなるんですよね」 「ぶっ!」 「わわ、筧さん汚いですよ」 「すまない、っていうかいきなり何いうんだよ!」 「で、鈴木は思ったのですよ」 「その先は聞きたくない」 「……きっといれてもらえればもっと大きくなると思うんですよ」 「……」 「きっと、(票を)いれてもらえれば(人間的に)大きくなると思うんですよ」 「なんで2度言う?」 「大事なことなので2度言ってみました、ちなみに筧さんの次の台詞は  誤解を招く事をいうな、ですよね」 「佳奈すけ、あまり誤解を招く事を言うな、ハッ!」 「のりツッコミありがとうございます♪」  思わず乗ってしまった。 「あ、でもさ、佳奈すけ」 「はい、なんでしょうか?」 「票を入れてもらって上位に行く場合、順位は大きくなるんじゃなくて小さく  なるんじゃないのか?」 「あ……」  票を入れると票数は大きくなる、事はわざと言わないでおいておく。 「そう、そうだよね、私はしゃいじゃって、馬鹿みたい」 「同じネタは2度目は面白くないぞ?」 「ですよね〜じゃぁ、そういう訳で私にいれてくれますか?」 「や、どこからどういうふうになればそういう展開になる?」 「お約束ですから」 「そんなお約束はいらない」 「安心してください、この後のオチもお約束ですから」 「……」 「筧、なんで鈴木と二人きりでプールに行ったそうだな」 「佳奈ちゃん、うらやましいなぁ」 「佳奈、私も誘ってくれれば良かったのに」  生徒会室でいつものように正座する俺であった。
3月26日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜御園千莉編〜」  表通りから一本裏側の道に入る。  そこは学園都市の裏側とも言える場所、飲み屋やバーが並ぶ通り。  その中にあるバー「ラストノート」  入り口の扉をあけ、薄暗い階段を降りる。  その終点にある、木で出来た重厚な扉を開ける、その瞬間、店の中に  押さえ込まれてた歌声が解放される。 「……」  それは御園の歌。いつ何度聞いてもすごいとしか言えないくらいすごい  歌だとおもう。  同じ人間がこんな声を出せるのだろうか? といつも思う。  そう思いながらそっと店内に入り、御園の歌が終わるまで待つことにした。  昨日の夜、俺の携帯に届いたメール。 「明日生徒会の仕事のお手伝いをお願いします」  時間は何時から?と返信のメールを打ったら朝食の後くらいからという  返事がすぐにきた。  そこで俺は朝食の前に御園がいる場所にこうして迎えに来た訳だ。 「……ふぅ」  歌が終わって一息をいれる御園。 「どうでしたか、センパイ?」 「おはよう、御園、というか俺が来てたの気づいてたのか?」 「あれだけ堂々とお店に入ってきて気づかないと思ってるんですか?」 「最初は気づかなかったよな」 「……センパイのいぢわる」 「ごめんごめん、とりあえず掃除しちゃおうか。御園の歌のチケット代、  払わないとな」 「はい♪」 「センパイ、朝ご飯はどうしますか?」 「そうだな、アプリ……」  俺はいつものようにアプリオに行こうと口に出しかけて固まる。 「センパイ?」 「……」  アプリオに行くと青い悪魔がいる。もしかすると黄色い小悪魔もいるかも。  二人そろうと相乗効果で恐ろしくなるって小太刀が言ってたのを思い出した。 「ちょっとセンパイ、だいじょうぶですか?」 「……はっ」 「センパイ?」 「すまない、そういえば朝食の話だったっけ。御園が良ければコンビニで買って  生徒会室で食べないか? その方が余計な邪魔が入らないからさ」 「余計な、邪魔?」 「あぁ、気にしないでくれ。朝食くらいは俺がおごるから早く行こう」 「センパイ、ちょっと待ってください!」 「それで、何の仕事を手伝えば良いんだ?」 「議事録をまとめたいので、お願いします」  そう言って取り出したファイルはかなりの数があった。 「こんなに議事録がたまるほど会議なんてしてたっけ?」  少なくとも俺が生徒会に参加してからこんなにファイリングされるほど  会議を行った記憶は無い。 「以前のものもあります、以前の議事録をまとめておけば同じような問題が  起きたとき、参考になります」 「そう、だな」  確かに同じような問題が起きたときどのような会議を行いどのように解決  したかがわかれば、その問題に対してかかる時間が大幅に減らせる。 「でも、なんで紙媒体で保管されてるんだ?」 「きっとデータ化する時間の余裕が無かったのかもしれないですね」 「そっか、それじゃぁ始めちゃおうか」 「よろしくお願いします、センパイ」  御園と話し合いながらファイルを整理していく。 「……ん? なんだ、このファイルは」  俺はファイルを御園に見せる。 「幻の……議事録?」 「議事録のタイトルに幻の議事録って書く段階でうさんくさいな」 「そうですね、でも気になります」 「……まぁ、確かに。それでどういう会議がされていたんだ?」  御園と一緒になって幻の議事録を読みほどく…… 「朝のHRで語尾を決め、一日中その語尾で話す……」 「……」 「暑い日には全員水着で授業を受ける」 「……センパイのえっち」 「ちょっとまて、俺は議事録を読んだだけだぞ!?」 「いったいこれは何なんでしょうね」 「俺がわかるわけ無いだろう……もう読むの止めるか?」 「いえ、まとめておけば将来的に同じような議題の時に役に……」  議事録を確認しながら会話してた御園の動きが止まる。  なんだか顔が赤くなってるように見える。 「御園?」 「……」  俺は御園が見ているページを見た。 「寮の大浴場を男女混浴にしたらいいと思います?」 「……」 「……センパイのえっち」 「今のも俺は悪くないぞ!!」  俺は話題を変えるためにファイルをめくった。 「人気投票の時はお約束の台詞を言うのが良いと思います、って何だこれは?」  相変わらずよくわからない議事録だった。 「……はぁ」  変な議事録のファイルはあったものの、昼前にはなんとか整理が  終わりそうだった。 「さすがは望月さんだな、この辺しっかりファイルされてるから整理が  楽だったな」 「えぇ、出来ればデータ化されてるともっと楽なんですけどね」 「その辺は今後の課題にしておけばいいさ」  俺はのびをしながらそう答える。 「ところでセンパイ、この後なんですけど……」 「そうだな、もう昼だし、どこかで食事でもするか?」 「……」 「御園?」 「よければ、その……私の部屋で……」  御園の部屋で!? 「でも、さ、女の子の部屋に男が一人で入るのは」 「かまいません、私が良いってイッてるんですから!」  突然声を上げる御園、というか今微妙に発音がおかしくなかったか? 「だから……センパイを……(部屋に)いれて」 「……一応聞くが何の話だ?」 「え? 私の部屋のお話ですよ?」  そういう御園の顔は小悪魔の笑顔が浮かんでいた……  御園の作った昼食はとてもおいしかった。  入学直後のとある事件以来、自炊をがんばっていて、白崎がいろいろと教えてる  そうだ。  ただ、御園に案内されて神無月寮に入ったところをお約束で発見されてしまうという  いつものオチがついた事は、もはやお約束と言うしか無かった……
3月27日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜桜庭玉藻編〜」 Another View... 「筧……私に、いれて欲しい……ってなんなんだこの台詞はっ!」  いくらお約束とはいえ、なんでみんなこんな台詞を平気で言えるんだ!?  生徒会に許可も無く始まったただの生徒会役員人気投票。  私なんかに票など入るなんて思っていない。  白崎の方が魅力的だし、佳奈すけや御園の方が可愛いとも思う。  でも胸がもやもやする。  それが何かずっと考えてた、その答えは自分自身で見つけないと、と思ってたら  とある事件を見て、気づいてしまった。  先日、アプリオで嬉野さんと一緒に楽しそうに会話してたという。  かと思えば和ごころで望月元生徒会長と食事をしてたそうだ。  別に食事くらいどうって事は無いと思った、けど。  放送室の密室で、芹沢と二人っきりになってたという話。  白崎の妹と腕を組んで歩いてたという話。  小太刀があることないこと?筧の部屋での話。  佳奈すけとプールでデートしたという話。  御園が自宅に筧を招待したという話。  ここ最近、筧の周りの女の子との話題があまりにありすぎる。 「……あれ?」  そういえば白崎との噂が無い。 「筧め、なんで白崎を放置するんだ? 一番魅力的な女の子なのに」  って怒るところが違うか。  というか、白崎が筧の毒牙にかかってないのだから安心するところだな、うん。 「毒牙……」  筧の毒牙っていったいどういうものなんだろう? 「……って、私は何を考えてるんだ!!」  早めに生徒会室に来たのだから、仕事を始めてしまおう。 「……はっ、私は何を!?」  気づいたら私は恋占いのサイトに夢中になっていた。 「はぁ……」  数日前、人気投票の話を高峰が持ってきたとき自分が言った言葉を思い出す。 「こういうチャンスで自分の気持ちに気づくこともあるかもしれない……か」  まさにそうだった。  周りが積極的に動くのを見ると、私は出遅れたという事を実感してしまう。 「人気投票がきっかけ、か……」  別に私自身の人気なんて気にならない、生徒会の運営的にみれば白崎の人気が  一番あれば問題ない。  けど…… 「筧は……、誰に、いれるのだろう?」  筧がほかの女の子にいれるところを想像すると胸が締めつけられる。 「もし、もしもだけど……私に……いれて……」  私に票を入れてくれることを想像するだけで、胸の締めつけは無くなるかわりに  なんだか高みにいってしまう気がする。 「だーかーらー、私は何を考えてるんだ!!」  これでは高峰の言うむっつり姫が、違うって言えなくなってしまうじゃないか! 「まったく、これもすべて筧が悪い、うん、そうに決まってる」  そう、私たちは悪くない……たぶん。 「筧が私にいれてくれればなんの問題も無い……」  そのとき入り口の方で物音がした…… 「誰だ!?」 Another View End  生徒会に顔をちょっと出すつもりで扉を少し開けたその瞬間。 「私に……いれて」  扉を開ける腕が止まった。 「今日は最初からそう来たか……」  いつもは何かの出来事の後にあるはずのその展開が今日に限っていきなり来た。  展開的に先が読めれば心の準備が出来たのだが、まさか扉をちょっと開けただけで  いきなり来るとは…… 「はぁ……このまま帰るか」  そっと扉を閉めようと思ったが、中にいる桜庭はくねくねと悶えてるように見える。 「大丈夫なんだろうか、あれ……」  あまりに妖しげな動きに少し心配になる。だが部屋に入ると間違いなくお互い自滅  する気がするので入るに入れない。 「……三十六計逃げるにしかずだな」  俺は戦術的撤退、いや、後ろを向いて全力で前へと進むことにした。  しかし、運命の神は……いや、この場合は導くべき羊飼いというべきか?  そのきまぐれな神と羊飼いは、誰の味方をしたのだろうか? 「誰だ!?」  ちょっとした足音を聞かれてしまった。  しかたが無く俺は部屋へと入る。 「おはよう、桜庭」 「はは……ははは……」  桜庭の目が虚ろになっている。 「筧……いつから……いた?」  今来たところとすぐに言えればごまかせたかもしれない。  だが、今日は不意打ちだったこともあり、すぐに答えれなかった。 「そう……だよな、はは……ははは……死のう」 「おい!?」  虚ろな足取りのまま窓へと向かう桜庭を後ろから押さえつける。 「私の人生……短かったけど、楽しかった……」 「まて、とりあえず落ち着け!」 「後生だ、離してくれ、きゃっ!」  バランスを崩した桜庭、俺はそれに巻き込まれ一緒に倒れた。  あー、こう言うのって既視感っていうんだっけ?  相手は違うけど。 「か、筧……?」  そしてこういうときには必ず目撃者が現れるものだ、それも最悪の目撃者が。 「おはようございます……わ、玉藻ちゃんと筧くん?」 「筧さんが桜庭さんを押し倒してる!?」 「センパイ……ケダモノです」  そう言われる中、桜庭の動きが止まっていた。 「桜庭?」 「はは……私はむっつり姫……ははは……誰でもいい、殺してくれよぉ」 「桜庭!!」  壊れた桜庭が再起動するまでに相当な時間がかかったことと、その間俺はずっと  正座させられていたことはいつもの展開だった。
3月28日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜白崎つぐみ編〜」 「失礼しまーす」  朝早くから俺の部屋をから訪ねてきたのは白崎だった。 「ごめんね、朝早くから」 「いや、別に良いんだけどさ……誰かに見られてない、よな?」 「ん? どうしてそんなこと聞くの?」 「……見かけなかったらのならなんでもない」 「変な筧くん」  たいていこういう場面を見つかると俺は後で問い詰められる事になる。  だから注意しすぎと思えるほど警戒してたのだが、ここ数日すべてが失敗に  終わっている。  今朝もいきなり白崎が訪ねてきた、それだけだが見つかれば俺の命に関わる。 「間違いない未来、だよな」  視てないのに視えてしまった、それは絶対錯覚なはずなのに。 「どうしたの、筧くん? いきなり天井を見て」 「気にしないでくれ」 「ふぅ、ところで白崎。朝から何の用事……」  視線を戻すとエプロン姿の白崎がキッチンに立っていた。 「なんだか最近筧くんが疲れてるようにみえたから、元気になってもらおうって  思ったの」 「……」  確かにここ数日いろいろとありすぎたけど、その原因のうちの一つを白崎も  担ってるって気づいてるんだろうか? 「それでね、私に出来る方法で筧くんを元気づけるには料理がいいかな、って  思ったんだけど……迷惑、かな?」 「いや、迷惑なんてことはないよ、むしろ気にしてもらって悪いなって  思うくらいだよ」 「そんなことないよ、筧くんの事はいつも気にして……あっ」 「……」 「……」  気まずい空気が流れる。 「えっと、朝ご飯楽しみにしてるから、よろしく頼む」 「う、うん!」  なんとか雰囲気の軌道修正に成功した、というか白崎に成功させてもらったと  言うべきかも。 「はい、どうぞ」 「すごいな」  机の上に並んだ朝食は、いつもと比べるとものすごく豪華だった。  ごはんに味噌汁、焼鮭にきんぴらゴボウに卵焼きにほうれん草のおひたし。  お新香まで用意してある。 「まるで旅館の朝食みたいだな」 「そ、そんなに褒めても何もでないよ、筧くん」 「褒めるも何も事実しか言ってないからな」 「ありがとう、筧くん。さぁ、どうぞ召し上がれ」 「あぁ、いただきます」  箸をとるその動きを白崎が注目してみてくる。 「……なぁ、白崎は食べないのか?」 「私は後でいいかなって、それよりも早く食べて感想聞きたいな」 「あ、あぁ、でもさ、白崎」 「何?」 「一緒に食べた方がもっとおいしくなると思うんだけど」 「あ……そう、だよね。さっすが筧くん! すぐに準備するね」  おかず自体は二人分作ってあるので机に並べるだけで食べれるようになる。 「おまたせ、筧くん」 「よし、それじゃ頂くとするか」 「どうぞ、召し上がれ。私もいただきます」 「ふぅ、美味かった」 「本当?」 「こんな事で嘘言ってもしょうがないだろ? それとも俺の言うことは  信じられない?」 「たまに筧くんって意地悪なこと言うよね」 「……」 「くすっ、筧くん、そんなにすねないでよ」 「すねてない」  俺は白崎が用意してくれたお茶を飲む。ほどよく熱くておいしいお茶だった。 「ありがとう、筧くん」 「白崎が礼を言うのはおかしいだろう? 俺の方こそありがとな、白崎」 「ううん、ずっとずっとお世話になってたのは私のほうだから……こんなことでしか  お返しが出来なくてごめんね」 「……ったく、白崎はもう少し自信を持った方が良い」  俺は白崎の頭の上に手を置いた。 「え?」  そしてそっとなでる。 「白崎はちゃんと変われた、だから自信を持って良いんだ」 「……うん、ありがとう」  俺は白崎が落ち着くまで頭をそっとなで続けた。 「ねぇ、筧くん……」 「なに?」 「あの、ね……お礼をしたいの」 「今日の朝ご飯だけでも十分だぞ?」  なんとなくいつもの展開になりそうだな、軌道修正しないと。 「ご飯作りに来るの、迷惑、かな?」 「そんなことは無いよ、嬉しいけど白崎に悪いよ」 「私はきにしないよ? 自分の分の一人分と二人分、そう大差ないから」 「……そっか、じゃぁ気が向いたときにでお願いしようかな」 「うん!」  曇ってた白崎の顔が笑顔になる。  ……やっぱり白崎には笑顔が似合うな、と思う。  あの時俺が羊飼いになってしまったら、きっとこの笑顔は見れなかった。  そう思うとあの時の決意は間違ってなかった、そう実感できた。 「それじゃぁ筧くん」 「ん?」 「がんばった私にご褒美……もらっても、いい?」 「すまん、金は無い」 「もう、そんなんじゃないってば!」 「ごめん、冗談だ。俺に出来る範囲で良ければ……」  あれ? なんだかおかしい雰囲気になってないか? 「今日の昼にね、終わっちゃうんだって」 「……何が?」 「だから、ね……最後でいいの、今まで誰に……ても、いいの」 「白崎、早まるな?」 「最後だから、私に……いれて」  そう言うとエプロンをとる白崎。 「ちょ、ちょっとまて、なんでエプロンを外すんだ!?」  いつもより危険なシチュエーションになってる事に俺は慌てる。 「もう洗い物終わったからだよ」 「……」  はぁ、俺の方が危険な思考になっていたことに自己嫌悪する。 「ねぇ、筧くん。いれて……くれない、かな?」  ・  ・  ・  長い長い投票の期間は今朝をもってして終わりを告げた。  その間、俺が誰にいれ……投票したかは秘密を守り通した。  京子に、俺自身に投票することはしなかったことだけは追記しておく。
4月2日 ・大図書館の羊飼い sideshortstory「人気投票狂想曲〜完結編〜」 「白崎先輩、もう春ですよね〜」 「そうだね、もう春だね〜」  俺が生徒会室に来たとき、白崎と御園は窓から外を眺めていた。  組み合わせは違うけど、つい最近似たような光景を見た気がする。 「筧、来てくれたか!」 「筧さん! 助けてください!」  俺を見て桜庭と佳奈すけがすごい勢いで迫ってきた。 「何があったんだ?」 「実はだな、これを見てくれ」  桜庭がプリントアウトした資料を渡していた。 「これってあの人気投票の結果か?」  二人は黙って頷く。 「1位は……佳奈すけか、おめでとう」 「ありがとうございます筧さん、でもそれは問題なんです」 「ん?」  1位になって問題になる? 「筧、そのまま順位を見てみろ」  桜庭に言われたとおりに順位をみる。 「え? 小太刀が2位?」  俺は小太刀がいつも居る席の方をみる。  小太刀はそこでお茶を飲んでいた。俺と目線が合った。 「私を巻き込まないでよ」  そう目で訴えていた。というか小太刀に助けを求める方が間違ってるな、うん。 「で、3位が桜庭か。銅メダルだな」 「ありがとう、筧。だがそれも問題なんだ」 「……意味がわからないんだが」  桜庭は返事をせず目で先を促してきた。  俺はデータを読み進める。  4位、嬉野さん。正式な生徒会役員ではないのにこの順位はさすがというべきか。  そして5位に白崎、6位に御園。 「私ってやっぱり影が薄いのかなぁ」 「歌姫なんて言われても所詮私なんて……」 「……はぁ」 「……はぁ」  窓際でため息をつく二人。  ここまで来て現状を把握した。  生徒会長としてがんばってる白崎、歌姫と言われる事に自信を持ち始めた御園。  その二人の順位が低かった。 「そりゃ自信喪失するな」 「筧、今日ばかりはおまえに任せるしか手がないんだ」 「俺よりも白崎は桜庭の方が適任だろう? 御園は佳奈すけと仲が良いし」 「筧さん、私、偶然かもしれないけど今回1位なんですよ?」 「あぁ、めでたいことじゃないか」 「その1位の人が何を言っても解決出来るわけないじゃないですか」 「……なるほどな」  確かに1位の人がどう慰めても、それは下位の人から見れば上から目線に  なってしまいかねない。 「わかった、俺が何とかしよう……ん?」  ふと気づいた。  俺の順位は何位だったんだろう?  プリントアウトしたデータを読み進めていく。  7位の望月さん、8位の芹沢さん、9位のさよりちゃん、10位の多岐川さん。  11位の…… 「ギザ!?」 「ふぉっふぉっふぉっ」  俺の驚きの声に笑うギザ、その目線は俺の足下から見てるのに、明らかに  上から目線だった。  つまり…… 「俺と高峰はギザ以下なのか……」  その場に膝をついてしまった。  俺に投票する人が居ないであろう事は予測していた。  だが、まさか猫に負けるとは…… 「あぁっ! 筧さんまで再起不能に!!」 「筧しっかりしろ! 傷はまだ浅いぞ!」 「十分深い傷を負ったよ……」 「筧さん、死なないでください! 人気投票が終わったら結婚するって言ってた  じゃないですか! ちなみに筧さんの次の台詞は「それ、死亡フラグだろ!」です」 「佳奈すけ、それ死亡フラグだろ、ハッ!?」 「……こんな状況でも小芝居が出来るあたり、二人とも芸人だよな」 「いやいやいや、私は筧さんにあわせてるだけですよ?」 「いやいやいや、俺は佳奈すけにあわせてるだけだ」 「うっさいです!」 「あ、姐さん」 「小芝居はいいから、今日の活動無しなら私は帰るわよ」 「そうだな、二人があんな状態じゃぁ何も出来そうに無いからな。小太刀、悪かったな」 「ううん、別にかまわないわ。で、筧はどうするの?」 「俺もショックを受けたからな、家で心の傷を癒やそうと思う」  と、言い訳しながらも14位にランキングされてるナナイさんの得票数をみる。  投票者数はほんのわずかだ。  だが、わずかでも投票期間の間に覚えてた人が居てくれたのだ。  ナナイさんに投票してくれた生徒は、きっとナナイさんが導いた生徒なのだろう。  忘れられていく定めであっても、そのときはちゃんと覚えていてくれている。  たった、それだけだけど俺はなんだか嬉しかった。 「筧?」 「あ、あぁ、なんでもないさ、俺は大丈夫だ。結果なんて関係無いさ、俺に票をいれて  くれた人には悪いけどさ、俺は……」  俺は部屋の中を見渡す。 「俺は、今のままで十分だ」 「筧……格好つけすぎだぞ」 「筧さん、似合いませんよ?」 「おまえら……」、  あっさり否定された、ように思えるけどそれが勘違いだということを俺は知っている。  こういう反応は、彼女たちの照れ隠しなのだから。  俺の反応から態度がばれたとわかった二人は慌てだす。 「か、筧。私を見るな」 「筧さんのえっち」 「佳奈のは違うと思う」 「そうだよ、玉藻ちゃん達だけずるいよ」 「あ、現実に帰ってきた」  こっちに来た白崎と御園を小太刀が迎える。 「現実って、確かにさっきの白崎達はどこか遠くへ行ってたな」 「酷いよ玉藻ちゃん」  そう言いながら笑ってる白崎。 「さっき筧くん、良いこと言ってたね」 「結果なんて関係ないってところか?」 「人気投票の結果は確かに結果だけど、それよりも大事なことがあるんだ」 「結果より大事なこと?」 「うん、順位なんて気にならないくらい大事な事だよ、筧くん」  そう言って俺を見る白崎。 「っ!」  目をのぞき込んだ瞬間、視えてしまった。というか聞こえてしまった。  この次の白崎の言葉を。それはあまりに近すぎる未来、回避できるのか?  俺はなんとか時間を稼ごうと言葉を選ぶ、だがそれだけの時間さえ無かった。 「私は、筧くんがいれて……くれれば、他はどうでもいいかな」  静寂が生徒会室を包む。 「そ、そうだな。白崎の言うとおりだな、私も……その、筧が……いれ……」 「筧さん、私にいれたくなったら好きなときに言ってくださいね」 「佳奈、露骨すぎ……でも、私も、いれて……くれるなら」 「……」  未来を回避しそこなった。  そのとき俺の肩を叩く手があった、振り返ると小太刀だった。 「もてるわね〜、筧」  そのまま肩をつかむ小太刀の手に力がこもる。 「でもね、私の胸の間に……出来るのは私だけよね、筧」 「……何の話だ?」 「やだ、言わせたいの? 筧のえっち!」 「姐さんずるいです!」 「何言ってるのよ、持ってる武器は使わないと損じゃない?  あー、ごめんなさいね、まな板じゃ無理よね」 「ちょっ、まな板を定着させようとしないでください!!」 「そうだぞ、鈴木はまな板じゃないぞ」 「桜庭さん!!」 「天保山だ」 「あ−、鈴木傷つきすぎです……筧さん、慰めてください」 「あ、佳奈ちゃんずるい! それなら順位が低い私が慰めてもらうのが  順番だよね?」 「それを言うならこの中で一番低い私が先ですよね、白崎先輩?」 「なら私は傷心の筧さんを慰めればいいんですよね?」 「佳奈すけ、どうして俺が傷心なんだ?」 「だって、ギザ様より順位が……」  俺はまたその場に膝をつく。 「その、筧さん……ごめんなさい」 「隙あり!」  俺は瞬時に立ち上がり部屋の外へと逃げ出す。  進路はクリアだ、もう俺は誰にも止められない。 「筧が逃げた〜」  小太刀が笑いながら指さす。 「筧を追うぞ!」  桜庭が提案して 「うん、みんな、行くよ!!」  白崎がみんなと一緒に 「みんなが追うなら私も追います」  御園が仕方なさそうに、でも嬉しそうに 「全国の鈴木さんの代表としてがんばります!!」  佳奈すけがいつものように意味の無い事を言いながら。  いつもの日常がまた始まった。
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