フィーナ誕生日記念SS Birthday eve
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「こんな所かしらね」
「お疲れ様でした、フィーナ様」
 カレンに目を通してサインをした書類を渡す。
「本日の公務はこれで全て終了です」
「そうなの?」
「はい、お疲れ様でした」
「カレンもご苦労様」
「はっ」
 部屋にある時計を見る。もうすぐ夜の9時になるところだった。
 夜の9時、その時間に私はあの時のことを思い出す。
 地球にいる家族との楽しい夕食の時間を。

「フィーナ様、クララより伝言を承っております」
「クララから?」
 物思いに耽っていた私は珍しい人からの伝言に驚く。
「はっ、新作が出来たそうなので是非食べて欲しいとの事です」
「新作・・・何かしら?」
 また新しいレシピでも思いついたのかしら?
 私とミアが地球から帰ってきたとき、ミアのお土産話に刺激をうけたらしく
 それからいろんな新しい料理に挑戦している。
「楽しみね、でもしばらく逢えそうに無いわね」
 いつもより早いとはいえ、もう遅い時間。
 それに明日は私の誕生日でスケジュールが秒単位で組まれている。
「それについてはぬかりありません。今宵はすでに公務を終了しております。
 食事については用意しないよう通達済みです」
「準備が良いわね」
 良いというより良すぎる。
 これは何かあるわね・・・そう考えた瞬間すぐにわかった。
 私を部屋から遠ざけたいのだ、と。

 明日は私の誕生日、いつも達哉は私を驚かせてくれる。
 その準備がきっと必要なのだろう。
 そうだとするなら、この誘いには乗らなければいけないわね・・・

「カレン、今から行くわ。準備はすぐに済ませるわ」
「はっ、10分後にお部屋にお伺い致します」

 自室に戻る、そこはいつもと同じ私のプライベートルーム。
 きっと明日の朝に何か変化があるのだろう。
「今年はどう驚かせてくれるのかしら?」
 月にある地球連邦大使館に勤務してる達哉。
 同じ星に達哉がいてくれる、それだけで私はがんばれる。
 そしてきっと明日は達哉らしいお祝いをしてくれる。そう思うだけで
 とても幸せになれる。
「ふふっ」
 私は手早く、地球で愛用してた私服に着替えた。

「フィーナ様、よろしいでしょうか?」
「良いわ、では参りましょう」
フィーナ誕生日記念SS
Birthday eve
 カレンと一緒に月王宮から外へと出る。  単に送り迎えだけをするという訳ではない。  今の月の武官でカレン以上に腕が立つ者はいない。  私にとってこれ以上ないボディガードとなってくれる。 「実際はそれ以上の存在なんですけどね」 「フィーナ様、何か仰りましたか?」 「なんでもないわ」  程なく歩くとクララの家が見えてきた。 「では、フィーナ様。私はこれで」 「一緒に食べていかないの?」 「えぇ、まだ仕事が残っていますし、後ほどお迎えに参ります。  時間はミアに伝えてありますので、その時に」  そう言うと来た道を戻っていった。 「?」  どうも不自然な気がする。  立ち振る舞いといい、言動といい、特にいつものカレンと変わりないはずなのに  何かがひっかかる。 「まぁいいわ」  考え込んでもすぐに答はでてこないだろうし、なにより時間が勿体ない。  私はクララの家の玄関をノックする。  すぐに扉は開いた。 「え?」  開いた扉の中から大きな花束が私の目の前に差し出された。 「1日早いけど、誕生日おめでとう、フィーナ」 「た、達哉?」 「さぁ、フィーナ。入って」 「いつも私を驚かしてくれるのはわかってたつもりだけど、今年は早すぎるわよ」 「ごめんごめん、明日はお互い忙しいだろうからさ。今日にしたんだよ」  私の明日のスケジュールは秒刻み、確かに逢えるかどうかはわからない。  それ以前に、婚約が決まっているとはいえ達哉はまだ一介の大使館員。  私とのプライベートな時間はそう簡単に取ることは出来ない。 「それでも、なんだか悔しいわ。どうしてかしらね?」 「フィーナ、機嫌なおしてくれよ」  そう言う達哉は困った顔をしていない。  私も機嫌なんて悪くなっていない。 「フィーナちゃん、驚かされたくらいで機嫌悪くなっちゃだめよ?」 「お待たせしました、姫様」  キッチンからクララとミアが料理をもってやってきた。 「クララ、ちゃん付けはもう止めてって言ってるじゃない」 「あら、ごめんなさいねフィーナちゃん。いつもの癖で」 「言ってる側から・・・」  そのやりとりを見て達哉が笑ってる。 「もぅ・・・達哉、私知ってるんだからね?」 「な、なにを?」 「さぁ、何の事かしらね、達哉ちゃん」 「う」  達哉はクララにそう呼ばれている話をミアから聞いていた。 「フィーナちゃんの旦那さんなら、私の子同然、だから達哉ちゃん」  それがクララの持論だった。 「そ、そんなことより誕生会始めよう」 「そうね、これ以上この話題は続けたくないようね、達哉ちゃん」 「フィーナっ」 「ふふっ」  この日の夕食は地球の食材も使われた地球の料理がメインだった。  クララの新作は月の食材を使ったパスタだった。  食べ慣れた食材だけど、なぜだか懐かしい味がした。 「それでは姫様、麻衣さんからのプレゼントで作った新作のジャムです」 「最高の出来よ」  クララが満面な笑顔で差し出してくれたのは、桃色の果実がたくさん入っていた。 「この香りは・・・」 「白桃だな」  達哉もこのジャムの香りにすぐ気付いたようだ。 「さ、姫様」  ヨーグルトの上に添えられた白桃のジャム。  私はスプーンですくって口に運ぶ。 「・・・甘くて美味しいわ」 「美味いな」 「よかったです」  ミアが肩をなで下ろした。 「お休みなさいませ、フィーナちゃん」  私と達哉はゲストルームに通された。 「・・・」 「・・・」  いかにも準備されたこの展開に、私も達哉も苦笑いするしかなかった。 「ミア、そろそろカレンが迎えに来る頃かしら?」 「カレン様は明日朝一番でお迎えに来られるそうです。ですから姫様はこちらで  泊まっていってください」 「達哉ちゃんも泊まっていくんでしょ?」 「え?」 「あら? フィーナちゃんをひとりぼっちにして帰るのかしら?」 「まったく、クララさんには敵わないな」 「そうね」  二人でベットに並んで座る。 「・・・」 「・・・」  良い雰囲気なのに、この先に進めない。  それは、ここがクララの、ミアの家だからかもしれない。  これが私の部屋なら音を気にすることなく出来るのに・・・ 「たまにはただ一緒に寝るだけでもいいかもしれないな」 「・・・そうね」  達哉の温もりに抱かれて眠れる、それはとても幸せなこと。  それだけで暖かい気持ちになってきっと穏やかに眠れることだろう。  でも・・・達哉がいてくれるのにそれだけなんて嫌。  抱いて欲しい、力一杯愛して欲しい。  けど、それは私から口には出せない。  だってはしたない女と思われたくないから・・・ 「でもさ、フィーナ。やっぱりそれは無理みたいだ」 「達哉?」 「俺はフィーナを抱きたい、力一杯愛したい・・・いいかい?」 「達哉・・・」  達哉も私と同じ気持ちでいてくれている。通じ合ってる事がとても嬉しい。 「私も抱かれたい、愛されたいわ。そして私も力一杯愛したい」 「フィーナ」 「達哉」  触れ合うだけのキス。 「んっ」  私はそのままベットに押し倒される、達哉の重みが心地よい。 「誕生日おめでとう、フィーナ」  耳元でそっと囁かれるお祝いの言葉。  もう私の言葉はいらなかった。
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