穢翼のユースティア SS 愛願のユースティア
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穢翼のユースティア SS 愛願のユースティア
・穢翼のユースティア aftershortstory 「愛願のユースティア」 ・epilogue 「運命・・・か」  俺は王城の中を歩きながら、その言葉の意味を考えていた。 「生まれ持った運命か」  あいつはそれをすごいって言ってたな。 「確かに凄かったぞ、俺だけじゃない、みんなの運命を変えたのだからな」  王城を抜けて貴族達の住む地区へと出てきた。  ここは戦場になってなかったから、町並みは綺麗なままだ。しかし下を見ると酷い有様だった。遠目でもわかる、街の惨状。それが戦争で起きた物だけじゃない。ルキウスが起こした人為的な崩落の後もある。  ・・・あの戦争に参加した牢獄民は、あの崩落に巻き込まれるのが運命だったのだろうか。 「・・・なら、俺の運命の先にある物は何なのだろうな」  グラン・フォルテで墜ちながら生きながらえ、男娼になりかけ、暗殺者に育て上げられ、フリーのなんでも屋として牢獄で暮らしてきた。  そのうち誰かと結婚でもしたのだろうか? 「結婚・・・か、全然想像も出来ないな」  今も、昔も、そしてきっとこの先も。 「だが、俺のする事は決まっている、まずはこの世界で生きることだ」  先は見えない、だが救ってくれた命だ。俺は生きなければいけない。  そのためにはまず・・・ 「家に帰るか」  貴族達の住む町並みの中程から王国軍を見かけるようになった。  このあたりは地形の関係上、軍が衝突出来る場所が少なく一度に戦える人数に限りがある。  だから王国軍の支援部隊や交代要員はこのあたりに待機していたのだろう。  俺はその間をすり抜けて、下層へと向かう。 「カイム?」  誰かが俺を呼ぶ声がした。 「なに、カイムだと?」 「カイム!」  どうやらここは戦場の最前線だった場所についたようだ。 「無事だったか、カイム」  真っ先に俺の所に来たのはリシアと、フィオネだった。 「あぁ、なんとかな。それよりも戦いはどうなった?」 「休戦だ、ノーヴァス・アイテルがこの状態では戦いも出来まい」 「確かにそうだな」  そのとき俺は通路の端の方で倒れてる遺体を見つけた。 「・・・システィナか」  その遺体には両腕は無かった、だがそれだけだ。 「彼女は私の兄と同じだった」 「そうか・・・」  フィオネの説明で理解した、システィナはあの薬を飲んだのだろう。  だが、フィオネの兄の時と違い、見た限り遺体にあの薬の後遺症らしきものは見あたらない。 「浄化されたのか」  俺はフィオネのそばに寄る、そしてそっと目を閉じる。  せめて、向こう側でルキウスと一緒になれることを祈る。 「よぉ、カイム。生きてたか」 「ジーク」  俺の姿を見つけたのか、牢獄の軍の方からジークが来た。 「カイム?」  エリスやコレット、ラヴィリアもやってきた。 「カイム、御子はどうなされたのですか?」 「コレットならわかってるだろう」 「・・・やっぱり」 「どういうことだ、カイム。嬢ちゃんが居ないことが関係あるのか?」 「そうだぞ、カイム。おまえはティアを助けに行ったのではなかったのか?」  俺達の会話にリシアとフィオネも加わってきた。 「そうだな・・・すこし時間がかかる、どこかの部屋で話そう、シリアもジークもそれでいいか?」 「わかった、すぐに部屋を用意させる」 「いいだろう、オズ。しばらくは下層で待機だ、指示したらすぐに戻ってこい」  周りがあわただしくなる中、俺は空を見上げた。  そこにいるであろう、ティアを見るように・・・
Intermission.ジーク 「これが俺が知っていることのすべてだ」  カイムは起きた出来事をすべて話し終えた。  その内容をこの場で聞いてた人物は声一つあげることなく沈黙している。  俺もすぐには声が出せなかった。  俺は懐から葉巻を取り出す、エリスに調合させた気を落ち着かせるための薬草の煙草だ。  その煙を肺に流し込み、長い息を吐く。 「参ったな・・・どう説明すればいいんだかな」  思わず出た愚痴に誰も返事はしない・・・ 「そのままで良いんじゃないか?」  と、思ったらカイムはそんなのんきなことを言い出した。  カイムのその反応を見て、俺の気持ちは軽くなった。 「全く、おまえは相変わらずだな」 「そうか?」 「あぁ、カイムの話はこの国をひっくり返すほどの物なんだぞ? まぁ、大地に降りてるから実際ひっくり返ることはないだろうがな」 「そりゃそうだ」  俺とカイムのやりとりに、場の空気が和らいだのがわかった。 「だがな、この話をしても誰もが信じるとは限らないな。実際に戦争は起きた、犠牲も出た。その裏で起きた真実の戦いなんぞ、前線の兵士には何も関係ないんだからな」  俺は煙草の煙を吸い込んで、吐き出す。 「それにな、誰もが信仰してた聖イレーヌ教、それがまやかしであった。最初の聞いたとき俺だって疑ったさ。だがな、あのときと今は状況が違いすぎる」  牢獄でも信仰されているイレーヌ教、その根底までもが崩されている中ので、大地への落下。  何処をどうやって収拾していけばいいのかわからないほど、状況は悪かった。 「戦争の勝敗をはっきりさせてから収拾にあたった方が良いかもな」 「戦争の勝敗・・・」  俺の言葉に国王殿下は気づいたように、そう漏らす。 「そうだな、やっぱりここは国王の首を差し出して負けを認めてもらえればこちらとしては楽、なのだけどな」  俺の言葉に、机の反対側に座る国王側があわただしくなる。 「だが、俺はせっかく戻ってきた親友を失いたくないからな。この話は今後しない」 「え?」  国王殿下はきょとんとしている。こうしてみれば年相応の少女だとわかる。  俺の好み的にはもう少し・・・いや、それは関係ないな。 「しかし、どう説明すれば収まるんだかな。オズ、良い案は・・・あるわけないな」  さすがのオズであっても、これを納める案は簡単には出ないだろう。 「でしたら、その役は私、第29代聖女イレーヌがお引き受けます。」 「嬢ちゃん?」 「今の話は最後の天使である御子のお話、その話は後生に伝えなくては行けません」 「まぁ、たしかにそうだろうが、伝えるも何も混乱を収めないことにはどうしようもないだろう」  ただいまの話を公開しただけでは混乱は収まらない、そのことくらいすぐにわかるだろうに。 「大丈夫です」  そう言うとにっこりと笑う、元聖女様。 「最後の天使と、その天使を救った英雄の話、ちゃんと伝えてみせます」 「英雄、か・・・確かに偶像を立てるのは良いかもな」 「コレット、英雄って誰か居たのか?」  カイムの言葉にこの会見場にいた誰もが一斉にため息をついた。 「な、なんだ?」 「カイム、おまえはやっぱりカイムだよ」 「どういうことだよ、ジーク」 「そのまんまさ、まったく変わったようで変わって無くて安心したよ」 「よくわからないが、ジークが俺をからかってるのだけはよくわかった」 「くくっ、悪い悪い、後で酒をおごってやるから許せ」  おかしくなって笑うのをこらえるのに必死になりながら返事をする。 「オズ、戻るぞ。聖女様と伝記を作らないと行けないからな。国王殿下、後で経過を公表する。何ならそっちからも人をよこしてくれても良いが」 「なら私が行こう」  横に仕えていた騎士、あれは羽狩りの隊長だったな。その女騎士が名乗りを上げる。 「よし、それじゃぁこの席はこれでお開きだ。よろしいですかな、国王殿下?」  こうして戦いは終戦を迎え、復興に向かってこの世界は動き出した。
feat.リシア 「待っていたぞ、名も無き英雄殿」 「勘弁してくれ」  カイムを部屋に招き入れながら、私は戸棚の奥にある上質の火酒を取り出す。 「まずはどうだ?」 「気が利くじゃないか、でも良いのか?」 「かまわん、私が良いと言ってるのだからな」 「なら戴こう」  木製のジョッキに火酒を注ぎ、二人で飲み干す。 「昼間から酒とは良い身分だな、国王殿下?」 「さっきの仕返しか、カイム」 「そんなところだ」  カイムは手近なソファに座って足を組む。相変わらずだ。 「それで、用件を聞こう」 「あぁ・・・」  カイムを今日呼んだのはとある用件を伝えるためだった。 「・・・」 「どうした?」  なかなか言い出せない私をカイムが心配する、というか促す。 「・・・カイム、単刀直入に言おう。私の片腕にならないか?」  あの戦争が終わってからずっと考えていた。今の私に必要な物は何かということを。  近衛騎士のヴァリアスを失い、いずれは敵になるかと思ってたルキウスは私の予想を遙かに超えた早さで敵に回った。  そして起きた戦争に負けはしなかったものの、勝利も無い。今は休戦中ということになっている。  どちらの軍も戦いを続けるより、今の状況回復を優先したのだ。  非常事態となった王城では連日会議が行われ、ルキウスが作ってあった案を元に上層・下層・被災区すべてにおいての復興支援も始まっている。  その提案すべてに私は関わり、了承し、時には改案もしているが、とてもじゃないが人手が足りない。私がいかに力不足かを思い知るだけだった。そのとき思い浮かんだのがカイムだ。  出会ったときから私を励まし、叱咤し、時には見放してまで私の為を思った行動をとってくれたカイム。  それはとても厳しく、逃げようとした私の逃げ道に立ちふさがる事もあった。  だからこそ、おまえが欲しいのだ、カイム。 「ふぅ・・・なら俺も単刀直入に答えよう、リシア。断る」 「どうしてもか?」 「あぁ、俺がリシアの近くて表に出るわけには行かないからな。それはマイナス要素でしかない」 「私は気にしないぞ?」 「リシアがそう思っても貴族達はそう思うまい。今の俺は前以上に立場が悪化しているんだ」  確かに王城でのカイムの立場は悪い。元暗殺者という肩書きは一部の物しか知らないが、ルキウスがつれてきた者、という点が一番悪化している。  先の戦争の件で国はギルバルトとルキウスを一級反逆罪で告訴、家名の没収を告知している。  すでに亡くなっている人物だが、責任をとってもらう必要があったからだ。  そのルキウスがつれてきた者、それだけで王城では忌み嫌われている。 「だから、リシアの片腕にはなれない。だが、俺は約束は守るさ」 「カイム?」 「俺はいつでもリシアの味方だ、おまえが助けを求めるなら必ず助ける。」  それでは足りない、私のそばで私を支えて欲しい! 「・・・わかった、助けが必要なときには遠慮なく助けてもらうぞ」  心の叫びとは違う言葉が口から出る。国王という役職になれてきた証拠だなと思う。 「それじゃぁ俺は一度帰る、何かあったらすぐに呼んでくれ」 「頼むぞ」 「リシア、火酒美味かったぞ」  そう言うと部屋から出ていった、今の時間の衛兵は真実を知る近衛騎士なのでカイムが出ていっても何も問題はない。 「カイム・・・」  片腕になれと言ったさっきの言葉は、確かに真実だ。だが、思いのすべてではない。  伴侶になれ、本当はそう言いたかった。 「だが、出来るわけない。カイムの答えは決まっているのだからな」  私はバルコニーに出て夜空を見上げた、そうしないと何かが流れ出ていきそうだったから・・・
feat.フィオネ 「陛下はなんと仰られたのだ?」 「手伝いを頼まれただけさ」  カイムを送っていく時に陛下の話を聞いてみた。 「それだけか?」 「あぁ、牢獄のしがない何でも屋に頼むくらいだ、大したことじゃないさ」  それは違う、と言いかけて口を閉じる。  陛下はカイムを信用し、信頼している。もしかするとそれ以上の思いも持っているかもしれない。 「それで、カイムはどう答えたのだ?」 「断る理由もないしな、出来ることは手伝う事にした」 「そうか・・・」  私はその場に居なかったが、カイムの事だ、上手くごまかしたのだろうな。  本当にごまかし切れたのかはわからないが。 「それで今夜はどうするのだ?」 「今日は家に帰る」 「今からか? 下に着く頃にはかなり遅いぞ?」 「いつものことさ」 「・・・なら、今夜は私の家に泊まっていくといい」 「おいおい、王城での俺の立場を知っているだろう? やめておけ」 「かまわない、私はそんな噂より、私自身の真実を見る目を信じる」 「そうか・・・ありがとな、フィオネ」 「な、なにを!?」  カイムは礼を言うと私の頭を撫でる、それは黒羽事件の時以来だった。 「おっと、すまない、つい」 「つい、で頭を撫でるな!」 「すまんすまん、お詫びに今夜の飯は俺が作ろう。材料があれば、だが」 「買い置きはある」 「なら、早速行こうか」  簡単な食事を終えた私たちはソファに座って火酒を飲んでいた。 「いいのか? 酒を飲んで」 「カイムが勧めたのではないか」 「前はそれで怒ってたよな」 「あのときは勤務中だったからな、今はプライベートだ」  私はグラスをあおる。  初めての時は苦いだけかと思った火酒もなれてくればその苦みが美味く感じる。 「プライベートなら何も言うまい、と言いたいが飲み過ぎじゃないか?」 「大丈夫だ」  確かにいつもより飲むペースは早い、だが今日はいつにもまして美味しく感じるのだから仕方がない。 「・・・一人じゃないからな」 「ん? 何か言ったか?」 「なんでもない、大丈夫だ」  兄が行方不明になってからずっと一人だった私をカイムは励ましてくれた。そして兄の為に力を貸してくれた。あのときは交換条件もあったからカイムにとっては仕方がなかったのかもしれない。 「・・・なぁ、カイム」 「なんだ?」 「あのとき、私を挑発したのは何故だ?」  兄の死の時のカイムの挑発、あの時は気づかなかったが、落ち着いてきた今ならわかる。私の為だったことが。 「俺がいつフィオネを挑発・・・って、何度もしたっけな」  カイムが火酒を飲むのを見て私もグラスを口元に運ぶ。 「そうだな・・・からかうとおもしろかったからだな」 「なっ!」  カイムの返答は予想外だった。 「おもしろいって・・・それだけで私を挑発してたのか?」 「あぁ、すまなかったな」 「・・・」  カイムの顔を見て私はそれ以上言えなかった。なぜだかそれ以上言うことが出来ない・・・代わりに浮かんできたことは私の本心。 「カイム、私は・・・」  立ち上がった私の足がふらつく。 「もう夜も遅い、話はまた今度にしよう。フィオネ、部屋へは自分で戻れるか」 「それくらい出来る、気にするな」 「あぁ、わかった。お休み、フィオネ」  部屋を出る直前にカイムが何かを喋った、だが私はそれを聞き取ることが出来なかった。
feat.ラヴィリア 「お疲れさまです、コレット」 「ありがとう、ラヴィ」  私はコレットにタオルと飲み物を渡す。  今日も民衆の皆様の前での演説が続く、今はそんな毎日だった。  カイム様がすべてを語ってくれたあのときから、コレットは少し変わった。  初代イレーヌ様と、ユースティア様の事の事実すべてを後生に伝えていこう、そうコレットは私に話してくれた。  それは、今まで信仰してきた聖イレーヌ教を捨てる、ということでもある。  聖職者がそう簡単に信仰を変えることは普通は出来ない、けどコレットは違った。 「聖イレーヌ教の信仰でこの大地が空に浮いていた訳ではありませんし、もう大地は地に落ちたのです。イレーヌ教は必要ありません」  私の問いにコレットは驚くくらいあっさりそう答えた。  元々、自身の信仰を信じていたコレットにはイレーヌ教を捨てることに何も問題はなかったようだ。 「私は、私の心の赴くままに、御子様の思いを信じます」  御子様、カイム様の話では天使として覚醒したユースティア様。  覚醒してすぐにそのすべての力を使いこの大地を安全に着地させ、古の神々が放ったという古代の呪いにまみれた地上すべてを浄化された最後の天使。 「ラヴィ、私はこれから一生をかけてこの事実を皆に説いていきます。良ければ・・・ですけど」 「コレット?」 「わ、私についてきてはくれないでしょう・・・か?」  その様子は聖女イレーヌではなく、私のよく知る友人のコレットだった。 「コレット、何を馬鹿なことを言うのですか」 「ば、馬鹿なことですって?」 「そんなこと聞くまでも無いです、私はコレットを大事な親友ですよ。言われなくてもついていきます」  その言葉にコレットの顔が泣きそうになる。 「ふふっ、コレットを一人すると何をするかわからなくて心配ですもの」 「わ、私はそんなに心配されるような事はしていません!」 「そうかしら?」 「そうです!」 「それよりも今日は帰りましょうか、もう説法の予定はないのですから」 「ラヴィ、話を聞きなさい!」  帰り支度をする私の後ろでコレットが不満そうに叫んでいた。  家への帰り道をコレットと二人で歩く。 「カイム様、そんなに後ろを歩かなくても良いのですよ」 「気にするな」  カイム様はこうして護衛の仕事を請け負ってくださいます。そのときはたいてい私たちの後ろからついてくるだけです。何か問題がありそうなときは私たちを追い越して前に立ってくださいますので安心です。  コレットと私と、カイム様、三人の影が私たちの前にあります。  カイム様は後ろにいるおかげで、三人の影の高さが同じくらいになっています。 「・・・カイム様」  私は後ろを振り返らずに、カイム様の事を思います。  初めて牢獄に来た私を助けてくれた、それはただの成り行きだったのかもしれない。  でも、その後聖堂に来てくださった後のカイム様はコレットを、私を何度も助けてくださった。  この大地に身を投げる私達さえ、救って下さった。そのおかげでこうして私もコレットも今を、新しい世界を生きていける。  コレットは自身の道を歩き始めた。私はそれを手伝っていくことに決めた。  では、カイム様は?  ユースティア様がいなくなられて、今は牢獄の何でも屋をされているカイム様。  時折、寂しそうに空を見上げるカイム様を見ると、胸が締め付けられる。  私は、そんなカイム様をお救い出来るのだろうか?  コレットなら出来るのだろうか? そう思うと胸に別な痛みが走る。 「ラヴィ、どうしたのですか?」 「い、いえ、なんでもありません」  私はちらっと振り返る。 「どうした?」 「い、いえ・・・」  いつものようにカイム様が後ろについて下さってるのを確認して、ほっとする。  カイム様・・・カイム様は私たちを同じ道を歩いてはいただけないのでしょうか?  聞きたくても聞けない願いを、私は胸の中にしまい込んだ。
feat.コレット 「カイム、久しぶりに勝負しませんか?」  送っていただいたお礼と、部屋にお通しし簡単な食べ物とお酒を用意した席で、私は勝負を持ちかけます。 「部屋に通されたときから何かあるかと思ったけどな、それくらいいいぞ」  カイムは火酒を飲みながら、盤上に駒を並べます。私も自分の陣地に駒を並べます。 「先手でいいぞ」 「後悔しますよ?」 「後悔させてみてくれ」 「はい」  私は初手を動かした後、すぐに喉を潤す。 「おいおい、聖職者が酒を飲んで良いのか?」 「かまいません、聖戒は私が作ったのですから。それにカイムは私が聖女の時に勧めたではないですか」 「そうだったな・・・って新しいのはコレットが作ったのか?」 「はい、新しい信仰の聖戒はコレットが作り直しました」 「そういうもんなのかね」 「かまいません、私が始めたのですから」 「ま、確かに」  聖女の祈りで空に都市をとどめる聖イレーヌ教、すでに大地に降りた今この教えは不要。だけど私の信仰は偽り無く今でもある。いえ、最初からそうだったのです。私が声を聞いた御子、最後の天使、ユースティア様。  あの事件の顛末を伝記として発表し、その中で私は聖イレーヌ教の偽りをも公開した。そして私の中にある信仰と、最後の天使様に感謝を捧げること。  それが新しい宗教。聖ユースティア教。私はユースティア教の聖女ではなく、一聖職者として感謝の祈りを捧げていく。 「チェックだ」 「え? まだまだです」 「そうくると思った、チェックメイトだ」  惜しいところまで来たと思ったのですが、結果は私の負けでした。 「さて、もう一回やるか?」 「えぇ、負けてばかりでは悔しいですから」 「相変わらずだ」 「はい、では次の勝負で賭をしましょう」 「賭? というより聖職者が賭なんてしていいのか?」 「聖戒に賭を咎める文面はありません」 「・・・だいじょうぶなのか、この宗教」 「かまいません、私が勝ったらカイム、貴方をもらいます」 「こ、コレット!?」  ラヴィリアが驚きの声をあげる。 「それで、俺が勝ったらどうするんだ?」 「私の身体を差し上げます」 「コレット!?」 「・・・はぁ、あのなコレット。賭ってのはな、お互いの危険とそれに伴う報酬があるものだ。今回の賭はどっちにしろ結果は一緒だろう」 「どちらに主導があるかが全く違います」 「それに、俺が賭に乗らないってこともあるんだぞ?」 「カイムなら受けてたつと信じています」 「根拠は?」 「根拠は・・・なんとなくです」 「なんとなく、か・・・コレット、いつのまにか成長してたんだな」 「な、なにを仰るのです?」 「一度勝負をさせてからの賭だからな、全く恐ろしい聖職者様だな・・・  良いだろう、勝負を受けよう。だがコレットには賭の上乗せをしてもらおう」 「賭を持ち出したのは私です、それくらいかまいません」 「なら、自由にして良い身体はコレットだけじゃなく、ラヴィリアもだ」 「か、カイム様っ!?」 「望むところです」 「コレット、勝手に決めないで下さい!!」 「かまわないのではありませんか? ラヴィの思いもこの勝負にのせます」 「コレット・・・うん、わかった。私はコレットを信じます」  私のために尽くしてくれたラヴィに少しでも恩を・・・いえ、大好きなラヴィと大好きなカイムと一緒に同じ道を歩むために。私は負けられない勝負に挑む。 「本気の勝負だからな、先攻はコインで決めるぞ」
feat.エリス  眠ってるカイムを起こさないよう、部屋に入る。 「本当、心を許してる相手には無防備よね・・・これって私も望みがあるって事かしら」  持ってきた食材をもって台所へ立つ、まだ私は完全に料理は出来ないからパンに具材を挟む物しか作れないけど、それだけに材料は吟味してきている。  作り終わったパンを机の上に並べ、奥からワインを取り出して準備完了。 「カイム、そろそろ起きて」 「ん・・・エリスか?」 「おはよう、カイム。目覚めのキス」 「冗談はよせ」 「もぅ」  カイムは起きあがると部屋から出ていった。共同の水場で顔を洗ってくるのだろう。 「・・・エリスが作ったのか?」 「えぇ、もちろん愛するカイムの為だもの」 「愛するところはおいておくとして、ありがとう、戴くよ」 「・・・うん」  最近のカイムはたまに素直になる、そのときの言葉は以前と違ってまっすぐに私に向けられてくる。それがとても照れくさい、けどうれしかった。 「・・・まだまだだな」 「カイム、持ち上げておいて落とすのは良くないわよ」 「事実だからな」 「いつかは満足させてみせるから」 「あぁ、期待しないで待ってる」  どんなに美味しい具材を使っても私の腕はまだまだ低い。医者の傍らに勉強しているけどなかなか上達はしなかった。 「ごちそうさま・・・しかし毎朝大変だろう? 別に俺のことはかまわなくても良いんだぞ?」 「良いの、昔からカイムの食事は私が作ることになってたじゃない」 「そうだったが、今のエリスは俺の物じゃないんだ、だからあのときの約束は」 「いいの、私とカイムが対等なら私が好きでやってる事に何か文句ある?」 「・・・いや、ない」  あの戦争の集結の直前に私は、カイムに私の身請け代金をすべて返す事ができた。  だから私はカイムの物じゃなくなった。エリス・フローラリアという一人の人間になれた。  そして戦争が終わってカイムが生きて戻ってきた。  そのとき私の気持ちは変わっていないことに気づいた。  カイムに依存してた私、カイムの物という場所に安心をしていた私。だからカイムが好きで、居場所をなくさないためにカイムの妻を名乗ってた私。  それがすべて消えても、私の気持ちは変わらなかった。  一人の人間になれて、最初の気持ちはカイムが好きだと言うこと。この気持ちだけは誰にも負けたくなかった。  羽狩りの騎士にも、聖女にもそのお付きにも、たとえ王女相手でも負ける気はしない。  でも・・・ 「今日もいい天気になりそうだな」  カイムは窓を開けて空を見上げる。あの戦争の後からカイムがよくする仕草だ。 「今日はどうするの?」 「そうだな・・・今日は予定もないし大地へ降りてみるつもりだ。どこか畑になるような土地でもあるかどうか探してみる」  最近、カイムは畑仕事を始めようとしている。 「そんなの国に任せておけばいいじゃない」  国も都市の周りを畑にする計画を立てていて、牢獄の失業者を雇って開拓するつもりでいる。収穫が出来るまで生活が保証されるこの計画、働き口の無い牢獄民はそれに飛びつくことだろう。 「俺も、好きに生きようかと思ってるんだ。後悔しないようにな」 「なら私も行く」 「それはかまわないが、エリスの予定はちゃんと開いてるんだろうな?」 「・・・」  医者としての私は多忙で、一日カイムにつきあうほどの余裕はない。 「そう言うことだ、それじゃぁまた後でな、エリス」  カイムはそう言うと部屋から出ていった。  私は開け放たれた窓からカイムと同じように空を見上げた。 「いくらアプローチをかけてもかわされるだけ・・・小動物のせいよ」  私はため息をついた。 「勝ち逃げなんてずるいわよ」  届かない思いを空にぶつけた。
feat.ティア  カイムさんを救うために、わたしはすべての力を振り絞りました。  墜ちていく大地を支え、昔神様が放った呪いの大地を浄化して、浄化した大地に天使の力を送り込みました。  そうして、カイムさんを救うことが出来ました。  大地が墜ちた直後はカイムさんとお話できたのですが、力と身体を失った私の意識は、だんだん薄くなってきました。  消えるのではなく、薄く平べったくのばされてのばされて、のばされた一つがもうわたしを認識できないくらいになるくらいのばされていく感覚。  あぁ、こうしてわたしは空と水と大地に同化していくんだな、って何となく理解できました。  この世界の何処にでもわたしは存在する、けど、それは逆に何処にも存在しないのと一緒。  そう思うと怖くなってきました。  カイムさんを助けることが出来てこうなったことは後悔していません。  でも・・・  カイムさんともっと一緒に過ごしたかったです・・・  ・・・あれ?  今までわたしはどうしていたのでしょう?  もうわたしは自然と同化して消えたかと思ってたのですが、今こうして考えることが出来ます。  天使の力が・・・少しだけ戻ってきてる? 何かあったのでしょうか?  そっと世界を覗いてみることにしました。  真っ先に見えてきたのは、聖女様です。 「私は、私の信仰を信じます。最後の天使であるユースティア様の願いを伝える為に」  ・・・え? 最後の天使の・・・ユースティア様? もしかしてわたし? 「祈りましょう、ユースティア様と名も無き英雄の為に」  名も無き英雄? 誰のことでしょう。  わたしにとって英雄はカイムさんです。ということは、カイムさんの事なのでしょうか? なんで名前が無いのでしょう?  ふと、視線を感じたのでわたしは振り返ってみました。  そこは王城のバルコニー、あそこにいらっしゃるのは王女様です。  空を見上げる王女様の視線は私の向いてます、私のことは見えないと思うのですけど・・・ 「カイム・・・」  王女様のつぶやきが聞こえてきました、そして顔を上げる王女様の目が潤んでいます。  その意味に気づかないほどわたしは鈍感ではありません。  本当なら焼き餅を焼くところでしょう、でもわたしは逆に安心しました。  わたしがいない世界でもカイムさんを愛してくださる方がいらっしゃる、ならカイムさんは幸せになれる。  私はカイムさんを救えて良かった、そう思います。  でも・・・心が痛む事を無視は出来ませんでした。 「カイム、勝負をしましょう。私が勝ったらカイムをもらいます」  え、えーーっ!?  聖女様、なななななんてことを!! カイムさんはどうされるんですか? って、勝負を受けるんですか!  そこまで一人で慌てても、今のわたしにはどうしようもありません。  って、なんでカイムさん賭の対象にラヴィリアさんまで加えるんですか? 「私はコレットを信じます」  ラヴィリアさんもラヴィリアさんです、そこで納得しないで下さい!!  そのときラヴィリアさんの思いも聞こえてきました。 「カイム様も信じています」  あ・・・そっか。  聖女様もラヴィリアさんもカイムさんのことを思ってらっしゃるのですね。  もぅ、カイムさん人気者過ぎます、見ている方がはらはらしちゃいます。  そう、思いながらも、心の片隅に走る痛みは無視出来なくなってきました・・・  あれは・・・羽狩りの隊長のフィオネさんです。  カイムさんを誘ってお酒を飲んでらっしゃいます。お酒って美味しかったっけ? 「カイム、私は・・・あ」  突然立ち上がったフィオネさんはそのまま足がもつれてカイムさんに倒れていきました。  もちろん紳士であるカイムさんは優しく受け止めます。  そっか、そういう手もあるんですね、わたしは覚えておくことにしました。 「フィオネ、今日はもう遅い、休むといい」  カイムさんは優しくフィオネさんを寝室に運んでから家を出ていってしまいました。 「カイム・・・私は!」  フィオネさんが誰もいなくなった部屋で叫びました、私は聞きたくなかったので耳をふさいだのですけど、聞こえてしまいました。  ・・・ 「最近カイム様、あまり遊びに来られなくなりましたわね」 「不能だから仕方がない」 「わわ、アイリスったらばっさり」 「今はいろいろとお忙しい時期ではありますけど、少しくらい顔を出してくださっても罰は当たらないと思いますわ」 「そーだね・・・はっ、もしかしてカイムは私たちのこと飽きたとか?」 「リサならあり得る」 「私だけっ!?」  リリウムのみなさんの会話も聞こえてきました・・・聞きたくないのに聞こえてきます。  どうしてこうなったのでしょう・・・わたしは、どうなるのでしょう?  そのとき、聞き慣れた呼び方で私は呼ばれました。 「小動物のせいよ・・・」  エリスさんです、ここはカイムさんのお部屋です。 「勝ち逃げなんてずるいわ、許せない」  勝ち逃げ? 「貴方はカイムを救ったつもりでしょうね、でもそこが間違えてるのよ!」  カイムさんを救ったことが間違え? そんなことは絶対にありません!  聞こえないのがわかっていても、こればかりは反論します。 「貴方はカイムを助けただけ、そのついでに私たちを助けただけ、ただそれだけ。本当にカイムを救ってなんかいない!」  本当に・・・救ってない? どういうことですか、エリスさん。 「結局カイムは小動物に操を立ててるわ、いなくなった小動物のせいよ!」  わたしの・・・せい? 「カイムをどんなに思っても、いなくなった貴方に敵うわけ無いじゃない! カイムを救うっていいながらカイムの心を一緒に連れて行って・・・勝ち逃げじゃない!」  そんな・・・わたしはカイムさんの心を連れて行ってなんかいません!  でも・・・今まで聞こえてきたみなさんの思いをカイムさんは誰一人受け止めてくれていませんでした。  それはやはり、エリスさんが言われるとおり私のせい、なのでしょうか?  カイムさん・・・わたしは、どうすればいいのでしょうか?  あってお話を聞きたいです、わたしのしたことは間違えてはいないって、ほめて欲しいです。  カイムさん・・・わたしは・・・ 「だから言ったのではありませんか。所詮男とはそう言う生き物なのです」  え・・・誰? この声はもしかして・・・ 「救う価値のある生き物ではないのです」  初代イレーヌ様・・・いえ、お母様? 「さぁ、今からでも遅くありません、ティアよ・・・」  嫌です、いくらお母様がそう言われても私は人を信じています。 「信じてるとはな、その信じてる人一人も救えないおまえに何が出来る?」  ちゃんと救ってみせます、どんなに時間がかかってもカイムさんを幸せにして見せます 「なら、ちゃんとやってみないと駄目よ、ティアちゃん」  え?  急に声の調子が変わりました。さっきまでの重々しい声ではなく軽い、でも優しい声。 「カイムの事、頼んだわよ!」  もしかして、メルトさん? 何処にいるんですか? メルトさん!  わたしの呼びかけにもう誰も答えてはくれませんでした。  でも、やるべき事だけはわかった気がします。それが、出来るかどうかはわかりません。けど、あきらめる気はありません。  カイムさん・・・わたしは、貴方を・・・
・prologue 「こんなものか・・・これで本当に上手く行くのだろうか?」  なれない畑作業を終え、近くに建てた小屋へと戻った。 「ふぅ・・・」  簡易ベットにそのまま倒れるように横になる。  あれからもうだいぶ立つな・・・  ノーヴァス・アイテルが大地に降りた事件は大きくこの国を変えることとなった。  一番変わったのは皆の信仰の元になっていた宗教だろう。  聖女の祈りで空に大地を浮かせていることが嘘だと公開された聖イレーヌ教は解体された。  その後国民のよりどころは、聖女コレットが語った最後の天使ユースティアの話だった。  その話は俺の体験した話を一部脚色し伝記として作られた物だ。  祈りを忘れ天使の力を私利私欲のために使おうとした一部の貴族、その事に絶望した地上に残った天使が復讐の為に生み出した最後の天使、ユースティア。  だが彼女は一人の青年と出会い人を愛するすばらしさをしり、母である天使の願いを拒絶した。  天使は絶望し、大地を地上に落とすことを決意した。しかし天使ユースティアはそれに抵抗し、力をすべて使い神々の呪いを浄化し、大地を無事に地上へと降ろした。  だが、力つきた天使ユースティアはその青年と共にこの世を去ってしまった。  ユースティア事変と呼ばれるこの事件のあらましで、ユースティアに愛を教えた青年は名も無き英雄と呼ばれるようになった。 「まったく、コレットもジークもリシアもよく考えたよな」  この話の大本は嘘じゃない。  唯一嘘の部分は、天使と共に力つきた青年、つまり俺の事だ。  俺自身別に隠れるつもりはないが、ユースティアを天使として奉りあげるのに俺の存在は邪魔だったわけだ。  だがそのおかげで俺はこの事件以降も自由気ままに生きることが出来た。  そう言う点では皆に感謝している。 「みんな、か・・・」  リシアはこの事変での反逆者の名前を公開した。ギルバルトとルキウスの二人だ。  その二人の家名を貴族から除名しすでにいない二人を一級反逆罪を適用し告訴した。  もっとも、この2名の家系はすでに誰もいないのでそれ以上の罪は適用されることはなかった。  その後は国の復興に力を入れている。  今俺が耕した大地にある農地も、リシアが主導で行った計画によるものだった。  職を失った民に畑を任せる、収穫までの生活は保障すると言うことだ。  一時的に国は多大な出費をすることだろうが、将来的に見れば投資となることだろう。  フィオネはリシア付きの近衛騎士となった。  国内の治安維持活動を指揮しながら、常にリシアとともにいる。  女同士、リシアもフィオネと居るときは気が休まる時もあるのだろう。    コレットとラヴィリアは生き残った聖職者達をまとめて新たな心のよりどころ、聖ユースティア教を設立し天使の思いと願いを説き、感謝の祈りを捧げている。  聖女ではなく一聖職者としてのコレットは以前より自然な形で教えを説いている。  ラヴィリアとの仲も良いようで、二人いつも一緒にいるそうだ。  エリスは医者を続けながら料理の特訓をしている。  特訓の成果といってよく俺に出来た料理を持ってきては味見させられている。  最近やっとまともに食べれる物が出来るようになってきたのには正直驚いた。  まだまだ先代にはほど遠いけど、近い内に酒場を開くって言ってたな。  ジーク達は相変わらず牢獄地区での治安維持をしながら、今は王室との交流も持っている。  リシアは必要悪という位置づけでジーク達の活動を黙認している。  そのことは最初にジークに包み隠さず伝えており、それをジークも了承している。  いずれは娼婦という職が無くなるときが来るかもしれない、けどそれまではこの仕事を続けると笑いながら言ってた。 「みんな、それぞれ未来を見つめてるんだな」  そう言う俺だって、こうして畑を耕し、時間がとれれば何でも屋の仕事もこなす。 「だが、俺は今を生きるだけだ」  俺にはみんなと違って未来が見えなかった。  リシアの誘いにのり王城で働く俺。  フィオネの思いを受け止め、一緒に治安維持の仕事に就く俺。  コレットとラヴィリアと三人で天使の教えを説きながらささやかに過ごす俺。  エリスと共に昔みたいに不蝕金鎖の下請けをしながら過ごす俺。 「どれも俺にあってるようで、どれも俺にあっていない・・・」  そんな俺がこうして畑を耕す理由は、夢だった。  いつ見たか覚えてない夢。  ティアと小さな小屋で過ごす未来。  麦を育てながら、山羊を飼い、鶏の産む卵で朝食をとる、そんなささやか夢。 「・・・なさけないな、俺がそんな夢にすがるしかないだなんてな」  だが、未来が見えない俺が選んだ道はこの道だ、それも酷く険しい道だ。  何でも屋とはいえ、さすがに農業の経験は無い、知り得る限りの話を聞き、国の政策に参加し、こうしてやっと畑を耕す所まで来た。  実際この先麦が上手く育つかどうかはわからない。 「それでもやるしかないさ」  一度空っぽになった俺だ、今なら何でも詰め込めるだろうさ・・・ 「・・・もう寝るか」  特にすることも無いし、あまり食欲もない。今夜はもう寝る事にしよう。  俺はそのまま毛布をかぶり、眠る事にした。  眠りに落ちる直前、桃色の髪の少女が見えた気がした・・・ 「ん・・・もう朝か?」  窓から朝日の光が入ってきている。牢獄に居た頃は家々が密集してたので陽が家の中に注ぐ時間などほとんどなかった。だが、今はこれが当たり前だ。 「・・・?」  毛布の中が妙に暖かい、というか誰かが潜り込んできているようだ。寝起きの頭のせいで今の今まで全く気づかなかった。 「ったく、誰だ」  俺はかけてあった毛布を勢いよくめくった。 「っ! ティア!?」  そこにはティアが一糸まとわぬ姿で丸くなって眠っていた。 「ん・・・カイムさん、まだ朝早いですぅ、もう少し寝かせて下さい」 「ティア、本当にティアなのか?」  俺はティアの肩をつかんで揺さぶる。 「んー・・・あ、カイムさんおはようございます」 「ティア!」  俺はティアを抱きしめた。 「わわ、カイムさん?」 「本物・・・なんだな?」 「・・・はい、自信はありませんけど」  その言い方が実にティアらしい。 「おかえり、ティア」 「ただいま帰りました、カイムさん」  ティアも俺の背中に手を回す、その温かさを体中で受け止めながら、そっと唇を重ねた。 「・・・って、えええええぇぇ?」  キスの後ティアは急に騒ぎ出した。 「どうした?」 「なんで私、裸なんですか!?」 「知るか、最初から何も着てなかったぞ」 「どうして教えてくれなかったんですか!」 「別に俺は気にしてないぞ」 「私が気にします!!」  そう言うとティアは毛布を身体に巻き付けた。 「もぅ、カイムさんのえっち!」 「俺のせいか?」 「はい、だってカイムさんですから」 「どういう理屈だよ・・・」  前の家なら着替えが残っていたのだが、畑の横の小屋ではティアの着る服は無い。とりあえず俺のシャツをティアに渡した。 「えへへ、カイムさんのシャツです」  袖や裾が長いので、ティアの身体はシャツ一枚だけでも隠すのには十分だった。 「茶が入ったぞ」 「ありがとうございます、カイムさん」  カップを受け取ったティアは俺の煎れたお茶を飲む。 「美味しいです」 「そうか」  俺もベットに並んで座り、茶を飲む。 「・・・今回は夢じゃないんだよな」 「はい、今回は真実です」  ティアがそう言うなら本当なのだろう、また夢が覚めてしまうのではないかという危惧は無くなった。 「私は・・・あのとき世界の溶け込みました」 「ユースティア事変の時だな」 「え? なんですか、その事件の名前は?」 「そう言うことになってるんだ、もうあきらめろ」 「うぅ・・・なんだか悪いことをして歴史に名前が載ってしまった気分です」 「気にするな、それよりも話を聞かせてくれ」 「あ、はい。私はあのときの浄化で力を使い尽くしました、私自身が世界の一部となった・・・のだと思います」 「思う?」 「はい、あのときのことはよく思い出せないのです。だからあの後どうなったのか私自身わかりません」 「おい・・・」  これじゃいつぞやの時と同じだな。 「でも、声が聞こえた気がしました」 「声?」 「はい、エリスさんやフィオネさん、聖女様やラヴィリアさん、王女様の声も聞こえました」  声はあの事変でティアが関わった人ばかりだった。 「その声で私は目覚めた・・・のでしょうか?」 「俺に聞くな、わかるわけないだろう?」 「そうですよね、でもそのとき夢を見たのは覚えています」 「夢?」 「はい、今居るお家のような小屋でカイムさんと暮らしていて・・・」  そこでティアは顔を赤らめた。 「カイムさんのえっち」  その夢に心当たりはあった、ティアと暮らしていく夢だった。  そう、今の俺がすがっていた未来を見せてくれた夢だった。 「とても幸せな夢でした、私もカイムさんとその夢の続きをみたいと思いました。そして気づいたらここにいたんです」 「説明になってないな」 「はぅ・・・でもそれしか思い出せないんです。天使の力も今はどんな物だったか全然わかりません」 「そう言えば今は天使の力はあるのか?」 「たぶん全くないと思います」 「曖昧だな」 「ごめんなさい、よく覚えてないんです。でも、それで良いと思ってます。私はもう天使ではないのですから」  そう言って微笑むティアの笑顔は、天使そのものだった。  その笑顔が真剣な顔になる。 「それで、その・・・カイムさん。私はこれからどうすればいいのでしょうか?」 「・・・ティア、おまえは馬鹿か?」 「え?」  俺の返事にティアはぽかんとした顔になる。 「いいか、おまえは天使なんかじゃない、ただのユースティア・アストレアだ」 「ユースティア・アストレア・・・」 「だから俺の隣にずっと居ろ」 「・・・カイムさんの隣に居て、いいんですか?」 「俺が居ろといったんだ、おまえが気にする必要は無い」 「・・・はい、ありがとうございますカイムさん」  涙が一滴流れる、俺はそっとその涙を拭ってやる。 「ふつつか者ですがよろしくお願いします」 「あぁ、知ってる」 「そこは否定して下さい!」  今まで見えなかった俺の未来。  だから、夢で見た幻想にすがってた。  だが・・・もう未来は夢でも幻想でもなくなった。  俺は、ティアと共に未来を作る、ふくれっ面のティアの顔を見ながら、俺はその喜びをかみしめた。
奥付  穢翼のユースティア sideshortstory 愛願のユースティア                            2011年10月10日 初版  2012年10月 7日第2版  2021年 4月28日 web版  発行:時の棲む森 http://www.pluto.dti.ne.jp/~ayasaki/diary/  著者:早坂 充  同人誌版表紙挿絵:ブタベスト様 Sketches and company http://asrada.blog49.fc2.com/  スペシャルサンクス  August ARIA 様  この作品を読んでくださった皆様 ありがとうございました。
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