第13回関東臨床歯科麻酔懇話会          抄 録 開業医から見た歯科麻酔医の今後のあり方への1考察について          和歌山県 開業  山本 彰美  歯科麻酔医は他の一般歯科医師に対して、独特のプライドをもった方が多く見受けら れる。1昨年の日本歯科麻酔学会で、様々な分野からのシンポジストが集まって、それ ぞれの歯科麻酔医の役割が発表されたが、歯科麻酔の分野を、麻酔の経験をつんだ者の 聖域とするのでなく、地域の医療に役立てられるようにしていくために、関西における 歯科麻酔の現状等を交えながら、歯科麻酔医のあり方を開業医の立場から検討してみ る。 内  容  現在、日本歯科麻酔学会は発足以来、24年目を迎えその規模はますます大きく成って きております。歯科麻酔学というその特殊性からも、大学の歯科麻酔科が中心となっ て、学会の発展が遂げられてきました。  本来、麻酔は手術時の疼痛の除去、もしくはそのための手法と考えられていました が、近代医学の進歩により、外科手術の高度化がすすみ、手術時の患者の全身管理と生 命の保全のために、その専門職として発達してきた分野です。近年、歯科麻酔学は、高 齢者及び全身疾患を有するいわゆる有病者や寝たきり在宅患者らの歯科受診率の増加、 また心身障害者の歯科治療などから、その重要性は歯科医師すべてが認めるところであ ります。口腔外科の手術における麻酔管理はもちろんのこと、ほかにも顎顔面領域のペ インクリニックや救急医療などにおいてもその活躍は発展し続けています。  しかし、一方では学会総会および学術講演会に参加しない会員もどんどん増加する傾 向にあります。会員のほとんどが歯科医師であるという現実のため、歯科麻酔学を研鑽 した後、開業して地域医療に従事するものが会員数のかなりの比率を占めるようにもな ってきました。現在の学会の演題のセクションは、大部分の開業医会員には興味の持て ないものが多く、また単独の開業医会員の発表は、各大学の歯科麻酔学講座からのそれ らと比較されれば、内容も乏しく文章も稚拙な場合があります。それらもまた開業会員 が参加に消極的な理由かも知れません。彼らは開業認定医として様々なタイプに分かれ ます。地域における医療行政や歯科医師会の特殊歯科医療に携わったり、またそれらに はたらきかけているもの、そして自院で障害者歯科治療を積極的におこなっているもの などの活動的なタイプ、自分の医院では、モニターや問診に力を入れて歯科麻酔の知識 を活かしながら患者に接する中間型や、また反対に歯科麻酔認定医を麻酔研修のメモリ アルとしか考えていないような消極的タイプなどです。しかし現在の認定医更新制度を もってしても、その大多数が学会参加に対して意欲を失いつつあるということも事実で す。  歯科麻酔認定医は一般歯科医師に対して彼らとは違うんだ・全身麻酔の経験もあっ て、全身管理ができるんだと言う優越感を持っていて、ある一定のレベルを超えると、 ここから先は歯科麻酔の領域だから手出しするなというようなプライドが見うけられま す。それが現在の歯科麻酔学の地位をここまで高めた理由の一つでもありますが、一般 歯科技術に関しては、技量不足の感も否めません。  一方ではそれまでごく普通に歯科治療を行えた歯科医師が、軽度な有病者などに対し ても、洪水のような歯科麻酔領域の情報量に対処しきれず、消極的な治療内容になって しまったという弊害も多くでているという現実があります。医療訴訟の問題などのため それは仕方のないことだと言う考えも成り立ちますが、当然最大の被害者は患者自身な のです。  そういう意味から、1昨年の歯科麻酔学会のシンポジウムでの、様々な立場の歯科麻 酔医による報告は、歯科麻酔の将来を方向付ける意味でも、また今までの歯科麻酔学会 のあり方を見つめ直すという観点からも、大変タイムリーな企画であったと思われま す。  歯科麻酔学は基本的には麻酔学の1分野であることに違いありません。しかし医科の 麻酔専門医と歯科麻酔医の根本的な違いは認識しておく必要があります。当然麻酔その ものに関しては歯科麻酔医は、医科の最前線の臨床麻酔医にかなうはずがありません。 麻酔医である前に歯科医師である自覚が必要なのです。歯科の本流は、保存・補綴で す。経営的に見ても、それらが歯科における重要な収入源であります。私は、いくら医 学的には優れていても、経営的な裏付けが無ければ、医療とはいえないと思っていま す。つまり、満足な歯科治療もできずに、歯科麻酔認定医だとふんぞり返っていても、 それ単独では食べていくことすらなかなかできないのです。歯科麻酔医といって粋がっ ているつもりが、世間からは麻酔しかできない変な歯科医師だとほとんど相手にされて いないのが現実なのです。その点が見過ごされているのが、現在の重要な問題でもあり ます。  そこで歯科麻酔医だからこそできる歯科治療と、歯科界における歯科麻酔医の役割を 確立していく必要があり、そのためには歯科領域における他の学会に対しても、社会に 対してももっと存在性を対外的にアピールしていかなければなりません。歯科麻酔学会 の活動が、大学病院の手術室の中だけで活用されるようなものにするのでなく、もっと 歯科臨床全体に活かされていくような形として、取り組まなければならない時期だと思 います。  数年前から歯科医療における感染予防対策が、かなり重要な問題として歯科界を取り まいていますが、感染予防への社会的問題からも現在あるような活発な動きとなってき ました。同様に、いかにして楽に歯科治療を受けさせてあげられるかというテーマが 、 時流に乗って歯科界全体に広がっていくことになれば、歯科麻酔医はより重要な存在と なるわけです。歯科麻酔医が率先してやればこのテーマを歯科界に広げることができる と思います。当然、一般歯科医師に全身管理への関心を持たせ、とっさの時に脈に手が いくという常識を植え付けていくことにもつながります。  先のシンポジウムでも今回の会長の佐野先生が、発表された言葉ですが、麻酔は豊か な感性が要求される究極のサービス業であるということにつきると思います。歯科治療 において、患者への気配りがなされていなければ、いくら高度の歯科麻酔の技術や知識 を駆使した治療内容であったとしても、それは術者側の自己満足でしかなく、患者は不 信感をもったままで歯科治療をうけることになり、そこから生じる不安が患者の精神的 なリスクを増加させることになります。モニターに頼り、データや指標を重視するばか りで、心の管理のできていない治療は、乱暴な治療でしかありません。  今まで、歯科外来においては有病者や障害者などに対してのみ、歯科麻酔が注目され てきた感があり、鎮静法などは、特定の患者にのみ行うものだとの認識が今もって浸透 しています。そのためいきなり合併症をもつハイリスク患者に、なじみのない不慣れな 鎮静法を用いて、通常は問題にならない程度のごくわずかの患者の変化に戸惑い、失敗 するという最悪の結果になるわけです。そこに鎮静法も、歯科麻酔も普及しない大きな 原因があります。言い換えれば麻酔は究極のサービスであるという考え方を排斥してし まっているので、一般の患者には苦痛を我慢させてあたりまえというのが現実でありま す。笑気吸入鎮静法であろうが、静脈内鎮静法であろうが、患者に楽に治療を受けさせ てあげたいときが適応なのです。それをもっとも実行しやすい立場にあるのが歯科麻酔 医であると言えます。歯科医師1人の個人開業医であろうと、病院歯科医であろうと、 歯科麻酔認定医だから、できるのです。全身麻酔でない鎮静法による医療事故は、研修 を積んだ歯科麻酔医ならば必ず防げるものなのです。その状況下の医療事故はケアレス ミスから生じるものなのです。  続いて私の医院において、平成5年7月から平成8年4月までに笑気吸入鎮静法を用 いて歯科治療を行った後の感想をアンケート調査した結果を述べさせていただきます。 対象は18歳以上66才未満の男女909名で、平均年齢41,2才です。   内容説明 (笑気吸入鎮静法)  なおまた、関西地区における歯科医療の水準は、東京を中心とする関東圏のそれと比 べて、明らかに劣っています。保存・補綴・口腔外科はもちろんのこと、当然歯科麻酔 においても言えることであります。現在の情報化社会の日本にあっても、残念ながら事 実です。関西では歯科大学・歯学部は2校だけで他の地区からの情報も受け入れにく く、競争もないためでしょう。これらは、正確な資料も少なく推察の域を出ませんが、 笑気吸入鎮静法をとってみても、関東圏ではかなり用いられており、患者への思いやり に対する取り組みが、積極的なあらわれだと思われます。 これからは患者の求めている内容を分析し、その要求に応えられるような歯科医療をし ていく必要があります。それを検討して患者との信頼関係を深め、快適な歯科医療を提 供すれば、歯科疾患を初期段階でとどめ、予防はもちろんのこと口腔管理により快適な ライフスタイルを確立できるのです。それが再発する歯科疾患を減少させ、莫大な医療 費を減少させることにもつながるのだと思います。  今もう一度患者の立場に立った歯科医療というものを見直し、それにおける歯科麻酔 医の役割を考え直す時期が来ております。今年度の日本歯科麻酔学会は、「痛くなく、 快適で、安全な歯科治療」というテーマで開催されますが、今の歯科麻酔にとって本当 にタイムリーなテーマです。その学会の後で、開業歯科麻酔認定医フォーラムが行われ ます。地域における歯科麻酔を、開業医の立場からどのように活かしていくかというこ とに関心を持つメンバーが何人か集まり、横のネットワークを広げて情報交換及び討論 の場を持ちたいとの理由で、1年前から準備が進められてきました。開業認定医だけで なく、大学関係者や、病院歯科からの参加・発言も結構です。内容のあるものにしたい と思っております。  最後にこの関東臨床歯科麻酔懇話会が、一般開業医が身近に参加・発表できる場とし て今後の方向が打ち出された上で、このように活気のある素晴らしい懇話会となったこ とを大変喜ばしく、また羨ましく思います。そしてまた、この場でこのようなことを発 言する機会を与えてくださった佐野会長に深く感謝の意を表したいと思います。  これを持ちまして終わらせていただきます。有り難うございました。 山本 彰美