第22回日本歯科麻酔学会シンポジウム

「歯科麻酔学会認定医の現状と展望」   口演原稿

*望月でございます。

*現在、清水市にて開業しております。

*と申しましても、ほんの1年前に 父の診療所に合流したばかりで、全くの未熟者であります。

*それでも、実際に一般開業医の現場に入ってみて、認定医の立場の難しさを痛感 いたしておりますので、本日この場をいただきましたことを幸いに、若干の考察 を試みてみた、という次第であります。

*申すまでもないことですが、私たち歯科麻酔学会認定医は、

  全身管理を必要とするようなリスク患者の、安全な歯科治療に貢献しなければならない

 という自覚を持っております。

*しかし、開業現場に立ってみますと、私たち認定医が開業医として歯科医療に  たずさわる舞台は、予想以上に狭いように思います。やや大袈裟なことをいいますと、認定医の資格が『宝の持ち腐れ』になってしまうのではないか、という不安さえあるように思います。

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(スライド1 標榜認定医の割合

*今回の報告に際して、現在開業しておられる比較的若い世代の認定医の先生方約100人を対象として、私も小さいアンケートをさせていただきました。

*その主な目的は、『認定医』という資格が、開業現場でどのように認識されているか、を知ることにあります。

*このスライドは、調査結果の一部ですが、これによると

 約40%以上の先生方が、ご自分が『認定医』であることを、世間に知ってもらうように配慮している、ということがわかります。

*ところが、調査を進めてまいりますと、私が開業現場に入って痛感しておりますように、開業認定医の先生方のほとんどが『認定医』本来の役割を十分果たせずにいる、というより、無意識のうちに「腰が引けている」というような実態が明らかになってまいりました。

*その理由を端的に申し上げますと、『認定医』の役割を世間に十分理解してもらうことは結構なんですが、その結果として、いわゆる『リスク患者』が集中的にその診療所にやって来るようになりますと、開業基盤が崩壊の危機に瀕してしまう恐れが大きい...という現実があるからであります。

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(スライド2 一般開業医の診療風景

*これは、平均的な開業医の診療風景であります。ご説明するまでもないことかも知れませんが、私の経験から申し上げますと、大多数の診療所は、先生は一人でも、診療ユニットを2〜3台備えておりまして、複数の患者を並行して診療して おります。

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(スライド3 一般開業医の診療実態

*もう少し正確な数値を申しますと、静岡県の平均値では

   診療時間  が 1日7.6時間

   診療患者数 が 32.6人

 となっておりまして、1時間に4人以上の診療をこなしているのが実状であります。

*その背景には、このようなハードな診療を行わなければ診療所を維持できないという切ない状況が潜んでいる、というのが実態であります。

*ですから、『開業認定医』の先生方は、認定医であることを誇りとしながらも、『リスク患者』の来院を手放しでは喜べない というのが本音だと思います。

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(スライド4 監視機器の購入価格と保険点数

*もちろん、開業医が『リスク患者』を敬遠しがちになる理由は、このようなことだけではありません。

*一般に、医科の場合には、診療過程で必要な全身管理措置を行いますと、十分ではありませんが『保険点数の算定』が認められております。

*ところが、私たち歯科開業医が、自分の診療所でモニタリング下に治療を行っても、『保険点数の算定』が認められるかどうかわからない というのが実情であります。

*もちろん、都道府県によって対応に差はあるようですが、私が住んでおります静岡県では、非公式の調査ながら、算定は極めて難しい、という結果でした。

*スライドに、全身管理に必要なモニターの、価格と保険点数についての現状を示します。ご覧いただけるとおわかりですが、私たち開業認定医が本来の役割を果たすためにこれらのモニターを揃えても、その費用を診療の過程で償却することは極めて困難です。

*ということになりますと、開業医には経済的失敗は許されませんから、『リスク患者』の診療に、つい二の足を踏む、というのが素直な感情だと思います。

*そのほか、歯科医療を通じて『リスク患者』に潜む合併症の危険性を引き受ける精神的負担も、想像以上に重圧となっていることは周知の通りであります。

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(スライド5 「認定医の社会的認知」

*これまで述べてまいりましたのは、開業認定医自身を中心に考えた問題点ですが 私たち開業認定医がなかなか関与しにくい『医療行政』にも、さまざまな問題が 潜んでいることも間違いありません。

*例えば、自治体の認識であります。このスライドは、細かくてちょっと見にくい のですが、ある自治体が『在宅歯科診療』を実施するために考えた体系図であります。

*一見しますと、かなり周到に作られているように思えますが、実はこの中には 認定医の位置付けはおろか、認定医の『に』の字もありません。

*これでは、認定医は医療行政から非常に遠いところに置き去りにされている、としか思えませんが、いかがでしょうか。

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(スライド6 「静岡県の病院歯科の分布」

*歯科大学のない地方で活躍する開業認定医にとって、その地域の市中病院の歯科口腔外科と良好な関係を保つことは、リスク患者を診療する上で非常に大切なことであります。

*しかし、その病院歯科と認定医との連携は、どうももうひとつしっくりしていない、というのが現状です。

*静岡県には歯科大学がありませんが、病院歯科はほぼ全県に分布しております。しかし、その中で歯科麻酔認定医が常勤しているのは、ひとつの施設だけです。

*また、これら病院歯科がリスク患者を治療するに当たって、★印で示した認定医に管理上の意見を求めた、という話もほとんど聞きません。

*これは、全身管理や麻酔認定医の必要性について、医療の末端では行政指導が全く行われていないことを物語っていると思います。

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(スライド7 開業医リスク患者診療の問題点

*このようにしてみると、私たち開業認定医が、認定医の特徴を生かしていく道は 決して平坦ではないということがわかります。

*しかし、一般開業医の先生方が、治療中の事故を心配しながら、つねに効果がある安全対策を求めていることは事実です。

 また、開業認定医の先生方が、できることなら自らの資格をもっと生かしたいと望んでいることも間違いありません。

*そこで、私は誤解を恐れず、いくつかの提案をしたいと思います。

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(スライド8 理想の有病者診療体系

*リスク患者でも、危険な重症例を除いては、出来る限り一般歯科医師が主治医となるべきだと思います。これらの患者の治療に際しては、安全な歯科治療についての基本的知識や技術を、一般歯科医師も体得していなければなりません。そのための研修を組織化するのは、現状では歯科医師会などの役割になると思われますが、それに認定医がさまざまな立場から協力できるように、例えば歯科医師会の学術委員などの立場で、日常的に活動していることが必要でしょう。

*一般歯科医院で治療可能か否かの、いわばcritical borderを判断するのにも、認定医の活躍が大いに期待されるところです。

*医療情報のon line systemが整備されれば、各開業医がいながらにして認定医に患者の情報を送り、全身評価についてのさまざまな助言を仰ぐことも可能となるでしょう。

*すなわち、開業認定医が、歯科麻酔専門医であるという理由で、自分の医院に数多くのリスク患者をしょい込む、というのではなく、個人開業医で治療不可能なリスク患者については、彼らを診る組織をより大きくとり、その中で主治医、および術者をsupportする体制をつくることに尽力していくことが重要と思います。

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(スライド9 提言

 安全な歯科治療への努力、ひいては歯科麻酔学会認定医そのものを、もっとさまざまな方面に知ってもらわなければなりません。多くの開業認定医が、開業医として、自己の役割に矛盾を感じながら、毎日歯科治療だけに追われているというこの現実を、まず医療行政に再認識してもらうことが、極めて重要だと思います。

*また、開業現場でも、認定医自身の意欲次第では、『リスク患者』の診療に積極的に取り組めるような、経済的措置をしていただければありがたいと思います。

*それから、地域の病院歯科と開業認定医とのネットワークの構築も急務であります。このような組織的協力関係の中で、開業認定医が本来の役割を果たす舞台が いくらかでも整ってくるのではないでしょうか。

 [まとめのスライドをお願いします。]

(スライド10 まとめ

*まとめのスライドを出しながらも非常にまとまりを欠いた報告でしたが、以上開業医の現場に飛び込んでみて実感したことを、率直に申し上げまして、私の報告を終わります。

*まとめはスライドに示した通りです。

*ご清聴有り難うございました