モニタリングの医療経済
(日本歯科評論 2003年3月号(Vol.63(3))164-168ページ)

久保田敦1)  増田靜佳 2) 望月  亮3)

1)クボタ歯科・インプラントセンター(愛媛県)
2)愛媛県口腔保健センター                      
3)清水市・望月歯科                                

 歯科診療中の事故を未然に防ぐために、術中のバイタルサイン(血圧、心拍数、SpO2など)を連続測定・監視するモニ タリングの重要性は、近年になり増すばかりである。しかし、現行の保険制度では、モニタリングの保険請求についてはなはだ心許ない状況にある。そこで筆者 らは、モニタリングの臨床現場へのさらなる拡充・定着を願って、医療経済学的観点から実施・保険算定状況などを調査し、検討を行った。

I.調査方法

 調査対象は、全国の大学歯学部・歯科大学に所属する歯科麻酔科医(以下「大学」とする)、歯科麻酔科医が勤務する病院歯科・口腔外科(病院歯 科)・歯科麻酔専門医による開業歯科医院(開業医)の合計73件である。対象者に、下記設問のアンケートを電子メールで発送し、回答も全て電子メールで回 収した。結果を所属別の3群に分けて評価した。

1.血圧・心電図・パルスオキシメーターによるモニタリングの実施状況
2.保険算定・請求状況、査定・返戻の状況
3.保険請求に関する傾向
4.審査員に占める口腔外科医・歯科麻酔医の割合

II.調査結果

 対象総数73名のうち、45名(62%)からの回答を得た。所属別の回答率は、病院歯科が76.9%と最も高く、次いで大学の63%、開業医 54.5%の順であった。また、対象者の所属別構成は、大学38%・病院歯科22%・開業医40%となった(図1、2)

  アンケート結果は図3〜9に示した。この中で目を引いたのは、まず大学では、ほとんど全ての症例で血圧測定心電図監視・パルスオキシメーターによるSPO2監視が実施されていたことである。そ れに対して病院歯科では3種とも全診療の2-3割、開業医では血圧測定のみ全診療の2-3割だが、心電図・パルスオキシメーターほとんど行われていなかっ た。

 ところが、これらのモニタリングを保険請求するに当たっては、大学・開業医では実施していながら算定していないケースが 目立った。これに対し、病院歯科ではなんらかの準用点数を請求していた。

 返戻については、大学では「摘要欄記載で認められることが多い」としたのに対し、積極的な請求をする病院歯 科、請求を手控える開業医で、ともに最も多くの回答が「返戻なし」と答えていた。また、保険請求は「実績のあるところが通りやすい」との回答が三者とも目立った。

 審査状況では、大学、病院歯科の回答から、各都道府県には、歯科麻酔科医、あるいは歯科麻酔に理解のある審査員が最低1名以上は存在することがわかった。し かし一方で、大学では「審査会の現状がよくわからない」、開業医では「理解のある審査委員がいない」との回答も多かった。

III.結果を考察して

 今回のアンケート調査では、病院歯科からは高回答率のみならず積極的な意見が多数寄せられた。また大学からの回答率は開業医を上回っており、 大学は保険請求のような医療経済学的な議論には冷淡であろう、というわれわれの仮説は覆される結果となった。時代背景を勘案すると当然の結果かも知れない が、新鮮な驚きであった。

 今回の調査対象である開業医は、そのほとんどが歯科麻酔学会認定医である。従って、一般開業医では、モニタリングの普及率は、さらに相当低い ものになろう。意義を十分に理解しているはずの開業歯科麻酔科医ですら、現実にはモニタリングを積極的に導入し得ていないという調査結果ははなはだ残念な ものである。

 しかし、一般の歯科臨床現場を想定した場合、このような結果が、単に保険請求が難しいから、コストが引き合わないから、という理由だけで生ま れるとは思えない。モニタリングの重要性や意義、それに各測定値の意味がどれだけ理解されているかも問題である。例えば、SpO2は 呼吸状態を表す測定値である、ということがきちんと理解されているであろうか?
 モニタリングには、確かに数十万円する設備を要する。従って、それに見合うコスト回収が求められるのは当然であるし、保険点数上、どのような点数が準用 されうるのか、の研究がもっとなされてしかるべきである。具体的には、モニタリングを行った場合、まずどのような点数が算定・準用できうるのか、それらの 疑義解釈はどのようになっているか、都道府県で査定内容がどのように異なっているか、またそれらを審査する側にはどのような事情があるか、などである。

 回答の中で、保険請求に際しては、モニタリングの必要性、基礎疾患の病名など摘要欄に記載することにより認められるとの意見が多かったが、一 方で、各地都道府県での査定・返戻状況に地域差が大きかった。特に、関東地域からは「歯科では、まったく認められない」との回答が多かった。

 現行の保険制度が、都道府県単位の査定と審査を行っている以上、我々はこの差異を否定すべきではない。実際、「審査委員に占める口腔外科医、 歯科麻酔科医の割合」設問の結果より、モニタリングの重要性に対し、理解が全くない地域は少ないはずである。さらに「実績の多いところほど」請求が通りや すい傾向もみられた。弾力的な算定が認められている、このような地域ではどのような特色があり、さらにどのように働きかけした結果、それらの状況が生み出 されているのか、今後この具体例が報告・蓄積されていけば、歯科医師会・学会全体にとってきわめて重要な情報となると考えられる。

IV.今後の課題

 医療費削減問題や支払基金の財政状況から、歯科領域において新たな点数体系の構築は望みにくい。どのように現行の点数を準用すべきであるか、 真剣に考える必要がある。

 他方、病院歯科においては、この「新たな点数体系」を模索し、実際に厚生労働省に働きかけているとの回答もあった。これらの働きかけは、モニ タリングのみならず、静脈内鎮静法についても同様であった。さまざまなアプローチが実際に行動に移されつつあるのは心強い。

 ただし、モニタリングの医療経済を研究するだけでは、「モニタリングのさらなる定着、拡充」にはつながらない。
 事実、医科の全身麻酔時には、これらのモニタリングは、診療報酬上全て「包括」化されている。すなわち、行って当然の医療行為とみなされているのであ る。

 保険点数の導入には、「準用」「新設」などの諸項目があるが、歯科においても今後モニタリングは「包括化」の方向へ向かうであろう。従って、 個々の医療コストを研究するのと並行して、この包括化がなされた場合のシュミレーションを考えていくことが大切である。実際のアンケート回答の中において も、「全身管理料ということで包括的な点数体系を構築するよう要求すべきだ」という回答が寄せられ、前述の「現行の点数からいかに準用するべきか」とは異 なる方向性である点は興味深い。

 モニタリングを正当な診療報酬として算定可能にするためには、保険算定のルール、保険審査の実態についての情報・知識が必要である。また、これら歯科麻 酔学的医療行為に関する保険算定状況の把握、状況改善のための働きかけ、さらには正しいモニタリング施行のためのガイドライン作成などが、日本歯科医師 会、日本歯科麻酔学会に求められる。

 稿を終えるにあたり、アンケートにご協力いただいた全国の先生方に心より感謝いたします。多くのご意見をいただきましたが、文 中にてすべてご紹介できなかったことを深くお詫びいたします。
 本論文の要旨は、第30回日本歯科麻酔学会総会(東京)にて発表した。

参考文献

1)河合峰雄, 糖尿病と歯性感染症、糖尿病患者の歯科診療における全身管理,口腔感染予防研究会雑誌,1999,6,45-48