俳優  智衆 メモリアル


天水町名誉町民

 笠智衆さんは、私たちの町、熊本県天水町(当時玉水村)立花の来照寺に生まれました。旧制中学(現高校)までをこの地で過ごした後上京、映画界へ。
 以来、映画の歴史とともに歩み、生涯を俳優として活躍されました。

 数々の栄誉とともに、全国の皆さんから日本の”お父さん””おじいさん”として慕われた笠さんに昭和63年9月、天水町は名誉町民の称号を贈り、その功績を讃えています。


笠智衆記念碑
  
平成7年、命日の3月16日、生家来照寺の一角に完成した笠さんの記念碑

主碑は、永遠にフィルムの中にいきる笠さんを、
左右の副碑は、笠さんを愛し、支えてきたファンや映画人、そして家族をイメージしています。

肖像は、写真集「おじいさん」(小沢忠恭氏作品)より、御影石に写真彫刻されています。


 智衆(りゅう ちしゅう、本名同)
明治37年(1904年) 5月13日、玉名郡玉水村(現天水町)立花に浄土真宗本願寺派来照寺の次男とLて生まれる
   玉水村立玉水尋常小学校、熊本県立玉名中学校(現玉名高校)を卒業。東洋大学印度哲学倫理学科へ入学
大正14年2月

松竹キネマ蒲田撮影所・俳優研究所第一期生に合格、入所する

7月、父死去のため帰郷、住職を継ぐが、翌15年1月、兄に住職を譲り、撮影所に復帰、大部屋暮らしが始まる

昭和11年 小津安二郎監督に見いだされ「一人息子」に出演、注目を集める.以来ほとんどの小津作品に出演する
昭和17年 小津作品「父ありき」で初主演
昭和23年 「手をつなぐ子等」(稲垣浩監督)むどで同年度毎日日本映画コンクール男優演技賞受賞
昭和26年 「カルメン故郷に帰る」(木下恵介監督)、「麦秋」〔小津安二郎監督)などに出演。同年度ブルーリボン賞助演男優賞、毎日日本映画コンクール男優演技賞受賞
昭和29年 フリーとなる。「二十四の瞳」(木下恵介監督)出演
昭和40年 NHKドラマ「たまゆら」主演でテレビ初出演
昭和42年 紫綬褒章授章
昭和44年 「男はつらいよ」(山田洋次監督)始まる。御前様の役で以後生存中の同シリーズ全作品に出演
昭和45年 「家族」(山田洋次監督)で同年度毎日日本映画コンクール男優助演賞受賞
昭和50年 勲四等旭日小綬賞授章
昭和60年 「東京画」(ヴィム・ヴェンダース〉に出演。日本映画の代表的俳優とLて外国からも注目を浴びる
昭和62年 自伝「俳優になろうか」を出版

昭和63年

    

東京都文化賞受賞

9月、天水町名誉町民となる

平成2年11月2日 熊本県近代文化功労者受賞式のため来熊、町民待望の里帰りを果たす
平成5年(1993年) 3月16日、享年88歳で永眠。

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